WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK航空製作所・操業報告書
一九二二年

Tur A.1残存六機は、発動機未着のため完成を保留。

この期間、工房は以下の作業を実施した。

軍用換装装備九式。
予備主脚四組。
予備尾翼三組。
工具荷車十二台。
訓練用後席模型二基。
民間輸送機改修一機。
牛乳缶固定具八組。

最後の項目について、軍監督官は製造理由を問い合わせた。

製造側は、

「振動試験用」

と回答した。

軍監督官は、同固定具に乳業組合の刻印があることを指摘した。

製造側は、

「振動試験後の有効活用」

と回答した。

軍監督官は、これ以上の質問を中止した。


第21話 待っている間に作れ

「発動機は」

 

 ポーランド軍将校が尋ねた。

 

「来ていません」

 

 実業家が答える。

 

「昨日もそう聞いた」

 

「昨日も来ていませんでした」

 

「今日は」

 

「今日もです」

 

「明日は」

 

「運送会社へお問い合わせください」

 

「軍の支給品だぞ!」

 

「軍へお問い合わせください」

 

「私が軍だ!」

 

 実業家は帳簿を閉じた。

 

「では、ご確認を」

 

「そのために来た!」

 

     ◇

 

 七号機から十二号機まで。

 

 胴体は完成していた。

 

 主翼もある。

 

 脚もある。

 

 尾翼もある。

 

 操縦席も、燃料系統も、装甲板も付いている。

 

 発動機架だけが空だった。

 

 左右に一つずつ。

 

 六機で十二か所。

 

 並んでいる姿は、歯の抜けた野牛の群れに見えた。

 

 元白軍将校は七号機の発動機架へ腰を掛けている。

 

「ここへ樽を置ける」

 

 元ドイツ帝国軍技師が顔を上げた。

 

「置くな」

 

「重心確認」

 

「発動機の重さと樽は違う」

 

「中に鉄を入れる」

 

「それなら試験錘を使え!」

 

「樽の方が運びやすい」

 

「転がるだろう!」

 

 元独立運動家が言った。

 

「取っ手を付ければよい」

 

「樽の改良を始めるな!」

 

     ◇

 

 発動機がない。

 

 なら作業がない。

 

 普通なら、そうなる。

 

 だがWILKでは、普通は会議の最初に排除される。

 

「機体を完成させられないなら、部品を作る」

 

 元ドイツ技師が言った。

 

「予備部品」

 

「工具」

 

「訓練用設備」

 

「換装装備」

 

 実業家が続ける。

 

「民間向け改修」

 

「民間?」

 

 軍将校が眉をひそめた。

 

「軍の契約中だぞ」

 

「軍用機だけを作る契約ではありません」

 

「工房を軍が押さえているのでは」

 

「優先順位は軍が上です」

 

「では民間機は後だ」

 

「軍用発動機が来るまでは空いています」

 

「屁理屈では」

 

「契約書にあります」

 

 軍将校は大尉を見る。

 

 大尉は目を逸らした。

 

「また書いてあるのか」

 

「前金の条件交渉時に」

 

「お前たちは契約書へ何でも入れるな!」

 

     ◇

 

 最初に作られたのは、工具荷車だった。

 

 A型。

 

 B型。

 

 C型。

 

 それぞれの換装に必要な工具と部品を、荷車一台へまとめる。

 

 工具位置は固定。

 

 札付き。

 

 締付順も図で示す。

 

 右用部品は丸札。

 

 左用部品は三角札。

 

 軍将校が荷車を見る。

 

「子供の玩具箱のようだ」

 

「分かりやすい」

 

 元独立運動家が答える。

 

「文字が読めなくても、形で分かる」

 

「軍の整備兵は文字を読める」

 

「夜でも?」

 

「灯りを使う」

 

「砲撃中でも?」

 

「嫌な条件を出すな」

 

 元白軍将校が荷車を押す。

 

「重い」

 

「全部入っている」

 

「車輪を大きく」

 

「飛行場内用だ」

 

「泥へ入る」

 

「飛行場が泥なら」

 

「大きな車輪」

 

 元ドイツ技師は少し考えた。

 

「Turと同じ径は大きすぎる」

 

「半分」

 

「それでも大きい」

 

「壊れにくい」

 

 軍将校が額を押さえる。

 

「工具荷車まで野牛になるのか」

 

     ◇

 

 次は訓練用後席模型。

 

 胴体後部と同じ寸法。

 

 回転座席。

 

 無線機。

 

 写真機架。

 

 機銃架。

 

 地図留め。

 

 爆弾投下操作器。

 

「飛ばない」

 

 軍将校が言った。

 

「訓練用だ」

 

 技師が答える。

 

「ならもっと簡単でよい」

 

「実機と違えば訓練にならない」

 

「機銃は木製でよいだろう」

 

「重量が違う」

 

「鉛を入れる」

 

「操作感が違う」

 

「では本物を」

 

「弾は抜く」

 

 元白軍将校が木製機銃を肩へ担いだ。

 

「振り回すだけならこれでよい」

 

「後席で当たる場所を覚える必要がある」

 

 大尉が模型へ座る。

 

 座席を回す。

 

 膝が無線機の横を通る。

 

 機銃架へ手を伸ばす。

 

「前よりよい」

 

「配置を変えた」

 

「右回りの工夫か」

 

「無線機だけ移した」

 

「六号機の職人へ報奨金を」

 

 実業家が言う。

 

「もう出した」

 

「いつ」

 

「改善記録承認時です」

 

 軍将校が驚く。

 

「会社らしいな」

 

「会社です」

 

     ◇

 

 予備主脚。

 

 予備尾翼。

 

 予備操縦索。

 

 予備機銃架。

 

 同じ物を、機体がなくても作る。

 

 今までのWILKでは考えにくい仕事だった。

 

 壊れてから、壊れた形に合わせて作る。

 

 それがこれまでだった。

 

 今は、壊れる前に同じ部品を用意する。

 

 元白軍将校は予備主脚を眺めた。

 

「まだ壊れていない」

 

「壊れる」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「壊れないよう作った」

 

「それでも壊れる」

 

「矛盾している」

 

「壊れにくく作り、壊れた時の予備を置く」

 

 軍将校が言った。

 

「その考え方には慣れた」

 

「よいことだ」

 

「嬉しくない」

 

     ◇

 

 軍用換装装備も、予定以上に作られた。

 

 A型偵察装備。

 

 B型攻撃装備。

 

 C型救急装備。

 

 さらに現場から要望が来る。

 

地図収納を増やしてほしい。

 

寒冷地用の風防覆いがほしい。

 

無線機を外した軽量連絡装備がほしい。

 

夜間用の照明弾架を付けられないか。

 

郵便袋固定具がほしい。

 

 軍将校は最後の一枚を持ち上げた。

 

「郵便袋」

 

 元独立運動家が答える。

 

「国境部隊だ」

 

「軍用連絡文書では」

 

「兵士の家族からの手紙も運ぶ」

 

「正式装備にするのか」

 

「袋は同じだ」

 

 実業家が言った。

 

「軍用郵便固定具として計上できます」

 

「また名称で押し通す気か」

 

「実際に軍が使います」

 

 元ドイツ技師は固定荷重を計算する。

 

「床の共通金具へ付ける」

 

「作るのか」

 

「必要だ」

 

 軍将校は天井を見た。

 

「結局、最初の郵便機へ戻ってくるな」

 

     ◇

 

 民間向けの依頼が来たのは、その頃だった。

 

 地方の乳業組合。

 

 依頼内容。

 

朝に集めた乳製品を、鉄道駅まで迅速に運びたい。

 

夏季は道路輸送中に品質が落ちる。

 

小規模飛行場へ降りられる機体を希望。

 

 軍将校は書類を二度読んだ。

 

「断れ」

 

 実業家が尋ねる。

 

「なぜです」

 

「牛乳だぞ」

 

「商品です」

 

「発動機待ちの軍用機工房へ、なぜ乳業組合が来る」

 

 元独立運動家が答えた。

 

「空を飛ばしたらバターになった話が広まった」

 

「誰が広めた!」

 

 全員が実業家を見る。

 

「私は試験結果を隠していません」

 

「宣伝したのだな」

 

「事実を説明しました」

 

「“空中攪拌乳脂肪”と書いたのはお前だろう!」

 

「記録上の名称です」

 

     ◇

 

 乳業組合の代表が工房へ来た。

 

 大柄な男。

 

 厚い上着。

 

 両手には乳脂肪の匂いが染みついている。

 

「飛行機を一機買う金はない」

 

 代表は最初に言った。

 

 実業家が答える。

 

「貸切輸送契約なら」

 

「それも高い」

 

「共同利用」

 

「組合員全員でなら払える」

 

 軍将校が横から言った。

 

「これは軍用機工房だ」

 

 代表は彼を見る。

 

「軍用機は牛乳を運べないのか」

 

「運べる」

 

 元白軍将校が答えた。

 

「答えるな!」

 

「床は丈夫だ」

 

「爆弾架もある」

 

 元独立運動家が続ける。

 

「なぜ爆弾架を出す!」

 

 代表は興味を示した。

 

「缶を外へ吊れるのか」

 

「吊れる」

 

 軍将校が机を叩く。

 

「吊るすな!」

 

     ◇

 

 話を聞けば、問題は単純だった。

 

 山間部の集乳所。

 

 駅までの道路は悪い。

 

 夏は時間がかかる。

 

 冬は雪で止まる。

 

 牛乳そのものより、分離した生クリームや熟成前の乳脂肪を運びたい。

 

 量は多くない。

 

 だが高価で、傷みやすい。

 

「貨物室へ積めばよい」

 

 軍将校が言った。

 

「振動が少ない」

 

 代表が答える。

 

「少ない方がよいだろう」

 

「試験では主翼側の方が脂肪が集まったと」

 

 軍将校は実業家を見る。

 

「何を話した」

 

「公開可能な範囲です」

 

「公開するな!」

 

 元ドイツ技師は腕を組んだ。

 

「普通の牛乳では品質が不安定だ」

 

「分離クリームなら」

 

 元独立運動家が尋ねる。

 

「脂肪分が高い」

 

 代表が答える。

 

「缶を密閉し、温度を下げ、一定時間揺らせば」

 

 白軍将校が言う。

 

「バターになる」

 

「なるかもしれない」

 

 代表の目が光る。

 

「運びながら加工できる?」

 

 軍将校が叫んだ。

 

「輸送と製造を混ぜるな!」

 

     ◇

 

 元ドイツ技師は、なぜか真剣に計算を始めた。

 

「貨物ではなく試験だ」

 

「何の試験だ」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「振動位置の比較」

 

「前にやった」

 

「今度は脂肪分が一定のクリーム」

 

「乳業組合が持ってきた物で?」

 

「品質が分かっている」

 

「つまり加工試験では」

 

「振動試験だ」

 

 実業家が言った。

 

「試験後の内容物は組合へ返却します」

 

「営業契約では」

 

「試験材料提供契約です」

 

「名称を変えるな!」

 

 乳業組合代表は満足そうに頷いている。

 

「うちで缶を用意する」

 

 白軍将校が言う。

 

「固定具はこちらで作る」

 

「何個だ」

 

「左右四個ずつ」

 

「八個も!」

 

「比較には数が要る」

 

 技師が答える。

 

「統計を取る」

 

「牛乳へ統計を持ち込むな!」

 

     ◇

 

 牛乳缶固定具八組が作られた。

 

 主翼下の爆弾架へ取り付ける。

 

 ただし缶そのものを直接吊るさない。

 

 金属枠。

 

 革帯。

 

 二重留め具。

 

 落下防止索。

 

「爆弾より丁寧だな」

 

 軍将校が言った。

 

「爆弾は落とす」

 

 技師が答える。

 

「これは持ち帰る」

 

「一理あるのが嫌だ」

 

 缶には乳業組合の刻印。

 

 狼の印も小さく追加された。

 

 その下に、

 

試験用

生では飲むな

 

 と書かれている。

 

「なぜ最後の注意がある」

 

 代表が尋ねた。

 

「前例がある」

 

 元独立運動家が答える。

 

「パン生地か」

 

「食べる者が出る」

 

「クリームを生で飲むのか」

 

 元白軍将校が言う。

 

「飲める」

 

「試験前ならな!」

 

     ◇

 

 使用機は、民間輸送用へ戻された古いWILK機だった。

 

 戦争を終えた郵便機の一機。

 

 武装は外した。

 

 爆弾架だけは残っている。

 

 軍将校は機体を見る。

 

「Turではないのか」

 

「発動機がない」

 

 実業家が答える。

 

「当然だ」

 

「古い機体でも固定具試験はできます」

 

 元ドイツ技師が主翼下を見る。

 

「左右四缶ずつは多い」

 

「作った後で言うな!」

 

「最初は二缶ずつ」

 

「残り四組は」

 

 実業家が答える。

 

「量産予備です」

 

「もう売るつもりだな!」

 

     ◇

 

 試験条件。

 

 分離クリーム四缶。

 

 同じ量。

 

 同じ温度。

 

 同じ密閉。

 

 左内側。

 

 左外側。

 

 右内側。

 

 右外側。

 

 貨物室中央にも比較用の一缶。

 

 温度計。

 

 飛行時間一時間。

 

「操縦士は」

 

 軍将校が尋ねた。

 

「あなたです」

 

「なぜだ!」

 

「初回試験です」

 

「軍用試験ではないぞ」

 

「最初の一匙を食べた経験があります」

 

「それは資格か!」

 

 元独立運動家が、小さな匙を箱へ入れた。

 

「帰ったら使う」

 

「まだできると決まっていない!」

 

 元白軍将校が言う。

 

「できなければ、もう一度飛ぶ」

 

「燃料を乳製品加工へ使うな!」

 

     ◇

 

 機体は離陸した。

 

 左右の主翼下にクリーム缶。

 

 見た目は完全に爆弾搭載機だった。

 

 ただし中身は乳脂肪である。

 

 地上の兵士が遠くから見た。

 

「何を積んでいる」

 

「牛乳らしい」

 

「爆弾では」

 

「白い爆弾か」

 

 軍将校は操縦席で怒鳴った。

 

「誤解されるぞ!」

 

 後席の元ドイツ技師が答える。

 

「試験空域は通告済みだ」

 

「見た目の話だ!」

 

「塗装するか」

 

「何と」

 

「牛乳」

 

「余計に怪しい!」

 

     ◇

 

 飛行は穏やかだった。

 

 水平飛行。

 

 緩い旋回。

 

 低高度。

 

 中高度。

 

 少し速度を上げる。

 

 主翼下の缶は細かく震える。

 

「外側の振動が大きい」

 

 技師が記録する。

 

「前と同じだな」

 

「今回は温度も見る」

 

「クリームは」

 

「見えない」

 

「蓋を開けるなよ」

 

「飛行中に開けると思うか」

 

「お前たちならやりかねん!」

 

 途中、機体が乱気流へ入った。

 

 大きく揺れる。

 

「試験としてはよい」

 

 技師が言う。

 

「乗員としては悪い!」

 

「追加攪拌だ」

 

「加工試験ではないと言っただろう!」

 

     ◇

 

 一時間後。

 

 着陸。

 

 缶はすべて無事。

 

 地上へ降ろされる。

 

 外側の缶。

 

 内側の缶。

 

 貨物室の缶。

 

 乳業組合代表。

 

 実業家。

 

 独立運動家。

 

 白軍将校。

 

 技師。

 

 大尉。

 

 軍将校。

 

 全員が囲む。

 

「まず温度」

 

 技師が言う。

 

「味ではないのか」

 

 白軍将校が尋ねる。

 

「測定が先だ」

 

 温度を記録。

 

 重量。

 

 外観。

 

 次に蓋。

 

 貨物室中央の缶。

 

 まだ液状。

 

 少し泡立っているだけ。

 

「比較用だ」

 

 次に主翼内側。

 

 粘りが増している。

 

 脂肪分が集まり始めている。

 

 外側。

 

 蓋を開ける。

 

 中身は、明らかに変わっていた。

 

 黄色がかった塊。

 

 周囲に白い液体。

 

 乳業組合代表が匙ですくう。

 

「バターだ」

 

 軍将校が言う。

 

「まだ洗っていない」

 

「だが分離している」

 

 技師は缶ごとの差を記録する。

 

「外側が最も進んでいる」

 

「左右差は」

 

「右が少し強い」

 

「発動機振動か」

 

「プロペラ釣り合いの差かもしれない」

 

「機体の不具合では?」

 

 軍将校が聞く。

 

 技師の顔が変わった。

 

「後で点検する」

 

「乳製品から不具合を見つけるな!」

 

     ◇

 

 試食の前に、乳業組合側が処理した。

 

 塊を集める。

 

 冷水で洗う。

 

 余分な液を抜く。

 

 塩を少し混ぜる。

 

 柔らかなバター。

 

 完全な商品ではない。

 

 だが、確かにバターだった。

 

 元独立運動家が小さな黒パンを切る。

 

 塗る。

 

 一枚目を軍将校へ差し出した。

 

「また私か」

 

「飛ばした者が最初だ」

 

「試験操縦士だから?」

 

「帰ってきたからだ」

 

 軍将校はパンを見る。

 

 初飛行の時より、少し濃い色。

 

 一口。

 

 塩気。

 

 酸味。

 

 脂肪の香り。

 

「どうだ」

 

「前よりうまい」

 

 乳業組合代表が笑った。

 

「材料が違う」

 

 実業家は帳簿へ書いた。

 

最初の一匙は、空を飛んだ者へ。

 

 軍将校が気づく。

 

「何を書いた」

 

「試験手順です」

 

「手順?」

 

「安全確認も兼ねます」

 

「毒見ではないか!」

 

「操縦士が無事なら、内容物も概ね無事です」

 

「理屈がおかしい!」

 

     ◇

 

 次の一匙は、後席の技師へ。

 

「私は記録を」

 

「乗った」

 

「測定が」

 

「食べろ」

 

 技師は渋々口へ入れた。

 

 少し黙る。

 

「どうだ」

 

 軍将校が聞く。

 

「塩が多い」

 

 乳業組合代表が言う。

 

「保存用だ」

 

「水分をもう少し抜く」

 

「次は」

 

「飛行時間を短くするか、内側へ吊るす」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「次が決まった!」

 

     ◇

 

 試験結果は、予想以上によかった。

 

 乳業組合は、定期輸送契約を希望した。

 

 朝、山間部からクリームを積む。

 

 駅近くの飛行場まで運ぶ。

 

 途中で攪拌。

 

 到着後に仕上げ。

 

 鉄道へ積む。

 

「輸送時間が短い」

 

 代表が言う。

 

「道路より傷みにくい」

 

「加工も進む」

 

 実業家が答える。

 

「運賃と加工補助費を分けます」

 

「加工補助費?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「飛行中に変化しています」

 

「勝手に変化しただけだ!」

 

「再現条件を整えれば工程です」

 

 元ドイツ技師が言った。

 

「まだ再現性の確認が必要だ」

 

「お前まで事業化へ入るな!」

 

「品質が不安定なまま売るなと言っている」

 

「止める気はないのか!」

 

 技師は真顔で答えた。

 

「技術的に可能なら、正しくやる」

 

     ◇

 

 問題は、誰のバターかだった。

 

 材料は乳業組合。

 

 飛行機はWILK。

 

 加工は飛行中。

 

 仕上げは組合。

 

「所有権は組合だ」

 

 代表が言う。

 

「当然です」

 

 実業家が答える。

 

「ただし試験中に生じた知見と固定具の権利はWILKにあります」

 

「加工法は」

 

「共同です」

 

「販売名は」

 

「まだ決めていません」

 

 元独立運動家が言う。

 

「空飛ぶバター」

 

「安直だ」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

 元白軍将校が続ける。

 

「野牛バター」

 

「Turで飛ばしていない!」

 

「狼のバター」

 

 実業家が帳簿へ書きかける。

 

 軍将校が止めた。

 

「今、決めるな!」

 

     ◇

 

 試験後に残った液体は、乳清に近い物だった。

 

 捨てるには惜しい。

 

 独立運動家がパン職人へ持っていった。

 

 翌朝。

 

 工房へ新しいパンが届いた。

 

 少し酸味。

 

 柔らかい。

 

 香りがよい。

 

「何を入れた」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「昨日の残り」

 

「捨てなかったのか」

 

「食べられる」

 

 白軍将校がパンを割る。

 

「うまい」

 

 実業家が帳簿を開く。

 

「副産物利用」

 

「書くな」

 

「原価が下がります」

 

「まだ飛行機を作る会社だよな?」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

     ◇

 

 軍監督官が工房へ来たのは、その日の午後だった。

 

 牛乳缶固定具。

 

 乳業組合の荷車。

 

 仕上げ中のバター。

 

 焼きたてのパン。

 

 そして発動機のないTur六機。

 

 監督官は順に見た。

 

「これは何だ」

 

 軍将校が先に答えた。

 

「振動試験です」

 

「なぜ乳業組合がいる」

 

「試験材料提供者です」

 

「なぜパンがある」

 

「副産物です」

 

「なぜ販売契約書が」

 

 実業家が答える。

 

「試験後の有効活用です」

 

 監督官は長く黙った。

 

 最後に発動機のないTurを見る。

 

「軍用機の製造は進んでいるのか」

 

「発動機以外は」

 

 技師が答えた。

 

「発動機は」

 

「来ていない」

 

「その間に牛乳を飛ばした?」

 

「はい」

 

「なぜ」

 

 軍将校が答えた。

 

「待っていても、発動機は来ませんので」

 

 監督官は反論しなかった。

 

     ◇

 

 三日後。

 

 軍用発動機六基が到着した。

 

 予定の半分。

 

 軍将校は輸送書類を見た。

 

「六基?」

 

「三機分です」

 

 実業家が答える。

 

「残りは」

 

「後送」

 

「いつ」

 

「未定」

 

「またか!」

 

 元白軍将校が言う。

 

「三機飛ばせる」

 

「予備を残す」

 

 元ドイツ技師が答えた。

 

「なら二機」

 

「六基のうち一基は輸送中に油漏れ」

 

「一機半か」

 

「半分の機体は飛ばない!」

 

 元独立運動家が新しい発動機箱の横へ、バターの包みを置いた。

 

「到着祝いだ」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「最初の一匙は誰へ」

 

「運んできた者へ」

 

「規則が増えていないか」

 

「帰ってきた者が先だ」

 

     ◇

 

 発動機待ちの期間。

 

 WILKは止まらなかった。

 

 予備部品を作った。

 

 工具を揃えた。

 

 訓練設備を作った。

 

 民間輸送を始めた。

 

 クリームを空へ上げた。

 

 バターを持ち帰った。

 

 残りでパンを焼いた。

 

 軍将校は、工房の隅に積まれた商品見本を見た。

 

「何の会社だ」

 

 実業家が答える。

 

「航空製作所です」

 

「バターがある」

 

「航空試験の成果です」

 

「パンも」

 

「副産物利用です」

 

「牛乳缶固定具も」

 

「航空装備です」

 

「全部、航空を付ければ許されると思うな!」

 

 元ドイツ技師が発動機箱を開ける。

 

「話は後だ。寸法を測る」

 

 元白軍将校が工具を持つ。

 

「合わなければ削る」

 

「報告して図面を確認してからだ!」

 

 元独立運動家は、作業員へパンを配る。

 

「食ってからやれ」

 

 実業家は新しい帳簿を開いた。

 

 表紙へ書く。

 

航空輸送試験副産物記録

 

 軍将校が見つけた。

 

「食品事業帳簿ではないのか」

 

「まだ試験です」

 

「いつまでだ」

 

 実業家は少し考えた。

 

「利益が安定するまで」

 

「それを事業と言うのだ!」

 

 工房の奥で、二基の新しい発動機がTur七号機へ載せられた。

 

 その隣では、次の飛行用クリーム缶が冷やされていた。

 

 待っている間に作る。

 

 作れる物を売る。

 

 売れた金で、人を雇う。

 

 人がいれば、発動機が来た時にすぐ機体を完成させられる。

 

 WILKはまだ小さな航空製作所だった。

 

 だがこの時、飛行機を作れない日にも会社を生かす方法を、初めて手に入れていた。

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