WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド軍某歩兵大隊 九月五日補給受領記録

航空輸送により以下を受領。

小銃弾薬。

医療品。

無線機用部品。

命令書。

食料。

うち食料について、WILK製パン生地入り樽を確認。

樽側面の指示文は、旧型とほぼ同一。

「蓋を開けろ」

「よく混ぜろ」

「布をかけて待て」

「膨らんだら焼け」

「生では食うな」

備考。

同方式の補給について、一九二〇年の戦闘経験者から既知との証言あり。




第182話 飛ぶ荷車

 

一九三九年九月五日。

 

朝。

 

ポーランド軍のある歩兵大隊は、道路から少し外れた林の縁に陣地を構えていた。

 

昨日まで使っていた補給路は、すでに安定して使える状態ではない。前方にはドイツ軍が入り込み、別の道路では車列が混雑している。後方から来るはずだった輸送車も、何時間遅れているのか分からなかった。

 

大隊長は地図を広げたまま、副官からの報告を聞いていた。

 

「小銃弾は今日一日は持つと思います」

 

「機関銃は」

 

「中隊ごとの差が大きいです。一個中隊はかなり少ない」

 

「医療品」

 

「包帯と消毒薬が不足しています」

 

「無線」

 

「予備機の一台が昨日から不調です」

 

大隊長は地図から顔を上げた。

 

「食料は」

 

副官が少しだけ嫌な顔をした。

 

「昼までには何か来る予定です」

 

「何か、というのは便利な言葉だな」

 

「何が来るか分からないので」

 

「来ればいい」

 

その時、外から航空機の音が聞こえた。

 

副官が反射的に空を見る。

 

大隊長も立ち上がった。

 

双発。

 

低い。

 

ポーランド標識。

 

兵士たちが林の外へ出てくる。

 

誰かが言った。

 

「Turだ」

 

別の兵士が返す。

 

「また荷物か」

 

Turは一度陣地の上を通り、周囲を確認するように旋回した。

 

着陸できる。

 

近くに比較的平坦な草地があった。

 

ただし飛行場ではない。

 

軍用設備など何もない。

 

草。

 

土。

 

畑。

 

少し先には農家。

 

それでもTurには十分だった。

 

機体は大きく回り込み、草地へ降りた。

 

兵士たちが走る。

 

Turが止まる前から、副官は荷下ろし要員を集めていた。

 

後席銃手が風防を開けて叫ぶ。

 

「弾薬から下ろせ!」

 

側面が開く。

 

箱。

 

袋。

 

医療品。

 

無線部品。

 

命令書。

 

そして。

 

樽。

 

兵士二人が樽を抱えた。

 

思ったより重い。

 

「酒か?」

 

一人が聞く。

 

もう一人が側面を見る。

 

文字。

 

読んだ。

 

「……パン?」

 

「樽に?」

 

「そう書いてある」

 

そこへ、年配の将校が歩いてきた。

 

昨日まで何度も前線を移動しながら部隊をまとめてきた男で、もう若くはない。第一次大戦も、その後の独立戦争も知っている。

 

樽を見る。

 

足が止まった。

 

側面の文字を読む。

 

「蓋を開けろ」

 

少し下。

 

「よく混ぜろ」

 

さらに。

 

「布をかけて待て」

 

その将校は、しばらく樽を見ていた。

 

若い兵士が不思議そうに聞く。

 

「どうしました?」

 

将校は樽から目を離さなかった。

 

「……まだやってたのか」

 

兵士が聞き返す。

 

「ご存じなんですか」

 

「ああ」

 

「いつです?」

 

将校はようやく若い兵士を見る。

 

「一九二〇年」

 

兵士が樽と将校を交互に見る。

 

「そんな昔から?」

 

「昔と言うな。俺が年寄りみたいだろ」

 

「十分……」

 

隣の兵士が肘で止めた。

 

将校は聞こえていたが、何も言わなかった。

 

代わりに樽の蓋を軽く叩く。

 

「ポーランド・ソビエト戦争の時だ。包囲された部隊へ飛行機が弾薬と一緒にこれを落とした」

 

若い兵士が少し笑う。

 

「パンを?」

 

「パン生地をだ。焼く前なら樽に入るし、現場で焼けばいい」

 

「美味かったんですか」

 

将校は即答した。

 

「腹が減っている時の焼きたてパンだぞ。王様の食事よりうまかった」

 

その場にいた何人かが笑った。

 

副官が近づいてくる。

 

「大隊長が荷物を急げと」

 

年配将校は頷いた。

 

「分かった。樽は炊事班へ回せ」

 

若い兵士が持ち上げる。

 

「生で食うなって書いてあります」

 

「書いてあるなら守れ」

 

「食べた人がいたんですかね」

 

将校は少し考えた。

 

「一九二〇年にも、同じことを聞いた奴がいた」

 

「で?」

 

「書いてあるということは、いたんだろう」

 

それで若い兵士は、急に樽を慎重に扱うようになった。

 

---

 

Turの荷下ろしは十数分で終わった。

 

弾薬箱が各中隊へ向かう。

 

医療品は救護所へ。

 

無線部品は通信兵がすぐに持っていく。

 

樽は炊事班。

 

そして、空いた機体には今度は別のものが積まれ始めた。

 

負傷者。

 

三人。

 

自力で歩ける者が二人。

 

担架が必要な者が一人。

 

さらに、後方へ送る報告書。

 

交換要員一人。

 

大隊長から上級司令部への伝言。

 

Turは荷物を運んできて、空では帰らない。

 

副官が担架を押さえながら言った。

 

「狭いぞ。慎重に」

 

搭乗員が位置を調整する。

 

負傷兵が苦笑した。

 

「これ、本当に飛ぶのか」

 

後席銃手が答えた。

 

「さっき降りてきただろ」

 

「荷車みたいに詰めるんだな」

 

近くの兵士が笑った。

 

「飛ぶ荷車だ」

 

誰かがそれを聞いた。

 

「それいいな」

 

別の兵士も口にした。

 

「飛ぶ荷車」

 

Turの操縦士が風防から顔を出した。

 

「聞こえてるぞ」

 

兵士が見上げる。

 

「悪口じゃないですよ!」

 

「褒め言葉にも聞こえん!」

 

「弾も飯も人も運ぶんだから荷車でしょう!」

 

操縦士は一瞬考えた。

 

「……まあ、間違ってはいない」

 

後席銃手が横から言う。

 

「認めるんですか」

 

「今は急いでる」

 

Turの発動機が回り始める。

 

兵士たちは少し下がった。

 

機体が草地を走る。

 

弾薬とパン生地を置いて。

 

負傷者と報告書を積んで。

 

また飛ぶ。

 

年配将校は、その姿を見送りながら帽子を押さえた。

 

一九二〇年。

 

あの時も。

 

飛行機が荷物を落とした。

 

弾薬。

 

包帯。

 

食料。

 

十九年経った。

 

機体は変わった。

 

発動機も違う。

 

無線もある。

 

武装も装甲も比べ物にならない。

 

それでも。

 

戦場で必要になるものは。

 

あまり。

 

変わっていなかった。

 

---

 

昼。

 

炊事班では、例の樽が開けられていた。

 

中には発酵前の生地。

 

保存性を考えて調整されている。

 

一九二〇年のものより品質は良い。

 

扱いやすく。

 

多少の輸送にも耐える。

 

それでも。

 

やることは同じだった。

 

混ぜる。

 

布をかける。

 

待つ。

 

膨らむ。

 

焼く。

 

若い兵士が、樽の横に立つ年配将校へ聞いた。

 

「昔のもこんな感じだったんですか」

 

「だいたい」

 

「味も?」

 

「覚えてない」

 

兵士が驚く。

 

「さっき王様の食事よりうまかったって」

 

将校は火の近くへしゃがんだ。

 

「味を覚えているんじゃない」

 

「じゃあ何を」

 

「腹が減っていたことをだ」

 

若い兵士は少し黙った。

 

焼け始めたパンの匂いがする。

 

少し離れたところでは、別の鍋も煮えている。

 

贅沢な食事ではない。

 

肉も少ない。

 

野菜もあり合わせ。

 

だが。

 

温かい。

 

その匂いは。

 

風に乗った。

 

---

 

数百メートル先。

 

ドイツ軍の小部隊。

 

昨日から補給が遅れている。

 

朝食は少量。

 

昼。

 

まだ十分な食事が来ていない。

 

兵士の一人が顔を上げた。

 

「まただ」

 

隣の男が聞く。

 

「何が」

 

「パン」

 

少し待つ。

 

確かに。

 

焼いた匂い。

 

風向き。

 

ポーランド側。

 

「向こう、また焼いてるぞ」

 

「気にするな」

 

「昨日もそう言われた」

 

「今日も言う」

 

「何で負けてる側の方が焼きたて食ってるんだ」

 

隣の男は少し考えた。

 

「知らん」

 

「こっちは道路が詰まってパンが来ない」

 

「知ってる」

 

「向こうは飛行機でパンが来る」

 

「生地らしいぞ」

 

「もっと腹立つな」

 

「何でだ」

 

「向こうで焼きたてになるからだ」

 

二人。

 

しばらく。

 

黙る。

 

遠くで。

 

航空機の音。

 

兵士が反射的に空を見る。

 

もう。

 

習慣。

 

なっている。

 

「また来た」

 

「味方か」

 

「分からん」

 

二人とも。

 

しばらく。

 

見た。

 

飛行機は。

 

別方向へ。

 

消えた。

 

兵士は銃を持ち直した。

 

「戦争終わったらパン屋行く」

 

隣の男が答える。

 

「まず生きて帰れ」

 

「そのつもりだ」

 

「なら空見てないで前見ろ」

 

兵士は前を向いた。

 

鼻にはまだ。

 

パンの匂いが残っていた。

 

---

 

午後。

 

別のポーランド軍部隊。

 

こちらは着陸できる場所がなかった。

 

周囲は湿地。

 

道路。

 

林。

 

さらに敵が近い。

 

Turは低空を通過した。

 

地上から合図。

 

機体。

 

一度。

 

旋回。

 

荷。

 

落とす。

 

弾薬。

 

医療品。

 

食料。

 

大きな物ではない。

 

地上兵が走る。

 

一つ。

 

転がる。

 

拾う。

 

箱。

 

別。

 

袋。

 

そして。

 

また。

 

樽。

 

兵士が叫ぶ。

 

「何だこれ!」

 

別の兵士が文字を読む。

 

「パン生地!」

 

「またか!」

 

「またって何だ!」

 

「知らん!」

 

樽が少し凹んでいる。

 

中身は。

 

無事。

 

兵士たちが二人がかりで運ぶ。

 

上空。

 

Tur。

 

そのまま。

 

一度。

 

前線側へ進む。

 

後席が地上を見る。

 

「受け取りました」

 

操縦士が頷く。

 

「帰る」

 

しばらく。

 

飛ぶ。

 

その途中。

 

道路。

 

ドイツ軍の小さな補給車列。

 

昨日。

 

別のTurが二撃目を欲張り。

 

不時着した。

 

その話は。

 

すでに搭乗員の間に伝わっている。

 

後席が聞く。

 

「道路」

 

操縦士も見る。

 

トラック。

 

数台。

 

機関銃。

 

見える。

 

「一回」

 

Tur。

 

低空へ。

 

入る。

 

前方四門。

 

射撃。

 

先頭のトラック付近。

 

土。

 

跳ねる。

 

車両。

 

止まる。

 

地上。

 

MG34。

 

上向く。

 

射撃。

 

操縦士は。

 

そのまま。

 

離脱。

 

後席が少し。

 

後ろを見る。

 

「もう一回ならいけそうです」

 

操縦士は。

 

即答。

 

「帰る」

 

「昨日の話ですか」

 

「ああ」

 

「正しいですね」

 

「昨日の奴に言ってやれ」

 

「生きてますから言えますね」

 

「そういうことだ」

 

Turは戻らなかった。

 

地上のドイツ兵は。

 

機関銃を向けたまま。

 

しばらく。

 

待った。

 

二撃目。

 

来ない。

 

下士官が怒鳴る。

 

「車を動かせ!」

 

兵士が。

 

空。

 

見る。

 

まだ。

 

戻ってくるかもしれない。

 

下士官。

 

もう一度。

 

叫ぶ。

 

「来たら撃つ! 今は動かせ!」

 

車列。

 

再び。

 

動き始める。

 

Turは。

 

もう。

 

遠かった。

 

---

 

夕方。

 

例の農場飛行場。

 

Turが一機。

 

降りた。

 

荷室。

 

空。

 

朝に送った機体とは別。

 

整備兵が寄る。

 

「何回入った」

 

操縦士が降りる。

 

「一回」

 

整備兵が聞き返す。

 

「何に」

 

「道路」

 

「二回目は」

 

「やめた」

 

整備兵が少し驚いた。

 

「学んだな」

 

操縦士は顔をしかめる。

 

「昨日、不時着した奴の話を聞いたからな」

 

そこへ農場主の老人が来た。

 

「何の話だ」

 

整備兵が答える。

 

「昨日、一機が二回目の攻撃で撃たれて降りた」

 

老人。

 

操縦士を見る。

 

「お前も二回行ったのか」

 

「行ってません」

 

「なら今日は賢い」

 

整備兵が笑う。

 

「爺さんの評価が上がったぞ」

 

操縦士は機体を降りながら聞いた。

 

「最初は何点だったんです」

 

老人は少し考えた。

 

「飛行機に乗る時点で三十点」

 

「低いな」

 

「地面から離れる奴を信用するな」

 

「ここ飛行場ですよ」

 

老人は草地を見る。

 

「農場だ」

 

「飛行機が十機くらい来てますけど」

 

「農場だ」

 

「爆撃もされましたけど」

 

「農場だ」

 

整備兵が言った。

 

「諦めろ。そこだけは譲らん」

 

操縦士も。

 

それ以上。

 

言わなかった。

 

少し離れた場所。

 

空になった樽。

 

一つ。

 

置かれている。

 

老人が気づく。

 

「またパンか」

 

整備兵が聞く。

 

「知ってるんですか」

 

「昔からある」

 

操縦士が振り返る。

 

「昔?」

 

老人。

 

樽を見る。

 

「お前らがまだ、まともに飛ぶ飛行機作れてなかった頃からだ」

 

整備兵が。

 

少し。

 

黙る。

 

「一九二〇年?」

 

「そうだ」

 

「何で知ってるんです」

 

老人は。

 

当たり前のように答えた。

 

「ここからも飛んだからだ」

 

操縦士。

 

草地を見る。

 

老人も見る。

 

十九年前。

 

今ほど整った機体ではない。

 

もっと頼りない飛行機が。

 

この辺りから。

 

弾薬。

 

食料。

 

命令。

 

運んだ。

 

当時。

 

誰も。

 

この農場が。

 

十九年後。

 

また。

 

戦争で使われるとは。

 

思っていなかった。

 

老人だけは。

 

少し。

 

嫌そうな顔をした。

 

「二回も戦争に飛行機出す農場になるとは思わんかった」

 

操縦士が言った。

 

「三回目はないといいですね」

 

老人はすぐ答えた。

 

「二回目もいらんかった」

 

それは。

 

本当に。

 

その通りだった。

 

---

 

夜。

 

WILK本社。

 

元独立運動家が、今日の補給記録を読んでいた。

 

途中で手が止まる。

 

「これ」

 

元白軍将校が聞く。

 

「何だ」

 

「パン生地」

 

元ドイツ軍技術者が顔を上げる。

 

「何が」

 

「前線へ送ってる」

 

ユダヤ人実業家も書類を見る。

 

「今さら驚くものか」

 

元独立運動家は違う箇所を指した。

 

「この樽の指示」

 

元白軍将校が紙を取る。

 

読む。

 

蓋を開けろ。

 

よく混ぜろ。

 

布をかけて待て。

 

膨らんだら焼け。

 

生では食うな。

 

元白軍将校が。

 

少し。

 

笑う。

 

「まだ残ってたか」

 

ポーランド軍将校が反応した。

 

「知ってるのか」

 

「一九二〇年にやった」

 

「そんな頃から?」

 

元白軍将校が見る。

 

「お前、その頃も軍にいたろ」

 

「WILKがパン生地まで空輸してたとは知らん」

 

元独立運動家が聞く。

 

「味は?」

 

元白軍将校は少し考えた。

 

「知らん」

 

「食べてないのか」

 

「前線へ持っていったものまで本社で食うか」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「品質試験はしたはずだ」

 

元ドイツ軍技術者が頷く。

 

「した」

 

四人が。

 

見る。

 

元ドイツ軍技術者は嫌そうな顔をした。

 

「何だ」

 

元独立運動家が聞く。

 

「お前、食べたのか」

 

「試験だからな」

 

「どうだった」

 

技術者は少し考えた。

 

「規格内だった」

 

元白軍将校が笑った。

 

「味を聞いてる」

 

「規格内だと言っている」

 

ユダヤ人実業家が顔を覆う。

 

「十九年前から変わらんな」

 

元ドイツ軍技術者は不満そうだった。

 

「食料も規格が必要だ。毎回味も膨らみ方も違ったら補給にならん」

 

ポーランド軍将校が紙を見る。

 

「今のものは?」

 

「保存性も扱いやすさも改善している」

 

元独立運動家が笑った。

 

「ちゃんと改良してたのか」

 

「当然だ」

 

その横。

 

別の報告。

 

今日。

 

Tur。

 

弾薬輸送。

 

負傷者搬送。

 

伝令。

 

食料投下。

 

偵察。

 

一度だけ地上攻撃。

 

同じ機体が。

 

一日の中で。

 

いくつもの仕事をしている。

 

元白軍将校が一覧を見た。

 

「前線で何て呼ばれてるか知ってるか」

 

ポーランド軍将校が少し嫌な予感をした。

 

「何だ」

 

「飛ぶ荷車」

 

元ドイツ軍技術者が顔をしかめる。

 

「誰が」

 

「兵士」

 

「Turには正式名称がある」

 

元白軍将校は笑う。

 

「お前、昨日は猫車の正式名称にも同じこと言ってたな」

 

「正式名称は重要だ」

 

元独立運動家が言った。

 

「でも飛ぶ荷車の方が分かりやすい」

 

「分かりやすさだけで名称を決めるな」

 

ユダヤ人実業家が資料を閉じた。

 

「前線が決めた名前は会社では止められん」

 

元ドイツ軍技術者は、しばらく何か言いたそうにしていた。

 

結局。

 

何も。

 

言わなかった。

 

---

 

その日の夜遅く。

 

朝にパン生地の樽を受け取った部隊では、最後のパンが焼き上がっていた。

 

年配将校が一つ受け取る。

 

まだ温かい。

 

若い兵士が隣から聞く。

 

「昔と同じですか」

 

将校は少しちぎって食べた。

 

ゆっくり噛む。

 

若い兵士が待つ。

 

「どうです」

 

将校はパンを見る。

 

十九年前。

 

別の戦場。

 

別の部隊。

 

もっと若かった自分。

 

空から落ちてきた樽。

 

腹を空かせた兵士たち。

 

火。

 

焼ける匂い。

 

あの時の味を。

 

本当に覚えているのか。

 

自分でも。

 

分からない。

 

将校はもう一口食べた。

 

「昔よりうまい気がする」

 

若い兵士が笑う。

 

「改良されたんでしょう」

 

「かもしれん」

 

「じゃあWILKも進歩してますね」

 

将校は少しだけ笑った。

 

「飛行機はかなり進歩した」

 

「パンは?」

 

将校は手の中のパンを見る。

 

「腹が減っている時に焼きたてなら、それで十分だ」

 

若い兵士も。

 

自分の分を食べる。

 

遠く。

 

発動機の音。

 

Turか。

 

Bizonか。

 

暗くて見えない。

 

将校が音だけを聞く。

 

十九年前も。

 

似たような音を。

 

聞いた。

 

機体は違う。

 

時代も違う。

 

今度の敵も違う。

 

それでも。

 

空から来るものは。

 

弾薬だけではなかった。

 

若い兵士がパンを食べながら言った。

 

「明日も来ますかね。飛ぶ荷車」

 

将校は空を見た。

 

「飛べるうちは来るだろう」

 

「その後は」

 

将校は答えなかった。

 

今。

 

考える必要はなかった。

 

明日の朝。

 

弾薬がある。

 

医療品もある。

 

無線も直る。

 

兵士はパンを食べた。

 

それで。

 

もう一日。

 

戦える。

 

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