WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK国外移動班 九月二十日夜 船舶割当表より抜粋

第一船。

社員家族、港湾担当者、医療要員、事務要員。

第二船。

技術者、整備員、測定具、図面および契約資料の一部。

第三船。

社員家族、協力企業関係者、避難民。

第四船。

予備輸送。

創業者については同一船へ乗せない。

本社資料についても同一船へ集中させない。

船舶喪失時、一隻の損失をもって全体の損失としてはならない。

目的地。

スウェーデン。

到着後の集合地点については、現地支社からの指示に従うこと。

追記。

出港時刻を待って人員を揃えようとしない。

来た者から出せ。


第190話 まだ戦える

 

一九三九年九月二十日。

 

夕方。

 

港は、戦争が始まる前とはまるで違う場所になっていた。

 

倉庫の前には荷物が積まれていたが、その量は思ったほど多くない。家具もなければ、大きな機械もない。

 

木箱。

 

鞄。

 

工具。

 

医薬品。

 

書類。

 

毛布。

 

子供を抱いた母親。

 

老人。

 

整備服の男。

 

油に汚れた技術者。

 

制服の上から民間の上着を着た者もいる。

 

何を持っていくべきかという問いは、ここ数日で繰り返されすぎた。

 

最後には、持てる物より、持っていかなければ失う物だけが残った。

 

ユダヤ人実業家は岸壁の端で船を見ていた。

 

大きくない。

 

どれも、軍艦ではない。

 

商船。

 

貨物船。

 

普段なら木材や機械や食料を積んでいた船だ。

 

今日は人を積む。

 

港湾担当者が書類を持って走ってくる。

 

「第三船、あと十八人入ります」

 

「十八?」

 

「貨物を一部降ろしました」

 

「何を」

 

「缶詰です」

 

ユダヤ人実業家が顔をしかめる。

 

「全部降ろしたのか」

 

「半分です」

 

「半分ならいい。残りは積め」

 

「でも人が」

 

「人間も食う」

 

担当者は頷いた。

 

実業家は船を見た。

 

人を優先する。

 

だからといって、食料を捨てればいいわけではない。

 

薬を積む。

 

だからといって、工具を全部置いていけばいいわけでもない。

 

何か一つを正義にしてしまえば、次の日から困る。

 

その面倒な勘定を、WILKはずっとやってきた。

 

別の社員が駆けてくる。

 

「実業家!」

 

「何だ」

 

「第一船、出せます」

 

実業家は時計を見た。

 

「予定より早いな」

 

「沿岸の状況が変わる前に出たいと船長が」

 

「出せ」

 

社員が少し驚いた。

 

「まだ全員来てません」

 

「誰が」

 

名前がいくつか読み上げられる。

 

その中に創業者はいなかった。

 

実業家は即答した。

 

「出せ」

 

「待たなくていいんですか」

 

「通達を読んだだろ」

 

来た者から出せ。

 

港で全員を揃えるために船を失えば、何のために分散したのか分からない。

 

「第一船、出港」

 

社員が走っていった。

 

ほどなくして綱が外れた。

 

岸壁から船体が少しずつ離れていく。

 

甲板に立っている人々の中から、手を振る者がいた。

 

岸壁からも手が上がる。

 

誰かが名前を呼んだ。

 

返事があったかどうかは分からない。

 

船はそのまま港の外へ向かった。

 

ユダヤ人実業家は見送り続けなかった。

 

すぐに次の名簿を開いた。

 

まだ船がある。

 

まだ人がいる。

 

港の反対側では、元ドイツ軍技術者が荷物を減らしていた。

 

「これは降ろす」

 

若い技術者が木箱を抱えたまま止まった。

 

「昨日、先生が持っていくと」

 

「気が変わった」

 

「中身は精密測定具ですよ」

 

「知っている」

 

「国外に二組しかありません」

 

「三組だ」

 

「三組?」

 

「ノルウェー側から連絡があった。去年送った一組が残っている」

 

若い技術者は木箱を見る。

 

「なら、これは?」

 

元ドイツ軍技術者は岸壁に並ぶ人間を指した。

 

「その重量で二人乗る」

 

技術者はすぐ箱を下ろした。

 

「保管は?」

 

「港の倉庫へ」

 

「占領されたら」

 

「失う」

 

若い技術者が黙る。

 

元ドイツ軍技術者は箱を一度だけ見た。

 

「物を失う判断をできない技術者は、人間を使う仕事をするな」

 

若い技術者は少し驚いた。

 

元ドイツ軍技術者本人も、自分の口から出た言葉に少し不満そうだった。

 

「何だ」

 

「いえ」

 

「早く二人探せ」

 

「はい」

 

技術者が走っていく。

 

代わりに整備員二人が船へ乗った。

 

元ドイツ軍技術者は、その後ろから乗船表へ印を付けた。

 

その時、別の船から声が飛んだ。

 

「先生!」

 

振り返る。

 

昨日まで別工場にいた技術者だった。

 

「図面!」

 

封筒が投げられる。

 

元ドイツ軍技術者が受け取った。

 

「何だ」

 

「Bizonの発動機架、最後の変更分です!」

 

封筒を開く。

 

数枚。

 

完全な図面ではない。

 

変更箇所。

 

寸法。

 

材料指定。

 

「元図は?」

 

「別の船です!」

 

「どの船」

 

「知りません!」

 

元ドイツ軍技術者は一瞬だけ相手を睨んだ。

 

それから封筒を閉じた。

 

「それでいい!」

 

相手が笑った。

 

「でしょう!」

 

船と船の間で、二人とも手を上げた。

 

同じ図面が一か所にない。

 

今までなら面倒だった。

 

今日は、それが正しい。

 

日が落ちる少し前。

 

元独立運動家の一行が港へ着いた。

 

車から降りた彼は、自分の荷物より先に名簿を取り出した。

 

「家族ごとに並ばせるな。船ごとだ」

 

港の社員が答える。

 

「第二船はもう締め切りました」

 

「第三は」

 

「まだ」

 

「人数」

 

数字を聞く。

 

元独立運動家は自分の名簿を見る。

 

「足りないな」

 

「何人です」

 

「二十九」

 

社員が困った顔をした。

 

元独立運動家は周囲を見た。

 

別の船。

 

倉庫。

 

岸壁。

 

「第四船は」

 

「まだ積載調整中です」

 

「そこへ十二。残りは第三」

 

「家族が分かれます」

 

「なら家族単位で割り直せ」

 

「時間が」

 

「だから急げ」

 

そこへ、道中で拾った若い女が子供二人を連れてやって来た。

 

「夫は?」

 

元独立運動家が顔を覚えていた。

 

工場班の社員の妻。

 

「まだ来ていません」

 

「船は出ますか」

 

「出す」

 

女が子供を見る。

 

「夫を待ちたいんです」

 

元独立運動家はしばらく返事をしなかった。

 

数日前なら、「港で合流する予定です」と言えた。

 

今日は、その言葉を使えない。

 

「ご主人は別の船に乗るかもしれません」

 

「でも」

 

「同じ船に乗るために待たない方がいい」

 

女は黙った。

 

元独立運動家は少し声を落とした。

 

「向こうで探してください」

 

「向こうで?」

 

「スウェーデンでも、その先でも。名簿は残す。どの船に誰を乗せたかも残す」

 

女は子供の手を握った。

 

しばらくして頷いた。

 

「分かりました」

 

「第三船へ」

 

家族が歩き出す。

 

港の社員が小声で聞いた。

 

「本当に合流できますか」

 

元独立運動家は名簿に印を付けた。

 

「できるようにする」

 

「できなかったら」

 

「次を探す」

 

それ以外の答えはなかった。

 

夜。

 

ポーランド軍将校が港へ着いた時、すでに一隻は出ていた。

 

車から降りた彼を、ユダヤ人実業家が見つけた。

 

「遅い」

 

「軍が離してくれなかった」

 

「お前も軍だろ」

 

「だから余計にだ」

 

二人は握手もしなかった。

 

昨日まで同じ会議室にいた。

 

一日離れただけだ。

 

だが、妙に久しぶりに見えた。

 

「技術者は?」

 

「第二船」

 

「独立運動家」

 

「第三船」

 

「お前は」

 

「第四船」

 

ポーランド軍将校が笑った。

 

「見事に分けたな」

 

「当然だ」

 

「元白軍将校は?」

 

ユダヤ人実業家の顔から、少しだけ表情が消えた。

 

「まだ来ていない」

 

ポーランド軍将校は港を見た。

 

「北西班は」

 

「一部到着した」

 

「本人は?」

 

「いない」

 

「連絡は」

 

「ない」

 

二人とも少し黙った。

 

港には人の声がある。

 

荷物を運ぶ音。

 

発動機。

 

船員の怒鳴り声。

 

子供の泣き声。

 

その中で、五人目だけがいない。

 

ポーランド軍将校は時計を見た。

 

「予定時刻は」

 

「過ぎた」

 

「待てるか」

 

「船は待たせない」

 

即答だった。

 

ポーランド軍将校も反論しなかった。

 

昨日、自分たちでそう決めた。

 

来た者から出す。

 

創業者だから例外、という規則を作れば、十九年間やってきたことが全部嘘になる。

 

「俺の船は?」

 

「第二埠頭」

 

ポーランド軍将校が歩き出した。

 

その時。

 

背後から男が呼んだ。

 

「待て」

 

振り返る。

 

見覚えのある顔だった。

 

軍服。

 

ただし、前線部隊の人間ではない。

 

情報畑で何度か顔を合わせたことがある将校だった。

 

男は周囲を確認してから近づいてきた。

 

「これを」

 

封筒。

 

差出人は書かれていない。

 

ポーランド軍将校は受け取った。

 

「誰からだ」

 

「昨夜預かった」

 

「誰に」

 

将校は少しだけ笑った。

 

「聞かなくても分かるだろ」

 

ポーランド軍将校の顔が険しくなる。

 

「本人は?」

 

「知らん」

 

「どこへ行った」

 

「知らん」

 

「お前、情報屋だろ」

 

「だから知らないと言っている時は、本当に知らない」

 

ポーランド軍将校は封筒を見る。

 

「なぜお前に預けた」

 

将校は少し遠くを見るような顔をした。

 

「昔、あの男に借りがある」

 

「いつ」

 

「ロシアで」

 

ポーランド軍将校が顔を上げた。

 

もう一度聞こうとした時、将校は先に言った。

 

「それ以上は本人に聞け」

 

「本人がいない」

 

「なら生きて会え」

 

将校はそれだけ言って去っていった。

 

船に乗ってから、ポーランド軍将校は封筒を開いた。

 

紙は一枚。

 

文字も少ない。

 

> 残ったやつらを拾う。

> 港では待つな。

> 先に行け。

> 生きていれば追いつく。

 

ポーランド軍将校は二度読んだ。

 

三度目は読まなかった。

 

紙を畳む。

 

横にいた通信兵が聞いた。

 

「何か?」

 

「問題だ」

 

「大きいですか」

 

「昔から大きい」

 

通信兵には意味が分からなかった。

 

午後から出港していた第一船は、すでに沖にいた。

 

夜の海は黒い。

 

岸の灯りも少ない。

 

それぞれの船は距離を取り、同じ場所を固まって進んではいない。

 

WILKの旗を掲げているわけでもない。

 

軍艦でもない。

 

ただの商船に見える。

 

それでよかった。

 

上空から発動機の音が聞こえた。

 

甲板にいた人間が何人か空を見る。

 

二機のBizonだった。

 

長い時間は付けない。

 

燃料にも限界がある。

 

敵戦闘機と戦うためでもない。

 

船が沿岸の危険な海域を抜ける間、少しでも敵機を遠ざけ、海面へ近づく怪しいものを早く見つけるために飛んでいる。

 

第一船の船員が空を見上げた。

 

「まだいたのか」

 

隣のWILK社員が答える。

 

「まだ飛びますよ」

 

「どこまで」

 

社員は少し考えた。

 

「燃料があるところまで」

 

船員は笑った。

 

「正直だな」

 

「会社の飛行機ですから」

 

「軍のだろ」

 

「それ、農場でも揉めたらしいですよ」

 

「何の話だ」

 

「気にしないでください」

 

Bizonは船団の上を一度通過し、海側へ大きく旋回した。

 

しばらくして、そのうち一機が高度を下げた。

 

海面。

 

前方。

 

黒い形。

 

船からは分かりにくい。

 

Bizonの搭乗員は、もう一度確認した。

 

潜水艦らしい。

 

完全に潜ってはいない。

 

こちらに向かっているのか、偶然そこにいるだけなのかも分からない。

 

それでも船団の近くにいる以上、放置はできない。

 

Bizonは進路を変えた。

 

二機目も付く。

 

船を守る。

 

それだけでいい。

 

一機目が低空から接近した。

 

発砲。

 

海面に水柱が立つ。

 

潜水艦の周囲へ弾が散る。

 

二機目も違う角度から入る。

 

撃沈を狙って何度も張り付くことはしない。

 

相手が潜るなら、それでいい。

 

潜水艦の甲板から人影が消えた。

 

船体が海へ沈み始める。

 

Bizonはさらに一度だけ上空を通り、潜航を確認すると船団側へ戻った。

 

追わない。

 

探さない。

 

沈めたかどうかにも興味を持たない。

 

船が通れればいい。

 

その頃。

 

第二船の無線室で、元ドイツ軍技術者は通信員の後ろに立っていた。

 

「もう一度呼べ」

 

「呼んでます」

 

「聞こえてない」

 

「聞こえていたら返事があります」

 

「機械が悪いんじゃないか」

 

「先生、さっき自分で確認しましたよね」

 

元ドイツ軍技術者は黙った。

 

通信員が笑いをこらえながら送信を続ける。

 

『第二船より各船。第二船より各船。応答願う』

 

雑音。

 

少しして声が返る。

 

『第三船、聞こえる』

 

元独立運動家だった。

 

さらに別の声。

 

『第四船、聞こえる』

 

ユダヤ人実業家。

 

少し遅れて。

 

『こちら第五――』

 

通信員が首を振った。

 

「違います」

 

別船だった。

 

呼び直す。

 

やがて。

 

『ポーランド軍将校乗船船より。聞こえている』

 

四人。

 

別々の船。

 

十九年間、机を挟んで話してきた連中が、今夜は雑音の向こうにいる。

 

元ドイツ軍技術者が通信員から送話器を取った。

 

「一人足りない」

 

『分かっている』

 

ポーランド軍将校の声。

 

ユダヤ人実業家が割り込む。

 

『港には来なかった』

 

元独立運動家が聞いた。

 

『最後の移動班は?』

 

『来た。本人だけいない』

 

数秒。

 

雑音だけになった。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

『手紙が来た』

 

元ドイツ軍技術者の顔が変わる。

 

「誰からだ」

 

『聞く必要があるか』

 

沈黙。

 

元独立運動家が先に言った。

 

『……白軍か』

 

『そうだ』

 

ユダヤ人実業家の声が低くなる。

 

『何と』

 

ポーランド軍将校は手紙を開かなかった。

 

もう覚えている。

 

『残ったやつらを拾う。港では待つな。先に行け。生きていれば追いつく』

 

今度の沈黙は長かった。

 

最初に怒ったのは、予想通り元ドイツ軍技術者だった。

 

「予定表には港へ来ると書いてある!」

 

元独立運動家が返す。

 

『あいつが今まで予定表通りに動いた回数を数えてみろ』

 

「重要な時ほど予定を守れ!」

 

『本人に言え』

 

「いないから言えない!」

 

ユダヤ人実業家がため息混じりに言った。

 

『それで北西班から外れたのはいつだ』

 

ポーランド軍将校が答える。

 

『分からん。ただ、情報畑の古い知り合いに手紙を預けていた』

 

『古い知り合い?』

 

『ロシア時代らしい』

 

また少し静かになった。

 

元独立運動家が小さく言う。

 

『あいつ、まだ何か隠してたな』

 

元ドイツ軍技術者が怒鳴る。

 

「戻ってきたら全部聞く!」

 

ポーランド軍将校が笑った。

 

『まず戻ってくればな』

 

その言葉だけは、誰も笑わなかった。

 

船は進んでいる。

 

岸から離れる。

 

ポーランドから離れる。

 

無線通信員が海図を見る。

 

船長が入ってきた。

 

「進路を確認したい」

 

ポーランド軍将校は通信を切らずに船長を見る。

 

「どうぞ」

 

「このままスウェーデンへ向かう。ただし、後ろの船を待つなら速度を落とす必要がある」

 

送話器の向こうにも聞こえていた。

 

誰かが言った。

 

『待つか』

 

元独立運動家だった。

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

『何を』

 

『あいつを』

 

元ドイツ軍技術者が珍しく黙っている。

 

ポーランド軍将校は、手元の紙を見た。

 

港では待つな。

 

先に行け。

 

十九年間。

 

五人は何度も誰かを待った。

 

会議を待った。

 

部品を待った。

 

船を待った。

 

金を待った。

 

許可を待った。

 

人が帰ってくるのを待った。

 

だが、今夜だけは。

 

待てない。

 

「戻るか」

 

ポーランド軍将校が聞いた。

 

ユダヤ人実業家がすぐ答える。

 

『戻らない』

 

「待つか」

 

今度は元独立運動家。

 

『待たない』

 

元ドイツ軍技術者が、ようやく口を開いた。

 

「では、どうする」

 

ポーランド軍将校は船長を見る。

 

その向こう。

 

黒い海。

 

さらに向こうにある国は、まだ見えない。

 

「先へ行く」

 

三つの船から、順番に返事が来た。

 

『了解』

 

『分かった』

 

「……仕方ない」

 

最後の声だけ、ひどく不機嫌だった。

 

無線通信が終わったあとも、通信兵は周波数を変えながら呼びかけを続けた。

 

北西側。

 

移動班。

 

港へ向かう道路。

 

使える可能性のある中継局。

 

返事がない。

 

もう一度。

 

ない。

 

さらにもう一度。

 

ない。

 

ポーランド軍将校は止めなかった。

 

呼べる間は呼べばいい。

 

ただし。

 

船は止めない。

 

深夜。

 

最後まで船団に付いていたBizonが、翼を振った。

 

船上から整備員が気づき、手を振る。

 

届くはずはない。

 

それでも振る。

 

Bizonは旋回した。

 

ポーランドへ戻るのではない。

 

別の飛行場へ向かう。

 

そこからさらに国外へ出る予定だった。

 

機体は夜の中へ消えた。

 

船だけが残った。

 

一隻ではない。

 

別々の船。

 

別々の人員。

 

別々の資料。

 

別々の技術。

 

同じ場所へ集めないまま。

 

海を渡る。

 

翌朝。

 

東の空が明るくなり始めた。

 

甲板へ出たポーランド軍将校は、後ろを見た。

 

ポーランドの陸地は、もうほとんど見えない。

 

近くにいた通信兵が紙を持ってくる。

 

「最後の呼び出し、応答ありませんでした」

 

「そうか」

 

「続けますか」

 

ポーランド軍将校は少し考えた。

 

「通常連絡の邪魔にならない範囲で」

 

「はい」

 

通信兵が戻っていく。

 

船長が海図を持って近づいた。

 

「このままで?」

 

ポーランド軍将校は前を見た。

 

背後には、まだ戦っている兵士がいる。

 

移動中の社員がいる。

 

国外へ向かって飛ぶ航空機がある。

 

そして、どこかの道路には、勝手に列を離れた元白軍将校がいる。

 

国土は失われつつある。

 

政府も軍も国外へ出始めている。

 

工場も農場も飛行場も置いてきた。

 

それでも。

 

人間は残っている。

 

技術も残っている。

 

金も。

 

契約も。

 

図面も。

 

飛行機も。

 

船も。

 

そして。

 

まだ戦う理由も残っている。

 

ポーランド軍将校は船長へ答えた。

 

「航路そのまま」

 

船長が頷く。

 

「スウェーデンへ?」

 

「ああ」

 

船は西でも東でもなく、海の向こうへ進んだ。

 

「スウェーデンへ」

 

 

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