『一九三九年九月二十日・英国側連絡記録』
WILK、英国到着。
以上。
第208話 WILK、英国到着
その電文を受け取った時。
英国にいたWILK関係者は、三秒ほど黙った。
それから、一斉に動いた。
「誰だ」
「分かりません」
「実業家か?」
「いや、南へ抜けたという話だったはずです」
「元ドイツ軍技術者は?」
「所在不明」
「元独立運動家は?」
「こちらもまだ」
「ポーランド軍将校は軍と動いている可能性が高い」
「では元白軍将校?」
「それこそ分かりません」
机の上に紙が広げられる。
ポーランド。
港。
中立国。
鉄道。
海路。
今のところ入っている断片的な情報。
どれを見ても、
「WILK、英国到着」
だけでは何も分からなかった。
英国側担当者が電文をもう一度見る。
「本当にこれだけか」
通信担当者:
「これだけです」
「誰が送った」
「海軍関係です」
「海軍?」
一同が止まった。
「なぜ海軍から?」
「分かりません」
英国側担当者は立ち上がった。
「確認する」
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電話。
別の電話。
問い合わせ。
たらい回し。
また問い合わせ。
軍関係。
港湾。
海軍。
ポーランド側連絡員。
その間にも話は勝手に大きくなった。
「WILKの幹部が来たらしい」
「創業者かもしれない」
「何人いる」
「分からん」
「技術者は」
「分からん」
「図面は」
「もっと分からん」
「工作機械関係の資料を持ってきている可能性は?」
「あるかもしれない」
「なら迎えを出せ」
「どこへ」
「……どこへ着いたんだ?」
最初に戻った。
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ようやく。
英国海軍側から返答が来た。
「確認が取れました」
英国側担当者:
「誰だ」
「ポーランド海軍です」
「……海軍?」
「はい」
「誰が着いた」
担当者は資料を見る。
「ORP Wilk」
沈黙。
「……もう一度」
「ポーランド海軍潜水艦、ORP Wilkです」
部屋が静かになった。
誰かが小さく聞く。
「潜水艦?」
「はい」
「会社じゃない?」
「会社?」
海軍側の担当者が逆に聞き返した。
英国側担当者は椅子へ座った。
「そうか」
通信担当者:
「どうします?」
「どうもしない」
「迎えは?」
「潜水艦に?」
「……いりませんね」
「海軍がやる」
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しばらくして。
別のWILK関係者が部屋へ入ってきた。
「どうだった!」
英国側担当者:
「着いた」
「誰が」
「潜水艦が」
「……何?」
「潜水艦WILK」
「会社は?」
「まだだ」
男はその場で立ち尽くした。
「紛らわしいな!」
通信担当者:
「向こうも同じこと思ってるかもしれません」
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その頃。
英国へ到着したポーランド潜水艦の側でも、少し妙なことが起きていた。
長い航海。
緊張。
損傷。
海。
ようやく英国。
乗員にとっては、それだけで十分に大きな出来事だった。
ところが。
英国側の担当者が妙なことを聞いた。
「民間人から問い合わせが来ています」
ポーランド側:
「何の?」
「WILKについて」
乗員は互いを見る。
「我々では?」
「どうも、違うようです」
「違う?」
「会社らしいです」
「会社?」
「ポーランドの」
乗員の一人が少し考えた。
「ああ」
別の者:
「知ってるのか」
「飛行機作ってるところじゃないか」
「WILKっていう?」
「たしか」
別の乗員が言う。
「猫車のところ?」
「なぜ潜水艦で猫車の話になる」
「いや、軍で見た」
艦長格の者が額へ手を当てた。
「つまり」
「はい」
「我々が英国へ着いた」
「はい」
「それを聞いた民間人が」
「はい」
「会社のWILKが来たと思った」
「そのようです」
少し間。
「……知らんがな」
もっともだった。
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後日。
英国側WILK関係者とポーランド側関係者が、たまたま同じ場所で顔を合わせた。
どちらからともなく話題が出た。
「先日は失礼しました」
「何がです?」
「WILK到着と聞いて」
「ああ」
「会社の方かと思いまして」
潜水艦側の人間が笑った。
「こちらも、なぜ民間企業の人間が我々を探しているのかと思いました」
英国側担当者:
「まだ本物は来てません」
相手が少し首を傾げる。
「本物?」
「いや」
英国側担当者は訂正した。
「会社の方です」
「我々も本物ですよ」
「それは失礼」
二人とも笑った。
戦争が始まってから。
久しぶりに。
名前だけで笑える出来事だった。
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そして。
英国側のWILK関係者は、少しだけ期待した。
潜水艦が来られた。
なら。
人間も来られるかもしれない。
まだ誰も知らない。
ユダヤ人実業家がどこにいるか。
元ドイツ軍技術者がどこまで逃れたか。
元独立運動家が誰を連れているか。
ポーランド軍将校がどこに残っているか。
元白軍将校が。
そもそも何をしているのか。
何も分からない。
ただ一つだけ。
英国には先に一匹の狼が着いた。
鋼鉄でできた狼だった。
会社の狼たちは。
まだ来ない。
そのうち一人は。
この時まだ。
欧州のどこかの街道で。
人を拾っていた。