南下を続けた移動群の一部は、アドリア海沿岸の港湾から海路へ移った。
乗船者。
負傷者。
高齢者。
幼児を伴う家族。
一部ポーランド軍人。
フランス方面への移動を希望する者。
その他、船便を利用可能と判断された者。
正確な乗船人数について、複数の記録が存在する。
理由。
港到着後も同行者が増えたため。
最初に海を見つけたのは子供だった。
車列の前方。
山道を下り始めたところで、乗合車の窓から顔を出した少年が叫んだ。
「海!」
誰も反応しなかった。
疲れていたからである。
少年はもう一度叫んだ。
「海だ!」
今度は何人かが窓を見た。
青かった。
山の切れ間。
その向こう。
広い。
ずっと広い。
若いWILK社員は助手席から身を乗り出した。
「海だ」
元白軍将校:
「ああ」
「海ですよ!」
「ああ」
「もっとこう、感動ありません?」
「港があるな」
若い社員は座席へ戻った。
「あなた本当にそういうところですよ」
後続車から元金持ちのクラクションが鳴った。
停車後、降りてきた元金持ちも海を見る。
少し黙る。
「……海か」
若い社員:
「感動しました?」
「船賃がいくらになるか考えてる」
「あなたも駄目だ」
---
港町へ入るころには、車列は二十数台になっていた。
正確には二十六台。
元金持ちはそう主張した。
元税務官は二十七台だと言った。
原因は、一台の荷馬車を車両数に含めるかどうかだった。
「馬車は車だ」
元税務官が言う。
元金持ち:
「帳簿上は別だ」
「車輪があります」
「そういう分類じゃない!」
若い社員:
「猫車も車輪ありますよ」
「黙れ!」
元白軍将校:
「着いたぞ」
全員が止まった。
港だった。
倉庫。
埠頭。
荷役人夫。
漁船。
貨物船。
小型の客船。
軍人。
商人。
難民。
言葉も服装もばらばらだった。
そして何より。
船がある。
若い社員が言う。
「船に乗れますかね」
元白軍将校:
「乗れる奴は乗せる」
元金持ち:
「何人」
「できるだけ」
元金持ちが目を閉じた。
「またその言葉だ」
---
船を探すことになった。
元白軍将校は港湾事務所へ。
元金持ちは船会社と代理店。
若い社員は乗船希望者の整理。
元税務官は名簿。
ポーランド兵は秩序維持。
赤軍だった元部下は荷物整理。
そして、誰にも言われていないのに、元郵便局員が連絡係になった。
若い社員がそれを見て言った。
「役割、勝手に決まりますね」
元金持ち:
「組織というのは大体そういうものだ」
「WILKに入りません?」
「入らん」
「もう半分入ってますよ」
「入らん!」
---
一時間後。
元白軍将校が戻ってきた。
「船が二つ使える」
元金持ち:
「いくら」
「知らん」
「まずそこを聞け!」
「お前がいるだろ」
元金持ちは額を押さえた。
「俺は会計じゃない」
若い社員:
「もう誰も信じてませんよ」
元白軍将校は紙を渡す。
船会社名。
出港時刻。
行き先。
乗船可能人数。
元金持ちは見る。
「……悪くない」
「そうか」
「片方は西へ回れる」
「なら負傷者と家族を優先」
「もう決めたのか」
「歩ける奴は陸路でいい」
元金持ち:
「お前、その基準本当に一貫してるな」
---
港の倉庫で、乗船者の選別が始まった。
若い社員が名簿を読む。
「負傷者」
手が挙がる。
「老人」
さらに。
「小さい子供がいる家族」
また増える。
「フランス方面へ行くポーランド軍人」
十数人が前へ。
元白軍将校が見る。
「軍へ戻るのか」
「はい」
「行け」
一人の若い兵士が聞いた。
「あなたは?」
「陸路」
「英国まで?」
「ああ」
兵士は車列を見る。
「遠いですよ」
元金持ちが横から言う。
「私もそれを何度も言った」
元白軍将校:
「まだ着いてないだろ」
「だから言ってる!」
---
船へ乗る家族の中に、例の壁掛け時計を持った老人もいた。
若い社員が驚く。
「乗るんですか?」
老人:
「わしはもう歩かん」
「賢明です」
老人は壁掛け時計を抱える。
元白軍将校がそれを見る。
「時計もか」
「当たり前だ」
「船だぞ」
「知っとる」
「落とすなよ」
「お前に言われたくない」
元白軍将校は少し笑った。
老人も笑った。
ここまでずっと一緒だった。
時計も。
老人も。
若い社員が聞く。
「どこまで?」
老人:
「向こうに息子がおる」
「フランス?」
「その辺だ」
元金持ち:
「その辺で国を指定するな!」
老人:
「着けば分かる」
元白軍将校:
「そうだな」
元金持ち:
「お前まで同意するな!」
---
問題は料金だった。
当然である。
船会社側は慈善事業ではない。
元金持ちは机についた。
相手も商人だった。
二人は数字を並べる。
人数。
荷物。
食事。
甲板。
船室。
子供。
負傷者。
軍人。
元白軍将校は横で待った。
五分。
十分。
十五分。
「まだか」
元金持ち:
「黙ってろ」
「出港時間がある」
「分かってる」
さらに十分。
元白軍将校:
「WILK払いでいいだろ」
元金持ちが振り返る。
「ここは国外だぞ!」
「昨日も国外だった」
「そういう意味じゃない!」
船会社の男が不思議そうに聞いた。
「WILK?」
元金持ちは少し止まる。
若いWILK社員も止まる。
元白軍将校だけ普通だった。
船会社の男が続けた。
「ポーランドの?」
若い社員:
「知ってるんですか?」
「航空機と機械、それから……」
少し考える。
「荷車?」
元白軍将校:
「猫車の会社だそうだ」
若い社員:
「自分で言うんですね」
元金持ち:
「今そこはどうでもいい」
船会社の男は書類を見る。
「国外支店は?」
若い社員:
「あります」
「銀行取引は?」
元金持ち:
「あります」
「保証は?」
元金持ちは紙を引き寄せた。
「私もつける」
元白軍将校が見る。
「元金持ちが?」
「元をつけるな」
船会社の男:
「元?」
「何でもない!」
---
結局、払えた。
半分は即時。
残りは支払証書。
元金持ちが国外口座と取引先を保証に入れた。
若い社員もWILK名義で確認した。
元白軍将校が署名した。
船会社の男が三人を見る。
「ずいぶん変わった会社ですね」
元金持ち:
「私は社員ではない」
若い社員:
「まだそう言ってます」
元白軍将校:
「会計だ」
元金持ち:
「違う!」
---
第一便へ乗る者が埠頭へ並んだ。
七十人近い。
一行の半分近くが、一気に減ることになる。
若い社員は少し寂しくなった。
ここ数日。
ずっと増えてきた。
宿を出るたびに増えた。
村を抜ければ増えた。
国境で増えた。
車を買えば増えた。
初めて、大きく減る。
ポーランド兵の一人が元白軍将校へ敬礼した。
「ここまで、ありがとうございました」
元白軍将校:
「まだフランスまである」
「船が運びます」
「なら船に礼を言え」
兵士は笑った。
「あなたらしい」
「何がだ」
「いえ」
別の兵士が言う。
「向こうで再編部隊へ入ります」
元白軍将校:
「そうしろ」
「また会えますかね」
元白軍将校は少し考えた。
「生きていれば」
それだけだった。
兵士はもう一度敬礼した。
---
船が岸を離れる。
子供が手を振る。
老人も。
兵士も。
壁掛け時計は当然振らなかった。
若い社員はいつまでも手を振っていた。
元金持ちは横で帳簿を見ている。
「減った」
若い社員:
「何人?」
「七十三」
「そんなに?」
「ああ」
元白軍将校:
「残りは」
元金持ち:
「九十前後」
若い社員が首をかしげる。
「待ってください」
「何だ」
「昨日、百五十何人でしたよね」
「そうだ」
「七十三人乗った」
「そうだ」
「なのに九十前後?」
三人とも黙った。
元金持ちがゆっくり顔を上げた。
「……おかしいな」
元白軍将校:
「増えたんだろ」
元金持ち:
「いつ!?」
---
原因はすぐ分かった。
港の外。
車列のところ。
新しい人間がいた。
ポーランド人。
地元民。
商人らしい一家。
若い夫婦。
荷物。
自家用車。
小型トラック。
馬車。
若い社員が呆然とする。
「何で」
一人の男が答えた。
「西へ行く車列があると聞いた」
元金持ちが頭を抱えた。
「また噂か!」
別の男:
「船に乗れなかったので」
元白軍将校:
「どこまで」
「フランス方面」
「車は」
「自前です」
「なら来い」
元金持ち:
「即決するな!」
若い社員:
「でも自前ですよ」
元金持ち:
「お前も同じこと言うようになったな!」
---
さらにポーランド軍人が六人残っていた。
元白軍将校が聞く。
「お前らは船に乗らなかったのか」
軍人:
「乗れませんでした」
「次便は」
「数日後です」
「待つか」
兵士たちは互いを見る。
一人が答える。
「あなた方について行きます」
「なぜ」
「西へ行くのでしょう」
「ああ」
「なら途中まで」
元白軍将校:
「乗れ」
元金持ち:
「もう何も言わん」
若い社員:
「諦めました?」
「疲れた」
---
その日の夕方。
元金持ちは港の宿で人数を数え直した。
一回。
二回。
三回。
元税務官も確認する。
「九十八」
元金持ち:
「船に七十三乗せたんだぞ」
若い社員:
「減りましたね」
「減ってない!」
「昨日よりは」
「そういう問題じゃない!」
元白軍将校は地図を見ている。
「明日出る」
元金持ち:
「どこへ」
「西」
「国名」
元白軍将校は地図を指す。
「まずこの辺」
「この辺!」
赤軍兵だった元部下が笑った。
「昔からです」
元金持ち:
「聞き飽きた!」
---
翌朝。
車列は港を出た。
船に乗れなかった者。
船に乗らなかった者。
これから別の港を目指す者。
フランスまで陸路で行くポーランド軍人。
WILK社員。
赤軍離脱組。
元金持ち。
職人。
家族。
新しくついてきた地元の者。
車。
トラック。
馬車。
自転車。
全部がまた一つの列になった。
若い社員が後ろを見る。
海が遠ざかる。
「だいぶ減りましたね」
元金持ち:
「九十八人いる」
「でも昨日よりは」
「七十三人船に乗せたのに!」
元白軍将校:
「道が空いた」
若い社員:
「何がです?」
「また乗せられる」
元金持ちが顔を上げた。
「お前、今何て言った」
元白軍将校:
「何も」
「言ったぞ!」
車列はそのまま進んだ。
アドリア海沿岸で、一度大きく減った。
そして減った分だけ。
車列には、また空きができた。
その意味を理解した元金持ちは、英国までまだ遠いことより、そちらの方を恐れた。