確認戦果。
Ju 87、損傷確認。
He 111、損傷確認。
Do 17、未確認。
Bf109、損傷の可能性あり。
上記の一部は、地上攻撃、偵察、連絡任務からの帰還途中に発生。
追撃は不要。
戦果確認のための再接近も不要。
帰投を優先すること。
備考。
帰路もまた戦場である。
一九三九年九月三日。
午後。
一機のBizonが地上攻撃任務を終え、農場飛行場へ戻っていた。
弾薬は半分以下。
燃料も、帰還分を考えれば余裕があるとは言い難い。
機体には小さな弾痕がいくつか増えている。
それでも飛ぶ。
任務そのものは終わっていた。
道路上のドイツ軍補給車列を一度叩き、砲兵牽引車と通信車の動きを止めた。
二度目の攻撃はやらなかった。
上空にBf109らしい機影を見つけたからだった。
昨日までなら迷ったかもしれない。
今日は違う。
戦闘機が来たら逃げろ。
それでいい。
操縦士は計器を確認しながら、機首を東へ向けた。
後席は周囲を見ている。
「後方、今のところ異常なし」
「前は」
「あなたが見てください」
「見てる」
しばらくは発動機の音だけが続いた。
戦場から少し離れるにつれて、地上の煙も減っていく。
操縦士がわずかに肩の力を抜いた。
その時。
後席が声を上げた。
「右前方。航空機」
操縦士も見る。
数機。
同じ方向へ飛んでいる。
高度は少し上。
双発。
大きい。
「味方?」
「違います」
距離が縮まる。
形が見えた。
He 111。
爆撃を終えて帰る途中らしい。
操縦士は数秒だけ黙った。
後席が聞く。
「どうします」
「護衛は」
「少なくとも近くには見えません」
もう一度、周囲を見る。
He 111側も、まだBizonに気づいていないようだった。
あるいは気づいていても、すぐには敵機と判断していない。
同じ双発。
同じような高度。
帰投方向。
一瞬だけ。
条件が揃っていた。
操縦士が言った。
「一回だけ」
後席がすぐに返す。
「またですか」
「一回だけだ」
「追わない?」
「追わない」
Bizonが少し高度を取る。
He 111の一機が、ようやくこちらへ気づいた。
隊形がわずかに変わる。
防御銃座が動く。
Bizonは真正面から突っ込まず、やや斜めから一度だけ射撃した。
十一ミリ四門。
短い斉射。
He 111の翼付近へ弾が入る。
一機が機体を傾けた。
すぐに防御射撃が返ってくる。
Bizonはそのまま離脱した。
二撃目はない。
後席が振り返る。
「一機、煙が出ています!」
操縦士は前だけを見る。
「落ちた?」
「まだ飛んでます」
「なら帰る」
「確認は」
「しない」
「撃墜かもしれませんよ」
操縦士は少しだけ笑った。
「撃墜確認してる間に戦闘機が来たら、今度はこっちが戦果になる」
後席は納得したらしい。
「それは嫌ですね」
「だろ」
Bizonは元の帰投方向へ戻った。
後方ではHe 111が一機、少し高度を落としながらまだ飛んでいる。
不時着するのか。
基地へ戻るのか。
そのまま落ちるのか。
Bizonの搭乗員には分からない。
そして、分からないままでよかった。
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同じ頃。
別の空域では、Tur二機が連絡任務から戻っていた。
一機は古い機体だった。
ただし。
古いのは登録と骨格の一部くらいだった。
発動機は換装済み。
無線は更新。
配線も計器も新しい。
脚まわりは補強され、構造も何度も手を入れられている。
外から見れば古参。
中身を見れば、十九年近い改修の積み重ね。
前方十一ミリ四門。
後方一門。
そして装甲。
この戦争に入るまで。
何度も。
何度も。
直された機体だった。
後席が前方下を見た。
「います」
先頭機の操縦士も確認する。
Ju 87。
数機。
低い。
地上攻撃を終えたところらしい。
帰投方向へ向かっている。
護衛戦闘機は見えない。
操縦士は数秒だけ考えた。
戦闘機なら逃げる。
Ju 87なら。
条件次第。
一度だけ。
「一回」
二番機へ伝える。
返答。
「了解」
二機のTurは少し間隔を広げた。
Ju 87側も気づく。
後席銃がこちらへ向く。
Turの先頭機が機首を上げる。
十一ミリ四門。
短い射撃。
Ju 87が散開する。
一機。
翼へ被弾。
もう一機。
慌てて高度を変える。
二番機も一度だけ撃つ。
それで終わり。
二機とも追わない。
Ju 87の一機が、少し高度を落としながら帰っていく。
後席が言う。
「一機、苦しそうです」
操縦士は見ない。
「そうか」
「追えば」
「帰る」
「でも」
「帰る」
後席は少しだけ不満そうに黙った。
それでも、機銃を後ろへ戻す。
Turは東へ向きを戻した。
戦争三日目。
搭乗員たちは。
少しずつ。
戦果を欲張らないことを覚え始めていた。
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ドイツ側。
被弾したJu 87の操縦士は、操縦桿を重く感じていた。
右翼に穴。
操縦系統も少し鈍い。
後席銃手が後ろを見る。
「追ってきません」
操縦士は聞き返す。
「本当か」
「はい」
少し間が空く。
「なぜだ」
後席銃手が答える。
「帰るつもりなんでしょう」
操縦士は苦く笑った。
「賢いな」
「我々も帰りましょう」
「そのつもりだ」
Ju 87は西へ。
Turは東へ。
互いに離れていく。
空戦そのものは終わった。
ただ。
記録だけが後に残る。
Ju 87一機、損傷。
攻撃機側、追撃せず。
それだけ。
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午後遅く。
農場飛行場。
Bizonが戻ってきた。
整備兵がすぐ機体を見に来る。
操縦士が降りる。
「どうだった」
「車列一回」
「それだけ?」
後席が口を挟む。
「帰りにHe 111」
整備兵の手が止まった。
「また?」
操縦士は少し嫌そうな顔をした。
「いたから」
整備兵が深く息を吐く。
「その説明、この二日で何回聞いた」
後席が少し楽しそうに言う。
「煙は出ました」
「落ちた?」
「見てません」
「なぜ」
操縦士と後席が、ほとんど同時に答えた。
「帰ったから」
整備兵はしばらく二人を見る。
それから機体へ戻った。
「正しい」
操縦士が少し笑う。
「珍しく褒めた」
「褒めてない。穴を見る」
整備兵は胴体を確認する。
「発動機」
「問題なし」
「燃料」
「少ない」
「なら今日は終わり」
操縦士が聞く。
「明日は」
「燃料を入れて、弾を積んで、機体見てから言え」
それで会話は終わった。
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別の農場。
Tur二機が戻ってきた。
例の老人が草地の端で見ている。
一機。
少し揺れる。
老人は目を細めた。
「風じゃないな」
若い航空士官が隣に立つ。
「分かるんですか」
「あの飛び方は片方がおかしい」
Turが降りる。
整備兵が走っていく。
右発動機の下。
油が滲んでいる。
「何した!」
操縦士が降りる。
「Ju 87」
整備兵がすぐ返す。
「なぜ!」
後席が言う。
「いたから」
老人が少し離れたところから声を飛ばした。
「お前ら最近そればっかりだな」
操縦士が振り向く。
「戦争ですから」
老人は呆れた顔をする。
「戦争になると、帰り道に喧嘩するのか」
「なるべくしません」
「なるべくじゃなくて、しない方がいい」
整備兵が老人を指した。
「今日は爺さんが正しい」
操縦士が聞き返す。
「今日は?」
老人がすぐ怒鳴る。
「いつもだ!」
その声を聞きながら。
整備が始まった。
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同じ日の夕方。
一機のBf109が帰還していた。
午前の戦闘で損傷している。
発動機の調子も悪い。
速度が出ない。
高度も少しずつ落ちている。
操縦士が何度も計器を見る。
基地まで戻りたい。
それだけ。
その時。
後方に何か見えた。
双発。
ポーランド機。
Bizon。
ドイツ操縦士は一瞬だけ身体を固くした。
通常なら。
勝てる。
Bizonより速い。
上昇も旋回も上。
戦闘機としては圧倒的に有利。
だが。
今。
発動機が悪い。
速度も出ない。
そのBizon側でも。
後席が言った。
「Bf109」
操縦士がすぐ反応する。
「逃げる」
後席が少しだけ止めた。
「待ってください」
「何」
「様子がおかしい」
見る。
Bf109。
速度が遅い。
薄い煙。
高度も低い。
後席が言う。
「損傷してます」
操縦士はしばらく黙った。
運用注意。
戦闘機なら逃げろ。
正しい。
だが。
今。
向こうが逃げている。
「一回だけ」
後席が少し驚く。
「戦闘機ですよ」
「分かってる」
「昨日、逃げろって」
「逃げられるならな」
後席が前を見る。
操縦士はBf109へ機首を向けた。
「今は向こうが逃げてる」
Bizonが距離を詰める。
Bf109操縦士も気づいた。
機体を振る。
速度を出そうとする。
出ない。
Bizonは後方斜めから一度だけ射撃した。
十一ミリ。
短い。
Bf109の発動機付近から煙が増える。
機体が高度を落とす。
Bizonは追わない。
後席が言う。
「落ちますか」
操縦士は見る。
Bf109はさらに低くなる。
「分からん」
「追えば確認できます」
「しない」
「ですよね」
Bizonは帰る。
その後。
地上のポーランド兵が、一機のBf109が低く飛び、遠くで降りていくのを見た。
墜落か。
不時着か。
それもはっきりしない。
後日。
撃墜として数える者。
数えない者。
両方出る。
WILKの運用記録には。
簡単に書かれた。
「Bf109一機へ射撃。損傷確認。追撃せず」
それだけ。
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夜。
ポーランド軍航空部では、戦果報告の整理が始まっていた。
だが。
数字が合わない。
一機。
落とした。
いや。
煙を出しただけ。
不時着した。
いや。
確認していない。
He 111。
損傷。
Ju 87。
損傷。
Bf109。
おそらく損傷。
担当士官が紙を並べながら頭を抱えた。
「撃墜数が合わん」
部下が答える。
「追撃してませんから」
「確認してくれれば」
「帰投優先命令です」
「知っている」
「では」
「分かってる」
戦果申告。
地上部隊からの目撃。
別部隊からの報告。
同じ敵機について。
二つ。
三つ。
記録が重なる。
逆もある。
落としたのに。
誰も確認していない。
記録に残らない。
戦争。
そういうものだった。
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WILK本社。
夜。
ポーランド軍将校が航空戦果の一覧を持ってきた。
元白軍将校が見る。
「増えたな」
「数字だけは」
「本当か」
「分からん」
元ドイツ軍技術者がすぐ口を挟む。
「分からない数字を持ってくるな」
ポーランド軍将校は即座に返した。
「戦場に言え」
ユダヤ人実業家が一覧を見る。
「損傷確認と撃墜確認を分けてある」
「そうした」
「それでいい」
元独立運動家は別の欄を見る。
「こちらの帰還数は」
元ドイツ軍技術者が別の紙を出した。
「ここ」
ポーランド軍将校が読む。
帰還。
損傷。
修理可能。
重損。
未帰還。
事故。
元白軍将校が聞く。
「昨日より」
元ドイツ軍技術者は答える。
「飛べる機体は減った」
五人の間に少し静かな時間ができた。
当然。
戦争三日目。
機体は減る。
人も減る。
燃料も。
弾薬も。
部品も。
どれだけ直しても。
無限ではない。
ポーランド軍将校が言った。
「敵も学んでる」
元白軍将校が聞く。
「護衛?」
「ああ。地上部隊の対空射撃も増えた。戦闘機も追い方を変えてる」
元ドイツ軍技術者が言う。
「なら明日は、今日より帰りにくい」
「そうなる」
ユダヤ人実業家が一覧から顔を上げた。
「では、撃てる敵を見つけても撃たない判断が増える」
ポーランド軍将校が頷く。
「そうする」
元白軍将校は窓の外を見る。
「それでも、帰り道に敵はいる」
誰も答えなかった。
それだけは。
避けられない。
任務を終えた後も。
偵察を終えた後も。
伝令を渡した後も。
補給を落とした後も。
そこから基地へ戻るまで。
空はまだ戦場だった。
だから。
帰り道でJu 87を見つけることもある。
He 111を見ることもある。
Do 17がいることもある。
損傷したBf109が、ゆっくり帰っていることもある。
撃てる。
だから一度撃つことはある。
ただし。
追わない。
確認しない。
欲張らない。
そして。
帰る。
その夜。
例の農場では、またTurとBizonの整備が続いていた。
老人がランタンを持って草地を歩いている。
整備兵が一機のBizonの翼を確認する。
操縦士が少し離れたところでそれを見ている。
老人が聞く。
「今日は何を撃った」
操縦士が答える。
「帰り道にHe 111」
老人は少し考えた。
「帰り道に喧嘩するなって言ったろ」
操縦士は苦笑した。
「向こうがいましたから」
「道に犬がいても全部蹴るのか」
「蹴りません」
「なら飛行機も全部撃つな」
整備兵が笑った。
「爺さん、今日も正しい」
操縦士が聞く。
「今日も?」
老人はランタンを少し上げた。
「毎日だ」
それから。
草地の先を見る。
「明日朝は南側から出せ。北側はまだ柔らかい」
操縦士が頷いた。
「分かりました」
老人はそのまま歩いていった。
操縦士はBizonを見る。
明日も。
飛ぶ。
そのために。
今日はもう。
何も追わない。