敵主力の一部は、前進速度を優先した結果として側面の防護が薄くなっている。
我が軍は、残存兵力を分散して各地の損失を埋めるのではなく、攻撃可能な地域へ一時的に集中する。
目的は敵主力の完全撃破ではない。
敵先遣部隊を後退させ、その後方交通および指揮系統に混乱を生じさせ、友軍部隊の再編および撤収に必要な時間を確保する。
航空部隊は常設飛行場への帰還を求めず、各分散拠点から可能な範囲で支援すること。
攻撃開始後も、追撃によって部隊を分散させない。
獲得した時間を、次の戦闘に使用すること。
一九三九年九月九日。
夜明け前。
ポーランド軍の野戦司令部では、ランプの下に広げられた地図がほとんど机を埋め尽くしていた。
ここ数日の地図には、嫌になるほど東へ動いた線がある。赤鉛筆で引き直した場所も多く、昨日まで友軍がいた町の上へ、今日は敵軍を示す印が置かれている。
だが、その夜に将校たちが見ていたのは、後退線ではなかった。
ドイツ軍の突出部。
前進した部隊と、その後ろを結ぶ道路。
補給線。
隣接師団との間隔。
これまでの戦闘で報告された交通の遅れ。
そして、ポーランド側にまだ残っている部隊。
参謀長が地図の一点を指した。
「こちらの敵先遣部隊は昨日まで前進を続けていますが、後方が追いついていません。捕虜の証言と航空偵察も一致しています」
軍司令官が尋ねた。
「戦車は」
「います。ただし、前へ出ている数と補給車列の位置が噛み合っていない。燃料が切れているわけではありませんが、自由に動かせる状態でもないと思われます」
別の参謀が資料を差し出す。
「道路上の混雑も続いています。昨日午後には、TurとBizonが少なくとも三か所で車列へ攻撃を行いました。被害そのものは大きくありませんが、敵部隊の到着時刻がずれています」
司令官は資料を読んだ。
「空軍が勝っているわけではないな」
「もちろんです。ドイツ空軍は依然として優勢です」
「なら、空がこちらのものだと思って計画するな」
「はい」
司令官は地図へ視線を戻した。
ポーランド軍は各地で後退している。
損失も出ている。
通信が途切れた部隊もある。
だから普通なら、残った兵力を穴埋めに使いたくなる。
後退している場所へ一個連隊。
危ない道路へ一個大隊。
突破されそうな地点へ砲兵。
そうやって少しずつ撒けば、見かけ上は戦線を埋められる。
だが。
それをやれば。
どこにも、敵を押し返せるだけの力が残らない。
司令官は鉛筆を持った。
「ここへ集める」
参謀長が確認する。
「攻撃ですか」
「ああ」
「守備に回した方が安全な部隊もあります」
「安全に後退して、最後まで一度も殴り返さないのか」
参謀長は黙った。
司令官は怒っているわけではなかった。
むしろ冷静だった。
「敵は前へ出ている。それだけなら強みだ。だが前へ出た分だけ、横も後ろも伸びる。全部の場所で敵が強いわけじゃない」
「成功すれば」
「時間が買える」
「失敗すれば」
司令官は地図上の自軍部隊を見る。
「失う」
参謀長は少し息を吐いた。
「かなり大きな賭けです」
「戦争が始まってから、小さな賭けだけで済んだ日があったか」
誰も答えなかった。
司令官は攻撃地点をもう一度確認した。
「ただし追いすぎるな。敵を退かせたら、道路と村を取って止まれ。敵の奥まで入り込んで、こちらが補給を失ったら何をしているか分からん」
ここ数日の戦闘で覚えたことだった。
勝った後に止まる。
それは臆病ではない。
次の勝負をするための判断だった。
---
同じ夜。
例の農場飛行場では、いつもより多くの機体が静かに待っていた。
P.11。
Tur。
Bizon。
どれも新品ではない。
翼に補修跡がある。
胴体に新しく塞いだ穴もある。
昨日まで別の農場にいた機体も混ざっていた。
整備兵が夜通し作業している。
発動機を交換した機体。
無線を直した機体。
脚を補修した機体。
前方火器の確認を終えた機体。
老人はランタンを持ちながら草地を歩いていた。
若い航空士官が追いつく。
「今日は多いですね」
老人は機体ではなく地面を見たまま答えた。
「昨日まで別のところにいた奴が来たんだろ」
「そうです」
「ここで全部飛ばすのか」
「全部ではありません」
老人がようやく顔を上げた。
「それならいい」
航空士官が少し笑う。
「あなたまでそう言いますか」
「何を」
「全部使うなって」
老人は足元を踏む。
土の硬さを確かめる。
「全部使ったら明日はどうする」
それはWILK本社で何年も言われてきた言葉と、ほとんど同じだった。
航空士官は少し黙った。
老人はそれに気づかず、別の場所へ歩いていく。
「こっちは使うな。昨日の雨で下がまだ柔らかい」
「南側は」
「使える。ただし大型の奴は端まで走らせろ」
「Turですね」
「荷車の方だ」
航空士官が苦笑した。
「もう完全にその名前なんですね」
老人は振り返りもしなかった。
「荷物運ぶ飛行機を荷車と呼んで何が悪い」
少し離れた場所で、Turの操縦士が聞いていた。
「悪くはないですけど、せめて飛ぶ荷車でお願いします!」
老人が大声で返した。
「飛ぶのは見れば分かる!」
整備兵の何人かが笑った。
戦争九日目。
誰も余裕があるわけではない。
ただ、笑える時に笑わなければ、朝まで身体が持たない。
---
夜明け。
ポーランド軍砲兵が射撃を始めた。
長い準備砲撃ではなかった。
弾薬は有限。
位置を晒せば、ドイツ空軍にも見つかる。
だから時間を決める。
目標も絞る。
道路。
通信拠点。
敵歩兵が固まっている場所。
確認された砲兵陣地。
最初の砲弾が落ちた時、前線のドイツ兵は昨日までのような牽制射撃だと思った。
二発。
三発。
少し間を置いて別方向。
そこで下士官が気づいた。
「これは違うぞ」
前方の林からポーランド歩兵が出た。
一か所ではない。
別の畑からも。
道路脇の低地からも。
昨日まで防御していた側が、今日は前へ来る。
ドイツ軍の機関銃が撃ち始めた。
ポーランド歩兵が伏せる。
止まる。
だが戻らない。
砲撃が次の位置へ移る。
歩兵がまた進む。
一人のドイツ兵が叫ぶ。
「攻撃だ!」
下士官が怒鳴る。
「見れば分かる! 弾を運べ!」
通信兵が後方へ連絡する。
増援。
砲兵。
航空支援。
必要。
だが。
返答が遅い。
昨日。
通信車が移動した。
別の回線へ切り替えている。
司令部そのものも前進に合わせて位置を変えていた。
何も機能していないわけではない。
ただ、すべてが同じ瞬間に最適な場所へ存在しているわけでもなかった。
---
午前六時過ぎ。
Bizon四機が低空で西へ向かっていた。
普段より多い。
それでも編隊としては小さい。
後席の一人が前方を見る。
「道路が見えます」
操縦士が答える。
「先頭じゃないぞ」
「分かってます」
道路上にはドイツ軍の車両。
装甲車。
トラック。
牽引車。
後方には戦車もいる。
Bizonの狙いは戦車ではない。
進撃部隊と後方をつなぐもの。
先頭機が目標を選ぶ。
道路分岐。
通信車。
その近くに燃料車。
「一番機、通信。二番機、後方車列。三番四番は対空を見ろ」
一機目が降りる。
十一ミリ四門。
短い射撃。
通信車周辺が跳ねる。
二機目。
少し後ろへ。
トラックが道路脇へ逃げる。
三機目と四機目は地上射撃の濃い場所を避け、必要以上に攻撃へ入らない。
その瞬間。
後席が叫んだ。
「戦闘機!」
Bf109。
上から来る。
先頭機の操縦士はすぐ判断した。
「終わり。帰る」
目の前にはまだ撃てる車列がある。
二撃目もできるかもしれない。
だが。
やらない。
Bizon四機は低空へ降りながら離脱する。
一機のBf109が追う。
後席十一ミリが射撃。
ドイツ戦闘機は真後ろを避ける。
もう一機が前へ回ろうとする。
Bizonは旋回戦に入らない。
戦うのではなく。
逃げる。
一番機の後席が叫ぶ。
「一機、正面へ!」
操縦士は前を見る。
Bf109が向きを合わせようとしている。
逃げ道が狭い。
「一回だけ撃つ!」
Bizonの前方四門が火を噴く。
Bf109は正面に長く残らず横へ抜ける。
その隙に四機はさらに東へ距離を稼いだ。
一機も落としていない。
撃墜戦果もない。
だが。
道路では。
通信車が止まった。
車列が一度散った。
燃料車も位置を変えた。
それだけで。
前線へ届くものが少し遅れる。
そして。
四機とも。
帰った。
---
午前七時。
ポーランド軍の攻撃は、一部で予想以上に進んでいた。
敵先遣部隊の一つが後退する。
別の場所では、ドイツ軍歩兵が村から押し出された。
さらに一か所。
道路分岐。
ポーランド側が取る。
若い少尉が走りながら大隊長へ報告する。
「敵が西へ下がっています!」
大隊長が双眼鏡を覗く。
確かに。
道路上。
ドイツ兵。
後退。
装甲車も一台。
向きを変えている。
少尉が息を弾ませる。
「追えます」
大隊長はすぐ答えた。
「道路まで」
「まだ向こうが崩れてます」
「道路までだ」
「今ならもっと」
大隊長は双眼鏡を下ろした。
「九日前から何を見てきた」
少尉が黙る。
「前へ出て、補給を待たず、隣と離れて、そこを叩かれたのは誰だ」
「ドイツ軍です」
「次は俺たちがやるのか」
少尉はすぐ首を振った。
「やりません」
「なら止まれ」
命令が伝わる。
歩兵が道路分岐へ入る。
そこで陣地作り。
猫車がすぐに弾薬を運ぶ。
工兵が道路上の障害を確認する。
通信兵が無線を開く。
衛生兵が負傷者を集める。
勝った直後。
次にやることが。
少しずつ。
決まってきていた。
---
同じ頃。
別のポーランド部隊。
こちらはそれほど上手くいっていなかった。
ドイツ軍の砲兵が早く反応した。
機関銃陣地も強い。
一度前へ出た歩兵が畑の中で止められている。
中隊長は地面へ伏せながら伝令へ叫んだ。
「右へ回れないか」
「右は敵機関銃!」
「左は」
「開けすぎです!」
その上。
航空機の音。
兵士たちが空を見る。
Ju 87。
護衛戦闘機もいる。
中隊長が顔をしかめた。
「来たか」
サイレン。
降下。
ポーランド兵が地面へ伏せる。
爆弾。
土。
煙。
叫び。
攻撃は。
当然。
全部成功するわけではない。
別の場所で勝っているからといって。
ここでも勝てるわけではない。
それでも。
中隊長は撤退を急がなかった。
攻撃目標を変える。
敵陣を取るのではなく。
敵をここへ縛る。
それでいい。
「前へ行くな!」
部下が驚く。
「攻撃中止ですか!」
「ここで撃て! 敵を動かすな!」
別方面。
味方が進んでいる。
なら。
こちらが敵兵を引きつけているだけでも。
意味がある。
勝利とは。
必ずしも。
全員が前へ進むことではなかった。
---
午前八時過ぎ。
ドイツ軍の師団司令部。
戦況報告が次々と入っていた。
「○○村、敵反撃」
「道路分岐点、後退」
「前衛部隊、一部連絡途絶」
「ポーランド軍航空機、補給路を攻撃」
「敵砲兵活動活発」
参謀が地図へ印を増やす。
師団長が聞いた。
「規模は」
「複数地点です」
「局地反撃か」
参謀が少し迷った。
「最初はそう思いました」
「今は」
「少なくとも、一個大隊や一個連隊だけの独立した動きではありません」
師団長が地図へ近づく。
ポーランド軍の攻撃方向。
複数。
それぞれ。
完全には連続していない。
だが。
同じ時間帯。
同じ突出部へ。
圧力。
「予備は」
「一部を前へ出しました」
「戦車は」
「再配置中です」
「空軍支援」
「要請済み」
「いつ来る」
参謀は答えにくそうにした。
「他方面からも要請が出ています」
師団長が顔を上げる。
「ポーランド軍はもう崩れているんじゃなかったのか」
誰も答えない。
崩れている部隊もある。
後退している部隊もある。
指揮を失った部隊もある。
それは本当。
同時に。
今。
別の場所で。
組織的な反撃をしている。
それも本当。
師団長は地図を見る。
「前衛を無理に残すな。包まれる前に一度下げろ」
参謀が確認する。
「道路を捨てますか」
「取り返せる。部隊を失うな」
その判断は。
正しい。
ドイツ軍も。
生き残るために。
下がる。
午前九時。
その命令によって。
さらに一つ。
ポーランド側の旗が。
西へ動いた。
---
その報告を受け取ったポーランド軍司令部では。
最初。
誰も。
すぐには喜ばなかった。
参謀が読み上げる。
「敵一部後退。道路分岐点を確保」
別。
「村落奪回」
さらに。
「敵前衛部隊が西へ後退中」
司令官が地図を見る。
「確認は」
「複数部隊から一致しています」
「敵の罠では」
「現時点では、その兆候なし」
参謀長が少し息を吐いた。
「通りました」
司令官はまだ地図を見ている。
「まだだ」
「ですが」
「敵の主力は残っている」
参謀長が頷く。
「はい」
「なら第二段階へ」
「追撃?」
司令官が顔を上げる。
「違う」
地図上。
取った村。
道路。
橋。
「止まる」
参謀長が少し笑った。
「現場でも止まれと言っています」
「本当に止まるか」
「九日も戦えば、多少は覚えます」
司令官も。
少し。
笑った。
「なら我々も覚えたことにしよう」
それから。
次の命令。
砲兵を前へ出しすぎない。
燃料を先に運ぶ。
負傷者を後ろへ送る。
通信線を直す。
道路を確保する。
予備を残す。
攻撃が成功した瞬間から。
守る準備。
その日の午前。
ポーランド軍は。
久しぶりに。
自分たちが動かした線を。
地図へ描いた。
---
昼。
例の農場へ。
Bizonが戻ってきた。
一機。
二機。
三機。
四機。
老人が草地の端で数える。
整備兵が手を振る。
一番機。
着陸。
二番機。
続く。
三番機。
少し胴体に穴。
四番機。
後席銃の周辺。
弾痕。
それでも。
四機とも。
降りる。
操縦士が風防を開けた。
整備兵が駆け寄る。
「何した」
「道路一回」
「戦闘機は」
「来た」
「戦った?」
「逃げた」
整備兵は即答した。
「よし」
操縦士が降りる。
「褒められた」
「当たり前のことやっただけだ」
老人が横から言う。
「当たり前に帰ってくるのが一番難しいんだろ」
整備兵が少し止まった。
「爺さん、たまにいいこと言うな」
老人が怒る。
「たまにとは何だ!」
操縦士が笑いながら機体を見る。
「もう一回飛べます?」
整備兵はすぐには答えない。
被弾箇所。
燃料。
発動機。
脚。
見る。
「二機はいける。二機は休ませる」
操縦士が聞く。
「午後も要請来てます」
「だから二機出せるって言ってる」
「四機じゃ」
整備兵が顔を上げた。
「全部使うな」
老人も隣で頷く。
操縦士は二人を見比べた。
「どっちがWILKの人間か分からなくなってきたな」
老人が即答する。
「俺は農民だ」
「飛行場の管理人みたいになってますけど」
「農場だ」
「戦闘機四機いますよ」
「農場だ」
「爆弾穴もありますよ」
「農場だ」
そこは。
今日も。
農場だった。
そして。
今日も。
航空基地だった。
---
午後。
ドイツ軍は反撃を始めた。
戦車。
歩兵。
砲兵。
さらに航空支援。
午前の混乱から立ち直り始めている。
ポーランド側が取った村の一つへ。
戦車が近づく。
兵士が塹壕から見る。
「来た」
伍長も見る。
「見えてる」
「多いですね」
「数えるな」
「怖くなります?」
「数えても減らん」
ポーランド側の対戦車火器。
砲兵。
使う。
戦車一両。
止まる。
別。
進む。
歩兵。
その後ろ。
ドイツ軍は強い。
午前に下がったからといって。
壊れたわけではない。
だから。
ポーランド兵も。
今度は守る。
撃つ。
下がる。
位置を変える。
また撃つ。
一つの村を。
午前に取って。
午後に守る。
夕方まで。
何度も。
位置。
変わる。
ドイツ軍の戦車が村端まで来る。
ポーランド側。
一度。
奥へ下がる。
そこへ。
Tur。
二機。
低空。
来る。
戦車には。
行かない。
後ろ。
歩兵輸送車。
砲兵牽引車。
道路。
一機目。
一回。
撃つ。
二機目。
別の場所。
撃つ。
地上から。
機関銃。
対空砲。
上がる。
Tur。
戻らない。
一撃。
離脱。
その瞬間。
ドイツ歩兵の前進が。
少し。
止まる。
ほんの。
数分。
その数分で。
ポーランド側。
予備。
入る。
弾薬。
猫車。
来る。
負傷者。
後ろへ。
運ばれる。
午後五時。
村。
まだ。
ポーランド側。
---
その頃。
別方面。
午前に前進したポーランド部隊では。
指揮官が撤退を命じていた。
副官が驚いた。
「敵に押されてません」
「北が止まった」
「ここはまだ持てます」
「持てるから下がる」
副官は地図を見る。
隣接部隊。
距離。
開き始めている。
「包囲ですか」
「その前に戻る」
「せっかく取った道路を」
指揮官は西を見る。
朝。
自分たちが押し返した場所。
死んだ兵士もいる。
負傷者もいる。
取り返した土地。
捨てたくはない。
だが。
そこへ執着して。
部隊全部を失えば。
朝の勝利まで。
意味を失う。
「今日取った分を全部持って帰れると思うな」
副官が少し悔しそうにした。
「では何を持って帰ります」
指揮官は周囲を見る。
兵士。
武器。
負傷者。
捕虜。
鹵獲した地図。
敵の通信記録。
そして。
数時間。
敵を止めた。
その時間。
「部隊だ」
副官が顔を上げる。
「人間を持って帰る」
それで。
撤収。
始まる。
負けて。
下がる。
だけではない。
勝って。
下がる。
ことも。
覚え始めていた。
---
夕方。
ドイツ軍師団司令部。
地図。
午前より。
少し。
西へ。
押し戻されている。
参謀が報告する。
「一部地域では再攻撃により位置を回復」
師団長が頷く。
「他は」
「まだポーランド軍側」
「道路」
「一本は使用不能。別の一本は混雑」
「補給」
「再編中です」
「損害」
数字。
師団長が顔をしかめる。
壊滅。
ではない。
戦争を続けられないほどでもない。
だが。
予定より。
多い。
そして。
時間。
使った。
師団長は明日の予定を見る。
本来。
明日には。
もっと東。
さらに先。
そこへ行く計画だった。
「修正しろ」
参謀が聞く。
「何を」
「予定表だ」
「何日」
師団長は地図を見る。
「まず明日を消せ」
参謀が鉛筆を取る。
その時。
別の連絡。
「隣接師団からです」
「何だ」
「そちらもポーランド軍の反撃を受けています」
師団長が顔を上げた。
少し。
沈黙。
「規模は」
「確認中」
師団長は椅子へ座った。
朝。
局地反撃だと思った。
昼。
複数地点。
夕方。
隣の師団。
それでも。
戦争全体では。
ドイツ軍が前へ進んでいる。
だが。
今日は。
一部の地図を。
戻さなければならない。
師団長は参謀へ言った。
「上へ報告しろ」
「内容は」
「ポーランド軍は、まだ組織的反撃能力を保持している」
参謀が書く。
「他には」
師団長は少し考えた。
「敵航空活動も継続。飛行場破壊による完全な活動停止は確認できず」
「農場拠点」
「それも入れろ」
参謀が書く。
師団長は窓の外を見る。
遠く。
砲声。
まだ。
続いている。
---
夜。
ポーランド軍司令部。
戦況図。
朝とは。
違う。
一部。
西へ。
戻った。
村。
道路。
分岐。
橋。
大きな距離ではない。
国境まで戻したわけでもない。
ドイツ軍を壊滅させたわけでもない。
だが。
自分たちが。
動かした線。
参謀長が地図を見る。
「夕方までに確認できた範囲で、複数地点を保持しています」
司令官が聞く。
「敵の反撃」
「続いています。一部は放棄しました」
「予定通りか」
「はい。前へ出すぎた部隊は戻しています」
司令官は少し頷く。
「損害は」
数字。
顔。
曇る。
勝った。
だから。
損害がないわけではない。
多くの兵士。
今日。
戻らない。
それでも。
攻撃。
成立。
敵。
後退。
道路。
止まる。
時間。
買えた。
参謀長が別の紙を差し出した。
「後方では、撤収部隊の再編が進んでいます」
司令官が読む。
今日の反撃。
そのためでもあった。
前線で一歩押す。
後ろで。
別の部隊。
整える。
負傷者。
送る。
弾薬。
動かす。
列車。
出す。
家族。
移す。
一日。
増える。
司令官が地図を見る。
「明日もやれるか」
参謀長は少し考えた。
「同じ規模は難しいです」
「小さくても」
「できます」
司令官が頷く。
「なら明日も戦える」
参謀長はその言葉を聞いて。
少し。
笑った。
「この章の題みたいですね」
司令官が怪訝な顔をする。
「何の話だ」
「何でもありません」
---
同じ夜。
WILK本社。
電話が鳴る。
元独立運動家が取る。
聞く。
「分かった」
受話器を置く。
元白軍将校が聞いた。
「何だ」
「反撃成功」
ポーランド軍将校がすぐ顔を上げる。
「どこ」
地名。
地図。
確認。
元白軍将校が近づく。
「朝の場所?」
「ああ」
「まだ持ってる?」
「一部は」
元ドイツ軍技術者が別の紙を見る。
「Bizon四機、全部帰還」
「Turは」
「二機出て二機帰った。一機被弾」
ユダヤ人実業家が聞く。
「修理は」
「明日見ないと分からん」
元独立運動家が少し笑う。
「今日くらい喜べ」
元ドイツ軍技術者は顔をしかめた。
「喜んで直るなら喜ぶ」
元白軍将校が椅子へ座る。
「村も取った。道路も取った。飛行機も帰った」
ポーランド軍将校が地図を見ながら言う。
「全部じゃない」
「分かってる」
「他では下がってる」
「それも分かってる」
元白軍将校は地図の一地点を指した。
「でもここは、朝より西だ」
ポーランド軍将校は。
少し。
黙った。
それから。
頷いた。
「ああ」
元独立運動家が言う。
「昨日の村もまだ持ってる」
「ああ」
「別の場所でも勝った」
「ああ」
ユダヤ人実業家が少し笑った。
「お前、今日は但し書きしないのか」
ポーランド軍将校も。
ほんの少し。
笑う。
「今日はもう十分した」
その部屋で。
久しぶりに。
誰も。
すぐ次の悪い報告を口にしなかった。
地図には。
まだ。
ポーランド軍が。
西へ押した線が。
残っていた。
---
夜遅く。
昨日から守っている村。
役場の二階。
昨日縫い直した国旗が。
今日も。
掛かっている。
若い少尉が外を見る。
兵士が隣へ来る。
「少尉」
「何だ」
「今日、別のところでも勝ったらしいですよ」
「ああ」
「知ってたんですか」
「さっき聞いた」
兵士は少し嬉しそうに西を見る。
「じゃあ、本当に押し返してる?」
少尉はすぐには答えなかった。
昨日までなら。
ここでは。
とか。
局地的には。
とか。
明日は分からない。
とか。
言ったかもしれない。
もちろん。
全部。
正しい。
今日も。
ドイツ軍は別の場所で進んでいる。
後退しているポーランド部隊もある。
戦況図を全部見れば。
楽観できるものではない。
それでも。
目の前の兵士は。
今日。
一日。
戦った。
朝から砲撃を受け。
村を守り。
負傷した仲間を運び。
それでも。
まだ。
ここにいる。
少尉は答えた。
「今日は押し返した」
兵士の顔が明るくなる。
「本当に?」
「ああ」
「明日も?」
少尉は少し笑った。
「明日も押せればな」
兵士も笑う。
「じゃあ押しましょう」
「簡単に言うな」
「でも今日できた」
少尉は何も言い返さなかった。
遠くで。
Turの発動機音が聞こえる。
夜間飛行。
連絡か。
負傷者搬送か。
何を運んでいるのか。
ここからは分からない。
兵士が空を見る。
「飛ぶ荷車もまだ飛んでる」
少尉も音を聞いた。
「そうだな」
「じゃあ、まだいけますよ」
少尉は。
その言葉を。
否定しなかった。
役場の二階から見える西の空は暗い。
その向こうには。
まだ。
ドイツ軍がいる。
それでも。
今日。
少しだけ。
遠くなった場所もあった。
翌朝。
また戦う。
そのために。
兵士たちは眠った。
国旗は。
夜の間も。
役場の上にあった。