WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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『一九三九年秋・英国およびフランス政府向け初期回答記録』

英国政府およびフランス政府から提示された照会事項に対し、WILKは以下の回答を行った。

航空機設計。

可能。

国内規格への変更。

可能。

既存国内部品を使用した再設計。

可能。

分散生産。

可能。

最終組立工場を中心とした生産体制。

可能。

技術者および技能者の配置。

条件付きで可能。

住宅、食料、家族、学校および医療を伴わない配置。

不可。

なお。

英国向け、フランス向け双方について、WILKは回答提出時点ですでに設計ひな型を保有していた。

政府担当者は後日、

「相談に来たつもりだった」

と証言している。


第212話 持ってきたもの

 

 

英国側の会議室。

 

元ドイツ軍技術者は、机の上へ図面筒を置いた。

 

英国政府側。

 

空軍関係者。

 

航空産業関係者。

 

軍需関係者。

 

そして元白軍将校の親族。

 

なぜ親族までいるのかについて、本人は、

 

「私の家で話が始まったからだ」

 

と説明していた。

 

元白軍将校は後ろにいる。

 

元金持ちも。

 

親族は元白軍将校を見る。

 

「今日は余計なことを言うなよ」

 

「何が余計か分からん」

 

「それが一番怖い」

 

元ドイツ軍技術者が図面を広げた。

 

英国側の技術者が覗き込む。

 

しばらく。

 

誰も何も言わなかった。

 

最初に口を開いたのは空軍側だった。

 

「これは」

 

元ドイツ軍技術者:

 

「Bizonの英国向け設計ひな型です」

 

「もうあるのか」

 

「ああ」

 

「いつ作った」

 

「前から」

 

「英国との交渉前に?」

 

「英国で作るとは決めていなかった」

 

「ではなぜ英国仕様がある」

 

元ドイツ軍技術者は少し面倒そうに答えた。

 

「英国に限らない」

 

別の図面。

 

別紙。

 

部品表。

 

エンジン取付寸法。

 

無線装備位置。

 

計器板。

 

脚周り。

 

武装架。

 

英国技術者が紙をめくる。

 

「これは英国で製造されている部品だな」

 

「ああ」

 

「これも」

 

「ああ」

 

「これもか」

 

「ああ」

 

少し離れた航空会社の技術者が顔を上げた。

 

「待て」

 

元ドイツ軍技術者:

 

「何だ」

 

「専用品はどれくらいある」

 

元ドイツ軍技術者は図面の一部を指した。

 

「機体主要構造」

 

「装甲の一部」

 

「武装取付架」

 

「いくつかの結合部」

 

「それ以外は?」

 

「可能な限り英国品」

 

「なぜ」

 

「その方が作れるからだ」

 

---

 

英国側技術陣がざわついた。

 

彼らが想像していたものとは違った。

 

外国機。

 

外国規格。

 

外国部品。

 

専用工具。

 

専用設備。

 

専用補給。

 

そういうものを抱え込む話ではなかった。

 

むしろ逆。

 

英国にあるものを使う。

 

英国で量産しているもの。

 

英国企業がすでに作っているもの。

 

英国軍がすでに補給しているもの。

 

それをBizonの骨格へ組み込む。

 

空軍関係者:

 

「これはコピー生産ではないな」

 

元ドイツ軍技術者:

 

「コピーして何になる」

 

「では」

 

「英国で作れるBizonだ」

 

別の技術者が聞く。

 

「性能は同じか」

 

「変わる」

 

「良くなる?」

 

「悪くなる部分もある」

 

部屋が静かになる。

 

元ドイツ軍技術者:

 

「エンジンが変わる」

 

「重量も変わる」

 

「重心も」

 

「無線も」

 

「武装も」

 

「だから試験は必要だ」

 

英国側:

 

「では完成設計ではない」

 

「当たり前だ」

 

少し声が強くなる。

 

「だが最初から主翼を設計する必要はない」

 

「胴体も」

 

「脚も」

 

「装甲思想も」

 

「整備構造も」

 

「何年も飛ばして壊して直した部分まで捨てる理由はない」

 

英国技術者は図面を見た。

 

「つまり」

 

「新しい飛行機を作るのではなく」

 

元ドイツ軍技術者:

 

「既存機を英国へ移す」

 

---

 

航空産業側の反応は、さらに早かった。

 

ある企業の男が部品表を見ている。

 

突然指を止めた。

 

「これ」

 

「何だ」

 

「うちの部品だ」

 

別の企業関係者:

 

「どれ」

 

「ここ」

 

隣を見る。

 

「……本当だ」

 

さらに別の男も紙を取る。

 

「この装置、うちでも作っている」

 

元ドイツ軍技術者:

 

「だから書いた」

 

「WILKで作らないのか」

 

「なぜ作る」

 

「いや」

 

相手が少し戸惑う。

 

「自社製品にした方が利益になるだろう」

 

元ドイツ軍技術者:

 

「設備を作るところから始めたら遅い」

 

ユダヤ人実業家なら金の話をする。

 

元ドイツ軍技術者は時間の話をした。

 

「英国にあるものを買う」

 

「それを取り付ける」

 

「足りないものだけ作る」

 

「その方が早い」

 

別の企業関係者が笑った。

 

「つまり我々にも注文が来る?」

 

元ドイツ軍技術者:

 

「採用されれば」

 

顔つきが変わった。

 

元白軍将校の親族はそれを横から見ていた。

 

誰が興味を持ったか。

 

誰が急に前へ出たか。

 

誰が隣の会社の資料を覗いたか。

 

全部見ていた。

 

---

 

同じ頃。

 

フランス側でも似たことが起きていた。

 

こちらの机に広げられたのは、

 

Bizonのフランス向け設計ひな型。

 

まだ正式名称は決まっていない。

 

だが元白軍将校が勝手に、

 

「Taureau」

 

と言い始めていた。

 

元ドイツ軍技術者は気に入っていなかった。

 

それでも書類には、すでに誰かが鉛筆で、

 

TAUREAU

 

と書いていた。

 

フランス技術者が部品一覧を見る。

 

「エンジンは我々のもの」

 

「ああ」

 

「機関砲も」

 

「ああ」

 

「無線も」

 

「ああ」

 

「計器も」

 

「ああ」

 

「車輪も」

 

「ああ」

 

技術者は顔を上げた。

 

「ではポーランド製品は?」

 

元ドイツ軍技術者:

 

「飛行機の形だ」

 

少し間。

 

「それと」

 

図面を指す。

 

「今まで壊して得た経験」

 

---

 

フランス側航空会社の人間が図面へ寄る。

 

自社部品を見つける。

 

別会社も。

 

さらに別会社も。

 

誰かが聞く。

 

「WILKはフランス国内に巨大な専用工場を作るつもりではない?」

 

「ない」

 

「では部品は」

 

「皆さんから買う」

 

「胴体は」

 

「作れる工場へ」

 

「主翼は」

 

「同じだ」

 

「最終組立は」

 

「場所を用意してくれ」

 

政府側が口を挟む。

 

「既存航空産業を使う?」

 

元ドイツ軍技術者:

 

「その方が早い」

 

「専用工場を一から建てる必要は」

 

「ない」

 

「設計図は」

 

「渡す」

 

一瞬。

 

部屋が静かになった。

 

「全部?」

 

「製造に必要な分は」

 

「治具も?」

 

「図面を渡す」

 

「工程表は?」

 

「作る」

 

「変更履歴も?」

 

「ああ」

 

フランス技術者:

 

「……ずいぶん気前がいいな」

 

元ドイツ軍技術者は少し眉を寄せた。

 

「フランスを守る飛行機だろう」

 

「そうだ」

 

「ならフランスで作れるようにしないと意味がない」

 

---

 

フランス航空産業の人間たちは、それぞれ違う理由でTaureauに興味を持ち始めた。

 

ある会社はエンジン。

 

ある会社は武装。

 

ある会社は無線。

 

ある会社は板金。

 

ある会社は脚。

 

自社製品が採用されれば注文になる。

 

それも、新参の外国企業に仕事を奪われるのではない。

 

外国企業が契約を取ることで、自分たちの注文まで増える。

 

ある企業関係者が政府側へ小声で言った。

 

「これなら反対する理由は少ない」

 

隣の男が答える。

 

「採用数次第だ」

 

もう一人。

 

「フランス空軍にも回るなら話は変わる」

 

まだ亡命ポーランド軍向けの話だった。

 

だが。

 

すでに別の計算が始まっていた。

 

---

 

英国。

 

親族宅。

 

数日後。

 

屋敷の前に車が三台停まっていた。

 

親族が窓から見る。

 

「またか」

 

使用人:

 

「今日は航空関係の方が二名」

 

「昨日は」

 

「銀行関係」

 

「その前は」

 

「軍から」

 

親族は新聞を置いた。

 

「私の客は?」

 

使用人は少し考えた。

 

「今日は地方行政関係の方が」

 

親族:

 

「それは私だ」

 

「WILKの件もお尋ねになるそうです」

 

親族は黙った。

 

元金持ちが横を通る。

 

「増えましたね」

 

「何が」

 

「お客さん」

 

親族:

 

「お前たちのせいだ」

 

「でも親族さん宛ても増えてる」

 

「……」

 

元金持ちは笑う。

 

「利用してます?」

 

親族:

 

「当然だ」

 

即答だった。

 

元金持ちが少し驚く。

 

親族は椅子へ座った。

 

「何十年も英国で生きてきた」

 

「はい」

 

「最初は誰も知らなかった」

 

「……」

 

「名前も」

 

「土地も」

 

「人脈も」

 

「仕事も」

 

「全部、一つずつ作った」

 

元金持ちは黙って聞いた。

 

親族は窓を見る。

 

軍人の車。

 

企業関係者。

 

銀行。

 

誰かが玄関で名刺を渡している。

 

「で」

 

「はい」

 

「何十年ぶりにあいつが戻ってきた」

 

元白軍将校のことだった。

 

「六十四人連れて」

 

元金持ち:

 

「そこは本当に申し訳ない」

 

「お前が謝るな」

 

少し笑う。

 

「最初は迷惑だった」

 

「今は?」

 

親族は少し考えた。

 

「まだ迷惑だ」

 

元金持ち:

 

「まだ?」

 

「だが」

 

名刺の束を見る。

 

「使える」

 

元金持ちは吹き出した。

 

親族:

 

「笑うな」

 

「いや」

 

「何だ」

 

「元白軍将校と同じこと言うなと思って」

 

親族:

 

「……」

 

少し間。

 

「一緒にするな」

 

「はい」

 

「だが」

 

もう一度名刺を見る。

 

「使えるものを使わずに捨てるほど、移住生活は甘くなかった」

 

元金持ちはその言葉だけ、帳簿には書かなかった。

 

---

 

親族はしばらくして、逆に元金持ちへ聞いた。

 

「お前はあいつの昔をどれくらい知ってる」

 

「ほとんど」

 

「ほとんど?」

 

「知らない方のほとんどです」

 

親族が笑った。

 

「あいつらしい」

 

「舞踏会で見た記憶はあります」

 

親族の目が止まる。

 

「どこの」

 

元金持ちが話す。

 

昔。

 

帝政時代。

 

大きな舞踏会。

 

若い頃。

 

人混みの中にいた男。

 

今より若い。

 

軍服。

 

少し離れた場所。

 

元金持ちは言う。

 

「本人は昔のことだ、としか」

 

親族:

 

「そうだろうな」

 

「何をしてたんです?」

 

親族は答えなかった。

 

代わりに紅茶を飲む。

 

元金持ち:

 

「秘密?」

 

「秘密というほどではない」

 

「では」

 

「私も全部は知らん」

 

少し間。

 

「家族の中でも、あいつだけ妙に外へ出ていた」

 

「軍?」

 

「軍も」

 

「他も?」

 

親族は元金持ちを見る。

 

「それ以上は本人に聞け」

 

元金持ち:

 

「答えませんよ」

 

「知ってる」

 

また少し笑った。

 

「だが一つだけ言える」

 

「何です」

 

「あいつは昔から」

 

親族は窓の外を見る。

 

庭で元白軍将校が誰かと話している。

 

また知らない人だった。

 

「帰ってくる時、一人では帰ってこない」

 

元金持ちは一瞬黙った。

 

それから。

 

「……なるほど」

 

とだけ言った。

 

---

 

その日の午後。

 

別の人物が屋敷へ帰ってきた。

 

若い男。

 

軍服。

 

親族の三男だった。

 

英国軍に勤務していた。

 

休暇と用務の都合が重なり、偶然実家へ戻った。

 

玄関を入る。

 

知らない人がいる。

 

廊下にも。

 

電話が鳴っている。

 

書斎の扉には、

 

英国仮連絡所

 

と紙が貼られている。

 

三男はしばらくそれを見る。

 

使用人が言った。

 

「お帰りなさいませ」

 

三男:

 

「……何があった」

 

使用人:

 

「ご親族がお戻りになりまして」

 

「誰」

 

使用人が名前を言う。

 

三男が止まった。

 

「生きてたのか」

 

「はい」

 

「で」

 

書斎を見る。

 

「なぜ軍の事務所みたいになってる」

 

使用人:

 

「説明が難しく」

 

「そうだろうな」

 

---

 

夕食。

 

親族。

 

三男。

 

元白軍将校。

 

元金持ち。

 

若いWILK社員。

 

妙な組み合わせだった。

 

三男は元白軍将校を見る。

 

元白軍将校も見る。

 

「大きくなったな」

 

三男:

 

「最後に会ったことあるんですか」

 

「小さい頃」

 

「覚えてません」

 

「そうか」

 

親族が食事を切る。

 

そして何でもないように言った。

 

「明日から、しばらくこいつについて行け」

 

三男の手が止まった。

 

「誰に」

 

親族:

 

「あいつに」

 

元白軍将校を指す。

 

三男:

 

「なぜ」

 

「監視」

 

元白軍将校:

 

「必要ない」

 

親族:

 

「必要だ」

 

三男:

 

「待ってください」

 

親族:

 

「軍の人間なら慣れてるだろ」

 

「何に」

 

「面倒事に」

 

「それは軍務では」

 

「似たようなものだ」

 

三男は元白軍将校を見る。

 

元白軍将校:

 

「俺は一人でいい」

 

親族:

 

「お前を一人にした結果、六十四人連れてきた」

 

沈黙。

 

元金持ちが小さく頷く。

 

若い社員も。

 

三男:

 

「……六十四?」

 

元金持ち:

 

「英国到着時に行き先がなかった人数です」

 

「到着時?」

 

「累計はもっと」

 

三男は親を見る。

 

「何を監視すれば」

 

親族:

 

「人を拾わないか」

 

元白軍将校:

 

「必要なら拾う」

 

親族:

 

「ほらな!」

 

三男は目を閉じた。

 

かわいそうだった。

 

---

 

翌朝。

 

元独立運動家は別の意味で困っていた。

 

「また来た?」

 

社員:

 

「三十一人」

 

「昨日は」

 

「二十二人」

 

「一昨日は」

 

「十八人」

 

「増えてるじゃないか」

 

「狼回廊経由です」

 

元独立運動家は額へ手を当てた。

 

机には人員票。

 

家族票。

 

住宅候補。

 

工場候補。

 

学校。

 

教会。

 

診療。

 

食料。

 

輸送。

 

全部積まれていた。

 

「前職は」

 

「整理済みです」

 

「家族」

 

「整理済み」

 

「健康状態」

 

「だいたい」

 

「行き先希望」

 

「あります」

 

元独立運動家は人員票を見る。

 

「資料だけは妙に整ってるな」

 

社員:

 

「英国側の元金持ちさんが様式を」

 

「会計の?」

 

「本人は否定してます」

 

「会計だろ」

 

遠く英国で、誰かがくしゃみをしたかもしれない。

 

---

 

元独立運動家は名簿をめくる。

 

機械工。

 

農業。

 

教師。

 

運転。

 

看護。

 

大工。

 

料理。

 

配置そのものはできる。

 

問題は。

 

「家だ」

 

社員:

 

「はい」

 

「また家が足りない」

 

「はい」

 

「仕事だけならいくらでもある」

 

「はい」

 

「人間は工場の床で寝ない」

 

「はい」

 

「学校も増やす」

 

「はい」

 

「食堂も」

 

「はい」

 

「診療は」

 

「手配中です」

 

元独立運動家:

 

「手が足りん」

 

「はい」

 

そこへ。

 

若い女性が書類を持ってきた。

 

元独立運動家の次女だった。

 

「これ」

 

父親が見る。

 

「何だ」

 

「昨日来た家族分」

 

「誰がまとめた」

 

「私」

 

元独立運動家の眉が寄る。

 

「やらなくていい」

 

次女:

 

「でも」

 

「これは仕事だ」

 

「だから手伝ってる」

 

「お前の仕事じゃない」

 

次女は少し不満そうな顔をした。

 

それでも紙を置く。

 

「学校年齢の子供を分けた」

 

父親は見ない。

 

「帰れ」

 

「分かった」

 

次女は出ていく。

 

社員が気まずそうに黙った。

 

元独立運動家:

 

「何だ」

 

「いえ」

 

「言え」

 

「手、足りませんよ」

 

「分かってる」

 

---

 

昼。

 

また人が来た。

 

夜。

 

また。

 

翌朝。

 

住宅候補が一つ潰れた。

 

別の学校は受入人数を超えた。

 

工場から、

 

「技能者をもっと」

 

と催促。

 

フランス側から、

 

「何人回せる」

 

と問い合わせ。

 

英国からも。

 

アメリカ側からは農場への受入余地。

 

元独立運動家は机の上を見た。

 

紙。

 

紙。

 

紙。

 

人間。

 

家族。

 

仕事。

 

家。

 

学校。

 

食事。

 

全部つながっている。

 

妻が部屋へ入ってきた。

 

「寝た?」

 

「少し」

 

「嘘ね」

 

「少しは寝た」

 

妻は書類を見る。

 

「娘に手伝わせれば」

 

「駄目だ」

 

「なぜ」

 

「仕事だ」

 

「知ってる」

 

「簡単じゃない」

 

「それも知ってる」

 

元独立運動家は黙る。

 

妻:

 

「あの子、昨日あなたが捨てた配置表直してたわよ」

 

「捨ててない。保留だ」

 

「同じようなものよ」

 

「勝手に触るなと言っておけ」

 

妻:

 

「自分で言いなさい」

 

---

 

その日の午後。

 

社員の妻たちが来た。

 

一人。

 

二人。

 

三人。

 

元独立運動家:

 

「何だ」

 

一人が言う。

 

「娘さん、使ってください」

 

「使わん」

 

別の女性:

 

「昨日の子供の割り振り、あの子がやりました」

 

「知ってる」

 

「学校までの距離も」

 

「見た」

 

「食堂の人数表も」

 

「……見た」

 

三人目:

 

「私たちも手伝います」

 

元独立運動家:

 

「待て」

 

「手が足りないんでしょう」

 

「足りん」

 

「なら」

 

元独立運動家は顔をしかめた。

 

「だからといって」

 

妻:

 

「だからといって?」

 

いつの間にか後ろにいた。

 

元独立運動家:

 

「……」

 

完全に包囲されていた。

 

---

 

夕方。

 

次女がまた来た。

 

今度は父親が呼んだ。

 

「座れ」

 

次女は座る。

 

「手伝わせる」

 

少し顔が明るくなる。

 

「ただし」

 

「うん」

 

「勝手に決めるな」

 

「うん」

 

「家族を分けるな」

 

「うん」

 

「職業だけ見て配置するな」

 

「うん」

 

「仕事が近くても学校が遠ければ考え直せ」

 

「うん」

 

「病人がいる家は病院を見る」

 

「うん」

 

「数字だけで人間を置くな」

 

次女は少し考えた。

 

そして聞いた。

 

「じゃあ何を見るの」

 

元独立運動家は答えた。

 

「生活だ」

 

次女は紙を見る。

 

「生活」

 

「ああ」

 

「一人を置くんじゃない」

 

家族票を指す。

 

「生活を一つ置く」

 

次女はゆっくり頷いた。

 

元独立運動家:

 

「まずこれ」

 

一枚渡す。

 

整備工。

 

妻。

 

子供三人。

 

元独立運動家:

 

「どこに置く」

 

次女はしばらく資料を見る。

 

「工場の隣は駄目」

 

「なぜ」

 

「学校が遠い」

 

「では」

 

「少し離れるけど、この住宅」

 

「通勤は」

 

「バスを一便増やす」

 

元独立運動家は紙を見る。

 

少し黙る。

 

「……やってみろ」

 

次女:

 

「うん」

 

それだけだった。

 

まだ後継者ではない。

 

ただ。

 

手伝いを始めただけだった。

 

---

 

英国では。

 

元白軍将校が外出しようとしていた。

 

玄関に三男が立っている。

 

軍服ではなく私服。

 

だが姿勢は軍人だった。

 

元白軍将校:

 

「何だ」

 

三男:

 

「同行します」

 

「なぜ」

 

「父に言われました」

 

「帰れ」

 

「帰ると怒られます」

 

元白軍将校:

 

「俺も面倒だ」

 

三男:

 

「私もです」

 

少し沈黙。

 

元白軍将校:

 

「車は乗れるか」

 

「乗れます」

 

「地図は」

 

「読めます」

 

「銃は」

 

三男:

 

「軍人です」

 

「使えるな」

 

三男は目を閉じた。

 

「父が言っていた通りだ」

 

「何を」

 

「その言葉を言われたら逃げろと」

 

元白軍将校:

 

「遅い」

 

車の扉を開ける。

 

三男:

 

「……どこへ」

 

「空軍」

 

「何の用で」

 

「技術者を押し込む」

 

「誰を」

 

「元ドイツ軍技術者」

 

三男は一瞬止まる。

 

「それ、私も知っている人ですか」

 

元白軍将校:

 

「そのうち嫌でも知る」

 

車が動き出した。

 

屋敷の窓から親族がそれを見ていた。

 

元金持ちが隣に立つ。

 

「かわいそうですね」

 

親族:

 

「軍人だ」

 

「そういう問題です?」

 

「本人にも経験になる」

 

元金持ち:

 

「本音は?」

 

親族は少し間を置いた。

 

「誰かがあいつを見てないと怖い」

 

元金持ち:

 

「それは同意します」

 

二人は深く頷いた。

 

---

 

そして屋敷には。

 

また車が一台入ってきた。

 

親族:

 

「今度は誰だ」

 

使用人が確認する。

 

「航空会社の方です」

 

親族の顔が少し変わる。

 

「名前は」

 

聞く。

 

知っていた。

 

「通してくれ」

 

元金持ちが横を見る。

 

「迷惑では?」

 

親族:

 

「迷惑だ」

 

「では」

 

「だが会う」

 

「なぜ」

 

親族は玄関へ向かう。

 

「使えるからだ」

 

元金持ちは笑った。

 

「やっぱり親族だ」

 

親族:

 

「聞こえてるぞ!」

 

屋敷の一角では。

 

英国政府。

 

フランス政府。

 

航空産業。

 

銀行。

 

軍。

 

WILK。

 

そして元白軍将校の親族。

 

それぞれ別々の目的を持った人間が。

 

同じ扉を出入りし始めていた。

 

会社はまだ正式な英国本社すら持っていない。

 

それでも。

 

設計図はもうあった。

 

作れる工場もあった。

 

使える部品もあった。

 

人もいた。

 

次に必要なのは。

 

それらを。

 

本当に動かすことだった。

 

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