WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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『一九三九年秋・国外再建協議記録』

英国政府関係者およびフランス政府関係者との初期協議において、WILKは以下を提案した。

一、国外に残存する技術者、技能者、工場設備および契約の再編。

二、英国およびフランス国内に存在する難民、失業者、避難民のうち、就業を希望する者について職歴・技能・家族構成を記録し、適性に応じて配置すること。

三、航空機組立、輸送、整備、倉庫、食品加工、農業その他への分散配置。

四、欧州域内で吸収困難な人員について、本人の意思および移住許可を前提として、米国所在のWILK関連工場・農地へ移送すること。

後年、この計画について、

「難民を労働者にした」

と記した資料がある。

WILK内部では、

「仕事を失った人間に、もう一度仕事と家を置いた」

と記録されている。


第210話 人も、工場になる

 

 

元白軍将校の親族宅。

 

もとい。

 

親族本人の主張によれば、

 

「断じてWILK英国支社ではない自宅」

 

その書斎。

 

もとい。

 

WILK側の書類では、

 

英国仮連絡所・第一会議室。

 

今日も人がいた。

 

昨日より多い。

 

親族は扉の前で数えた。

 

英国政府関係者。

 

軍関係者。

 

フランス側連絡員。

 

ポーランド側連絡員。

 

銀行関係。

 

WILK社員。

 

元金持ち。

 

元税務官。

 

元白軍将校。

 

そして。

 

「……椅子が足りない」

 

親族が言った。

 

若いWILK社員:

 

「隣から持ってきます」

 

「持ってくるな」

 

「立ってもらいます?」

 

「それも失礼だろ」

 

若い社員は少し笑った。

 

「では持ってきます」

 

親族は何も言わなかった。

 

三分後。

 

椅子が二脚増えた。

 

---

 

英国側の男が資料を開いた。

 

「まず確認したい」

 

元白軍将校:

 

「ああ」

 

「WILKは現在、どこの会社だ」

 

部屋が少し静かになった。

 

元金持ちが元白軍将校を見る。

 

若い社員も見る。

 

親族は紅茶を飲んだ。

 

元白軍将校:

 

「ポーランド」

 

英国側:

 

「本社は?」

 

「ない」

 

「工場は?」

 

「いくつか失った」

 

「国外拠点は?」

 

「ある」

 

「英国にも?」

 

元白軍将校は周囲を見る。

 

親族:

 

「見るな」

 

英国側も親族宅を見る。

 

親族:

 

「ここは違う」

 

元金持ち:

 

「仮連絡所です」

 

親族:

 

「それも私が認めた覚えはない」

 

英国側の男は少し口元を緩めた。

 

「分かった。所在地については後にしよう」

 

親族:

 

「ぜひそうしてくれ」

 

---

 

フランス側の男が続けた。

 

「我々が知りたいのは、もっと単純です」

 

「何でしょう」

 

「何を作れる?」

 

今度は元金持ちが答えなかった。

 

元白軍将校も。

 

若い社員が紙を見る。

 

だが、その場にいたWILK側関係者の一人が言った。

 

「何が必要です?」

 

フランス側:

 

「航空機」

 

「それだけ?」

 

「車両」

 

「他は」

 

「通信器材。整備器材。輸送器具。工具」

 

元白軍将校:

 

「台車」

 

フランス側:

 

「……台車?」

 

若い社員:

 

「得意です」

 

親族:

 

「なぜ航空機会社の得意分野が台車なんだ」

 

元白軍将校:

 

「便利だからだ」

 

親族:

 

「説明になってない」

 

---

 

英国側は別の紙を出した。

 

「こちらは少し違う」

 

元金持ち:

 

「何が」

 

「航空機そのものだけを求めているわけではない」

 

フランス側が横を見る。

 

英国側:

 

「設計を英国規格へ変更できる技術者」

 

「工場を転換できる者」

 

「治具を作れる者」

 

「複数工場で同じ部品を作らせられる者」

 

「海外で工作機械を買える者」

 

「それを英国まで持って来られる者」

 

元白軍将校:

 

「いるな」

 

元金持ち:

 

「だいたいいる」

 

親族:

 

「何でそんなにいるんだ」

 

若い社員:

 

「WILKなので」

 

親族:

 

「便利な言葉にするな」

 

---

 

フランス側が机へ指を置いた。

 

「こちらはもっと急いでいる」

 

その言葉で空気が少し変わった。

 

「ポーランド軍の再編もある」

 

「航空部隊も」

 

「装備も」

 

「人はいる」

 

少し間。

 

「だが、全部が十分ではない」

 

元白軍将校:

 

「知っている」

 

「なら」

 

フランス側の男は前へ身を乗り出した。

 

「WILKは何人使える」

 

元金持ち:

 

「社員だけですか?」

 

「社員でなくてもいい」

 

その言葉に。

 

元白軍将校の視線が少し動いた。

 

若い社員も。

 

親族は何となく嫌な予感がした。

 

「……おい」

 

誰も答えない。

 

「何を考えてる」

 

元白軍将校:

 

「別に」

 

親族:

 

「その顔は別にじゃない」

 

---

 

そこで別の資料が机へ置かれた。

 

狼回廊から届いていた人員票。

 

名前。

 

年齢。

 

家族。

 

職業。

 

技能。

 

健康状態。

 

行き先。

 

元金持ちがページをめくる。

 

「整備経験」

 

「旋盤」

 

「鍛冶」

 

「木工」

 

「車両運転」

 

「鉄道」

 

「倉庫」

 

「農業」

 

「教師」

 

「看護」

 

「会計」

 

「食品加工」

 

フランス側の男が資料を見る。

 

「これは?」

 

「避難者です」

 

「全員?」

 

「一部です」

 

「ここまで記録してあるのか」

 

元金持ち:

 

「途中から必要になりまして」

 

元白軍将校:

 

「人が増えたからな」

 

元金持ち:

 

「お前が増やした」

 

---

 

英国側の男が人員票を一枚取る。

 

「この男は機械工」

 

「はい」

 

「この一家は農家」

 

「はい」

 

「これは教師」

 

「はい」

 

「では」

 

少し考える。

 

「仕事を割り振れる?」

 

元白軍将校:

 

「できるだろ」

 

元金持ち:

 

「簡単に言うな」

 

そこへ。

 

元独立運動家から届いていた連絡文が開かれた。

 

元金持ちが読む。

 

「職業だけで配置するな」

 

英国側:

 

「何?」

 

元金持ち:

 

「家族を離すな。住宅、学校、食料、通勤、医療を同時に考えろ」

 

親族が少し眉を上げる。

 

元白軍将校:

 

「あいつらしい」

 

元金持ち:

 

「続きがある」

 

読む。

 

「働かせる場所だけ用意して、人間を置いたつもりになるな」

 

少し間。

 

「翌朝、またそこへ来られる生活を置け」

 

部屋が少し静かになった。

 

---

 

フランス側の男が言った。

 

「それは誰の言葉だ」

 

元白軍将校:

 

「うちの創業者」

 

「住宅担当?」

 

「そんなところだ」

 

元金持ち:

 

「そんなところで済ませるな」

 

フランス側:

 

「では、その人物にフランスで人員配置を手伝わせたい」

 

元白軍将校:

 

「本人に言え」

 

「あなたから言ってくれないのか」

 

「俺が言うと怒る」

 

親族:

 

「それは分かる」

 

---

 

話はそこから変わった。

 

航空機だけではなく。

 

人間の話になった。

 

フランス国内にいる避難民。

 

外国人。

 

失業者。

 

故郷へ戻れない者。

 

仕事を失った職人。

 

工場経験はないが働ける者。

 

フランス側:

 

「全員を航空機工場へ入れるのは無理だ」

 

元金持ち:

 

「必要もありません」

 

「では?」

 

「使える場所へ置く」

 

「例えば」

 

元金持ちは名簿を見る。

 

「家具職人」

 

フランス側:

 

「航空機に?」

 

若い社員:

 

「木型、梱包、工場設備、住宅」

 

元金持ち:

 

「農家」

 

「農場?」

 

「そう」

 

「教師」

 

親族:

 

「子供が増えるなら要る」

 

若い社員:

 

「料理人」

 

元白軍将校:

 

「食堂」

 

フランス側は黙って聞いていた。

 

「何も技能がない者は?」

 

元白軍将校:

 

「覚えさせる」

 

「何を」

 

「できることを」

 

---

 

英国側の男が腕を組む。

 

「これは工業計画か?」

 

元金持ち:

 

「半分」

 

「残り半分は」

 

「人間の置き場所です」

 

親族:

 

「お前、本当に会計だけなのか」

 

元金持ち:

 

「会計ではない」

 

全員が無視した。

 

---

 

そこへ、今度はユダヤ人実業家からの電報が持ち込まれた。

 

若い社員が開く。

 

読む。

 

少し止まる。

 

元白軍将校:

 

「何だ」

 

「アメリカからです」

 

元金持ち:

 

「何か買ったか?」

 

若い社員:

 

「農地」

 

親族:

 

「農地?」

 

「はい」

 

「どれくらい」

 

若い社員は数字を見る。

 

「……結構」

 

元金持ち:

 

「その言い方やめろ」

 

「工場も」

 

元金持ち:

 

「やっぱり買ったか」

 

フランス側:

 

「工場?」

 

元白軍将校:

 

「安かったらしい」

 

英国側:

 

「何の工場だ」

 

若い社員:

 

「複数です」

 

親族:

 

「説明がどんどん雑になるな」

 

---

 

元金持ちは電報を受け取った。

 

読む。

 

農地。

 

倉庫。

 

小規模工場。

 

遊休設備。

 

購入交渉中。

 

追加候補あり。

 

「……あいつ」

 

元白軍将校:

 

「何だ」

 

「本当に買ってる」

 

「言ってただろ」

 

「言うのと買うのは違う」

 

フランス側:

 

「何のために?」

 

元金持ちは少し考える。

 

「予備です」

 

「何の」

 

「全部の」

 

---

 

そこで。

 

一つの提案が出た。

 

英国側ではなく。

 

フランス側でもなく。

 

WILK側から。

 

「フランスで配置できない人間を」

 

元金持ちが言う。

 

「アメリカへ送る」

 

フランス側:

 

「労働者を?」

 

「本人が望むなら」

 

「何に使う」

 

「農業経験者は農場」

 

「機械経験者は工場」

 

「食品加工経験者はそちら」

 

「倉庫、鉄道、車両整備も」

 

若い社員:

 

「家族も?」

 

元金持ち:

 

「家族ごとだ」

 

元白軍将校:

 

「当然だな」

 

フランス側の男が少し難しい顔をした。

 

「フランスで必要な労働力まで持っていかれては困る」

 

元金持ち:

 

「だから順番を決める」

 

「順番?」

 

「まずフランスで必要な人間」

 

「次に英国」

 

「その次に他の欧州拠点」

 

「それでも仕事がない」

 

「あるいは本人が移住を望む」

 

「そういう人間をアメリカへ」

 

英国側:

 

「農業労働者まで?」

 

「必要です」

 

「航空会社が?」

 

元白軍将校:

 

「飛行機だけ食って生きる人間はいない」

 

親族:

 

「妙にまともなこと言うな」

 

---

 

フランス側の男はまだ慎重だった。

 

「難民を国外へ出すとなると、行政手続きもある」

 

元金持ち:

 

「やればいい」

 

「簡単に言うな」

 

元白軍将校:

 

「いつも言われるな、それ」

 

元金持ち:

 

「お前のせいだ」

 

英国側:

 

「米国側の受入能力は?」

 

元金持ち:

 

「これから増やす」

 

親族:

 

「まだないのか」

 

「ある。足りなくなれば増やす」

 

「どうやって」

 

元金持ち:

 

「買う」

 

親族は黙った。

 

「……金持ちだな」

 

元金持ち:

 

「元をつけろ」

 

元白軍将校:

 

「元金持ち」

 

「お前がつけるな!」

 

---

 

やがて。

 

机の上の紙が増え始めた。

 

航空機計画。

 

工場候補。

 

人員名簿。

 

住宅候補。

 

輸送。

 

移民手続き。

 

米国農場。

 

米国工場。

 

英国側生産。

 

フランス側生産。

 

親族はそれを眺めた。

 

「朝は航空機の話だったよな」

 

若い社員:

 

「はい」

 

「今は何の話をしている」

 

元金持ち:

 

「会社の再建です」

 

「農地まで?」

 

「会社です」

 

「難民住宅まで?」

 

「会社です」

 

「学校まで?」

 

元白軍将校:

 

「会社だな」

 

親族:

 

「お前らの会社、範囲がおかしい」

 

元白軍将校:

 

「昔からだ」

 

---

 

英国側の男が立ち上がった。

 

「政府へ持ち帰る」

 

フランス側も資料をまとめる。

 

「こちらも」

 

元金持ち:

 

「次回までに必要人数と職種をください」

 

フランス側:

 

「何をする」

 

「こちらの名簿と合わせる」

 

「そんなことまで?」

 

元金持ち:

 

「人を欲しいのでしょう」

 

「そうだ」

 

「なら、人に合わせて仕事を置くか、仕事に合わせて人を置くか決める」

 

フランス側は少し笑った。

 

「ずいぶん大きな話になったな」

 

元白軍将校:

 

「まだ始まったばかりだ」

 

親族:

 

「これ以上始めるな」

 

---

 

客が帰った。

 

夕方。

 

書斎。

 

もとい。

 

会議室。

 

親族は散らかった机を見る。

 

地図。

 

帳簿。

 

米国の土地資料。

 

フランスの工場候補。

 

英国の航空関係資料。

 

狼回廊から届いた名簿。

 

親族:

 

「……いつ片づける」

 

若い社員:

 

「どれを」

 

「全部だ」

 

「まだ使います」

 

親族は天井を見た。

 

元白軍将校が横を通る。

 

「便利だな、この部屋」

 

親族:

 

「出ていけ」

 

「明日も会議だ」

 

「ここは我が家だ!」

 

元白軍将校:

 

「知ってる」

 

親族:

 

「なら少しは遠慮しろ!」

 

---

 

その夜。

 

また電報が来た。

 

アメリカ。

 

新しい工場候補。

 

さらに農地。

 

価格。

 

鉄道接続。

 

倉庫。

 

雇用可能人数。

 

元金持ちは読んだ。

 

紙を机へ置く。

 

そして、人員名簿を一冊引き寄せた。

 

最初のページ。

 

農業経験。

 

家族五人。

 

行き先未定。

 

次。

 

機械工。

 

家族三人。

 

行き先未定。

 

次。

 

食品加工。

 

妻子あり。

 

行き先未定。

 

元金持ちは鉛筆を取った。

 

余白へ小さく書く。

 

「米国候補」

 

一人。

 

二人。

 

三人。

 

その横では。

 

英国へ送る人間。

 

フランスへ残す人間。

 

工場へ行く人間。

 

農地へ行く人間。

 

家族ごとの線が。

 

少しずつ引かれ始めていた。

 

ポーランドから逃げてきた人間たちは。

 

もう避難するだけではなかった。

 

次に働く場所。

 

次に住む場所。

 

次に子供を育てる場所。

 

そこまで含めて。

 

会社は。

 

もう一度。

 

作られ始めていた。

 

――了

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