――ドイツ空軍某偵察部隊 九月二日午前報告
確認。
ポーランド軍航空機は、常設飛行場以外からも活動している。
農地、牧草地、小規模飛行場、道路に近い平坦地を臨時発着地点として使用している可能性あり。
前日に攻撃した地域から、翌日も敵航空機の活動を確認。
発進地点、不明。
備考。
目標飛行場の破壊確認のみをもって、当該地域の航空活動停止と判断しないこと。
一九三九年九月二日。
朝。
ドイツ軍の偵察機が、低い雲の下を東へ飛んでいた。
昨日。
複数のポーランド軍飛行場を攻撃している。
格納庫は燃えた。
滑走帯には爆弾穴が開いた。
燃料施設もいくつか破壊した。
写真も残っている。
地上部隊からも、
「敵航空活動が低下した」
という報告が一部で上がっていた。
だから。
偵察員には、昨日より少しだけ楽観があった。
「昨日の目標だ」
操縦士が地上を指す。
飛行場。
黒く焼けた跡。
滑走帯に残る爆弾穴。
建物の一部からまだ煙が上がっている。
偵察員は写真機を構えた。
「効いてるな」
「そのようだ」
そこで。
視界の端に。
動くものがあった。
一つ。
二つ。
偵察員が双眼鏡を上げる。
「敵機」
操縦士がすぐに聞く。
「どこから」
「待て」
見る。
飛行場ではない。
少し離れた農村地帯。
畑。
牧草地。
農道。
納屋。
その間。
草地からP.11が上がる。
さらに別方向。
双発。
Bizon。
偵察員はしばらく何も言わなかった。
操縦士が聞く。
「どこだ」
「農場」
「何?」
「農場から上がった」
「飛行場じゃなく?」
「農場だ」
その農場は。
上から見れば、本当にただの農場だった。
納屋。
牛。
畑。
牧草地。
道路。
その横の平坦な草地から。
戦闘機が上がる。
別の農場から。
今度はBizon。
操縦士が後ろを見る。
「こっちへ来るぞ」
偵察員が写真機を下ろした。
「帰る」
「言われなくても」
偵察機は向きを変えた。
昨日。
飛行場を壊した。
今日。
その地域から。
また航空機が上がる。
偵察員は後方を確認しながら、ようやく意味を理解し始めていた。
昨日攻撃したのは。
飛行場だった。
航空隊そのものではなかった。
---
同じ頃。
別の農場。
こちらは本当に昨日爆撃を受けていた。
草地には爆弾穴が三つあった。
一つは深い。
一つは比較的浅い。
もう一つは排水溝の近くで、周囲まで柔らかくなっている。
朝から農場には人が集まっていた。
ポーランド兵。
航空隊の整備兵。
農民。
近所の若者。
老人。
そして。
トラクター。
馬。
牛。
長い丸太。
例の農場主は、大きな爆弾穴を覗き込んでいた。
若い航空士官が隣に立つ。
「使えませんか」
「今はな」
「どれくらいで」
老人は士官を見る。
「それを今からやるんだろう」
「はい」
「なら土を運べ」
作業が始まった。
爆弾穴へ周囲の土を入れる。
飛び散った石や金属片を拾う。
浅い穴は埋める。
深すぎる穴は、無理に完全復旧させない。
離着陸する帯そのものを少しずらす。
排水溝近くの柔らかい場所は避ける。
そして最後に。
丸太を横へ寝かせる。
トラクターに引かせる。
別の場所では馬。
さらに別では牛。
何度も往復する。
盛った土をならす。
表面を押さえる。
完璧な滑走路を作る必要はない。
必要なのは。
脚が沈まず。
離陸速度まで走れるだけの地面だった。
若い整備兵が汗を拭った。
「これで飛べます?」
老人はしゃがみ込み、土を指で押した。
「まだ柔らかい」
「かなり固くしましたよ」
「沈んだらお前が押すのか」
整備兵は黙った。
老人が立つ。
「もう一回」
また丸太が引かれる。
少し離れた場所で。
元白軍将校が、その様子を見ていた。
老人が気づく。
「お前らのおかげで、こういうのだけは慣れた」
元白軍将校が答える。
「我々は爆弾を落としてない」
「飛行機は何度も落とした」
「着陸だ」
「初号機なんぞ半分墜落だったろ」
元白軍将校は黙った。
その件については。
強く否定できない。
昼前。
修復した草地へP.11が移された。
操縦士が慎重に機体を走らせる。
農民も整備兵も老人も。
飛行機ではなく地面を見る。
速度が上がる。
機体が浮く。
誰かが息を吐く。
老人は帽子を押さえながら言った。
「そこなら大丈夫だ」
航空士官が呆れた顔をする。
「飛んでから言います?」
「飛んだから分かった」
「先に分かりませんか」
「地面は毎日違う」
その後ろで。
次の機体が動き始める。
昨日。
爆撃された。
今日。
また使う。
軍用飛行場を再建したわけではない。
農場の一部を。
飛行機が飛べる状態まで戻しただけだった。
---
昼。
ドイツ空軍のJu 87部隊へ、新しい目標が示された。
偵察で見つかった農場。
地上にポーランド機が数機確認されている。
臨時飛行場と判断。
今度は最初から。
農場が目標だった。
Ju 87が高度を取る。
下。
畑。
納屋。
牧草地。
その端。
地上の航空機。
先頭機が降下する。
地上では人が走る。
飛べる機体を少しでも離そうとする。
すでに別の草地へ移した機体もある。
整備中で動かせない機体もある。
昨日の損傷で飛べない機体も残っている。
爆弾。
落ちる。
草地が吹き上がる。
納屋の一角が崩れる。
後続。
また降下。
さらに爆発。
新しい穴が増える。
地上の兵士も農民も伏せる。
Ju 87は引き起こし。
編隊を戻す。
後席が地上を見る。
「命中しました」
操縦士も見る。
煙。
壊れた納屋。
荒れた草地。
「これでしばらく使えん」
そう考えるのは自然だった。
飛行場を爆撃した。
滑走面を壊した。
地上施設も損傷させた。
任務成功。
あとは帰るだけ。
数分後。
後席が叫んだ。
「敵機!」
操縦士が振り向く。
「どこだ!」
「右後方!」
低空からP.11が上がってくる。
「どこから来た!」
さらに。
別方向。
「もう一機!」
双発。
Bizon。
操縦士は思わず叫んだ。
「さっき爆撃しただろ!」
後席が別方向を指す。
「違います!」
「何が!」
「隣の農場です!」
その瞬間。
搭乗員にとって。
地上の風景の意味が変わった。
彼らが爆撃した農場は。
確かに飛行場だった。
だが。
その近くの農場も。
飛行場だった。
少なくとも。
今日の午後は。
P.11が上昇する。
護衛のBf109が向きを変える。
その外側からBizonが接近してくる。
Ju 87側は帰還隊形を保ちたい。
護衛戦闘機はP.11を止めたい。
だが。
Bizonまで来る。
Bizonの機首がこちらへ向く。
十一ミリ四門。
短い射撃。
Ju 87が回避する。
編隊が崩れる。
護衛のBf109がBizonへ向かう。
Bizonはそれを見た瞬間。
追撃をやめた。
戦闘機と空戦するために来たわけではない。
一撃。
それで十分。
低空へ降り。
離脱する。
その隙にP.11がJu 87へ食いつく。
護衛は判断を迫られる。
Bizonを追うか。
P.11を止めるか。
Ju 87の隊形を守るか。
さっきまで。
「敵飛行場を破壊した」
という簡単な任務だった。
いま。
その近くの空で。
迎撃されている。
Ju 87の一機が被弾した。
薄い煙を引く。
「損傷!」
操縦士が計器を見る。
「まだ飛べる!」
帰還できる。
おそらく。
だが。
爆撃に成功したはずの地域から。
なぜ敵機が出てくるのか。
それだけは。
まだ分からなかった。
---
午後。
ドイツ空軍の報告書。
目標農場。
爆撃成功。
地上施設に損害。
草地に複数命中。
そこまでは。
問題なかった。
続き。
帰投中、ポーランド戦闘機および双発攻撃機による迎撃を受ける。
担当将校が顔を上げた。
「同じ農場から上がったのか」
「確認できません」
「ではどこからだ」
「近隣の別地点と思われます」
「別の飛行場?」
報告者が答える。
「農場です」
将校はしばらく黙った。
「また農場か」
地図を見る。
昨日まで何の印もなかった場所へ。
飛行場を示す印が一つ増えている。
今日。
さらに一つ。
「周辺を全部調べろ」
部下が困った顔をした。
「全部とは」
将校自身も地図を見る。
農場。
牧草地。
畑。
村。
道路。
似た場所がいくらでもある。
少し言い直す。
「航空機が使えそうな場所を調べろ」
「かなりあります」
「なら偵察を増やせ」
「はい」
それで。
また仕事が増えた。
偵察機を飛ばす。
写真を撮る。
写真を分析する。
飛行場らしい場所を選ぶ。
爆撃目標にする。
爆撃機を割り当てる。
必要なら護衛戦闘機も付ける。
攻撃後。
本当に使用不能になったか。
もう一度確認する。
一つの飛行場を破壊する仕事が。
いつの間にか。
農村地域全体を調べる仕事へ。
変わり始めていた。
---
夕方。
爆撃された農場では。
また人が動いていた。
納屋の一角は焼けている。
新しい爆弾穴もある。
例の農場主は、それを一つずつ見て回った。
若い航空士官が後ろについていく。
「ここはどうです」
「駄目だ」
「何日くらい」
「納屋か。草地か」
「草地です」
老人は大きな穴を覗いた。
「これは残せ」
士官が驚く。
「埋めないんですか」
「今日中には無理だ」
「なら使えない」
老人は少し離れた場所を指した。
「避けて走れ」
「全部直さないんですか」
老人が振り返る。
「今日飛べればいいんだろ」
近くにいたWILK整備員が笑う。
「その通りです」
老人はすぐに返した。
「笑うな。お前も土を運べ」
再び作業が始まる。
トラクター。
馬。
牛。
丸太。
農民。
兵士。
整備員。
爆弾穴を完全に消すためではない。
離着陸に必要な帯だけを取り戻す。
別の場所では柵を外す。
さらに横の草地へ整備地点を移す。
納屋が使えなければ。
農具置場を空ける。
飛べる機体は。
必要以上に同じ場所へ置かない。
その最中。
Bizonが一機。
帰ってきた。
操縦士は爆撃跡を見て。
少し離れた草地へ機体を向ける。
老人が大声で叫ぶ。
「そっちは使うな!」
機体が止まる。
操縦士が顔を出す。
「なぜ!」
「明日雨だ!」
「またですか!」
「まただ!」
戦争二日目。
その農場は。
まだ農場だった。
牛もいる。
畑もある。
人も働いている。
ただ。
その合間に飛行機が降りてくる。
給油する。
整備する。
また飛んでいく。
飛行場でもある。
---
夜。
WILK本社。
ポーランド軍将校が報告書を置いた。
「農場拠点が一つ爆撃された」
元独立運動家が聞く。
「被害は」
「納屋一棟。一部設備。機体にも損害」
元ドイツ軍技術者がすぐに聞いた。
「稼働機は」
「事前に移した分が残った」
「草地は」
「一部復旧」
ユダヤ人実業家が聞く。
「農場主は」
ポーランド軍将校は少しだけ間を置いた。
「非常に元気だ」
元白軍将校が頷く。
「なら大丈夫だ」
元ドイツ軍技術者が呆れる。
「何を基準にしている」
「静かになったら危ない」
それには。
誰も反論しなかった。
ポーランド軍将校は別の報告を開く。
「ドイツ側が農場拠点への偵察を増やしているらしい」
元白軍将校が地図を見る。
「そうか」
「嬉しそうだな」
「嬉しくはない」
元白軍将校は地図上の一地点を指した。
「まず偵察機を出す」
次。
「写真を撮る」
さらに。
「分析する。目標を決める。爆撃機を出す。護衛を付ける。終わったらまた確認する」
元独立運動家が言った。
「時間を使わせる」
「ああ」
「その間にも向こうは進んでいる」
「分かってる」
「全部は止められない」
「それも分かってる」
元白軍将校は地図から手を離した。
「だから、一日で終わらせない」
それ以上。
誰も。
説明しなかった。
必要なことは。
すでに今日一日で。
十分見えていた。
---
その夜。
爆撃を受けた農場では。
まだ作業が続いていた。
大きな穴は残す。
浅い穴だけ埋める。
土を寄せる。
丸太を引く。
壊れた柵を少しだけどける。
老人がランタンを持って歩く。
整備兵が地面を見る。
航空士官が明日の離陸予定を確認する。
少し離れた場所では。
一機のTurが静かに停まっている。
昨日とは違う場所。
今朝とも違う場所。
老人が足元を踏んだ。
「ここなら朝は使える」
航空士官が頷く。
「雨は」
「昼から」
「なら朝のうちに飛ばします」
「そうしろ」
少しして。
遠くで。
発動機の試運転音が聞こえた。
老人がそちらを見る。
「まだ飛ぶのか」
航空士官も見る。
「明日も」
老人は帽子を被り直した。
「なら穴は朝までに埋めとく」
一九三九年九月二日。
ドイツ軍は。
ポーランド軍の農場飛行場を。
見つけ始めた。
そして。
同時に。
もう一つのことも。
覚え始めた。
撃った飛行場から。
飛んでくるとは限らない。