WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

164 / 186

――WILK国外情勢整理会議・一九三九年五月五日

確認事項。

四月二十八日。

ドイツ政府。

独波不可侵宣言について、

従来の状態を認めず。

五月五日。

ポーランド外相。

ユゼフ・ベック。

国会演説。

ドイツ側要求について、

ポーランドの立場を表明。

交渉。

否定せず。

一方的譲歩。

拒否。

独立。

名誉。

交渉対象外。

戦争。

なし。

結論。

断ることは、

終わりではない。

断った後に、

何を守るかを決める必要がある。


第164話 断るなら、何を守るか決めろ

 

五月五日。

 

ワルシャワ。

 

議会。

 

ユゼフ・ベックは、

 

演壇に立った。

 

国民が聞いた。

 

軍が聞いた。

 

外交官が聞いた。

 

外国も聞いた。

 

WILKも、

 

ラジオの前にいた。

 

---

 

ポーランド軍将校は、

 

立っていた。

 

椅子があるのに。

 

座らなかった。

 

元白軍将校は、

 

窓際。

 

元ドイツ軍技術者は、

 

机。

 

ユダヤ人実業家は、

 

新聞。

 

元独立運動家は、

 

何も持たず。

 

---

 

ラジオ。

 

声。

 

---

 

平和。

 

価値。

 

ある。

 

交渉。

 

可能。

 

ある。

 

だが。

 

平和にも、

 

価格がある。

 

---

 

名誉。

 

---

 

その言葉が出た時。

 

ポーランド軍将校が、

 

ほんの少し、

 

顔を上げた。

 

---

 

演説が終わった。

 

誰も。

 

すぐには話さなかった。

 

---

 

最初に口を開いたのは、

 

元白軍将校だった。

 

「決まったな」

 

軍将校が、

 

彼を見る。

 

「何が」

 

「払わないもの」

 

---

 

軍将校は、

 

しばらく黙った。

 

「そうだ」

 

---

 

元ドイツ軍技術者。

 

「では」

 

紙を出した。

 

「払うものを決める」

 

---

 

軍将校が、

 

嫌そうな顔をした。

 

「その言い方は嫌いだ」

 

「だが必要だ」

 

---

 

会社。

 

利益。

 

払える。

 

生産効率。

 

払える。

 

新造機数。

 

ある程度。

 

払える。

 

国外移転費。

 

払う。

 

空室維持費。

 

払う。

 

重複契約。

 

払う。

 

倉庫余裕。

 

払う。

 

---

 

人。

 

払わない。

 

---

 

技術。

 

全部は、

 

払わない。

 

---

 

会社そのもの。

 

払わない。

 

---

 

ポーランド。

 

---

 

誰も。

 

そこに線を引かなかった。

 

---

 

元独立運動家が、

 

黒板を見る。

 

「国は会社の資産じゃない」

 

軍将校。

 

「当然だ」

 

「なら我々が決めることではない」

 

「そうだ」

 

「でも」

 

彼は、

 

国外社員一覧を見た。

 

「国が決めたことの値段は、こちらにも来る」

 

---

 

その日。

 

人事部。

 

新しい指示。

 

国外赴任。

 

さらに前倒し。

 

ただし。

 

国内機能。

 

維持。

 

---

 

人事担当が、

 

元独立運動家へ言った。

 

「もう簡単な人からは出しました」

 

「簡単な人?」

 

「独身者」

 

「国外勤務経験者」

 

「外国語ができる者」

 

「転居可能者」

 

「次は」

 

担当者は、

 

紙を見る。

 

「難しい人です」

 

---

 

子供。

 

多い。

 

老親。

 

いる。

 

病人。

 

いる。

 

家。

 

ある。

 

畑。

 

ある。

 

妻が反対。

 

夫が反対。

 

本人が反対。

 

---

 

今まで。

 

紙の上では。

 

一人。

 

---

 

実際には。

 

一人を動かすと。

 

五人。

 

七人。

 

十人。

 

動く。

 

---

 

ある整備員。

 

四十八歳。

 

Tur。

 

十五年。

 

Bizon。

 

六年。

 

発動機。

 

強い。

 

国外候補。

 

フランス。

 

---

 

本人。

 

拒否。

 

---

 

元独立運動家が、

 

面談した。

 

「行きたくない?」

 

「はい」

 

「理由」

 

「ここが家です」

 

---

 

それだけ。

 

---

 

「妻は」

 

「行ってもいいと言っています」

 

「子供は」

 

「分からんでしょう」

 

「なら」

 

「私は残ります」

 

---

 

元独立運動家は、

 

説得しなかった。

 

---

 

「分かった」

 

整備員が、

 

驚いた。

 

「それだけですか」

 

「強制しない」

 

「会社は」

 

「困る」

 

「なら」

 

「だが強制しない」

 

---

 

整備員は、

 

少し黙った。

 

「もし」

 

「はい」

 

「本当に危なくなったら」

 

元独立運動家が答えた。

 

「その時、列車があるとは限らない」

 

---

 

それだけ言った。

 

---

 

三日後。

 

整備員が戻った。

 

「フランス」

 

「はい」

 

「家族も」

 

「はい」

 

「ただし」

 

「何でしょう」

 

「母を連れていく」

 

「何歳」

 

「七十六」

 

人事担当。

 

帳簿を見る。

 

元独立運動家。

 

「連れていけ」

 

---

 

七十六歳。

 

国外社員家族。

 

一名。

 

追加。

 

---

 

その数字の横に。

 

理由。

 

なし。

 

---

 

午後。

 

航空部。

 

可動機報告。

 

Tur。

 

要求以上。

 

Bizon。

 

要求以上。

 

新造。

 

遅延。

 

また。

 

---

 

調達担当が、

 

紙を叩いた。

 

「いつまでこれを続ける」

 

ポーランド軍将校。

 

「必要な間」

 

「新造が必要だ!」

 

「可動機があります」

 

「戦争になれば減る!」

 

「だから修理能力を増やしています」

 

「国内で!」

 

軍将校。

 

「国外でも」

 

---

 

沈黙。

 

---

 

調達担当。

 

「国外?」

 

「可能性です」

 

「何の」

 

「戦闘継続」

 

---

 

言ってしまった。

 

---

 

軍将校自身が。

 

---

 

前なら。

 

言わなかった。

 

---

 

調達担当が、

 

低い声で聞いた。

 

「敗北を前提にしているのか」

 

軍将校は、

 

即答した。

 

「違う」

 

「では何だ」

 

「継続を前提にしている」

 

---

 

少し。

 

間。

 

---

 

「国内で勝てば、それでいい」

 

「だが」

 

「国内で終わらなかった場合」

 

「終わらせない」

 

---

 

WILKの言葉だった。

 

---

 

壊れても帰れる。

 

失っても再開できる。

 

---

 

軍にも。

 

少しずつ。

 

移っていた。

 

---

 

その夕方。

 

元ドイツ軍技術者は、

 

国内工場の在庫表を見ていた。

 

アルミ材。

 

鋼管。

 

木材。

 

電線。

 

発動機部品。

 

タイヤ。

 

燃料系部品。

 

無線部品。

 

十一粍弾薬。

 

---

 

工場長が聞いた。

 

「増やしますか」

 

技術者。

 

「どれを」

 

「全部」

 

「なぜ」

 

「戦争が近いなら」

 

---

 

当然。

 

---

 

戦争前。

 

備蓄。

 

増やす。

 

---

 

技術者は、

 

在庫表を見る。

 

次。

 

国外在庫。

 

次。

 

鉄道輸送能力。

 

次。

 

非常時搬出時間。

 

次。

 

廃棄可能量。

 

---

 

工場長が、

 

最後を見る。

 

「これは」

 

「前回から追加した」

 

「廃棄?」

 

「必要になれば」

 

---

 

工場長は、

 

黙った。

 

---

 

技術者が言った。

 

「在庫は増やす」

 

工場長が顔を上げる。

 

「はい」

 

「ただし」

 

---

 

国内で必要。

 

かつ。

 

最後まで使える。

 

または。

 

短時間で価値を失わせられる。

 

その範囲。

 

---

 

「満杯にはするな」

 

---

 

工場長が、

 

怪訝な顔をした。

 

「戦争前なのに?」

 

「戦争前だからだ」

 

---

 

倉庫。

 

満杯。

 

安心。

 

---

 

ではない。

 

---

 

倉庫。

 

満杯。

 

撤退時。

 

敵の倉庫。

 

---

 

その可能性を。

 

WILKは、

 

初めて。

 

数字として扱い始めた。

 

---

 

倉庫担当。

 

質問。

 

「上限は何です」

 

技術者。

 

「日数」

 

「量ではなく?」

 

「処理できる日数」

 

---

 

一週間で処理できない量。

 

持たない。

 

---

 

三日。

 

二日。

 

一日。

 

品目によって。

 

違う。

 

---

 

使う。

 

運ぶ。

 

移す。

 

無価値化する。

 

---

 

そのどれも。

 

間に合わない量。

 

置かない。

 

---

 

元白軍将校が、

 

その案を読んだ。

 

「やっと来たか」

 

軍将校。

 

「何が」

 

「置いていく量を決める」

 

「まだ置いていかない」

 

「だから決める」

 

---

 

元ドイツ軍技術者。

 

「大型機械は別だ」

 

「運べない」

 

「使う」

 

「最後まで?」

 

「可能な限り」

 

---

 

元白軍将校。

 

「最後は」

 

技術者。

 

長い沈黙。

 

---

 

「使えなくする」

 

---

 

工場長は、

 

少し離れた場所で。

 

それを聞いた。

 

---

 

二十年。

 

その男は。

 

機械を。

 

直してきた。

 

---

 

壊れた旋盤。

 

直した。

 

狂ったゲージ。

 

直した。

 

割れた治具。

 

直した。

 

古い発動機。

 

直した。

 

Tur。

 

直した。

 

---

 

WILKは。

 

壊れたものを。

 

戻す会社だった。

 

---

 

その会社が。

 

今。

 

初めて。

 

---

 

戻せないようにする可能性。

 

を。

 

議題にした。

 

---

 

工場長が、

 

小さく言った。

 

「嫌ですね」

 

技術者が答えた。

 

「私もだ」

 

---

 

それ以上。

 

話さなかった。

 

---

 

五月中旬。

 

国外支部。

 

通知。

 

国内在庫の一部を、

 

国外へ。

 

工具。

 

追加。

 

ゲージ。

 

追加。

 

特殊測定器。

 

追加。

 

型。

 

追加。

 

---

 

大型部品。

 

少数。

 

---

 

国外支部から。

 

「保管場所不足」

 

---

 

本社。

 

返信。

 

「借りろ」

 

---

 

会計。

 

「高い」

 

---

 

実業家。

 

「払え」

 

---

 

会計。

 

「利益率」

 

---

 

実業家。

 

「下げろ」

 

---

 

また。

 

利益。

 

払った。

 

---

 

次。

 

国外住宅。

 

追加。

 

---

 

また。

 

払った。

 

---

 

次。

 

学校。

 

教室追加。

 

---

 

払った。

 

---

 

次。

 

医療。

 

契約拡大。

 

---

 

払った。

 

---

 

ポーランド軍将校が、

 

帳簿を見た。

 

「いくら使う気だ」

 

実業家。

 

「必要なだけ」

 

「会社が潰れるぞ」

 

「潰さない」

 

「利益は」

 

「会社ではない」

 

---

 

軍将校が、

 

彼を見る。

 

---

 

それは。

 

WILKが。

 

二十年。

 

かけて。

 

覚えたことだった。

 

---

 

利益。

 

会社の一部。

 

---

 

工場。

 

会社の一部。

 

---

 

飛行機。

 

会社の一部。

 

---

 

人。

 

会社の一部。

 

---

 

どれか一つ。

 

会社そのものではない。

 

---

 

なら。

 

一部を失って。

 

全体を残す。

 

---

 

それが。

 

第十章だった。

 

---

 

五月下旬。

 

創業者退避計画。

 

二回目。

 

---

 

元白軍将校。

 

荷物。

 

二十キロ。

 

本人記入。

 

軍将校が見る。

 

「少ないな」

 

「逃げるのに机はいらん」

 

「中身」

 

「服」

 

「地図」

 

「酒」

 

「酒」

 

「少し」

 

「何本」

 

「四本」

 

「減らせ」

 

「なぜ」

 

「重量」

 

「地図を減らす」

 

「酒を減らせ!」

 

---

 

元ドイツ軍技術者。

 

荷物。

 

三十八キロ。

 

軍将校。

 

「多い」

 

「工具」

 

「会社にある」

 

「自分の」

 

「置いていけ」

 

「嫌だ」

 

「子供か」

 

---

 

ユダヤ人実業家。

 

荷物。

 

十二キロ。

 

「少ない」

 

「銀行に置くものは軽い」

 

「嫌な言い方だな」

 

「事実です」

 

---

 

元独立運動家。

 

未記入。

 

軍将校。

 

「書け」

 

「後で」

 

「社員に期限を守らせてるだろ」

 

「後で」

 

「今」

 

---

 

元白軍将校。

 

「最後まで残る気だ」

 

---

 

沈黙。

 

---

 

元独立運動家。

 

「人事が終わってから」

 

軍将校。

 

「駄目だ」

 

「なぜ」

 

「全員同じだ」

 

---

 

前回。

 

言われた。

 

---

 

社員へ守らせる規則を。

 

自分だけ破るな。

 

---

 

元独立運動家は。

 

しばらく。

 

紙を見た。

 

---

 

書いた。

 

---

 

十八キロ。

 

---

 

軍将校が。

 

自分の欄を見る。

 

空白。

 

四人。

 

見る。

 

---

 

「俺は軍命令次第だ」

 

誰も。

 

何も言わない。

 

---

 

軍将校。

 

「本当にそうだ」

 

まだ。

 

誰も言わない。

 

---

 

「分かった」

 

---

 

書いた。

 

---

 

十五キロ。

 

---

 

元白軍将校が聞く。

 

「酒は」

 

軍将校。

 

「持たん」

 

「つまらんな」

 

「お前のを一本よこせ」

 

「嫌だ」

 

---

 

ほんの少し。

 

笑った。

 

---

 

その日の夜。

 

会議録。

 

五月。

 

総括。

 

---

 

外交。

 

緊張増大。

 

---

 

国外人員。

 

増。

 

---

 

国内新造能力。

 

低下。

 

---

 

可動航空機数。

 

維持。

 

---

 

国外修理能力。

 

増。

 

---

 

国内在庫。

 

上限設定開始。

 

---

 

国外保管。

 

増。

 

---

 

創業者退避荷物。

 

仮決定。

 

---

 

若い書記が、

 

最後の項目で。

 

少し。

 

手を止めた。

 

---

 

五人。

 

その紙を見る。

 

---

 

元白軍将校。

 

「何だ」

 

「いえ」

 

「書け」

 

---

 

書いた。

 

---

 

創業者五名についても、

 

一般社員と同様、

 

必要時に移動可能な状態を維持する。

 

---

 

軍将校が。

 

読んだ。

 

---

 

「一般社員と同様」

 

---

 

少しだけ。

 

笑う。

 

「それでいい」

 

---

 

一九三九年五月。

 

ポーランドは。

 

戦争を選んだわけではなかった。

 

---

 

平和を。

 

拒んだわけでもなかった。

 

---

 

ただ。

 

譲れないものを。

 

譲れないと言った。

 

---

 

その瞬間。

 

WILKにできることは。

 

演説することではない。

 

---

 

何を守る。

 

何を動かす。

 

何を使う。

 

何を残す。

 

何を失っても。

 

次を続けられるようにする。

 

---

 

断る言葉には。

 

値段がある。

 

---

 

だから。

 

WILKは。

 

その値段を。

 

数え始めた。

 

---

 

まだ。

 

払う日が。

 

来ていないうちに。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。