WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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『一九三九年末・WILK国外資産管理規程草案』

国外資産。

国外口座。

契約書。

土地権利書。

工場取得書類。

倉庫使用権。

代理人名簿。

非常時連絡先。

これらについて、一名の管理者が全情報を保有することを避ける。

各担当者は、その業務の遂行に必要な範囲のみを知ること。

全情報を一か所へ集約しない。

全権限を一人へ集中しない。

ただし、必要な情報を必要な時に再構成できること。

付記。

信頼と、全てを知らせることは同義ではない。


第213話 一人に持たせるな

 

 

元白軍将校の親族宅。

 

その日の朝。

 

親族は新聞を読む前に、使用人へ尋ねた。

 

「今日は何人だ」

 

最近では、それが朝の日課になりつつあった。

 

使用人は予定表を見る。

 

「九名です」

 

「政府?」

 

「違います」

 

「軍?」

 

「違います」

 

「航空会社?」

 

「違います」

 

親族は少し安心した。

 

「では誰だ」

 

「ユダヤ人実業家のご親族だそうです」

 

親族は新聞を置いた。

 

「九人?」

 

「はい」

 

「全員、親族?」

 

「はい」

 

親族はしばらく黙った。

 

「……家族会議なら別の場所でやってくれ」

 

廊下の向こうから元金持ちの声がした。

 

「仕事らしいですよ」

 

「なお悪い」

 

---

 

来客は一度には来なかった。

 

二人。

 

一人。

 

三人。

 

また一人。

 

最後に二人。

 

英国在住。

 

フランス方面から来た者。

 

米国との取引経験がある者。

 

銀行。

 

法律。

 

保険。

 

商社。

 

海運。

 

工場経営。

 

年齢も経歴もばらばらだった。

 

ただし。

 

親族は何人目かで、妙な共通点に気づいた。

 

全員、人の話を聞く時の目が似ている。

 

元金持ちへ小声で言う。

 

「似てるな」

 

「顔ですか?」

 

「目だ」

 

「目?」

 

「値段を見てる」

 

元金持ちも見る。

 

「……ああ」

 

親族は今度は元金持ちを見る。

 

「お前も昔はああだったんだろ」

 

「元をつけるな」

 

「自分で最初に言っただろ」

 

---

 

最後にユダヤ人実業家が入った。

 

資料箱を持っている。

 

一箱。

 

二箱。

 

三箱。

 

親族:

 

「それ、全部ここへ?」

 

実業家:

 

「今日は」

 

「今日は?」

 

「一部です」

 

親族は少し遠い目をした。

 

「その言い方、最近よく聞くな」

 

元金持ち:

 

「慣れました?」

 

「慣れたくはなかった」

 

---

 

会議が始まる。

 

実業家は地図を広げた。

 

英国。

 

フランス。

 

ポルトガル。

 

米国。

 

アイルランド。

 

港。

 

銀行。

 

倉庫。

 

工場。

 

農地。

 

鉄道。

 

それぞれに小さな印。

 

元金持ちは地図を見ながら言った。

 

「増えましたね」

 

実業家:

 

「増やしました」

 

「意図的に?」

 

「当然です」

 

---

 

実業家は一族を見る。

 

「今日決めるのは、後継者ではありません」

 

一人が聞いた。

 

「では何を」

 

「仕事です」

 

英国。

 

銀行。

 

保険。

 

政府との契約。

 

英国法。

 

航空産業との支払い。

 

フランス。

 

現地法人。

 

部品会社。

 

航空企業。

 

工場契約。

 

亡命ポーランド側との商取引。

 

米国。

 

農地。

 

工場。

 

倉庫。

 

工作機械。

 

鉄道。

 

金融。

 

アイルランド。

 

民需工場。

 

農場。

 

食品加工。

 

将来の倉庫候補。

 

一つずつ。

 

担当者を決めていく。

 

親族の一人が聞いた。

 

「全部を一社で管理した方が簡単では?」

 

実業家:

 

「簡単です」

 

「なら」

 

「だから危ない」

 

相手が黙る。

 

実業家:

 

「一社が止まれば全部止まる」

 

「一つの銀行が止まれば全部動かなくなる」

 

「一つの港が閉じれば全部詰まる」

 

「一人が倒れれば全員が困る」

 

少し間。

 

「簡単なのは平時には便利です」

 

「戦争では弱い」

 

---

 

元金持ちは会議録を書きながら聞く。

 

「じゃあ、全体を知るのは誰です」

 

実業家:

 

「必要ですか?」

 

「必要でしょう」

 

「なぜ」

 

元金持ちは少し止まった。

 

実業家は米国を指す。

 

「米国の農地担当が、フランス軍との航空機契約を知る必要がありますか」

 

「ない」

 

「英国の銀行担当が、アイルランドの全倉庫候補を知る必要は」

 

「ないですね」

 

「フランスの工場担当が、米国の予備口座を」

 

「それもない」

 

実業家:

 

「では教えません」

 

元金持ち:

 

「すごく割り切りますね」

 

「その方が安全です」

 

---

 

一族の若い男が聞いた。

 

「代表者は全部知るんですか」

 

「いいえ」

 

「代表なのに?」

 

「代表だからです」

 

「では何を知るんです」

 

実業家は少し考えた。

 

「人です」

 

「人?」

 

「誰が何を持っているか」

 

「誰が倒れた時、誰が代われるか」

 

「どこへ問い合わせれば情報が戻るか」

 

「どこに何が残っているか」

 

「全部を覚える必要はありません」

 

少し間。

 

「会社を再構成する方法を知っていればいい」

 

元金持ちはその言葉で筆を止めた。

 

それから、ゆっくり書いた。

 

---

 

次。

 

情報管理。

 

通常資料。

 

制限資料。

 

最重要資料。

 

三つに分ける。

 

元金持ち:

 

「最重要は?」

 

実業家:

 

「国外資産の一部」

 

「予備資金」

 

「代替契約」

 

「原本保管先」

 

「重要人物の所在地」

 

「設備の移転先」

 

「予備輸送経路」

 

「その他、失えば再開能力そのものを損なうもの」

 

一族の一人:

 

「親族なら見られる?」

 

「いいえ」

 

「一族でも?」

 

「必要がなければ見せません」

 

少し空気が変わった。

 

だが、実業家は続けた。

 

「信用していないからではありません」

 

「むしろ逆です」

 

「必要のない情報まで持たせれば、その人間に必要のない危険まで背負わせる」

 

「知る必要がない者は知らなくていい」

 

元金持ち:

 

「創業者でも?」

 

実業家:

 

「もちろん」

 

---

 

元金持ちが顔を上げる。

 

「他の四人も?」

 

「担当外なら」

 

「……本当に?」

 

実業家は不思議そうに見る。

 

「なぜ航空技術者が私の秘密口座を知る必要があるんです?」

 

元金持ち:

 

「ありませんね」

 

「住宅を担当する人間に、予備契約原本の場所を教える意味は?」

 

「ない」

 

「軍との窓口に、国外資産の全配置を?」

 

「……ないですね」

 

「そういうことです」

 

元金持ちは少し考えた。

 

「創業者同士なら全部共有してるものかと」

 

実業家:

 

「それでは五人同時に捕まったら全部失います」

 

元金持ち:

 

「それはまあ」

 

実業家:

 

「それ以前に」

 

少し笑う。

 

「知る必要がありません」

 

---

 

そして。

 

問題が残った。

 

最重要資料の一時保管。

 

銀行貸金庫へ置くもの。

 

別拠点へ送る複製。

 

国外へ分散する原本。

 

それでも、英国側で一時的に保管しなければならない物がある。

 

親族:

 

「それで」

 

実業家:

 

「少し場所を借りたいのですが」

 

親族:

 

「また部屋か」

 

「いえ」

 

実業家が少し視線を動かす。

 

親族はその方向を見る。

 

何もない。

 

だが。

 

何となく分かった。

 

「……酒蔵か」

 

実業家:

 

「よく分かりましたね」

 

「地下で壁が厚くて、人が勝手に入らない場所なんて、この家じゃあそこしかない」

 

元白軍将校が端から口を出す。

 

「向いてる」

 

親族:

 

「お前は黙ってろ」

 

---

 

実業家。

 

親族。

 

元金持ち。

 

そして、なぜか元白軍将校。

 

四人で地下へ降りた。

 

「何でお前まで来る」

 

親族が聞く。

 

元白軍将校:

 

「見学」

 

「信用できん」

 

「まだ何もしてない」

 

「その言葉がもう怖い」

 

---

 

酒蔵。

 

石壁。

 

樽。

 

瓶。

 

棚。

 

奥。

 

少し空いた空間。

 

実業家は壁を見る。

 

扉を見る。

 

床。

 

換気。

 

天井。

 

人の出入り。

 

しばらく黙って確認した。

 

「使えます」

 

親族:

 

「でしょうね」

 

元金持ち:

 

「本当に酒蔵でいいんです?」

 

「条件は悪くありません」

 

元白軍将校:

 

「酒もある」

 

親族:

 

「お前はそれが目的だろ」

 

元白軍将校:

 

「それもある」

 

元金持ち:

 

「それも?」

 

---

 

元白軍将校は酒蔵の奥を眺めていた。

 

妙に楽しそうだった。

 

実業家がそれを見る。

 

「何です」

 

「いや」

 

「何か」

 

元白軍将校:

 

「また酒蔵かと思ってな」

 

元金持ちが振り返った。

 

「また?」

 

実業家の顔が少しだけ変わる。

 

「……覚えていましたか」

 

「聞いたことはある」

 

「どこまで」

 

「酒蔵に何か置いていた」

 

「場所は?」

 

「知らん」

 

「なら結構です」

 

元金持ち:

 

「何の話です?」

 

実業家:

 

「ポーランド時代の話です」

 

---

 

元金持ち:

 

「ポーランドでも酒蔵に重要書類を?」

 

「一部を」

 

「誰が知ってたんです」

 

「必要な者だけです」

 

「他の創業者は?」

 

「基本的には知りません」

 

元金持ちはまた元白軍将校を見る。

 

「じゃあ、こいつは何で知ってるんです?」

 

実業家も見る。

 

少し嫌そうだった。

 

「勘です」

 

元白軍将校:

 

「なんかあると思った」

 

元金持ち:

 

「何で」

 

「警備の仕方が少し変だった」

 

実業家:

 

「そこに気づかなくて結構だったんですが」

 

元白軍将校:

 

「気づいた」

 

---

 

親族:

 

「で?」

 

元白軍将校:

 

「酒もあった」

 

親族:

 

「やっぱり酒じゃないか」

 

元白軍将校:

 

「だから試した」

 

元金持ち:

 

「何を」

 

「入れるか」

 

元金持ち:

 

「……何で?」

 

元白軍将校:

 

「酒がある」

 

「それは分かった」

 

「何か隠してる」

 

「それも分かった」

 

「なら入ってみる」

 

元金持ち:

 

「その三段論法はおかしい!」

 

---

 

実業家は腕を組んだ。

 

「最初は本当に酒目当てだと思っていました」

 

元白軍将校:

 

「酒目当てでもあった」

 

「余計に悪い」

 

「でも入れた」

 

実業家:

 

「一度だけです」

 

「一度入れれば十分だろ」

 

親族:

 

「何が十分なんだ」

 

---

 

元金持ち:

 

「どうやって入ったんです」

 

実業家:

 

「色々です」

 

元白軍将校:

 

「正面」

 

「最初から?」

 

「最初は簡単な方からだ」

 

「止められた?」

 

「止められた」

 

「次は」

 

「裏」

 

実業家:

 

「その次は搬入に紛れました」

 

元白軍将校:

 

「偽の伝票も使った」

 

元金持ち:

 

「仕事が本格的なんだよ!」

 

親族:

 

「酒を飲むためにそこまでやるな!」

 

元白軍将校:

 

「ついでだ」

 

「何がついでだ」

 

「警備を見る」

 

---

 

実業家:

 

「最初は本当に困りました」

 

酒蔵管理者が鍵を変えた。

 

元白軍将校は次の経路を探す。

 

搬入口を厳しくした。

 

今度は別の入口。

 

夜間巡回を増やした。

 

巡回間隔を見られた。

 

内部者確認を厳しくした。

 

今度は別の方法。

 

元金持ち:

 

「全部対策されたんです?」

 

実業家:

 

「その都度」

 

元白軍将校:

 

「良くなった」

 

実業家:

 

「あなたに褒められると腹が立つんです」

 

---

 

元白軍将校:

 

「地上が固くなったから上からも試した」

 

元金持ち:

 

「上?」

 

親族:

 

「上って何だ」

 

実業家:

 

「聞かなくていいです」

 

元白軍将校:

 

「空から」

 

元金持ち:

 

「空?」

 

実業家:

 

「説明しなくていいと言いましたよね」

 

元白軍将校:

 

「小型機で」

 

「やめなさい」

 

「落下傘で」

 

「やめなさい」

 

親族が元白軍将校を見る。

 

「お前、酒蔵へ落下傘で入ろうとしたのか」

 

「夜なら静かだ」

 

「静かじゃない!」

 

元白軍将校:

 

「だからゴム靴を使った」

 

親族:

 

「そういう問題じゃない!」

 

---

 

元金持ちはもう笑い始めていた。

 

「成功したんです?」

 

元白軍将校:

 

「途中まで」

 

実業家:

 

「同行者が着地点を外しました」

 

「素人だったからな」

 

「なぜ素人を連れて行くんです」

 

「酒好きだった」

 

元金持ち:

 

「そこだけは一貫してるな!」

 

---

 

実業家:

 

「それで屋根側も対策しました」

 

親族:

 

「何で酒蔵に上空侵入対策が必要になるんだ」

 

元白軍将校:

 

「俺が来たから」

 

「自慢するな!」

 

実業家はため息をつく。

 

「問題はそこで終わらなかったんです」

 

元金持ち:

 

「まだあるんですか」

 

元白軍将校:

 

「上が駄目なら下がある」

 

親族が止まる。

 

「下?」

 

「地下」

 

親族:

 

「ここ地下だぞ」

 

「だからさらに下」

 

元金持ち:

 

「掘ったのか!?」

 

元白軍将校:

 

「試した」

 

実業家:

 

「やめさせました」

 

「地盤も見られた」

 

「見なくていいんです」

 

「排水も」

 

「見なくていい!」

 

「基礎も」

 

「だから!」

 

元金持ちは机もないのに頭を抱えた。

 

「この人、酒蔵一つに何してるんです?」

 

実業家:

 

「私も何度か同じことを聞きました」

 

---

 

結果。

 

酒蔵管理者の仕事は増えた。

 

酒の在庫。

 

温度。

 

湿気。

 

鍵。

 

入退室。

 

搬入。

 

防火。

 

換気。

 

地下設備。

 

屋根側。

 

床。

 

壁。

 

警備。

 

そして。

 

機密保管。

 

元金持ち:

 

「もう酒蔵管理者じゃないですね」

 

実業家:

 

「最終的には、保守と警備も兼ねていました」

 

元白軍将校:

 

「昇進した」

 

実業家:

 

「本人に言ったら殴られると思います」

 

「そうか?」

 

「かなり嫌われていました」

 

元白軍将校は少し考えた。

 

「仕事は良かった」

 

親族:

 

「嫌われた理由がよく分かる」

 

---

 

元金持ち:

 

「でも」

 

少し考える。

 

「途中からわざとやってません?」

 

元白軍将校:

 

「何を」

 

「侵入できそうな場所を探して、塞がせてたでしょう」

 

元白軍将校は答えなかった。

 

実業家も見る。

 

元金持ち:

 

「最初は酒と好奇心でも」

 

「途中から完全に警備試験ですよね」

 

元白軍将校:

 

「……ついでだ」

 

実業家:

 

「やはり」

 

元白軍将校:

 

「俺が入れるなら、他にも入れる」

 

「だから最初からそう言ってください」

 

「言ったら面白くない」

 

「そこです!」

 

---

 

親族はしばらく元白軍将校を見る。

 

「つまり」

 

「ああ」

 

「お前は酒を盗もうとするふりをして」

 

「ふりではない」

 

「そこは本当に酒も欲しかったのか」

 

「もちろん」

 

「余計に悪い!」

 

元金持ち:

 

「でも、結果的には警備が強くなった」

 

親族:

 

「結果だけ見ればな!」

 

---

 

実業家は英国の酒蔵を見回す。

 

少し考えた。

 

「では、ここも」

 

元白軍将校:

 

「試すか」

 

「あなたには頼んでいません」

 

「でも穴が」

 

「探さなくていい」

 

「あるぞ」

 

親族:

 

「もう見つけたのか!?」

 

元白軍将校は天井を見る。

 

「上」

 

親族:

 

「帰れ!」

 

---

 

最終的に。

 

酒蔵の奥に小さな区画を設けることになった。

 

扉。

 

鍵。

 

耐火箱。

 

帳簿保管棚。

 

ただし、最重要資料を全部置くわけではない。

 

あくまで一部。

 

原本も複製も分散する。

 

親族:

 

「条件がある」

 

実業家:

 

「何でしょう」

 

「こいつに鍵を渡すな」

 

元白軍将校:

 

「俺?」

 

「お前だ」

 

実業家:

 

「当然です」

 

元金持ち:

 

「賛成です」

 

元白軍将校:

 

「お前まで」

 

元金持ち:

 

「今の話を聞いて反対する理由がない」

 

---

 

地上へ戻る。

 

会議再開。

 

今度は一族そのものの将来。

 

若い一人が聞く。

 

「代表は長男が継ぐんですか」

 

実業家:

 

「いいえ」

 

「では最年長」

 

「違います」

 

「一番資産を持つ者?」

 

「それも違う」

 

「では誰が」

 

実業家は少し考える。

 

「その時代に必要な人間です」

 

銀行に強い。

 

法律に強い。

 

国際契約に強い。

 

人をまとめられる。

 

どの国で何ができるか分かる。

 

それらは時代によって違う。

 

「代表は相続財産ではありません」

 

「役目です」

 

---

 

別の一人が聞く。

 

「なら一族である意味は?」

 

実業家は地図を見る。

 

英国。

 

フランス。

 

米国。

 

ポルトガル。

 

アイルランド。

 

そして。

 

もう失われたポーランド。

 

「覚えておくことです」

 

「何を?」

 

「なぜ分けたか」

 

「なぜ一か所へ集めなかったか」

 

「なぜ全部を一人に教えないか」

 

「なぜ工場を複数国へ置くのか」

 

「なぜ銀行まで分けるのか」

 

「それを覚えておく」

 

少し間。

 

「書類だけでは、理由までは残りません」

 

「数字も」

 

「制度も」

 

「いつか形だけになる」

 

一族を見る。

 

「だから、人が覚える」

 

---

 

元金持ちは会議録を書いていた。

 

いつの間にか。

 

実業家一族用。

 

英国担当用。

 

フランス担当用。

 

米国担当用。

 

アイルランド担当用。

 

銀行関係。

 

資産管理。

 

機密管理。

 

八つに分かれていた。

 

元金持ち:

 

「……また増えた」

 

実業家:

 

「助かります」

 

「私は会計ですよね?」

 

「違うと言っていたでしょう」

 

元金持ち:

 

「最近、自信がなくなってきた」

 

---

 

その夜。

 

親族宅の酒蔵。

 

新しい保管区画の扉が取り付けられた。

 

仮設。

 

まだ完全ではない。

 

親族が様子を見に降りる。

 

そこに。

 

元白軍将校がいた。

 

親族:

 

「何してる」

 

「見てる」

 

「どこを」

 

「扉」

 

「帰れ」

 

元白軍将校は蝶番を見る。

 

壁を見る。

 

換気口を見る。

 

床を見る。

 

それから天井。

 

親族:

 

「言うなよ」

 

元白軍将校:

 

「何を」

 

「弱い場所」

 

少し間。

 

元白軍将校:

 

「三つある」

 

親族:

 

「帰れ!」

 

---

 

翌朝。

 

三か所とも補強された。

 

元白軍将校はそれを見て。

 

満足そうに頷いた。

 

親族:

 

「お前、最初からそれが目的だっただろ」

 

元白軍将校:

 

「酒も欲しい」

 

「どっちかにしろ!」

 

元白軍将校は笑った。

 

どちらか一つである必要は。

 

本人にはなかった。

 

---

 

後年。

 

WILKの実業家一族には、

 

「今代の代表」

 

と呼ばれる者が置かれるようになった。

 

長男だからではない。

 

最年長だからでもない。

 

最も裕福だからでもない。

 

その時代に。

 

必要だから。

 

そして。

 

必要のない情報を知らないことも。

 

彼らの仕事の一つになった。

 

同じ頃。

 

WILKの重要資料保管施設には。

 

妙な伝統が残った。

 

屋根を確認する。

 

床下を確認する。

 

搬入口を確認する。

 

内部者を信用しすぎない。

 

侵入方法を一方向だけで考えない。

 

理由を尋ねられると。

 

古参は答えた。

 

「昔、全部やった人がいる」

 

誰が。

 

何のために。

 

そこまで聞くと。

 

大抵。

 

少し困った顔をして。

 

こう答えた。

 

「酒を飲むためだったらしい」

 

半分だけ。

 

正しい話だった。

 

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