――赤軍 ポーランド東部進出作戦 航空活動調査資料 抜粋
ポーランド軍航空戦力は、九月十七日の我が軍進出開始時点において、すでにドイツ軍との戦闘によって相当の損害を受けていた。
ただし、これをもって敵航空活動が消滅したものと判断することは誤りである。
一部地域において、敵航空機はなお偵察、連絡、輸送および地上攻撃を継続した。
特に双発機による低空攻撃については、道路上の車両、通信部隊、補給部隊その他の軟目標を優先する傾向が確認された。
これらの攻撃は大規模ではない。
しかし、部隊に停止、散開、対空射撃、再集合を要求し、局地的に進出速度を低下させた。
確認された双発機の一部は、ポーランド企業WILK製TurまたはBizonと推定される。
同機は我が戦闘機との継続的交戦を避ける。
これを臆病と評価してはならない。
目的を地上攻撃または輸送に置き、戦闘機接近時には任務を中止して離脱するものと考えられる。
一九三九年九月下旬。
ある赤軍部隊では、国境を越えてからの戦闘経過について聞き取りが行われていた。
机の前に座った将校が尋ねる。
「敵航空機から攻撃を受けたのは何日だ」
兵士が答えた。
「十八日です」
「何機」
「最初は一機。そのあと二機」
「同じ型か」
「違いました」
「特徴は」
兵士は少し考えた。
「最初のは遅かったです」
将校が記録する。
「遅い」
「でも低かった」
「高度が?」
「はい。木の上から急に来ました」
「目標は」
「先頭ではなく、後ろの通信車と燃料車です」
将校が顔を上げる。
「装甲車を狙わなかった?」
「少なくとも最初は」
「機銃射撃は行ったか」
「行いました」
「命中した?」
「したと思います」
「思う?」
兵士は少し不満そうにした。
「火花が見えました」
隣に座っていた別の兵士が頷く。
「私も見ました」
「それで敵機は?」
「そのまま飛びました」
将校が鉛筆を止める。
「落ちなかった」
「はい」
「もう一度攻撃した?」
最初の兵士は首を振った。
「その機体は一度だけです。ただ、そのあと別の二機が来ました」
「そちらは?」
「速かったです」
「攻撃後は」
「すぐ消えました」
将校は報告書を見る。
「敵機による直接損害は?」
「通信車一台損傷。負傷者数名」
「重大ではないな」
兵士が頷いた。
「はい」
「では何が問題だった」
兵士は少し考えた。
「前進が止まりました」
「何分」
「最初の攻撃だけなら短いです」
「なら?」
隣の兵士が言った。
「散開した車を戻すのに時間がかかりました」
最初の兵士も続ける。
「後ろの車列も詰まりました」
「どの程度」
「分かりません。でも予定より遅れました」
将校はそれを書き留めた。
少しして尋ねる。
「ドイツ軍も同じ敵機と戦っていたらしい」
兵士は肩をすくめた。
「なら、もっと詳しいでしょう」
「どういう意味だ」
「我々は二日くらいしか見ていません」
「それでも印象には残った?」
兵士はすぐ答えた。
「残りますよ」
「なぜ」
「ポーランド空軍はもうほとんど飛ばないと聞いていたのに、普通に飛んできたので」
将校は黙った。
それは、かなり率直な答えだった。
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別の部隊では、もっと直接的な話が出た。
若い赤軍兵が言う。
「撃墜されたと思いました」
調査官が聞く。
「どの機体だ」
「双発です。片方から煙が出ていました」
「戦闘機に追われていた?」
「はい」
「その後は」
「飛んでいきました」
「落ちなかった?」
「見える範囲では」
調査官は記録を見る。
「翌日、不時着機が見つかっている」
写真を見せる。
兵士は顔を近づけた。
翼。
発動機。
胴体。
「たぶん、これです」
「なら撃墜だな」
兵士は少し迷った。
「機体は、そうかもしれません」
「何だ」
「人がいなかったと聞きました」
「搭乗員が脱出しただけでは?」
「そうです」
「なら何が違う」
兵士は答えに困った。
しばらくして言う。
「昨日の時点では、帰ったんです」
調査官は写真を見る。
兵士が続けた。
「少なくとも、我々の前では落ちなかった」
それ以上、うまく説明できなかった。
だが、調査官はその言葉も記録した。
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航空部隊では、捕獲されたTurが調査されていた。
機体は満身創痍だった。
翼には補修跡。
胴体にも穴。
脚も交換された形跡がある。
片方の発動機は損傷していた。
ソ連航空技術者が機体を一周する。
「かなり古いな」
整備兵が答える。
「改修されています」
「速くない」
「はい」
「重い」
「装甲があります」
「武装は」
「前方十一ミリ四挺。後方一挺」
技術者が少し眉を上げた。
「それでこの速度か」
「そうなります」
「爆弾」
「積めます」
「偵察」
「やっています」
「輸送」
「やっています」
「負傷兵」
「運んだ記録があります」
技術者が嫌そうな顔をした。
「何でもやるな」
近くにいた通訳が、捕虜のポーランド人整備員へ質問する。
「この機体は何の飛行機だ」
整備員は正式な分類を答えようとして、少し考えた。
そして言った。
「飛ぶ荷車です」
通訳が聞き返す。
「荷車?」
「はい」
ロシア語へ訳される。
技術者はもう一度Turを見る。
貨物固定部。
武装。
装甲。
補修跡。
泥。
そして機内の工具。
「……分かりやすい」
通訳が驚く。
「分かるんですか」
「荷車なら分かる」
技術者は機体の腹を軽く叩いた。
「必要な場所へ行く。物を運ぶ。必要なら撃つ」
ポーランド人整備員が何か言う。
通訳が訳す。
「『帰ってくることも仕事です』と」
技術者は少し考えた。
「なるほど」
今度は笑わなかった。
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同じ頃。
東部のある農場で、赤軍の工兵部隊が妙なものを見つけていた。
正確には、妙ではない。
見慣れた形だった。
二輪の手押し台車。
車体にはW。
兵士の一人が言った。
「これ、見たことがあります」
工兵下士官が答える。
「俺もだ」
「ソ連製でした?」
「違う。似たやつが鉄道倉庫にあった」
別の兵士が台車を引く。
「軽い」
「空だからだ」
「そうじゃなく、動かしやすい」
工兵下士官が車輪を見る。
泥のついた太い車輪。
交換しやすそうな軸。
荷台。
外された上部固定具。
「W式だな」
若い兵が聞く。
「知ってるんですか」
「東欧でコピーされてる」
「何用です」
「何用だと思う」
若い兵が台車を見る。
「荷物?」
「それも」
近くの納屋から別の兵士が金具を持ってきた。
「これ、合います」
装着。
平板。
別の金具。
担架受け。
さらに万力式の銃固定台。
若い兵が目を丸くする。
「機関銃も?」
「載る」
「この車に?」
「だからW式なんだろ」
少し離れた場所に連結具も残っていた。
兵士が二台をつなぐ。
「連結できます」
「何台」
「分かりません」
工兵下士官が言った。
「バイク持ってこい」
若い兵が笑った。
「ドイツ人みたいですね」
「何だそれは」
「噂で、向こうもこういうの使ってるって」
工兵下士官は鼻を鳴らす。
「便利なものに国籍があるか」
しばらくして、一台のオートバイが来た。
猫車二台を連結する。
一台目に工具。
二台目に土嚢。
発進。
問題なく動いた。
三台目をつなぐ。
今度は燃料缶。
工兵下士官が満足そうに言った。
「使える」
若い兵が聞く。
「報告します?」
「する」
「鹵獲品として?」
「それも」
「他には?」
下士官は台車を見る。
「追加で欲しい」
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赤軍兵站部隊でも、猫車の評判は早かった。
倉庫。
弾薬。
医療品。
工具。
食料。
何でも載る。
ある下士官は、最初に配られた一台を三日で手放さなくなった。
別部隊の兵士が来る。
「一時間貸してくれ」
「何に使う」
「弾薬運ぶ」
「嫌だ」
「こっちは人力で運んでるんだぞ」
「俺もこれが来るまでは人力だった」
「なら気持ち分かるだろ」
「分かるから貸さない」
「何でだ!」
「返ってこない」
実際、貸したW式台車が別部隊へ流れ、そのまま戻らなくなった例がすでにあった。
そのため、車体に部隊番号を書く者まで出た。
ところが元のW刻印だけは消さない。
理由を聞かれると、
「部品を探す時に楽だから」
と答える。
現場にとっては、それで十分だった。
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数日後。
旧WILK系工場。
新しい管理者が生産設備を確認していた。
航空関連設備。
工作機械。
部品棚。
在庫。
しかし主要技術者の一部はいない。
治具も足りない。
図面も揃っていない。
管理者が聞く。
「航空機部品は作れるか」
現地責任者が答える。
「一部なら」
「大量には」
「難しいです」
「なぜ」
「人と図面がありません」
「機械はある」
「機械があっても、それだけでは作れません」
管理者は不満そうに工場を見回した。
「では、何ならすぐ作れる」
現地責任者は工場の隅を指した。
W式二輪台車。
「これです」
管理者はしばらく見る。
「猫車?」
「はい」
「軍から要求が来ている」
「来ると思います」
「なぜ」
「使いやすいので」
「どれくらい作れる」
「材料があれば、すぐ増やせます」
「図面は」
「あります」
「職工は」
「います」
「部品」
「規格化されています」
管理者は即答した。
「作れ」
話は終わった。
航空機会社の工場で、占領後最初にまとまって再開される製品は、またしても航空機ではなかった。
猫車だった。
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生産初日。
若い職工が金具を持ってきた。
「刻印はどうします」
管理者が見る。
「何の刻印だ」
「Wです」
「不要だ」
年長の職工が口を挟む。
「交換部品の識別に使っています」
「会社の印だろう」
「それでもあります」
「ここはもうWILKの工場ではない」
「分かっています」
「なら消せ」
年長の職工は棚を指した。
「在庫全部、変えますか」
棚には車輪。
軸。
連結具。
銃固定台。
担架受け。
交換部品。
どれにもW。
管理者が少し黙った。
「新しい番号を振ればいい」
「何番を?」
「それはお前たちで決めろ」
職工は少し考えた。
「Wを規格名として残せば、一番早いです」
管理者が嫌そうな顔をした。
「資本主義企業の名前を?」
「名前ではありません」
「何だ」
職工は真顔だった。
「部品が合う印です」
管理者は工場を見る。
生産を止める理由としては、あまりに馬鹿馬鹿しい。
「……当面そのままにしろ」
若い職工が機械へ戻る。
金属へ刻印。
W。
会社の所有権は消えた。
経営者もいない。
工場の名前も変わる。
それでも、部品を合わせるためのWだけは残った。
---
数日後。
赤軍の兵站会議。
前線部隊から届いた要求書が読み上げられていた。
「小銃弾」
「次」
「車両用部品」
「次」
「冬季装備」
「次」
担当者が少し止まる。
「W式二輪運搬台車」
責任者が顔を上げる。
「またか」
「三部隊からです」
「昨日も来ただろう」
「昨日は二部隊です」
「何台欲しい」
数字を読む。
責任者が眉をしかめた。
「こんなに何に使う」
担当者が答える。
「弾薬、工具、負傷者、食料、土嚢」
「他には」
紙を見る。
「機関銃」
「猫車に?」
「固定台があります」
「知っている」
責任者はため息をついた。
「新しい工場に増産させろ」
「もう始めています」
「早いな」
「現地側が、これならすぐ作れると」
「それでいい」
会議は次の議題へ進んだ。
誰も、その決定に異論を唱えなかった。
航空機については議論が必要だった。
工場についても。
技術者の移動についても。
WILKという会社そのものについても。
だが猫車だけは、ほとんど議論がなかった。
使った。
便利だった。
足りなかった。
作れる。
なら作る。
それだけだった。
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その日の夕方。
調査担当者がWILK関連資料をまとめていた。
航空戦闘記録。
捕獲Tur。
農場飛行場。
旧工場。
国外拠点。
そして猫車。
近くにいた将校が聞いた。
「WILKについて、何か分かりましたか」
調査担当者は資料をめくる。
「少し」
「何の会社です」
調査担当者は答えようとした。
航空機。
工作機械。
物流。
金融。
海外事業。
どれも正しい。
窓の外では、赤軍兵が新しく再生産されたW式猫車を押していた。
後ろには、もう一台連結されている。
一台目には書類。
二台目には工具。
将校がそれを見る。
「猫車の会社では?」
調査担当者は少し笑った。
「皆そう言うな」
「違うんですか」
調査担当者は資料を見る。
しばらくして答えた。
「それを調べている」