確認。
本社機能。
稼働中。
国内工場。
稼働中。
国外支部。
稼働中。
航空機。
分散済。
人員。
一部国外移動済。
家族。
移送継続。
資金。
分散済。
図面。
分散済。
規格。
複製済。
連絡網。
維持。
未処理。
残り。
多数。
備考。
明日以降については、
本日の条件を、
そのまま引き継がないこと。
一九三九年八月三十一日。
朝。
WILK本社。
いつも通り。
人が来た。
門が開く。
電話が鳴る。
工場では機械が動く。
食堂では朝食が出る。
整備班は航空機を見る。
運輸部は列車を確認する。
人事部は家族の移動先を照会する。
会計は送金を確認する。
食品部は農場からの納入を受ける。
会社は。
まだ。
会社だった。
それが。
妙だった。
誰も。
「今日で最後だ」
とは言っていない。
言えない。
まだ。
何も始まっていない。
ただ。
いつもと同じ朝を、
いつもと同じ朝だと思っている者は、
もう少なかった。
元独立運動家は、
朝から人事部にいた。
机には。
昨日出られなかった家族。
新しく増えた家族。
受入先変更。
連絡待ち。
出発済。
到着確認済。
紙が並んでいる。
担当者が言った。
「昨夜の七人、出ました」
「到着は」
「まだです」
「確認を続けろ」
「はい」
別の職員。
「今日の列車ですが」
元独立運動家が顔を上げる。
「空きは」
数字を聞く。
少ない。
昨日より。
さらに。
少ない。
「乗せられるだけ乗せろ」
「優先は」
元独立運動家は、
少し考えた。
子供。
老人。
病人。
国外に受入先が確定している者。
本人が残らなければならない家族。
昨日まで。
何度も使った基準。
だが。
今日は。
その紙を見ながら。
言った。
「順番を争ってる時間はない」
職員が見る。
「では」
「空いているところへ、行ける者から入れろ」
それまで。
WILKは。
可能な限り。
家族の事情を聞いた。
言葉。
仕事。
学校。
親族。
住居。
それは。
やめない。
ただ。
選べる幅が。
少なくなっていた。
昨日まで。
英国か。
フランスか。
ポルトガルか。
米州か。
そういう話をした。
今日は。
「出られるか」
が先だった。
午前。
元ドイツ軍技術者。
工場。
一台の工作機械が止まる。
技術者が近づく。
「故障?」
工員が答える。
「違います」
「では」
「移します」
元ドイツ軍技術者は、
しばらく機械を見る。
長く使った。
何度も改修した。
何度も部品を作った。
Turも。
Bizonも。
別の機械も。
この機械の前を通った。
「どこへ」
「東側の別工場へ」
「東?」
工員が言い直す。
「国内の分散先です」
元ドイツ軍技術者は頷いた。
「分かった」
それから。
少しして。
「図面は」
「複製済み」
「測定具」
「別便です」
「担当者」
「二人とも移します」
「一人残せ」
工員が顔を上げる。
「なぜ」
「全部動かしたら、ここが死ぬ」
工員は。
少し考えた。
「でも」
元ドイツ軍技術者が言った。
「ここも、まだ工場だ」
それで。
一人。
残した。
全部を逃がす。
のではない。
全部を残す。
のでもない。
明日。
どちらになっても。
会社が動けるように。
分ける。
昼前。
ポーランド軍将校。
軍の連絡を受けていた。
短い電話。
長い沈黙。
また電話。
机の地図。
昨日まで。
印。
線。
予定。
そこへ。
新しい紙が重なる。
元白軍将校が入ってきた。
「どうだ」
ポーランド軍将校が答える。
「動員関係が増えた」
「それだけか」
「それだけならいい」
元白軍将校は。
その言葉で。
少しだけ。
表情を変えた。
「何かある?」
「分からん」
「分からない?」
「情報が多すぎる」
それが。
一番。
嫌だった。
情報がない。
なら。
警戒する。
情報が一つ。
なら。
判断する。
だが。
噂。
報告。
外交。
軍。
国境。
鉄道。
航空。
全部。
同時に動く。
どれが。
決定的なのか。
分からない。
ポーランド軍将校は。
机の紙をまとめた。
「だから」
元白軍将校が聞く。
「だから?」
「予定通りやる」
それだけ。
航空隊を分散する。
家族を出す。
人員を移す。
工場を分ける。
退路を一つにしない。
明日の列車を当てにしない。
それまで。
決めたこと。
やる。
午後。
ユダヤ人実業家。
銀行。
電話。
本社。
また電話。
送金確認。
署名。
封筒。
職員が聞く。
「この口座も移しますか」
「一部」
「全部ではなく?」
「全部動かすと、国内で払えなくなります」
「国外へ多く残した方が」
「その通り」
実業家は。
数字を見る。
「だから全部ではない」
昨日まで。
何度も。
同じ話をした。
金も。
一つに置かない。
だが。
国内で。
今日。
給料を払う。
部品を買う。
列車を動かす。
家族を送り出す。
それにも。
金はいる。
元白軍将校が。
横から聞いた。
「金は逃げたか」
実業家は答えた。
「半分」
「残りは」
「働いています」
「金も働くのか」
「人より文句を言いません」
「人の前で言うな」
「本人たちも知っています」
元独立運動家が遠くから言った。
「聞こえてるぞ」
実業家は。
少しだけ。
笑った。
午後遅く。
食堂。
五人。
珍しく。
同じ時間に。
座っていた。
豪華ではない。
パン。
スープ。
肉。
野菜。
いつも通り。
元白軍将校が言った。
「珍しいな」
元独立運動家が聞く。
「何が」
「五人そろって飯」
元ドイツ軍技術者。
「いつも食ってる」
「同じ時間は少ない」
ユダヤ人実業家が、
パンを切りながら言う。
「皆、忙しいので」
ポーランド軍将校は。
黙って食べている。
元白軍将校が見る。
「家族は」
「出た」
「全員?」
「出す者は」
「長男は」
「残る」
「お前も」
「残る」
元白軍将校は。
それ以上。
聞かない。
元ドイツ軍技術者。
「息子は出た」
元独立運動家。
「娘たちも」
実業家。
「うちは数えるのが面倒です」
元白軍将校。
「知ってる」
実業家が見る。
「あなたは」
少し。
止まる。
だが。
元白軍将校は。
気にしない。
「出す家族はいない」
昨日も。
言った。
今日は。
それだけ。
元独立運動家が。
スープを飲む。
「なら」
元白軍将校が見る。
「何だ」
「最後までこっちを手伝え」
「言われなくても」
誰も。
それを。
特別な約束にはしなかった。
夕方。
飛行場。
常設基地には。
まだ機体がいた。
練習機。
連絡機。
整備中の旧型。
全部。
消したわけではない。
外から見れば。
飛行場は。
動いている。
だが。
主要な戦闘機。
攻撃機。
一部は。
もう。
別の場所にいた。
農場。
草地。
臨時飛行場。
小さな場所。
分散。
若い航空士官が。
確認表を見る。
「これで全部です」
上官が聞く。
「全部?」
「移動予定分は」
「そう言え」
「はい」
全部。
という言葉は。
この数日。
WILKでも。
軍でも。
危険な言葉になっていた。
全部ある。
全部守る。
全部移す。
全部知っている。
そういう状態を。
減らしてきた。
一つ失っても。
全部は失わない。
それが。
今。
ようやく。
形になっていた。
夜。
WILK本社。
一日の業務。
終わらない。
人事部。
まだ電話。
整備部。
まだ灯り。
会計。
まだ紙。
輸送。
まだ確認。
会議室。
五人。
また。
集まる。
元独立運動家が言った。
「今日の家族移送」
数字。
ユダヤ人実業家。
「国外受入」
数字。
元ドイツ軍技術者。
「稼働可能機」
数字。
ポーランド軍将校。
「分散」
数字。
元白軍将校。
一つずつ。
聞く。
「終わった?」
元独立運動家。
「終わるわけない」
実業家。
「私も」
技術者。
「同じ」
ポーランド軍将校。
「軍もだ」
元白軍将校が。
椅子へ座る。
「では」
四人が見る。
「今日やれることは」
元独立運動家が答える。
「だいたいやった」
元ドイツ軍技術者。
「残りはある」
「今日じゃない」
「明日」
元白軍将校が。
少し。
笑った。
「明日か」
誰も。
すぐに。
答えなかった。
この数日。
その言葉を。
使わないようにしていた。
だが。
明日は。
来る。
来なければ。
困る。
来ても。
困るかもしれない。
ポーランド軍将校が。
時計を見る。
「もう遅い」
元ドイツ軍技術者が聞く。
「明日は?」
ポーランド軍将校は。
少し考えて。
答えた。
「明日になれば分かる」
元ドイツ軍技術者。
「役に立たん回答だ」
元白軍将校が。
言った。
「なら寝ろ」
元独立運動家が笑う。
「お前が言うのか」
「寝ないと判断が鈍る」
ユダヤ人実業家。
「正論ですね」
「珍しいと言うな」
「言ってません」
五人。
立つ。
机の上には。
地図。
名簿。
図面。
一覧。
電話番号。
国外支部。
受入先。
分散先。
全部。
残っている。
全部ではない。
だから。
残っている。
外。
夜。
ワルシャワ。
灯り。
列車。
車。
人。
町。
ポーランドは。
まだ。
そこにあった。
国境も。
まだ。
地図の上にある。
政府も。
軍も。
会社も。
家も。
まだ。
ある。
一九三九年八月三十一日。
WILKには、
まだ工場があった。
航空機があった。
金があった。
人がいた。
家族も。
国外にいる者。
国内にいる者。
別れてはいたが。
いた。
五人も。
まだ。
同じ国にいた。
そして。
ポーランドも。
まだ。
存在していた。
ただ。
WILKが。
二十年間。
積み上げてきた準備に。
もう。
新しい一日を足す余裕は。
ほとんど残っていなかった。
明日。
何かを始めるために。
今日を使う。
その今日が。
終わる。
時計が。
進む。
誰も。
止められない。
残された日は、
もうない。