WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

162 / 186
――WILK国外拠点運用再編会議記録
一九三九年四月

確認事項。

英国。

対ポーランド支援。

具体化。

フランス。

対独戦時協力。

継続。

ポーランド。

軍備強化。

継続。

WILK国外支部。

人員。

増加。

家族。

増加。

設備。

増加。

空室。

維持。

倉庫余裕。

維持。

従来用途。

社員退避。

企業活動継続。

再建準備。

追加検討。

航空機。

搭乗員。

整備員。

軍需物資。

受入。

結論。

国境を越えただけでは、

逃げ終わったことにはならない。



第162話 逃げ道を、戦場の外までつなげろ

 

 

一九三九年四月。

 

春。

 

雪は消えた。

 

道路が乾いた。

 

鉄道は、

 

以前より動きやすくなった。

 

人も。

 

貨物も。

 

まだ。

 

動かせた。

 

---

 

WILK本社。

 

朝。

 

国外配置一覧。

 

一枚目。

 

人。

 

二枚目。

 

家族。

 

三枚目。

 

工具。

 

四枚目。

 

図面。

 

五枚目。

 

資金。

 

六枚目。

 

住宅。

 

七枚目。

 

空席。

 

八枚目。

 

空欄。

 

ポーランド軍将校が、

 

最後の紙を持ち上げた。

 

「これは」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「今日決めます」

 

「何を」

 

元白軍将校が言った。

 

「逃げた後だ」

 

---

 

軍将校は、

 

紙を見る。

 

空白。

 

上だけ。

 

書いてある。

 

**国外到着後。**

 

---

 

「人は出している」

 

元独立運動家が言った。

 

「出した」

 

「家族も」

 

「出した」

 

「仕事も」

 

「作った」

 

「家も」

 

「空けた」

 

「なら」

 

軍将校が聞く。

 

「何が足りない」

 

元白軍将校は、

 

地図を指した。

 

「その先」

 

---

 

ポーランド。

 

国境。

 

列車。

 

港。

 

海。

 

英国。

 

フランス。

 

ルーマニア。

 

ポルトガル。

 

今まで。

 

線は、

 

国外へ出るために引かれていた。

 

今日。

 

元白軍将校は、

 

その線を、

 

さらに先へ伸ばした。

 

---

 

英国支部。

 

倉庫。

 

修理所。

 

住宅。

 

学校。

 

港。

 

そこから。

 

別の鉄道。

 

別の工場。

 

別の飛行場。

 

---

 

軍将校が言った。

 

「何をしている」

 

「逃げ道を伸ばしている」

 

「もう国外だぞ」

 

「国外だから安全とは限らん」

 

「英国まで?」

 

「戦争になれば英国も戦うかもしれん」

 

部屋が、

 

静かになった。

 

---

 

三月末。

 

英国は、

 

ポーランドへの支援を表明した。

 

四月。

 

その約束は、

 

少しずつ具体的な形を持ち始めていた。

 

それは、

 

ポーランドにとって重要だった。

 

だが。

 

WILKにとっては、

 

もう一つの意味も持った。

 

---

 

英国は、

 

逃げ場所ではなくなるかもしれない。

 

---

 

戦場の外。

 

ではなく。

 

戦争を続ける側。

 

になるかもしれない。

 

---

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「では英国だけに集めるのも危険です」

 

軍将校が、

 

思わず笑った。

 

「去年からずっとそれを言っているだろ」

 

「確認です」

 

「何回確認する」

 

「地図が変わるたび」

 

元白軍将校。

 

「なら今年は多いぞ」

 

---

 

英国。

 

重要。

 

だが、

 

全部置かない。

 

フランス。

 

重要。

 

だが、

 

全部置かない。

 

ルーマニア。

 

南。

 

重要。

 

ポルトガル。

 

西。

 

海。

 

重要。

 

さらに。

 

米州。

 

遠い。

 

すぐには使えない。

 

だからこそ。

 

残る。

 

---

 

ポーランド軍将校が、

 

米州側の線を見る。

 

「そこまで行くのか」

 

実業家。

 

「既にあります」

 

「今すぐ人を増やす?」

 

「少し」

 

「遠すぎる」

 

「だからです」

 

---

 

今すぐ使う場所。

 

英国。

 

フランス。

 

ルーマニア。

 

今すぐ逃げる場所。

 

同じ。

 

その先。

 

さらに逃げる場所。

 

ポルトガル。

 

北欧。

 

米州。

 

---

 

元独立運動家が言った。

 

「一回で逃げ切ると思うな」

 

軍将校が、

 

彼を見る。

 

「嫌な言い方だな」

 

「去年のチェコを見ただろ」

 

---

 

一度。

 

国境を越えた。

 

次。

 

また、

 

線が動く。

 

なら。

 

その時。

 

もう一度動けるようにする。

 

---

 

国外社員にも、

 

新しい規則。

 

到着。

 

終わり。

 

ではない。

 

---

 

住所。

 

一つ。

 

連絡先。

 

二つ以上。

 

勤務先。

 

一つ。

 

代替勤務先。

 

可能なら一つ。

 

現地輸送経路。

 

確認。

 

次の移動先。

 

未指定。

 

ただし。

 

問い合わせ先。

 

確保。

 

---

 

軍将校が、

 

一覧を見た。

 

「逃亡者の行軍計画みたいだな」

 

元白軍将校。

 

「違う」

 

「何が」

 

「行軍は敵へ向かう」

 

「これは」

 

「敵から離れる」

 

---

 

元ドイツ軍技術者が、

 

口を挟んだ。

 

「人だけでは足りない」

 

また。

 

始まった。

 

---

 

国外へ出した技術者。

 

そこに、

 

何を置く。

 

工具。

 

ある。

 

図面。

 

ある。

 

ゲージ。

 

ある。

 

だが。

 

機械。

 

足りない。

 

材料。

 

足りない。

 

部品。

 

足りない。

 

---

 

英国支部。

 

Bizon。

 

軽修理。

 

可能。

 

発動機交換。

 

条件付き。

 

Tur。

 

かなり可能。

 

構造修理。

 

可能。

 

武装調整。

 

可能。

 

重整備。

 

限定。

 

新造。

 

ほぼ不可。

 

---

 

軍将校が、

 

報告を読む。

 

「Turの方が楽なんだな」

 

技術者。

 

「古いから」

 

「普通は逆では」

 

「長く直してきた」

 

「部品も」

 

「分かっている」

 

「現地加工は」

 

「しやすい」

 

---

 

Tur。

 

古い。

 

遅い。

 

性能。

 

最新機に劣る。

 

だが。

 

二十年近く。

 

壊して。

 

直して。

 

変えて。

 

また飛ばした。

 

その積み重ねが、

 

国外で効き始めていた。

 

---

 

若い技師が、

 

英国支部から送られた報告を読む。

 

「Turなら、主翼の一部まで現地製作可能」

 

元ドイツ軍技術者が、

 

顔を上げた。

 

「どこまで」

 

「外翼」

 

「桁は」

 

「材料があれば」

 

「接合部」

 

「治具あり」

 

「検査」

 

「ゲージあり」

 

「誰が送った」

 

実業家。

 

「昨年」

 

技術者は、

 

少しだけ笑った。

 

「珍しく正しかったな」

 

実業家。

 

「珍しく?」

 

---

 

Bizon。

 

もっと難しい。

 

精密。

 

高性能。

 

新しい。

 

交換部品。

 

専用。

 

材料。

 

品質。

 

高い。

 

国外での再生産。

 

まだ遠い。

 

---

 

元白軍将校が言った。

 

「ならTurを残せ」

 

軍将校。

 

「国内に?」

 

「国外にも」

 

「何機」

 

「知らん」

 

「またか」

 

「機体で出せなくても」

 

技術者が続けた。

 

「部品を出す」

 

---

 

予備脚。

 

国外。

 

少量。

 

操縦索。

 

国外。

 

点火部品。

 

国外。

 

計器。

 

国外。

 

無線。

 

国外。

 

十一粍機銃部品。

 

国外。

 

弾薬。

 

少量。

 

---

 

軍将校が、

 

最後で止まった。

 

「弾まで?」

 

元白軍将校。

 

「飛行機があっても撃てなければ」

 

「国内で使う」

 

「全部?」

 

「……」

 

---

 

また。

 

選ぶ。

 

---

 

まだ。

 

戦争は、

 

始まっていない。

 

だが。

 

戦争になった時に必要な物は、

 

戦争が始まってから送るには、

 

遅いかもしれない。

 

---

 

軍将校が言った。

 

「少量」

 

実業家。

 

「どれくらい」

 

「整備試験と訓練に必要な程度」

 

元白軍将校。

 

「戦闘にも使える」

 

「黙れ」

 

---

 

決定。

 

少量。

 

---

 

そして。

 

もう一つ。

 

人間。

 

---

 

国外へ逃がしている人々。

 

すべてが、

 

技術者ではない。

 

すべてが、

 

WILKに必要な人間でもない。

 

ただ。

 

危険だから。

 

雇った。

 

---

 

英国支部。

 

人事担当。

 

困る。

 

「仕事がありません」

 

本社。

 

返答。

 

作れ。

 

---

 

仕事。

 

倉庫整理。

 

食品。

 

翻訳。

 

記録。

 

清掃。

 

荷役。

 

縫製。

 

梱包。

 

学校補助。

 

食堂。

 

住宅管理。

 

---

 

それでも。

 

余る。

 

---

 

本社。

 

返答。

 

研修。

 

---

 

何を。

 

---

 

WILKの仕事。

 

全部。

 

---

 

工具の扱い。

 

図面の読み方。

 

在庫記録。

 

部品番号。

 

簡単な修理。

 

荷車。

 

冷蔵設備。

 

食品衛生。

 

輸送。

 

会計。

 

言語。

 

---

 

軍将校が、

 

研修表を見た。

 

「何を育てたいんだ」

 

元独立運動家。

 

「働ける人間」

 

「職種が広すぎる」

 

「逃げた先で一つの仕事しかできない方が困る」

 

---

 

元白軍将校が頷いた。

 

「兵士と同じだ」

 

軍将校。

 

「会社員だ」

 

「飯を作れる兵士は助かる」

 

「軍隊にするな!」

 

---

 

だが。

 

後に。

 

その人々が、

 

国外WILKを動かす。

 

今は。

 

誰も知らない。

 

---

 

四月中旬。

 

英国支部。

 

初めての、

 

航空機受入演習。

 

実機。

 

WILK所有の民間Tur。

 

一機。

 

国外支部へ。

 

通常の移送。

 

表向き。

 

整備能力確認。

 

---

 

飛来。

 

着陸。

 

時計。

 

開始。

 

発動機停止。

 

整備員。

 

集合。

 

点検。

 

燃料補給。

 

無線確認。

 

主脚。

 

点検。

 

機銃。

 

なし。

 

爆弾。

 

なし。

 

民間型。

 

---

 

時間。

 

記録。

 

---

 

軽整備。

 

終了。

 

再出撃可能。

 

---

 

支部長が、

 

電報を打った。

 

**一機なら受けられる。**

 

---

 

本社。

 

元ドイツ軍技術者が読む。

 

「一機なら、か」

 

軍将校。

 

「最初は一機だ」

 

元白軍将校。

 

「次は二機」

 

技術者。

 

「同時に来たら?」

 

「試せ」

 

---

 

翌週。

 

二機。

 

---

 

一機。

 

油漏れ。

 

一機。

 

無線不調。

 

同時。

 

---

 

整備員。

 

足りる。

 

工具。

 

足りる。

 

交換部品。

 

片方不足。

 

---

 

現地調達。

 

可能。

 

ただし。

 

加工。

 

半日。

 

---

 

結果。

 

二機。

 

翌日。

 

飛行可能。

 

---

 

報告。

 

**二機なら受けられる。**

 

---

 

元白軍将校が、

 

紙を見る。

 

「次」

 

軍将校。

 

「三機?」

 

「三機」

 

---

 

元ドイツ軍技術者が、

 

止めた。

 

「待て」

 

二人が見る。

 

「今度は一機を重整備状態にする」

 

軍将校。

 

「わざと壊すのか」

 

「壊さない」

 

「では」

 

「発動機を外す」

 

「飛べなくなるぞ」

 

「だからだ」

 

---

 

国外支部。

 

三機。

 

一機。

 

発動機交換。

 

二機。

 

通常整備。

 

同時。

 

---

 

結果。

 

混乱。

 

---

 

工具。

 

足りない。

 

作業台。

 

足りない。

 

人。

 

足りない。

 

格納庫。

 

狭い。

 

---

 

報告。

 

**三機は無理。**

 

---

 

本社。

 

軍将校が、

 

なぜか嬉しそうだった。

 

「分かったな」

 

技術者。

 

「何が」

 

「限界」

 

「だから試した」

 

「失敗したぞ」

 

「平時に失敗した」

 

---

 

その言葉。

 

会議室に、

 

残った。

 

---

 

**平時に失敗した。**

 

---

 

誰も死なない。

 

敵はいない。

 

爆弾も落ちない。

 

足りない物を、

 

買える。

 

作れる。

 

送れる。

 

やり直せる。

 

---

 

なら。

 

今。

 

失敗する。

 

---

 

英国支部。

 

作業台。

 

追加。

 

工具。

 

追加。

 

発動機架。

 

追加。

 

整備員。

 

二名。

 

追加。

 

格納庫。

 

隣区画。

 

借用。

 

---

 

一か月後。

 

また三機。

 

---

 

今度は。

 

受けられた。

 

---

 

ポーランド軍将校が、

 

報告を読んだ。

 

「四機は」

 

元白軍将校。

 

「やるか」

 

「……やれ」

 

---

 

それが。

 

四月のWILKだった。

 

---

 

まだ。

 

逃げていない。

 

まだ。

 

敗けていない。

 

まだ。

 

国もある。

 

---

 

だから。

 

逃げた後の練習をした。

 

---

 

四月末。

 

国外拠点再評価。

 

英国。

 

航空機受入。

 

改善。

 

フランス。

 

部品製作。

 

改善。

 

ルーマニア。

 

輸送・修理。

 

改善。

 

ポルトガル。

 

海上輸送。

 

改善。

 

米州。

 

再建用保管。

 

継続。

 

---

 

人。

 

さらに国外。

 

図面。

 

さらに国外。

 

ゲージ。

 

さらに国外。

 

---

 

国内。

 

空いていく。

 

ほんの少し。

 

---

 

軍将校が、

 

国内工場を歩いた。

 

前なら。

 

熟練工がいた場所。

 

若い工員。

 

前なら。

 

班長がいた場所。

 

副班長。

 

前なら。

 

部品棚が一杯だった場所。

 

少し、

 

空き。

 

---

 

だが。

 

機械は動く。

 

Bizon。

 

組み立て。

 

Tur。

 

修理。

 

発動機。

 

回る。

 

十一粍機銃。

 

調整。

 

---

 

工場長が言った。

 

「寂しくなりました」

 

軍将校が答えた。

 

「まだ人はいる」

 

「います」

 

「仕事も」

 

「あります」

 

「なら」

 

工場長は、

 

少し考えた。

 

「まだ工場です」

 

---

 

軍将校は、

 

頷いた。

 

---

 

その夜。

 

五人。

 

会議。

 

若い書記が聞く。

 

「四月の総括は」

 

元独立運動家。

 

「人を出した」

 

技術者。

 

「機体を受ける場所を作った」

 

実業家。

 

「道を増やした」

 

元白軍将校。

 

「その先も作った」

 

軍将校。

 

「まとめろ」

 

---

 

書記。

 

考える。

 

書く。

 

---

 

国外へ出る経路。

 

確保。

 

国外到着後の生活。

 

確保。

 

国外における企業活動。

 

継続可能。

 

国外航空支援。

 

限定的に可能。

 

さらなる移動経路。

 

確認開始。

 

---

 

そして。

 

最後。

 

---

 

国境を越えることを、退避完了としない。

 

---

 

軍将校が、

 

その一文を読んだ。

 

「どこまで逃げる気だ」

 

元白軍将校が答えた。

 

「止まっていい場所まで」

 

「どこだ」

 

「それを今探している」

 

---

 

一九三九年四月。

 

WILKは、

 

国外に逃げ場所を持っていた。

 

だが。

 

そこで初めて気付いた。

 

---

 

戦争が大きくなれば。

 

逃げ場所も、

 

戦場になる。

 

---

 

なら。

 

逃げ道は。

 

国境の外ではなく。

 

戦場の外まで。

 

つながっていなければならない。

 

---

 

その年。

 

欧州には。

 

その「外」が、

 

少しずつ減り始めていた。

 

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