当地区において局地反撃を実施。
敵先遣部隊を村落西方まで後退させ、道路分岐点および村落中心部を確保。
捕虜、車両、機関銃その他装備を鹵獲。
友軍航空機による敵後方通信車両への攻撃を確認。
敵増援の到着は、当初予測より遅延したものと判断する。
当地区における反撃は成功。
ただし、隣接地区の戦況については引き続き確認を要す。
一九三九年九月六日。
夜明け前。
ポーランド軍のある大隊本部では、一枚の地図を囲んで四人の将校が黙り込んでいた。
地図の中央には小さな村がある。
大きな町ではない。
石造りの教会と役場、商店が数軒あり、その周囲に農家が広がっている程度の村だった。
しかし、その村を通る道路は東西と南北に分かれていた。
ドイツ軍がそこを押さえれば、後続部隊を二方向へ流せる。
ポーランド側が取り戻せば、少なくとも一時的にはその流れを止められる。
大隊長が鉛筆で道路をなぞった。
「昨日の夕方から、敵の前衛はここにいる」
副官が頷く。
「歩兵一個中隊以上。車両も確認しています」
「砲兵は」
「少ないようです。少なくとも村の近くには出ていません」
別の将校が言った。
「後ろにいるんでしょう」
「いるだろうな」
大隊長は地図から目を離さない。
問題は、いるかどうかではなかった。
いつ来るか。
昨日から入っている情報では、ドイツ軍の後方道路は何度か航空攻撃を受けている。
補給車列。
通信車。
牽引車。
壊滅しているわけではない。
それでも、少しずつ遅れている。
さらに昨夜、前方へ出ていたドイツ軍部隊と後方との通信が一時不安定になったとの報告も入っていた。
大隊長は時計を見た。
「今ならやれる」
若い少尉が聞いた。
「反撃ですか」
「ああ」
「砲兵支援は」
「十五分もない」
少尉の顔が少し曇った。
「短いですね」
「長く撃てば弾がなくなる。それに、長く撃っている間に向こうも気づく」
「航空支援は」
「来るかもしれん」
「かもしれん?」
大隊長はようやく少尉を見た。
「空軍に天気と戦闘機の都合がある。俺たちだけの戦争じゃない」
少尉は口を閉じた。
大隊長はもう一度地図を見る。
「砲撃が始まったら、第一中隊が正面。第二中隊は南側の畑沿い。第三中隊は予備だ。村を取ったら追うな。道路分岐点までで止まれ」
若い少尉が聞く。
「敵が崩れていても?」
「止まれ」
「でも、押せるなら」
大隊長は静かに答えた。
「敵が昨日やったことを、今日こっちがやる必要はない」
少尉は意味を理解した。
前へ出すぎた部隊。
補給が追いつかない。
隣との連絡が切れる。
そこを叩かれる。
昨日から何度も見ている。
大隊長は地図を畳んだ。
「勝ちたいなら、勝った後に馬鹿をするな」
それで作戦会議は終わった。
---
朝。
村の西側。
ドイツ軍歩兵は夜明けとともに陣地を整えていた。
前日のうちに村へ入り、道路分岐点を押さえている。
前進そのものは順調だった。
ただ、後方から来るはずだった一部の車両がまだ届いていない。
中隊長は村役場の一室で無線兵と話していた。
「連隊本部は」
「つながります。ただ、昨日から雑音が多いです」
「補給車列は」
「一時間前の連絡では、まだ西です」
中隊長は窓の外を見る。
歩兵が道路脇に土を盛り、機関銃位置を作っている。
「砲兵は」
「一部は来ています」
「一部では困る」
無線兵が困った顔をする。
「私に言われましても」
中隊長は小さく息を吐いた。
「お前に怒ってるわけじゃない」
そこへ別の兵士が入ってきた。
「南側で動きがあります」
中隊長が振り向く。
「敵か」
「確認中です」
その直後。
遠くで砲声がした。
一発。
少し間を置いて、もう一発。
中隊長は窓から離れた。
「伏せろ!」
砲弾が村の西端へ落ちた。
爆発。
土と瓦が飛ぶ。
続いて数発。
砲撃は激しくない。
だが、狙う場所が絞られている。
道路。
機関銃位置。
村の入口。
ドイツ兵が身を伏せる。
中隊長はすぐ理解した。
「攻撃が来る!」
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ポーランド側。
砲撃が始まると同時に、歩兵が動いた。
走らない。
まず前へ出る。
畑の畝。
生垣。
低い土手。
使えるものを使いながら距離を詰める。
朝露で制服が濡れる。
若い兵士が泥へ膝をついた。
隣の伍長が言う。
「顔上げるな」
「見えません」
「見えないなら撃たれにくい」
前方でMG34が撃ち始めた。
弾が畑の上を走る。
兵士たちが伏せる。
砲撃が一度止まった。
伍長が顔を上げる。
「もう終わりか」
「短いですね」
「弾がないんだろ、こっちも」
その時。
上空から発動機音が聞こえた。
何人かが反射的に空を見る。
伍長が怒鳴る。
「前見ろ!」
だが。
音は急速に近づいている。
双発。
低空。
Bizon。
ポーランド歩兵の頭上を越え、そのまま村へ向かった。
兵士が少し顔を上げる。
「どこ撃つんです」
伍長も見た。
Bizonは村の正面にいる歩兵を狙わなかった。
さらに後ろ。
道路。
一台の車両。
屋根に無線用と思われる設備。
その周囲に兵士が集まっている。
Bizonが一度だけ機首を合わせた。
前方四門が火を噴く。
道路周辺の土が跳ね、車両の側面が裂けた。
兵士が散る。
Bizonはそのまま抜ける。
地上から機関銃が撃つ。
しかし機体は戻らない。
一撃だけだった。
伍長が呟く。
「通信か」
若い兵士が聞いた。
「何です?」
「知らん。前行け」
その頃。
村役場では。
無線兵が機器へしがみついていた。
外で爆発音。
通信車が被弾したという声。
中隊長が聞く。
「連隊本部は!」
無線兵が操作する。
雑音。
声。
途切れる。
「待ってください」
「待てん!」
「つながりません!」
中隊長は窓の外を見る。
ポーランド歩兵が近い。
「伝令を出せ!」
---
南側。
第二中隊が畑の間から村へ近づいていた。
こちらへのドイツ軍の火力は正面より薄い。
それでも抵抗はある。
一軒の農家から機関銃が撃っている。
中隊長が身を伏せた。
「右へ回れ!」
数人が生垣沿いに移動する。
その時。
後ろから猫車を押してきた兵士が到着した。
弾薬箱。
手榴弾。
水。
包帯。
そして小さな無線機。
昨日も見たW印。
兵士が息を切らして言う。
「補給!」
中隊長が一瞬だけ猫車を見る。
「早いな」
「後ろから押してきました」
「見れば分かる」
弾薬箱が開けられる。
機関銃班へ回す。
負傷兵には包帯。
通信兵は無線機を確認する。
猫車を押してきた兵士が言った。
「これ、このまま置いときます?」
「置くな。使う」
「何に」
「弾を運ぶんだよ!」
「今も運んできました!」
「じゃあもう一回運べ!」
兵士は顔をしかめたが、すぐ向きを変えた。
昨日。
航空機から外した装備を運んだ猫車。
今日は。
普通に弾薬を運んでいる。
それでよかった。
---
午前八時過ぎ。
村の西側では、ドイツ軍の防御が崩れ始めていた。
壊滅したわけではない。
指揮官もいる。
兵士も戦っている。
ただ、正面と南から同時に圧力を受け、通信も不安定になり、後方から来るはずの増援がまだ見えない。
中隊長は村役場から後退した。
副官が聞く。
「道路分岐点を捨てますか」
「一度西へ下がる」
「連隊本部から命令は」
「命令を待って包まれたいか」
副官は答えなかった。
中隊長は続ける。
「撤退ではない。位置を変える。西側で再編する」
「了解」
命令が伝わる。
機関銃班が交互に射撃しながら下がる。
歩兵も一斉には逃げない。
一部が撃つ。
一部が移動する。
それを繰り返す。
ドイツ軍の動きは秩序を失っていなかった。
だからこそ。
ポーランド側も簡単には追いつけない。
若い少尉が道路まで出た。
西へ下がる敵兵が見える。
「追えます!」
近くにいた大隊長が叫ぶ。
「止まれ!」
「まだ敵が下がってます!」
「だから止まれ!」
少尉が振り返る。
大隊長は道路分岐点を指した。
「目的はここだ!」
「もう少し行けば」
「向こうの砲兵が来る!」
その言葉とほとんど同時に、遠くで砲声が響いた。
一発。
少し後ろへ落ちる。
二発目。
今度は道路近く。
若い少尉の顔色が変わった。
大隊長が言う。
「ほら来た」
少尉はすぐ兵士へ向き直った。
「遮蔽を取れ! 村の外へ出るな!」
昨日。
ドイツ軍の一部がやったことを。
今日はやらなかった。
それだけでも。
結果は違った。
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村の中。
ポーランド兵が一軒ずつ確認していた。
負傷したドイツ兵。
取り残された通信兵。
動かなくなったオートバイ。
機関銃。
弾薬箱。
トラック一台。
燃料が残っているか。
動くか。
整備経験のある兵士が調べる。
若い兵士がMG34を見つけた。
「これ持っていけます?」
伍長が見る。
「弾は」
「あります」
「なら持っていけ」
「使えます?」
「撃てれば使える」
少し離れた場所。
捕虜になったドイツ兵たちが座らされている。
水が配られる。
一人がパンを受け取った。
それをじっと見る。
昨日。
ドイツ側では。
風に乗ってくるパンの匂いを嗅いでいた。
今日は。
そのパンが。
手元にある。
若いポーランド兵が言った。
「食え」
捕虜はパンを見る。
「これは?」
通訳が答える。
「パンだ」
「見れば分かる」
「なら食え」
捕虜は少しだけ笑った。
「昨日、匂いだけした」
通訳が意味を理解するまで少し時間がかかった。
「昨日?」
「向こうから焼いてただろ」
通訳も。
少し。
笑った。
「今日は近くで食えるな」
捕虜はパンを一口食べた。
温かくはない。
朝焼いた残り。
それでも。
食べる。
近くを年配将校が通った。
一九二〇年にも。
WILKのパン生地を食べた男。
捕虜が持っているパンを見る。
若い兵士が声をかける。
「王様の食事です」
将校はすぐに分かった。
「腹が減ってるならな」
捕虜は何の話か分からない。
そのままパンを食べ続けた。
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昼前。
道路分岐点にはポーランド兵がいた。
数時間前までドイツ軍が使っていた位置へ機関銃が置かれ、周囲では土を掘っている。
猫車が何台も行き来する。
弾薬。
土。
工具。
水。
負傷者。
鹵獲品。
あまりにも普通に使われているので、もう誰もW印を気にしていなかった。
若い少尉は村の端に立ち、西を見ていた。
大隊長が隣へ来る。
「何見てる」
「敵です」
「見えるか」
「いません」
「なら中へ戻れ」
少尉は動かなかった。
「勝ちましたね」
大隊長が少尉を見る。
「ああ」
「今日は」
「ああ」
少尉は少し笑った。
「なら、いいじゃないですか」
大隊長は村の屋根を見た。
壊れた家。
撃ち抜かれた壁。
道路に残った車両。
捕虜。
負傷者。
それから。
西へ伸びる道。
「ここではな」
少尉が笑うのをやめた。
「またそれですか」
「何が」
「勝っても、すぐ但し書きが付く」
大隊長は少し考えた。
「じゃあ今日は付けん」
少尉が顔を上げる。
「本当に?」
「ああ」
大隊長は村の中央を指した。
「今日は勝った。兵にそう言っていい」
少尉は黙った。
大隊長は続ける。
「明日の話は、明日する」
少尉がようやく頷いた。
「それなら、いいです」
「ただし追撃はするな」
「そこは付くんですね」
「それは命令だ」
少尉は笑った。
今度は。
大隊長も少し笑った。
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午後。
ドイツ軍側。
西へ下がった中隊は、村から数キロ離れた地点で再編していた。
損害確認。
負傷者。
弾薬。
通信。
部隊の所在。
中隊長はようやく連隊本部との連絡を取り戻した。
受話器の向こうから状況を聞かれる。
「村を失いました」
返答。
「はい」
さらに聞かれる。
中隊長は地図を見る。
「敵は追撃していません」
受話器の向こう。
別の質問。
「こちらの増援は今到着しました」
少し間が空く。
中隊長は疲れた顔で続けた。
「あと数時間早ければ、結果は違ったかもしれません」
言い切った後。
自分でも意味がないと思った。
数時間早ければ。
通信車が無事なら。
補給車列が遅れなければ。
航空攻撃がなければ。
砲兵が早く来れば。
南側の警戒がもっと厚ければ。
どれか一つ。
違っていたら。
だが。
戦場で。
全部の条件が揃う日は少ない。
参謀から確認が入る。
「明日再攻撃できますか」
中隊長は外を見る。
到着した増援。
砲兵。
補給車。
今度は揃っている。
「できます」
「村を取り戻せ」
「了解」
受話器を置く。
副官が聞いた。
「明日ですか」
「ああ」
「また行くんですね」
中隊長は村のある方向を見る。
「向こうが取ったなら、こっちも取り返す」
副官は黙った。
今日。
ポーランド軍は勝った。
だから。
ドイツ軍には。
明日。
もう一度。
そこへ行く仕事が増えた。
---
午後遅く。
WILK本社にも勝利報告が届いた。
元独立運動家が最初に読んだ。
「村を取り返した」
元白軍将校が顔を上げる。
「どこだ」
地名を聞く。
ポーランド軍将校が地図を確認する。
「昨日、敵が入ったところだ」
ユダヤ人実業家が聞いた。
「道路は」
「こちらが押さえた」
元ドイツ軍技術者が別の欄を見る。
「航空支援」
「Bizon一機が敵通信車両を攻撃。その後帰還」
「損傷は」
「軽微」
元白軍将校が椅子から立った。
地図へ近づく。
今日届いた別の報告もある。
ある場所では敵を押し返した。
別の場所では道路を守った。
さらに別の部隊は、昨日より長く陣地を保持している。
もちろん悪い報告も来ている。
後退。
損失。
通信途絶。
燃料不足。
それでも。
今日は。
勝ったという言葉を。
使える場所がある。
元白軍将校が地図上の村を指した。
「ここは勝ったんだな」
ポーランド軍将校が答える。
「ああ」
「間違いなく?」
「局地戦としては」
元白軍将校が振り返る。
「また但し書きか」
ポーランド軍将校は苦笑した。
「職業病だ」
元独立運動家が報告書を机へ置いた。
「前線の兵には、ただ勝ったと言ってやればいい」
「そうしてるだろう」
「本社でも一回くらい言え」
ポーランド軍将校は地図を見る。
しばらく黙った。
それから。
「ああ。今日は勝った」
元白軍将校が少し笑う。
「そういう日もある」
元ドイツ軍技術者が聞いた。
「明日は」
元白軍将校はすぐに答えなかった。
誰も答えなかった。
今日の報告を。
今日のうちに。
見ていた。
それでよかった。
---
夕方。
村では、兵士たちが夕食を取っていた。
炊事班が持ってきた鍋の周囲に人が集まる。
パン。
薄いスープ。
少しの肉。
大したものではない。
それでも。
兵士たちの顔は昨日より明るかった。
若い少尉が腰を下ろす。
朝から一緒にいた兵士が聞く。
「本当に勝ったんですか」
少尉はパンをちぎりながら答えた。
「何が」
「今日です」
「村にいるだろ」
「明日また取られるかもしれないじゃないですか」
少尉は少し黙った。
朝。
自分も似たようなことを大隊長へ聞いた。
その答えを思い出す。
「それは明日の話だ」
兵士が少し驚いた。
「少尉らしくないですね」
「何がだ」
「いつも先のことばっかり言うのに」
「今日は疲れた」
「じゃあ勝ったんですね」
少尉はスープを一口飲んだ。
「勝ったよ」
兵士は笑った。
「なら食います」
「勝ってなくても食え」
周囲から笑いが起きる。
その時。
遠くで航空機の音がした。
何人かが空を見る。
双発機。
Tur。
低い。
兵士が手を振る。
「飛ぶ荷車だ!」
隣の兵士も手を上げる。
「今日は何持ってきた!」
上空から聞こえるはずもない。
Turは村の上を一度通過した。
それから東へ向かう。
若い少尉も見上げた。
機体は少し古びて見える。
何度も直した跡がある。
それでも飛んでいる。
今日。
村を取った。
道路を取った。
捕虜を取った。
負傷者を後ろへ送った。
弾薬も届いた。
上空には、まだ自軍の飛行機がいる。
兵士が少尉へ聞いた。
「明日も来ますかね」
少尉はTurが遠ざかるのを見ながら答えた。
「飛べれば来る」
「じゃあ俺たちも?」
少尉は兵士を見る。
「何だ」
「明日も戦えますか」
少尉はしばらく何も言わなかった。
村の中央では、別の兵士たちが鹵獲したMG34を調べている。
猫車が弾薬を運んでいる。
救護所では負傷者の手当てが続いている。
教会の壁には弾痕がある。
道路には壊れた車両が残っている。
それでも。
今。
そこにいるのは。
ポーランド兵だった。
少尉はパンの残りを口へ入れた。
「明日の朝になれば分かる」
兵士が少し不満そうな顔をする。
少尉は笑った。
「ただ、今夜はここにいる」
その答えなら。
兵士にも分かった。
「はい」
夜が来るまで。
村では陣地作りが続いた。
西側では。
ドイツ軍も。
明日の再攻撃の準備を始めていた。