WILK創業者五名。
元白軍将校。
元ドイツ軍技術者。
ユダヤ人実業家。
元独立運動家。
ポーランド軍将校。
ポーランド戦役後、五名全員が同一地点に揃った最初の記録は、英国に所在した民家で確認されている。
なお、当該建物はWILK所有物ではない。
所有者によれば、
「そこは重要なので必ず書け」
とのことである。
その日の朝。
元白軍将校の親族は、玄関に立っていた。
別に客を歓迎するためではない。
確認するためだった。
一台目。
車が停まる。
元ドイツ軍技術者が降りてきた。
鞄。
筒状にまとめた図面。
書類箱。
親族はその量を見る。
「宿泊ですか」
元ドイツ軍技術者:
「会議だと聞いている」
親族は元白軍将校を見る。
「聞いてないぞ」
「今言った」
「事前連絡という言葉を覚えろ!」
元ドイツ軍技術者が二人を見比べた。
「……本当に親族なんだな」
親族:
「一緒にするな」
元白軍将校:
「似てるだろ」
「黙れ」
---
二台目。
元独立運動家。
一人ではない。
資料箱がある。
さらに資料箱。
そして人員票の束。
親族は嫌な予感がした。
「それは?」
元独立運動家:
「仕事だ」
「ここで?」
「会議室があると聞いた」
親族:
「ない」
元白軍将校:
「ある」
「ない!」
元独立運動家は屋敷を見る。
それから元白軍将校を見る。
「また他人の家を使ってるのか」
「ああ」
「昔から変わらんな」
親族が勢いよく振り返った。
「昔から!?」
元白軍将校:
「昔のことだ」
親族:
「今もやってる!」
---
三台目。
ポーランド軍将校。
軍服。
疲れていた。
目の下に隈がある。
だが立ち方だけは変わらない。
元白軍将校が玄関から出る。
二人はしばらく互いを見る。
ポーランド軍将校:
「着いたか」
「ああ」
「遅い」
「お前もな」
ポーランド軍将校は少し笑った。
「兵隊をまとめてた」
「何人」
「聞くな」
元白軍将校:
「増えたか」
「増えた」
「そうか」
親族が小声で言った。
「お前ら全員、なぜ人数が増えるんだ」
ポーランド軍将校:
「減った方ですよ」
「その基準を持ち込むな」
---
最後。
車ではなかった。
タクシーが二台。
荷物。
書類。
さらに書類。
ユダヤ人実業家が降りる。
親族が近づく。
「ようこそ」
実業家は親族へ深く頭を下げた。
「まず、謝罪を」
親族が少し驚く。
「何を?」
「こちらの創業者が、ご迷惑を」
元白軍将校:
「俺か」
ユダヤ人実業家:
「あなた以外に誰がいます」
元独立運動家:
「六十四人連れてきたと聞いた」
元ドイツ軍技術者:
「連絡なしで」
ポーランド軍将校:
「会社にも翌日まで連絡なし」
四人が元白軍将校を見る。
元白軍将校:
「もう怒られた」
親族:
「足りん」
ユダヤ人実業家はもう一度親族へ向き直った。
「本当に申し訳ありませんでした」
元ドイツ軍技術者も頭を下げる。
元独立運動家も。
ポーランド軍将校も。
元白軍将校だけが立っている。
親族:
「お前もだ」
「俺も?」
「お前が原因だ!」
元白軍将校は仕方なさそうに頭を下げた。
「悪かった」
親族は少し黙った。
「……まあいい」
そして五人を見る。
「初めまして、になる方が多いな」
ユダヤ人実業家:
「WILK創業者の一人です」
元ドイツ軍技術者:
「同じく」
元独立運動家:
「同じく」
ポーランド軍将校:
「同じく」
最後。
元白軍将校:
「親族だ」
親族:
「それは知ってる!」
---
茶が出た。
椅子も増えた。
親族本人の書斎だった部屋には、とうとう五人の創業者が揃った。
若いWILK社員。
元金持ち。
元税務官。
親族。
さらに数人。
机は完全に足りなかった。
親族が言う。
「その前に一つ決める」
ユダヤ人実業家:
「何でしょう」
「賃料だ」
元白軍将校:
「取るのか」
親族:
「取る!」
即答だった。
「電話を使う」
「書斎を使う」
「客が来る」
「郵便が来る」
「電報が来る」
「使用人が対応する」
「庭に車が停まる」
「しかも軍人と銀行家と技術者まで来る」
元独立運動家:
「それは払うべきだな」
元ドイツ軍技術者:
「同意する」
ポーランド軍将校:
「当然だ」
ユダヤ人実業家はもう帳面を出していた。
「期間は?」
親族:
「そこまで長く使われる予定だったのか」
実業家:
「未定です」
「怖いことを言うな」
---
交渉が始まった。
部屋代。
電話代。
電報。
使用人の追加負担。
光熱。
来客対応。
保管場所。
庭の車両。
親族は思っていたより細かかった。
ユダヤ人実業家も細かかった。
元金持ちは横で数字を書き始めた。
親族:
「お前も参加するのか」
元金持ち:
「後で払うの私なので」
「会計なんだな」
「違います」
ユダヤ人実業家:
「会計です」
「違う!」
交渉は十五分続いた。
元白軍将校は途中から紅茶を飲んでいた。
親族:
「お前も何か言え」
「高い」
「お前が言うな!」
最終的には、
屋敷の一角。
書斎一室。
隣室。
電話設備。
一部倉庫。
会議時の食事。
来客対応。
以上についてWILKが定額を支払うことになった。
親族は書類を見る。
「安くないぞ」
ユダヤ人実業家:
「適正です」
元白軍将校:
「高い」
実業家:
「黙ってください」
---
契約書へ署名。
親族は満足そうに紙を受け取った。
「よし」
元白軍将校:
「これで正式に使えるな」
親族:
「期限付きだ」
「分かってる」
「早く別の事務所を探せ」
「探してる」
「誰が」
元金持ち:
「私が」
親族:
「やっぱり会計じゃないか」
元金持ち:
「不動産まで会計に入れるな!」
---
ようやく。
会議が始まった。
元金持ちが紙を置く。
「では」
五人が見る。
元金持ち:
「何で私が進行役なんだ」
ユダヤ人実業家:
「一番全体を把握しているからです」
「私は途中で拾われた人間だぞ」
元白軍将校:
「使える」
「その評価をやめろ」
元独立運動家:
「名簿をまとめたのも君だろう」
「必要だったからです」
ポーランド軍将校:
「支払い証書も」
「必要だったから!」
元ドイツ軍技術者:
「では必要だから会議もまとめろ」
元金持ちは五人を見る。
誰も助けなかった。
「……分かったよ」
紙を一枚取った。
「まず英国政府とフランス政府から要求が来ています」
元独立運動家:
「それだ」
声が低かった。
若い社員が元金持ちを見る。
元金持ちも少し警戒する。
「読みます?」
「読め」
「航空機生産」
「うん」
「整備設備」
「うん」
「車両」
「うん」
「通信」
「うん」
「労働力供給」
元独立運動家:
「そこだ」
空気が変わった。
---
元独立運動家は人員票を机へ置いた。
「人を部品みたいに書くな」
元金持ち:
「政府文書なので」
「分かってる。だから腹が立つ」
もう一冊。
「フランス側は何人出せるか聞いてきた」
「はい」
「英国側も技術者を何人回せるか」
「はい」
元独立運動家は机を指で叩いた。
「何人出せるかじゃない」
誰も口を挟まなかった。
「どこなら暮らせるかだ」
ページを開く。
「ここに旋盤工がいる」
「妻がいる」
「子供が二人」
「一人は学校へ行く年齢だ」
「こっちの整備工は母親を扶養している」
「この農家は一家六人」
「人間を一人だけ工場へ送って、配置したことにするな」
フランス側要求書を持ち上げる。
「そして今度は避難民を工場へ入れろ?」
一度置く。
「入れる」
若い社員が少し驚いた。
元独立運動家:
「仕事は必要だ」
「工場も必要だ」
「だが、住む場所を用意しろ」
「学校を用意しろ」
「食わせろ」
「通わせろ」
「病人がいるなら診ろ」
「それをせずに、労働力だけ寄越せという話なら断れ」
ユダヤ人実業家:
「その条件で交渉しましょう」
元独立運動家:
「最初からそうしろ!」
実業家:
「あなたが来るのを待っていました」
元独立運動家は止まった。
「……わざとか」
「専門家に任せました」
「腹立つな、お前」
ユダヤ人実業家は笑った。
いつもの空気だった。
---
元金持ちが次へ進む。
「では人員配置については元独立運動家担当。住宅、学校、家族、医療、通勤を条件に政府と交渉」
書く。
元独立運動家:
「それでいい」
「次。航空機」
元ドイツ軍技術者:
「持ってきた」
図面筒を机へ置いた。
一本。
二本。
三本。
親族が遠くから見る。
「その量、今日持ち帰るんだろうな」
元ドイツ軍技術者:
「使うなら置く」
親族:
「置くな」
---
図面が広げられた。
双発機。
Bizon。
ただし従来型とは違う。
元白軍将校:
「いつ描いた」
元ドイツ軍技術者:
「前から」
「何で」
「必要になると思った」
英国規格。
英国で調達可能なエンジン、計器、無線、車輪、電装。
別紙。
フランス規格。
フランスで調達可能なエンジン、計器、武装、車輪、無線。
元金持ちが眉を寄せた。
「戦争前から?」
「全部ではない」
元ドイツ軍技術者は図面を指した。
「基本ひな型だ」
「エンジン寸法が変わる」
「武装も」
「無線も」
「計器も」
「だが機体全体を最初から設計し直す必要はない」
ユダヤ人実業家:
「英国仕様とフランス仕様を?」
「作れる」
ポーランド軍将校:
「どれくらい早い」
「一から新型を作るより早い」
「試験は」
「当然必要だ」
元白軍将校:
「飛ぶか」
元ドイツ軍技術者:
「飛ばす」
一瞬。
昔と同じだった。
---
元金持ちは別紙を作る。
「英国仕様、仮称Bull MkA」
元ドイツ軍技術者:
「誰が決めた」
若い社員:
「もう呼ばれてます」
「勝手に」
「フランス仕様は?」
元ドイツ軍技術者:
「まだ」
元白軍将校:
「Taureau」
元ドイツ軍技術者:
「なぜフランス語」
「フランスだから」
「安直だ」
ポーランド軍将校:
「分かりやすい」
ユダヤ人実業家:
「契約書には便利です」
元ドイツ軍技術者はため息をついた。
「好きにしろ」
元金持ち:
「では仮称Taureau」
書いた。
こうして決まった。
---
次。
ポーランド軍将校。
彼は一冊の名簿を置いた。
厚かった。
元白軍将校:
「何だ」
「軍だ」
「見れば分かる」
「亡命できた人員」
別の紙。
「航空」
「陸軍」
「通信」
「輸送」
「整備」
「ばらばらだった」
元独立運動家:
「まとめたのか」
「途中まで」
「途中?」
ポーランド軍将校は疲れた顔で椅子にもたれた。
「人は逃げてくる」
「部隊番号が違う」
「上官がいない」
「装備もない」
「フランス側の指示も変わる」
「昨日まで歩兵だった人間が今日は輸送をやっている」
元白軍将校:
「いつものことだ」
ポーランド軍将校:
「お前のいつもと一緒にするな」
それでも。
名簿はあった。
誰がいる。
何ができる。
どこにいる。
何が足りない。
全部ではない。
だが再建を始められる程度には。
ポーランド軍将校:
「帰ってきたというより、ようやく渡せる形になった」
元金持ちが名簿を受け取る。
「軍側要求として別紙にします」
ポーランド軍将校:
「頼む」
「……頼むと言われた」
若い社員:
「仕事ですね」
元金持ち:
「増やすな」
---
そして。
ユダヤ人実業家。
全員が見る。
実業家は鞄を開いた。
元金持ち:
「何を買った」
ユダヤ人実業家:
「いくつか」
「具体的に」
「アメリカで農地」
「知ってる」
「工場」
「知ってる」
「倉庫」
「初耳だ」
「鉄道引込線のある土地」
「待て」
「アイルランドでも工場候補を」
元ドイツ軍技術者:
「もう?」
「安かったので」
元金持ち:
「いくら使った」
ユダヤ人実業家:
「その話をするためにあなたがいます」
元金持ち:
「俺は何なんだ!」
元白軍将校:
「会計」
「違う!」
---
資料が出る。
米国東部。
五大湖。
中西部。
農地。
小規模工場。
倉庫。
食品加工設備。
修理可能な工作機械。
一部は契約済み。
一部は交渉中。
アイルランド側も、民需工場として使えそうな場所がいくつか。
元ドイツ軍技術者が資料を見る。
「この工場、設備が古い」
ユダヤ人実業家:
「直せる?」
「直せる」
「では問題ない」
「この旋盤は」
「安かった」
「これも直す必要がある」
「だから安かった」
元白軍将校:
「よかったな」
元ドイツ軍技術者:
「仕事を増やすな」
---
元独立運動家は農地資料を見ていた。
「住宅は」
実業家:
「一部あり」
「家族何組入る」
「改修すれば増やせる」
「学校は」
「周辺を調査中」
「病院」
「そこも」
元独立運動家:
「農場だけ買って終わるな」
実業家:
「だからあなたに見せています」
元独立運動家はまた嫌そうな顔をした。
「全員、俺に仕事を持ってくるな」
元白軍将校:
「使えるからな」
「お前が言うな!」
五人全員が笑った。
そこだった。
戦争前。
ポーランドの会議室。
工場。
倉庫。
食堂。
何度もあった。
誰かが問題を持ってくる。
誰かが無茶を言う。
誰かが怒る。
誰かが数字を出す。
そして。
結局、仕事になる。
場所だけが違った。
---
親族は少し離れた自分の机で、その光景を見ていた。
さっきまで。
五人はそれぞれ別々の方向から来た。
一人は英国の技術。
一人は人間の生活。
一人は亡命軍。
一人は米国とアイルランドの資産。
一人は。
親族は元白軍将校を見る。
「お前は何を持ってきた」
元白軍将校:
「人」
「またか」
「道も」
「……まあ」
親族は紅茶を飲んだ。
「一番お前らしいな」
元白軍将校:
「そうか」
「褒めてはいない」
---
元金持ちは紙を増やしていた。
一枚目。
英国航空関係。
二枚目。
フランス航空関係。
三枚目。
亡命ポーランド軍支援。
四枚目。
難民・失業者配置。
五枚目。
米国資産。
六枚目。
アイルランド。
七枚目。
狼回廊支払い。
八枚目。
住宅。
九枚目。
銀行。
十枚目。
親族宅賃料。
元金持ち:
「……多い」
ユダヤ人実業家:
「よろしくお願いします」
「何を」
「会議結果を各部署へ」
「待て」
「英国側には英国側の要約」
「待て」
「フランス側にはフランス側」
「待て!」
元ドイツ軍技術者:
「技術部門には部品規格だけ抜いてくれ」
元独立運動家:
「住宅部門には人員と家族構成」
ポーランド軍将校:
「軍側には航空機と輸送」
元白軍将校:
「現場には全部」
元金持ちは立ち上がった。
「お前ら!」
五人が見る。
「私は途中で拾われただけだぞ!」
元白軍将校:
「ああ」
「社員ですらなかった!」
ユダヤ人実業家:
「今は?」
元金持ち:
「……」
若い社員が小声で言った。
「社員ですね」
「黙れ!」
---
それでも。
元金持ちは座った。
紙を取った。
書いた。
『英国側会議結果』
次。
『フランス側会議結果』
次。
『軍関係』
次。
『人員配置』
元独立運動家が横から言う。
「家族単位を崩すなと入れておけ」
「もう書いた」
「学校も」
「書いた」
「住宅」
「書いた!」
元独立運動家が紙を見る。
少し黙る。
「……仕事が早いな」
元金持ち:
「だから仕事を増やすな」
---
夕方。
会議が終わる頃には。
屋敷の一室に。
英国で作る飛行機。
フランスで作る飛行機。
ポーランド軍の再編。
難民の住宅。
米国の農場。
米国の工場。
アイルランドの工場。
狼回廊。
銀行。
輸送。
全部が一つの机の上に載っていた。
親族が部屋へ入る。
「終わったか」
元金持ち:
「会議は」
「では帰るのか」
五人が互いを見る。
元ドイツ軍技術者:
「明日、英国側技術会議」
元独立運動家:
「フランス側と住宅の話をする」
ポーランド軍将校:
「軍へ戻る」
ユダヤ人実業家:
「銀行と米国へ電報」
元白軍将校:
「ここにいる」
親族:
「お前は出ろ」
「賃料払った」
親族が止まった。
元白軍将校:
「契約した」
親族は数秒黙った。
「……そこを使う知恵だけは回るんだな」
ユダヤ人実業家:
「契約は守ります」
親族:
「あなたは歓迎する」
元白軍将校:
「俺は」
「賃料分だけ歓迎する」
---
夜。
五人はもう一度だけ同じ机を囲んだ。
今度は書類を閉じていた。
長い間。
誰も五人揃っていなかった。
ポーランドは落ちた。
工場も失った。
人も失った。
機体も。
家も。
土地も。
それでも。
元ドイツ軍技術者:
「次はどこから始める」
ユダヤ人実業家:
「もう始まっています」
元独立運動家:
「人が先だ」
ポーランド軍将校:
「軍は待たないぞ」
元白軍将校:
「なら全部やる」
一瞬。
四人が元白軍将校を見る。
元独立運動家:
「簡単に言うな」
元ドイツ軍技術者:
「昔からそうだ」
ユダヤ人実業家:
「ですが、結局そうなる」
ポーランド軍将校:
「いつものことだ」
そして。
五人は笑った。
ポーランドではなかった。
WILK本社でもなかった。
他人の屋敷だった。
それでも。
ようやく。
五人が揃った。
そして元金持ちは。
隣の机で。
その笑い声を聞きながら。
五人分の会議結果を。
十の部署向けに書き直していた。
「……絶対、給料上げてもらうからな」
誰も反対しなかった。
――了