一九二一年
Tur試作一号機は、三日間の総合演習において以下の任務を実施した。
第一日午前、写真偵察。
第一日午後、無線による砲兵観測。
第二日午前、模擬地上攻撃。
第二日午後、連絡将校および命令書輸送。
第三日午前、負傷者後送。
第三日午後、補給物資投下。
各任務において、本機を上回る専門機は存在する。
しかし、同一飛行場にそれら専門機すべてを配置することは困難である。
Turは最速でも、最大搭載量でも、最高上昇力でもない。
ただし、必要な時にその場にあり、装備を交換すれば次の任務へ移行できた。
演習部隊からは、
「一番よい機体ではない。だが一番よく働いていた」
との評価が提出されている。
「不採用だそうだ」
ポーランド軍将校が言った。
作業場の中が静かになった。
元独立運動家は、パン生地樽の蓋を閉じる手を止めた。
元白軍将校は、Turの主脚固定具を磨く手を止めなかった。
元ドイツ帝国軍技師は、図面から顔を上げた。
実業家だけが、すぐに尋ねた。
「正式文書ですか」
「まだだ」
「では不採用ではありません」
「航空部の会議で、そういう意見が強いらしい」
「誰から聞いた」
元白軍将校が尋ねる。
「大尉だ」
「本人は」
「外で頭を抱えている」
全員が作業場の扉を見る。
扉は閉まっている。
軍将校が近づき、引いた。
開かない。
「押す方です」
実業家が言った。
「知っている!」
押す。
扉の外には、陸軍大尉が木箱へ座っていた。
本当に頭を抱えている。
「入れ」
軍将校が言う。
「入りにくい」
「なぜ」
「説明しなければならない」
「もう言った」
「何を」
「不採用だと」
大尉が勢いよく顔を上げた。
「まだ不採用ではない!」
実業家が頷いた。
「その通りです」
「なぜ製造側が私より冷静なのだ」
「正式文書ではないので」
◇
大尉が持ってきたのは、航空部会議の要約だった。
正式な議事録ではない。
だが、どこで揉めているかは分かる。
戦闘機部門からの評価。
鈍重。
上昇力不足。
敵戦闘機との交戦には不適。
爆撃部門。
爆弾搭載量が少ない。
航続距離も本格的爆撃任務には不足。
偵察部門。
機体が大きく、発見されやすい。
高高度性能が不足。
輸送部門。
貨物室が小さい。
専用輸送機としては中途半端。
軍将校は一枚ずつ読んだ。
「全部、前から分かっていたことではないか」
「専門部署が、自分たちの基準で評価した」
大尉が答える。
元白軍将校が言う。
「戦闘機ではない」
「爆撃機でもない」
元独立運動家が続けた。
「大型輸送機でもない」
元ドイツ技師は不機嫌そうに言った。
「偵察だけをする機体でもない」
実業家は要約書をまとめる。
「つまり、どの予算で購入するか決められないのですね」
大尉は彼を見る。
「なぜ分かる」
「部門ごとに不要と言っているのに、性能そのものを否定していません」
「戦闘機部門は遅いと」
「事実です」
「爆撃部門は爆弾が少ないと」
「事実です」
「偵察部門は目立つと」
「事実です」
「輸送部門は小さいと」
「事実です」
軍将校が苛立つ。
「全部認めてどうする!」
「それでも何に使えるかが問題です」
実業家は書類を指で叩いた。
「皆、自分たちの専門機ではないと言っているだけです」
◇
軍将校は大尉を見る。
「では誰が欲しがっている」
「前線部隊だ」
「戦争は終わったぞ」
「国境守備隊、地方航空隊、砲兵観測隊、工兵隊、衛生部隊」
「多いではないか」
「だが、どこも購入予算を持っていない」
「なぜ」
「航空機の購入予算は航空部が握っている」
「航空部は何と言っている」
「戦闘機か、爆撃機か、偵察機か、輸送機か決めろと」
作業場が静かになった。
元独立運動家が言う。
「全部だ」
「それが通らない!」
大尉が叫んだ。
「軍の帳簿には“全部”という項目がない!」
実業家が顔を上げる。
「作ればよいのでは」
「簡単に言うな!」
「多用途機」
「名称の話ではない!」
「予算区分も」
「国の会計制度を工房で作り直すな!」
元白軍将校が言った。
「現場が金を持てばよい」
「だから持っていない!」
「戦争中は勝手に使った」
「戦争中だからだ!」
「次の戦争でも使う」
「今、次の戦争を前提に予算を通せると思うか!」
元ドイツ技師が低い声で言った。
「通すべきだ」
大尉は彼を見る。
「軍縮の話が出ている」
「周囲も軍縮するのか」
大尉は答えなかった。
◇
東にはソビエト。
西には敗戦したドイツ。
南にも、新しい国境と新しい問題。
ポーランドは戻ってきた。
だが安定したわけではない。
国境線が紙に描かれても、その線を守る道路、鉄道、通信網は足りていない。
飛行場も少ない。
専門機を任務ごとに揃える余裕など、さらにない。
元独立運動家は要約書を読み直した。
「専門家は、専門の機体が欲しい」
「当然だ」
軍将校が答える。
「だが地方には、その専門機が全部来ない」
「来ても整備できない」
元ドイツ技師が言った。
「発動機も部品も人員も別になる」
元白軍将校が続ける。
「飛行場も足りん」
「だから一機でやる」
独立運動家が言った。
大尉はため息をついた。
「それを証明する必要がある」
「試験はした」
軍将校が答える。
「個別試験だ。航空部は、それぞれの専門性能しか見ていない」
「では全部一度に見せる」
実業家が言った。
元ドイツ技師が顔をしかめる。
「また一度にか」
「今回は必要です」
「何をする」
大尉が尋ねた。
実業家は会議要約を机へ置く。
「専門機より優れていると証明する必要はありません」
「では何を」
「専門機がすべて揃わない場所で、一機がどれだけ仕事を続けられるかです」
◇
そうして、三日間の総合演習が決まった。
Tur試作一号機を、地方の仮設飛行場へ送る。
飛行場と呼んでも、実態は草原だった。
格納庫なし。
整備小屋一棟。
燃料車一台。
整備兵八名。
予備発動機なし。
滑走路の端には牛がいる。
「よい飛行場だ」
元白軍将校が言った。
「どこが」
元ドイツ技師が尋ねる。
「前線に近い」
「平時の演習だ!」
「戦時にはこうなる」
「牛をどけろ!」
牧場主が反論する。
「ここは牛の草地だ!」
軍将校が説明する。
「三日間だけ借りる」
「前もそう言って飛行機が居着いたではないか」
「今回は返す!」
「軍人の三日は信用ならん!」
実業家が使用料を提示した。
牧場主はすぐに牛を移した。
◇
初日の朝。
TurはA型装備だった。
写真機。
無線機。
増加燃料。
機銃は残すが、爆弾架は空。
任務は偵察。
演習敵部隊が、森と丘陵のどこへ配置されたか確認する。
「高く飛べ」
偵察部門の将校が言った。
「高すぎると雲に入る」
操縦を担当する軍将校が答える。
「発見されるぞ」
「発見されても写真を持ち帰ればよい」
「撃墜されたら」
「演習だ」
「実戦を想定しろ」
「なら低く、地形に隠れる」
「写真範囲が狭くなる」
後席の大尉が口を挟んだ。
「二回に分ける」
「一度で撮れないのか」
「専門偵察機ではない」
偵察将校は嫌そうな顔をした。
「先に言い訳か」
軍将校は出力レバーへ手を置く。
「帰った後で写真を見ろ」
◇
Turは低く飛んだ。
丘の陰。
森の縁。
川沿い。
正面の広い視界で、地形を確認する。
左右の発動機は視界の端。
機首中央は開いている。
「右の林!」
大尉が言う。
「荷車の跡!」
軍将校が機体をわずかに傾ける。
写真機を向ける。
撮影。
さらに先。
木々の隙間に砲の車輪。
「砲兵陣地」
「偽装されている」
「煙が出た」
「炊事か」
「撮る」
Turは旋回。
地上の演習兵が機体を見つけ、対空監視旗を上げる。
「発見された」
大尉が言う。
「だが撮った」
「敵戦闘機が来る想定なら」
「帰る」
「偵察を続けないのか」
「情報を持ち帰るのが先だ」
その判断に、偵察将校は後で何も言わなかった。
◇
写真は、一時間後に現像された。
敵砲兵陣地。
補給路。
偽装された指揮所。
予備隊らしき人影。
専門の高高度偵察機ほど広い範囲ではない。
写真も少し斜め。
だが必要な情報は写っていた。
「低空すぎる」
偵察将校が言った。
「見つかった」
「写真は撮れた」
大尉が答える。
「実戦なら危険だ」
「装甲がある」
「機関銃も」
「双発だ」
「それで無敵になるわけではない」
軍将校が言った。
「帰れる可能性を増やすだけだ」
偵察将校は写真をもう一度見た。
「次は、もう少し東側も撮れ」
「追加任務ですか」
実業家が尋ねる。
「演習だぞ」
「飛行時間を記録します」
「金を取る気か」
「軍との契約ですので」
◇
午後。
装備換装は行わなかった。
A型のまま、砲兵観測へ。
偵察将校の代わりに、砲兵将校が後席へ乗る。
「無線は使えるか」
「大声なら」
大尉が答える。
「大声?」
「乗れば分かる」
Turが離陸する。
目標は演習地に置かれた白い布。
砲兵隊は数キロ離れた場所。
Turが上空から着弾を観測し、無線で修正する。
「第一射!」
遠くで砲声。
数秒後。
目標の手前に土煙。
「短い!」
砲兵将校が送信する。
「右へ五十! 遠方へ百!」
雑音。
……右……五……遠……百……。
「伝わったか」
「返答なし」
「もう一度!」
大声。
「右へ五十! 遠方へ百!」
返答。
了解。
第二射。
今度は目標右側。
「左へ三十!」
送信。
第三射。
白布の近くへ着弾。
「近い!」
砲兵将校が笑う。
「次は効力射!」
軍将校が前席から叫ぶ。
「演習弾だろうな!」
「当然だ!」
「この会社にいると当然が信用できん!」
◇
砲撃は、予定より早く目標へ集中した。
砲兵将校は着陸後、無線機を叩きながら言った。
「雑音はひどい」
「改善する」
技師が答える。
「だが使える」
「大声なら」
「声が枯れた」
「訓練する」
「喉をか」
「発声を」
実業家が言った。
「乗員用の飲料を用意しましょう」
「水でよい」
独立運動家が答える。
「蜂蜜を入れれば喉によい」
「飛行食として販売を」
「すぐ商売にするな!」
◇
二日目。
TurはB型へ換装された。
写真機と増加燃料タンクを外す。
爆弾架へ模擬爆弾。
前方機銃の弾薬増加。
後方機銃は残す。
整備兵八名が作業する。
「換装時間、四時間二十分」
元ドイツ技師が記録した。
「遅い」
攻撃部門の将校が言う。
「初回だ」
「戦場では待てない」
「専門機を持ってこい」
「ない場合の話だ」
「なら待て」
元白軍将校が言った。
「夜に換装する」
「整備兵が寝られない」
「交代を増やす」
「人員がない」
「では速くする」
軍将校が割って入る。
「口では何とでも言えるな」
実業家は作業工程を見ていた。
「装備ごとに専用荷車を用意しましょう」
「何のために」
「外した装備を一式で運び、次の装備をそのまま機体横へ付けられます」
技師が考える。
「配線も束ねる」
「固定具も工具も同じ荷車へ」
「換装札を付ける」
軍将校が言った。
「また装備が増えた」
「地上装備です」
「費用は」
実業家が答える。
「別料金です」
◇
B型の任務は、模擬砲兵陣地への地上攻撃。
前日の偵察写真を使う。
「自分で見つけた目標を、自分で攻撃する」
大尉が言った。
「情報伝達が早い」
軍将校が答える。
「専門偵察機から専門爆撃機へ渡せば、もっと大きな爆弾を落とせる」
攻撃部門の将校が言う。
「その二機はどこにいる」
大尉が尋ねた。
「中央飛行場だ」
「ここまで何時間」
「天候次第」
「今日は来るか」
「要請していない」
「ならTurが行く」
攻撃将校は何も言わなかった。
◇
Turは前方機銃で陣地を掃射した。
次に模擬爆弾を落とす。
命中率は、前回より少しよい。
照準線の改良。
操縦士の慣れ。
偵察写真で地形を知っていたこと。
一発が模擬砲の近く。
二発が塹壕周辺。
残りは外れた。
「四発外れ」
攻撃将校が記録する。
「陣地は止まった」
大尉が答える。
「破壊判定は一門」
「味方の歩兵は前進した」
演習地では、攻撃を受けた敵役部隊が遮蔽物へ入り、その間に味方役の歩兵が前へ出ていた。
「専門爆撃機なら全滅させられたかもしれない」
「来ればな」
軍将校が答えた。
「来なければ、何も落ちない」
◇
午後。
B型装備の一部を外した。
爆弾は積まない。
前方機銃はそのまま。
後席へ連絡将校。
命令書。
無線機材の交換部品。
「正式な連絡型ではない」
元ドイツ技師が言う。
「座れる」
連絡将校が答えた。
「座席固定を確認」
「した」
「工具箱は」
「外した」
「命令書は」
「胸に入れている」
「書類入れを戻せば」
実業家が言った。
軍将校が睨む。
「二・四キロ削った唯一の装備だぞ」
「毎回不便です」
「戻すのか」
技師が少し考えた。
「薄い布袋なら」
「軽い」
独立運動家が言う。
「別売りできますね」
「また増えた!」
◇
連絡将校は、道路なら半日かかる距離を一時間弱で移動した。
着陸地は短い草地。
Turの大きな翼と車輪が役に立った。
連絡将校が降りる。
命令書を渡す。
その場で別の書類を受け取る。
帰路には故障した無線機まで積まれた。
「最初の任務にない」
軍将校が言う。
「修理工場へ運んでほしい」
現地通信兵が答えた。
「重さは」
「百二十キロ」
「載る」
大尉が貨物室を見る。
「なら載せる」
「すぐ決めるな」
「空いている」
「空きは余裕だと技師が言った」
「必要な物を、重量制限内でだ!」
元ドイツ技師はその場にいなかった。
だが言うことは全員分かっていた。
無線機は載せられた。
◇
三日目。
朝から雨だった。
草地は柔らかい。
演習本部は、一部任務の中止を検討した。
「患者後送は中止できん」
衛生部門の軍医が言う。
「演習だぞ」
軍将校が答える。
「だから今試す。晴天だけで負傷者が出ると思うか」
TurはC型へ換装されていた。
前方機銃は一挺だけ残す。
後方機銃は外す。
写真機も爆弾架も外す。
貨物室へ担架二床。
医薬品箱。
衛生兵用の折り畳み座席。
換装時間は三時間十一分。
「昨日より早い」
技師が記録する。
「慣れた」
整備兵が答えた。
「手順札が役に立った」
「工具荷車も」
実業家が頷く。
「商品価値があります」
「整備兵の工夫だ!」
「報奨金を出します」
整備兵の顔が明るくなる。
軍将校は何も言えなくなった。
◇
演習上の負傷者二名が、泥濘地の仮設救護所にいる。
一人は脚の負傷。
一人は腹部。
人形ではない。
実際の兵士が担架へ横たわっている。
もちろん負傷は模擬。
「本当に揺らすのか」
一人が不安そうに尋ねた。
衛生兵が答える。
「実戦では聞けん」
「今日は演習だ」
「だから聞ける。嫌か」
「馬車よりは短い」
「なら乗れ」
大車輪が泥を踏む。
Turは滑走する。
重いC型装備。
柔らかな地面。
だが離陸できた。
機内では、衛生兵が担架固定を確認する。
「揺れるな」
負傷者役の兵士が言う。
「飛行機だからな」
「もっと静かに飛べないか」
前席の軍将校には聞こえない。
衛生兵が答えた。
「生きて着けばよい」
「模擬負傷だぞ」
「気分は本物だ」
◇
病院飛行場へ着陸。
担架を降ろす。
医師が時間を測る。
救護所から病院まで、四十七分。
馬車なら、泥のため五時間以上。
「患者の負担は」
軍医が尋ねる。
兵士役の一人が答えた。
「うるさい」
「他は」
「揺れる」
「馬車と比べて」
「短い」
「どちらを選ぶ」
「これだ」
もう一人も頷いた。
「ただし朝飯は軽くしてから」
元独立運動家が記録する。
「飛行前の食事も考える必要があるな」
実業家が言う。
「患者用の消化しやすい食事を」
軍将校が振り返った。
「また食品部門が顔を出したぞ!」
◇
最後の任務は、補給物資の投下だった。
C型の貨物固定具を使う。
医薬品。
無線用電池。
乾燥パン。
そして、パン生地樽。
「なぜ最後にそれを入れた」
軍将校が尋ねる。
「現地部隊から要望です」
実業家が書類を見せる。
「演習部隊だぞ」
「三日間、野外にいます」
「軍の糧食がある」
「温かい物も食べたいそうです」
「演習の目的が変わっている!」
元白軍将校が樽を投下枠へ固定した。
「重心試験になる」
「万能な言い訳だな!」
元ドイツ技師は固定帯を確認する。
「一樽だけだ」
「認めるのか」
「投下具の試験だ」
「お前まで使い始めた!」
◇
補給投下は成功した。
医薬品箱は指定地点から十メートル。
電池箱は二十二メートル。
乾燥パンは風で少し流れた。
パン生地樽は、指定地点中央を通過し、坂を転がった。
兵士たちが追いかける。
「止めろ!」
「井戸へ行くぞ!」
「前へ回れ!」
樽は荷車へ衝突して止まった。
割れてはいない。
軍将校は上空から見た。
「また転がっている」
大尉が答える。
「樽だからな」
「投下具を改良したのでは」
「落下は安定した」
「地上で転がる!」
「平地へ落とせばよい」
「戦場に平地を求めるな!」
◇
三日間の演習が終わった。
Turは一機。
使った機体も一機。
換装した装備は三種類。
飛行回数は八回。
偵察。
砲兵観測。
地上攻撃。
人員輸送。
命令書輸送。
故障機材回収。
患者後送。
補給投下。
どの仕事でも、専門機には届かない部分があった。
写真範囲は狭い。
爆弾は少ない。
輸送量も大きくない。
患者用設備も簡素。
無線はうるさい。
速度も遅い。
だが、三日間、一度も任務が途切れなかった。
◇
演習後の評価会議。
戦闘機部門。
爆撃部門。
偵察部門。
輸送部門。
砲兵。
衛生。
地方航空隊。
全員が同じ部屋に集められた。
軍将校は嫌な予感しかしなかった。
偵察将校が最初に言う。
「専門偵察機より写真性能は低い」
攻撃将校。
「爆撃精度と搭載量も不足」
輸送将校。
「貨物室も小さい」
軍医。
「担架二床は有用。ただし振動対策が必要」
砲兵将校。
「無線雑音はひどい。観測自体は使える」
地方航空隊の指揮官が最後に言った。
「では、それら専門機を全部、私の飛行場へ置いてくれるのか」
部屋が静かになった。
「戦闘機二機」
「偵察機一機」
「爆撃機一機」
「輸送機一機」
「救急機一機」
「それぞれの操縦士、観測員、整備員、予備発動機、部品、工具、燃料」
指揮官は全員を見回した。
「置いてくれるなら、Turは要らん」
誰も答えない。
「置けないなら、一機で全部やる物をよこせ」
大尉が机の下で小さく拳を握った。
実業家は帳簿を開いた。
軍将校が小声で止める。
「まだ価格を出すな」
「必要になるかと」
「今は黙っていろ」
◇
戦闘機部門の将校が言った。
「敵戦闘機に襲われれば逃げられない」
地方指揮官が答える。
「戦闘機を寄越せ」
「数が足りない」
「ならTurへ後方機銃を付けろ」
爆撃部門。
「敵陣深くへの攻撃はできない」
「そこまで行かせない。国境近くで使う」
偵察部門。
「高高度偵察には向かない」
「高高度用機を中央で使え。こちらは道路と森を見る」
輸送部門。
「大量輸送は無理だ」
「大量に運ぶ物は列車で来る。列車が来ない場所へ少し運ぶ機体が要る」
軍医。
「患者輸送専用機の方がよい」
「いつ配備される」
軍医は黙った。
「来るまでTurを使う」
地方指揮官は最後に言った。
「これは最良の機体ではない」
元ドイツ技師の眉が少し動いた。
「だが、最良の機体が来ない場所へ置くには、一番よい」
◇
航空部の会議は、さらに二週間続いた。
予算区分。
運用部隊。
型式分類。
部品供給。
操縦士教育。
装備換装。
どこが購入費を出すか。
実業家は、軍将校へ毎日尋ねた。
「決まりましたか」
「まだだ」
「今日は」
「まだだ」
「明日は」
「知らん!」
元独立運動家は言った。
「待っている間に二号機を作る」
「注文がない」
軍将校が答える。
「一号機だけでは足りない」
「不採用ならどうする」
実業家が言った。
「民間型へ改修して売ります」
「売れるか」
「郵便庁、病院、新聞社、国境警備隊」
「軍用機だぞ」
「武装と装甲を外せば貨物機になります」
元ドイツ技師が首を振った。
「装甲は外さない」
「重いです」
「事故時にも役立つ」
「民間機に機関銃は?」
「外す」
「爆弾架は?」
元白軍将校が言う。
「牛乳缶を吊るす」
「お前だけは改修計画へ入るな!」
◇
正式文書が届いたのは、夕方だった。
軍将校が封筒を持って作業場へ入る。
全員が見る。
「開けろ」
元独立運動家が言う。
「分かっている」
「早く」
「今開ける!」
封を切る。
読む。
軍将校の表情が変わらない。
「どうした」
大尉が尋ねる。
「読んでいる」
「結果は」
「少し待て」
「長いのか」
「役所の文書だ!」
実業家が手を出す。
「貸してください」
「まだ私が読んでいる!」
最後まで読み終える。
軍将校は紙を下ろした。
「条件付き採用」
作業場が静かになった。
大尉が聞き返す。
「本当か」
「本当だ」
「何機」
「先行量産、十二機」
実業家が即座に帳簿を開いた。
「前金は」
「そこからか!」
「重要です」
「出る」
実業家の手が止まった。
「本当に?」
「軍が成長したな」
元独立運動家が笑った。
「まだ一部だ!」
◇
採用名称は、
Tur A.1 多用途双発機
主用途は偵察・連絡。
装備換装により、軽爆撃、地上攻撃、救急輸送、軽貨物輸送へ対応。
十二機の内訳。
A型装備六式。
B型装備四式。
C型装備四式。
「機体より装備式数が多い」
軍将校が言った。
実業家は頷く。
「交換して使うためです」
「全部別料金か」
「契約書を確認します」
「嬉しそうだな」
元ドイツ技師は量産仕様書を読んでいた。
「試作一号機から変更が多い」
「軍の要求か」
「尾翼拡大。脚機構改良。装甲板固定部の変更。無線雑音対策。機銃架補強」
「全部試験で出た物だ」
「だから直す」
元白軍将校が言った。
「主翼桁をもう一本」
「増やさない!」
「量産機は丈夫に」
「既に三本ある!」
「なら四本目は予備」
「飛行中に交換できん!」
◇
問題は、十二機をどう作るかだった。
WILKがこれまで作った機体は、すべて手作業に近い。
同じ図面でも違う。
左右で違う部品。
現場で合わせる。
削る。
叩く。
穴を開け直す。
だが軍は、十二機とも同じ性能を求める。
同じ部品。
同じ工具。
同じ操作。
同じ整備手順。
元ドイツ技師は、作業場の壁へ大きな紙を貼った。
勝手に合わせるな。
図面通りに作れ。
合わない場合は削らず報告せよ。
元白軍将校が読んだ。
「合わなければ削る」
「報告しろ!」
「報告後に削る」
「図面を直してからだ!」
「時間がかかる」
「十二機すべて違う方が時間を失う!」
実業家が別の紙を貼った。
部品番号を統一。
工程ごとに検査。
不良品は記録。
代用品の無断使用禁止。
軍将校が感心する。
「会社らしくなったな」
独立運動家が言った。
「人も増やす必要がある」
「何人」
「少なくとも今の三倍」
「雇用費が」
実業家が契約書を掲げた。
「前金があります」
全員が少し感動した。
◇
翌朝。
工房前には、職を求める人々が並んだ。
元兵士。
木工職人。
鍛冶屋。
馬車職人。
時計修理工。
縫製職人。
学校を出たばかりの若者。
戦争で家を失った者。
元捕虜。
難民。
実業家は一人ずつ名前を書く。
独立運動家は家族の有無を聞く。
白軍将校は手を見て、何ができるか判断する。
ドイツ技師は測定器を渡す。
軍将校は、なぜ自分まで採用面接をしているのか分からなくなっていた。
「次」
若い男が前へ出る。
「何ができる」
「荷車を作っていました」
独立運動家が言う。
「車輪と木枠」
「はい」
白軍将校が頷く。
「脚班へ」
技師が止める。
「航空機の脚は荷車ではない」
「だが車輪は知っている」
「教育してからだ」
実業家が書く。
脚部製造見習い。
「次」
女が前へ出る。
「布を縫えます」
「どの程度」
「軍服、天幕、気球の補修」
技師が布片を渡す。
「この線に沿って縫う」
正確。
速い。
「主翼布班へ」
実業家が記録する。
「次」
老人が前へ。
「何ができる」
「何でも直す」
軍将校が嫌な予感を覚えた。
「具体的には」
「時計、銃、農具、蓄音機、義足」
元白軍将校が笑う。
「WILK向きだ」
元ドイツ技師が顔をしかめる。
「まず測定させる」
◇
十二機分の木材が届いた。
鋼管。
布。
車輪。
計器。
発動機。
発動機だけは、十二機分揃っていなかった。
「何基ある」
軍将校が尋ねる。
実業家が一覧を見る。
「完成品十八基」
「十二機なら二十四基必要だ」
「残り六基は後送予定」
「いつ」
「未定」
「またか!」
元白軍将校が言う。
「先に九機作れる」
「残り三機は」
「発動機を待つ」
「納期は十二機同時だ!」
元ドイツ技師は発動機一覧を確認する。
「十八基も完全に同一ではない」
軍将校の顔が引きつる。
「同型では」
「製造時期が違う。点火装置と補機に差がある」
「飛ぶか」
「飛ぶ」
「部品は共通か」
「一部違う」
「量産とは何だ!」
実業家が言った。
「十八基を二種類に分け、三機ずつ仕様を揃えます」
「十二機全部は」
「後送六基の仕様次第です」
元ドイツ技師は長く息を吐いた。
「まず発動機の差異表を作る」
白軍将校が言う。
「交換式架台が役に立つ」
「役に立ってほしくなかった!」
◇
それでも、量産は始まった。
一号機の胴体。
二号機の主翼。
三号機の脚。
四号機の尾部。
別々に作る。
検査する。
組み合わせる。
初めて、同じ部品が同じ場所へ付いた。
初めて、削らずにボルトが通った。
作業場で小さな歓声が上がった。
元ドイツ技師は、ボルトを抜いた。
「なぜ抜く!」
軍将校が叫ぶ。
「検査する」
「通ったのだぞ!」
「だから寸法を測る」
「少しは喜べ!」
「十二機すべて通ってからだ」
元白軍将校が言った。
「一本目は記念に残すか」
「使え!」
◇
量産第一号機が形になった日。
機首には狼の印。
その後ろに、
TUR A.1-01
と描かれた。
軍将校が機体を見上げる。
「試作機より整っている」
「図面通りだからだ」
技師が答える。
「個性がない」
元独立運動家が言う。
「量産機に個性は要らない」
「前線で名前を付けられる」
「勝手に塗るなと書いておく」
元白軍将校が笑った。
「無駄だ」
誰も反論できなかった。
実業家は軍の注文書と完成機を見比べる。
「一機目」
「残り十一機」
軍将校が言う。
「長いな」
「始まったばかりです」
◇
Turは最速ではなかった。
最大でもない。
もっとよく写真を撮る機体がある。
もっと多く爆弾を積む機体がある。
もっと速く飛ぶ機体がある。
もっと多く人を運ぶ機体もある。
だが、それらがすべて揃う飛行場は少なかった。
Turは一機で来た。
写真を撮った。
砲撃を直した。
敵役を伏せさせた。
命令書を運んだ。
壊れた無線機を持ち帰った。
負傷者を病院へ運んだ。
最後にはパンまで落とした。
何か一つで一番になれなくとも。
必要な日に、必要な場所へ飛び、次の仕事も引き受ける。
軍が十二機を注文した理由は、性能表の最大値ではなかった。
専門機が来ない時。
道路が切れた時。
鉄道が止まった時。
飛行場がただの草地だった時。
そこにいて、飛べることだった。
量産第一号機の発動機が回り始めた。
二基。
同じ音。
同じ回転。
元ドイツ技師は、耳を澄ませる。
「異音なし」
軍将校が聞く。
「飛べるか」
「飛ばす」
「十二機全部?」
「全部だ」
元白軍将校が言った。
「一番でなくともよい」
元独立運動家が続ける。
「来なければ、何も始まらない」
実業家は帳簿へ、最初の完成印を押した。
Tur A.1量産第一号機、完成。
その下には、既に次の欄があった。
二号機、発動機待ち。
軍将校が見つけた。
「もう止まったのか!」
「機体は完成しています」
「飛べないだろう!」
「発動機が来れば飛びます」
元白軍将校が言う。
「他の機体から借りるか」
元ドイツ技師が叫んだ。
「量産一日目から共食いするな!」