WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ドイツ陸軍某歩兵連隊 九月一日午後戦闘報告抜粋

敵航空機。

双発。

低空侵入。

我が部隊は軽機関銃および小銃による対空射撃を実施。

複数の命中を確認。

しかし敵機は直ちに攻撃を中止せず、車両および人員へ損害を与えたのち離脱。

同様の報告、他部隊からもあり。

備考。

従来想定したポーランド軍軽爆撃機とは、機体防御および攻撃方法が異なる可能性あり。


第177話 当てたのに、まだ来る

 

一九三九年九月一日。

 

午後。

 

ポーランド西部の街道を、ドイツ軍の一部隊が東へ向かっていた。

 

道路の上には歩兵だけではなく、トラック、オートバイ、牽引砲、馬車が入り混じっている。朝から何度かポーランド軍の抵抗を受けていたが、進撃そのものは止まっていなかった。

 

少なくとも、その道路を歩いていた一人の下士官にはそう見えていた。

 

前方で一台のトラックが曲がりきれず、後続が少し詰まる。

 

「止まるな! 右へ寄せろ!」

 

将校の怒鳴り声が飛ぶ。

 

下士官は道端へ寄り、水筒の蓋を外した。

 

その時。

 

遠くから航空機の音が聞こえた。

 

一人の兵士が空を見上げる。

 

「飛行機です」

 

隣の男は気にも留めなかった。

 

「味方だろ」

 

朝から何度もドイツ機が頭上を通っている。

 

だから最初の数秒、誰も急いで伏せなかった。

 

双発機が近づいてくる。

 

低い。

 

妙に低い。

 

下士官が水筒から口を離し、目を細めた。

 

翼。

 

機首。

 

標識。

 

「敵機だ!」

 

声を上げた直後。

 

道路の土が跳ねた。

 

十一ミリ弾が車列の横を走り、トラックの側面へ穴を開けた。窓ガラスが砕け、オートバイが横倒しになり、驚いた馬が荷車ごと道路脇へ飛び出した。

 

兵士たちが一斉に伏せる。

 

Turはそのまま頭上を通過した。

 

「撃て!」

 

下士官が叫ぶ。

 

MG34が上を向く。

 

小銃も続く。

 

曳光弾が空へ伸びた。

 

Turは速い機体ではない。

 

低空を飛ぶ姿はよく見える。

 

だから、兵士たちは撃てると思った。

 

実際。

 

当たった。

 

一発。

 

胴体近くで火花が散る。

 

別の弾も翼付近へ当たった。

 

「当たった!」

 

軽機関銃手が叫ぶ。

 

「二発は入った!」

 

Turは少し高度を変えた。

 

そのまま逃げる。

 

そう思った。

 

だが、機体は大きく回り込み始めた。

 

下士官が顔を上げる。

 

「……戻ってくるぞ」

 

誰かが言った。

 

「当たったのに?」

 

答える暇はなかった。

 

Turがもう一度こちらへ向きを合わせる。

 

今度は全員が待っていた。

 

軽機関銃手が道路脇へ身体を伏せ、機体の進路を予測して射撃する。

 

小銃兵も撃つ。

 

曳光弾がTurの周囲を抜ける。

 

また一発。

 

機体へ当たるのが見えた。

 

それでも。

 

機首がこちらを向いたままだった。

 

下士官の腹の奥が少し冷えた。

 

自分たちの弾が届いている。

 

なのに相手が止まらない。

 

「伏せろ!」

 

十一ミリ弾が再び道路を叩いた。

 

通信車の側面に穴が開く。

 

別のトラックが急停止し、その後ろの車両が畑へ逃げた。砲を引いていた馬が暴れ、兵士が手綱ごと引きずられる。

 

Turは今度こそそのまま東へ抜けた。

 

下士官は土の中から顔を上げた。

 

道路には止まった車両がある。

 

負傷者がいる。

 

通信車も動いていない。

 

将校が車列を立て直そうと怒鳴っている。

 

隣の兵士が、まだ空を見たまま言った。

 

「確かに当てましたよね」

 

「ああ」

 

「何発も」

 

「ああ」

 

「それでも戻ってきた」

 

下士官は答えず、兵士の肩を叩いた。

 

「空を見るな。車をどけろ」

 

それから自分も空を見た。

 

もう機体はいない。

 

だが、その日から。

 

道路を進む時に空を確認する回数が増えた。

 

---

 

別の道路。

 

Bizon二機が、低空からドイツ軍の車列を見つけていた。

 

こちらの目標は最初から明確だった。

 

戦車ではない。

 

先頭を走る装甲車でもない。

 

狙うのは、その後ろだった。

 

燃料車。

 

通信車。

 

砲兵牽引車。

 

補給用トラック。

 

戦車が戦車部隊として動き続けるために必要なもの。

 

後席が前方を確認する。

 

「戦車があります」

 

操縦士は答えた。

 

「無視」

 

「装甲車も」

 

「それもいい」

 

少し先に、燃料車らしい車両が見える。

 

その後ろには複数のトラック。

 

さらに牽引砲。

 

「右から入る」

 

二番機へ合図を送る。

 

Bizonが高度を下げる。

 

地上のドイツ兵も気づいた。

 

今度は最初から散開が始まった。

 

軽機関銃が上を向く。

 

だが。

 

Bizonの方が速い。

 

Turのように「見えてから来る」のではなく、「気づいた時には射撃に入っている」。

 

前方四門。

 

短い斉射。

 

燃料車の横へ弾が集中した。

 

一台が急停止する。

 

後続車両が避けようとして道路外へ入り、そのさらに後ろのトラックが止まる。

 

二番機は砲兵牽引車を狙った。

 

牽引車が止まり、砲だけが道路へ残った。

 

先頭の戦車はまだ動ける。

 

装甲も抜かれていない。

 

だが。

 

後ろが詰まった。

 

それで十分だった。

 

一番機は通過し、上空を確認する。

 

後席が言う。

 

「戦闘機は見えません」

 

操縦士は少し考えた。

 

「もう一回だけ」

 

Bizonが旋回する。

 

今度は地上側も完全に待っていた。

 

何挺もの機関銃が上を向き、小銃兵も射撃を始める。

 

曳光弾が増えた。

 

後席が叫ぶ。

 

「対空射撃、増えています!」

 

「一回で抜ける!」

 

二度目の射撃。

 

道路脇へ展開しようとしていた砲兵が頭を下げる。

 

通信車付近へ弾が走る。

 

それ以上はやらない。

 

二機とも、すぐに離脱した。

 

長く同じ場所に残れば。

 

いずれ戦闘機が来る。

 

地上側もさらに射撃を集めてくる。

 

装甲があるからといって、撃たれ続けてよいわけではない。

 

帰って。

 

また使う。

 

それが優先だった。

 

道路脇で、ドイツ兵が二機を見送っていた。

 

「さっきのとは違うな」

 

「速かった」

 

「同じ双発だ」

 

「ポーランド軍は双発機ばかり持ってるのか」

 

一人が空を見ながら言った。

 

「飛行場は朝に爆撃したんじゃないのか」

 

誰も答えなかった。

 

その疑問は。

 

翌日には、もっと大きくなる。

 

---

 

午後。

 

ドイツ軍の前進司令部には、似たような報告が集まり始めていた。

 

低空攻撃。

 

車列。

 

補給。

 

通信。

 

牽引車。

 

損害そのものは、まだ決定的ではない。

 

一つの道路でトラックが数台止まったからといって、師団が消えるわけではない。

 

担当将校は報告書を机へ置いた。

 

「前進は続けられるな」

 

参謀が答える。

 

「はい」

 

「なら進ませろ」

 

「ただ」

 

将校が顔を上げる。

 

「何だ」

 

「各部隊から、上空警戒について問い合わせが増えています」

 

「Luftwaffeは活動しているだろう」

 

「しています」

 

「ポーランド航空隊は朝から攻撃を受けている」

 

「はい」

 

「それで?」

 

参謀は別の紙を差し出した。

 

「双発機による低空攻撃の報告が、複数地点から上がっています」

 

将校が読む。

 

敵機。

 

低空。

 

前方火力。

 

装甲ありの可能性。

 

軽機関銃および小銃弾の命中後も攻撃継続。

 

別の報告にも似た記述がある。

 

さらにもう一枚。

 

「誇張ではないのか」

 

「その可能性はあります。地上からの命中確認は不確実です」

 

「小銃弾が一発当たった程度で航空機が落ちるわけでもない」

 

「その通りです」

 

参謀は少しだけ間を置いた。

 

「ただし、似た内容の報告が多い」

 

将校は資料をもう一度見る。

 

「型式は」

 

「一種類ではないようです」

 

「どういう意味だ」

 

「遅い機体と、それより高速の機体があります。どちらも双発です」

 

将校は椅子の背へ身体を預けた。

 

「道路部隊へ上空警戒を徹底させろ」

 

「はい」

 

「それから航空部隊へ。こいつらがどこから飛んでいるのか確認したい」

 

参謀が頷く。

 

それが。

 

翌日の仕事を一つ増やした。

 

この時点ではまだ、TurもBizonもドイツ軍全体に広く知られた存在ではない。

 

名前より先に、特徴だけが伝わり始めていた。

 

低空。

 

双発。

 

道路を狙う。

 

一方は遅いが、撃ってもすぐには止まらない。

 

もう一方は速く、気づいた時には射撃を終えている。

 

そして。

 

どちらも。

 

一度で消えてくれない。

 

---

 

同じ頃。

 

ポーランド軍の一個歩兵大隊では、弾薬が減っていた。

 

朝から何度か陣地を移し、通信も不安定になっている。

 

大隊長は伝令が持ってきた紙を読み、顔をしかめた。

 

「後退命令ではないのか」

 

「違います」

 

「では」

 

「現位置を維持」

 

大隊長は周囲を見た。

 

「弾が少ない」

 

副官が答える。

 

「補給車がまだ来ません」

 

「道路は」

 

「混んでいます」

 

その時。

 

航空機の音がした。

 

兵士たちは反射的に伏せた。

 

大隊長も空を見る。

 

双発。

 

低い。

 

ポーランド標識。

 

「味方だ!」

 

Turが陣地後方を通過した。

 

機体から小型の荷が落とされる。

 

箱。

 

袋。

 

草地を転がる。

 

兵士たちが走った。

 

「弾薬!」

 

「医療品もある!」

 

「無線の部品だ!」

 

量は多くない。

 

大隊全体を一日養えるほどでもない。

 

それでも。

 

今。

 

欲しいものが来た。

 

大隊長は空を見た。

 

Turはそのまま帰るのではなく、少し前方へ進んでいく。

 

「おい」

 

正面。

 

ドイツ歩兵陣地。

 

その一角。

 

機関銃陣地。

 

Turが一度だけ低く入り、短い掃射を加えた。

 

十一ミリ弾が土を跳ね上げる。

 

ドイツ兵が頭を下げる。

 

Turはそれ以上何もしない。

 

二度目の攻撃もせず、そのまま離脱した。

 

副官が弾薬箱を抱えて戻ってくる。

 

「助かりました」

 

「ああ」

 

「補給して、そのまま撃っていきましたよ」

 

大隊長は箱を開けて中身を確認した。

 

「見れば分かる」

 

「何なんです、あの飛行機」

 

大隊長は少し考えた。

 

「知らん」

 

それから。

 

弾薬を一つ取り出す。

 

「だが、今はありがたい」

 

飛行機一機で戦線は変わらない。

 

弾薬箱数個で戦争にも勝てない。

 

だが。

 

弾が尽きるはずだった部隊に弾が届けば、その部隊はまだ撃てる。

 

無線機が直れば、また命令を受け取れる。

 

医療品が届けば、もう一人助かるかもしれない。

 

大隊長はそれ以上考えず、弾薬を各中隊へ分けるよう命じた。

 

今必要なのは。

 

それだった。

 

---

 

午後遅く。

 

一機のTurが帰投していた。

 

地上攻撃と連絡任務を終えた機体で、胴体にはいくつか弾痕がある。

 

右発動機の調子も少し悪い。

 

後席が計器と翼を交互に見た。

 

「右、煙が増えてません?」

 

操縦士も計器を見る。

 

「温度は」

 

「まだ範囲内です」

 

「なら帰る」

 

しばらくして。

 

後席が前方を指した。

 

「敵機」

 

操縦士の身体が固くなる。

 

「戦闘機?」

 

「違います」

 

「何だ」

 

「Ju 87」

 

少し下。

 

数機。

 

地上攻撃を終えたらしい。

 

帰投方向へ向かっている。

 

Turの操縦士は数秒、その姿を見た。

 

後席も見ている。

 

「近いですね」

 

「ああ」

 

「遅いですね」

 

「ああ」

 

二人とも。

 

次に考えていることは同じだった。

 

操縦士が聞く。

 

「弾は」

 

「残ってます」

 

本来。

 

そのまま帰るべきだった。

 

機体はすでに被弾している。

 

右発動機も完全ではない。

 

それでも。

 

目の前に。

 

Ju 87。

 

護衛戦闘機は見えない。

 

「一回だけ」

 

後席が聞き返した。

 

「帰るんじゃ」

 

「帰り道だ」

 

Turが少し進路を変えた。

 

Ju 87側も気づく。

 

後席機銃が向けられる。

 

Turは長く追わない。

 

距離を詰め、前方四門を短く撃つ。

 

一機のJu 87から煙が出た。

 

別の機体は慌てて回避した。

 

Turはそれ以上追わず、すぐに元の進路へ戻る。

 

後席が振り返る。

 

「一機、下がってます」

 

「落ちた?」

 

「分かりません」

 

「なら知らん」

 

「報告は」

 

「帰ってから」

 

「撃墜戦果は」

 

操縦士は右発動機の計器を見た。

 

「こっちが落ちたら戦果も何もない」

 

後席は黙った。

 

数分後。

 

二人はまた帰投方向だけを見るようになった。

 

---

 

夕方。

 

農場飛行場。

 

Turが降りた。

 

整備兵がすぐに機体へ寄る。

 

胴体。

 

翼。

 

発動機。

 

一通り見て。

 

操縦士を見る。

 

「何した」

 

「補給と掃射」

 

「それだけじゃないだろ」

 

後席が答える。

 

「Ju 87にも一回」

 

整備兵の手が止まった。

 

「なぜ」

 

操縦士は少しだけ肩をすくめた。

 

「いたから」

 

「戦闘機だったら」

 

「逃げる」

 

「Ju 87なら」

 

操縦士は少し考えた。

 

「状況次第」

 

整備兵はため息をついた。

 

「飛ばすな」

 

「明日は?」

 

「今から見る」

 

少し離れた場所から、例の農場主が機体を見ていた。

 

「また穴が増えたな」

 

整備兵が振り向く。

 

「数えなくていいです」

 

「草地の穴は数えるぞ」

 

「そっちは記録してます」

 

「飛行機の穴は誰が払う」

 

整備兵は機体を見た。

 

「会社です」

 

老人は鼻を鳴らした。

 

「変な会社だ」

 

その評価には。

 

誰も反論しなかった。

 

---

 

夜。

 

WILK本社。

 

初日の報告が、まだ増え続けていた。

 

ポーランド軍将校は、地上攻撃、偵察、連絡、補給、迎撃、損傷、未帰還を一枚ずつ確認している。

 

元ドイツ軍技術者は、戦果より先に被弾機の帰還数を見ていた。

 

「装甲は」

 

ポーランド軍将校が聞く。

 

「効いている」

 

「どの程度」

 

「撃たれて帰ってきた機体がいる。それ以上は今の数字じゃ言えん」

 

元白軍将校が別の報告を取った。

 

「これ」

 

「何だ」

 

「ドイツ側の地上部隊かららしい」

 

紙には、軽機関銃の命中を確認した後も敵双発機が攻撃を継続した、とある。

 

元白軍将校は少しだけ考えた。

 

「地上からは見えるんだな」

 

「何が」

 

「当たった瞬間」

 

歩兵が航空機を撃つ。

 

曳光弾が伸びる。

 

機体へ当たる。

 

火花が散る。

 

その瞬間だけは。

 

誰にでも見える。

 

だからこそ。

 

次に相手が止まると思う。

 

止まらない。

 

それが。

 

怖い。

 

元白軍将校は報告書を机へ戻した。

 

「だからといって、装甲を頼りに突っ込ませるな」

 

ポーランド軍将校が頷く。

 

「分かっている」

 

元ドイツ軍技術者も続けた。

 

「装甲は撃たれるためにつけたんじゃない」

 

「帰るためだろ」

 

「ああ」

 

ポーランド軍将校は運用上の注意を書き加えた。

 

敵戦闘機を確認した場合、離脱を優先。

 

損傷機は任務継続より帰還。

 

敵航空機への追撃は必要以上に行わない。

 

どれも。

 

当たり前に見える。

 

だが。

 

戦争初日だけで。

 

すでにJu 87へ寄っていったTurがいる。

 

人間は。

 

撃てる相手を見つけると。

 

欲が出る。

 

元白軍将校が言った。

 

「相手を怖がらせるために、こっちが死んだら損だ」

 

ポーランド軍将校は少し笑った。

 

「その言い方なら伝わりやすい」

 

元ドイツ軍技術者が顔をしかめる。

 

「私は嫌いだ」

 

「知ってる」

 

そこで。

 

初めて。

 

少しだけ。

 

部屋の空気が緩んだ。

 

---

 

同じ夜。

 

ドイツ軍の前線。

 

交代に入った兵士が、暗い空を見ていた。

 

隣の男が尋ねる。

 

「何を見てる」

 

「飛行機」

 

「夜だぞ」

 

「分かってる」

 

少し間が空く。

 

「昼の双発か」

 

「ああ」

 

「当たってたな」

 

「ああ」

 

「それでも来た」

 

兵士はしばらく空を見ていた。

 

何もいない。

 

それでも。

 

昨日までより長く。

 

見た。

 

その横を、補給車が一台通っていく。

 

兵士はその音を聞きながら言った。

 

「明日も来るかな」

 

隣の男は答えなかった。

 

来ない方がいい。

 

そう思っていた。

 

だが。

 

翌日。

 

本当に来ない保証は。

 

どこにもなかった。

 

 

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