一行は前夜の時点で七十人を超えていた。
翌朝、出発準備を始めた時点では、さらに増えていた。
正確な人数については証言が一致しない。
理由は単純である。
誰も、増えることを止めなかった。
朝。
宿の主人は、鍋の底を見て絶望していた。
「ない」
元白軍将校が芋を持ってきた。
「ある」
「これで七十人以上食わせろって言うんですか」
「八十人はいない」
「昨日七十二人でしたよ!」
「そうだったか」
「覚えてないんですか!」
元白軍将校は窓の外を見る。
庭では人が動いていた。
兵士。
WILK社員。
老人。
女性。
子供。
馬。
犬。
そして昨夜はいなかった荷車が一台。
宿の主人もそれに気づいた。
「……あれ、何です?」
「荷車だ」
「それは見れば分かります!」
若い社員が外から入ってきた。
「増えました」
宿の主人が頭を抱える。
「何が」
「人が」
「何人」
「四人」
「なんで!」
若い社員も困った顔をした。
「朝起きたらいました」
「野良猫じゃないんですよ!」
元白軍将校が聞く。
「何ができる」
「え?」
「増えた四人」
「一人は御者。二人は親子。もう一人は……靴屋だそうです」
元白軍将校はうなずいた。
「使える」
宿の主人が振り返った。
「何に!?」
「靴が壊れたら直せる」
「そりゃそうでしょうけど!」
若い社員が紙を持ってきた。
「それで、昨日の人たちも含めて、できることを聞いて回りました」
「読め」
若い社員は紙を見る。
「運転できる者、七人」
「多いな」
「馬を扱える者、十一人」
「悪くない」
「料理ができる者、十八人」
「かなりいい」
「怪我人の手当てを少しできる者、六人」
「まとめろ」
「機械修理、五人」
「工具を渡せ」
「無線、二人」
「重要だ」
「教師、一人」
元白軍将校が止まった。
「教師?」
「はい」
「何を教える」
「学校ですから、普通に」
「使える」
若い社員が首をかしげる。
「今?」
「子供が何人いる」
「八人です」
「なら使える」
宿の主人が鍋をかき混ぜながら言う。
「避難中に学校でも始める気ですか」
「暇なら字を書かせろ」
「暇じゃないでしょう」
「子供は暇だ」
外から子供の声がした。
何かを追いかけて走っている。
若い社員が窓を見る。
「確かに元気ですね」
「だから使え」
「教師を道中で?」
「教師がいるなら教師をやらせろ」
若い社員は紙の余白に書き足した。
「では、教師一名、子供担当」
「そうしろ」
「大工、二人」
「荷車と宿営」
「仕立屋、一人」
「衣服」
「理髪師、一人」
元白軍将校が少し考えた。
「……使える」
宿の主人が吹き出した。
「何に?」
「髪が伸びる」
「逃避行中ですよ!」
「だから伸びないとでも?」
若い社員が笑いをこらえながら続ける。
「銀行員、一人」
「数字をやらせろ」
「元役人、二人」
「書類」
「学生、三人」
「走らせろ」
「何をです」
「何でもだ」
「雑になってきましたね」
「若いから走れる」
「それだけですか」
「十分だ」
若い社員は紙を見直した。
「それと、昨夜来た赤軍の人たちなんですが」
元白軍将校が鍋からパンを一切れ取る。
「何だ」
「元部下だと言ってた人、あの人、軍曹だったそうです」
「そうか」
「本当に部下だったんですね」
「昔のことだ」
宿の主人がすぐ口を挟む。
「また出た」
「何がだ」
「便利な言葉」
元白軍将校はパンを食べた。
「便利だから使う」
---
庭では、昨夜の赤軍兵が部下たちを並べていた。
ただし、赤軍部隊と呼ぶには少し妙だった。
軍服姿は半分。
残りは民間人。
老人。
女性。
少年。
荷物。
それに鶏が三羽。
若い社員が鶏を見る。
「鶏?」
赤軍兵が答えた。
「食料です」
「歩く食料?」
「本人たちはそう思ってないでしょうが」
鶏が鳴いた。
元白軍将校が近づく。
赤軍兵が笑う。
「おはようございます、閣下」
「人違いだ」
「朝からそれですか」
「何ができる」
「私ですか?」
「全員だ」
赤軍兵は少し考えた。
「軍人は十六。うち歩兵が十一、通信二、補給二、衛生一」
元白軍将校が反応する。
「補給二」
「はい」
「こっちへ寄越せ」
「軍曹より先に補給を見るんですね」
「兵は腹が減る」
「昔からですね」
「昔のことだ」
若い社員が横で笑った。
赤軍兵は続ける。
「民間人では、御者、鍛冶屋、農夫、裁縫ができる者。あと、酒造りをしていた男が一人」
元白軍将校が止まる。
「酒?」
若い社員が先に言った。
「駄目です」
「何が」
「今、目が変わりました」
「変わっていない」
赤軍兵が笑う。
「蒸留もできますよ」
元白軍将校が聞く。
「設備は」
「ありません」
「使えん」
若い社員が呆れる。
「判断基準そこなんですか」
赤軍兵がさらに続けた。
「それと、一人、地図が読めます」
元白軍将校の顔が戻る。
「それを先に言え」
「酒に反応したのはそちらでしょう」
「昔から酒好きだったんですか」
若い社員が聞く。
赤軍兵は少し考えた。
「好きでしたね」
元白軍将校が睨む。
「余計なことを言うな」
「昔のことです」
宿の主人が吹き出した。
若い社員も笑った。
元白軍将校だけ笑わなかった。
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朝食後。
移動準備が始まった。
問題は、移動手段だった。
荷車三台。
W式猫車四台。
馬二頭。
自転車五台。
動くトラック、一台。
そして人間、七十数名。
若い社員がトラックを見た。
「全員は無理ですよ」
「知っている」
「誰を乗せます」
「歩けない者」
「老人は?」
「歩ける者は歩く」
「子供」
「小さい者から」
「怪我人」
「当然」
「荷物」
「減らせ」
「またですか」
元白軍将校は荷台を見た。
すでに怪我人二人と老人三人が乗っている。
子供も二人。
毛布。
薬。
工具。
パン。
そして例の壁掛け時計。
若い社員が時計を見る。
「これ、本当に持っていくんです?」
持ち主の老人が後ろから睨む。
「聞こえとるぞ」
「いや、もう何も言いません」
元白軍将校は荷台の空間を見る。
「あと三人乗れる」
若い社員が眉を寄せる。
「乗れません」
「乗れる」
「どこに」
「詰めれば」
「荷物じゃないんですよ」
「人間は自分で姿勢を変えられる。荷物より積みやすい」
「絶対どこかで怒られますよ、その発言」
そこへ宿の主人が来た。
「一人増えましたよ」
若い社員が目を閉じた。
「また?」
「裏の納屋にいた」
「いつから」
「夜中から」
元白軍将校が聞く。
「何ができる」
宿の主人が笑う。
「そこからですか」
「他に何を聞く」
「名前とか」
「後でいい」
連れてこられた男は、中年で、背広を着ていた。
泥まみれではあったが、生地が良い。
靴も高そうだった。
明らかに今までの同行者とは少し雰囲気が違う。
男は元白軍将校を見る。
そして首をかしげた。
「……ん?」
元白軍将校も見る。
「何だ」
男はさらに顔を近づけた。
「あなた、前に会ったことありませんか」
「知らんな」
「いや、ある」
「ない」
「絶対ある」
若い社員がもう笑いそうになっている。
宿の主人は完全に面白がっていた。
男は腕を組んだ。
「どこだったかな……」
元白軍将校が言う。
「出発するぞ」
「待ってくれ。顔に覚えがあるんだ」
「よくある顔だ」
「全然よくない」
男は考え込む。
一行の何人かまで足を止めた。
元白軍将校が嫌そうな顔をする。
「行くぞ」
その瞬間。
男が指を鳴らした。
「舞踏会だ!」
元白軍将校の動きが止まった。
若い社員も止まった。
宿の主人まで止まった。
男は嬉しそうに言う。
「そうだ! 三十年ほど前だ! 舞踏会で会った!」
若い社員が元白軍将校を見る。
「舞踏会?」
元白軍将校は目を逸らした。
「昔のことだ」
「行ったんですか、舞踏会」
「昔はそういうこともあった」
「どんな舞踏会です」
「昔のだ」
「説明になってません」
男はさらに思い出してきた。
「大きな会場だった。軍人もいた。外交官も。確か冬で――」
元白軍将校が荷車を押し始める。
「行くぞ」
男が追いかける。
「待て待て。あの時、君、軍服だっただろう」
「軍人だった」
「いや、普通の将校の場所じゃなかったぞ」
元白軍将校は歩調を速めた。
若い社員も並ぶ。
「普通じゃない場所?」
「聞くな」
「聞きますよ」
「歩け」
男が後ろから叫ぶ。
「皇族もいたぞ!」
一行の何人かが振り返った。
元白軍将校は振り返らない。
「昔のことだ!」
宿の主人が腹を抱えて笑っている。
赤軍兵も笑った。
「閣下、昔から隠し事が下手でしたね」
「黙れ」
「何であなたが皇族のいる舞踏会にいたんです?」
若い社員が聞く。
「昔のことだ」
「何回使うんです、その言葉」
「必要なだけだ」
金持ちらしい男はまだ納得しない。
「そうだ、確か誰かに紹介されたんだ。誰だったかな……」
元白軍将校が急に立ち止まった。
男も止まる。
元白軍将校は振り返った。
「お前は何ができる」
男が目を瞬く。
「私?」
「そうだ」
「今それを聞くのか」
「同行するなら聞く」
男は少し胸を張った。
「会社を三つ持っている」
元白軍将校は即答した。
「今は役に立たん」
「失礼だな!」
「運転は」
「できる」
「馬は」
「乗れる」
「料理」
「できない」
「地図」
「読める」
「金は」
「少しある」
元白軍将校がうなずく。
「使える」
男が眉を寄せる。
「今の評価基準、会社三つより運転と地図の方が上だったな?」
「当然だ」
「戦争とは恐ろしいな」
若い社員が笑った。
元白軍将校はトラックを見る。
「あと三人乗れる」
若い社員がすぐ否定する。
「乗れません」
「こいつ一人なら乗れる」
「金持ちだからですか」
「地図が読めるからだ」
男が言う。
「私はまだ同行すると言ってないんだが」
元白軍将校は男を見る。
「ではどこへ行く」
男は周囲を見る。
道。
逃げる人々。
遠くの煙。
そしてトラック。
「……乗せてくれ」
「あと二人」
若い社員が頭を抱えた。
---
ようやく出発した。
宿の主人が見送る。
「次の宿までは半日ですよ!」
元白軍将校が手を上げる。
「道は?」
「途中で二股! 左です!」
「分かった」
「右に行くと川です!」
「分かった」
「人を拾いすぎないでくださいよ!」
元白軍将校は返事をしなかった。
若い社員が隣を歩きながら言う。
「返事してください」
「聞こえている」
「拾わないんですか」
「必要なら拾う」
「もう答え出てるじゃないですか」
列はゆっくり進んだ。
先頭に兵士。
中央に子供と老人。
後ろに荷車。
猫車。
馬。
自転車。
最後尾にも兵士。
元白軍将校は中央と前を行き来する。
赤軍兵だった元部下が隣に来た。
「昔を思い出しますな」
「思い出すな」
「人数が増えるところまで同じです」
「今回は違う」
「何がです?」
元白軍将校は少し考えた。
「今回は会社員が多い」
元部下は笑った。
「それだけですか」
「十分違う」
前方から自転車の学生が戻ってきた。
「前に人がいます!」
若い社員が反射的に聞く。
「何人?」
学生は息を整える。
「六人!」
若い社員は空を見る。
「ほら来た」
元白軍将校が聞く。
「怪我人は」
「一人!」
「荷車は」
「あります!」
「馬は」
「いません!」
「何ができる」
学生が困る。
「そこまでは聞いてません!」
元白軍将校は歩き出した。
「聞いてこい」
若い社員が止める。
「いやもう会いに行くんですよね?」
「その方が早い」
金持ちの男がトラックの荷台から顔を出した。
「なあ」
「何だ」
「本当に昔からこうなのか?」
赤軍兵が答えた。
「はい」
宿の主人はもういない。
だが、その場にいた全員がなぜか同じことを思った。
たぶん。
この男は港へ着くまでに、もっと増やす。
一行は街道の先へ進んだ。
七十数人から始まったその日の人数は、まだ午前中の時点で確定していなかった。
そして元白軍将校は、人数を数えるより先に、前方の六人が何をできるのかを気にしていた。