英国政府関係者およびフランス政府関係者との初期協議において、WILKは以下を提案した。
一、国外に残存する技術者、技能者、工場設備および契約の再編。
二、英国およびフランス国内に存在する難民、失業者、避難民のうち、就業を希望する者について職歴・技能・家族構成を記録し、適性に応じて配置すること。
三、航空機組立、輸送、整備、倉庫、食品加工、農業その他への分散配置。
四、欧州域内で吸収困難な人員について、本人の意思および移住許可を前提として、米国所在のWILK関連工場・農地へ移送すること。
後年、この計画について、
「難民を労働者にした」
と記した資料がある。
WILK内部では、
「仕事を失った人間に、もう一度仕事と家を置いた」
と記録されている。
元白軍将校の親族宅。
もとい。
親族本人の主張によれば、
「断じてWILK英国支社ではない自宅」
その書斎。
もとい。
WILK側の書類では、
英国仮連絡所・第一会議室。
今日も人がいた。
昨日より多い。
親族は扉の前で数えた。
英国政府関係者。
軍関係者。
フランス側連絡員。
ポーランド側連絡員。
銀行関係。
WILK社員。
元金持ち。
元税務官。
元白軍将校。
そして。
「……椅子が足りない」
親族が言った。
若いWILK社員:
「隣から持ってきます」
「持ってくるな」
「立ってもらいます?」
「それも失礼だろ」
若い社員は少し笑った。
「では持ってきます」
親族は何も言わなかった。
三分後。
椅子が二脚増えた。
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英国側の男が資料を開いた。
「まず確認したい」
元白軍将校:
「ああ」
「WILKは現在、どこの会社だ」
部屋が少し静かになった。
元金持ちが元白軍将校を見る。
若い社員も見る。
親族は紅茶を飲んだ。
元白軍将校:
「ポーランド」
英国側:
「本社は?」
「ない」
「工場は?」
「いくつか失った」
「国外拠点は?」
「ある」
「英国にも?」
元白軍将校は周囲を見る。
親族:
「見るな」
英国側も親族宅を見る。
親族:
「ここは違う」
元金持ち:
「仮連絡所です」
親族:
「それも私が認めた覚えはない」
英国側の男は少し口元を緩めた。
「分かった。所在地については後にしよう」
親族:
「ぜひそうしてくれ」
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フランス側の男が続けた。
「我々が知りたいのは、もっと単純です」
「何でしょう」
「何を作れる?」
今度は元金持ちが答えなかった。
元白軍将校も。
若い社員が紙を見る。
だが、その場にいたWILK側関係者の一人が言った。
「何が必要です?」
フランス側:
「航空機」
「それだけ?」
「車両」
「他は」
「通信器材。整備器材。輸送器具。工具」
元白軍将校:
「台車」
フランス側:
「……台車?」
若い社員:
「得意です」
親族:
「なぜ航空機会社の得意分野が台車なんだ」
元白軍将校:
「便利だからだ」
親族:
「説明になってない」
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英国側は別の紙を出した。
「こちらは少し違う」
元金持ち:
「何が」
「航空機そのものだけを求めているわけではない」
フランス側が横を見る。
英国側:
「設計を英国規格へ変更できる技術者」
「工場を転換できる者」
「治具を作れる者」
「複数工場で同じ部品を作らせられる者」
「海外で工作機械を買える者」
「それを英国まで持って来られる者」
元白軍将校:
「いるな」
元金持ち:
「だいたいいる」
親族:
「何でそんなにいるんだ」
若い社員:
「WILKなので」
親族:
「便利な言葉にするな」
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フランス側が机へ指を置いた。
「こちらはもっと急いでいる」
その言葉で空気が少し変わった。
「ポーランド軍の再編もある」
「航空部隊も」
「装備も」
「人はいる」
少し間。
「だが、全部が十分ではない」
元白軍将校:
「知っている」
「なら」
フランス側の男は前へ身を乗り出した。
「WILKは何人使える」
元金持ち:
「社員だけですか?」
「社員でなくてもいい」
その言葉に。
元白軍将校の視線が少し動いた。
若い社員も。
親族は何となく嫌な予感がした。
「……おい」
誰も答えない。
「何を考えてる」
元白軍将校:
「別に」
親族:
「その顔は別にじゃない」
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そこで別の資料が机へ置かれた。
狼回廊から届いていた人員票。
名前。
年齢。
家族。
職業。
技能。
健康状態。
行き先。
元金持ちがページをめくる。
「整備経験」
「旋盤」
「鍛冶」
「木工」
「車両運転」
「鉄道」
「倉庫」
「農業」
「教師」
「看護」
「会計」
「食品加工」
フランス側の男が資料を見る。
「これは?」
「避難者です」
「全員?」
「一部です」
「ここまで記録してあるのか」
元金持ち:
「途中から必要になりまして」
元白軍将校:
「人が増えたからな」
元金持ち:
「お前が増やした」
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英国側の男が人員票を一枚取る。
「この男は機械工」
「はい」
「この一家は農家」
「はい」
「これは教師」
「はい」
「では」
少し考える。
「仕事を割り振れる?」
元白軍将校:
「できるだろ」
元金持ち:
「簡単に言うな」
そこへ。
元独立運動家から届いていた連絡文が開かれた。
元金持ちが読む。
「職業だけで配置するな」
英国側:
「何?」
元金持ち:
「家族を離すな。住宅、学校、食料、通勤、医療を同時に考えろ」
親族が少し眉を上げる。
元白軍将校:
「あいつらしい」
元金持ち:
「続きがある」
読む。
「働かせる場所だけ用意して、人間を置いたつもりになるな」
少し間。
「翌朝、またそこへ来られる生活を置け」
部屋が少し静かになった。
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フランス側の男が言った。
「それは誰の言葉だ」
元白軍将校:
「うちの創業者」
「住宅担当?」
「そんなところだ」
元金持ち:
「そんなところで済ませるな」
フランス側:
「では、その人物にフランスで人員配置を手伝わせたい」
元白軍将校:
「本人に言え」
「あなたから言ってくれないのか」
「俺が言うと怒る」
親族:
「それは分かる」
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話はそこから変わった。
航空機だけではなく。
人間の話になった。
フランス国内にいる避難民。
外国人。
失業者。
故郷へ戻れない者。
仕事を失った職人。
工場経験はないが働ける者。
フランス側:
「全員を航空機工場へ入れるのは無理だ」
元金持ち:
「必要もありません」
「では?」
「使える場所へ置く」
「例えば」
元金持ちは名簿を見る。
「家具職人」
フランス側:
「航空機に?」
若い社員:
「木型、梱包、工場設備、住宅」
元金持ち:
「農家」
「農場?」
「そう」
「教師」
親族:
「子供が増えるなら要る」
若い社員:
「料理人」
元白軍将校:
「食堂」
フランス側は黙って聞いていた。
「何も技能がない者は?」
元白軍将校:
「覚えさせる」
「何を」
「できることを」
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英国側の男が腕を組む。
「これは工業計画か?」
元金持ち:
「半分」
「残り半分は」
「人間の置き場所です」
親族:
「お前、本当に会計だけなのか」
元金持ち:
「会計ではない」
全員が無視した。
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そこへ、今度はユダヤ人実業家からの電報が持ち込まれた。
若い社員が開く。
読む。
少し止まる。
元白軍将校:
「何だ」
「アメリカからです」
元金持ち:
「何か買ったか?」
若い社員:
「農地」
親族:
「農地?」
「はい」
「どれくらい」
若い社員は数字を見る。
「……結構」
元金持ち:
「その言い方やめろ」
「工場も」
元金持ち:
「やっぱり買ったか」
フランス側:
「工場?」
元白軍将校:
「安かったらしい」
英国側:
「何の工場だ」
若い社員:
「複数です」
親族:
「説明がどんどん雑になるな」
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元金持ちは電報を受け取った。
読む。
農地。
倉庫。
小規模工場。
遊休設備。
購入交渉中。
追加候補あり。
「……あいつ」
元白軍将校:
「何だ」
「本当に買ってる」
「言ってただろ」
「言うのと買うのは違う」
フランス側:
「何のために?」
元金持ちは少し考える。
「予備です」
「何の」
「全部の」
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そこで。
一つの提案が出た。
英国側ではなく。
フランス側でもなく。
WILK側から。
「フランスで配置できない人間を」
元金持ちが言う。
「アメリカへ送る」
フランス側:
「労働者を?」
「本人が望むなら」
「何に使う」
「農業経験者は農場」
「機械経験者は工場」
「食品加工経験者はそちら」
「倉庫、鉄道、車両整備も」
若い社員:
「家族も?」
元金持ち:
「家族ごとだ」
元白軍将校:
「当然だな」
フランス側の男が少し難しい顔をした。
「フランスで必要な労働力まで持っていかれては困る」
元金持ち:
「だから順番を決める」
「順番?」
「まずフランスで必要な人間」
「次に英国」
「その次に他の欧州拠点」
「それでも仕事がない」
「あるいは本人が移住を望む」
「そういう人間をアメリカへ」
英国側:
「農業労働者まで?」
「必要です」
「航空会社が?」
元白軍将校:
「飛行機だけ食って生きる人間はいない」
親族:
「妙にまともなこと言うな」
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フランス側の男はまだ慎重だった。
「難民を国外へ出すとなると、行政手続きもある」
元金持ち:
「やればいい」
「簡単に言うな」
元白軍将校:
「いつも言われるな、それ」
元金持ち:
「お前のせいだ」
英国側:
「米国側の受入能力は?」
元金持ち:
「これから増やす」
親族:
「まだないのか」
「ある。足りなくなれば増やす」
「どうやって」
元金持ち:
「買う」
親族は黙った。
「……金持ちだな」
元金持ち:
「元をつけろ」
元白軍将校:
「元金持ち」
「お前がつけるな!」
---
やがて。
机の上の紙が増え始めた。
航空機計画。
工場候補。
人員名簿。
住宅候補。
輸送。
移民手続き。
米国農場。
米国工場。
英国側生産。
フランス側生産。
親族はそれを眺めた。
「朝は航空機の話だったよな」
若い社員:
「はい」
「今は何の話をしている」
元金持ち:
「会社の再建です」
「農地まで?」
「会社です」
「難民住宅まで?」
「会社です」
「学校まで?」
元白軍将校:
「会社だな」
親族:
「お前らの会社、範囲がおかしい」
元白軍将校:
「昔からだ」
---
英国側の男が立ち上がった。
「政府へ持ち帰る」
フランス側も資料をまとめる。
「こちらも」
元金持ち:
「次回までに必要人数と職種をください」
フランス側:
「何をする」
「こちらの名簿と合わせる」
「そんなことまで?」
元金持ち:
「人を欲しいのでしょう」
「そうだ」
「なら、人に合わせて仕事を置くか、仕事に合わせて人を置くか決める」
フランス側は少し笑った。
「ずいぶん大きな話になったな」
元白軍将校:
「まだ始まったばかりだ」
親族:
「これ以上始めるな」
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客が帰った。
夕方。
書斎。
もとい。
会議室。
親族は散らかった机を見る。
地図。
帳簿。
米国の土地資料。
フランスの工場候補。
英国の航空関係資料。
狼回廊から届いた名簿。
親族:
「……いつ片づける」
若い社員:
「どれを」
「全部だ」
「まだ使います」
親族は天井を見た。
元白軍将校が横を通る。
「便利だな、この部屋」
親族:
「出ていけ」
「明日も会議だ」
「ここは我が家だ!」
元白軍将校:
「知ってる」
親族:
「なら少しは遠慮しろ!」
---
その夜。
また電報が来た。
アメリカ。
新しい工場候補。
さらに農地。
価格。
鉄道接続。
倉庫。
雇用可能人数。
元金持ちは読んだ。
紙を机へ置く。
そして、人員名簿を一冊引き寄せた。
最初のページ。
農業経験。
家族五人。
行き先未定。
次。
機械工。
家族三人。
行き先未定。
次。
食品加工。
妻子あり。
行き先未定。
元金持ちは鉛筆を取った。
余白へ小さく書く。
「米国候補」
一人。
二人。
三人。
その横では。
英国へ送る人間。
フランスへ残す人間。
工場へ行く人間。
農地へ行く人間。
家族ごとの線が。
少しずつ引かれ始めていた。
ポーランドから逃げてきた人間たちは。
もう避難するだけではなかった。
次に働く場所。
次に住む場所。
次に子供を育てる場所。
そこまで含めて。
会社は。
もう一度。
作られ始めていた。
――了