『一九三九年九月二十二日・移動群内聞き取り記録より再構成』
赤軍所属者三十七名。
うち軍人十六名。
民間人二十一名。
後年、彼らは一括して「赤軍離脱者」と記録された。
しかし、最初から離脱を決意していた者はいなかった。
最初にあったのは、通信の混乱だった。
次に、二つの命令が来た。
その次に、一人が戻れなくなった。
そこで一行は道を一本変えた。
それだけだった。
街道は朝からぬかるんでいた。
雨そのものは止んでいたが、車輪の跡には水が溜まり、馬車が通るたびに泥が跳ねた。
一行は相変わらず長かった。
先頭に自転車。
その後ろに兵士。
荷車。
歩く民間人。
子供。
老人。
W式猫車。
トラック。
また兵士。
誰が正式に決めたわけでもない。
元白軍将校が、
「前と後ろに銃を置け」
と言っただけで、だいたいその形になった。
若いWILK社員は列の横を歩きながら、昨日から気になっていたことをようやく聞いた。
「ところで」
隣を歩いていた赤軍兵が見る。
「はい」
「なんであなたたち、こっちにいるんです?」
赤軍兵は少し考えた。
「広い質問ですね」
「昨日は人数しか聞けなかったので」
少し前を歩く元白軍将校が振り返った。
「歩きながら聞け」
「聞いてますよ」
「止まるな」
「止まってません!」
赤軍兵が笑った。
「昔からああです」
「昨日からそればっかり聞きます」
「では昔からです」
元白軍将校が前から言う。
「余計なことを言うな」
「聞こえてるんですか」
「声がでかい」
若い社員は赤軍兵へ向き直った。
「それで?」
赤軍兵は前を見た。
「我々は、もともと三十七人ではありませんでした」
若い社員が嫌な顔をした。
「まさか」
「二十三人でした」
「あなたも増やしたんですか?」
「増えました」
「似た者同士じゃないですか!」
前方の元白軍将校が振り返った。
「一緒にするな」
赤軍兵も同時に言った。
「一緒にしないでください」
二人の声が重なった。
若い社員は数秒黙った。
「……やっぱり似てる」
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赤軍兵は歩きながら話し始めた。
「我々の元いた部隊は、進撃する部隊の少し後ろを動いていました。通信、補給、輸送、それに少数の歩兵です」
「後方部隊?」
「後方というほど後ろでもありません。前が動けば追いかける。止まれば物を持っていく。その程度です」
「忙しそうですね」
「忙しかったですよ」
九月十七日以降、部隊は国境を越えた。
最初の数日は、とにかく前へ進んだ。
道路には赤軍車両だけではなく、ポーランド軍、避難民、放棄された荷車、壊れた自動車が混じった。
橋は詰まり、無線は途切れた。
伝令が戻らないこともあった。
それでも彼らは、まだ部隊の一部だった。
問題が起きたのは三日目だった。
「最初の命令は、東へ戻れ、でした」
若い社員が聞く。
「撤退?」
「いいえ。再編成です。燃料車と通信車をまとめて、指定された村へ戻れと」
「普通ですね」
「ええ」
赤軍兵はうなずいた。
「その一時間後、別の伝令が来ました」
「何て?」
「現在地を維持し、負傷兵と民間人を後送しろ」
若い社員が顔をしかめる。
「逆じゃないですか」
「そうなんです」
「どっちが新しい命令?」
「分からない」
「時間は?」
「二枚とも同じ日付。時刻なし」
「署名は?」
「違う上官」
「嫌だなあ」
「非常に嫌でした」
元白軍将校が前から口を挟んだ。
「よくある」
若い社員が見る。
「よくあるんですか?」
「戦争ではな」
赤軍兵も言う。
「そこだけは同意します」
「昔も――」
「言うな」
元白軍将校に遮られ、赤軍兵は笑った。
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彼らは結局、負傷兵を置いていけなかった。
通信車一台。
荷車二台。
馬。
歩兵十数名。
衛生兵。
そこへ負傷兵を乗せた。
近くにいた民間人も、同じ方向に後送されるものだと思ってついてきた。
「何人?」
「最初は七人です」
「もう増えてる」
「まだ序盤ですよ」
「嫌な言い方するなあ」
彼らは指定された村へ向かった。
しかし村には、部隊本部がなかった。
撤収した後だった。
代わりに、壊れた電話線と、燃やされた書類と、置き去りの炊事釜があった。
若い社員が聞く。
「次は?」
「別の部隊に合流しようとしました」
「真面目ですね」
「我々は兵隊ですから」
赤軍兵は当たり前のように言った。
「この時点では、誰も逃げるつもりなんてありません」
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次の問題は、その日の夕方に起きた。
別の赤軍部隊の検問だった。
そこで名簿を確認された。
所属。
階級。
出生地。
過去の軍歴。
家族。
若い社員が赤軍兵を見る。
「過去の軍歴?」
「ええ」
赤軍兵は少し笑った。
「そこで私が引っかかりました」
「何で?」
赤軍兵は元白軍将校の背中を見る。
「昔、白軍にいました」
若い社員が一瞬黙った。
「……本当に?」
「昨日から言ってるでしょう」
「いや、あの人が認めないので」
「本人は一生認めないでしょうね」
前から声がする。
「聞こえているぞ」
赤軍兵は構わず続けた。
「白軍崩壊後、私は赤軍に入りました。そういう人間は別に私だけではありません」
「それで今まで二十年?」
「生きるためには仕事が必要ですから」
「問題なかったんです?」
赤軍兵は肩をすくめた。
「問題がなかった時期もありました」
その言い方だけで、若い社員はそれ以上深く聞かなかった。
「検問で、私ともう一人が別に呼ばれました」
「逮捕?」
「まだです」
「まだ?」
「所属部隊へ戻らず、政治部へ出頭しろと言われました」
若い社員の表情が変わる。
「それって」
「さあ」
赤軍兵は軽く答えた。
「本当に書類確認だけだったかもしれない」
「信じてないですね」
「二十年生きてきましたから」
少し前で元白軍将校が鼻を鳴らした。
赤軍兵が笑う。
「この人なら、たぶん同じ判断をします」
元白軍将校は振り向かなかった。
「俺を巻き込むな」
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そこで赤軍兵は、初めて命令に従わなかった。
ただし、大それたことをしたわけではない。
検問所の担当者へ、
「負傷兵を引き渡してから戻る」
と言った。
担当者は、それを許した。
負傷兵を運ぶ。
民間人を移す。
馬車を直す。
日が暮れる。
その間に、その検問所も移動命令を受けた。
「つまり?」
若い社員が聞く。
「戻ったら誰もいませんでした」
「運がいいのか悪いのか分からない」
「私もです」
そこで赤軍兵たちは相談した。
元の部隊を探すか。
政治部を探すか。
負傷兵を置く場所を探すか。
民間人をどこかへ送るか。
その全てを同時にはできない。
補給担当の兵士が言った。
食料が二日分しかない。
衛生兵が言った。
負傷者をこれ以上荷車で揺らすのはまずい。
通信兵が言った。
無線は故障している。
御者が言った。
馬が疲れている。
そこで一人が聞いた。
「じゃあ、どこへ行く」
誰も答えられなかった。
赤軍兵は苦笑した。
「これが、我々が部隊を離れた瞬間だったのかもしれません」
若い社員が首をかしげる。
「何か決めたんです?」
「いいえ」
「じゃあ?」
「誰も正しい方向を知らなかったので、とりあえず怪我人を休ませられる場所へ向かった」
「それだけ?」
「それだけです」
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道の途中で、さらに人が増えた。
衛生兵が知っていた農家で一晩泊まった。
その家には老人が二人いた。
息子は戦争に出て戻っていなかった。
翌朝、老人の一人が荷車に座っていた。
「一緒に来るそうです」
「誰が決めた?」
「本人です」
別の村で鍛冶屋に車輪を直してもらった。
砲声が近づいた。
鍛冶屋が妹夫婦を連れてきた。
「町へ行くなら一緒に」
と言った。
「断らなかったんですね」
若い社員が聞く。
「断れると思います?」
「……難しいですね」
「でしょう」
その次に、親とはぐれた子供が加わった。
さらに酒造りをしていた男。
それで三十七人になった。
若い社員が数えるのを諦めた。
「あなたたち、本当に似てますよ」
赤軍兵が顔をしかめる。
「誰とです?」
若い社員が前を見る。
元白軍将校が、馬車の車輪を確認している。
赤軍兵も見る。
二人とも黙った。
「……否定しづらいですね」
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「でも」
若い社員は聞いた。
「その時点なら、まだ赤軍へ戻れたんじゃないですか」
赤軍兵はしばらく答えなかった。
「戻る道はありました」
「ならなぜ?」
「翌日、元の部隊から来た兵に会いました」
「何て?」
赤軍兵は少しだけ笑みを消した。
「私を探している、と」
「政治部が?」
「ええ」
「もう一人の人も?」
「その男は、その時すでにいませんでした」
若い社員は黙った。
「どこへ?」
「知りません」
それ以上、赤軍兵も言わなかった。
しばらく泥を踏む音だけが続いた。
やがて赤軍兵が言う。
「そこで決めました」
「逃げるって?」
「違います」
若い社員が見る。
「まず、この人たちを安全なところまで連れていく」
赤軍兵は後ろを見た。
民間人。
怪我人。
老人。
子供。
兵士。
「その後のことは、その後考える」
若い社員が少し笑った。
「雑ですね」
「戦争中ですから」
「誰かに似てるなあ」
前方から元白軍将校の声が飛んできた。
「聞こえているぞ」
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昼前。
馬車がぬかるみに取られた。
列が止まる。
元白軍将校が言う。
「押せる者」
赤軍兵。
ポーランド兵。
農夫。
WILK社員。
誰がどの軍かなど関係なく集まる。
一度。
動かない。
二度。
車輪が回る。
三度目で泥から抜けた。
赤軍兵は泥だらけの手を見ながら言った。
「こういうことですよ」
若い社員が聞く。
「何が?」
「兵隊だけでは逃げられない」
彼は荷車を見る。
「兵隊は撃てる。歩ける。命令も聞ける」
鍛冶屋が車輪を見る。
衛生兵が怪我人を見る。
御者が馬を見る。
女性たちが子供へ水を配る。
「でも車輪が壊れたら鍛冶屋がいる。怪我をしたら衛生兵がいる。腹が減れば料理できる者がいる。子供が泣けば、兵隊より母親の方が役に立つ」
若い社員がうなずいた。
赤軍兵は笑う。
「だから結局、みんな連れてきた」
元白軍将校が言う。
「正しい」
若い社員が驚く。
「褒めるんですね」
「捨ててきたら馬鹿だろ」
赤軍兵が元白軍将校を見る。
「昔も同じでしたね」
「昔のことだ」
「そこは変わらないんですね」
「必要なことは変える必要がない」
それだけ言って、元白軍将校は先へ歩いた。
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休憩の時。
若い社員はまた聞いた。
「じゃあ、昨日の宿へ来た理由は?」
赤軍兵がパンをちぎる。
「道が分からなくなったからです」
「そんな理由?」
「重要ですよ」
「例の叩き方は?」
「知っていました」
三回。
間を置いて二回。
昨夜、宿の裏口で使った合図。
「白軍の合図?」
赤軍兵は首を横に振る。
「白軍だけじゃない。昔、あの辺りで情報を運ぶ連中が使っていた」
「あなたも?」
「使いました」
「元白軍将校も?」
赤軍兵が前を見る。
元白軍将校は離れたところで地図を見ている。
「たぶん、あの人の方が詳しいですよ」
若い社員の目が輝く。
「諜報員だったんですか?」
「さあ」
「知ってるでしょ」
「昔のことです」
「またそれ!」
赤軍兵が笑った。
「便利ですね、これ」
元白軍将校が遠くから叫ぶ。
「勝手に使うな!」
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休憩を終える。
列がまた動き始めた。
しばらくすると、赤軍兵が元白軍将校の横へ並んだ。
「閣下」
「人違いだ」
「今後、我々をどうするつもりです」
元白軍将校は歩きながら答える。
「知らん」
「知らない?」
「まず国外へ出る」
「その後は」
「その後考えろ」
赤軍兵は笑った。
「私と同じじゃないですか」
元白軍将校は少し黙った。
「違う」
「何が?」
「俺には行く先がある」
「どこです」
「英国」
赤軍兵は少し驚いた。
「遠いですね」
「だから歩いている」
「港は反対じゃありませんでした?」
若い社員が後ろから叫ぶ。
「それ昨日から私も言ってます!」
元白軍将校は無視した。
その時、前を走っていた学生が戻ってきた。
「前に壊れた馬車!」
元白軍将校が聞く。
「人は」
「三人!」
「怪我人」
「一人!」
「馬は」
「いません!」
「何ができる」
学生が息を切らしながら答える。
「一人、パン職人だそうです!」
元白軍将校の歩調が明らかに速くなった。
若い社員が叫ぶ。
「ほら! 絶対拾う!」
赤軍兵も笑った。
「閣下、昔から食料担当は大事にしましたね」
「昔のことだ」
「今もでしょう」
元白軍将校は振り返らずに答えた。
「今はもっと大事だ」
そして一行は、パン職人のいる壊れた馬車へ向かった。
赤軍だった者。
白軍だった者。
ポーランド軍だった者。
会社員。
鍛冶屋。
教師。
子供。
老人。
誰がどこから来たかは、少しずつ複雑になっていた。
だが、誰が何をできるかだけは、日に日に分かりやすくなっていった。