【WILK米国法人・食品事業再編記録 一九四〇年】
米国農業部門の契約農家拡大に伴い、WILKは新たな問題に直面した。
農家を残すためには、作物を買わなければならない。
しかし。
買った農産物を腐らせれば、農家を救ったことにはならない。
牛乳。
小麦。
トウモロコシ。
果物。
卵。
野菜。
地域ごとに量も収穫時期も異なり、価格変動も大きかった。
このためWILKは、ポーランド時代に食品関連事業へ携わっていた者を米国へ集め、既存の技術を再利用した。
製パン。
乳製品。
冷菓。
果汁。
乾燥。
保存食。
酒造。
当時の議事録には、次の一文が残されている。
「余った物を捨てる前に、食べ方を増やせ」
この方針は後に、WILK食品事業の基本原則の一つとなった。
――WILK食品事業史・米国編より
会議室の机に牛乳瓶が並んでいた。
その隣に小麦。
トウモロコシ。
リンゴ。
桃。
卵。
そして。
なぜか酒瓶。
元税務官は、最後の一本だけを見た。
「なぜ酒があるんです」
酒造部門の男が答えた。
「食品会議だからです」
「酒です」
「飲める」
「そういう問題ではありません」
パン部門の男が横から口を挟んだ。
「放っておけ。こいつらは何を見ても酒にする」
「果物は酒になります」
「牛乳は?」
酒造部門が少し考えた。
元税務官が止めた。
「考えなくていいです」
久しぶりだった。
ポーランドで食品加工をしていた連中が、再び同じ机を囲んでいる。
ただし場所はアメリカだった。
そして。
机の上にある材料の量が違った。
とにかく多い。
アイス部門の担当者が牛乳瓶を持ち上げた。
「これだけあるなら、まず冷やしたい」
「どのくらい?」
「全部」
「冷蔵庫が足りん」
「なら増やす」
老農夫が横から言った。
「増やす前に使え」
視線が集まった。
老人は椅子に座っていた。
すでに正式な会議出席者のような扱いになっている。
本人だけが認めていなかった。
「昨日も牛乳を捨てようとしとった農家がおった」
「値段がつかない?」
ユダヤ人実業家が聞く。
「全部買うほど飲む奴がおらんのじゃ」
アイス部門が即答した。
「ならアイスです」
パン部門。
「バター」
別の担当。
「チーズ」
さらに。
「濃縮乳」
「乾燥は?」
「設備があれば」
老農夫が机を叩いた。
「そういうのじゃ」
「何がです?」
「牛乳を牛乳のまま売るしかないから余る」
老人はリンゴを掴んだ。
「これもじゃ」
果汁部門。
「ジュース」
パン部門。
「ジャム」
乾燥担当。
「乾燥果実」
酒造部門。
「酒」
全員が酒造部門を見た。
「何です」
「いや」
「間違ってないでしょう」
間違ってはいなかった。
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小麦。
パン。
クラッカー。
ビスケット。
麺。
保存パン。
トウモロコシ。
粉。
粥。
パン。
焼き菓子。
飼料。
澱粉。
酒造部門が手を挙げる。
「酒」
「分かったから毎回言うな」
ポーランド軍将校がいないのに、なぜか同じ役割をパン部門が担っていた。
老農夫は言った。
「全部作れとは言っとらんぞ」
「では?」
「売れるものを作れ」
ユダヤ人実業家が頷いた。
「その通りです」
食品部門の何人かが顔を見合わせた。
「何が売れる?」
そこで会議が止まった。
作れる物は分かる。
ポーランドで何を売っていたかも分かる。
だが。
ここはアメリカだった。
元金持ちが言った。
「なら見に行けばいい」
「どこへ?」
「店だ」
簡単だった。
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数日後。
WILK食品部門の面々は、アメリカの街を歩いていた。
最初に入ったのは、小さな食料品店だった。
扉を開けるとベルが鳴る。
棚。
缶詰。
瓶。
粉。
パン。
石鹸。
菓子。
壁際には冷蔵設備。
店主は客を知っていた。
「あの家はいつもこれを買う」
「あの人は給料日まで掛けだ」
「あの家は子供が多い」
そんな話まで出る。
元金持ちが小声で言った。
「店が帳簿持ってるな」
元税務官が反応した。
「見ないでください」
「まだ何もしてないぞ」
「あなたは見ると考えるでしょう」
その店で売れていたのは、高級品ばかりではなかった。
パン。
缶詰。
牛乳。
卵。
バター。
安い菓子。
保存の利く食品。
少量ずつ買えるもの。
家族で分けられるもの。
そして。
子供が欲しがる甘いもの。
アイス部門の男が冷蔵箱を覗いた。
「アイスがあります」
「売れるのか」
「聞いてみます」
店主に聞く。
答えは単純だった。
「暑けりゃ売れる」
「冬は?」
「少し減る」
「高いのは?」
「たまに」
「安いのは?」
「よく出る」
食品部門の何人かが同時に手帳を開いた。
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次に入った店は違った。
広い。
客が自分で商品を取る。
籠へ入れる。
店員へ一つずつ頼まない。
パン部門が驚いた。
「勝手に取るのか?」
「そうらしい」
「盗られんのか?」
元金持ちが言った。
「盗る奴もいるだろうな」
「それでも?」
「人を減らせる。客は好きなだけ見て回る」
実業家が棚を見た。
大量に並んでいる。
同じ商品。
同じ包装。
同じ値札。
「これは面白い」
元税務官が嫌そうな顔をした。
「その顔をすると仕事が増えるのでやめてください」
「何も言ってません」
「分かります」
店内を歩く。
客は一つではなく、いくつも買っている。
大きな袋。
缶。
瓶。
箱。
冷蔵設備がある家庭なら、生鮮品も以前よりまとめて持ち帰れる。
小さな店。
新しい大型店。
どちらにも需要があった。
だが。
求められているものは似ていた。
安定している。
扱いやすい。
保存できる。
値段が分かりやすい。
また買える。
そして。
棚から突然消えない。
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その日の夕方。
食品部門は喫茶店へ入った。
アイスクリームが運ばれてくる。
ガラス器。
スプーン。
ソース。
果物。
「高いな」
老農夫が言った。
「外食ですから」
アイス部門が食べる。
少し考える。
「うちならもっと安くできる」
「味を落とすのか」
「違う」
彼はスプーンを置いた。
「材料をまとめて買える」
牛乳。
砂糖。
果物。
冷蔵。
配送。
全部を一本にすればいい。
「高級品にはしない?」
実業家が聞く。
「高級品は高級品の店があります」
「では何を」
アイス部門は、周囲の家族連れを見た。
子供が食べている。
親も食べている。
「普通の人が、また来週買えるものを」
実業家が少し笑った。
「いいですね」
老農夫が言った。
「一回売るよりええ」
それだった。
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会議室へ戻ると。
黒板に商品候補が並んだ。
牛乳。
バター。
チーズ。
アイスクリーム。
果汁。
ジャム。
乾燥果実。
パン。
クラッカー。
ビスケット。
保存食。
缶詰。
そこへ酒造部門が書いた。
果実酒。
蒸留酒。
パン部門が消そうとした。
酒造部門が阻止した。
「保存できる!」
「子供に売れん!」
「大人に売れる!」
「欄を分けろ!」
元税務官が叫んだ。
「商品分類を分けてください!」
酒造部門が渋々別の欄を作った。
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だが。
作るだけでは足りない。
元金持ちが言った。
「売る場所はどうする」
「店を作ります?」
米国側担当者が言った。
老農夫が即座に嫌な顔をした。
「また全部自分でやるのか」
「では?」
「店はもうあるじゃろ」
実業家が頷いた。
「既存店へ卸しましょう」
「大型店にも?」
「もちろん」
「小さい店にも?」
「そちらを優先してもいい」
元金持ちが尋ねる。
「冷蔵設備がない店は?」
アイス部門が答えた。
「売れません」
実業家は少し考えた。
「貸しましょう」
「冷蔵箱を?」
「はい」
元税務官が顔を上げる。
「所有権は?」
「WILK」
「修理責任は?」
「こちら」
「電気代は?」
「店側」
「商品を扱わなくなった場合は?」
「返却」
元税務官は紙へ書き始めた。
元金持ちが言った。
「冷蔵箱を置けば、他の商品も冷やせるな」
「貸与条件を変に縛らないでください」
「まだ何も言ってない」
「先に言っておきます」
老農夫は満足そうだった。
「店も食える」
「はい」
「加工場も食える」
「はい」
「運ぶ奴も食える」
「はい」
「農家も食える」
「はい」
「ならええ」
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そして。
最初の試験販売が始まった。
アイス。
チーズ。
パン。
果汁。
ジャム。
特別高級ではない。
特別安物でもない。
だが。
同じ物が次の週にも来た。
その次の週にも。
店主から問い合わせが来る。
「また持って来られるか」
答えは。
「はい」
だった。
別の店から。
「果物味のアイスは?」
「作れます」
別。
「チョコは?」
「材料があれば」
別。
「コーヒー味は?」
「コーヒーがあれば」
食品部門の人間が少しずつ黙った。
材料が足りない。
いや。
アメリカ国内だけを見るから足りない。
ユダヤ人実業家が地図を見た。
その視線が南へ動いた。
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その頃。
大西洋の向こう。
英国。
元白軍将校の親族の家には、今日も本人の望まない来客が来ていた。
「だから」
家主は言った。
「ここはWILKの事務所ではない」
英国政府の役人は頷いた。
「承知しています」
「ならなぜ来る」
「あなたの親族がいるからです」
「いない」
奥から声がした。
「いるぞ」
家主が目を閉じた。
元白軍将校が出てきた。
「何だ」
英国政府の役人は資料を出した。
「アメリカで食品加工を始めたそうですね」
家主が元白軍将校を見た。
「聞いてないぞ」
「俺も詳しくは知らん」
「お前の会社だろう」
「俺の会社ではない」
この家で何度目か分からない会話だった。
役人は構わず続けた。
「乳製品」
「あるらしい」
「小麦加工」
「ある」
「果物」
「あるな」
「冷蔵倉庫」
「ある」
「冷蔵輸送」
「増やしてる」
役人の目が変わった。
「どのくらい」
元白軍将校は答えなかった。
「知らん」
「調べられるか」
「連絡はできる」
家主が口を挟む。
「ここからするな」
誰も聞かなかった。
英国政府の役人はさらに言った。
「英国では食料を大量に必要としている」
元白軍将校が答える。
「知っている」
「アメリカで作れるなら」
少し間を置く。
「こちらへ回せるかもしれない」
元白軍将校は考えた。
「直接か?」
「可能なら」
「アイルランドがある」
役人が止まった。
「アイルランド?」
「農地」
一つ。
「食品加工」
二つ。
「倉庫」
三つ。
「英国の近く」
四つ。
家主が頭を抱えた。
「まさか」
元白軍将校は平然としていた。
「一度そこへ送ればいい」
「お前」
「何だ」
「いつからそんなことまで考えるようになった」
元白軍将校は少し考えた。
「周りがやっているのを見て覚えた」
家主は天井を見た。
最悪だった。
役人はすでに手帳へ書いていた。
アメリカ。
アイルランド。
英国。
食品。
倉庫。
加工。
輸送。
「詳しい資料が欲しい」
「頼めば来る」
「誰に?」
元白軍将校は少し考えた。
そして。
「多分、また会議になる」
家主が呟いた。
「うちではやるなよ」
誰も返事をしなかった。
---
同じ頃。
アメリカの食品会議では。
アイス部門が黒板を見ながら言った。
「砂糖をもっと安定して欲しい」
果汁部門。
「果物も」
菓子担当。
「カカオ」
別の者。
「コーヒー」
酒造部門。
「砂糖」
元税務官が顔を上げた。
「あなた方は何に使うんです」
「酒」
「聞いた私が悪かった」
ユダヤ人実業家は地図の南側へ視線を落とした。
WILKには。
すでにそこにも。
人がいた。