航空輸送により以下を受領。
小銃弾薬。
医療品。
無線機用部品。
命令書。
食料。
うち食料について、WILK製パン生地入り樽を確認。
樽側面の指示文は、旧型とほぼ同一。
「蓋を開けろ」
「よく混ぜろ」
「布をかけて待て」
「膨らんだら焼け」
「生では食うな」
備考。
同方式の補給について、一九二〇年の戦闘経験者から既知との証言あり。
一九三九年九月五日。
朝。
ポーランド軍のある歩兵大隊は、道路から少し外れた林の縁に陣地を構えていた。
昨日まで使っていた補給路は、すでに安定して使える状態ではない。前方にはドイツ軍が入り込み、別の道路では車列が混雑している。後方から来るはずだった輸送車も、何時間遅れているのか分からなかった。
大隊長は地図を広げたまま、副官からの報告を聞いていた。
「小銃弾は今日一日は持つと思います」
「機関銃は」
「中隊ごとの差が大きいです。一個中隊はかなり少ない」
「医療品」
「包帯と消毒薬が不足しています」
「無線」
「予備機の一台が昨日から不調です」
大隊長は地図から顔を上げた。
「食料は」
副官が少しだけ嫌な顔をした。
「昼までには何か来る予定です」
「何か、というのは便利な言葉だな」
「何が来るか分からないので」
「来ればいい」
その時、外から航空機の音が聞こえた。
副官が反射的に空を見る。
大隊長も立ち上がった。
双発。
低い。
ポーランド標識。
兵士たちが林の外へ出てくる。
誰かが言った。
「Turだ」
別の兵士が返す。
「また荷物か」
Turは一度陣地の上を通り、周囲を確認するように旋回した。
着陸できる。
近くに比較的平坦な草地があった。
ただし飛行場ではない。
軍用設備など何もない。
草。
土。
畑。
少し先には農家。
それでもTurには十分だった。
機体は大きく回り込み、草地へ降りた。
兵士たちが走る。
Turが止まる前から、副官は荷下ろし要員を集めていた。
後席銃手が風防を開けて叫ぶ。
「弾薬から下ろせ!」
側面が開く。
箱。
袋。
医療品。
無線部品。
命令書。
そして。
樽。
兵士二人が樽を抱えた。
思ったより重い。
「酒か?」
一人が聞く。
もう一人が側面を見る。
文字。
読んだ。
「……パン?」
「樽に?」
「そう書いてある」
そこへ、年配の将校が歩いてきた。
昨日まで何度も前線を移動しながら部隊をまとめてきた男で、もう若くはない。第一次大戦も、その後の独立戦争も知っている。
樽を見る。
足が止まった。
側面の文字を読む。
「蓋を開けろ」
少し下。
「よく混ぜろ」
さらに。
「布をかけて待て」
その将校は、しばらく樽を見ていた。
若い兵士が不思議そうに聞く。
「どうしました?」
将校は樽から目を離さなかった。
「……まだやってたのか」
兵士が聞き返す。
「ご存じなんですか」
「ああ」
「いつです?」
将校はようやく若い兵士を見る。
「一九二〇年」
兵士が樽と将校を交互に見る。
「そんな昔から?」
「昔と言うな。俺が年寄りみたいだろ」
「十分……」
隣の兵士が肘で止めた。
将校は聞こえていたが、何も言わなかった。
代わりに樽の蓋を軽く叩く。
「ポーランド・ソビエト戦争の時だ。包囲された部隊へ飛行機が弾薬と一緒にこれを落とした」
若い兵士が少し笑う。
「パンを?」
「パン生地をだ。焼く前なら樽に入るし、現場で焼けばいい」
「美味かったんですか」
将校は即答した。
「腹が減っている時の焼きたてパンだぞ。王様の食事よりうまかった」
その場にいた何人かが笑った。
副官が近づいてくる。
「大隊長が荷物を急げと」
年配将校は頷いた。
「分かった。樽は炊事班へ回せ」
若い兵士が持ち上げる。
「生で食うなって書いてあります」
「書いてあるなら守れ」
「食べた人がいたんですかね」
将校は少し考えた。
「一九二〇年にも、同じことを聞いた奴がいた」
「で?」
「書いてあるということは、いたんだろう」
それで若い兵士は、急に樽を慎重に扱うようになった。
---
Turの荷下ろしは十数分で終わった。
弾薬箱が各中隊へ向かう。
医療品は救護所へ。
無線部品は通信兵がすぐに持っていく。
樽は炊事班。
そして、空いた機体には今度は別のものが積まれ始めた。
負傷者。
三人。
自力で歩ける者が二人。
担架が必要な者が一人。
さらに、後方へ送る報告書。
交換要員一人。
大隊長から上級司令部への伝言。
Turは荷物を運んできて、空では帰らない。
副官が担架を押さえながら言った。
「狭いぞ。慎重に」
搭乗員が位置を調整する。
負傷兵が苦笑した。
「これ、本当に飛ぶのか」
後席銃手が答えた。
「さっき降りてきただろ」
「荷車みたいに詰めるんだな」
近くの兵士が笑った。
「飛ぶ荷車だ」
誰かがそれを聞いた。
「それいいな」
別の兵士も口にした。
「飛ぶ荷車」
Turの操縦士が風防から顔を出した。
「聞こえてるぞ」
兵士が見上げる。
「悪口じゃないですよ!」
「褒め言葉にも聞こえん!」
「弾も飯も人も運ぶんだから荷車でしょう!」
操縦士は一瞬考えた。
「……まあ、間違ってはいない」
後席銃手が横から言う。
「認めるんですか」
「今は急いでる」
Turの発動機が回り始める。
兵士たちは少し下がった。
機体が草地を走る。
弾薬とパン生地を置いて。
負傷者と報告書を積んで。
また飛ぶ。
年配将校は、その姿を見送りながら帽子を押さえた。
一九二〇年。
あの時も。
飛行機が荷物を落とした。
弾薬。
包帯。
食料。
十九年経った。
機体は変わった。
発動機も違う。
無線もある。
武装も装甲も比べ物にならない。
それでも。
戦場で必要になるものは。
あまり。
変わっていなかった。
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昼。
炊事班では、例の樽が開けられていた。
中には発酵前の生地。
保存性を考えて調整されている。
一九二〇年のものより品質は良い。
扱いやすく。
多少の輸送にも耐える。
それでも。
やることは同じだった。
混ぜる。
布をかける。
待つ。
膨らむ。
焼く。
若い兵士が、樽の横に立つ年配将校へ聞いた。
「昔のもこんな感じだったんですか」
「だいたい」
「味も?」
「覚えてない」
兵士が驚く。
「さっき王様の食事よりうまかったって」
将校は火の近くへしゃがんだ。
「味を覚えているんじゃない」
「じゃあ何を」
「腹が減っていたことをだ」
若い兵士は少し黙った。
焼け始めたパンの匂いがする。
少し離れたところでは、別の鍋も煮えている。
贅沢な食事ではない。
肉も少ない。
野菜もあり合わせ。
だが。
温かい。
その匂いは。
風に乗った。
---
数百メートル先。
ドイツ軍の小部隊。
昨日から補給が遅れている。
朝食は少量。
昼。
まだ十分な食事が来ていない。
兵士の一人が顔を上げた。
「まただ」
隣の男が聞く。
「何が」
「パン」
少し待つ。
確かに。
焼いた匂い。
風向き。
ポーランド側。
「向こう、また焼いてるぞ」
「気にするな」
「昨日もそう言われた」
「今日も言う」
「何で負けてる側の方が焼きたて食ってるんだ」
隣の男は少し考えた。
「知らん」
「こっちは道路が詰まってパンが来ない」
「知ってる」
「向こうは飛行機でパンが来る」
「生地らしいぞ」
「もっと腹立つな」
「何でだ」
「向こうで焼きたてになるからだ」
二人。
しばらく。
黙る。
遠くで。
航空機の音。
兵士が反射的に空を見る。
もう。
習慣。
なっている。
「また来た」
「味方か」
「分からん」
二人とも。
しばらく。
見た。
飛行機は。
別方向へ。
消えた。
兵士は銃を持ち直した。
「戦争終わったらパン屋行く」
隣の男が答える。
「まず生きて帰れ」
「そのつもりだ」
「なら空見てないで前見ろ」
兵士は前を向いた。
鼻にはまだ。
パンの匂いが残っていた。
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午後。
別のポーランド軍部隊。
こちらは着陸できる場所がなかった。
周囲は湿地。
道路。
林。
さらに敵が近い。
Turは低空を通過した。
地上から合図。
機体。
一度。
旋回。
荷。
落とす。
弾薬。
医療品。
食料。
大きな物ではない。
地上兵が走る。
一つ。
転がる。
拾う。
箱。
別。
袋。
そして。
また。
樽。
兵士が叫ぶ。
「何だこれ!」
別の兵士が文字を読む。
「パン生地!」
「またか!」
「またって何だ!」
「知らん!」
樽が少し凹んでいる。
中身は。
無事。
兵士たちが二人がかりで運ぶ。
上空。
Tur。
そのまま。
一度。
前線側へ進む。
後席が地上を見る。
「受け取りました」
操縦士が頷く。
「帰る」
しばらく。
飛ぶ。
その途中。
道路。
ドイツ軍の小さな補給車列。
昨日。
別のTurが二撃目を欲張り。
不時着した。
その話は。
すでに搭乗員の間に伝わっている。
後席が聞く。
「道路」
操縦士も見る。
トラック。
数台。
機関銃。
見える。
「一回」
Tur。
低空へ。
入る。
前方四門。
射撃。
先頭のトラック付近。
土。
跳ねる。
車両。
止まる。
地上。
MG34。
上向く。
射撃。
操縦士は。
そのまま。
離脱。
後席が少し。
後ろを見る。
「もう一回ならいけそうです」
操縦士は。
即答。
「帰る」
「昨日の話ですか」
「ああ」
「正しいですね」
「昨日の奴に言ってやれ」
「生きてますから言えますね」
「そういうことだ」
Turは戻らなかった。
地上のドイツ兵は。
機関銃を向けたまま。
しばらく。
待った。
二撃目。
来ない。
下士官が怒鳴る。
「車を動かせ!」
兵士が。
空。
見る。
まだ。
戻ってくるかもしれない。
下士官。
もう一度。
叫ぶ。
「来たら撃つ! 今は動かせ!」
車列。
再び。
動き始める。
Turは。
もう。
遠かった。
---
夕方。
例の農場飛行場。
Turが一機。
降りた。
荷室。
空。
朝に送った機体とは別。
整備兵が寄る。
「何回入った」
操縦士が降りる。
「一回」
整備兵が聞き返す。
「何に」
「道路」
「二回目は」
「やめた」
整備兵が少し驚いた。
「学んだな」
操縦士は顔をしかめる。
「昨日、不時着した奴の話を聞いたからな」
そこへ農場主の老人が来た。
「何の話だ」
整備兵が答える。
「昨日、一機が二回目の攻撃で撃たれて降りた」
老人。
操縦士を見る。
「お前も二回行ったのか」
「行ってません」
「なら今日は賢い」
整備兵が笑う。
「爺さんの評価が上がったぞ」
操縦士は機体を降りながら聞いた。
「最初は何点だったんです」
老人は少し考えた。
「飛行機に乗る時点で三十点」
「低いな」
「地面から離れる奴を信用するな」
「ここ飛行場ですよ」
老人は草地を見る。
「農場だ」
「飛行機が十機くらい来てますけど」
「農場だ」
「爆撃もされましたけど」
「農場だ」
整備兵が言った。
「諦めろ。そこだけは譲らん」
操縦士も。
それ以上。
言わなかった。
少し離れた場所。
空になった樽。
一つ。
置かれている。
老人が気づく。
「またパンか」
整備兵が聞く。
「知ってるんですか」
「昔からある」
操縦士が振り返る。
「昔?」
老人。
樽を見る。
「お前らがまだ、まともに飛ぶ飛行機作れてなかった頃からだ」
整備兵が。
少し。
黙る。
「一九二〇年?」
「そうだ」
「何で知ってるんです」
老人は。
当たり前のように答えた。
「ここからも飛んだからだ」
操縦士。
草地を見る。
老人も見る。
十九年前。
今ほど整った機体ではない。
もっと頼りない飛行機が。
この辺りから。
弾薬。
食料。
命令。
運んだ。
当時。
誰も。
この農場が。
十九年後。
また。
戦争で使われるとは。
思っていなかった。
老人だけは。
少し。
嫌そうな顔をした。
「二回も戦争に飛行機出す農場になるとは思わんかった」
操縦士が言った。
「三回目はないといいですね」
老人はすぐ答えた。
「二回目もいらんかった」
それは。
本当に。
その通りだった。
---
夜。
WILK本社。
元独立運動家が、今日の補給記録を読んでいた。
途中で手が止まる。
「これ」
元白軍将校が聞く。
「何だ」
「パン生地」
元ドイツ軍技術者が顔を上げる。
「何が」
「前線へ送ってる」
ユダヤ人実業家も書類を見る。
「今さら驚くものか」
元独立運動家は違う箇所を指した。
「この樽の指示」
元白軍将校が紙を取る。
読む。
蓋を開けろ。
よく混ぜろ。
布をかけて待て。
膨らんだら焼け。
生では食うな。
元白軍将校が。
少し。
笑う。
「まだ残ってたか」
ポーランド軍将校が反応した。
「知ってるのか」
「一九二〇年にやった」
「そんな頃から?」
元白軍将校が見る。
「お前、その頃も軍にいたろ」
「WILKがパン生地まで空輸してたとは知らん」
元独立運動家が聞く。
「味は?」
元白軍将校は少し考えた。
「知らん」
「食べてないのか」
「前線へ持っていったものまで本社で食うか」
ユダヤ人実業家が言った。
「品質試験はしたはずだ」
元ドイツ軍技術者が頷く。
「した」
四人が。
見る。
元ドイツ軍技術者は嫌そうな顔をした。
「何だ」
元独立運動家が聞く。
「お前、食べたのか」
「試験だからな」
「どうだった」
技術者は少し考えた。
「規格内だった」
元白軍将校が笑った。
「味を聞いてる」
「規格内だと言っている」
ユダヤ人実業家が顔を覆う。
「十九年前から変わらんな」
元ドイツ軍技術者は不満そうだった。
「食料も規格が必要だ。毎回味も膨らみ方も違ったら補給にならん」
ポーランド軍将校が紙を見る。
「今のものは?」
「保存性も扱いやすさも改善している」
元独立運動家が笑った。
「ちゃんと改良してたのか」
「当然だ」
その横。
別の報告。
今日。
Tur。
弾薬輸送。
負傷者搬送。
伝令。
食料投下。
偵察。
一度だけ地上攻撃。
同じ機体が。
一日の中で。
いくつもの仕事をしている。
元白軍将校が一覧を見た。
「前線で何て呼ばれてるか知ってるか」
ポーランド軍将校が少し嫌な予感をした。
「何だ」
「飛ぶ荷車」
元ドイツ軍技術者が顔をしかめる。
「誰が」
「兵士」
「Turには正式名称がある」
元白軍将校は笑う。
「お前、昨日は猫車の正式名称にも同じこと言ってたな」
「正式名称は重要だ」
元独立運動家が言った。
「でも飛ぶ荷車の方が分かりやすい」
「分かりやすさだけで名称を決めるな」
ユダヤ人実業家が資料を閉じた。
「前線が決めた名前は会社では止められん」
元ドイツ軍技術者は、しばらく何か言いたそうにしていた。
結局。
何も。
言わなかった。
---
その日の夜遅く。
朝にパン生地の樽を受け取った部隊では、最後のパンが焼き上がっていた。
年配将校が一つ受け取る。
まだ温かい。
若い兵士が隣から聞く。
「昔と同じですか」
将校は少しちぎって食べた。
ゆっくり噛む。
若い兵士が待つ。
「どうです」
将校はパンを見る。
十九年前。
別の戦場。
別の部隊。
もっと若かった自分。
空から落ちてきた樽。
腹を空かせた兵士たち。
火。
焼ける匂い。
あの時の味を。
本当に覚えているのか。
自分でも。
分からない。
将校はもう一口食べた。
「昔よりうまい気がする」
若い兵士が笑う。
「改良されたんでしょう」
「かもしれん」
「じゃあWILKも進歩してますね」
将校は少しだけ笑った。
「飛行機はかなり進歩した」
「パンは?」
将校は手の中のパンを見る。
「腹が減っている時に焼きたてなら、それで十分だ」
若い兵士も。
自分の分を食べる。
遠く。
発動機の音。
Turか。
Bizonか。
暗くて見えない。
将校が音だけを聞く。
十九年前も。
似たような音を。
聞いた。
機体は違う。
時代も違う。
今度の敵も違う。
それでも。
空から来るものは。
弾薬だけではなかった。
若い兵士がパンを食べながら言った。
「明日も来ますかね。飛ぶ荷車」
将校は空を見た。
「飛べるうちは来るだろう」
「その後は」
将校は答えなかった。
今。
考える必要はなかった。
明日の朝。
弾薬がある。
医療品もある。
無線も直る。
兵士はパンを食べた。
それで。
もう一日。
戦える。