WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK人事部・緊急国外移動整理表
一九三九年八月二十四日

対象。

社員。

社員家族。

元社員家族。

取引先関係者。

軍関係者家族。

鉄道関係者家族。

医療関係者家族。

農場関係者家族。

その他。

国外移動を希望し、

WILKが身元および受入先を確認できる者。

原則。

本人が残る場合でも、

家族のみの国外移動を認める。

追加。

本人の職務。

退避の可否と、

直接関係なし。

追加。

「どこでもよい」

は禁止。

理由。

どこでもよい場所は、

存在しない。


第168話 残るなら、家族を先に出せ

一九三九年八月二十四日。

 

平時は、

 

まだ残っていた。

 

ただし。

 

もう。

 

家族を出す理由を、

 

一人ずつ説明している時間はなかった。

 

---

 

朝。

 

WILK本社。

 

人事部。

 

廊下。

 

人。

 

---

 

社員。

 

軍服。

 

背広。

 

作業着。

 

農民。

 

鉄道員。

 

女。

 

老人。

 

子供。

 

---

 

受付担当が、

 

顔を上げた。

 

「次」

 

一人。

 

男。

 

軍服。

 

ポーランド軍。

 

中尉。

 

WILK社員ではない。

 

---

 

「御用件は」

 

「家族を」

 

「何名」

 

「妻」

 

「はい」

 

「娘二人」

 

「はい」

 

「母」

 

担当者が、

 

顔を上げる。

 

「四人」

 

「そうだ」

 

「本人は」

 

「残る」

 

---

 

書く。

 

本人。

 

同行せず。

 

---

 

「行先希望」

 

「どこでもいい」

 

担当者は、

 

ペンを止めた。

 

「それは困ります」

 

中尉が聞いた。

 

「なぜ」

 

「英国、フランス、ルーマニア、ポルトガル、米州で事情が違います」

 

「安全ならどこでも」

 

「安全の保証はできません」

 

「では」

 

---

 

中尉は、

 

少し声を落とした。

 

「生きていればいい」

 

---

 

担当者は、

 

何も言わなかった。

 

紙を見る。

 

妻。

 

三十二。

 

娘。

 

九。

 

娘。

 

六。

 

母。

 

六十八。

 

---

 

「親族は国外に?」

 

「いない」

 

「英語」

 

「妻が少し」

 

「フランス語」

 

「ない」

 

「農業経験」

 

「母が」

 

「職業」

 

「妻は教師」

 

---

 

担当者は、

 

別紙を見る。

 

英国。

 

教員補助。

 

空き。

 

住宅。

 

一戸。

 

---

 

「英国を第一候補にします」

 

中尉が聞いた。

 

「いつ」

 

「二十六日便」

 

「二日後?」

 

「今日出られるなら今日」

 

---

 

中尉が、

 

顔を上げた。

 

「今日?」

 

---

 

「明日も列車が同じように走る保証がありません」

 

---

 

中尉は、

 

紙を見る。

 

「今日」

 

そして。

 

頷いた。

 

「今日で」

 

---

 

次。

 

鉄道員。

 

五十三。

 

本人。

 

残る。

 

妻。

 

五十一。

 

息子。

 

十七。

 

娘。

 

十五。

 

---

 

「本人は」

 

「鉄道を離れられん」

 

---

 

人事担当は、

 

何も言わない。

 

鉄道。

 

これから。

 

必要になる。

 

兵士を運ぶ。

 

物資を運ぶ。

 

家族を運ぶ。

 

負傷者を運ぶ。

 

そして。

 

もし。

 

撤退になれば。

 

もっと。

 

必要になる。

 

---

 

「家族だけ?」

 

「そうだ」

 

男は、

 

帽子を握る。

 

「息子は残ると言っている」

 

「十七歳」

 

「そうだ」

 

「本人の意思は」

 

「残る」

 

---

 

元独立運動家が、

 

横から聞いていた。

 

「呼べ」

 

---

 

息子が来る。

 

背は、

 

父より高い。

 

---

 

「残りたい?」

 

「はい」

 

「なぜ」

 

「父が残るから」

 

「仕事は」

 

「駅で手伝っています」

 

「軍人?」

 

「違います」

 

「鉄道正式職員?」

 

「違います」

 

---

 

少年は、

 

黙る。

 

---

 

元独立運動家が言った。

 

「行け」

 

「でも」

 

「父親には仕事がある」

 

「俺にも」

 

「今はない」

 

---

 

父親は、

 

何も言わない。

 

少年が、

 

父を見る。

 

父が、

 

初めて口を開いた。

 

「行け」

 

「父さん」

 

「母さんと妹を連れていけ」

 

「でも」

 

「俺が列車を動かす」

 

---

 

父は、

 

少し笑った。

 

「お前は列車に乗れ」

 

---

 

少年は、

 

下を向いた。

 

登録。

 

三名。

 

本人。

 

残留。

 

---

 

次。

 

医師。

 

本人。

 

残る。

 

夫。

 

先に国外。

 

子供。

 

二人。

 

---

 

次。

 

看護師。

 

本人。

 

残る。

 

母。

 

妹。

 

国外。

 

---

 

次。

 

工場長。

 

本人。

 

残る。

 

妻。

 

息子。

 

娘。

 

国外。

 

---

 

次。

 

農場主。

 

本人。

 

残る。

 

娘一家。

 

国外。

 

---

 

人事担当が、

 

農場名を見る。

 

「ああ」

 

元独立運動家が、

 

顔を上げる。

 

「知っている?」

 

「食品部の取引先です」

 

---

 

農場主。

 

六十四歳。

 

牛乳。

 

麦。

 

飼料。

 

WILKと、

 

十年以上取引。

 

本人。

 

国外退避。

 

拒否。

 

娘。

 

三十六。

 

孫。

 

三人。

 

国外。

 

希望。

 

---

 

「本人は?」

 

担当が聞く。

 

娘が答えた。

 

「父は行かないと言っています」

 

「理由」

 

娘は、

 

疲れた顔で答えた。

 

「農場」

 

---

 

それだけ。

 

---

 

元独立運動家は、

 

理解した。

 

「家族だけ先に」

 

「はい」

 

「本人には」

 

「説得しています」

 

「無理なら?」

 

娘は、

 

黙る。

 

---

 

元独立運動家が、

 

紙へ書く。

 

本人残留。

 

家族先行。

 

再説得。

 

---

 

昼。

 

人事部。

 

昼食。

 

交代制。

 

人が減らない。

 

食堂から、

 

パンが運ばれる。

 

机で、

 

食べながら書く。

 

名前。

 

年齢。

 

職業。

 

言語。

 

健康。

 

行先。

 

乗車予定。

 

船便。

 

国外連絡先。

 

---

 

理由。

 

書かない。

 

---

 

それだけは、

 

変えなかった。

 

「なぜこの家族を優先する」

 

という理由を、

 

一枚の紙へ集めない。

 

必要なのは、

 

出すこと。

 

危険の説明書を、

 

残すことではない。

 

---

 

午後。

 

ポーランド軍将校が来る。

 

封筒。

 

一つ。

 

元独立運動家が見る。

 

「何だ」

 

ポーランド軍将校は、

 

机へ置いた。

 

「頼みがある」

 

---

 

珍しかった。

 

いつも。

 

命令。

 

相談。

 

苦情。

 

頼み。

 

は。

 

少ない。

 

---

 

封筒を開ける。

 

名前。

 

六家族。

 

---

 

「軍人?」

 

「一部」

 

「全員お前の知り合い?」

 

「違う」

 

「では」

 

---

 

ポーランド軍将校は、

 

少し間を置いた。

 

「残る連中だ」

 

---

 

それだけ。

 

---

 

将校。

 

整備士官。

 

通信。

 

補給。

 

航空。

 

本人。

 

退避希望。

 

なし。

 

家族。

 

国外退避。

 

希望。

 

---

 

元独立運動家が聞く。

 

「軍は?」

 

「軍として家族全員を国外へ送る余裕はない」

 

「当然だ」

 

「だから」

 

---

 

ポーランド軍将校は、

 

封筒を見る。

 

「会社に頼む」

 

---

 

元白軍将校が、

 

後ろから言った。

 

「お前が頭を下げる日が来たか」

 

ポーランド軍将校が振り向く。

 

「今それを言うか」

 

「珍しいから」

 

「殴るぞ」

 

---

 

元独立運動家は、

 

封筒を取った。

 

「何人」

 

「二十一」

 

「多い」

 

「分かっている」

 

「子供」

 

「十一」

 

---

 

元独立運動家が言った。

 

「受ける」

 

---

 

即答。

 

---

 

ポーランド軍将校が、

 

少し止まる。

 

「いいのか」

 

「空席は」

 

人事担当を見る。

 

「英国」

 

「少ないです」

 

「フランス」

 

「少ない」

 

「ルーマニア」

 

「あります」

 

「ポルトガル」

 

「少し」

 

「米州」

 

「遠いですが、あります」

 

---

 

元独立運動家は、

 

ポーランド軍将校を見る。

 

「全部同じ場所には出さない」

 

「構わん」

 

「家族が分かれる可能性」

 

ポーランド軍将校は、

 

低い声で言った。

 

「それは避けろ」

 

「分かった」

 

---

 

元白軍将校は、

 

何も言わなくなった。

 

---

 

夕方。

 

国外支部へ。

 

一斉照会。

 

英国。

 

緊急家族受入。

 

追加。

 

何人。

 

---

 

返信。

 

十二。

 

---

 

フランス。

 

九。

 

---

 

ルーマニア。

 

三十五。

 

---

 

ポルトガル。

 

十。

 

---

 

米州。

 

多数。

 

ただし。

 

移動日数。

 

長。

 

---

 

ユダヤ人実業家が、

 

一覧を見る。

 

「米州へ直接は時間がかかる」

 

元白軍将校。

 

「一度欧州外縁へ」

 

「そこから船?」

 

「必要なら」

 

ユダヤ人実業家は、

 

頷いた。

 

「船腹を確認します」

 

---

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「戦争になると決まったわけではない」

 

---

 

誰も。

 

反論しない。

 

その言葉は、

 

もう。

 

止める理由には、

 

ならなかった。

 

---

 

むしろ。

 

戦争になっていない。

 

だから。

 

動ける。

 

---

 

夜。

 

駅。

 

家族。

 

列。

 

大きな鞄。

 

小さな鞄。

 

木箱。

 

毛布。

 

子供。

 

荷物。

 

多い。

 

---

 

WILK担当が叫ぶ。

 

「一人二個まで!」

 

老婆が言う。

 

「これは鍋です!」

 

「一個です!」

 

「この鍋は一個と数えるのか!」

 

「数えます!」

 

「小さいぞ!」

 

「大きいです!」

 

---

 

その隣。

 

子供。

 

ぬいぐるみ。

 

担当が見る。

 

「それは」

 

子供は、

 

抱える。

 

担当。

 

「手荷物」

 

---

 

母親が、

 

少し笑う。

 

---

 

こういうところだけ。

 

まだ。

 

普通だった。

 

---

 

列車が入る。

 

人が乗る。

 

窓が開く。

 

残る者。

 

ホーム。

 

行く者。

 

車内。

 

何十組。

 

同じこと。

 

夫。

 

妻。

 

父。

 

息子。

 

母。

 

娘。

 

一人。

 

残る。

 

何人か。

 

出る。

 

---

 

誰も。

 

これが最後になるか。

 

知らない。

 

だから。

 

「さようなら」

 

ではなく。

 

「向こうで」

 

「また」

 

「手紙を書く」

 

「来月」

 

「仕事が片付いたら」

 

そんな言葉。

 

ばかり。

 

---

 

ポーランド軍将校の知人。

 

中尉もいた。

 

妻。

 

娘二人。

 

母。

 

窓。

 

---

 

中尉が、

 

妻へ言う。

 

「着いたら連絡を」

 

「あなたは」

 

「後で行く」

 

---

 

妻は、

 

彼を見る。

 

嘘だと。

 

分かったのか。

 

分からなかったのか。

 

何も言わない。

 

---

 

列車。

 

笛。

 

動く。

 

---

 

中尉。

 

敬礼。

 

妻は、

 

敬礼を返さない。

 

ただ。

 

手を振る。

 

娘二人も、

 

振る。

 

列車。

 

遠く。

 

---

 

中尉が、

 

手を下げる。

 

隣。

 

ポーランド軍将校が、

 

立っていた。

 

「頼んだ」

 

中尉が言う。

 

ポーランド軍将校は答えた。

 

「会社に言え」

 

「お前が会社だろ」

 

「違う」

 

少し間。

 

「……最近は怪しいが」

 

---

 

中尉が、

 

笑った。

 

ほんの少し。

 

---

 

列車。

 

消える。

 

---

 

同じ夜。

 

人事部。

 

次便。

 

名簿。

 

増える。

 

電話。

 

---

 

「父は残ります」

 

追加。

 

---

 

「夫は動員されました」

 

追加。

 

---

 

「私は病院に残ります」

 

追加。

 

---

 

「家族だけ」

 

追加。

 

---

 

「農場は捨てられません」

 

追加。

 

---

 

「駅を離れられません」

 

追加。

 

---

 

「工場を止められません」

 

追加。

 

---

 

人事担当が聞く。

 

「本人は?」

 

答え。

 

残る。

 

---

 

その言葉が、

 

増えた。

 

---

 

元独立運動家が、

 

名簿を見る。

 

本人残留。

 

一行。

 

その下。

 

家族。

 

三名。

 

五名。

 

二名。

 

六名。

 

---

 

彼は言った。

 

「家族を先に出せ」

 

人事担当。

 

「全員?」

 

「出たい者は」

 

「受入先が」

 

「作れ」

 

「列車が」

 

「押さえろ」

 

「金が」

 

ユダヤ人実業家が、

 

横から言った。

 

「払う」

 

「利益が」

 

「今月は忘れろ」

 

---

 

それで。

 

決まった。

 

---

 

一九三九年八月。

 

WILKが運んでいたものは、

 

もう。

 

社員だけではなかった。

 

仕事を続けるために。

 

残る人間の。

 

生活の。

 

半分。

 

だった。

 

---

 

軍人が、

 

妻子を。

 

鉄道員が、

 

家族を。

 

医師が、

 

親を。

 

工場長が、

 

子供を。

 

農民が、

 

娘と孫を。

 

WILKへ、

 

渡した。

 

---

 

そして。

 

本人は。

 

残った。

 

---

 

平時は、

 

まだ残っていた。

 

だから。

 

列車は、

 

走った。

 

だから。

 

家族を、

 

先に乗せた。

 

---

 

次の列車が、

 

来ることを。

 

前提にせず。

 

 

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