試験機一機。
基礎設計。
Bizon系列。
搭載部品。
フランス国内調達品を優先。
発動機。
プロペラ。
無線機。
計器。
電装。
車輪。
制動装置。
武装。
以上。
機体構造および一部専用部品を除き、可能な限りフランス国内で既に生産されている部品を使用すること。
目的。
亡命ポーランド航空部隊向け双発多用途機の現地生産。
試験機名称。
Bizon Taureau。
備考。
名称について設計主任から異議あり。
採用済みのため却下。
第217話 飛んだ
朝。
試験飛行場には、冷たい風が吹いていた。
格納庫の扉が開く。
人が集まる。
フランス人。
ポーランド人。
WILK。
軍。
企業。
整備員。
技術者。
そして。
その中心に。
一機の双発機があった。
古いBizonを知る者なら。
すぐに分かる。
Bizonだ。
だが。
同時に。
違う。
エンジンナセル。
プロペラ。
計器。
無線。
機首。
武装架。
細部。
どこを見ても。
以前と同じではない。
旧Bizon乗りが機体を見上げる。
しばらく。
何も言わなかった。
隣の整備員が聞く。
「どうです」
「どうって」
「Bizonに見えます?」
少し間。
「見える」
「では」
「でも」
旧乗りはエンジンを見る。
「こんなに元気そうなBizonは初めてだ」
---
元ドイツ軍技術者は。
機体の下にいた。
当然のように。
フランス人技術者が横から言う。
「もう点検終わっています」
元ドイツ軍技術者:
「知ってる」
「ではなぜ」
「見る」
「何を」
「全部」
「試験飛行前です」
「だから見る」
相手はもう反論しなかった。
最近。
慣れてきた。
元ドイツ軍技術者は脚を見る。
配管。
支持部。
ナセル。
腹。
翼の付け根。
手で触る。
叩く。
耳を近づける。
整備員が不安そうに見る。
「何かあります?」
「今のところない」
「では」
「ないことを確認した」
---
そこへ息子が来た。
紙の束。
生産表。
部品供給。
企業名。
納期。
父親を見る。
「まだ潜ってるんですか」
元ドイツ軍技術者:
「潜ってない」
「下にいるでしょう」
「見てるだけだ」
「試験開始遅れます」
「壊れるよりいい」
息子はため息。
「フランス側が待ってます」
元ドイツ軍技術者:
「待たせろ」
フランス人技術者:
「聞こえてますよ」
「なら伝える手間が省けた」
息子:
「その言い方やめません?」
---
機体の前では。
亡命ポーランド空軍の人間たちが集まっていた。
ポーランド軍将校の長男。
少尉。
今日も軍服。
今日も書類。
今日も。
なぜかWILKの試験場にいる。
少尉:
「私は試験担当ではないはずなんですが」
旧Bizon乗り:
「最近よく見るな」
「軍側の連絡です」
「伝書鳩?」
少尉:
「違います」
即答。
旧Bizon乗り:
「誰もまだ何も言ってないぞ」
少尉:
「先に否定しました」
---
フランス側軍人が機体へ近づく。
「最初は誰が乗る」
WILK試験操縦士。
旧Bizon経験者。
フランス側試験操縦士。
候補は何人かいた。
元ドイツ軍技術者が機体の下から出てくる。
「まずWILK」
フランス側:
「次は」
「ポーランド側」
「フランス側は」
「その後」
フランス人士官:
「なぜ最後だ」
元ドイツ軍技術者:
「最初に壊れたら困るだろ」
フランス人士官:
「我々だけ安全にしているのか?」
「違う」
少し考える。
「一番文句を言うからだ」
フランス人士官:
「……」
少尉は横を向いた。
笑わないように。
---
試験操縦士が乗り込む。
エンジン始動。
一基。
もう一基。
空気が震える。
古いBizonを知る人間たちの顔が。
少しずつ変わった。
音が違う。
元気がある。
整備員が言う。
「違いますね」
旧Bizon乗り:
「ああ」
「音?」
「音も」
「他は?」
旧乗りは少し笑う。
「余裕がある音だ」
---
暖機。
確認。
回転を上げる。
風。
排気。
草。
土。
試験機が動く。
滑走路へ。
全員。
見る。
元ドイツ軍技術者だけは。
機体ではなく。
時々。
測定員を見る。
風。
温度。
回転。
圧力。
数字。
滑走開始。
Taureauが走る。
加速。
旧Bizon乗りが小さく言う。
「速い」
誰も答えない。
機首が上がる。
車輪が離れる。
浮く。
上がる。
ちゃんと。
上がる。
---
一瞬。
誰も喋らなかった。
WILK技術者の一人が。
小さく言った。
「飛んだ」
隣:
「飛行機だからな」
別の古参が首を振る。
「違う」
空を見る。
「ちゃんと飛んだ」
---
上昇。
Taureauは高度を取る。
旧Bizon。
Jupiter系。
出力不足。
重い。
装甲。
武装。
双発。
積めば積むほど。
飛べなくなる。
その機体を。
何年も。
工夫して使った。
今回は違う。
エンジンに余裕がある。
機体が同じ重量でも。
挙動が違う。
上昇。
旋回。
水平。
加速。
急旋回はしない。
まだ最初の試験。
それでも。
地上から見ているだけで分かる。
苦しそうではない。
---
元ドイツ軍技術者:
「温度」
測定員:
「正常」
「左右差」
「許容範囲」
「振動」
「今のところ問題なし」
元ドイツ軍技術者:
「今のところ、はいらん」
測定員:
「問題なし」
「よし」
息子:
「嬉しそうですね」
「何が」
「顔」
元ドイツ軍技術者:
「見てないで記録しろ」
「記録してます」
少し間。
息子:
「やっぱり嬉しそうです」
父親は答えなかった。
---
片発試験。
片方の出力を落とす。
地上が少し静かになる。
Taureau。
姿勢。
維持。
速度。
旧Bizon乗りが思わず一歩前へ出る。
「……耐える」
元ドイツ軍技術者:
「まだだ」
「でも」
「条件が軽い」
「分かってる」
それでも。
旧Bizonで片発飛行を経験した人間には。
違いが見えた。
余裕。
たったそれだけ。
だが。
空では。
その余裕が。
生きて帰るための距離になる。
---
着陸。
機体が降りる。
滑走路へ。
接地。
走る。
止まる。
人が動く。
整備員。
技術者。
試験員。
機体へ。
操縦士が降りる。
元ドイツ軍技術者:
「どうだ」
操縦士:
「重い」
周囲が少し止まる。
元ドイツ軍技術者:
「知ってる」
「でも」
操縦士が機体を見る。
「前より飛行機らしい」
旧Bizon乗り:
「何だそれ」
操縦士:
「Bizonに乗った人なら分かる」
旧乗り:
「分かる」
---
次。
亡命ポーランド側。
旧Bizon乗りが乗る。
少尉も近づく。
「私も?」
父親から届いた紙を見る。
軍側評価。
飛行経験者。
少尉:
「……書いてある」
旧Bizon乗り:
「伝書鳩も飛ぶのか」
少尉:
「だから違います」
---
飛ぶ。
離陸。
少尉は別の機体からではなく地上で見ることになった。
旧Bizon乗りが操縦。
離陸直後。
無線。
『上がる』
地上側:
「何が」
少し笑った声。
『ちゃんと上がる』
元ドイツ軍技術者が無線を見る。
何も言わない。
でも。
口元だけ。
少し動いた。
---
飛行後。
旧Bizon乗りが降りる。
第一声。
「これをポーランドに寄越せ」
元ドイツ軍技術者:
「無理だ」
「分かってる」
旧乗りは笑う。
「言いたかっただけだ」
少し間。
「これが最初からあればな」
元ドイツ軍技術者:
「エンジンがなかった」
「分かってる」
今度は。
誰も笑わなかった。
---
午後。
武装試験。
フランス製7.5ミリ。
20ミリ。
搭載位置。
反動。
給弾。
照準。
弾薬量。
旧11ミリも比較資料として残っている。
フランス技術者:
「この11ミリは悪くない」
元ドイツ軍技術者:
「悪くはない」
「ではなぜ使わない」
「弾をどこで作る」
フランス技術者が黙る。
「フランスにはフランスの弾がある」
「ならそれを使う」
それだけだった。
---
20ミリ。
試射。
ドン。
機体が揺れる。
記録。
もう一度。
ドン。
元ドイツ軍技術者:
「反動架」
技術者:
「少し動いてます」
「締めるだけじゃ駄目だ」
「補強?」
「それだと重い」
「では」
「形を変える」
鉛筆。
紙。
その場で線を引く。
息子が横から見る。
「変えるんですか」
「ああ」
「何社影響します」
元ドイツ軍技術者:
「知らん」
息子:
「私は知ってます」
「なら頼む」
息子:
「まただ」
---
フランス空軍の試験操縦士も。
ついに乗った。
飛ぶ。
低空。
旋回。
上昇。
片発。
着陸。
降りてくる。
しばらく。
何も言わない。
フランス人士官:
「どうだ」
操縦士は機体を見る。
「速くはない」
元ドイツ軍技術者:
「知ってる」
「重い」
「知ってる」
「戦闘機には勝てない」
「当たり前だ」
操縦士が少し笑う。
「でも」
機体を軽く叩く。
「低いところで使いやすい」
「安定してる」
「双発で」
「装甲があって」
「20ミリを積める」
元ドイツ軍技術者:
「そういう機体だ」
フランス人操縦士:
「なるほど」
---
その日の夕方。
フランス側の会議。
当初の議題。
亡命ポーランド航空部隊向けTaureauの試験結果。
試験記録。
速度。
上昇。
離陸。
着陸。
片発性能。
武装。
整備性。
フランス側の担当者が書類をめくる。
「量産は可能?」
元ドイツ軍技術者の息子:
「部品供給が予定通りなら」
「月産は」
数字。
「増やす場合は」
別の数字。
「国内企業で?」
「大半は」
「エンジンも」
「フランス」
「武装も」
「フランス」
「無線」
「フランス」
「計器」
「フランス」
担当者が少し考える。
「WILK専用品は」
息子が一覧を示す。
少ない。
相手の眉が少し動く。
---
別のフランス軍人が聞く。
「これはポーランド側だけに納入する契約だったな」
ユダヤ人実業家:
「現在は」
「現在は?」
「ご希望次第です」
元ドイツ軍技術者が横を見る。
実業家:
「何です」
「余計なこと言うな」
「商売です」
「まだ試験中だ」
「飛びました」
「一回だ」
実業家:
「一回でも飛んだ」
元ドイツ軍技術者:
「そういう問題じゃない」
---
フランス空軍の試験操縦士が。
会議室の後ろにいた。
紙を見る。
軍人を見る。
そして。
普通に言った。
「我々にも欲しい」
元ドイツ軍技術者が顔を上げる。
「まだ早い」
操縦士:
「飛んだ」
「試験中だ」
「使えそうだった」
「だから試験する」
フランス人士官:
「何機必要だと思う」
元ドイツ軍技術者:
「おい」
操縦士:
「多い方がいい」
「おい」
別の士官:
「対地攻撃部隊なら」
別の一人:
「陸軍協同にも」
元ドイツ軍技術者:
「待て」
ユダヤ人実業家は。
もう紙を出していた。
---
実業家:
「では」
元ドイツ軍技術者:
「では、じゃない」
「フランス空軍向けについても、生産可能数を計算しましょう」
息子:
「部品企業に確認します」
「お前まで!」
息子:
「作れるかどうかを見るだけです」
実業家:
「それで十分です」
元ドイツ軍技術者は周囲を見る。
フランス軍。
企業。
息子。
実業家。
旧Bizon乗り。
全員。
もう次の話を始めていた。
「……まだ試験機だぞ」
誰かが答えた。
「だから増やすんでしょう」
元ドイツ軍技術者は。
しばらく。
何も言わなかった。
---
格納庫。
夜。
試験を終えたTaureauが一機。
静かに置かれていた。
まだ傷も少ない。
塗装も新しい。
ところどころ。
仮の部品。
測定用の印。
修正予定の箇所。
完成品というより。
始まりだった。
旧Bizon乗りが一人。
機体の前に立っている。
少尉が横へ来る。
「まだいましたか」
「見てた」
「何を」
旧乗りは機体を見る。
「ようやく」
少し間。
「Bizonが、欲しかった馬力をもらった」
少尉も見る。
「遅かったですね」
「ああ」
「でも」
旧乗りは笑う。
「間に合った」
その時は。
まだ。
そう思えた。