『一九三九年末・亡命ポーランド航空部隊再編関係資料』
国外へ脱出したポーランド航空要員は、フランス国内を中心として再編を進めていた。
操縦士。
航法員。
無線員。
整備員。
武装員。
輸送担当。
飛行場勤務。
部隊を失った者。
指揮官を失った者。
機体を失った者。
一方。
WILKはフランス国内において、Bizon系列を基礎とした現地部品使用型の試験を開始していた。
後にTaureauと呼ばれる機体である。
問題は。
作れることと。
軍で使えることが。
同じではなかったことである。
「お前、Bizonに乗ったことがあるな」
父親に呼ばれた時。
長男は嫌な予感がした。
亡命ポーランド空軍少尉。
まだ若い。
だが。
ポーランドから脱出するまでに、嫌な予感が当たる回数だけは十分増えていた。
「あります」
ポーランド軍将校:
「Turは」
「訓練で」
「対地攻撃は」
「Bizonで」
「よし」
少尉は即座に言った。
「何がよしなんです」
父親は紙を渡した。
少尉は見る。
フランス語。
ポーランド語。
WILK。
飛行試験。
武装試験。
軍側評価。
少尉:
「……何ですか、これ」
「仕事」
「見れば分かります」
「ならよかった」
「そういう意味ではありません」
---
少尉は紙をめくる。
機体。
Bizon。
だが部品構成が違う。
フランス製エンジン。
フランス製計器。
フランス製無線。
フランス製武装。
いくつかの構造変更。
「Taureau?」
父親:
「そう呼ばれている」
「誰が付けたんです」
「元白軍将校」
少尉は紙を閉じかけた。
「納得しました」
「何が」
「その雑さです」
---
父親が別の紙を置いた。
「軍側で評価する」
「はい」
「ポーランド人操縦士も乗せる」
「はい」
「フランス側とも話す」
「はい」
「お前、行け」
少尉は父親を見る。
「なぜ私が」
「Bizonを知ってる」
「知ってる人は他にもいます」
「将校だ」
「将校も他にいます」
「WILKを知ってる」
「それも他に」
少し間。
父親:
「俺の息子だ」
少尉:
「最後に一番駄目な理由を持ってこないでください」
---
父親は少し考えた。
「では真面目な理由」
「最初からお願いします」
「若い」
「はい」
「飛べる」
「はい」
「Bizonを知ってる」
「はい」
「フランス語も多少分かる」
「多少です」
「WILKの技術者とも話せる」
「まあ」
「亡命軍の事情も分かる」
少尉は黙った。
父親:
「全部できる人間が少ない」
少尉:
「……人手不足ですか」
「そうだ」
「最初からそう言ってください」
---
試験場。
少尉が到着すると。
すでに騒がしかった。
フランス人技術者。
WILK技術者。
ポーランド人整備員。
軍関係者。
試験機。
そして。
機体の下から脚が二本出ていた。
少尉は近づく。
「元ドイツ軍技術者?」
下から声。
「何だ」
「私です」
「誰だ」
「ポーランド軍将校の長男です」
少し間。
「大きくなったな」
少尉:
「皆、それを言いますね」
元ドイツ軍技術者が機体の下から出てきた。
油が付いていた。
少尉:
「設計者が何してるんです」
「見てる」
「何を」
「漏れ」
「漏れてるんですか」
「少し」
フランス技術者:
「許容範囲です」
元ドイツ軍技術者:
「許容するかは俺が決める」
フランス技術者:
「軍が決めるでしょう」
元ドイツ軍技術者は少尉を見る。
「軍だ」
少尉:
「私、少尉ですよ」
「軍だろ」
「軍ですけど」
「では見ろ」
「何を」
「漏れ」
少尉は到着三分で仕事を増やされた。
---
試験機を見る。
旧Bizonとは違う。
だが。
近づけば分かる。
主翼。
胴体。
整備口。
機首。
脚。
設計の癖。
少尉は機体の横へ手を当てた。
「Bizonですね」
元ドイツ軍技術者:
「だからそう言ってる」
「でも違う」
「何が」
「軽く見える」
「軽くはない」
「いや」
少尉はエンジンを見る。
「余裕があるように見える」
元ドイツ軍技術者は少しだけ笑った。
「馬力があるからな」
少尉:
「最初からこれがあれば」
言って。
止まった。
元ドイツ軍技術者:
「なかった」
「……はい」
「エンジンがなかった」
それ以上は言わなかった。
---
試験飛行。
最初はWILK側の経験者。
次にポーランド側。
少尉自身も乗った。
操縦席。
見慣れている。
だが計器は違う。
表示。
配置。
一部の操作。
無線。
「慣れるまで少しかかるな」
隣の整備員:
「飛べます?」
「飛行機だからな」
自分で言って。
少し嫌な予感がした。
誰かの言い方に似ていた。
---
エンジン始動。
音が違う。
振動。
回転。
滑走。
加速。
少尉の体が少し後ろへ押される。
「……」
速い。
離陸。
旧Bizonなら、荷物と装甲を抱えて地面から身体を引き剥がすようだった。
Taureauは違う。
軽快というほどではない。
それでも。
「上がる」
無線:
『何か問題か』
「違います」
少尉は少し笑った。
「ちゃんと上がるなと思って」
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上昇。
旋回。
加速。
低空。
片発試験。
着陸。
降りる。
父親ではなく。
元ドイツ軍技術者が待っていた。
「どうだ」
少尉:
「楽です」
「何が」
「余裕がある」
「速度?」
「それも」
少尉は機体を見る。
「攻撃後に逃げられそうです」
元ドイツ軍技術者:
「逃げるな。離脱しろ」
「同じです」
「言葉が違う」
少尉:
「軍人みたいなこと言いますね」
「技術者だ」
---
フランス軍人が近づく。
「この機体をどう使う?」
少尉:
「私が決めるんですか」
「意見を聞きたい」
少尉は少し考える。
「Bizonと同じように使うなら」
地図を出す。
道路。
車列。
砲兵。
燃料。
通信。
「硬いものばかり狙わない」
フランス軍人:
「戦車ではなく?」
「燃料車」
「通信車」
「砲兵の牽引車」
「弾薬」
「馬」
「道路上で止まっているもの」
「その方が効きます」
「20ミリがある」
「あります」
「なら戦車を」
少尉:
「撃てるから撃つのと、撃つべきだから撃つのは違います」
少し静かになる。
---
別のフランス人士官が聞く。
「装甲はかなりあるそうだな」
「あります」
「なら低空で粘れる?」
少尉は即答した。
「粘らない方がいいです」
「なぜ」
「撃たれるから」
「装甲が」
「装甲は、撃たれても帰るためです」
「撃たれるためではありません」
何人かが書き始めた。
少尉はそれを見て。
また嫌な予感がした。
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午後。
旧Bizon経験者が数人呼ばれた。
少尉が呼びに行かされた。
「試験場へ来てください」
一人が聞く。
「新型?」
「Bizonです」
「新型じゃないのか」
「新型みたいなBizonです」
「意味が分からん」
「乗れば分かります」
「馬力は」
数字を言う。
相手が止まる。
「……行く」
「早いですね」
「それを先に言え」
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試験。
模擬攻撃。
一度目。
低空進入。
離脱。
二度目。
別方向。
三度目。
また変える。
フランス側観察員が聞く。
「なぜ同じ方向から行かない」
少尉:
「待たれるからです」
「対空砲に?」
「軽機関銃にも」
一人が少し笑う。
「小銃でも?」
少尉は笑わなかった。
「当たります」
それで空気が少し変わった。
「ポーランドでは?」
「撃たれました」
「効いた?」
少尉:
「弾く時もあります」
「壊れる時もあります」
「何より」
少し間。
「撃たれている時間が長いほど、帰れなくなります」
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試験後。
フランス側から紙が来た。
要求。
訓練要領。
武装案。
装備変更。
ポーランド側からも紙。
無線規格。
部隊運用。
整備要員。
予備部品。
WILKから返事。
技術的に可能。
不可。
要試験。
重量増加。
重心変更。
少尉の机に全部来た。
「……何で」
父親:
「お前が見てるから」
「私は試験要員でしょう」
「軍側の」
「はい」
「だから見ろ」
「だから、ではない」
---
翌日。
少尉はWILK技術部へ書類を持っていった。
元ドイツ軍技術者の息子がいた。
こちらも書類に埋もれていた。
二人は互いを見る。
少尉:
「大変そうですね」
技術者の息子:
「そちらも」
少尉:
「フランス軍の要求です」
「また増えた?」
「増えました」
「何を」
「無線」
「武装」
「装甲」
「航続距離」
「全部増やせ?」
少尉:
「だいたい」
技術者の息子はため息をついた。
「重量は減らせと言われてます」
少尉:
「軍ってそういうものです」
「会社ってそういうもの?」
「知りません」
二人とも少し笑った。
---
書類を渡す。
技術者の息子:
「この変更、軍側で本当に必要?」
少尉:
「これは必要」
「これは?」
「できれば」
「これは?」
少尉:
「誰が書いたんだ、これ」
「軍です」
「軍の誰」
書類を見る。
少尉は顔をしかめた。
「……上です」
「必要?」
「たぶんいらない」
「消していい?」
少尉:
「私の名前では消さないでください」
「では?」
「戻して聞きます」
技術者の息子:
「お願いします」
少尉は紙を持つ。
扉へ向かう。
少し止まる。
「私、何してるんでしょうね」
技術者の息子:
「軍と会社の間?」
少尉:
「私は伝書鳩ではありません」
「飛べる?」
「飛べます」
「なら伝書鳩より速い」
少尉:
「あなたまで!」
---
翌日。
父親。
「これをWILKへ」
少尉:
「行きました」
「ではこれをフランス側へ」
「昨日も行きました」
「これを英国側へ回して」
「待ってください」
「何だ」
少尉は書類を机へ置いた。
「私は伝書鳩ではありません」
父親:
「知ってる」
「ならなぜ毎日書類を」
「お前、内容分かるだろ」
「分かります」
「質問されたら答えられる」
「ある程度」
「Bizonにも乗れる」
「はい」
「Taureauにも乗った」
「はい」
「ポーランド戦役も知ってる」
少尉は黙った。
父:
「紙だけ送るより早い」
少尉:
「……」
「行ってこい」
少尉:
「せめて伝書鳩ではなく連絡将校と呼んでください」
父:
「では連絡将校」
「本当に役職にしないでください!」
---
しかし。
仕事は増えた。
ポーランド側操縦士の意見を集める。
フランス側へ説明する。
WILKへ修正要求を渡す。
WILKから返った技術回答を軍の言葉へ直す。
軍側の要求を技術者が理解できる形へ直す。
そして。
現場の愚痴を。
上が読める文章へ直す。
少尉は気づいた。
紙を運んでいるだけではない。
「これを付けろ」
という要求を、
「なぜ必要か」
へ変える。
技術者の、
「重量が増える」
を、
「その場合、航続距離と上昇が落ちる」
と軍へ説明する。
双方が同じ言葉を使っているようで。
同じ意味で使っていない。
その間を。
誰かが埋めなければならなかった。
---
ある日。
フランス人士官が言った。
「20ミリをもう二門増やせないか」
少尉:
「聞いてみます」
元ドイツ軍技術者:
「重い」
少尉:
「だそうです」
フランス人士官:
「装甲を少し減らせば」
少尉:
「聞いてみます」
元ドイツ軍技術者:
「嫌だ」
少尉:
「嫌だそうです」
フランス人士官:
「理由は」
元ドイツ軍技術者:
「帰れなくなる」
少尉は少し止まる。
そしてフランス側へ戻る。
「装甲は帰還率を維持するため削りたくない。武装増加なら別の重量調整が必要です」
フランス人士官:
「……さっきより丁寧になったな」
少尉:
「翻訳しました」
「ドイツ語?」
「技術者語です」
---
その日の夕方。
父親が少尉の机へ来た。
書類を見る。
整理されている。
フランス側要求。
WILK回答。
ポーランド側優先順位。
試験結果。
訓練上の注意。
父:
「上手くなったな」
少尉:
「何が」
「伝書鳩」
少尉は顔を上げた。
「だから違います!」
父親は笑った。
---
だが。
翌週には。
フランス側の会議で。
「WILKとの件はあの少尉に聞け」
と言われるようになった。
WILK側でも。
「軍の要求は少尉に確認しろ」
となった。
亡命ポーランド側では。
「フランス側との調整はあいつが知ってる」
と言われた。
少尉本人だけが。
その状態を認めていなかった。
---
ある日。
元白軍将校の親族宅からも書類が来た。
英国向けBull MkAに関する、軍側意見照会。
少尉は紙を見た。
「英国まで?」
父:
「行けるな」
「飛行機なら」
「よし」
「何がよしなんです」
父親:
「英国側に、ポーランド戦役の戦訓を説明してこい」
「もっと偉い人を」
「偉い人は忙しい」
「私も忙しいです」
「若いから大丈夫だ」
少尉:
「その理屈、嫌いです」
---
数日後。
英国。
親族宅。
少尉が到着する。
扉を開ける。
知らない人。
電話。
帳簿。
軍人。
銀行関係者。
航空会社。
元金持ち。
そして。
元白軍将校。
元白軍将校:
「来たか」
少尉:
「来させられました」
「何しに」
「Bull MkAについて軍側説明を」
「使えるな」
少尉は一瞬黙った。
「……あなたまでそれを言うんですね」
元白軍将校:
「何が」
「いえ」
少尉は荷物を持ち直した。
この家では。
嫌な予感しかなかった。
---
夜。
元金持ちが会議結果をまとめていた。
少尉は横でフランス側の書類を整理している。
元金持ち:
「君、軍人だよな」
「そうです」
「WILK社員じゃない?」
「違います」
「でもずっとWILKの書類触ってる」
少尉:
「軍務です」
元金持ち:
「俺も最初そういう感じだった」
少尉が顔を上げる。
「何が」
元金持ち:
「気づいたら仕事が増えてた」
「私は軍人です」
「俺も最初はWILKじゃなかった」
「不吉なことを言わないでください」
元金持ちは笑った。
---
後年。
WILKには。
一人の変わった役割を持つ者が常に現れるようになる。
社員である時も。
社員でない時も。
軍服を着ている時も。
別の国の軍にいる時もあった。
軍の要求を会社へ伝える。
会社の事情を軍へ伝える。
戦場で本当に必要なものを聞く。
技術者の言葉を軍人へ直す。
軍人の無茶を技術者が理解できる形へ削る。
時には。
「それはいらない」
と軍人に言い。
時には。
「それは必要だ」
と会社へ言う。
正式な役職名は。
時代によって変わった。
だがWILK内部では。
ずっと簡単に呼ばれた。
「軍の」
その最初の一人は。
まだ若い少尉だった。
そしてその少尉は。
英国の机で。
今日も書類を抱えながら。
言っていた。
「私は伝書鳩ではありません」
元金持ち:
「知ってる」
「なら笑わないでください」
「俺も似たようなものだからな」
二人の机には。
また新しい書類が置かれた。
少尉はそれを見る。
そして。
深く息を吐いた。