敵航空機。
双発。
低空侵入。
我が部隊は軽機関銃および小銃による対空射撃を実施。
複数の命中を確認。
しかし敵機は直ちに攻撃を中止せず、車両および人員へ損害を与えたのち離脱。
同様の報告、他部隊からもあり。
備考。
従来想定したポーランド軍軽爆撃機とは、機体防御および攻撃方法が異なる可能性あり。
一九三九年九月一日。
午後。
ポーランド西部の街道を、ドイツ軍の一部隊が東へ向かっていた。
道路の上には歩兵だけではなく、トラック、オートバイ、牽引砲、馬車が入り混じっている。朝から何度かポーランド軍の抵抗を受けていたが、進撃そのものは止まっていなかった。
少なくとも、その道路を歩いていた一人の下士官にはそう見えていた。
前方で一台のトラックが曲がりきれず、後続が少し詰まる。
「止まるな! 右へ寄せろ!」
将校の怒鳴り声が飛ぶ。
下士官は道端へ寄り、水筒の蓋を外した。
その時。
遠くから航空機の音が聞こえた。
一人の兵士が空を見上げる。
「飛行機です」
隣の男は気にも留めなかった。
「味方だろ」
朝から何度もドイツ機が頭上を通っている。
だから最初の数秒、誰も急いで伏せなかった。
双発機が近づいてくる。
低い。
妙に低い。
下士官が水筒から口を離し、目を細めた。
翼。
機首。
標識。
「敵機だ!」
声を上げた直後。
道路の土が跳ねた。
十一ミリ弾が車列の横を走り、トラックの側面へ穴を開けた。窓ガラスが砕け、オートバイが横倒しになり、驚いた馬が荷車ごと道路脇へ飛び出した。
兵士たちが一斉に伏せる。
Turはそのまま頭上を通過した。
「撃て!」
下士官が叫ぶ。
MG34が上を向く。
小銃も続く。
曳光弾が空へ伸びた。
Turは速い機体ではない。
低空を飛ぶ姿はよく見える。
だから、兵士たちは撃てると思った。
実際。
当たった。
一発。
胴体近くで火花が散る。
別の弾も翼付近へ当たった。
「当たった!」
軽機関銃手が叫ぶ。
「二発は入った!」
Turは少し高度を変えた。
そのまま逃げる。
そう思った。
だが、機体は大きく回り込み始めた。
下士官が顔を上げる。
「……戻ってくるぞ」
誰かが言った。
「当たったのに?」
答える暇はなかった。
Turがもう一度こちらへ向きを合わせる。
今度は全員が待っていた。
軽機関銃手が道路脇へ身体を伏せ、機体の進路を予測して射撃する。
小銃兵も撃つ。
曳光弾がTurの周囲を抜ける。
また一発。
機体へ当たるのが見えた。
それでも。
機首がこちらを向いたままだった。
下士官の腹の奥が少し冷えた。
自分たちの弾が届いている。
なのに相手が止まらない。
「伏せろ!」
十一ミリ弾が再び道路を叩いた。
通信車の側面に穴が開く。
別のトラックが急停止し、その後ろの車両が畑へ逃げた。砲を引いていた馬が暴れ、兵士が手綱ごと引きずられる。
Turは今度こそそのまま東へ抜けた。
下士官は土の中から顔を上げた。
道路には止まった車両がある。
負傷者がいる。
通信車も動いていない。
将校が車列を立て直そうと怒鳴っている。
隣の兵士が、まだ空を見たまま言った。
「確かに当てましたよね」
「ああ」
「何発も」
「ああ」
「それでも戻ってきた」
下士官は答えず、兵士の肩を叩いた。
「空を見るな。車をどけろ」
それから自分も空を見た。
もう機体はいない。
だが、その日から。
道路を進む時に空を確認する回数が増えた。
---
別の道路。
Bizon二機が、低空からドイツ軍の車列を見つけていた。
こちらの目標は最初から明確だった。
戦車ではない。
先頭を走る装甲車でもない。
狙うのは、その後ろだった。
燃料車。
通信車。
砲兵牽引車。
補給用トラック。
戦車が戦車部隊として動き続けるために必要なもの。
後席が前方を確認する。
「戦車があります」
操縦士は答えた。
「無視」
「装甲車も」
「それもいい」
少し先に、燃料車らしい車両が見える。
その後ろには複数のトラック。
さらに牽引砲。
「右から入る」
二番機へ合図を送る。
Bizonが高度を下げる。
地上のドイツ兵も気づいた。
今度は最初から散開が始まった。
軽機関銃が上を向く。
だが。
Bizonの方が速い。
Turのように「見えてから来る」のではなく、「気づいた時には射撃に入っている」。
前方四門。
短い斉射。
燃料車の横へ弾が集中した。
一台が急停止する。
後続車両が避けようとして道路外へ入り、そのさらに後ろのトラックが止まる。
二番機は砲兵牽引車を狙った。
牽引車が止まり、砲だけが道路へ残った。
先頭の戦車はまだ動ける。
装甲も抜かれていない。
だが。
後ろが詰まった。
それで十分だった。
一番機は通過し、上空を確認する。
後席が言う。
「戦闘機は見えません」
操縦士は少し考えた。
「もう一回だけ」
Bizonが旋回する。
今度は地上側も完全に待っていた。
何挺もの機関銃が上を向き、小銃兵も射撃を始める。
曳光弾が増えた。
後席が叫ぶ。
「対空射撃、増えています!」
「一回で抜ける!」
二度目の射撃。
道路脇へ展開しようとしていた砲兵が頭を下げる。
通信車付近へ弾が走る。
それ以上はやらない。
二機とも、すぐに離脱した。
長く同じ場所に残れば。
いずれ戦闘機が来る。
地上側もさらに射撃を集めてくる。
装甲があるからといって、撃たれ続けてよいわけではない。
帰って。
また使う。
それが優先だった。
道路脇で、ドイツ兵が二機を見送っていた。
「さっきのとは違うな」
「速かった」
「同じ双発だ」
「ポーランド軍は双発機ばかり持ってるのか」
一人が空を見ながら言った。
「飛行場は朝に爆撃したんじゃないのか」
誰も答えなかった。
その疑問は。
翌日には、もっと大きくなる。
---
午後。
ドイツ軍の前進司令部には、似たような報告が集まり始めていた。
低空攻撃。
車列。
補給。
通信。
牽引車。
損害そのものは、まだ決定的ではない。
一つの道路でトラックが数台止まったからといって、師団が消えるわけではない。
担当将校は報告書を机へ置いた。
「前進は続けられるな」
参謀が答える。
「はい」
「なら進ませろ」
「ただ」
将校が顔を上げる。
「何だ」
「各部隊から、上空警戒について問い合わせが増えています」
「Luftwaffeは活動しているだろう」
「しています」
「ポーランド航空隊は朝から攻撃を受けている」
「はい」
「それで?」
参謀は別の紙を差し出した。
「双発機による低空攻撃の報告が、複数地点から上がっています」
将校が読む。
敵機。
低空。
前方火力。
装甲ありの可能性。
軽機関銃および小銃弾の命中後も攻撃継続。
別の報告にも似た記述がある。
さらにもう一枚。
「誇張ではないのか」
「その可能性はあります。地上からの命中確認は不確実です」
「小銃弾が一発当たった程度で航空機が落ちるわけでもない」
「その通りです」
参謀は少しだけ間を置いた。
「ただし、似た内容の報告が多い」
将校は資料をもう一度見る。
「型式は」
「一種類ではないようです」
「どういう意味だ」
「遅い機体と、それより高速の機体があります。どちらも双発です」
将校は椅子の背へ身体を預けた。
「道路部隊へ上空警戒を徹底させろ」
「はい」
「それから航空部隊へ。こいつらがどこから飛んでいるのか確認したい」
参謀が頷く。
それが。
翌日の仕事を一つ増やした。
この時点ではまだ、TurもBizonもドイツ軍全体に広く知られた存在ではない。
名前より先に、特徴だけが伝わり始めていた。
低空。
双発。
道路を狙う。
一方は遅いが、撃ってもすぐには止まらない。
もう一方は速く、気づいた時には射撃を終えている。
そして。
どちらも。
一度で消えてくれない。
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同じ頃。
ポーランド軍の一個歩兵大隊では、弾薬が減っていた。
朝から何度か陣地を移し、通信も不安定になっている。
大隊長は伝令が持ってきた紙を読み、顔をしかめた。
「後退命令ではないのか」
「違います」
「では」
「現位置を維持」
大隊長は周囲を見た。
「弾が少ない」
副官が答える。
「補給車がまだ来ません」
「道路は」
「混んでいます」
その時。
航空機の音がした。
兵士たちは反射的に伏せた。
大隊長も空を見る。
双発。
低い。
ポーランド標識。
「味方だ!」
Turが陣地後方を通過した。
機体から小型の荷が落とされる。
箱。
袋。
草地を転がる。
兵士たちが走った。
「弾薬!」
「医療品もある!」
「無線の部品だ!」
量は多くない。
大隊全体を一日養えるほどでもない。
それでも。
今。
欲しいものが来た。
大隊長は空を見た。
Turはそのまま帰るのではなく、少し前方へ進んでいく。
「おい」
正面。
ドイツ歩兵陣地。
その一角。
機関銃陣地。
Turが一度だけ低く入り、短い掃射を加えた。
十一ミリ弾が土を跳ね上げる。
ドイツ兵が頭を下げる。
Turはそれ以上何もしない。
二度目の攻撃もせず、そのまま離脱した。
副官が弾薬箱を抱えて戻ってくる。
「助かりました」
「ああ」
「補給して、そのまま撃っていきましたよ」
大隊長は箱を開けて中身を確認した。
「見れば分かる」
「何なんです、あの飛行機」
大隊長は少し考えた。
「知らん」
それから。
弾薬を一つ取り出す。
「だが、今はありがたい」
飛行機一機で戦線は変わらない。
弾薬箱数個で戦争にも勝てない。
だが。
弾が尽きるはずだった部隊に弾が届けば、その部隊はまだ撃てる。
無線機が直れば、また命令を受け取れる。
医療品が届けば、もう一人助かるかもしれない。
大隊長はそれ以上考えず、弾薬を各中隊へ分けるよう命じた。
今必要なのは。
それだった。
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午後遅く。
一機のTurが帰投していた。
地上攻撃と連絡任務を終えた機体で、胴体にはいくつか弾痕がある。
右発動機の調子も少し悪い。
後席が計器と翼を交互に見た。
「右、煙が増えてません?」
操縦士も計器を見る。
「温度は」
「まだ範囲内です」
「なら帰る」
しばらくして。
後席が前方を指した。
「敵機」
操縦士の身体が固くなる。
「戦闘機?」
「違います」
「何だ」
「Ju 87」
少し下。
数機。
地上攻撃を終えたらしい。
帰投方向へ向かっている。
Turの操縦士は数秒、その姿を見た。
後席も見ている。
「近いですね」
「ああ」
「遅いですね」
「ああ」
二人とも。
次に考えていることは同じだった。
操縦士が聞く。
「弾は」
「残ってます」
本来。
そのまま帰るべきだった。
機体はすでに被弾している。
右発動機も完全ではない。
それでも。
目の前に。
Ju 87。
護衛戦闘機は見えない。
「一回だけ」
後席が聞き返した。
「帰るんじゃ」
「帰り道だ」
Turが少し進路を変えた。
Ju 87側も気づく。
後席機銃が向けられる。
Turは長く追わない。
距離を詰め、前方四門を短く撃つ。
一機のJu 87から煙が出た。
別の機体は慌てて回避した。
Turはそれ以上追わず、すぐに元の進路へ戻る。
後席が振り返る。
「一機、下がってます」
「落ちた?」
「分かりません」
「なら知らん」
「報告は」
「帰ってから」
「撃墜戦果は」
操縦士は右発動機の計器を見た。
「こっちが落ちたら戦果も何もない」
後席は黙った。
数分後。
二人はまた帰投方向だけを見るようになった。
---
夕方。
農場飛行場。
Turが降りた。
整備兵がすぐに機体へ寄る。
胴体。
翼。
発動機。
一通り見て。
操縦士を見る。
「何した」
「補給と掃射」
「それだけじゃないだろ」
後席が答える。
「Ju 87にも一回」
整備兵の手が止まった。
「なぜ」
操縦士は少しだけ肩をすくめた。
「いたから」
「戦闘機だったら」
「逃げる」
「Ju 87なら」
操縦士は少し考えた。
「状況次第」
整備兵はため息をついた。
「飛ばすな」
「明日は?」
「今から見る」
少し離れた場所から、例の農場主が機体を見ていた。
「また穴が増えたな」
整備兵が振り向く。
「数えなくていいです」
「草地の穴は数えるぞ」
「そっちは記録してます」
「飛行機の穴は誰が払う」
整備兵は機体を見た。
「会社です」
老人は鼻を鳴らした。
「変な会社だ」
その評価には。
誰も反論しなかった。
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夜。
WILK本社。
初日の報告が、まだ増え続けていた。
ポーランド軍将校は、地上攻撃、偵察、連絡、補給、迎撃、損傷、未帰還を一枚ずつ確認している。
元ドイツ軍技術者は、戦果より先に被弾機の帰還数を見ていた。
「装甲は」
ポーランド軍将校が聞く。
「効いている」
「どの程度」
「撃たれて帰ってきた機体がいる。それ以上は今の数字じゃ言えん」
元白軍将校が別の報告を取った。
「これ」
「何だ」
「ドイツ側の地上部隊かららしい」
紙には、軽機関銃の命中を確認した後も敵双発機が攻撃を継続した、とある。
元白軍将校は少しだけ考えた。
「地上からは見えるんだな」
「何が」
「当たった瞬間」
歩兵が航空機を撃つ。
曳光弾が伸びる。
機体へ当たる。
火花が散る。
その瞬間だけは。
誰にでも見える。
だからこそ。
次に相手が止まると思う。
止まらない。
それが。
怖い。
元白軍将校は報告書を机へ戻した。
「だからといって、装甲を頼りに突っ込ませるな」
ポーランド軍将校が頷く。
「分かっている」
元ドイツ軍技術者も続けた。
「装甲は撃たれるためにつけたんじゃない」
「帰るためだろ」
「ああ」
ポーランド軍将校は運用上の注意を書き加えた。
敵戦闘機を確認した場合、離脱を優先。
損傷機は任務継続より帰還。
敵航空機への追撃は必要以上に行わない。
どれも。
当たり前に見える。
だが。
戦争初日だけで。
すでにJu 87へ寄っていったTurがいる。
人間は。
撃てる相手を見つけると。
欲が出る。
元白軍将校が言った。
「相手を怖がらせるために、こっちが死んだら損だ」
ポーランド軍将校は少し笑った。
「その言い方なら伝わりやすい」
元ドイツ軍技術者が顔をしかめる。
「私は嫌いだ」
「知ってる」
そこで。
初めて。
少しだけ。
部屋の空気が緩んだ。
---
同じ夜。
ドイツ軍の前線。
交代に入った兵士が、暗い空を見ていた。
隣の男が尋ねる。
「何を見てる」
「飛行機」
「夜だぞ」
「分かってる」
少し間が空く。
「昼の双発か」
「ああ」
「当たってたな」
「ああ」
「それでも来た」
兵士はしばらく空を見ていた。
何もいない。
それでも。
昨日までより長く。
見た。
その横を、補給車が一台通っていく。
兵士はその音を聞きながら言った。
「明日も来るかな」
隣の男は答えなかった。
来ない方がいい。
そう思っていた。
だが。
翌日。
本当に来ない保証は。
どこにもなかった。