敵航空活動について。
ポーランド軍航空戦力は、戦役全体の趨勢を逆転させる能力を有していなかった。
制空権は早期に我が方へ傾き、敵航空部隊は固定飛行場の喪失、燃料および補用品不足、機体損耗によって継続的に戦力を低下させた。
ただし、一部の敵双発機については、その戦術的価値を撃墜数または爆撃量のみで評価することは適当ではない。
当該機は低空において道路交通、燃料車、通信施設、砲兵陣地、後方集積所その他の軟目標を反復して攻撃し、行軍部隊に対して停止、分散、遮蔽、対空射撃、損害確認および再集合を強制した。
個々の攻撃による損害が軽微である場合においても、部隊行動に生じる遅延は無視し得ない。
特にWILK社製と確認されたTurおよびBizonについては、戦闘機ではないことを理由として軽視してはならない。
正面武装。
後方防御武装。
一部機体に施された装甲。
粗地運用能力。
損傷状態での帰投能力。
これらを総合し、敵機を撃墜可能であることと、容易に撃墜可能であることを混同してはならない。
第191話 猫車の会社
一九三九年九月末。
ドイツ軍のある補給部隊では、戦役中の記録をまとめる作業が続いていた。
戦車部隊や歩兵部隊ほど華々しい報告にはならない。
何日に何両到着した。
何日に何トンの燃料が遅れた。
どの道路が塞がった。
どの橋が使えなくなった。
どの倉庫から何箱の弾薬を出した。
戦争が終わりに近づくほど、そうした記録の価値は増していく。
机の前に座った将校が、数枚の報告書をめくった。
「この日、燃料輸送が四時間遅延」
補給下士官が答える。
「はい」
「原因、敵航空攻撃」
「正確には、その後です」
将校が顔を上げた。
「その後?」
「最初に道路上の車列が攻撃を受けました。大きな損害ではありません。一台炎上、二台損傷です」
「なら四時間は長い」
「前方の車両が道路を塞ぎました。燃料車が脇へ退避して、その後ろへ砲兵車列が追いつきました。さらに別部隊が迂回路へ入って詰まりました」
将校は報告書を見る。
「敵機は何機だった」
「二機です」
「二機で四時間?」
下士官は少し考えた。
「二機が四時間止めたわけではありません」
「では?」
「二機が十分ほど仕事をして、残りの三時間五十分は我々が仕事をしました」
将校は黙った。
その表現が気に入ったのか、気に入らなかったのか分からない。
「敵機の型式は」
「双発でした」
「Turか」
「たぶん」
「WILK製?」
「情報部ではそう言っていました」
下士官は少し首を傾けた。
「WILKって、あの猫車の会社ですよね」
将校が顔を上げる。
「何?」
「猫車です」
机の横にいた別の兵が笑った。
「ほら、やっぱりそうだ」
将校は二人を見る。
「何の話だ」
兵士が廊下の方を指した。
「外にありますよ」
「何が」
「WILKです」
将校はますます分からない顔をした。
補給下士官が説明する。
「手押しの二輪台車です。W印があるやつです」
「それと航空機に何の関係がある」
「同じ会社です」
将校は報告書の表紙を見た。
そこには確かにWILKという文字がある。
「……本当に?」
「そう聞いてます」
「猫車の会社が飛行機を作っていた?」
今度は兵士が言った。
「逆じゃないですかね」
「何が」
「飛行機の会社が猫車を作ってたんじゃないですか」
将校はしばらく考えた。
「どちらでもいい」
兵士たちはそうでもない顔をしていた。
---
その日の午後。
占領した旧ポーランド軍補給倉庫で、数人のドイツ兵が異様に機嫌良く働いていた。
理由は単純だった。
倉庫の奥からW式二輪台車がまとめて見つかった。
一台や二台ではない。
十数台。
状態の悪いものを含めれば、さらにある。
古参の補給兵が一台を引き出し、車輪を回した。
「これだ」
若い兵が聞く。
「知ってるんですか」
「戦前に一台買った」
「軍から?」
「私費だ」
若い兵が驚く。
「これを?」
「これがいいんだ」
古参兵は車軸を確認し、荷台を叩いた。
「重い物を載せても曲がりにくい。車輪も替えやすい。泥でも普通の手押し車よりましだ」
「高かったんですか」
「高かった」
「ここに十五台ありますよ」
古参兵は一瞬黙った。
「だから腹が立つ」
若い兵が笑った。
「本場ですからね」
「そういう問題じゃない」
倉庫のさらに奥から声がした。
「おい、まだあるぞ!」
数人が集まる。
出てきたのは台車本体ではなかった。
交換用の受け具。
平板。
担架用の金具。
弾薬箱固定具。
連結具。
そして万力式の銃固定台。
若い兵が一つを持ち上げた。
「これは?」
古参兵がすぐ答える。
「銃架」
「知ってるんですか」
「コピー品を見たことがある」
「英国製?」
「たぶんな」
別の兵が固定部を見た。
「これ、台車に付くぞ」
「付くから置いてあるんだろ」
「機関銃を載せるのか」
「載せる」
「そのまま撃てる?」
「脚を出して固定すればな」
若い兵は少し感心した。
「便利ですね」
古参兵が鼻で笑う。
「だから買ったと言ってるだろ」
さらに奥から、連結棒が何本も見つかった。
兵士の一人が思いついた。
「これ、つなげられるぞ」
「知ってる」
「何台まで?」
「知らん」
「試すか」
数分後。
四台のW式猫車が一列につながった。
そこへ弾薬箱、工具箱、燃料缶、回収した装備品が載せられる。
若い兵が先頭を見た。
「人力?」
古参兵は首を振った。
「バイクを持ってこい」
「引けますかね」
「ポーランド人がやってた」
オートバイが連れてこられる。
連結。
発進。
最初はゆっくり。
猫車が一台ずつ動き始める。
四台連結。
ガラガラと音を立てながら、倉庫前の道を走る。
周囲にいた兵士が振り返った。
一人が叫ぶ。
「何だそれ!」
運転している兵士が答える。
「W式!」
「一台よこせ!」
後ろから古参兵が怒鳴った。
「嫌だ!」
「四台あるだろ!」
「四台で一組だ!」
「そんな規則ないだろ!」
「今作った!」
笑い声が上がった。
少し離れた場所で、補給将校が頭を抱えていた。
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数日後。
別のドイツ軍部隊。
前線から戻った歩兵が、航空戦について聞き取りを受けていた。
情報将校が質問する。
「ポーランド軍航空機について、特に印象に残った機体は」
兵士が考える。
「双発のやつですね」
「特徴は」
「遅い」
「他には」
「撃っても来る」
情報将校が鉛筆を止める。
「撃っても来る?」
「軽機関銃で撃ちました。曳光弾が当たってるのも見えました」
「それで」
「そのまま来ました」
「命中しなかった可能性は」
「火花が出てました」
隣にいた別の兵が口を挟む。
「俺も見た」
情報将校が続けた。
「その後は」
「散りました」
「部隊が?」
「はい」
「対空射撃は」
「しました」
「撃墜は」
「分かりません」
「敵機は何回攻撃した」
「二回だったと思います」
兵士は少し嫌そうな顔をした。
「あれが一番嫌でした」
「二回目が?」
「当てたのに、もう一回来たことです」
情報将校はその言葉を書いた。
少しして別の質問。
「その機体が戦局を左右したと思うか」
兵士はすぐ首を振った。
「そこまでは」
「では脅威ではなかった?」
兵士は困った。
「そういう意味でもないです」
「どういう意味だ」
兵士は少し考えた。
「来ると、仕事が増えるんです」
「仕事?」
「止まって、隠れて、撃って、また集まって、遅れた荷物を数える」
隣の兵が言った。
「飯も遅れる」
最初の兵が頷いた。
「そう。飯も遅れる」
情報将校はしばらく黙ってから、報告書に何かを書き足した。
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航空部隊でも同じ頃、ポーランド戦役の記録整理が進んでいた。
若い戦闘機操縦士が、先輩に聞いた。
「Turって、本当に注意するほどですか」
先輩は整備中のBf109を見ながら答えた。
「注意しなくていい敵はいない」
「でも遅いでしょう」
「遅い」
「旋回も悪い」
「悪い」
「上昇力も」
「我々より悪い」
若い操縦士は笑った。
「なら簡単じゃないですか」
先輩はようやく彼を見た。
「正面から行くな」
「はい?」
「前に十一ミリ四門」
若い操縦士の顔から笑いが少し消えた。
「後ろへつくな」
「後ろにも?」
「一門ある。装甲もある」
「ではどこから」
「上から速度差を使え。一撃して離れろ。戦闘機と同じように格闘戦へ入る必要はない」
若い操縦士が頷く。
先輩は続けた。
「戦闘機じゃないから簡単だと思うな。戦闘機じゃないから、あいつらも戦闘機みたいに戦わない」
少し離れた場所で、Ju87の搭乗員が話を聞いていた。
一人が苦笑した。
「俺たちは地上を見てるからな」
戦闘機乗りが振り返る。
「何だ」
「帰り道で何度か来られた」
「Turに?」
「TurもBizonも」
「追ったか」
「爆弾落とした帰りに追う余裕があるか」
Ju87搭乗員は肩をすくめる。
「こっちは地面を見て仕事して、帰る頃には上を見る仕事まで増えた」
戦闘機乗りは笑わなかった。
その意味はよく分かっていた。
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一方、鹵獲されたTurの一機は、別の場所で技術調査を受けていた。
機体の周囲を技術将校と整備員が歩く。
「速くはない」
「はい」
「機体も軽くない」
「装甲があります」
「双発。武装も重い」
「十一ミリです」
技術将校は翼の補修跡を見る。
一か所。
二か所。
さらに胴体。
「これは現地修理か」
「そのようです」
「雑だな」
整備員は補修部分を触った。
「ですが飛んでいます」
技術将校が見る。
整備員は続けた。
「綺麗に直すより、飛べるところまで戻すことを優先したのでしょう」
技術将校はしばらく黙った。
別の整備員が脚周りを見る。
「こっちも交換跡があります」
「純正部品か」
「分かりません。寸法が合えば別の機体から回した可能性もあります」
技術将校はTurを見上げた。
「性能のために作った機体ではないな」
整備員が聞く。
「では何のために?」
「戻すためだ」
「何を?」
技術将校は機体を指した。
「これを」
少し考えてから訂正する。
「いや。乗っている人間も含めて、だろう」
その後、技術将校は機内を確認した。
貨物固定部。
工具。
簡単な補修用品。
そして、本来機内に搭載されることを想定していた二輪台車の固定部。
技術将校が眉をひそめる。
「また猫車か」
整備員が笑った。
「猫車の会社ですから」
技術将校が振り返る。
「誰がそう言った」
「補給部隊ではそう呼んでます」
「航空機会社だろう」
「でも猫車の方が有名です」
技術将校は少し嫌そうな顔をした。
「変な会社だな」
整備員はTurの胴体を軽く叩いた。
「この飛行機も、大きな猫車みたいなものかもしれません」
「どういう意味だ」
「何でも運んで、必要なら撃って、壊れても直して、また使う」
技術将校は答えなかった。
否定もしなかった。
---
十月に入る頃。
旧WILK系の工場の一つでは、占領後最初の生産計画が検討されていた。
工場そのものは大きく壊れていない。
しかし、主要技術者の一部はいない。
航空部品の最新図面も揃っていない。
治具も抜けている。
機械はある。
だが、何でもすぐ作れるわけではない。
ドイツ側の管理担当者が聞く。
「航空機部品は」
現地責任者が答える。
「すぐには無理です」
「何が足りない」
「図面と人です」
「工作機械はあるだろう」
「工作機械だけでは作れません」
管理担当者は少し不満そうにした。
「では何なら作れる」
現地責任者は工場の隅を指した。
そこに、何台かのW式二輪台車が置いてある。
「これです」
「運搬車?」
「はい」
「軍から需要がある」
「知っています」
「どれくらいで生産できる」
現地責任者は少し考えた。
「材料が来れば、すぐに」
「図面は?」
「あります」
「技術者は?」
「これなら残っています」
管理担当者は即答した。
「作れ」
話はそれで終わった。
航空機会社だったWILKの工場で、占領後最初にまとまって作られる製品は航空部品ではなかった。
猫車だった。
現地の職工が治具を確認する。
車輪。
軸。
把手。
交換台。
連結部。
どれも見慣れている。
若い職工が聞いた。
「Wの刻印はどうします」
年長の職工が手を止めた。
管理担当者を見る。
「必要なのか」
現地責任者が答えた。
「寸法区分に使っています」
「商標では?」
「商標でもありました」
「では消せ」
年長の職工が少し困った顔をした。
「消しても作れますが、部品管理が面倒になります」
管理担当者が黙る。
「交換部品に同じ印が入っているので」
「別の番号に変えろ」
「全在庫を?」
管理担当者は工場内を見る。
棚。
車輪。
軸。
固定具。
連結棒。
交換部品。
どれにもWがある。
「……そのままでいい」
若い職工が小さく笑った。
年長の職工に肘で止められた。
ほどなく、最初の一台が組み上がった。
Wの刻印。
戦前と同じ寸法。
ただし、注文主はもう違う。
完成品を受け取りに来たドイツ兵が車輪を回した。
「純正だ」
職工が聞く。
「分かるんですか」
兵士は笑った。
「戦前に一台買った」
「ドイツで?」
「私費でな」
職工は少し驚いた。
兵士は新しい猫車を押した。
「これ、部隊支給になるんだろ」
「たぶん」
「戦前の俺に見せてやりたいな」
「なぜ?」
兵士は苦笑した。
「給料出して買わなくて済んだ」
職工も少しだけ笑った。
その猫車は工場を出た。
弾薬を運ぶのか。
工具を運ぶのか。
負傷者を運ぶのか。
誰にも分からない。
ただ、使われることだけは分かっていた。
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同じ頃。
ドイツ軍の戦役総括会議で、一人の参謀が資料を机に置いた。
「WILK社について」
補給担当が顔を上げる。
「猫車?」
航空担当が同時に言った。
「航空機?」
二人が互いを見る。
参謀は少し嫌そうな顔をした。
「同じ会社だ」
補給担当が笑った。
「そうらしいですね」
航空担当が資料をめくる。
Tur。
Bizon。
農場飛行場。
粗地運用。
修理記録。
さらにページを進める。
共通二輪台車。
連結具。
銃固定台。
工場。
国外支社。
補給担当が言った。
「戦前からW式は知っていました」
「航空機も?」
「いや、猫車です」
航空担当が鼻を鳴らす。
「我々は航空機の方を知っていた」
補給担当が聞く。
「猫車は?」
「知らん」
「便利ですよ」
「それはもう聞いた」
参謀が二人を止める。
「問題はそこではない」
部屋が静かになる。
参謀は一枚の資料を指した。
「我々が戦役中に別々の問題として扱っていたものが、同じ会社から出ている」
道路を遅らせた航空機。
農場から飛び続けた航空隊。
壊れても戻る機体。
大量に見つかった二輪台車。
占領直後から再生産できる工場。
補給担当が資料を見た。
「猫車の会社でしょう」
航空担当が横から言う。
「航空機会社だ」
参謀は少し考えた。
「どちらでもいい」
補給担当が笑う。
「さっきも誰かがそう言ってました」
「何?」
「いえ」
参謀は最後の頁を開いた。
「次は、この会社が何を残して逃げたのか調べる」
航空担当が聞く。
「工場は押さえたでしょう」
「工場はな」
補給担当も顔を上げる。
参謀は国外拠点の一覧を机へ置いた。
「会社まで押さえたかは、まだ分からん」
窓の外。
中庭を一台のオートバイが走っていった。
後ろにはW式二輪台車が三台。
一台目に工具。
二台目に弾薬箱。
三台目に食料。
それを見た補給担当が、つい目で追った。
航空担当が気づく。
「そんなにいいのか」
補給担当は真顔で答えた。
「いいですよ」
航空担当も窓を見る。
しばらくして言った。
「一台、航空隊にも回せるか」
補給担当は即答した。
「嫌です」