WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド軍某地区司令部 九月七日朝戦況整理

前日反撃によって確保した村落および道路分岐点は、夜間を通じて保持。

別方面でも小規模反撃に成功し、一部地域において敵先遣部隊の前進を阻止。

航空部隊は引き続き分散拠点から活動。

補給状態は依然不安定であるものの、前線への航空輸送によって一部不足を補完。

ただし、北方および南西方面では友軍部隊の後退が継続。

局地戦果と戦線全体の移動を混同しないこと。


第184話 勝っている場所を、地図は待たない

 

一九三九年九月七日。

 

朝。

 

昨日奪い返した村では、まだポーランド国旗が役場の二階に掛かっていた。

 

きれいな旗ではない。

 

端は少し裂けている。

 

誰かが泥のついた手で持ったため、白地にも茶色い汚れが残っていた。

 

それでも、朝日に照らされれば赤と白はよく見えた。

 

村の西側では、夜明け前から兵士たちが陣地を掘っている。昨日の戦闘で壊れた塀を使い、土を盛り、道路脇に機関銃位置を作っていた。

 

W印の猫車が何台も動いている。

 

一台は弾薬。

 

一台は土。

 

もう一台は水と工具。

 

昨日までなら誰かが「WILKのやつ」と呼んでいたが、今ではもう説明もいらなかった。

 

若い兵士が猫車を押しながら言った。

 

「昨日取った村なのに、もう今日の朝からこんなに掘るんですね」

 

隣を歩いていた伍長が答えた。

 

「取ったから掘るんだ」

 

「また来ますかね」

 

「来る」

 

「そんな即答します?」

 

伍長は西を見た。

 

「向こうからしたら、ここを取られたままにする理由がない」

 

兵士は少しだけ嫌な顔をした。

 

「じゃあ昨日の勝ちは」

 

「昨日の勝ちだ」

 

「今日には関係ない?」

 

「ある。昨日勝ったから、今日はここから始められる」

 

兵士はその言葉を少し考えた。

 

後ろから別の兵士が叫ぶ。

 

「猫車止めるな! 弾持ってけ!」

 

二人はすぐ仕事へ戻った。

 

村を取ったからといって、休めるわけではない。

 

むしろ、取った瞬間から守る仕事が始まる。

 

---

 

役場の一室。

 

大隊長は新しい戦況図を見ていた。

 

昨日まで赤鉛筆で書き込んでいた線が、また少し変わっている。

 

副官が一枚ずつ報告を読み上げる。

 

「北側の連隊は夜間に後退」

 

大隊長が地図を見る。

 

「どこまで」

 

地名を聞く。

 

鉛筆を動かす。

 

「南西」

 

「こちらも一部後退。道路一本を放棄」

 

大隊長はまた線を引く。

 

その後。

 

別の紙。

 

「昨日の反撃地点は保持」

 

「ここだな」

 

「はい」

 

さらに。

 

「別方面で敵先遣部隊を押し返しています」

 

大隊長が顔を上げた。

 

「成功?」

 

「少なくとも現時点では」

 

若い少尉が部屋へ入ってきた。

 

昨日、追撃しようとして止められた男だった。

 

「また勝ってる場所がありますね」

 

大隊長が地図から目を離さず答える。

 

「ある」

 

少尉は少し笑った。

 

「昨日だけじゃなかった」

 

「そうだ」

 

「このまま」

 

大隊長がそこで顔を上げた。

 

少尉は言葉を止める。

 

大隊長は少し考えた。

 

昨日なら、すぐに「ここではな」と但し書きを付けていたかもしれない。

 

今日は違った。

 

「このまま、今日も勝てればいい」

 

少尉が少し驚く。

 

「珍しいですね」

 

「何が」

 

「先に悪い話をしない」

 

大隊長は地図へ戻る。

 

「悪い話は地図が勝手にしてくる」

 

少尉も地図を見る。

 

昨日勝った村。

 

今日も保持。

 

別の場所でも敵を押し返した。

 

その一方。

 

戦線全体では、少しずつ東へ線が動いている。

 

少尉が何か言いかけたが、大隊長が先に言った。

 

「今はここの話をしろ」

 

「はい」

 

「西側の敵は」

 

「昨日より増えています」

 

「砲兵は」

 

「来ています」

 

「なら今日は簡単じゃない」

 

少尉は頷いた。

 

「でも守ります」

 

「そのために昨日取った」

 

そこで二人は、戦況図の全体から村へ視線を戻した。

 

今ここで必要なのは、国全体を一枚の地図で嘆くことではない。

 

今日一日。

 

この村を持たせることだった。

 

---

 

午前九時過ぎ。

 

ドイツ軍の砲撃が始まった。

 

昨日とは違う。

 

今日は砲兵が揃っている。

 

村の西端へ砲弾が落ち、道路脇の建物が崩れた。

 

兵士たちは塹壕へ伏せる。

 

若い兵士が耳を押さえながら叫ぶ。

 

「昨日より多い!」

 

伍長が顔を上げないまま答える。

 

「向こうも昨日より準備してる!」

 

「昨日負けたから?」

 

「取り返したいんだろ!」

 

砲撃。

 

止まる。

 

少し。

 

また始まる。

 

今度は村の南側。

 

ドイツ軍は昨日の失敗を繰り返さない。

 

正面だけではなく、南側にも圧力をかける。

 

歩兵も急がない。

 

砲撃が続く間に近づき、機関銃位置を増やしている。

 

ポーランド側の兵士が覗く。

 

「昨日より慎重です」

 

伍長も見る。

 

「向こうも馬鹿じゃない」

 

「嫌ですね」

 

「当然だ」

 

戦争は。

 

片方だけが学ぶものではない。

 

ポーランド側が前へ出すぎないことを覚えれば。

 

ドイツ側も、通信と補給を待ってから攻めることを覚える。

 

だから。

 

昨日の勝ち方が。

 

今日も同じように通用するとは限らない。

 

---

 

その頃。

 

数十キロ離れた別の場所。

 

ポーランド軍の小部隊が、逆にドイツ軍へ仕掛けていた。

 

こちらには大きな村もない。

 

あるのは道路と小さな林。

 

ドイツ軍の先遣部隊が前へ出ている。

 

後方の車列はまだ追いついていない。

 

ポーランド側の指揮官は、昨日の報告を読んでいた。

 

敵が前へ出すぎた時。

 

そこだけを叩く。

 

長く追わない。

 

道路を少しだけ使えなくする。

 

それで十分。

 

「砲兵は三分」

 

副官が聞き返す。

 

「三分だけですか」

 

「それ以上撃てない」

 

「攻撃は」

 

「三分後に出る」

 

短い砲撃。

 

その直後。

 

歩兵が林から出る。

 

ドイツ側は反応する。

 

機関銃。

 

小銃。

 

しっかり撃ってくる。

 

簡単には崩れない。

 

ただ。

 

その後ろ。

 

道路。

 

Bizonが低空から入った。

 

一度だけ。

 

通信車らしい車両。

 

牽引車。

 

狙う。

 

前方四門。

 

短い射撃。

 

車列の一部が止まる。

 

Bizonはすぐに離脱する。

 

追わない。

 

二撃目もない。

 

地上のポーランド兵が前へ出る。

 

ドイツ兵は一度下がる。

 

さらに。

 

もう少し。

 

道路の分岐点まで。

 

そこでポーランド側指揮官が止めた。

 

副官が言う。

 

「まだ行けます」

 

「行かん」

 

「敵、崩れてます」

 

「だから行かん」

 

副官が不満そうな顔をする。

 

指揮官は西を見る。

 

「昨日の村の報告を読んだだろ」

 

「はい」

 

「勝った後に止まれたから、まだ持ってる」

 

副官は少し黙る。

 

「こっちも同じ?」

 

「同じ」

 

攻撃は止まった。

 

道路を押さえる。

 

負傷者を運ぶ。

 

弾薬を集める。

 

敵が戻ってくる前に位置を作る。

 

ほんの小さな反撃。

 

地図の上では、鉛筆で点を一つ動かす程度。

 

それでも。

 

そこにいる兵士には。

 

今日の勝ちだった。

 

---

 

昼前。

 

例の農場飛行場。

 

Turが一機。

 

荷を積んでいた。

 

弾薬。

 

医療品。

 

無線部品。

 

パン生地入り樽。

 

そして。

 

小さな袋。

 

老人がそれを見つけた。

 

「今度は何だ」

 

整備兵が答える。

 

「砂糖です」

 

老人が少し驚く。

 

「砂糖?」

 

「前線の病院向け」

 

「飛行機で?」

 

「道路が詰まってます」

 

老人はTurを見る。

 

「本当に荷車になったな」

 

操縦士が風防から顔を出す。

 

「聞こえてます」

 

老人は平然としている。

 

「事実だろ」

 

「昨日から正式に呼ばれ始めてるんですよ」

 

「何が」

 

「飛ぶ荷車」

 

老人は少し考えた。

 

「いい名前だ」

 

操縦士が顔をしかめる。

 

「整備兵もそう言いました」

 

「なら皆正しい」

 

「WILK本社だけ嫌がってます」

 

老人が笑った。

 

「会社は客の付けた名前に勝てん」

 

整備兵が横から言う。

 

「前線は客なんですかね」

 

「金払ってないな」

 

「じゃあもっと勝てませんね」

 

発動機が回る。

 

Turは草地を走る。

 

その機体が浮くまで、老人はいつものように地面を見ていた。

 

飛び上がった後。

 

ようやく空を見る。

 

「今日は真っすぐ帰れよ」

 

誰にも聞こえない声だった。

 

---

 

午後。

 

昨日の村。

 

ドイツ軍の再攻撃は本格化していた。

 

砲撃。

 

歩兵。

 

機関銃。

 

今度は連携も良い。

 

ポーランド側も撃ち返す。

 

一時間。

 

二時間。

 

村の西側。

 

塀。

 

畑。

 

道路。

 

何度も兵士が動く。

 

若い少尉は役場と前線を往復していた。

 

「南が押されてます!」

 

大隊長がすぐ聞く。

 

「どれくらい」

 

「農家二軒分」

 

「まだ戻せる?」

 

「予備を入れれば」

 

大隊長は地図を見る。

 

北側。

 

まだ持っている。

 

正面。

 

持っている。

 

南。

 

少し危ない。

 

「第三中隊から一個小隊だけ回せ」

 

少尉が聞く。

 

「一個だけ?」

 

「全部入れたら次がない」

 

少尉はすぐ走った。

 

外。

 

機関銃。

 

爆発。

 

負傷兵。

 

猫車がまた動いている。

 

一台。

 

負傷者を運ぶ。

 

別の一台。

 

弾薬。

 

その横。

 

昨日鹵獲したMG34。

 

ポーランド兵が撃っている。

 

弾。

 

短い。

 

だが。

 

効いている。

 

ドイツ側。

 

進む。

 

止まる。

 

また進む。

 

午後二時頃。

 

上空。

 

発動機音。

 

兵士が空を見る。

 

Tur。

 

一機。

 

低い。

 

「飛ぶ荷車!」

 

誰かが叫ぶ。

 

今度は。

 

荷物を落とす。

 

小さな箱。

 

袋。

 

その後。

 

Tur。

 

前線上空へは。

 

行かない。

 

敵戦闘機が見える。

 

遠い。

 

操縦士はすぐ向きを変える。

 

兵士が見上げる。

 

「行っちゃった」

 

伍長が言う。

 

「それでいい」

 

「撃ってくれません?」

 

「弾持ってきた。それで十分だ」

 

前線。

 

弾薬箱。

 

開く。

 

機関銃班へ回す。

 

医療品。

 

救護所。

 

無線部品。

 

通信班。

 

その一つ一つが。

 

すぐ。

 

使われる。

 

---

 

午後三時過ぎ。

 

ドイツ軍の攻撃が止まった。

 

完全な撤退ではない。

 

一度距離を取っただけ。

 

砲兵もまだいる。

 

歩兵もいる。

 

再び来る可能性は高い。

 

それでも。

 

村は残った。

 

若い兵士が塹壕の中で座り込んだ。

 

伍長も横へ座る。

 

兵士が聞く。

 

「今日も勝ちですか」

 

伍長は水を飲む。

 

「今日が終わってから聞け」

 

「昨日もそんなこと言われました」

 

「誰に」

 

「少尉」

 

伍長が少し笑う。

 

「なら少尉に聞け」

 

その少尉は、少し離れた場所で大隊長へ報告していた。

 

「南側、元の位置まで戻しました」

 

「損害は」

 

数字。

 

大隊長が顔をしかめる。

 

「多いな」

 

「はい」

 

「敵は」

 

「西へ一度下がりました」

 

「追うな」

 

少尉が少し笑った。

 

「もう分かってます」

 

「ならいい」

 

少尉は少し迷ってから聞いた。

 

「これで二日持ちました」

 

「ああ」

 

「明日も?」

 

大隊長は西を見る。

 

煙。

 

遠く。

 

動く車両。

 

ドイツ軍はまだいる。

 

「明日は明日だ」

 

少尉が苦笑する。

 

「またそれですか」

 

「便利だぞ」

 

「昨日は俺に言いました」

 

「使えるものは使え」

 

少尉は笑った。

 

それから。

 

二人とも。

 

村を見る。

 

国旗。

 

まだある。

 

昨日と同じ場所。

 

少し破れている。

 

それでも。

 

まだ。

 

役場に掛かっている。

 

---

 

その頃。

 

ドイツ軍側。

 

昨日村を失った中隊長は、今日の攻撃が失敗した報告をしていた。

 

連隊本部の参謀が地図を見る。

 

「こちらの砲兵は揃っていた」

 

「はい」

 

「補給も昨日より良かった」

 

「はい」

 

「それでも取れない?」

 

中隊長は少し考えた。

 

「昨日より敵の準備も良かった」

 

「航空支援は」

 

「敵機が補給を行っています」

 

「攻撃も?」

 

「今日は一度、遠くで確認しただけです」

 

参謀が顔を上げる。

 

「それなら航空機が原因ではない」

 

「原因は一つではありません」

 

中隊長は昨日から何度もそれを考えていた。

 

ポーランド軍の砲撃。

 

歩兵の反撃。

 

道路。

 

通信。

 

航空攻撃。

 

補給。

 

農場飛行場。

 

一つだけなら。

 

対処できる。

 

全部。

 

少しずつ。

 

邪魔。

 

参謀は地図を見る。

 

「明日また攻撃する」

 

中隊長は黙って頷いた。

 

命令としては正しい。

 

村を放置すれば。

 

道路分岐点を使えない。

 

後続部隊の動きにも影響する。

 

だから。

 

取り返す。

 

そのために。

 

また砲弾を使う。

 

また燃料を使う。

 

また負傷者が出る。

 

また時間を使う。

 

昨日。

 

ポーランド軍が一度勝った。

 

その勝利を消すために。

 

ドイツ軍は。

 

二日目の仕事を。

 

始めている。

 

---

 

夕方。

 

WILK本社。

 

今日の戦況報告が届いていた。

 

元独立運動家が紙を読む。

 

「昨日の村、まだ持ってる」

 

ポーランド軍将校が地図を確認する。

 

「ああ」

 

「別の場所でも反撃成功」

 

「小さいがな」

 

元白軍将校が聞く。

 

「小さくても勝ち?」

 

ポーランド軍将校は少しだけ笑った。

 

「勝ちだ」

 

「慣れてきたな」

 

「何に」

 

「勝ったって言うのに」

 

元独立運動家が笑う。

 

「昨日教育したからな」

 

元ドイツ軍技術者は別の報告を見ていた。

 

「Turの稼働数、昨日より一機増えてる」

 

ポーランド軍将校が見る。

 

「修理戻り?」

 

「ああ。昨日夜まで止めてた機体が二機戻った。代わりに一機重損」

 

ユダヤ人実業家が聞く。

 

「差し引き一機?」

 

「そうだ」

 

「珍しく増えた」

 

元ドイツ軍技術者は少し不満そうな顔をした。

 

「珍しくとは何だ」

 

「戦争中だぞ」

 

「直せるものを直してるだけだ」

 

元白軍将校が言った。

 

「それができるなら、今日はいい日だ」

 

ポーランド軍将校が一枚の紙を見た。

 

「航空輸送も増えた」

 

「何を運んでる」

 

「弾薬、医療品、無線、食料。あと砂糖」

 

元白軍将校が顔を上げる。

 

「砂糖?」

 

元独立運動家が笑った。

 

「病院向け」

 

元白軍将校は少し考えた。

 

「戦争中に飛行機で砂糖運ぶ会社になったか」

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「必要なら運ぶ」

 

「Tur作った時、そうなると思った?」

 

「思うわけないだろ」

 

「俺もだ」

 

ユダヤ人実業家が資料を閉じた。

 

「でも運べる」

 

元ドイツ軍技術者は頷いた。

 

「運べる」

 

それで。

 

話は終わった。

 

---

 

少し後。

 

ポーランド軍将校が大きな戦況図の前へ立った。

 

今日の報告を反映する。

 

一つ。

 

昨日の村。

 

保持。

 

印をそのまま残す。

 

別の場所。

 

反撃成功。

 

小さく線を西へ戻す。

 

元白軍将校がそれを見ている。

 

「今日は増えた場所もあるな」

 

「ああ」

 

ポーランド軍将校は次の報告を見る。

 

北。

 

一部後退。

 

線を東へ。

 

南西。

 

また。

 

東へ。

 

元白軍将校は何も言わなくなった。

 

ポーランド軍将校も。

 

説明しない。

 

地図上では。

 

勝った場所。

 

確かにある。

 

二日連続で守った村もある。

 

敵を押し返した道路もある。

 

今日。

 

修理から戻ったTurもある。

 

農場飛行場も。

 

まだ動いている。

 

だから。

 

希望を持つ理由も。

 

確かにある。

 

その横で。

 

鉛筆の線だけは。

 

別の場所で。

 

少しずつ。

 

動いていく。

 

元独立運動家が地図の前へ来た。

 

「昨日より」

 

ポーランド軍将校が顔を上げる。

 

元独立運動家は最後まで言わなかった。

 

代わりに。

 

昨日守った村を指した。

 

「ここ、まだある」

 

「ああ」

 

「明日も?」

 

ポーランド軍将校は少し考えた。

 

「守る」

 

その答えだけ。

 

返した。

 

---

 

夜。

 

村。

 

役場の二階。

 

若い少尉が破れた国旗を外していた。

 

兵士が下から聞く。

 

「何してるんです」

 

「直す」

 

「外すんですか」

 

「端が裂けてる」

 

「明日また上げる?」

 

少尉は旗を腕に抱えた。

 

「上げる」

 

「絶対?」

 

少尉は少し笑った。

 

「明日の朝、ここにいればな」

 

兵士が顔をしかめる。

 

「またそういう言い方する」

 

少尉は階段を降りた。

 

「じゃあ言い直す」

 

兵士が待つ。

 

「明日の朝も上げる」

 

今度は。

 

兵士が笑った。

 

「それでいいです」

 

役場の一室では、針と糸を持った兵士が旗の端を縫い始める。

 

外では。

 

猫車がまだ動いている。

 

負傷者を運ぶ。

 

弾薬を運ぶ。

 

土を運ぶ。

 

少し離れた場所では、明日の砲撃に備えて兵士が壕を深くしている。

 

西。

 

遠く。

 

ドイツ軍の車両の音。

 

聞こえる。

 

それでも。

 

今夜。

 

村はまだ。

 

ポーランド側だった。

 

若い少尉は縫い直される旗を見ながら、炊事班から受け取ったパンを食べた。

 

明日のことは。

 

まだ。

 

誰にも分からない。

 

ただ。

 

朝になったら。

 

また旗を上げる。

 

それだけは。

 

決めていた。

 

 

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