WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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【WILK社内資料・英国生産協議記録 一九四〇年初頭】

フランスにおけるTaureau試作及び量産準備によって、WILKはBizon系列機の現地化に必要な工程を初めて体系的に記録した。

記録されたのは完成機の図面だけではない。

部品の代替可否。

公差変更。

治具の修正。

配線規格。

無線機搭載位置。

車輪及び制動装置。

油圧系統。

武装架。

照準器。

爆弾懸吊装置。

検査方法。

そして、変更によって発生した失敗。

英国側との協議では、この記録をそのまま利用することが決定された。

ただし、完成した英国型はTaureauの英国製造型とはならなかった。

後年の社内資料は、その理由を簡潔に記している。

「同じ仕事をさせない機体を、同じ図面で作る必要はない」

――WILK航空機開発史より


第220話 雄牛は同じ顔をしない

 

英国側へ渡された資料の最初の頁には、フランスで発生した変更が並んでいた。

 

百二十七項目。

 

元ドイツ軍技術者の息子が、その束を机へ置いた。

 

「これがフランスで一度間違えたものです」

 

英国側の技術者が眉を上げた。

 

「間違えたもの?」

 

「はい」

 

「成功した変更ではなく?」

 

「両方です」

 

次の束を置く。

 

こちらはさらに厚かった。

 

「こちらが、一度間違えた結果、直したものです」

 

英国人技術者がしばらく紙束を見た。

 

「……これを全部渡すのか?」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「英国企業にも利益を出していただきますので」

 

「それと失敗記録に何の関係が?」

 

「同じ失敗をしていただく必要はありません」

 

元金持ちが横から言った。

 

「同じ失敗で二回金を払うのは馬鹿らしいからな」

 

元税務官が資料から顔を上げた。

 

「その表現を正式議事録には入れないでください」

 

「なぜだ。分かりやすい」

 

「分かりやすすぎます」

 

会議が始まった。

 

---

 

最初に問題になったのは、寸法だった。

 

フランス型はメートル法。

 

英国側は帝国単位。

 

当然だった。

 

だが、図面の数字だけ変換すれば済む話ではない。

 

ボルト。

 

ナット。

 

管径。

 

工具。

 

油圧継手。

 

電線。

 

計器。

 

圧力表示。

 

速度表示。

 

燃料量。

 

何もかもが少しずつ違う。

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「換算するな」

 

英国側の技術者が顔を上げた。

 

「何?」

 

「フランス寸法をインチに換算して、そのまま作るな」

 

「では?」

 

「英国で普通に手に入る寸法へ置き換える」

 

息子が補足した。

 

「そのために、フランスで変更して問題が出た箇所を全部持ってきました」

 

一枚の図面を示す。

 

「ここは変更可能」

 

次。

 

「ここも」

 

次。

 

「ここは変えると振動が増えました」

 

さらに次。

 

「ここは寸法ではなく取付板を交換式にした方がいい」

 

英国側技術者が資料をめくった。

 

「つまり、英国版を一から設計するのではない?」

 

「違う」

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「壊していい場所が分かっている」

 

一瞬、沈黙した。

 

ポーランド軍将校が呟いた。

 

「もう少し穏当な言い方はなかったのか」

 

「正確だ」

 

「そうだろうな」

 

---

 

次に武装の話になった。

 

ここで、フランスと英国の要求ははっきり分かれた。

 

フランス側Taureauの暫定標準武装案。

 

機首固定二十ミリ機関砲二門。

 

補助固定機銃七・五ミリ級二挺。

 

後方防御用七・五ミリ級旋回機銃一挺。

 

標準爆装四百キログラム。

 

短距離任務では六百キログラムまで試験。

 

目的。

 

車列。

 

砲兵。

 

陣地。

 

鉄道。

 

軽装甲目標。

 

飛行場。

 

そして、必要なら爆撃機迎撃。

 

速度を失わない範囲で、攻撃力をまとめる。

 

フランス側の将校が言った。

 

「二十ミリ二門で十分だ」

 

英国側の将校が、その資料を見た。

 

「十分?」

 

嫌な間だった。

 

ポーランド軍将校が横を向いた。

 

経験上、こういう声の時は話が長くなる。

 

英国側は別の紙を出した。

 

「我々は前方火力を増やしたい」

 

元ドイツ軍技術者が聞く。

 

「どの程度」

 

「まず二十ミリ二門」

 

「同じだ」

 

「それに機銃四挺」

 

「増えたな」

 

「できれば将来的に二十ミリをさらに二門」

 

部屋が静かになった。

 

元ドイツ軍技術者は英国側を見た。

 

「四門?」

 

「可能なら」

 

「可能かどうかと、必要かどうかは別だ」

 

「必要になるかもしれない」

 

ポーランド軍将校が口を挟んだ。

 

「何を撃つつもりだ」

 

英国側の将校は平然としていた。

 

「まだ決めていない」

 

「決めてから武装を決めろ!」

 

英国人は紙をもう一枚出した。

 

「沿岸攻撃」

 

「増えた」

 

「小型船舶」

 

「増えた」

 

「車列」

 

「それは分かる」

 

「爆撃機」

 

「まあ分かる」

 

「軽装甲車両」

 

「分かる」

 

「場合によっては地上砲陣地」

 

「だから盛るな!」

 

元白軍将校だけは興味深そうだった。

 

「弾が多い方がいい」

 

ポーランド軍将校が振り向く。

 

「あなたは黙っていてください!」

 

「なぜだ」

 

「話が悪化する!」

 

---

 

英国型の暫定案が黒板に書かれた。

 

機首固定二十ミリ機関砲二門。

 

翼内、または翼根部に七・七ミリ機銃四挺。

 

後方防御には英国規格の旋回機銃。

 

爆弾架は英国規格へ変更。

 

さらに。

 

主翼下面の一部には、追加武装または小型爆弾を搭載できる取付部を残す。

 

元ドイツ軍技術者が、その最後の一行を睨んだ。

 

「追加武装とは何だ」

 

英国側技術者が答えた。

 

「まだ決めていない」

 

「消せ」

 

「取付部だけだ」

 

「消せ」

 

「将来使うかもしれない」

 

「使う物が決まってから付けろ」

 

元金持ちが小声で元税務官へ言った。

 

「これは消えないな」

 

「なぜ分かるんです」

 

「客が欲しいと言ってる」

 

「技術者が嫌だと言っています」

 

「だから契約で残る」

 

元税務官が嫌そうな顔をした。

 

「あなた、本当にそういう所だけよく見ていますね」

 

「商売してたからな」

 

その予想は当たった。

 

最終的に追加武装用取付部は残った。

 

元ドイツ軍技術者は非常に不満そうだった。

 

ただし。

 

配線も給弾もまだ付けない。

 

構造補強だけ。

 

それが妥協だった。

 

---

 

武装だけではなかった。

 

フランス側は、陸軍協同を強く意識していた。

 

前線近くの飛行場。

 

荒れた滑走路。

 

短い往復。

 

地上部隊との連絡。

 

低空での攻撃。

 

そのためTaureauには、荒地運用と整備の容易さが強く要求された。

 

英国側は、それを見て別のことを言った。

 

「航続距離をもう少し欲しい」

 

「なぜだ」

 

「海がある」

 

簡単な理由だった。

 

「沿岸部を飛ばす可能性がある」

 

燃料搭載量。

 

増槽。

 

救命装備。

 

無線。

 

航法装置。

 

海上で迷わないための装備。

 

フランス型では優先順位の低かったものが、英国型では上へ来た。

 

さらに英国側は言った。

 

「夜間も使えるようにしたい」

 

ポーランド軍将校が額を押さえた。

 

「まだ増えるのか」

 

「無線と計器照明の話だ」

 

「それなら最初にそう言え」

 

照準器も違った。

 

無線機も違う。

 

酸素装置も違う。

 

爆弾も違う。

 

英国側は当然、自国で大量に存在する爆弾を吊りたがった。

 

フランス型の懸吊装置をそのまま持ち込む理由はない。

 

「二百五十ポンド級」

 

「はい」

 

「五百ポンド級も」

 

「構造的には可能です」

 

「二発?」

 

元ドイツ軍技術者の息子が計算した。

 

「任務半径を削るなら」

 

「なら選択肢として残す」

 

「また選択肢ですか」

 

「英国人は選択肢が好きなのか?」

 

ポーランド軍将校が呟く。

 

元白軍将校が答えた。

 

「選べる方が帰れる」

 

ポーランド軍将校は少し黙った。

 

「……その言い方をされると反論しづらい」

 

---

 

会議の途中。

 

元税務官の前には、別の問題が積まれていた。

 

フランスで生まれた改良を、英国で使った場合。

 

誰の設計か。

 

誰が製造権を持つのか。

 

フランス企業が考案した変更はどう扱うのか。

 

英国企業がさらに改良した場合、その権利は誰にあるのか。

 

元税務官は契約案を読んだ。

 

そして顔をしかめた。

 

「これでは駄目です」

 

実業家が見る。

 

「どこが?」

 

「英国企業が変更した部分を、その企業だけが独占できます」

 

「契約上はそう読めますね」

 

「そう読めますね、ではありません」

 

元金持ちが横から覗く。

 

「逆に言えば、英国企業へ利益を残せる」

 

「あなたは黙ってください」

 

「まだ何もしてない」

 

「する顔です」

 

実業家は少し考えた。

 

「ではこうしましょう」

 

英国企業が考案した変更。

 

その企業には優先的な製造権と対価を与える。

 

ただし、戦争・占領・生産停止などで供給不能になった場合、WILKは別企業で生産できる。

 

フランス側の改良も同じ。

 

利益は守る。

 

独占で会社全体を止める権利までは与えない。

 

元税務官が条文を書き直した。

 

「これなら」

 

元金持ちが言った。

 

「抜け道は?」

 

「探さないでください!」

 

ユダヤ人実業家は笑っていた。

 

「彼には探してもらった方がいいですよ」

 

「なぜです」

 

「こちらが見つけられる抜け道は、相手も見つけられます」

 

元税務官は止まった。

 

元金持ちが得意そうな顔をした。

 

「ほら」

 

「嬉しそうにしないでください」

 

仕事がまた増えた。

 

---

 

数日後。

 

英国側の試作用図面が完成した。

 

Taureauと並べれば、親戚であることはすぐ分かった。

 

胴体。

 

主翼。

 

双発の配置。

 

大きな車輪。

 

半ば露出した主脚。

 

点検口の多さ。

 

荒地でも扱える頑丈な構造。

 

すべてBizonから続くものだった。

 

だが。

 

中身は違った。

 

英国製発動機。

 

英国製プロペラ。

 

英国規格の車輪とブレーキ。

 

英国の無線。

 

英国の計器。

 

英国の電装。

 

英国の酸素装置。

 

英国の爆弾架。

 

英国の弾薬。

 

英国の工具で外せるボルト。

 

そして英国が欲しがった武装。

 

ポーランド軍将校が二枚の仕様表を並べた。

 

「同じ飛行機には見えんな」

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「同じではない」

 

「元は同じだろう」

 

「骨は同じだ」

 

フランス型Taureau。

 

前線へ近づき。

 

短く飛び。

 

地上部隊を助け。

 

帰ってくる。

 

英国型。

 

より遠くへ行き。

 

海上も飛び。

 

重い火力を持ち。

 

必要なら爆撃機を迎え。

 

必要なら車列を叩き。

 

必要なら小型船を撃つ。

 

何にでも使える機体ではない。

 

だが。

 

単発戦闘機へやらせるには重すぎる仕事。

 

爆撃機へやらせるには小さすぎる仕事。

 

専用機を一から用意するには数が足りない仕事。

 

そこへ入る。

 

英国側将校が仕様書を見ながら言った。

 

「これは重戦闘機か?」

 

元ドイツ軍技術者が即答した。

 

「違う」

 

「軽爆撃機?」

 

「違う」

 

「陸軍協同機?」

 

「それだけでもない」

 

「沿岸攻撃機?」

 

「場合による」

 

英国側将校が困った顔をした。

 

「では何なんだ」

 

しばらく誰も答えなかった。

 

ポーランド軍将校が機体を見た。

 

「戦闘機と戦うための飛行機ではない」

 

「もちろんだ」

 

「爆撃機ほど爆弾も積まない」

 

「そうだ」

 

「だが、戦闘機だけではやらせたくない仕事には行ける」

 

元白軍将校が言った。

 

「帰って来られるなら、それでいい」

 

元ドイツ軍技術者は少しだけ頷いた。

 

英国側将校も機体を見る。

 

そして。

 

「名前がないな」

 

そこで全員が止まった。

 

---

 

フランスではTaureau。

 

雄牛。

 

Bizonから別の土地へ移り、別の部品を付け、それでも同じ思想を持つ機体。

 

英国側の技術者が言った。

 

「フランス語では雄牛なんだろう?」

 

「そうです」

 

「なら英語にすればいい」

 

ポーランド軍将校が眉を上げた。

 

「そんなのでいいのか?」

 

英国人は不思議そうに返した。

 

「分かりやすいだろう」

 

元ドイツ軍技術者が仕様書の表紙を見る。

 

その横で息子が鉛筆を取った。

 

仮称の文字を消す。

 

そして書いた。

 

BULL.

 

ポーランド軍将校が読む。

 

「Bull」

 

「雄牛だ」

 

「そのままだな」

 

「そのままだ」

 

元金持ちが言った。

 

「名前まで現地調達か」

 

元税務官がため息をついた。

 

「商標だけは確認します」

 

皆が彼を見た。

 

「何ですか」

 

「いや」

 

ポーランド軍将校が笑った。

 

「もう完全にその役だな」

 

元税務官は何も答えなかった。

 

返事をすると仕事が増える気がした。

 

こうして。

 

フランスで生まれたTaureauの経験から。

 

英国で別の雄牛が生まれた。

 

同じ骨格。

 

違う部品。

 

違う武装。

 

違う仕事。

 

そして。

 

違う会社が儲かる。

 

WILKは同じ飛行機を世界へ売ろうとはしなかった。

 

同じ考え方を。

 

その土地で作れる飛行機へ変えていた。

 

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