WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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『一九三九年九月下旬・国外移動開始時の車両調達記録』

国外へ移動した一行は、到着翌日より輸送手段の確保を開始した。

調達車両。

貨物自動車。

小型貨物自動車。

乗合自動車。

乗用車。

農業用牽引車。

その他。

車種、製造会社、年式について統一性なし。

後年、整備担当者はこの一覧を見て、

「誰だ、こんな買い方をしたのは」

と記録している。

責任者については明確である。

元白軍将校であった。

ただし実際に金を払った者は、別にいた。


第200話 国外へ出た、車を買え

 

朝。

 

国外最初の朝だった。

 

若いWILK社員は、干し草の上で目を覚ました。

 

しばらく天井を見た。

 

木組み。

 

納屋。

 

知らない農場。

 

知らない国。

 

そして。

 

ポーランドではない。

 

ゆっくり起き上がる。

 

隣では子供が寝ている。

 

向こうでは兵士が毛布にくるまっている。

 

老人の壁掛け時計は、なぜか納屋の柱に掛けられていた。

 

時刻は六時少し前。

 

若い社員は時計を眺めた。

 

「……国外だ」

 

言ってみた。

 

誰も反応しない。

 

もう一度。

 

「国外だ」

 

近くで寝ていた元金持ちが毛布の中から答えた。

 

「うるさい」

 

「国外ですよ」

 

「昨日からだ」

 

「昨日は越えただけじゃないですか」

 

「越えたら国外だ」

 

「もう少し感動とか」

 

「寝かせろ」

 

若い社員は立ち上がった。

 

外へ出る。

 

朝靄。

 

畑。

 

農場。

 

遠くに村。

 

そして元白軍将校。

 

もう起きていた。

 

地図を広げていた。

 

若い社員は嫌な予感を覚えた。

 

「おはようございます」

 

「ああ」

 

「国外ですね」

 

「ああ」

 

「やりましたね」

 

「ああ」

 

「……もうちょっと何かないんです?」

 

元白軍将校は地図を畳んだ。

 

「車を買う」

 

「ほら!」

 

若い社員は頭を抱えた。

 

「絶対そうなると思った!」

 

---

 

朝食はパンと乳製品、それに昨夜農場から分けてもらった卵だった。

 

国外最初の朝食。

 

子供たちは喜んだ。

 

老人も喜んだ。

 

兵士たちも久しぶりに少しゆっくり食べた。

 

元金持ちだけは、帳簿を見ながら食べていた。

 

「百十一」

 

元白軍将校:

 

「何が」

 

「人数だ」

 

「そうか」

 

「昨日も言った」

 

「そうだったか」

 

「覚えろ!」

 

赤軍兵だった元部下が笑う。

 

「閣下は人数そのものには昔から興味がありませんから」

 

元金持ち:

 

「百十一人を連れて歩いてる男がそれでいいのか?」

 

元白軍将校:

 

「全員いるならいい」

 

元金持ち:

 

「その“全員”が何人か知るために数えてるんだ!」

 

若い社員がパンをかじりながら言った。

 

「会計っぽくなりましたね」

 

「私は会計ではない」

 

「今日の車の買い付け、誰が金出すんです?」

 

元金持ちの手が止まった。

 

「……待て」

 

元白軍将校がパンを食べる。

 

「海外口座があると言ったな」

 

「言った」

 

「会社も三つ」

 

「ある」

 

少し間があった。

 

元金持ちが訂正する。

 

「……あった」

 

若い社員:

 

「ついに過去形になった」

 

「まだ確定してない!」

 

元白軍将校:

 

「なら金はある」

 

元金持ち:

 

「国外にな!」

 

元白軍将校:

 

「ここは国外だ」

 

元金持ちは口を開いた。

 

閉じた。

 

もう一度開いた。

 

「……くそ」

 

若い社員が笑った。

 

「負けましたね」

 

「何にだ!」

 

---

 

午前。

 

一行から元白軍将校、元金持ち、若いWILK社員、元税務官、整備経験のある者数名、それから通訳役になった男が町へ出た。

 

目的は一つ。

 

車を買う。

 

元金持ちは歩きながら聞いた。

 

「何台必要だ」

 

「できるだけ」

 

「だから数字を言え」

 

元白軍将校:

 

「百十一人いるんだろ」

 

「覚えてるじゃないか!」

 

「今聞いた」

 

元金持ちは帳簿を開く。

 

「子供、老人、怪我人を優先。荷物。食料。工具。燃料。予備部品。最低でも――」

 

元白軍将校:

 

「十台」

 

元金持ち:

 

「そんな綺麗な数字になるか!」

 

「では十二」

 

「増やせばいいってもんじゃない!」

 

若い社員:

 

「買えるだけ、でいいのでは?」

 

元金持ちが睨む。

 

「お前まであっち側へ行くな」

 

「もう行ってます」

 

「戻ってこい」

 

---

 

町には車があった。

 

たくさんあった。

 

ただし、売り物として並んでいるわけではない。

 

運送会社。

 

商店。

 

農場。

 

修理工場。

 

乗合会社。

 

酒屋。

 

材木屋。

 

元白軍将校は最初の貨物車を見る。

 

「これは」

 

整備経験者が下を覗く。

 

エンジンを見る。

 

タイヤを見る。

 

「走ります」

 

「買う」

 

元金持ち:

 

「待て!」

 

「何だ」

 

「値段を聞け!」

 

「いくらだ」

 

持ち主が金額を言う。

 

元金持ちが顔をしかめる。

 

「高い」

 

元白軍将校:

 

「走る」

 

元金持ち:

 

「だから高い!」

 

元白軍将校:

 

「必要だ」

 

元金持ち:

 

「必要だから値段交渉するんだ!」

 

そこから元金持ちの本領が出た。

 

現金。

 

外貨。

 

国外口座。

 

取引銀行。

 

支払方法。

 

引き渡し。

 

登録。

 

燃料。

 

予備タイヤ。

 

元白軍将校が横から、

 

「工具もつけろ」

 

元金持ち:

 

「黙ってろ」

 

「予備部品も」

 

「黙ってろ!」

 

「荷台の幌」

 

「今それを交渉してる!」

 

若い社員が整備士へ小声で聞いた。

 

「前より元気になってません?」

 

整備士:

 

「金の話だからじゃないですか」

 

元金持ちが振り返った。

 

「聞こえてるぞ!」

 

---

 

一台目。

 

購入。

 

二台目。

 

購入。

 

三台目。

 

少し古い。

 

元白軍将校:

 

「走るか」

 

整備士:

 

「走ります」

 

元白軍将校:

 

「買う」

 

元金持ち:

 

「タイヤが違う!」

 

「丸い」

 

「そういう意味じゃない!」

 

四台目。

 

小型貨物車。

 

買う。

 

五台目。

 

乗合自動車。

 

若い社員が目を輝かせる。

 

「これいいですね」

 

元白軍将校:

 

「老人と子供を乗せろ」

 

元金持ち:

 

「値段を――」

 

持ち主が言う。

 

元金持ちが即座に値切る。

 

購入。

 

六台目。

 

別メーカー。

 

元金持ち:

 

「駄目だ」

 

元白軍将校:

 

「なぜ」

 

「また部品が増える」

 

整備士:

 

「直せます」

 

元白軍将校:

 

「買う」

 

元金持ち:

 

「お前ら二人で会話を完結させるな!」

 

七台目。

 

かなり古い。

 

元白軍将校:

 

「走るか」

 

整備士がしばらく見る。

 

「……たぶん」

 

元金持ち:

 

「買うなよ」

 

元白軍将校:

 

「安いか」

 

持ち主が値段を言う。

 

元金持ち:

 

「安いな」

 

元白軍将校:

 

「買う」

 

元金持ち:

 

「待て、今のは感想だ!」

 

結局買った。

 

---

 

昼。

 

町外れには、既に大小七台の車が並んでいた。

 

元金持ちは頭を抱えていた。

 

「メーカーが五つある」

 

元白軍将校:

 

「七台しかないのにか」

 

「だから怒ってるんだ!」

 

整備士:

 

「まあ、何とかなります」

 

元金持ち:

 

「その言葉を信用していいのか?」

 

「走ってるうちは」

 

「走らなくなったら?」

 

「直します」

 

元白軍将校:

 

「使える」

 

整備士は少し嬉しそうだった。

 

元金持ちは全然嬉しくなかった。

 

そこへ通訳が戻ってきた。

 

「もう一台見つかりました」

 

元白軍将校:

 

「行くぞ」

 

元金持ち:

 

「昼飯!」

 

「歩きながら食え」

 

元金持ちは空を見た。

 

「俺は何でこんなことをしてるんだ」

 

若い社員:

 

「途中で拾われたからでは?」

 

「拾われたと言うな!」

 

---

 

午後。

 

九台。

 

十台。

 

十一台。

 

そして一台の古い乗合バス。

 

元白軍将校が中を見る。

 

座席がある。

 

屋根がある。

 

窓もある。

 

「いいな」

 

元金持ち:

 

「珍しく同意する」

 

若い社員:

 

「買いましょう」

 

元税務官:

 

「帳簿上も一台で多人数を運べます」

 

整備士:

 

「機関も悪くありません」

 

元金持ち:

 

「よし」

 

元白軍将校:

 

「買う」

 

全員:

 

「それは今決めた!」

 

元白軍将校は少し不満そうだった。

 

---

 

農場へ戻ったのは夕方だった。

 

先頭のトラック。

 

次の貨物車。

 

小型車。

 

乗合車。

 

古いバス。

 

さらに後ろ。

 

ぞろぞろと十一台。

 

農場に残っていた人々が出てくる。

 

子供たちが歓声を上げた。

 

若いWILK社員は、ちょっと誇らしかった。

 

「どうです!」

 

誰かが聞く。

 

「全部買ったの?」

 

元金持ち:

 

「買った」

 

「すごい!」

 

元金持ち:

 

「誉めてくれ。今日一日で寿命が縮んだ」

 

元白軍将校:

 

「あと二台欲しかった」

 

元金持ち:

 

「黙れ!」

 

---

 

そこから配置が始まった。

 

老人。

 

子供。

 

負傷者。

 

まずバス。

 

若いWILK社員が名簿を見る。

 

「ここに二十八人」

 

元金持ち:

 

「詰めすぎるな」

 

元白軍将校:

 

「あと三人」

 

元金持ち:

 

「乗せるな」

 

「乗れる」

 

「快適性というものがある」

 

「戦争中だ」

 

「だからって荷物みたいに積むな!」

 

老人が言った。

 

「わしは荷台でいいぞ」

 

元白軍将校:

 

「駄目だ」

 

「なぜ」

 

「腰が悪い」

 

老人が少し驚いた。

 

「覚えてたのか」

 

「椅子を持ってきた時に聞いた」

 

若い社員:

 

「妙なところで覚えてるんですよね」

 

元金持ち:

 

「人数も覚えろ」

 

---

 

貨物車には荷物。

 

別の車には工具。

 

一台は医療。

 

一台は食料。

 

一台は故障時の回収用。

 

元白軍将校が即席で決めていく。

 

兵士たちも動く。

 

ポーランド兵。

 

赤軍から離れた者たち。

 

誰がどこの制服だったかなど、車を押している時にはあまり関係なかった。

 

元金持ちは車両ごとに番号を振った。

 

「一号車」

 

元白軍将校:

 

「名前はいらん」

 

「管理にいる」

 

「二号車」

 

「そうだ」

 

「三号車」

 

「その調子だ」

 

元白軍将校:

 

「お前、楽しんでないか」

 

元金持ち:

 

「会社三つ回してた男だぞ」

 

「元」

 

「元をつけるな!」

 

若い社員:

 

「元金持ち」

 

元金持ち:

 

「お前もやめろ!」

 

妙に語呂がよかった。

 

その日のうちに、何人かが使い始めた。

 

---

 

翌朝。

 

車列は完成した。

 

少なくとも元白軍将校はそう思った。

 

元金持ちはそう思わなかった。

 

「十二台ある」

 

「十一台だ」

 

「十二だ」

 

「十一買った」

 

「だから問題なんだ!」

 

元金持ちが一台を指す。

 

昨日見なかったトラックがいる。

 

古いが、まだ十分走りそうだった。

 

荷台には家財道具。

 

その横に家族五人。

 

元白軍将校が聞く。

 

「誰だ」

 

男が帽子を取った。

 

「昨日、町であなた方が車を買っているのを見ました」

 

「それで?」

 

「西へ行くんでしょう」

 

「そうだ」

 

「我々も行きます」

 

元金持ち:

 

「ちょっと待て」

 

男:

 

「車は自前です」

 

元白軍将校:

 

「運転できるか」

 

「もちろん」

 

「ならついて来い」

 

元金持ち:

 

「決めるな!」

 

若い社員:

 

「でも自前ですよ」

 

元金持ち:

 

「そういう問題では――」

 

別の音がした。

 

馬車だった。

 

二台。

 

家族が乗っている。

 

その後ろに自転車が五台。

 

元金持ちの顔が引きつった。

 

「……何だあれは」

 

若い社員:

 

「増えてますね」

 

元白軍将校:

 

「自前ならいい」

 

元金持ち:

 

「よくない!」

 

---

 

話を聞くと、町で噂になっていた。

 

ポーランドから逃げてきた大きな一団が、西へ向かう。

 

車を大量に買っている。

 

軍人もいる。

 

整備工もいる。

 

医療のできる者もいる。

 

そして何より。

 

道を知っているらしい。

 

それを聞いた者の中に、

 

「なら、ついていく」

 

と決めた者がいた。

 

一人。

 

一家族。

 

二家族。

 

元金持ちは帳簿を開いた。

 

「待て。名前」

 

最初の男:

 

「必要ですか」

 

「必要だ!」

 

「職業は」

 

元白軍将校が聞く。

 

元金持ち:

 

「俺より先に聞くな!」

 

男:

 

「運送業です」

 

元白軍将校:

 

「使える」

 

元金持ち:

 

「だから採用面接じゃない!」

 

次。

 

馬車の主人。

 

「農家です」

 

「馬を扱える」

 

「はい」

 

「使える」

 

元金持ち:

 

「次!」

 

自転車の若者。

 

「学生です」

 

元白軍将校:

 

「走れるな」

 

若者:

 

「自転車があります」

 

元白軍将校:

 

「もっと使える」

 

元金持ち:

 

「もういい! 書く! 俺が書く!」

 

若いWILK社員は元金持ちの肩を叩いた。

 

「ようこそ」

 

「何度目だそれ!」

 

---

 

出発直前。

 

元金持ちは人数を数え直した。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

「百二十九」

 

元白軍将校:

 

「増えたな」

 

元金持ち:

 

「昨日百十一!」

 

「十八人か」

 

「計算できるじゃないか!」

 

「そのくらいはできる」

 

「なら普段からやれ!」

 

車両。

 

購入十一台。

 

自前参加一台。

 

馬車二台。

 

自転車五台。

 

それまで持っていた荷車と猫車。

 

犬。

 

鶏。

 

壁掛け時計。

 

一行は、昨日までとはまったく違う姿になっていた。

 

もう難民の列というより、奇妙な輸送隊だった。

 

元白軍将校が先頭車の助手席へ乗る。

 

若い社員が聞く。

 

「どこまで行きます?」

 

元白軍将校:

 

「次の国境」

 

元金持ち:

 

「おい」

 

「何だ」

 

「せめて国名を言え」

 

元白軍将校は地図を見る。

 

「西だ」

 

元金持ち:

 

「方角しか言ってない!」

 

赤軍兵だった元部下が荷台から笑う。

 

「昔からです」

 

元金持ち:

 

「お前らの『昔から』で全部済ませる文化、嫌いだ!」

 

エンジンがかかる。

 

一台。

 

二台。

 

三台。

 

十一台。

 

十二台。

 

馬車が動く。

 

自転車も走る。

 

子供たちが窓から手を振る。

 

誰かが歌い始めた。

 

まだポーランドから出たばかりだった。

 

英国は遠い。

 

戦争も終わっていない。

 

失ったものも多い。

 

だが。

 

今日は歩かなくていい。

 

それだけで、一行は妙に明るかった。

 

若いWILK社員が窓から後ろを見る。

 

長い車列。

 

そのさらに後ろから、一台の乗用車が近づいてきた。

 

荷物満載。

 

家族らしい。

 

若い社員はしばらく見た。

 

そして前を向いた。

 

「……また増えますね」

 

元白軍将校:

 

「乗れるなら問題ない」

 

元金持ちが後ろの車から叫んだ。

 

「聞こえてるぞ!」

 

第200話。

 

ポーランド国外。

 

百二十九人。

 

車両十二台。

 

馬車二台。

 

自転車五台。

 

その他若干。

 

英国まで。

 

まだ何か国もあった。

 

そしてその日の夕方には、車両は十五台になっていた。

 

 

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