WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

203 / 214
『一九三九年秋・西方移動記録』

車列はアドリア海沿岸からさらに西へ進み、複数の鉄道駅を中継点として利用した。

鉄道利用者。

幼児を伴う家族。

高齢者。

負傷者。

長距離陸路移動に不向きな者。

鉄道沿線に目的地を持つ者。

フランス方面へ向かう軍人。

小型車両の所有者およびその家族。

なお、鉄道利用によって同行人数は大幅に減少した。

その後、増加した。



第203話 列車は人を減らす

 

 

駅が見えた時、元金持ちは本気で喜んだ。

 

「駅だ!」

 

若いWILK社員が驚く。

 

「そんなに嬉しいですか」

 

「嬉しいとも」

 

「鉄道好きでした?」

 

「人を減らせる!」

 

元白軍将校が助手席から振り返る。

 

「物騒な言い方だな」

 

「お前が言うな!」

 

車列は駅前広場へ入った。

 

トラック。

 

乗合車。

 

馬車。

 

自転車。

 

自家用車。

 

その後ろから、途中参加した車。

 

さらにその後ろ。

 

駅員が最初の数台を見た。

 

次を見る。

 

まだ続く。

 

さらに見る。

 

まだ来る。

 

駅員は帽子を直した。

 

「……何人です」

 

元金持ちは即答した。

 

「百二十六」

 

元白軍将校が見る。

 

「減ったな」

 

「昨日の夜に数えた!」

 

「そうか」

 

「覚えろ!」

 

駅員が帳面を開く。

 

「行き先は」

 

元金持ち:

 

「いろいろ」

 

駅員:

 

「いろいろ?」

 

若い社員が言う。

 

「フランス方面が多いです」

 

ポーランド兵:

 

「軍へ戻る者も」

 

別の家族:

 

「親族を頼る者も」

 

元白軍将校:

 

「西」

 

元金持ち:

 

「方角で申告するな!」

 

駅員はしばらく一行を見る。

 

それから妙に慣れた顔で言った。

 

「なるほど」

 

元金持ちが止まる。

 

「……なるほど?」

 

「最近多いので」

 

一同が黙った。

 

駅員は続ける。

 

「家族連れはこちら。軍人は別窓口。負傷者は先に申告してください。車両輸送希望は貨物担当へ」

 

元金持ちが若い社員を見る。

 

若い社員も見る。

 

「慣れてる」

 

「慣れてるな」

 

元白軍将校:

 

「助かる」

 

元金持ち:

 

「お前だけ納得するな」

 

---

 

駅の中では、さらに手際がよかった。

 

案内板。

 

臨時窓口。

 

名簿。

 

荷物札。

 

車両輸送の申込書。

 

若い社員が感心する。

 

「前の港より早いですね」

 

元金持ち:

 

「処理量が違うんだろ」

 

駅員が聞く。

 

「WILKですか?」

 

若い社員:

 

「はい」

 

元金持ち:

 

「一部だけな」

 

元白軍将校:

 

「だいたいそうだ」

 

元金持ち:

 

「だいたいで会社を名乗るな!」

 

駅員は気にしなかった。

 

「支払いは前と同じですか」

 

元金持ちが眉を上げる。

 

「前?」

 

「昨日も別の一団が来ましたよ」

 

「誰だ」

 

「ポーランド人です」

 

「WILK?」

 

「そう名乗ってました」

 

若い社員が元白軍将校を見る。

 

元白軍将校:

 

「知らん」

 

元金持ち:

 

「おい」

 

駅員:

 

「支払証書はこれです」

 

紙を出した。

 

元金持ちが受け取る。

 

見る。

 

黙る。

 

もう一度見る。

 

「……様式が改善されてる」

 

若い社員:

 

「ほんとだ」

 

元白軍将校:

 

「使えるならいい」

 

元金持ち:

 

「うちより先に現場が改善するな!」

 

---

 

人を分けることになった。

 

第一群。

 

家族連れ。

 

第二群。

 

老人。

 

第三群。

 

負傷者。

 

第四群。

 

フランス方面へ向かうポーランド兵。

 

第五群。

 

途中の都市で降りる者。

 

元金持ちが名簿を確認する。

 

「これで四十八人減る」

 

若い社員:

 

「一気に?」

 

「列車は偉大だ」

 

元白軍将校:

 

「まだ空いてる」

 

元金持ち:

 

「その発言やめろ」

 

---

 

次に車両だった。

 

小型乗用車。

 

積載量の少ない軽トラック。

 

長距離走行には不向きな古い車。

 

元金持ちが一台ずつ見る。

 

「これは列車」

 

持ち主:

 

「車ごと?」

 

「車ごと」

 

「なぜ」

 

「向こうでまた使える」

 

「私も?」

 

「持ち主も一緒だ」

 

持ち主は少し驚いた。

 

「そこまでしてくれるのか」

 

元金持ち:

 

「お前の車を使わせてもらった分だ」

 

元白軍将校:

 

「払うものは払う」

 

元金持ち:

 

「そこは珍しく話が早いな」

 

「珍しくは余計だ」

 

軽トラックの持ち主が言う。

 

「燃料代まで払ってもらってる」

 

元金持ち:

 

「走らせたのはこちらだからな」

 

「修理代も」

 

「壊したのはこちらだ」

 

元白軍将校:

 

「次」

 

元金持ち:

 

「お前は会話を切るな!」

 

---

 

貨車に車が積まれていく。

 

一台。

 

二台。

 

三台。

 

乗用車。

 

小型トラック。

 

工具車。

 

持ち主たちは別の客車へ。

 

若い社員が見送る。

 

「なんだか、寂しいですね」

 

元金持ち:

 

「減るのは良いことだ」

 

「情緒ないですね」

 

「帳簿には情緒欄がない」

 

元白軍将校:

 

「作ればいい」

 

元金持ち:

 

「作らん!」

 

---

 

ホーム。

 

出発時刻が近づく。

 

ポーランド兵たちが並ぶ。

 

その一人が元白軍将校へ敬礼した。

 

「ここからフランスへ行きます」

 

「ああ」

 

「向こうでまた戦います」

 

「ああ」

 

「あなたは?」

 

「英国」

 

兵士が苦笑する。

 

「まだ遠いですね」

 

元金持ちが横から言う。

 

「その話は何度もした」

 

兵士:

 

「全員英国まで?」

 

元白軍将校:

 

「知らん」

 

元金持ち:

 

「もうそれで通すのか」

 

若い社員:

 

「途中で降りる人も、増える人もいますから」

 

兵士が笑った。

 

「増える?」

 

元金持ち:

 

「聞くな」

 

---

 

列車が入ってくる。

 

蒸気。

 

音。

 

人の声。

 

荷物。

 

駅員の笛。

 

老人たちが乗る。

 

家族が乗る。

 

子供が窓際へ。

 

負傷者。

 

兵士。

 

元白軍将校は一人ずつ見る。

 

名前は全部知らない。

 

でも顔はだいたい覚えている。

 

若い社員が聞く。

 

「何か言わないんです?」

 

「何をだ」

 

「別れの言葉とか」

 

元白軍将校は少し考えた。

 

「着いたら連絡しろ」

 

若い社員:

 

「それだけ?」

 

「十分だ」

 

元金持ち:

 

「まあ、あんたらしい」

 

列車が動き出す。

 

手が振られる。

 

窓から子供が叫ぶ。

 

「さようなら!」

 

若い社員も手を振る。

 

ポーランド兵が敬礼する。

 

元白軍将校も帽子へ手をやった。

 

短く。

 

それだけ。

 

列車は西へ向かった。

 

---

 

元金持ちは帳簿を開いた。

 

「よし」

 

若い社員:

 

「何人になりました?」

 

「七十八」

 

「減りましたね!」

 

「減った!」

 

元金持ちは本当に嬉しそうだった。

 

元税務官も確認する。

 

「車両も減りました」

 

「何台」

 

「十八」

 

元金持ち:

 

「素晴らしい」

 

元白軍将校:

 

「空いたな」

 

元金持ちの笑顔が消えた。

 

「何が」

 

元白軍将校:

 

「車」

 

「やめろ」

 

若い社員:

 

「座席も空きました」

 

「お前も言うな」

 

---

 

駅を出ようとした時だった。

 

駅前に人がいた。

 

十人。

 

二十人。

 

もっと。

 

荷物を持っている。

 

家族。

 

軍人。

 

職人。

 

一人は自転車。

 

二人は馬車。

 

小型トラックも一台。

 

元金持ちは動きを止めた。

 

「……何だ」

 

駅員が当然のように答えた。

 

「後続です」

 

「後続?」

 

「西へ向かう人たち」

 

「なぜここに」

 

「あなた方の車列が来ると聞いたので」

 

元金持ちが元白軍将校を見る。

 

「誰が広めた」

 

元白軍将校:

 

「知らん」

 

若い社員:

 

「多分前の町ですね」

 

駅員:

 

「このところ、WILKの車列の後を追えば西へ行けると言われてまして」

 

元金持ち:

 

「誰だそんなこと言い出したの!」

 

駅員は首をかしげた。

 

「さあ」

 

元白軍将校は人々を見る。

 

元金持ち:

 

「見るな」

 

元白軍将校:

 

「何ができる」

 

「聞くな!」

 

---

 

最初の男。

 

「整備工です」

 

元白軍将校:

 

「来い」

 

元金持ち:

 

「一人目でこれか!」

 

次。

 

「看護婦です」

 

「来い」

 

「二人目!」

 

次。

 

「農家です。馬車があります」

 

元白軍将校:

 

「自前か」

 

「はい」

 

元金持ちが割って入る。

 

「飼料代はこちらで出す。同行日数も記録する」

 

若い社員が笑う。

 

「もう受け入れる前提ですね」

 

元金持ち:

 

「どうせ止めても来る!」

 

次。

 

「運送屋です。トラック一台」

 

元金持ちの顔が少し明るくなる。

 

「積載量は?」

 

若い社員:

 

「元白軍将校みたいになってますよ」

 

「うるさい!」

 

---

 

駅員はその様子を見ていた。

 

「慣れてますね」

 

元金持ち:

 

「慣れたくて慣れたんじゃない」

 

駅員:

 

「次の駅にも連絡しておきます」

 

元金持ち:

 

「何を」

 

「後続がいると」

 

元金持ちは止まった。

 

「待て」

 

駅員:

 

「車両輸送も必要でしょう」

 

「待て」

 

「WILK払いで?」

 

「待て!」

 

元白軍将校:

 

「助かる」

 

元金持ち:

 

「お前は喜ぶな!」

 

駅員はもう書類を書き始めていた。

 

---

 

一時間後。

 

元金持ちは人数を数え直した。

 

一回。

 

二回。

 

三回。

 

「百三」

 

若い社員:

 

「増えましたね」

 

「四十八人列車に乗せた」

 

「はい」

 

「なのに七十八から百三になった」

 

「二十五人増えました」

 

元白軍将校:

 

「計算できるじゃないか」

 

元金持ち:

 

「その台詞を俺に返すな!」

 

元税務官が付け加える。

 

「車両は二十一台です」

 

元金持ち:

 

「三台増えた?」

 

「馬車を含みます」

 

「今回は含めろ!」

 

---

 

車列が駅前を出る。

 

ホームでは、駅員たちが次の一団の処理を始めていた。

 

家族連れはこちら。

 

軍人は別。

 

車両持ちは貨物担当。

 

負傷者は先。

 

支払証書はこの様式。

 

誰かが聞く。

 

「WILKの人たちは?」

 

駅員が答えた。

 

「もう行った」

 

「では我々は?」

 

駅員は少し考えた。

 

「同じようにやります」

 

それだけだった。

 

車列が一度通ったことで、駅には手順が残った。

 

その手順は、次の人間にも使われた。

 

---

 

街道へ戻った車列の中で、若い社員が後ろを見る。

 

「減って、増えましたね」

 

元金持ち:

 

「言うな」

 

「列車で送れば楽になると思ったのに」

 

「私もだ」

 

元白軍将校:

 

「楽にはなった」

 

元金持ち:

 

「どこが」

 

「歩いてる奴が減った」

 

元金持ちは後ろを見る。

 

ほとんど全員、何かに乗っている。

 

トラック。

 

馬車。

 

自転車。

 

確かに。

 

「……そこだけは認める」

 

元白軍将校:

 

「では次の町へ」

 

「その次は?」

 

「たぶんまた駅がある」

 

元金持ち:

 

「また減らせるな」

 

若い社員:

 

「また増えますね」

 

元金持ち:

 

「言うな!」

 

列車は西へ人を運んだ。

 

車列も西へ人を運んだ。

 

そして駅には、次の人々がもう集まり始めていた。

 

狼回廊という名前は、まだなかった。

 

だが。

 

道だけではなく。

 

駅にも。

 

少しずつ、道の続きを知る者が増えていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。