WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・Tur試作一号機耐弾試験要領
一九二一年

本試験は、Tur試作一号機の主要防護箇所について、小銃弾および機関銃弾に対する耐性を確認するものである。

試験対象は以下の通り。

操縦席正面下部。
操縦席背面。
座席下部。
燃料タンク周辺。
操縦索集中部。
発動機下部および油系統。

製造側は、実機へ直接射撃する前に、同一材料および同一構造による試験体を使用することを要求した。

軍側はこれを承認した。

なお、試験当日、前線経験者より、

「実際には正面だけでなく、横からも後ろからも下からも撃たれる」

との意見が出された。

その結果、試験項目は当初予定の三倍に増加した。

製造側は発言者を試験場から退去させるよう求めたが、発言者はWILK共同経営者であったため、退去措置は実施されていない。


第17話 撃たれてから考えるな

「撃つのか」

 

 ポーランド軍将校は、試験場に並べられた鋼板を見た。

 

「撃つ」

 

 陸軍大尉が答える。

 

「本当に?」

 

「耐弾試験だからな」

 

「分かっている」

 

 軍将校は、その奥に置かれたTur試作一号機を見る。

 

「実機には撃たないな」

 

「今日は試験体だけだ」

 

「今日は?」

 

「結果がよければ、実機と同じ接合部でも確認する」

 

「なぜ完成したばかりの機体を撃つ!」

 

「戦場でも撃たれる」

 

「敵に任せろ!」

 

「敵は弾種も距離も報告してくれない」

 

 元ドイツ帝国軍技師が横から言った。

 

「実機へ撃つ必要はない。同じ構造を作ればよい」

 

「接合部まで同じにできるか」

 

「できる」

 

「なら作れ」

 

「その費用は軍が出せ」

 

 実業家が即座に帳簿を開いた。

 

「材料費、加工費、試験後廃棄費」

 

「まだ作ると決めただけだ!」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「契約は決まる前に確認するものです」

 

「そうだが、今は早い!」

 

 元白軍将校は、並べられた鋼板の一枚を持ち上げた。

 

「軽い」

 

「比較用の薄板だ」

 

 技師が答える。

 

「これでは抜ける」

 

「だから撃つ」

 

「厚くすればよい」

 

「重くなる」

 

「貫通するよりよい」

 

 軍将校は額を押さえた。

 

「もう始まったぞ」

 

     ◇

 

 試験場には、さまざまな防護構造が並べられていた。

 

 薄い鋼板。

 

 厚い鋼板。

 

 二枚重ね。

 

 間に空間を設けたもの。

 

 木材と鋼板を組み合わせたもの。

 

 斜めに取り付けたもの。

 

 布張り外皮、木枠、空間、装甲板、座席を順に並べた実機構造の模擬体。

 

 操縦席背面を想定した箱。

 

 座席下部を模した床。

 

 燃料タンク周辺を再現した枠。

 

 機首正面下部へ入れる予定の斜面装甲。

 

 元独立運動家は、最後の一つを覗き込んだ。

 

「小さいな」

 

「必要な範囲だけ守る」

 

 技師が答える。

 

「機首全体を覆わないのか」

 

「覆えば前が見えない」

 

 Turは双発機である。

 

 左右の発動機は主翼上に離れて配置され、操縦席正面を塞いでいない。

 

 そのため機首中央から前方は、単発機より広く見渡せる。

 

 偵察。

 

 照準。

 

 低空飛行。

 

 着陸地点の確認。

 

 その視界はTurの長所だった。

 

 同時に、操縦席正面を発動機が盾にしてくれるわけでもない。

 

「正面から撃たれたら」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「操縦士の胸から下を、斜面板で守る」

 

「頭は」

 

「小さな防弾板と風防枠」

 

「それだけか」

 

「大きくすれば視界を失う」

 

 元白軍将校が機首を見た。

 

「左右の発動機は守ってくれない」

 

「位置が外だからな」

 

 技師が答える。

 

「なら正面装甲を厚く」

 

「機首が重くなる」

 

「帰れなければ意味がない」

 

「前が見えなくても帰れない」

 

 軍将校は図面を見る。

 

「つまり、全面防御はしない」

 

「できない」

 

「操縦士の脚、腹、胸下部だけ」

 

「それと計器板の裏側」

 

「頭は」

 

「小さな板」

 

「不安だな」

 

「空を飛ぶこと自体が不安だ」

 

「設計者が言うな」

 

     ◇

 

 人間の代わりには、藁人形が用意された。

 

 古い軍服を着せられている。

 

 白軍将校が胸を押した。

 

「柔らかすぎる」

 

「人間も柔らかい」

 

 軍将校が答える。

 

「骨がない」

 

「破片の広がりを見るだけだ」

 

「豚肉を吊るせば」

 

 全員が白軍将校を見る。

 

「何だ」

 

「何を考えている」

 

「骨と肉がある」

 

「食料を撃つな!」

 

「試験後に煮れば」

 

「食えるか!」

 

 実業家が少し考えた。

 

「破片部分を除いて長時間煮込めば」

 

「検討するな!」

 

 元独立運動家が藁人形の後ろへ木板を置いた。

 

「これで、抜けた弾がどこまで行くか分かる」

 

「それでよい」

 

 技師が頷く。

 

「最初からそれで済む話だ!」

 

     ◇

 

 最初の射撃は、小銃だった。

 

 距離百メートル。

 

 正面。

 

 軍で一般的に使われる弾薬。

 

 射手が伏せる。

 

 標的は比較用の薄い鋼板。

 

「射撃開始!」

 

 銃声。

 

 鋼板が揺れる。

 

 中央に穴。

 

 裏側へ金属片。

 

 元ドイツ技師がすぐに駆け寄った。

 

「貫通」

 

「見れば分かる」

 

 軍将校が言う。

 

「これは採用しない」

 

「ならなぜ撃った」

 

「比較基準だ」

 

 次。

 

 少し厚い板。

 

 銃声。

 

 板がへこむ。

 

 裏側が盛り上がる。

 

 だが弾は抜けない。

 

「止まった」

 

 大尉が言う。

 

 白軍将校が裏側を触った。

 

「へこみが大きい」

 

「貫通していない」

 

「背中へ直接当たれば骨が折れる」

 

「なら板と座席を離す」

 

 技師が答えた。

 

「何センチ」

 

「試す」

 

     ◇

 

 操縦席背面を想定した試験体。

 

 装甲板と藁人形の距離を変える。

 

 十センチ。

 

 二十センチ。

 

 三十センチ。

 

 一発目。

 

 装甲板がへこむ。

 

 板の裏から小さな金属片。

 

 十センチ後方の藁人形へ食い込む。

 

「近すぎる」

 

 技師が記録する。

 

 二十センチ。

 

 破片は届くが、勢いは落ちる。

 

 三十センチ。

 

 藁人形へ届く破片は少ない。

 

「二十五センチ以上」

 

「その空間は何に使う」

 

 独立運動家が尋ねる。

 

「何にも使わない」

 

「工具を入れられる」

 

「入れるな」

 

「非常食」

 

「入れるな!」

 

 実業家が言った。

 

「書類入れなら薄い物を」

 

 軍将校が振り返る。

 

「外した書類入れを戻す気か!」

 

「空間の有効利用です」

 

「被弾時に潰れる!」

 

「重要書類は油紙で」

 

「書類の心配をする前に人間を守れ!」

 

 白軍将校は空間を眺めていた。

 

「水袋なら」

 

「何に使う」

 

「破片を止める」

 

 技師が少し考えた。

 

「試験価値はある」

 

 軍将校が耳を疑った。

 

「お前まで何を言い出す」

 

「水の層が破片を減速させるかもしれない」

 

「機体へ水袋を積むのか」

 

「試すだけだ」

 

「その言葉から何度、装備が増えたと思っている!」

 

     ◇

 

 水袋は破裂した。

 

 装甲板は弾を止めた。

 

 だが裏面のへこみが水袋を押し潰した。

 

 水が飛び散る。

 

 藁人形が濡れる。

 

 白軍将校は満足そうに見た。

 

「破片は減った」

 

「冬なら乗員が凍える」

 

 軍将校が答える。

 

「水は積まない」

 

 技師が記録した。

 

衝撃吸収効果は限定的。

破損時に機内を濡らすため不採用。

 

 実業家が言う。

 

「消火用水を兼ねれば」

 

「黙れ!」

 

     ◇

 

 次は斜面装甲だった。

 

 同じ厚さの板でも、角度を付ければ弾が滑る可能性がある。

 

 機首正面下部。

 

 操縦席背面。

 

 燃料タンク前方。

 

 どこにどの角度で置けるか。

 

 十度。

 

 二十度。

 

 三十度。

 

 一発目。

 

 弾は板へ食い込む。

 

 二発目。

 

 角度を増やす。

 

 弾が横へ逸れる。

 

 三発目。

 

 さらに傾ける。

 

 表面を削り、跳ねた。

 

「有効だ」

 

 大尉が言う。

 

「角度を取れれば」

 

 技師が答える。

 

 軍将校が機首正面下部の模擬構造を見る。

 

「操縦席前の板を傾ける」

 

「操縦士の膝前から計器板下へ」

 

「視界は」

 

「目線より下へ収める」

 

「観測窓は」

 

「中央下部を避ける」

 

「左右の機銃は」

 

「その外側だ。干渉しない」

 

 元独立運動家が言った。

 

「全部を一枚で覆わないのか」

 

「中央の観測部、左右の武装部、操縦席正面を分ける」

 

「一枚の方が丈夫では」

 

「重くなる。整備もしにくい」

 

 白軍将校が言う。

 

「壊れた板だけ交換できる」

 

「そうだ」

 

 技師が答えた。

 

 全員が彼を見る。

 

「何だ」

 

「前線交換を認めたな」

 

「同じ規格の板と工具がある場合だ!」

 

 軍将校が笑った。

 

「条件付きでも進歩だ」

 

     ◇

 

 正面防護の試験体へ、実際の操縦席に近い形で藁人形を置いた。

 

 足。

 

 腹。

 

 胸。

 

 頭。

 

 正面下部には斜面装甲。

 

 胸より上は小型の防弾板。

 

 その間には風防を想定した透明板の代用品。

 

「頭をもっと守れないか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「防弾板を大きくすれば前方視界が減る」

 

 技師が答える。

 

「少し左右へ広げる」

 

「側面視界が減る」

 

「上へ」

 

「照準器にかかる」

 

「では厚く」

 

「重くなる」

 

「何もできんではないか」

 

「守る範囲と見る範囲を決める」

 

 元独立運動家が言った。

 

「正面から撃たれても、敵を見つけられなければ避けられない」

 

「見えることも防御か」

 

 軍将校が聞く。

 

「撃たれない場所へ飛ぶには必要だ」

 

 技師が答えた。

 

 射撃。

 

 弾は斜面板へ当たり、下へ逸れた。

 

 藁人形の脚へ小さな破片。

 

 致命傷ではない。

 

 二発目。

 

 小型防弾板の端。

 

 弾が板を削り、横へ。

 

 藁人形の肩へ破片。

 

 三発目。

 

 板と板の隙間。

 

 弾が計器板模擬材を抜き、胸へ届いた。

 

 全員が黙った。

 

「隙間が弱い」

 

 大尉が言う。

 

「重ね幅を増やす」

 

 技師がすぐに答える。

 

「視界は」

 

「ほとんど変わらない」

 

「重量は」

 

「少し」

 

「今日もそれか」

 

     ◇

 

 燃料タンク防護試験では、空気が少し変わった。

 

 戦争中、燃料系統の損傷は何度も起きた。

 

 主翼内のタンク。

 

 発動機までの配管。

 

 切替弁。

 

 油系統。

 

 弾が入れば漏れる。

 

 霧状になれば燃える。

 

 双発機でも、火が主翼へ回れば帰れない。

 

 模擬タンクには水が入れられた。

 

 実際の燃料では危険すぎる。

 

 前方に装甲板。

 

 下部にも薄い板。

 

 側面は木と布。

 

「正面だけか」

 

 白軍将校が尋ねる。

 

「前方と下方を優先する」

 

 技師が答える。

 

「横から撃たれる」

 

「分かっている」

 

「後ろからも」

 

「分かっている!」

 

「上から」

 

「もう言うな!」

 

 大尉が戦時中の被弾記録を広げる。

 

 一号機。

 

 二号機。

 

 三号機。

 

 どこに弾が当たったか。

 

 前方。

 

 側方。

 

 下方。

 

 後方。

 

「低空飛行では下からの被弾が多い」

 

 大尉が言った。

 

「発動機下面とタンク下面を守る」

 

 軍将校が答える。

 

「重量が増える」

 

 技師が言う。

 

「燃えるよりよい」

 

 一瞬、全員が黙った。

 

 元白軍将校が軍将校を見る。

 

「同じことを言った」

 

「必要だからだ!」

 

「伝染したな」

 

「黙れ!」

 

     ◇

 

 模擬燃料タンクへ射撃。

 

 一発目。

 

 前方装甲。

 

 貫通なし。

 

 タンク無事。

 

 二発目。

 

 装甲板の端。

 

 弾が滑り、側面へ入り込む。

 

 木枠を抜き、タンクへ穴。

 

 水が噴き出す。

 

「板の端を広げる」

 

 技師が言う。

 

「重くなる」

 

 軍将校が答える。

 

「必要な重さだ」

 

「先に言うな!」

 

 次は下方。

 

 板なし。

 

 簡単に貫通。

 

 薄板あり。

 

 弾は止まった。

 

 だが固定ボルトの頭が内側へ飛ぶ。

 

 藁人形代わりの木板へ刺さった。

 

「固定具が弾になる」

 

 独立運動家が破片を拾う。

 

「頭を低くする」

 

「外側から留める」

 

「交換が難しい」

 

 白軍将校が言う。

 

「前線で交換する」

 

「工場でだ」

 

「被弾したまま前線にいる場合は」

 

「撤退してから直せ!」

 

「撤退中に必要になる」

 

「また最悪の状況だけを持ち出す!」

 

 技師は固定方法を見直した。

 

「外板側へ平たい頭。内側は破片受けを付ける」

 

「重くなる」

 

 軍将校が言う。

 

「言うな」

 

「お前が毎回増やすからだ!」

 

     ◇

 

 左右の発動機下部も試験対象だった。

 

 Turの発動機は主翼上の左右にある。

 

 操縦席正面を守る盾ではない。

 

 だが地上から見れば大きな標的だった。

 

 特に低空攻撃時、下面は撃たれやすい。

 

「発動機全体を装甲できないか」

 

 大尉が尋ねる。

 

「重すぎる」

 

 技師が答える。

 

「重要箇所だけ」

 

「どこだ」

 

「油槽、油配管、点火系の一部」

 

「気筒は」

 

「守れない」

 

「撃たれたら」

 

「片方を止める」

 

 軍将校が言った。

 

「もう片方で帰る」

 

 元白軍将校が頷く。

 

「だから双発だ」

 

 技師は図面を指した。

 

「双発は弾を防ぐためではない」

 

「分かっている」

 

「片方を失っても帰るためだ」

 

 軍将校は左右の発動機を見た。

 

「操縦席正面を守らない代わりに、二つあるわけではない」

 

「違う」

 

「一つ壊れても残る」

 

「そうだ」

 

「なら発動機装甲は、壊れないためではなく」

 

「致命的な壊れ方を減らす」

 

 大尉がまとめた。

 

「油が噴き、火が出る壊れ方を避ける」

 

「気筒が一つ止まる程度なら」

 

「止めて帰る」

 

 元白軍将校が言う。

 

「片方が焼けても切り離す」

 

「燃える前に止めろ」

 

 技師が訂正した。

 

     ◇

 

 昼食は、試験場の隅で取った。

 

 黒パン。

 

 スープ。

 

 少量の肉。

 

 そして、Turの飛行試験で作られたバター。

 

 軍将校はパンへ塗られた白い塊を見る。

 

「まだ残っていたのか」

 

「塩を多くして保存しました」

 

 実業家が答える。

 

 大尉が一枚受け取る。

 

「うまい」

 

「今日は売るなよ」

 

「試験関係者への配給です」

 

「試食記録は」

 

「取ります」

 

「取るな!」

 

 白軍将校は試験片を椅子代わりにしようとした。

 

 技師が止める。

 

「座るな」

 

「もう撃った板だ」

 

「裏面変形を測る」

 

「表側は空いている」

 

「油を付けるな!」

 

 軍将校は試験表を見た。

 

「予定の半分も終わっていない」

 

「項目が増えた」

 

 大尉が答える。

 

「誰のせいだ」

 

 全員が白軍将校を見る。

 

「私だけではない」

 

「横、後ろ、下、上と言った」

 

「実際に撃たれる」

 

「正しいから余計に腹立たしい」

 

     ◇

 

 午後は機関銃弾だった。

 

 小銃弾より威力が高い。

 

 薄い板は簡単に抜ける。

 

 厚い板も、距離と角度によっては貫通した。

 

 背面板。

 

 座席下。

 

 機首正面下部。

 

 燃料タンク防護。

 

 どれも、一発なら止められる場合がある。

 

 二発。

 

 三発。

 

 同じ場所へ重なれば、耐えられない。

 

 鋼板の裏から破片が飛ぶ。

 

 藁人形の胸へ刺さる。

 

 軍将校の顔から、朝の軽さが消えた。

 

「これでは足りない」

 

「全部を防ぐのは無理だ」

 

 技師が答える。

 

「なら操縦士だけでも」

 

「守る順番を決める」

 

 技師はTurの断面図を広げた。

 

「正面下部」

 

「背面」

 

「座席下」

 

「燃料タンク」

 

「操縦索集中部」

 

「左右発動機の油系統」

 

「頭部は小型防弾板」

 

「側面は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「限定的だ」

 

「もっと広く」

 

「視界と重量を失う」

 

「後席は」

 

「背面板と旋回機銃架の防盾」

 

「観測員の正面は」

 

「操縦士の座席と装甲板が一部守る」

 

 白軍将校が言った。

 

「人間を装甲に数えるな」

 

「座席と板だ!」

 

 独立運動家は図面を見る。

 

「全部を守れないなら、壊れても残るようにする」

 

「そうだ」

 

 技師が答える。

 

「片方の発動機」

 

「残りで帰る」

 

「操縦索」

 

「二重化」

 

「燃料配管」

 

「左右独立」

 

「装甲板」

 

「交換式」

 

「乗員は」

 

 軍将校が聞いた。

 

「生きて帰る」

 

 技師は短く答えた。

 

     ◇

 

 最後に、実機構造を再現した大型試験体へ撃った。

 

 前方。

 

 側方。

 

 後方。

 

 下方。

 

 布張り外皮。

 

 木枠。

 

 空間。

 

 装甲。

 

 座席。

 

 藁人形。

 

 正面から一発。

 

 弾は機首下部の斜面板へ当たり、横へ逸れる。

 

 小さな破片が計器板模擬材へ。

 

 藁人形は無事。

 

 二発目。

 

 装甲板の端。

 

 固定部がへこむ。

 

 破片が藁人形の脚へ。

 

 三発目。

 

 板と観測窓の境界。

 

 弾が木枠を抜き、胸へ届いた。

 

「境界部を補強」

 

 技師がすぐに記録する。

 

 背面から。

 

 一発目。

 

 装甲板が止める。

 

 二発目。

 

 少し離れた位置。

 

 止まる。

 

 三発目。

 

 最初の弾痕に近い。

 

 板が割れ、貫通。

 

 藁人形の背中へ。

 

 誰も話さなかった。

 

「同じ場所へ続けて受ければ持たない」

 

 技師が言う。

 

「一発なら」

 

 軍将校が聞く。

 

「帰れる可能性が上がる」

 

「二発なら」

 

「場所による」

 

「三発」

 

「帰れないかもしれない」

 

 元独立運動家が藁人形を見る。

 

「一発受けたと分かったら帰る」

 

「飛行中に分かるか」

 

 大尉が尋ねる。

 

「大きな弾なら」

 

「小さな破片だけなら」

 

 技師は少し考えた。

 

「内側に白い薄板を置く」

 

「何のために」

 

「破片が飛べば跡が残る」

 

「飛行中に見えるか」

 

「後席から確認できる場所なら」

 

「操縦席背面装甲に付ける」

 

「点検にも使える」

 

 実業家が言った。

 

「交換時期を判断できます」

 

「今度は商売ではないな」

 

「維持費も重要です」

 

「やはり商売だった」

 

     ◇

 

 試験終了後。

 

 Tur試作一号機の防護配置は見直された。

 

 操縦席正面下部に、斜面装甲。

 

 計器板裏へ、破片防止板。

 

 風防下端へ、小型防弾板。

 

 操縦席背面へ、厚い装甲板。

 

 座席下部へ、薄い防護板。

 

 燃料タンク前方および下部へ、交換式装甲。

 

 操縦索集中部へ、箱状防護。

 

 左右発動機下部には、油系統を守る限定装甲。

 

 すべてを覆ってはいない。

 

 機首中央の視界は残した。

 

 観測窓も。

 

 写真機の視野も。

 

 左右の固定機関銃を置く空間も。

 

 発動機は左右に離れたまま。

 

 一方が撃たれても、もう一方で帰るために。

 

「合計四十九キロ増加」

 

 軍将校が新しい重量表を見た。

 

「試験結果だ」

 

 技師が答える。

 

「最大速度は」

 

「少し落ちる」

 

「上昇力も」

 

「少し」

 

「その“少し”で何キロ増えた」

 

「四十九」

 

「数字にすると少しではない!」

 

「生存率は上がる」

 

「どれほど」

 

「実戦でしか分からない」

 

「撃たれてからでなければ分からんのか」

 

「だから撃たれる前に考えた」

 

 元独立運動家が言った。

 

「よい言葉だ」

 

 実業家が帳簿へ書こうとする。

 

 軍将校が止めた。

 

「社是にするな」

 

「設計方針に使えます」

 

 元白軍将校が頷く。

 

「撃たれてから考えるな」

 

 元ドイツ技師も、しばらくして頷いた。

 

「壊れてからでは遅い部分もある」

 

「壊れてから直す会社ではなかったか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「直せる場所は直す」

 

 技師が答えた。

 

「直せない壊れ方を減らす」

 

     ◇

 

 翌週。

 

 Turは追加装甲を付けて、再び飛んだ。

 

 重くなった。

 

 離陸滑走は伸びた。

 

 上昇も鈍くなった。

 

 操縦桿も、以前より重い。

 

 だが機首正面の視界は失われていない。

 

 軍将校は操縦席から前を見る。

 

 牧草地。

 

 遠くの森。

 

 着陸予定地点。

 

 左右の発動機は視界の端にある。

 

 中央は開けている。

 

「見えるか」

 

 後席の技師が尋ねる。

 

「見える」

 

「正面板は邪魔か」

 

「足元は少し狭い」

 

「視界は」

 

「問題ない」

 

「重量は感じるか」

 

「かなり」

 

「装甲を外すか」

 

 軍将校は、目の前の小さな防弾板を見る。

 

 背中の後ろにある厚い板。

 

 足元。

 

 床下。

 

 左右の発動機。

 

「外さない」

 

「重いぞ」

 

「必要な重さだ」

 

 後席で技師が少し笑った。

 

「言うようになったな」

 

「お前たちが何度も言うからだ」

 

     ◇

 

 再飛行は無事に終わった。

 

 脚は下りた。

 

 着陸も真っすぐ。

 

 干し草山へは入らない。

 

 軍将校が機体から降りると、白軍将校が尋ねた。

 

「正面から撃たれたら」

 

「小銃弾一発なら、たぶん帰れる」

 

「機関銃なら」

 

「場所による」

 

「発動機を一つ失ったら」

 

「もう一つで帰る」

 

「両方なら」

 

「降りる」

 

「どこへ」

 

「大車輪が役に立つ場所へだ!」

 

 元独立運動家が笑った。

 

「よい機体になった」

 

 元ドイツ技師は、既に装甲板の固定部を点検している。

 

「まだ試作だ」

 

「いつ完成する」

 

「改良が終わったら」

 

 軍将校が言う。

 

「それは永遠に終わらんぞ」

 

     ◇

 

 陸軍航空部へ提出された最終報告には、こう記された。

 

Tur試作一号機は、限定的な装甲防護を有する。

 

機首正面視界、観測能力および低空運用能力を維持するため、全面装甲は採用しない。

 

操縦席正面下部、背面、座席下部、燃料系統、操縦索集中部および発動機油系統を優先して防護する。

 

左右の発動機は操縦席正面を防護するものではない。

 

一方の発動機を失った場合にも、残る一基で帰還するための冗長性である。

 

本防護は、被弾後の任務継続を保証するものではない。

 

乗員を生存させ、機体を帰還させ、修理可能な状態へ持ち帰るための防護である。

 

 実業家は、その写しを帳簿へ挟んだ。

 

 その下へ、二行だけ書き足した。

 

すべてを防ぐ機体ではない。

一つ壊れても、残った物で帰る機体である。

 

 軍将校が読んだ。

 

「少し格好を付けすぎではないか」

 

「設計の目的です」

 

「まだ戦場へ出ていない」

 

「戦場へ出る前に決めるから意味があります」

 

 元独立運動家が言う。

 

「撃たれてから考えるな」

 

 元白軍将校が続けた。

 

「落ちてから作り直すな」

 

 元ドイツ技師は顔を上げた。

 

「落ちても直せるようには作る」

 

「そこだけは譲らんのだな」

 

「当然だ」

 

     ◇

 

 作業場の外で、Turの二基の発動機が回り始めた。

 

 機首中央の前方視界。

 

 正面下部の斜面装甲。

 

 背中を守る厚い板。

 

 足元を守る床。

 

 左右に離れた発動機。

 

 二重化された操縦索。

 

 左右独立の燃料系統。

 

 撃たれないためではない。

 

 撃たれても、すべてを一度に失わないため。

 

 野牛は、弾を跳ね返す怪物ではなかった。

 

 傷を負っても、残った脚と肺で帰る獣だった。

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