国外へ移動した一行は、到着翌日より輸送手段の確保を開始した。
調達車両。
貨物自動車。
小型貨物自動車。
乗合自動車。
乗用車。
農業用牽引車。
その他。
車種、製造会社、年式について統一性なし。
後年、整備担当者はこの一覧を見て、
「誰だ、こんな買い方をしたのは」
と記録している。
責任者については明確である。
元白軍将校であった。
ただし実際に金を払った者は、別にいた。
朝。
国外最初の朝だった。
若いWILK社員は、干し草の上で目を覚ました。
しばらく天井を見た。
木組み。
納屋。
知らない農場。
知らない国。
そして。
ポーランドではない。
ゆっくり起き上がる。
隣では子供が寝ている。
向こうでは兵士が毛布にくるまっている。
老人の壁掛け時計は、なぜか納屋の柱に掛けられていた。
時刻は六時少し前。
若い社員は時計を眺めた。
「……国外だ」
言ってみた。
誰も反応しない。
もう一度。
「国外だ」
近くで寝ていた元金持ちが毛布の中から答えた。
「うるさい」
「国外ですよ」
「昨日からだ」
「昨日は越えただけじゃないですか」
「越えたら国外だ」
「もう少し感動とか」
「寝かせろ」
若い社員は立ち上がった。
外へ出る。
朝靄。
畑。
農場。
遠くに村。
そして元白軍将校。
もう起きていた。
地図を広げていた。
若い社員は嫌な予感を覚えた。
「おはようございます」
「ああ」
「国外ですね」
「ああ」
「やりましたね」
「ああ」
「……もうちょっと何かないんです?」
元白軍将校は地図を畳んだ。
「車を買う」
「ほら!」
若い社員は頭を抱えた。
「絶対そうなると思った!」
---
朝食はパンと乳製品、それに昨夜農場から分けてもらった卵だった。
国外最初の朝食。
子供たちは喜んだ。
老人も喜んだ。
兵士たちも久しぶりに少しゆっくり食べた。
元金持ちだけは、帳簿を見ながら食べていた。
「百十一」
元白軍将校:
「何が」
「人数だ」
「そうか」
「昨日も言った」
「そうだったか」
「覚えろ!」
赤軍兵だった元部下が笑う。
「閣下は人数そのものには昔から興味がありませんから」
元金持ち:
「百十一人を連れて歩いてる男がそれでいいのか?」
元白軍将校:
「全員いるならいい」
元金持ち:
「その“全員”が何人か知るために数えてるんだ!」
若い社員がパンをかじりながら言った。
「会計っぽくなりましたね」
「私は会計ではない」
「今日の車の買い付け、誰が金出すんです?」
元金持ちの手が止まった。
「……待て」
元白軍将校がパンを食べる。
「海外口座があると言ったな」
「言った」
「会社も三つ」
「ある」
少し間があった。
元金持ちが訂正する。
「……あった」
若い社員:
「ついに過去形になった」
「まだ確定してない!」
元白軍将校:
「なら金はある」
元金持ち:
「国外にな!」
元白軍将校:
「ここは国外だ」
元金持ちは口を開いた。
閉じた。
もう一度開いた。
「……くそ」
若い社員が笑った。
「負けましたね」
「何にだ!」
---
午前。
一行から元白軍将校、元金持ち、若いWILK社員、元税務官、整備経験のある者数名、それから通訳役になった男が町へ出た。
目的は一つ。
車を買う。
元金持ちは歩きながら聞いた。
「何台必要だ」
「できるだけ」
「だから数字を言え」
元白軍将校:
「百十一人いるんだろ」
「覚えてるじゃないか!」
「今聞いた」
元金持ちは帳簿を開く。
「子供、老人、怪我人を優先。荷物。食料。工具。燃料。予備部品。最低でも――」
元白軍将校:
「十台」
元金持ち:
「そんな綺麗な数字になるか!」
「では十二」
「増やせばいいってもんじゃない!」
若い社員:
「買えるだけ、でいいのでは?」
元金持ちが睨む。
「お前まであっち側へ行くな」
「もう行ってます」
「戻ってこい」
---
町には車があった。
たくさんあった。
ただし、売り物として並んでいるわけではない。
運送会社。
商店。
農場。
修理工場。
乗合会社。
酒屋。
材木屋。
元白軍将校は最初の貨物車を見る。
「これは」
整備経験者が下を覗く。
エンジンを見る。
タイヤを見る。
「走ります」
「買う」
元金持ち:
「待て!」
「何だ」
「値段を聞け!」
「いくらだ」
持ち主が金額を言う。
元金持ちが顔をしかめる。
「高い」
元白軍将校:
「走る」
元金持ち:
「だから高い!」
元白軍将校:
「必要だ」
元金持ち:
「必要だから値段交渉するんだ!」
そこから元金持ちの本領が出た。
現金。
外貨。
国外口座。
取引銀行。
支払方法。
引き渡し。
登録。
燃料。
予備タイヤ。
元白軍将校が横から、
「工具もつけろ」
元金持ち:
「黙ってろ」
「予備部品も」
「黙ってろ!」
「荷台の幌」
「今それを交渉してる!」
若い社員が整備士へ小声で聞いた。
「前より元気になってません?」
整備士:
「金の話だからじゃないですか」
元金持ちが振り返った。
「聞こえてるぞ!」
---
一台目。
購入。
二台目。
購入。
三台目。
少し古い。
元白軍将校:
「走るか」
整備士:
「走ります」
元白軍将校:
「買う」
元金持ち:
「タイヤが違う!」
「丸い」
「そういう意味じゃない!」
四台目。
小型貨物車。
買う。
五台目。
乗合自動車。
若い社員が目を輝かせる。
「これいいですね」
元白軍将校:
「老人と子供を乗せろ」
元金持ち:
「値段を――」
持ち主が言う。
元金持ちが即座に値切る。
購入。
六台目。
別メーカー。
元金持ち:
「駄目だ」
元白軍将校:
「なぜ」
「また部品が増える」
整備士:
「直せます」
元白軍将校:
「買う」
元金持ち:
「お前ら二人で会話を完結させるな!」
七台目。
かなり古い。
元白軍将校:
「走るか」
整備士がしばらく見る。
「……たぶん」
元金持ち:
「買うなよ」
元白軍将校:
「安いか」
持ち主が値段を言う。
元金持ち:
「安いな」
元白軍将校:
「買う」
元金持ち:
「待て、今のは感想だ!」
結局買った。
---
昼。
町外れには、既に大小七台の車が並んでいた。
元金持ちは頭を抱えていた。
「メーカーが五つある」
元白軍将校:
「七台しかないのにか」
「だから怒ってるんだ!」
整備士:
「まあ、何とかなります」
元金持ち:
「その言葉を信用していいのか?」
「走ってるうちは」
「走らなくなったら?」
「直します」
元白軍将校:
「使える」
整備士は少し嬉しそうだった。
元金持ちは全然嬉しくなかった。
そこへ通訳が戻ってきた。
「もう一台見つかりました」
元白軍将校:
「行くぞ」
元金持ち:
「昼飯!」
「歩きながら食え」
元金持ちは空を見た。
「俺は何でこんなことをしてるんだ」
若い社員:
「途中で拾われたからでは?」
「拾われたと言うな!」
---
午後。
九台。
十台。
十一台。
そして一台の古い乗合バス。
元白軍将校が中を見る。
座席がある。
屋根がある。
窓もある。
「いいな」
元金持ち:
「珍しく同意する」
若い社員:
「買いましょう」
元税務官:
「帳簿上も一台で多人数を運べます」
整備士:
「機関も悪くありません」
元金持ち:
「よし」
元白軍将校:
「買う」
全員:
「それは今決めた!」
元白軍将校は少し不満そうだった。
---
農場へ戻ったのは夕方だった。
先頭のトラック。
次の貨物車。
小型車。
乗合車。
古いバス。
さらに後ろ。
ぞろぞろと十一台。
農場に残っていた人々が出てくる。
子供たちが歓声を上げた。
若いWILK社員は、ちょっと誇らしかった。
「どうです!」
誰かが聞く。
「全部買ったの?」
元金持ち:
「買った」
「すごい!」
元金持ち:
「誉めてくれ。今日一日で寿命が縮んだ」
元白軍将校:
「あと二台欲しかった」
元金持ち:
「黙れ!」
---
そこから配置が始まった。
老人。
子供。
負傷者。
まずバス。
若いWILK社員が名簿を見る。
「ここに二十八人」
元金持ち:
「詰めすぎるな」
元白軍将校:
「あと三人」
元金持ち:
「乗せるな」
「乗れる」
「快適性というものがある」
「戦争中だ」
「だからって荷物みたいに積むな!」
老人が言った。
「わしは荷台でいいぞ」
元白軍将校:
「駄目だ」
「なぜ」
「腰が悪い」
老人が少し驚いた。
「覚えてたのか」
「椅子を持ってきた時に聞いた」
若い社員:
「妙なところで覚えてるんですよね」
元金持ち:
「人数も覚えろ」
---
貨物車には荷物。
別の車には工具。
一台は医療。
一台は食料。
一台は故障時の回収用。
元白軍将校が即席で決めていく。
兵士たちも動く。
ポーランド兵。
赤軍から離れた者たち。
誰がどこの制服だったかなど、車を押している時にはあまり関係なかった。
元金持ちは車両ごとに番号を振った。
「一号車」
元白軍将校:
「名前はいらん」
「管理にいる」
「二号車」
「そうだ」
「三号車」
「その調子だ」
元白軍将校:
「お前、楽しんでないか」
元金持ち:
「会社三つ回してた男だぞ」
「元」
「元をつけるな!」
若い社員:
「元金持ち」
元金持ち:
「お前もやめろ!」
妙に語呂がよかった。
その日のうちに、何人かが使い始めた。
---
翌朝。
車列は完成した。
少なくとも元白軍将校はそう思った。
元金持ちはそう思わなかった。
「十二台ある」
「十一台だ」
「十二だ」
「十一買った」
「だから問題なんだ!」
元金持ちが一台を指す。
昨日見なかったトラックがいる。
古いが、まだ十分走りそうだった。
荷台には家財道具。
その横に家族五人。
元白軍将校が聞く。
「誰だ」
男が帽子を取った。
「昨日、町であなた方が車を買っているのを見ました」
「それで?」
「西へ行くんでしょう」
「そうだ」
「我々も行きます」
元金持ち:
「ちょっと待て」
男:
「車は自前です」
元白軍将校:
「運転できるか」
「もちろん」
「ならついて来い」
元金持ち:
「決めるな!」
若い社員:
「でも自前ですよ」
元金持ち:
「そういう問題では――」
別の音がした。
馬車だった。
二台。
家族が乗っている。
その後ろに自転車が五台。
元金持ちの顔が引きつった。
「……何だあれは」
若い社員:
「増えてますね」
元白軍将校:
「自前ならいい」
元金持ち:
「よくない!」
---
話を聞くと、町で噂になっていた。
ポーランドから逃げてきた大きな一団が、西へ向かう。
車を大量に買っている。
軍人もいる。
整備工もいる。
医療のできる者もいる。
そして何より。
道を知っているらしい。
それを聞いた者の中に、
「なら、ついていく」
と決めた者がいた。
一人。
一家族。
二家族。
元金持ちは帳簿を開いた。
「待て。名前」
最初の男:
「必要ですか」
「必要だ!」
「職業は」
元白軍将校が聞く。
元金持ち:
「俺より先に聞くな!」
男:
「運送業です」
元白軍将校:
「使える」
元金持ち:
「だから採用面接じゃない!」
次。
馬車の主人。
「農家です」
「馬を扱える」
「はい」
「使える」
元金持ち:
「次!」
自転車の若者。
「学生です」
元白軍将校:
「走れるな」
若者:
「自転車があります」
元白軍将校:
「もっと使える」
元金持ち:
「もういい! 書く! 俺が書く!」
若いWILK社員は元金持ちの肩を叩いた。
「ようこそ」
「何度目だそれ!」
---
出発直前。
元金持ちは人数を数え直した。
一度。
二度。
三度。
「百二十九」
元白軍将校:
「増えたな」
元金持ち:
「昨日百十一!」
「十八人か」
「計算できるじゃないか!」
「そのくらいはできる」
「なら普段からやれ!」
車両。
購入十一台。
自前参加一台。
馬車二台。
自転車五台。
それまで持っていた荷車と猫車。
犬。
鶏。
壁掛け時計。
一行は、昨日までとはまったく違う姿になっていた。
もう難民の列というより、奇妙な輸送隊だった。
元白軍将校が先頭車の助手席へ乗る。
若い社員が聞く。
「どこまで行きます?」
元白軍将校:
「次の国境」
元金持ち:
「おい」
「何だ」
「せめて国名を言え」
元白軍将校は地図を見る。
「西だ」
元金持ち:
「方角しか言ってない!」
赤軍兵だった元部下が荷台から笑う。
「昔からです」
元金持ち:
「お前らの『昔から』で全部済ませる文化、嫌いだ!」
エンジンがかかる。
一台。
二台。
三台。
十一台。
十二台。
馬車が動く。
自転車も走る。
子供たちが窓から手を振る。
誰かが歌い始めた。
まだポーランドから出たばかりだった。
英国は遠い。
戦争も終わっていない。
失ったものも多い。
だが。
今日は歩かなくていい。
それだけで、一行は妙に明るかった。
若いWILK社員が窓から後ろを見る。
長い車列。
そのさらに後ろから、一台の乗用車が近づいてきた。
荷物満載。
家族らしい。
若い社員はしばらく見た。
そして前を向いた。
「……また増えますね」
元白軍将校:
「乗れるなら問題ない」
元金持ちが後ろの車から叫んだ。
「聞こえてるぞ!」
第200話。
ポーランド国外。
百二十九人。
車両十二台。
馬車二台。
自転車五台。
その他若干。
英国まで。
まだ何か国もあった。
そしてその日の夕方には、車両は十五台になっていた。