英国向け試験機。
フランス向け試験機。
両機は同一のBizon系列を基礎とする。
ただし、使用部品の多くは異なる。
エンジン。
プロペラ。
計器。
無線。
電装。
車輪。
制動装置。
武装。
装備品。
一方で、共通するものもある。
構造思想。
整備性。
装甲配置。
交換可能な装備架。
粗悪な飛行場への適応。
損傷後の修理を前提とした構造。
WILK技術部ではこれを、
「同じ飛行機を二か国で作る」
とは記録しなかった。
「二か国で作れるように、同じ骨を使う」
と記録している。
英国。
風洞試験設備。
元ドイツ軍技術者は、しばらく何も言わなかった。
風洞。
測定器。
模型。
予備模型。
交換部品。
記録装置。
技術員。
そして。
もう一つの模型。
さらに。
壊した時の予備。
元ドイツ軍技術者:
「……これ全部使っていいのか」
英国技術者:
「必要なら」
「この模型も?」
「はい」
「壊れたら」
「もう一つ作ります」
元ドイツ軍技術者は模型を見る。
次に英国技術者を見る。
また模型を見る。
「大国は金があるな」
英国技術者:
「戦争ですから」
「だから金があるのが羨ましいんだ」
英国技術者は少し困った顔をした。
---
ポーランド時代。
試験はいつも何かが足りなかった。
試験用エンジンを壊せば、次の機体から一基消える。
風洞の時間も限られる。
模型も。
材料も。
燃料も。
弾薬も。
だから一回の試験で、できるだけ多くの数字を取った。
壊さない。
無駄にしない。
一度で見る。
それが癖になっていた。
英国側技術者:
「次は角度を変えます」
元ドイツ軍技術者:
「その前にもう一度同じ条件」
「確認ですか?」
「ああ」
「では二回」
「一回でいい」
「二回やれます」
「……」
少し考えた。
「二回やれ」
英国技術者:
「はい」
元ドイツ軍技術者は小さく笑った。
贅沢だった。
---
Bull MkA。
まだそう呼ぶには早い。
正式採用もない。
量産もない。
試験用の英国向けBizon。
だが。
元ドイツ軍技術者にとっては十分だった。
英国製エンジンを載せる。
ナセル形状が変わる。
冷却が変わる。
排気。
プロペラ。
重心。
脚への荷重。
振動。
片発時の挙動。
一つ変えれば。
別の場所が変わる。
英国技術者が図面を見る。
「既存のナセルでは収まりません」
「知ってる」
「では新設計?」
「全部ではない」
鉛筆を取る。
線を引く。
「ここから先だけ変える」
「主翼側は?」
「なるべく触るな」
「なぜ」
「量産を始める時に泣く」
英国技術者:
「誰が?」
元ドイツ軍技術者:
「息子が」
---
その息子は。
その頃。
別の場所で泣きそうになっていた。
英国の航空関連企業。
会議室。
部品表。
見積書。
納期。
生産能力。
月産数。
材料。
公差。
仕様変更。
試験用。
初期生産。
増産時。
全部。
息子:
「この部品、月何個出せます?」
企業側:
「平時なら?」
「今です」
「今?」
「今です」
担当者が数字を言う。
息子は書く。
「増産した場合は」
「材料があれば」
「材料は何が足りない」
相手が答える。
また書く。
「代替材料は」
「この規格なら」
「父に確認します」
「設計者に?」
「はい」
「あなたでは決めない?」
息子:
「私は飛ばしません」
相手が少し不思議そうな顔をする。
「ではあなたは?」
息子は部品表を指した。
「作れるようにする方です」
---
午後。
別会社。
「この車輪を使いたい」
企業側:
「寸法が合わない」
息子:
「機体側を少し直せます」
「専用品を作った方が」
「何機分なら?」
相手が止まる。
息子:
「百機」
「……」
「二百機」
相手は計算する。
息子:
「その後増えるかもしれません」
企業側:
「既存品を使った方が安いな」
「そういうことです」
「でも機体側の変更費用が」
「最初だけです」
「あなたの会社は専用品を売りたくないのか」
息子:
「売りたいです」
少し間。
「でも飛行機ができない方が困ります」
---
別の日。
別の会社。
無線。
「この型を使いたい」
「軍用規格です」
「だからです」
「搭載寸法が違う」
「架台を変えます」
「電源は」
「変換します」
「配線は」
「こちらで図面を出す」
「それではWILK側の仕事が増えるでしょう」
息子:
「うちの仕事が増える方がいいです」
「なぜ」
「御社に専用無線を新しく作らせるより早い」
担当者は少し笑った。
「変わった会社だ」
息子:
「よく言われます」
---
その夜。
親子は久しぶりに同じ机についた。
父親の机には。
風洞結果。
飛行試験。
エンジン温度。
振動。
速度。
上昇。
重心。
息子の机には。
会社名。
月産数。
材料。
価格。
納期。
代替部品。
生産余力。
父親:
「英国の脚は」
息子:
「二社」
「どっち」
「両方」
「同じものを?」
「できるだけ」
「公差は」
「合わせてもらう」
父親が顔を上げる。
「嫌がっただろ」
「嫌がりました」
「どうした」
「発注量を見せました」
父親:
「なるほど」
息子:
「金は強いです」
「お前、実業家に似てきたな」
「やめてください」
---
息子は風洞結果を見る。
「こっちは?」
父親:
「悪くない」
「どれが」
「全部」
「それは報告になってません」
父親:
「英国のエンジンは強い」
「知ってます」
「だから今まで誤魔化していたところが出る」
息子:
「どこ」
父親は紙を渡す。
「冷却」
「振動」
「脚荷重」
「主翼付け根」
息子の顔が少し曇る。
「直すんですか」
「ああ」
「図面はいつ」
「明日」
「明日?」
「明日」
息子は深く息を吐いた。
「企業側に変更通知出すの私なんですが」
父親:
「そうか」
「そうか、じゃない」
---
フランス。
数日後。
今度はTaureau。
フランス製エンジン。
フランス製武装。
フランス製計器。
別の無線。
別のプロペラ。
英国仕様とは違う。
だが骨は同じ。
元ドイツ軍技術者は実機の下へ潜っていた。
フランス人技術者:
「何か問題ですか」
「配管」
「冷却?」
「ああ」
「設計図では」
「飛ばすと違う」
「どこが」
「熱い」
フランス人技術者:
「それは見れば」
「見たから言ってる」
工具を受け取る。
自分で触る。
隣のWILK技術者が止める。
「あなたがやるんですか」
元ドイツ軍技術者:
「見た方が早い」
「設計主任でしょう」
「だから見る」
---
試験飛行。
Taureauが滑走する。
加速。
浮く。
元ドイツ軍技術者は双眼鏡を使わなかった。
音を聞いていた。
エンジン。
回転。
上昇。
旋回。
降下。
通過。
隣のフランス人技術者:
「何を見てる」
「聞いてる」
「何を」
「嫌な音がないか」
「分かるのか」
「長く聞いてる」
機体がもう一度通過する。
元ドイツ軍技術者:
「左が少し違う」
フランス人技術者:
「本当に?」
着陸後。
点検。
左側。
小さな問題が見つかった。
フランス人技術者:
「……聞こえた?」
「ああ」
「すごいな」
元ドイツ軍技術者:
「古いだけだ」
---
そして。
20ミリ搭載試験。
射撃。
機体が震える。
記録。
もう一度。
射撃。
元ドイツ軍技術者:
「もう一回」
フランス側:
「できます」
元ドイツ軍技術者:
「弾は?」
「あります」
「何発」
数字を聞く。
少し黙る。
「……撃っていいのか」
フランス人:
「試験ですから」
元ドイツ軍技術者は少し遠い目をした。
「大国は金があるな」
フランス人技術者:
「英国でも言ったそうですね」
「誰から聞いた」
「もう有名です」
「余計なことを」
---
射撃。
また射撃。
反動。
架台。
弾詰まり。
給弾。
照準。
着弾。
装甲への影響。
元ドイツ軍技術者は楽しそうだった。
本当に。
楽しそうだった。
WILK技術者が小声で言う。
「ポーランドでも、ああでした?」
古参技術者:
「いや」
「違う?」
「ポーランドでは弾数を気にしてた」
「今は」
「フランスが出してくれる」
二人で見る。
元ドイツ軍技術者:
「もう一回!」
古参技術者:
「楽しそうだろ」
「はい」
---
一方。
息子はフランス航空企業を回っていた。
こちらでも。
部品。
部品。
部品。
「この計器、月何個」
「この脚、既存生産へ何個上乗せ可能」
「この無線、ポーランド側とフランス側で共通使用できるか」
「20ミリの供給は」
「弾薬生産は」
「修理部品は」
一社だけではない。
二社。
三社。
四社。
息子は図面を持って回る。
ある企業の担当者が言った。
「あなたの父親は昨日、うちの技術者とエンジン周りを全部変えたぞ」
息子:
「聞きました」
「困らないのか」
「困ってます」
「では止めてくれ」
「無理です」
「息子だろう」
「だから無理なんです」
---
企業側は笑った。
「それで何を直せばいい」
息子は新しい紙を出す。
「ここ」
「ここ」
「ここ」
「三か所?」
「今のところ」
「また増える?」
息子は少し考えた。
「たぶん」
「ひどいな」
「でも量産開始前です」
「だから?」
「今なら安い」
企業側の男は紙を見る。
しばらくして頷く。
「確かに」
息子:
「量産後に変える方が地獄です」
「経験あるのか」
息子:
「あります」
---
その夜。
親子はまた顔を合わせた。
今度はフランス。
息子:
「父さん」
元ドイツ軍技術者:
「何だ」
「主翼付け根」
「ああ」
「変更しましたね」
「ああ」
「英仏両方?」
「必要だ」
息子は机へ額をつけそうになった。
「英国側にも連絡しないと」
父親:
「頼む」
「フランス側は五社に影響します」
「頼む」
「治具も一部直します」
「頼む」
息子は顔を上げた。
「あなた、私を何だと思ってます?」
父親:
「息子」
「そうじゃない」
少し考える。
「生産」
息子:
「短くしすぎです」
---
父親は図面を見る。
「でも」
「何です」
「お前がいるから、俺は飛ばせる」
息子は止まった。
父親:
「昔は」
少し考える。
「設計して」
「工場へ行って」
「部品会社と話して」
「治具を直して」
「また戻って」
「試験して」
「全部やった」
息子:
「知ってます」
「今は」
父親は試験報告を見る。
「俺はこっちを見られる」
息子は何も言わなかった。
父親:
「助かる」
少し間。
息子:
「……なら変更を一日早く教えてください」
父親:
「努力する」
「それはしない人の返事です」
---
翌朝。
父親は英国側試験場へ。
息子はフランス企業との会議へ。
午後には逆。
父親はフランス側技術者と武装試験。
息子は英国企業へ電報。
夜。
二人の資料が合流する。
飛ぶか。
作れるか。
直せるか。
揃えられるか。
同じ飛行機を見る。
だが。
見ている場所は違った。
---
数週間後。
英国企業の会議。
担当者が尋ねた。
「設計変更の最終判断は、あなたのお父上?」
息子:
「技術上は」
「生産上は?」
息子:
「私が止めます」
相手が少し驚く。
「父親でも?」
「作れないなら」
「怒られない?」
「怒ります」
「でも止める?」
「止めます」
「なぜ」
息子は部品表を見る。
「一機飛ばすのが目的じゃないからです」
少し間。
「同じものを作り続けられないなら、量産機ではありません」
企業側の男は頷いた。
その後。
WILKとの生産折衝では。
設計者ではなく。
「息子を呼んでくれ」
と言われることが増えた。
---
元ドイツ軍技術者も。
その変化に気づいていた。
ある日。
英国側技術者が聞いた。
「この部品、量産時の供給は?」
元ドイツ軍技術者:
「息子に聞け」
「公差変更は?」
「息子」
「工場割り当て」
「息子」
「価格」
「実業家」
少し考える。
「いや、その前に息子」
英国技術者:
「あなたは?」
元ドイツ軍技術者は試験機を見る。
「俺は飛ばす」
---
それだけだった。
後継者を指名したわけではない。
役職を譲ったわけでもない。
血筋だから仕事を渡したわけでもない。
ただ。
仕事が増えた。
一人では足りなかった。
そして。
父親よりも。
息子の方が上手くできる仕事があった。
それだけだった。
---
後年。
WILKには、
「生産主任」
と呼ばれる者が置かれるようになる。
設計者とは違う。
経営者とも違う。
工場長とも少し違う。
図面を見て。
部品会社を見て。
材料を見て。
治具を見て。
人を見て。
納期を見て。
「これは作れる」
あるいは。
「これは作れない」
と言う人間。
最初の頃。
その役目に正式な名前はなかった。
ただ。
英国とフランスを行き来しながら。
父親の図面を抱え。
企業の見積書を抱え。
変更通知を抱えて走り回っていた男がいた。
彼の父親は。
その頃。
風洞の前で。
また言っていた。
「もう一回やれるのか」
英国技術者:
「できます」
元ドイツ軍技術者は少し笑った。
「大国は金があるな」
そして。
もう一度。
模型に風が当てられた。