WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド軍航空部・分散運用準備資料
一九三九年八月二十八日

前提。

常設飛行場は、

攻撃を受ける。

滑走路。

格納庫。

燃料庫。

通信施設。

整備設備。

確認。

飛行場を失うことと、

航空隊を失うことは、

同じではない。

方針。

航空機。

整備員。

燃料。

弾薬。

通信。

輸送。

指揮。

これらを、

一か所へ置かない。

追加。

農場を、

飛行場として数える場合。

農場は、

農場のままでよい。


第171話 飛行場を守るな、航空隊を守れ

 

一九三九年八月二十八日。

 

WILK本社。

 

会議室。

 

ポーランド軍将校が、

 

分厚いファイルを机へ置いた。

 

元白軍将校が見る。

 

元ドイツ軍技術者が見る。

 

ユダヤ人実業家が見る。

 

元独立運動家が見る。

 

誰も、

 

すぐには手を出さない。

 

元白軍将校が言った。

 

「昨日隠していたやつか」

 

「そうだ」

 

「ようやく見せる気になったか」

 

ポーランド軍将校は、

 

ファイルへ手を置いた。

 

「必要になった」

 

「我々にも?」

 

「一部だけだ」

 

元白軍将校が眉を上げる。

 

「まだ隠すのか」

 

「軍事機密だ」

 

「この状況でも?」

 

「この状況だからだ」

 

元白軍将校は少し考えた。

 

「正しい」

 

ポーランド軍将校が、

 

意外そうに見る。

 

その次。

 

「だが腹は立つ」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「昨日も聞いた」

 

「今日も腹が立っている」

 

ファイルが開かれる。

 

中には、

 

地図。

 

赤。

 

青。

 

黒。

 

小さな印。

 

一つ。

 

二つ。

 

十。

 

二十。

 

もっと。

 

元独立運動家が、

 

地図へ顔を近づけた。

 

「何だこれは」

 

「候補地」

 

「何の」

 

「飛行場」

 

沈黙。

 

ユダヤ人実業家が、

 

地図全体を見る。

 

「こんなに?」

 

「全部使えるわけではない」

 

「では?」

 

「使える可能性がある場所を数えていた」

 

元ドイツ軍技術者が聞いた。

 

「いつから」

 

「三五年頃」

 

四人の視線が、

 

同時にポーランド軍将校へ向いた。

 

元独立運動家。

 

「三五年?」

 

「そうだ」

 

「四年前?」

 

「そうだ」

 

元白軍将校が、

 

ゆっくり椅子から立った。

 

「お前」

 

「何だ」

 

「四年前からこんなものを持っていたのか」

 

「全部ではない」

 

「充分多い」

 

「軍の資料だ」

 

元白軍将校が、

 

地図を見下ろす。

 

「我々にも?」

 

「特にお前に」

 

深く息を吐く。

 

「正しい」

 

一拍。

 

「だが腹は立つ」

 

元ドイツ軍技術者が、

 

ぼそりと言った。

 

「三回目だ」

 

元独立運動家は、

 

別のところを見ていた。

 

一つの印を指す。

 

「待て」

 

「何だ」

 

「ここ」

 

「それが?」

 

「食品部の契約農場だ」

 

別の印。

 

「ここも」

 

また別。

 

「ここもだ」

 

ユダヤ人実業家も気づいた。

 

「これは麦の集積先ですね」

 

元ドイツ軍技術者が、

 

一本の道路を指す。

 

「ここは」

 

元独立運動家。

 

「牛乳輸送で直した」

 

顔を上げる。

 

「お前」

 

ポーランド軍将校を見る。

 

「食品部を使ったな」

 

「使っていない」

 

「使っただろう」

 

「必要な情報を頼んだだけだ」

 

「何が違う」

 

ポーランド軍将校は、

 

一枚ずつ資料をめくった。

 

「食品部は道路の状態を調べた」

 

次。

 

「排水」

 

次。

 

「地面の硬さ」

 

次。

 

「納屋」

 

次。

 

「給水」

 

次。

 

「近隣の燃料事情」

 

次。

 

「電話」

 

元独立運動家が、

 

じっと見る。

 

「飛行場を作らせたのか」

 

ポーランド軍将校は、

 

即答した。

 

「違う」

 

「では何だ」

 

「農場を作った」

 

「農場?」

 

「そうだ」

 

指で資料を叩く。

 

「道路は農産物を運ぶためだ」

 

「給水塔は家畜と住民のため」

 

「納屋は農具と飼料のため」

 

「排水は畑を腐らせないため」

 

「燃料は農業機械のため」

 

一つずつ。

 

「全部、本当に農場だ」

 

元白軍将校の口元が、

 

少しだけ動いた。

 

分かった。

 

「軍が飛行場を作ったんじゃない」

 

ポーランド軍将校が見る。

 

元白軍将校は、

 

地図に散った印を眺めた。

 

「使える農場を、何年も前から数えていた」

 

「そうだ」

 

元ドイツ軍技術者は、

 

資料の別欄を読んでいた。

 

「区分がある」

 

「当然だ」

 

「大型」

 

「比較的大きい機体でも使える可能性がある」

 

「中型」

 

「軽爆撃機、観測機、戦闘機」

 

「小型」

 

「主に軽い機体」

 

「Turは」

 

「全部では無理だ」

 

「Bizon」

 

「もっと選ぶ」

 

元白軍将校が聞く。

 

「P.11なら」

 

「かなり増える」

 

「P.7」

 

「同じく」

 

元ドイツ軍技術者は、

 

そこで初めて納得したように頷いた。

 

「いい」

 

ポーランド軍将校。

 

「何が」

 

「全部の機体が、同じ飛行場を必要としない」

 

それが、

 

重要だった。

 

Tur。

 

Bizon。

 

Karaś。

 

P.11。

 

P.7。

 

観測機。

 

連絡機。

 

練習機。

 

必要な広さも。

 

地面も。

 

整備も。

 

補給も。

 

全部違う。

 

ならば、

 

飛行場も。

 

一種類である必要はなかった。

 

---

 

午後。

 

WILK本社近郊。

 

農場。

 

一台の車が止まる。

 

降りる。

 

ポーランド軍将校。

 

元白軍将校。

 

航空部の若い士官。

 

WILK整備員。

 

草。

 

牛。

 

納屋。

 

畑。

 

そして。

 

老人。

 

遠くから、

 

こちらを見ている。

 

数秒。

 

老人が叫んだ。

 

「またWILKの連中か!」

 

元白軍将校が、

 

目を細める。

 

「あいつまだ生きていたのか」

 

老人にも聞こえた。

 

「お前に言われたくない!」

 

近づいてくる。

 

六十を、

 

とっくに越えている。

 

帽子。

 

泥。

 

長靴。

 

この土地へ。

 

WILKの機体が初めて入り込んだのは、

 

ずっと昔だった。

 

試作機。

 

次にTur。

 

またTur。

 

着陸。

 

離陸。

 

泥。

 

破損した柵。

 

潰れた草。

 

驚いた牛。

 

そのたび。

 

WILKは金を払った。

 

柵を直した。

 

道を直した。

 

草地を直した。

 

時には排水まで良くなった。

 

老人は、

 

それでも毎回怒った。

 

「今日は何だ!」

 

ポーランド軍将校が答える。

 

「確認だ」

 

「何の」

 

「土地の」

 

老人は、

 

元白軍将校を見る。

 

「今回は飛行機が突っ込んできたわけじゃないな?」

 

若い士官が、

 

素直に答えた。

 

「はい」

 

「なら帰れ!」

 

「これから来る可能性があります」

 

老人が止まった。

 

そして。

 

「もっと悪いわ!」

 

元白軍将校が笑う。

 

若い士官は、

 

地図を広げた。

 

「こちらから入って――」

 

「駄目だ」

 

士官が止まる。

 

「まだ何も」

 

「駄目だ」

 

「理由は」

 

老人は足元を指した。

 

「雨」

 

空。

 

曇り。

 

「明日降る」

 

若い士官が言う。

 

「予報では」

 

「ここでは降る」

 

老人は歩き始めた。

 

草地の端。

 

「こっちは水が残る」

 

別。

 

「ここは沈む」

 

また別。

 

「こっちはまだましだ」

 

元白軍将校も、

 

ついていく。

 

老人が言う。

 

「初号機が沈んだ」

 

「あれは車輪が悪かった」

 

「Turも沈んだ」

 

「雨が悪かった」

 

老人が振り向く。

 

「次はお前が沈むか?」

 

「私は飛ばない」

 

「なら黙れ」

 

若い士官が、

 

笑いを堪える。

 

ポーランド軍将校。

 

「笑うな」

 

「はい」

 

老人が、

 

若い士官を見る。

 

「機体は何だ」

 

「主に戦闘機」

 

「軽い?」

 

「はい」

 

老人は、

 

少し考えた。

 

「あっちだ」

 

別の草地を指す。

 

士官は、

 

地図と見比べる。

 

「予定ではこちらですが」

 

老人が言った。

 

「予定は飛ばん」

 

地面を蹴る。

 

「飛ぶのは飛行機だ」

 

元白軍将校が、

 

小さく言う。

 

「いいな」

 

ポーランド軍将校。

 

「何が」

 

「雇え」

 

老人。

 

「嫌だ!」

 

納屋を見る。

 

農具。

 

飼料。

 

干草。

 

航空士官が、

 

中を覗く。

 

「機体を――」

 

老人。

 

「入れるな」

 

「まだ何も」

 

「顔に書いてある」

 

元白軍将校も覗いた。

 

「翼は入らん」

 

老人が振り向く。

 

「入れる気だったのか!」

 

「確認しただけだ」

 

「出ていけ!」

 

それでも。

 

確認は続いた。

 

給水。

 

道路。

 

電話。

 

空き地。

 

柵。

 

地面。

 

どれも。

 

軍事施設ではない。

 

だが。

 

必要な日には。

 

役に立つ。

 

---

 

夕方。

 

常設飛行場。

 

練習機が一機、

 

着陸する。

 

連絡機が、

 

出ていく。

 

整備庫は開いている。

 

人もいる。

 

外から見れば。

 

まだ。

 

普通の飛行場だった。

 

ただ。

 

戦闘機が減っている。

 

爆撃機も減っている。

 

主要な機体が、

 

少しずつ消えている。

 

別の場所へ。

 

訓練。

 

連絡。

 

修理。

 

必要な活動は、

 

続いている。

 

飛行場は、

 

生きていた。

 

ただし。

 

航空隊の全部が、

 

そこにいるわけではない。

 

---

 

夜。

 

WILK本社。

 

元ドイツ軍技術者が、

 

部品表を見る。

 

「工具も分ける」

 

整備主任。

 

「はい」

 

「全部を一組にするな」

 

「はい」

 

「予備部品」

 

「分散します」

 

「整備員」

 

「班を分けます」

 

元白軍将校が横から言った。

 

「人間まで部品みたいに言うな」

 

元ドイツ軍技術者は、

 

顔も上げない。

 

「お前に言われたくない」

 

「私は人間を数える」

 

「私は機能を数えている」

 

遠くから。

 

元独立運動家。

 

「どっちも似たようなものだ」

 

二人が同時に答えた。

 

「違う」

 

その時。

 

ポーランド軍将校が電話を取った。

 

短く聞く。

 

短く答える。

 

切る。

 

元白軍将校。

 

「何だ」

 

「移動開始」

 

「どこへ」

 

ポーランド軍将校は、

 

元白軍将校を見る。

 

「言わん」

 

ため息。

 

「特に私には?」

 

「特にお前には」

 

「もういい」

 

机には。

 

地図。

 

その上に。

 

無数の印。

 

元白軍将校が聞いた。

 

「これ全部を守るのか」

 

ポーランド軍将校は、

 

首を振った。

 

「守る必要はない」

 

「なら何を守る」

 

ポーランド軍将校が、

 

航空隊一覧を指した。

 

「これだ」

 

飛行場ではない。

 

建物でもない。

 

滑走路でもない。

 

航空機。

 

操縦士。

 

整備員。

 

補給。

 

通信。

 

それを合わせて初めて、

 

航空隊になる。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「飛行場を守るな」

 

地図から。

 

手を離す。

 

「航空隊を守れ」

 

基地が壊れても。

 

別の場所へ移ればいい。

 

格納庫がなくても。

 

草地から飛べるならいい。

 

管制塔がなくても。

 

連絡が取れるならいい。

 

舗装滑走路がなくても。

 

機体が帰ってこられるならいい。

 

航空機がある。

 

操縦士がいる。

 

整備員がいる。

 

燃料がある。

 

工具がある。

 

通信できる。

 

なら。

 

そこは。

 

その日だけ。

 

飛行場になる。

 

そして。

 

翌朝。

 

また。

 

別の場所で。

 

航空隊になる。

 

それでいい。

 

むしろ。

 

それが。

 

必要だった。

 

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