WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK・国内工場人員再配置表
一九三八年十一月

国外配置。

増加。

国内熟練工。

減少。

若手。

増員。

中堅。

不足。

対応案。

欠員一名。

補充一名。

却下。

理由。

その一名が、

また抜けたら、

同じ穴が開く。


第152話 一人抜いた穴を、一人で埋めるな

 

「足りません」

 

若い工場長代理が言った。

 

元ドイツ軍技術者は、

 

人員表から顔を上げなかった。

 

「何が」

 

「人です」

 

「知っている」

 

「旋盤工程」

 

「知っている」

 

「検査」

 

「知っている」

 

「発動機整備」

 

「知っている」

 

「全部知ってるじゃないですか」

 

「だからここにいる」

 

---

 

国外配置を増やした。

 

当然、

 

国内から人が減った。

 

昨日まで、

 

工場の奥にいた熟練工。

 

十年。

 

十五年。

 

機械の音だけで、

 

異常が分かるような者。

 

図面に書かれていない癖を、

 

知っている者。

 

その一部を、

 

WILKは国外へ出した。

 

英国。

 

フランス。

 

ルーマニア。

 

その他。

 

理由。

 

会社を残すため。

 

結果。

 

国内工場に、

 

穴が開いた。

 

---

 

「この穴」

 

工場長代理が指した。

 

「ヤンを上げます」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「却下」

 

「なぜ」

 

「ヤン一人に全部渡す気か」

 

「一番経験があります」

 

「だから駄目だ」

 

「?」

 

技術者は、

 

表へ三本線を引いた。

 

加工。

 

段取り。

 

検査。

 

「三つに分けろ」

 

「今まで一人でやっていました」

 

「それが問題だ」

 

---

 

若い工場長代理が言った。

 

「熟練工だからできたんです」

 

「そうだ」

 

「若手には無理です」

 

「だから三人にやらせろ」

 

「余計に人が要ります」

 

「使え」

 

「効率が」

 

「落とせ」

 

「またですか」

 

「まただ」

 

---

 

一人の熟練工が、

 

一つの工程を、

 

最初から最後まで見る。

 

平時なら、

 

強い。

 

早い。

 

判断も正確。

 

問題があれば、

 

その場で直せる。

 

だが、

 

その一人が消えれば。

 

工程ごと消える。

 

元ドイツ軍技術者は、

 

それを嫌い始めていた。

 

「一人で全部できる人間を作るな、とは言わん」

 

「では」

 

「一人しか全部できない状態を作るな」

 

---

 

人員表。

 

旋盤。

 

熟練工一名。

 

中堅二。

 

若手四。

 

旧配置。

 

熟練工。

 

主担当。

 

中堅。

 

補助。

 

若手。

 

雑務。

 

新配置。

 

中堅一。

 

段取り。

 

中堅一。

 

加工監督。

 

若手二。

 

加工。

 

若手一。

 

測定補助。

 

若手一。

 

記録。

 

熟練工。

 

確認。

 

若い工場長代理が言った。

 

「熟練工の仕事が減っています」

 

「減らす」

 

「もったいない」

 

「その熟練工を国外へ出せる」

 

「……ああ」

 

ようやく気づいた。

 

---

 

元ドイツ軍技術者は、

 

次の工程へ進んだ。

 

発動機分解。

 

熟練工。

 

二名。

 

「一人出す」

 

「残り一人」

 

「三人に割る」

 

「また?」

 

「まただ」

 

清掃。

 

測定。

 

判定。

 

組立。

 

試験。

 

「全部別々に?」

 

「完全には分けるな」

 

「どっちです」

 

「主担当を決める。隣の仕事も覚えさせる」

 

「二重化?」

 

「半分違う」

 

---

 

WILKでは以前から、

 

主技能の隣に、

 

もう一つ技能を持たせていた。

 

整備員が、

 

簡単な検査。

 

検査員が、

 

基本的な加工。

 

機械工が、

 

組立補助。

 

誰も万能にはしない。

 

ただ、

 

隣が倒れた時、

 

一日くらいは支えられる。

 

今、

 

それをさらに広げる。

 

主担当。

 

一つ。

 

副担当。

 

一つ。

 

緊急時。

 

もう一つ。

 

若い工場長代理が言った。

 

「覚えることが多すぎます」

 

「全部覚えろとは言っていない」

 

「では」

 

「止めない程度に覚えろ」

 

---

 

問題。

 

教育時間。

 

ない。

 

元ドイツ軍技術者は、

 

そこが一番嫌だった。

 

本来なら、

 

半年。

 

一年。

 

二年。

 

時間をかける。

 

今は、

 

数週間。

 

数か月。

 

だから、

 

全部を教えない。

 

「危ないところから教える」

 

「危ない?」

 

「間違えると壊れるところ」

 

「最初に?」

 

「そうだ」

 

「普通は基本からでは」

 

「基本もやる」

 

「順番が」

 

「今年は順番が悪い」

 

---

 

若手が呼ばれた。

 

二十二歳。

 

これまで、

 

部品加工。

 

小型部品。

 

単純工程。

 

元ドイツ軍技術者が聞いた。

 

「測定できるか」

 

「できます」

 

「どこまで」

 

「基本寸法」

 

「公差」

 

「読めます」

 

「理由は」

 

若手が止まった。

 

「理由?」

 

「なぜそこにその公差がある」

 

「……分かりません」

 

「いい」

 

「いいんですか」

 

「分からないと分かった」

 

---

 

図面を広げる。

 

「ここ」

 

「はい」

 

「狭すぎると」

 

「入りません」

 

「広すぎると」

 

「緩みます」

 

「それだけ?」

 

若手が考える。

 

「熱?」

 

元ドイツ軍技術者が頷く。

 

「続けろ」

 

「熱で膨張」

 

「他」

 

「振動」

 

「他」

 

「分かりません」

 

「今日はそこまで」

 

「もっと教えてください」

 

「明日」

 

「時間が」

 

技術者が彼を見る。

 

「だから明日だ」

 

---

 

一人抜けた穴を、

 

一人で埋める。

 

簡単だった。

 

できる若手を選ぶ。

 

仕事を渡す。

 

終わり。

 

だが、

 

その若手が倒れたら。

 

召集されたら。

 

国外へ出たら。

 

病気になったら。

 

工場が分断されたら。

 

また穴が開く。

 

だから、

 

WILKは穴そのものを、

 

小さく分け始めた。

 

---

 

「組織図が汚い」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

工場の新配置図。

 

線。

 

線。

 

線。

 

副担当。

 

代替。

 

緊急時。

 

教育中。

 

兼務。

 

「誰が誰の部下なんだ」

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「普段は書いてある通り」

 

「緊急時は?」

 

「変わる」

 

「誰が決める」

 

「現場責任者」

 

「本社承認」

 

「いらん」

 

ポーランド軍将校が眉を上げた。

 

「また権限を手放してるな」

 

「現場まで止める気か」

 

---

 

工場ごとに、

 

最低運転表を作った。

 

通常。

 

八十人。

 

七十人。

 

六十人。

 

五十人。

 

四十人。

 

人数が減るたび、

 

何をやめるか。

 

何を残すか。

 

「四十人だと」

 

若い工場長代理が表を見る。

 

「新造機部品の一部を止めます」

 

「修理は」

 

「優先」

 

「発動機」

 

「維持」

 

「検査」

 

「削れません」

 

元ドイツ軍技術者が頷いた。

 

「三十人」

 

「……」

 

「考えろ」

 

「工場として無理です」

 

「では何ができる」

 

「修理だけなら」

 

「書け」

 

---

 

二十人。

 

十人。

 

そこまで減れば、

 

工場とは呼べない。

 

それでも。

 

工具。

 

図面。

 

測定。

 

数人の人間。

 

何ができる。

 

「部品選別」

 

「できる」

 

「簡単な修理」

 

「できます」

 

「検査」

 

「一部」

 

「なら書け」

 

若い工場長代理が言った。

 

「そこまで落ちる前提ですか」

 

元ドイツ軍技術者は答えた。

 

「落ちた後に考えるよりいい」

 

---

 

別工場。

 

同じ訓練。

 

「熟練工一人欠け」

 

「中堅二人で分担」

 

「中堅一人も欠け」

 

「若手を上げる」

 

「検査員欠け」

 

「隣工場から」

 

「隣もない」

 

沈黙。

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「そこを今考えろ」

 

---

 

結果。

 

検査員を増やす。

 

ただし、

 

全員を完全な検査員にはできない。

 

一次検査。

 

二次検査。

 

最終確認。

 

分ける。

 

簡単な項目は、

 

現場。

 

難しい項目は、

 

専任。

 

「検査を工程へ戻す?」

 

若手が聞いた。

 

「一部だけ」

 

「前に独立検査を増やしたのに」

 

「独立検査は残す」

 

「矛盾してません?」

 

「壊れた時の線を増やしている」

 

---

 

一つの正しい工程。

 

ではなく。

 

複数の、

 

少し悪い工程。

 

一つ切れても、

 

他が残る。

 

効率は落ちる。

 

記録も増える。

 

教育も増える。

 

責任分担も面倒。

 

それでも、

 

会社が欠けた時には強い。

 

---

 

ユダヤ人実業家が、

 

人件費表を見て言った。

 

「人数の割に生産が伸びていません」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「知っている」

 

「むしろ落ちています」

 

「知っている」

 

「給与は」

 

「払え」

 

「教育費も」

 

「払え」

 

実業家が少し笑った。

 

「最近、皆さん私の仕事を簡単に言いますね」

 

元白軍将校が言った。

 

「金を出せ」

 

「ほら」

 

---

 

午後。

 

国外配置候補。

 

追加。

 

熟練工。

 

十二。

 

中堅。

 

十八。

 

若手。

 

少数。

 

ポーランド軍将校が見た。

 

「こんなに出して大丈夫か」

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「大丈夫ではない」

 

「おい」

 

「だが動く」

 

「どの程度」

 

「遅くなる」

 

「どのくらい」

 

「七から九%」

 

「昨日より悪化したぞ」

 

「人を出した」

 

「戻せば」

 

「戻さない」

 

---

 

元白軍将校が聞いた。

 

「壊れる?」

 

「工場は?」

 

「そうだ」

 

「まだ壊れない」

 

「余裕は」

 

「減った」

 

「もう一人出したら」

 

「さらに減る」

 

「二人」

 

「工程による」

 

「どこで止める」

 

技術者は答えた。

 

「止まる一歩前」

 

「分かるのか」

 

「分かるように表を作っている」

 

---

 

そこに、

 

元独立運動家が人事表を持ってきた。

 

「追加家族」

 

「何人」

 

「二十四」

 

「技術者」

 

「五」

 

元ドイツ軍技術者が即座に聞いた。

 

「職種」

 

元独立運動家が睨む。

 

「人が先」

 

「着いた後の話だ」

 

「機械加工二、電気一、整備一、検査一」

 

技術者の顔が少しだけ変わった。

 

「検査?」

 

「そうだ」

 

「どこ」

 

「フランス希望」

 

「英国に変えられないか」

 

「本人に聞け」

 

「仕事がある」

 

「ならそう言え」

 

---

 

以前なら、

 

本社が人を配置した。

 

今は、

 

本人の希望。

 

家族。

 

安全。

 

その後で仕事。

 

元ドイツ軍技術者は、

 

その順番をもう争わなかった。

 

ただ、

 

空席表へ印を付けた。

 

英国。

 

検査。

 

一席。

 

「埋まるかもしれん」

 

元独立運動家が言った。

 

「まだ分からん」

 

「そうだな」

 

---

 

国内では、

 

別の穴が開いた。

 

国外へ出た検査員の代わり。

 

中堅二人。

 

若手一人。

 

一人が聞いた。

 

「私が主任ですか」

 

元ドイツ軍技術者は答えた。

 

「違う」

 

「では誰が」

 

「三人で持て」

 

「主任なし?」

 

「責任者はいる」

 

「誰」

 

「お前」

 

「私じゃないですか」

 

「責任と仕事は違う」

 

「嫌な言葉ですね」

 

「俺も嫌いだ」

 

---

 

責任者。

 

一人。

 

技能。

 

三人。

 

判断。

 

可能なら複数。

 

記録。

 

必須。

 

「一人が間違えたら?」

 

「別が見る」

 

「全員間違えたら」

 

「俺を呼べ」

 

「あなたがいなかったら」

 

元ドイツ軍技術者が止まった。

 

一瞬だけ。

 

「……隣工場へ」

 

「隣も」

 

「国外支部」

 

「連絡できなければ」

 

長い沈黙。

 

若手が言った。

 

「自分で決めます」

 

技術者は、

 

彼を見る。

 

「記録しろ」

 

---

 

それで終わった。

 

---

 

夜。

 

ポーランド軍将校が、

 

元ドイツ軍技術者へ言った。

 

「お前、自分がいない前提まで入れ始めたな」

 

「工場の話だ」

 

「そうか?」

 

「そうだ」

 

「では、さっきの若手への答えは」

 

技術者は返事をしなかった。

 

---

 

五人。

 

まだ全員いる。

 

本社も。

 

工場も。

 

国も。

 

だが、

 

計画の中では、

 

少しずつ、

 

自分たち自身が消え始めていた。

 

元白軍将校は、

 

そのことに気づいていた。

 

何も言わなかった。

 

まだ、

 

その話をする時ではない。

 

---

 

翌朝。

 

国内工場。

 

新しい勤務表。

 

熟練工が減った。

 

中堅の仕事が増えた。

 

若手が一段上がった。

 

効率は悪い。

 

質問も増えた。

 

間違いも増えた。

 

検査で止まる部品も増えた。

 

それでも、

 

工程は動いた。

 

---

 

若い工場長代理が、

 

夕方に報告した。

 

「昨日より遅いです」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「知っている」

 

「不良率」

 

「少し上がりました」

 

「検査で止めました」

 

「いい」

 

「残業すれば取り戻せます」

 

「するな」

 

「でも」

 

「熟練工を残業で増やすな」

 

以前にも言った言葉だった。

 

若い工場長代理は頷いた。

 

「では」

 

「明日もやれ」

 

---

 

一週間後。

 

一人が休んだ。

 

発熱。

 

以前なら、

 

工程が止まったかもしれない。

 

その日は、

 

二人が代わった。

 

遅い。

 

ぎこちない。

 

何度も図面を見る。

 

検査へ持っていく回数も多い。

 

それでも、

 

止まらなかった。

 

元ドイツ軍技術者は、

 

その報告書へ丸を付けた。

 

---

 

ポーランド軍将校が見た。

 

「生産量は落ちてるぞ」

 

「見れば分かる」

 

「なのに丸?」

 

「止まらなかった」

 

「評価基準がおかしくなってないか」

 

元ドイツ軍技術者は答えた。

 

「変えた」

 

---

 

一九三八年十一月。

 

WILKの国内工場は、

 

少し弱くなった。

 

熟練工が減った。

 

若い者が増えた。

 

生産は遅くなった。

 

教育費も増えた。

 

検査も増えた。

 

効率は、

 

確実に悪化した。

 

だが。

 

一人が欠けても、

 

一つの仕事が丸ごと消えることは、

 

少し減った。

 

---

 

一人の名人より。

 

三人の、

 

まだ未熟な者。

 

それが優れているとは、

 

誰も言わなかった。

 

ただ、

 

一人がいなくなった時。

 

残るのは、

 

三人だった。

 

---

 

会議記録。

 

熟練工国外配置。

 

継続。

 

国内工程。

 

分割。

 

副担当制。

 

拡大。

 

若手。

 

繰上教育。

 

検査基準。

 

維持。

 

生産効率低下。

 

許容。

 

若い工場長代理が、

 

報告書の最後に書いた。

 

一人分の仕事を、

 

三人でやっている。

 

元ドイツ軍技術者が、

 

その下へ追記した。

 

違う。

 

三人が、

 

一人抜けても残るようにしている。

 

さらに、

 

元白軍将校。

 

一人抜いた穴を、

 

一人で埋めるな。

 

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