一九三九年二月
対象。
航空機組立。
発動機整備。
検査。
無線。
工具製作。
倉庫。
会計。
教育。
食品。
生活支援。
追加国外配置。
実施。
国内生産能力。
低下を許容。
ただし。
TurおよびBizonの現用可能数を、
航空部要求以下へ落としてはならない。
人事部より照会。
国外配置対象者のうち、
本人が国外勤務を希望しない場合。
回答。
強制しない。
再照会。
本人は希望するが、
家族が希望しない場合。
回答。
家族で決めてもらえ。
再々照会。
本人も家族も希望するが、
現在の職場が人員不足を理由に拒否した場合。
回答。
職場へ、
人を抜け。
二月。
雪。
まだ、
平時だった。
一月より、
何かが起きたわけではない。
国境線は、
同じ。
政府も、
同じ。
列車も、
同じ。
工場も、
動いている。
だから。
WILKは、
人を抜いた。
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最初に呼ばれたのは、
発動機整備班の班長だった。
四十二歳。
妻。
子供二人。
WILK勤務。
十二年。
Tur。
A.3。
A.4。
その後の改修型。
Bizon。
初期量産型。
全部触っている。
人事担当者が言った。
「英国勤務の話があります」
男は答えた。
「いつから」
「可能なら来月」
「何年」
「未定」
「仕事は」
「発動機整備教育」
「誰に教える」
「向こうの整備員」
男は少し考えた。
「帰ってくるのは」
人事担当者は、
一瞬止まった。
「未定です」
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昔なら、
二年。
三年。
契約終了後帰国。
そう書いただろう。
今は、
書かなかった。
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男は家へ帰った。
妻へ話す。
「英国」
妻は最初、
旅行だと思った。
違う。
勤務。
家族同行。
住居あり。
学校あり。
医療契約あり。
船便。
会社負担。
妻が尋ねた。
「なぜ私たちまで」
男は答えられなかった。
会社から、
説明されていなかったからではない。
説明されていたからだった。
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翌日。
男は人事部へ戻った。
「行く」
「家族は」
「一緒に」
「いつ出られます」
「一か月」
人事担当者は、
首を振った。
「二週間で」
「早いな」
「列車があります」
男は少し笑った。
「来月もあるだろ」
人事担当者は、
笑わなかった。
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発動機整備班。
班長一名。
抜ける。
現場から、
即座に苦情。
元ドイツ軍技術者の机へ、
紙が来た。
班長国外転出につき、
Bizon発動機整備工程に遅延見込み。
代替要員。
不足。
技術者は読んだ。
裏返した。
書いた。
一名で埋めるな。
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整備主任が、
会議室へ来た。
「無理です」
元ドイツ軍技術者が聞いた。
「何が」
「班長の代わり」
「一人でやるな」
「だから人が要ります」
「三人出せ」
「三人?」
「分解」
一人。
「組立」
一人。
「最終確認」
一人。
主任が顔をしかめた。
「班長一人なら全部できます」
「だから抜いた」
「意味が分かりません」
「一人しかできない状態を残すな」
「今、それをやるんですか」
「今だからだ」
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班長は、
三人を教えた。
二週間。
短い。
足りない。
だから、
全部は教えない。
分ける。
一人。
発動機取り外し。
配管。
配線。
固定。
一人。
分解。
点検。
交換。
組立。
一人。
試運転。
計測。
判定。
さらに。
それぞれに補助を付ける。
一人抜けた。
六人が、
少しずつ仕事を増やした。
効率。
落ちた。
だが。
穴は、
一つではなくなった。
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次。
限界ゲージ製作。
熟練工。
五十一歳。
国外。
フランス。
工場長が反対した。
「こいつを抜くな」
元ドイツ軍技術者。
「抜く」
「ゲージが作れなくなる」
「若いのがいる」
「まだ任せられん」
「いつ任せる」
「あと一年」
「一年あるか」
工場長は、
黙った。
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熟練工本人は、
もっと嫌がった。
「フランス語なんか話せん」
元独立運動家が答えた。
「向こうに通訳がいる」
「飯は」
「ある」
「酒」
「ある」
「うまいか」
ユダヤ人実業家。
「それは本人の好みによります」
熟練工は、
嫌そうな顔をした。
「ポーランドの酒を送れ」
「酒類部門に言え」
「経費になるか」
「なりません」
「なら行きたくない」
元白軍将校が言った。
「自分で持っていけ」
熟練工。
「何本」
ポーランド軍将校。
「国外技術配置の会議で酒の持込本数を決めるな!」
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行った。
妻も。
娘も。
酒は、
六本。
会社経費には、
ならなかった。
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次。
無線。
二名。
ルーマニア。
次。
倉庫。
三名。
ポルトガル。
次。
食品。
二名。
英国。
次。
教師。
一名。
フランス。
次。
会計。
二名。
国外口座管理。
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数字が、
少しずつ増えた。
国外社員。
国外家族。
国外住宅。
国外給与。
国外食費。
国外教育費。
国外医療費。
国外倉庫費。
そして。
国内利益率。
少しずつ、
落ちた。
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ユダヤ人実業家が、
月次帳簿を見せた。
「悪化しています」
ポーランド軍将校が聞いた。
「どれが」
「大体全部です」
「嬉しそうに言うな」
「嬉しくありません」
「では戻すか」
「戻しません」
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元独立運動家が、
国外社員名簿をめくった。
そこには、
今年採用された者もいる。
去年まで、
WILKと関係のなかった者。
商人。
仕立屋。
機械工。
帳場。
馬具職人。
教師。
薬剤師。
そして、
職業欄に、
「研修」
とだけ書かれた者。
ポーランド軍将校が止めた。
「この人」
「誰だ」
「二月三日採用」
「そうだ」
「二月八日国外赴任」
「そうだ」
「五日しか働いてないぞ」
「国外で働いている」
「採用した時から出すつもりだったな」
ユダヤ人実業家が答えた。
「はい」
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軍将校は、
紙を置いた。
「名義だけか」
元独立運動家が即座に言った。
「違う」
「仕事は」
「英国支部の倉庫」
「経験は」
「商店の在庫管理」
「航空機部品を知らん」
「覚える」
「英語」
「覚える」
「全部覚えるのか」
元白軍将校。
「生きていればな」
部屋が、
静かになった。
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ポーランド軍将校は、
もう一度名簿を見る。
一家。
本人。
妻。
母。
子供三人。
六人。
全員。
国外。
「危ないのか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「そう聞いています」
「誰から」
「複数」
「確実?」
「確実になるまで待ちますか」
軍将校は、
何も言わなかった。
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一九二〇年代。
WILKは、
書類のない者を雇った。
仕事を覚えさせた。
住居を用意した。
家族を呼んだ。
その仕組みは後に「WILK方式」と呼ばれ、臨時雇用・居住の制度まで外へ広がっていった。WILKが人間を「仕事だけ」で扱わなくなったのは、ずっと前のことだった。
一九三九年。
その仕組みを、
逆向きに使った。
入ってくる人間を、
会社へ置く。
ではなく。
会社へ入れて、
外へ出す。
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ただし。
誰でも、
ではない。
国外支部にも、
限界がある。
住宅。
仕事。
言葉。
学校。
医者。
給料。
船。
列車。
全部、
有限。
だから、
選ぶ。
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人事部の会議。
危険度。
家族構成。
技能。
国外での再就職可能性。
本人希望。
行先。
移動可能時期。
一枚の表。
元独立運動家が、
途中で止めた。
「危険度欄を消せ」
人事担当が聞いた。
「なぜ」
「残さないと決めただろう」
「では優先順位をどう」
「別に判断する」
「記録が」
「必要な結果だけ残せ」
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前年。
WILKは学んだ。
人間について、
記録しすぎることも危険だと。
技術資料は、
複製する。
人間を危険にする資料は、
減らす。
だから人事表には、
国外配置優先。
だけが残った。
理由。
なし。
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二月中旬。
航空部から、
問い合わせ。
Bizon新造予定。
さらに低下。
「なぜ」
軍将校がWILKへ持ってきた。
元ドイツ軍技術者が答えた。
「人を出した」
「それは知っている」
「なら答えも知っている」
「軍は知らん」
「説明しろ」
「お前が」
「なぜ俺が!」
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航空部。
会議。
調達担当。
不満。
「昨年より新造数が減っている」
ポーランド軍将校。
「はい」
「軍備を増やす時期ではないのか」
「はい」
「なぜ減らす」
「既存機を戻しています」
「新造とは別だ」
「航空隊の可動数は」
担当者が紙を見る。
足りている。
「それは」
「Bizon改修」
「Tur改修」
「修理復帰」
「発動機交換」
「です」
「いつまで持つ」
軍将校は、
元ドイツ軍技術者と同じ答えをした。
「分かりません」
担当者は、
嫌な顔をした。
軍将校は、
少しだけ嬉しかった。
ようやく、
自分だけではなくなった。
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同じ頃。
ドイツ側では、
ポーランドとの関係が、
まだ切れてはいなかった。
一月末のリッベントロップ訪波後も、双方はただちに外交関係を断ったわけではなく、ポーランド側には交渉可能な範囲と、越えられない境界があるという認識があった。後にベックは、ドイツがその境界を越えれば戦争になるとの趣旨を米国側へ説明している。
つまり。
二月も、
まだ。
話せた。
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だからWILKは、
話している間に、
抜いた。
人を。
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月末。
国外配置実績。
予定より、
多い。
国内工場人員。
減少。
航空機新造。
減少。
改修。
増加。
航空隊可動機。
維持。
利益。
低下。
空室。
まだあり。
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ポーランド軍将校が言った。
「これ以上抜いたら」
元ドイツ軍技術者。
「生産がもっと落ちる」
「分かっているのか」
「だから数字を見ている」
「どこまで」
「軍が必要とする飛べる数を割る前」
「そこが線か」
「今は」
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元白軍将校が聞いた。
「人は」
技術者が答えた。
「戻せない」
「飛行機は」
「直せる」
「なら」
元白軍将校は、
一枚の人事表を取った。
「先に人を抜け」
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誰も、
反対しなかった。
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その夜。
英国へ向かう列車。
発動機整備班長。
妻。
子供二人。
荷物。
大きな鞄。
二つ。
木箱。
一つ。
会社支給の書類袋。
一つ。
子供が、
窓から外を見る。
雪。
駅。
灯り。
父親に尋ねた。
「いつ帰るの」
男は、
少し考えた。
「仕事が終わったら」
妻は、
何も言わなかった。
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列車が動く。
ゆっくり。
西へ。
途中で、
国境を越える。
その夜、
銃声はなかった。
検問は、
通常。
書類。
正規。
雇用証明。
正規。
赴任命令。
正規。
家族同行。
許可。
列車は、
そのまま進んだ。
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平時だった。
だから、
出られた。
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一九三九年二月。
WILKは、
国内生産能力を削った。
利益も削った。
熟練者も抜いた。
それでも、
航空隊へ返す機体は、
減らさなかった。
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飛行機は、
壊れれば直せる。
工場も、
いつか作り直せる。
だが。
国境が閉じた後では、
人間だけは、
図面のように複写できない。
---
だから。
WILKは、
平時のうちに、
人を抜いた。