――WILK・一九三八年度総括会議記録
一九三八年十二月三十一日
確認事項。
国内。
本社。
健在。
主要工場。
稼働。
航空機生産。
継続。
Tur。
現用可能数。
確保。
Bizon。
現用可能数。
確保。
国外。
社員。
増加。
家族。
増加。
支部。
増加。
住宅。
増加。
空室。
維持。
資金。
分散。
図面。
分散。
治具。
分散。
権限。
分散。
結論。
地図は、
変わった。
会社も、
変わった。
では。
何が、
残った。
年の最後の日。
WILKの会議室には、
六枚の地図があった。
一月。
三月。
九月。
十月。
十一月。
十二月。
同じ欧州。
同じ紙の大きさ。
だが、
線が違う。
ポーランド軍将校は、
一月の地図を壁へ貼った。
その隣へ、
十二月。
「……一年か」
元白軍将校が言った。
「長かったな」
「今年は特にな」
ユダヤ人実業家が、
帳簿を机へ積んだ。
「会社の数字も長いですよ」
「数字に長い短いがあるのか」
「今年はあります」
---
最初に数えたのは、
人間だった。
元独立運動家。
国外勤務社員。
正規赴任。
長期出張。
研修。
一時配置。
今年採用し、
そのまま国外へ出した者。
その中には、
もともとWILK社員ではなかった者もいる。
「新規採用」
ポーランド軍将校が一覧を見る。
「多いな」
「はい」
「売上がそんなに増えたか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「増えていません」
「ではなぜ雇った」
「国外へ出すためです」
「言い切るようになったな」
「年末ですから」
---
ただし、
名前だけ社員にしたわけではない。
給与。
出す。
赴任先。
ある。
仕事。
ある。
なければ作る。
研修。
する。
家族。
同行可能。
住宅。
用意。
国外支部から見れば、
人手が増えた。
本社から見れば、
人が減った。
会社全体から見れば、
場所が変わった。
---
「社員」
元独立運動家が数字を読む。
数百。
「家族」
さらに。
数百。
ポーランド軍将校が聞いた。
「合わせると」
ユダヤ人実業家が計算する。
「かなりいますね」
「数字を言え」
「嫌です」
「帳簿担当だろう!」
「言うと大きく感じます」
「既に大きい!」
---
子供。
老人。
配偶者。
兄弟。
姉妹。
親。
時には、
本人より家族の方が多い。
一覧。
八歳。
六歳。
四歳。
一歳。
職業。
空欄。
ポーランド軍将校が指した。
「これ」
元独立運動家。
「子供だ」
「職種欄」
「何を書けと」
「学生?」
「四歳だぞ」
「では無職」
「四歳児を失業者にするな」
元白軍将校が笑った。
久しぶりに、
普通の笑いだった。
---
次。
国外住宅。
英国。
フランス。
ルーマニア。
ポルトガル。
その他。
使用中。
空室。
追加契約予定。
ポーランド軍将校が聞いた。
「まだ空いているな」
元独立運動家。
「空けている」
「家賃は」
ユダヤ人実業家。
「払っています」
「今年何回その会話をした」
「覚えていません」
「来年も払う?」
「必要なら」
---
次。
仕事。
国外工場。
整備。
商務。
倉庫。
食品。
冷蔵。
事務。
教育。
検査。
空席。
あり。
「これも?」
「空けています」
「雇えば利益になるぞ」
「来る者がいれば雇う」
「今いる現地人を」
元ドイツ軍技術者が言った。
「必要な分は雇っている」
「なら空席は」
「予備だ」
ポーランド軍将校が机を叩いた。
「仕事まで予備部品みたいに言うな」
技術者は首を傾げた。
「違うのか」
元独立運動家が答えた。
「違う」
少し考える。
「でも似ている」
「お前まで!」
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次。
航空機。
これはポーランド軍将校が読む。
Bizon。
新造。
計画未達。
修理復帰。
増。
最新規格改修。
増。
運用可能。
航空部要求。
満足。
Tur。
新造。
少数。
修理復帰。
増。
最新改修。
増。
現用可能。
航空部要求。
満足。
「軍需側はまだ文句を言っている」
元ドイツ軍技術者が言った。
「新造数を見ている」
「知っている」
「航空隊は」
「足りていると言っている」
「ならよい」
「俺が板挟みだ」
「それも知っている」
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Tur。
昔の機体番号。
古い胴体。
だが。
発動機。
新しい。
通信。
新しい。
計器。
新しい。
脚。
更新。
配線。
更新。
武装。
現行規格。
防御。
改修。
必要なら、
爆装。
高度。
落ちる。
航続。
落ちる。
速度。
落ちる。
それでも。
現用可能。
ポーランド軍将校が言った。
「来年、本当に戦争になったら」
元ドイツ軍技術者。
「Turも出す」
「攻撃へ?」
「必要なら」
「Bizonほどではない」
「だからBizonではなくてもいい任務へ出す」
「それでも危険だ」
「戦争だからな」
誰も、
それ以上言わなかった。
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次。
予備発動機。
減少。
予備部品。
消費増。
修理待ち。
増加。
改修待ち。
増加。
元ドイツ軍技術者が言った。
「ここは悪い」
ポーランド軍将校が聞く。
「航空戦力は足りているのに?」
「今は」
「またその言葉か」
「来年も聞け」
「聞きたくない」
---
次。
技術。
国外保管図面。
増加。
工程票。
複写。
検査基準。
複写。
部品番号表。
複写。
治具。
一部国外。
限界ゲージ。
国外。
発動機模型。
国外。
工具。
国外。
元ドイツ軍技術者が、
一覧をめくる。
「まだ足りない」
ポーランド軍将校が呆れた。
「これだけ出して?」
「本社工場を失った場合」
その言葉。
もう、
誰も止めなかった。
「英国だけでは再現できない工程がある」
「フランスは」
「別の穴」
「ルーマニア」
「もっとある」
「では」
「全部に全部は置けない」
元白軍将校が言った。
「種だけ置け」
技術者が頷いた。
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機械を丸ごと一式。
ではない。
最初の一台を作れる物。
最初の一台を測れる物。
最初の一人を教えられる資料。
最初の一個を検査できるゲージ。
そこから、
増やせる。
「完全な工場を国外へ複製する」
それは、
諦めた。
金。
時間。
人。
全部足りない。
代わりに。
「工場を始め直せる場所」
を増やした。
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ユダヤ人実業家が言った。
「昔なら負けと考えたでしょうね」
「何が」
ポーランド軍将校。
「完全な複製を作れないことです」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「今も気に入らん」
「でも?」
「一つでも残ればよい」
元白軍将校が笑った。
「成長したな」
「お前にだけは言われたくない」
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次。
金。
国外口座。
増加。
通貨。
分散。
銀行。
分散。
本社集中率。
低下。
利益率。
低下。
ポーランド軍将校が聞いた。
「これも悪化?」
ユダヤ人実業家。
「会社経営だけを見るなら」
「では」
「会社の生存を見るなら」
少し考える。
「改善です」
「経営者が言う言葉か」
「今年は色々諦めました」
---
次。
酒。
全員が少し嫌な顔をした。
酒類部門。
通常売上。
年末。
増。
果実酒。
問題なし。
蜂蜜酒。
追い風。
熟成果実酒。
長時間待機。
普通の酒。
普通の意味。
同時に。
濁り果実酒。
視界不良。
香辛果実酒。
ハードランディング。
蒸留酒。
緊急脱出。
二度蒸留酒。
即時退避。
十一月より減った。
だが。
なくなってはいない。
---
酒類部門の古参から、
年末の挨拶が届いていた。
今年もご愛飲ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
なお、
二度蒸留酒の問い合わせが二件あります。
ポーランド軍将校が読んだ。
「一枚に書く内容ではないだろ」
ユダヤ人実業家が答えた。
「酒屋なので」
「便利な言葉だな」
---
元白軍将校が言った。
「二件は」
「対応済みです」
「人は」
「出ています」
「ならいい」
それで終わった。
---
次。
国外支部。
本社通信断試験。
英国。
三日。
運転継続。
フランス。
継続。
ルーマニア。
継続。
ポルトガル。
限定的。
ポーランド軍将校が聞いた。
「本社が返事をしなくても」
ユダヤ人実業家。
「三日なら」
「一週間」
「規則上は」
「二週間」
「かなり自由になります」
「一か月」
部屋が静かになった。
「独立運転」
実業家が答えた。
---
ポーランド軍将校は、
その紙を長く見た。
「つまり」
「はい」
「本社がなくても」
誰も答えなかった。
「……会社は動く」
元白軍将校が言った。
「動かす」
---
違いは、
小さかった。
だが重要だった。
動く。
ではない。
動かす。
人間が必要だった。
国外にいる社員。
現地で採用した者。
今年逃げるように入社した者。
技術者。
商人。
工員。
教師。
倉庫番。
事務員。
料理人。
彼らが、
WILKを動かす。
本社がなくなっても。
創業者がいなくなっても。
---
そこで、
会議が止まった。
誰も、
その先を言わなかった。
五人。
全員いる。
元白軍将校。
元ドイツ軍技術者。
ユダヤ人実業家。
元独立運動家。
ポーランド軍将校。
一九一九年から、
ずっと。
年を取った。
髪。
白い。
背中。
少し曲がった。
昔ほど徹夜できない。
昔ほど走れない。
それでも。
まだ、
全員いる。
---
元白軍将校が、
沈黙を壊した。
「俺たちも数えるか」
ポーランド軍将校が嫌な顔をした。
「何を」
「五人」
「見れば分かる」
「今は五人」
「それが?」
元白軍将校は、
国外支部の独立運転表を見る。
「来年も五人とは限らん」
「縁起でもない」
「今年何回その言葉を使った」
「覚えてない」
「来年も使うぞ」
---
元独立運動家が言った。
「その話は来年だ」
元ドイツ軍技術者も頷いた。
「今はまだ早い」
ユダヤ人実業家。
「珍しく意見が揃いましたね」
ポーランド軍将校。
「では議事録に」
元白軍将校が言った。
「書くな」
全員が彼を見る。
「珍しいな」
「来年話すとだけ書け」
若い書記が、
それだけ書いた。
創業者機能の代替。
翌年度検討。
五人は、
その文字を見た。
誰も修正しなかった。
---
夕方。
工場から、
今年最後の報告。
Bizon。
一機。
改修終了。
試験飛行。
正常。
Tur。
二機。
修理終了。
一機。
発動機交換。
一機。
主脚。
調整必要。
ポーランド軍将校が聞いた。
「飛ぶ?」
元ドイツ軍技術者。
「明日なら」
「元日だぞ」
「飛行機に正月はない」
元独立運動家が言った。
「整備員にはある」
技術者が止まった。
「……二日」
「よろしい」
---
少し、
笑った。
---
日が沈んだ。
会議室の窓から、
工場の灯りが見えた。
夜勤。
少数。
食品部門。
まだ動いている。
酒類部門。
年末出荷。
忙しい。
住宅。
灯り。
子供。
家族。
国外でも、
同じような灯りがある。
英国。
フランス。
ルーマニア。
ポルトガル。
もっと遠く。
---
ポーランド軍将校が、
壁の地図を外した。
一月。
三月。
九月。
十月。
十一月。
十二月。
一枚ずつ。
丸める。
日付を書く。
棚へ入れる。
若い書記が尋ねた。
「来年も使いますか」
「最新は使う」
「古いものは」
「残す」
「なぜ」
軍将校は、
一月の地図を持った。
今では存在しない線。
今では違う線。
「変わったことを忘れないためだ」
---
最後。
十二月の地図。
ポーランド。
まだある。
国境。
ある。
ワルシャワ。
ある。
WILK本社。
ある。
工場。
ある。
航空隊。
ある。
列車。
走る。
郵便。
届く。
銀行。
開く。
国境。
まだ、
通れる。
元白軍将校が言った。
「あるな」
誰も、
何がとは聞かなかった。
---
ポーランド軍将校が答えた。
「ある」
元独立運動家。
「なら人を出せる」
ユダヤ人実業家。
「金も」
元ドイツ軍技術者。
「図面も」
元白軍将校。
「時間も」
少し間。
「まだある」
---
今年、
地図は動いた。
何度も。
WILKも動いた。
人を出した。
家族を出した。
仕事を出した。
金を出した。
図面を出した。
治具を出した。
権限を出した。
そして。
国内には、
飛べるTurを残した。
飛べるBizonを残した。
直せる整備員を残した。
軍へ渡す戦力を残した。
---
全部を逃がしたわけではない。
全部を残したわけでもない。
その中間。
最も苦しい場所に、
WILKはいた。
---
若い書記が、
年末総括の最後を待っていた。
「何と書きます」
ポーランド軍将校は答えなかった。
元ドイツ軍技術者も。
ユダヤ人実業家も。
元独立運動家も。
最後に、
元白軍将校が言った。
「今年失ったものを数えるな」
「では」
「地図の外に残ったものを数えろ」
---
書記は書いた。
人。
技術。
資金。
仕事。
住宅。
輸送路。
支部。
航空機。
修理能力。
記録。
連絡先。
空席。
そして。
次を始める場所。
---
ポーランド軍将校が、
その一覧を読んだ。
「国がない」
元白軍将校が答えた。
「ある」
「なら書くか」
「書け」
書記が、
一番上へ追加した。
ポーランド。
---
五人は、
その文字を見た。
まだ、
消す必要はなかった。
---
一九三八年十二月三十一日。
WILK本社。
年末業務終了。
ただし。
航空整備。
食品。
警備。
国外連絡。
一部継続。
緊急連絡。
常時受付。
酒類部門より、
最後の連絡。
果実酒。
問題なし。
---
その年、
最後に届いた酒の名前だった。
ユダヤ人実業家が、
紙を見た。
「問題なし」
ポーランド軍将校が聞いた。
「どこから」
「国外です」
「誰」
「今年出た一家」
「住所」
「書いてありません」
元白軍将校が言った。
「ならいい」
---
窓の外で、
雪が降り始めた。
工場の屋根。
格納庫。
鉄道。
道路。
WILKの狼の印。
ゆっくり、
白くなる。
地図の線も、
夜になれば見えない。
だが。
線が見えなくても、
人はいた。
会社もあった。
道もあった。
---
一九三八年。
WILKは、
地図が動くことを知った。
そして。
地図が動いても、
残せるものがあることを知った。
次に必要なのは、
もっと嫌なことだった。
残すものではなく。
失うものを、
選ばなければならない。