WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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【WILK食品部門・米国商品開発記録 一九四〇年】

後に「Wolf Pack」の商品名で知られる食用容器は、当初から惣菜用として設計されたものではない。

開発目的は単純だった。

冷菓を手で持てること。

溶けた内容物が指へ流れにくいこと。

容器そのものを食べられること。

しかし試作段階で、欧州に古くから存在する食用の皿パン、中南米の薄焼き穀物生地、米国で広く普及していたアイスクリーム用食用容器の発想が混在。

最終的には、

「柔らかい外皮」

及び

「硬い内皿」

の二枚を組み合わせる構造となった。

本来用途は冷菓であった。

惣菜用途を最初に確認したのは、WILK社員ではない。

試供品を受け取った小売店主である。

なお、その結果として、WILK食品部門は米国における食用容器関連特許の調査、契約見直し、販売用途の再定義を行うこととなった。

――WILK食品商品史『Wolf Pack以前』より



第224話 持って、詰めて、食べろ

 

「肉を入れた?」

 

アイス部門の担当者が聞いた。

 

店主は頷いた。

 

「肉を入れた」

 

「豆も?」

 

「入れた」

 

「チーズも?」

 

「少し」

 

「なぜです?」

 

店主は不思議そうな顔をした。

 

「余ってたからだ」

 

会話はそこで終わるはずだった。

 

終わらなかった。

 

前日の試供品。

 

柔らかい大きな丸い生地。

 

その上に置く。

 

少し小さい。

 

硬い丸い生地。

 

本来なら。

 

硬い方へアイスを載せる。

 

柔らかい方で左右から軽く包む。

 

溶けた分は硬い内皿が受ける。

 

外側は手で持つためのもの。

 

だった。

 

だが。

 

店主は昼飯の残りを載せた。

 

肉。

 

豆。

 

チーズ。

 

少しの玉ねぎ。

 

左右から巻いた。

 

食べた。

 

「うまかった」

 

アイス部門は額を押さえた。

 

「甘くなかったですか」

 

「試作品は薄味だっただろ」

 

「アイスにも合うようにです」

 

「だから肉にも合った」

 

パン部門の担当者が横から見ていた。

 

そして。

 

言ってはいけないことを言った。

 

「確かに」

 

アイス部門が振り向く。

 

「確かにじゃない」

 

店主はさらに言った。

 

「今朝は卵を入れた」

 

「増えてる!」

 

「ベーコンも」

 

「増やすな!」

 

「客にも出した」

 

全員が止まった。

 

「……売ったんですか?」

 

「売れたぞ」

 

---

 

その日の午後。

 

試作品が会議室へ持ち込まれた。

 

柔らかい丸。

 

硬い丸。

 

老農夫が一枚ずつ見る。

 

「なんじゃこれ」

 

「アイス用です」

 

「さっき肉を包んどったぞ」

 

「本来はです」

 

酒造部門が硬い方を噛んだ。

 

「つまみになる」

 

「あなたは黙っていてください」

 

元税務官が最初から疲れていた。

 

まだ何も起きていない。

 

だが。

 

こういう時。

 

何か起きる。

 

経験で分かっていた。

 

パン部門が説明する。

 

「外側は柔らかく焼きます」

 

指で折る。

 

曲がる。

 

「内側は少し硬く」

 

叩く。

 

乾いた音がする。

 

「汁気を受ける」

 

「それを重ねる?」

 

「はい」

 

「なぜ二枚?」

 

元ドイツ軍技術者が聞いた。

 

なぜかいた。

 

食品部門に呼ばれたらしい。

 

パン部門は答えた。

 

「一枚で全部やろうとしたら失敗したので」

 

元ドイツ軍技術者は少し考えた。

 

「正しい」

 

食品部門がざわついた。

 

「技術者に認められた」

 

「食べ物ですよ」

 

元税務官が言う。

 

元ドイツ軍技術者は構わなかった。

 

「柔らかいものへ剛性を求めるな」

 

硬い内皿を持つ。

 

「硬いものへ包む能力を求めるな」

 

柔らかい外皮を持つ。

 

「分けろ」

 

パン部門が頷いた。

 

「分けました」

 

「ならいい」

 

それだけ言って帰ろうとした。

 

老農夫が止めた。

 

「食っていかんのか」

 

技術者は戻った。

 

---

 

試食が始まった。

 

最初。

 

アイス。

 

硬い内皿へ載せる。

 

柔らかい外皮を左右から巻く。

 

手が汚れにくい。

 

溶けても内側が受ける。

 

次。

 

肉と豆。

 

同じ。

 

次。

 

卵とチーズ。

 

同じ。

 

次。

 

果物とクリーム。

 

同じ。

 

さらに。

 

硬い内皿だけを普通の皿のように置き。

 

肉。

 

野菜。

 

ソース。

 

ナイフとフォーク。

 

老農夫が食べる。

 

「これは喫茶店でも出せるな」

 

元金持ちが見る。

 

「持ち帰りにも」

 

「工場の昼飯にも」

 

「子供にも」

 

「アイスにも」

 

「朝飯にも」

 

元税務官が口を挟んだ。

 

「待ってください」

 

誰も止まらない。

 

「左右から巻けば持てる」

 

「四方から畳めば中身が落ちにくい」

 

「開いたままなら皿」

 

「硬い方だけでも菓子になる」

 

「柔らかい方だけでも使える」

 

「待ってください!」

 

ようやく止まった。

 

元税務官は紙を持っていた。

 

「これは何です」

 

パン部門が答えた。

 

「食品です」

 

「そういう意味ではありません」

 

「パン?」

 

「疑問形を付けないでください」

 

アイス部門。

 

「冷菓容器」

 

店主。

 

「昼飯」

 

元金持ち。

 

「商品」

 

酒造部門。

 

「つまみ」

 

元税務官が机へ紙を置いた。

 

「分類してください!」

 

---

 

ユダヤ人実業家は。

 

少し離れたところで。

 

楽しそうに見ていた。

 

元税務官が気づく。

 

「笑ってないでください」

 

「便利そうなので」

 

「便利と合法は別です」

 

その一言で。

 

空気が変わった。

 

実業家も頷く。

 

「それは確認しましょう」

 

元税務官は資料を出した。

 

すでに調べ始めていた。

 

米国には。

 

食べられるアイスクリーム容器に関する特許がいくつも存在していた。

 

円錐。

 

平底。

 

複数の区画。

 

液だれを受ける構造。

 

二重容器。

 

箱型。

 

長年。

 

多くの人間が。

 

「手を汚さずアイスを食べたい」

 

と考えていた。

 

当然。

 

特許も多かった。

 

「完全に同じものは?」

 

実業家が聞く。

 

「今のところ見つかっていません」

 

元税務官が答える。

 

「なら問題ない?」

 

元金持ちが聞いた。

 

「そう簡単なら法律家はいりません」

 

「お前、もう法律家みたいになってるな」

 

「誰のせいですか」

 

元税務官は続けた。

 

「問題は、部品ごとに似ている点があることです」

 

硬い食用容器。

 

ある。

 

手で持てる容器。

 

ある。

 

液だれ対策。

 

ある。

 

二重構造。

 

ある。

 

「ではうちは?」

 

「柔らかい外皮と硬い内皿を組み合わせています」

 

「違うな」

 

「違います」

 

「なら?」

 

「既存特許の請求範囲を全部確認します」

 

元金持ちが顔をしかめる。

 

「全部?」

 

「全部です」

 

「何件ある」

 

元税務官は答えなかった。

 

答えたくなかった。

 

---

 

問題はそれだけではなかった。

 

店主が手を挙げる。

 

「肉を入れた場合は?」

 

元税務官が見る。

 

「あなたです」

 

「何が」

 

「あなたが勝手に肉を入れた」

 

「うまかったぞ」

 

「味の話ではありません!」

 

元税務官は資料をひっくり返した。

 

「WILKは冷菓用試作品として渡した」

 

「そうだな」

 

「あなたは惣菜へ転用した」

 

「そうだな」

 

「販売までした」

 

「売れた」

 

「だから売れたは法的説明になりません!」

 

元金持ちが笑いを堪えている。

 

元税務官は続けた。

 

「もし特定用途で他社の権利に触れるなら、誰がその用途を勧めたかも問題になります」

 

実業家が頷く。

 

「なるほど」

 

「ですから」

 

元税務官は店主を指した。

 

「今後、勝手に新用途を広告しない」

 

次。

 

食品部門。

 

「新しい使い方を思いついたら先に法務へ」

 

食品部門が嫌な顔をする。

 

次。

 

元金持ち。

 

「抜け道を見つけても勝手に使わない」

 

「俺だけ扱い違わないか?」

 

「違います」

 

最後。

 

酒造部門。

 

「酒を入れない」

 

「なぜ!?」

 

「今は法律の話です!」

 

---

 

数日後。

 

正式な特許調査結果が出た。

 

完全一致。

 

なし。

 

完全に安全。

 

とも言えない。

 

元税務官の顔が。

 

最悪だった。

 

「一番嫌な結果ですね」

 

実業家が聞く。

 

「なぜ?」

 

「白黒なら楽なんです」

 

既存特許の中には。

 

形状が違う。

 

構造も違う。

 

しかし。

 

食べられる容器。

 

手持ち。

 

液体や半固形物を保持。

 

二重構造。

 

その一部が。

 

近い。

 

「争えば?」

 

元金持ちが聞く。

 

「争えます」

 

「勝てる?」

 

「分かりません」

 

「負ける?」

 

「分かりません」

 

元金持ちは黙った。

 

「法律って面倒だな」

 

「今さらですか」

 

そこへ。

 

一通の書簡が届いた。

 

米国の食用容器メーカー。

 

その代理人。

 

丁寧だった。

 

非常に丁寧だった。

 

そして。

 

非常に嫌な内容だった。

 

自社特許との関係について説明を求める。

 

販売停止。

 

または。

 

協議。

 

元税務官は読み終え。

 

天井を見た。

 

「来ました」

 

実業家が言った。

 

「会いましょう」

 

「即答ですね」

 

「裁判より安いでしょう」

 

元金持ちが口を挟む。

 

「まだ裁判になると決まってないぞ」

 

元税務官が睨む。

 

「あなたが言うと逆に不安になります」

 

---

 

会談。

 

相手側には。

 

会社役員。

 

弁護士。

 

技術担当。

 

WILK側には。

 

ユダヤ人実業家。

 

元税務官。

 

元金持ち。

 

食品部門。

 

そして。

 

なぜか老農夫。

 

「なんでわしまで」

 

「食べたでしょう」

 

「食ったら裁判に出るのか」

 

「会談です」

 

相手企業の弁護士が資料を広げた。

 

「御社製品は、当社保有特許に近い特徴を有しています」

 

元税務官が答える。

 

「形状及び構造は異なります」

 

「食用容器である点」

 

「それ自体は既知です」

 

「二重構造」

 

「一方は容器というより柔軟包装です」

 

「内容物を保持する」

 

「食品容器なので当然です」

 

静かだった。

 

元金持ちは。

 

ものすごく楽しそうだった。

 

元税務官は。

 

気づいていた。

 

嫌だった。

 

相手側が聞く。

 

「開発元はアイスクリームコーンですか」

 

食品部門。

 

「一部は」

 

「一部?」

 

「欧州の皿パンも参考にしています」

 

相手弁護士が止まる。

 

「皿パン?」

 

「食べられる皿です」

 

「それから現地の薄焼き生地」

 

「トルティーヤ?」

 

「似ていますが、配合は違います」

 

相手側の技術担当が聞く。

 

「ではこれは何なのです」

 

老農夫が答えた。

 

「食える皿じゃ」

 

元税務官が目を閉じた。

 

---

 

会談は。

 

三時間続いた。

 

結論。

 

双方。

 

決定打がなかった。

 

WILK側の商品は確かに違う。

 

だが。

 

既存特許群と完全無関係とも言い切れない。

 

相手企業の権利も。

 

あらゆる食用容器を独占できるほど広くはない。

 

裁判はできる。

 

長くなる。

 

金もかかる。

 

実業家が聞いた。

 

「御社は製造能力がありますね」

 

相手企業の役員が答える。

 

「あります」

 

「販売網も」

 

「あります」

 

「なら」

 

元税務官が嫌な予感を覚えた。

 

実業家は続けた。

 

「一緒に売りませんか」

 

相手側が黙った。

 

元金持ちが笑う。

 

「出た」

 

元税務官が頭を抱えた。

 

---

 

提案は単純だった。

 

WILKは。

 

相手企業が保有する関連技術の一部について正式ライセンスを受ける。

 

相手企業は。

 

WILKの柔軟外皮と硬質内皿を組み合わせる構造について。

 

一定条件下で製造できる。

 

WILK独自製法については。

 

別途使用料。

 

既存販売網も使う。

 

地域によっては相手側工場でも生産。

 

互いの権利を認める。

 

互いの市場を完全には塞がない。

 

裁判はしない。

 

元税務官が契約案を見た。

 

「……これなら」

 

相手側弁護士も見る。

 

「合理的です」

 

元金持ちが言った。

 

「最初からこうすればよかったな」

 

両方の弁護士が同時に彼を見た。

 

「何だ」

 

---

 

問題が一つ残った。

 

名前。

 

食品部門がいくつか案を出していた。

 

Corn Plate.

 

Edible Wrap.

 

Double Dish.

 

Pack Bread.

 

老農夫が全部嫌そうな顔をした。

 

「覚えにくい」

 

アイス部門も。

 

「弱いですね」

 

元金持ちが二枚を持った。

 

柔らかい外皮。

 

硬い内皿。

 

「二枚で一つ」

 

「はい」

 

「中身も一緒」

 

「はい」

 

「全部まとめて食う」

 

「はい」

 

少し考える。

 

そして。

 

「WILKなら狼でいいだろ」

 

元税務官が顔を上げた。

 

「またそういう決め方を」

 

「群れで一つ」

 

元金持ちは言った。

 

「Wolf」

 

一枚。

 

「Pack」

 

もう一枚。

 

食品部門が黙った。

 

「Wolf Pack」

 

アイス部門が繰り返す。

 

「覚えやすい」

 

老農夫。

 

「食い物には見えんな」

 

元税務官。

 

「私もそう思います」

 

実業家は笑った。

 

「だから覚えられる」

 

決まった。

 

---

 

広告担当が。

 

三日後。

 

紙を持ってきた。

 

中央に大きく。

 

WOLF PACK

 

その下。

 

Hold it.

 

Fill it.

 

Eat it.

 

元税務官が読んだ。

 

「持て」

 

次。

 

「詰めろ」

 

次。

 

「食え」

 

顔を上げる。

 

「軍用品みたいですね」

 

元金持ちが笑う。

 

「分かりやすいだろ」

 

「分かりやすすぎます」

 

広告担当は。

 

使い方の絵も用意していた。

 

左右から巻く。

 

四方から畳む。

 

開いたまま皿。

 

アイス。

 

肉。

 

豆。

 

卵。

 

果物。

 

老農夫は絵を見た。

 

「これなら字が読めんでも分かる」

 

その一言で。

 

元税務官は少しだけ黙った。

 

そして。

 

「……そこはいいですね」

 

認めた。

 

---

 

販売開始。

 

小売店。

 

喫茶店。

 

アイスクリーム店。

 

工場周辺の軽食店。

 

最初は少量。

 

だが。

 

使い方が増えた。

 

客も勝手に考えた。

 

余ったシチュー。

 

卵。

 

チーズ。

 

肉。

 

果物。

 

アイス。

 

クリーム。

 

店側も考えた。

 

朝食。

 

昼食。

 

間食。

 

子供向け。

 

持ち帰り。

 

軽食。

 

WILK側が想定していない食べ方が。

 

また増えた。

 

元税務官は。

 

今度こそ先回りした。

 

商品箱へ一文を追加させた。

 

『食品用途の範囲内で自由に使用可能』

 

元金持ちが読んだ。

 

「随分諦めたな」

 

元税務官が答えた。

 

「止める方が無理です」

 

「成長したな」

 

「誰のせいだと」

 

---

 

数週間後。

 

英国向けの食品資料にも。

 

Wolf Packの名が載った。

 

冷菓用。

 

軽食用。

 

食用容器。

 

保存性良好。

 

乾燥状態で大量輸送可能。

 

英国政府の役人が。

 

その資料を見た。

 

「Wolf Pack?」

 

元白軍将校の親族が覗く。

 

「何だこれは」

 

「食品らしい」

 

「食品?」

 

「食べられる容器」

 

親族はもう一度名前を見る。

 

WOLF PACK.

 

しばらく黙った。

 

「……別の意味に聞こえるな」

 

役人も黙った。

 

「今はまだ言うな」

 

「何を」

 

「嫌な予感がする」

 

その予感は。

 

後に。

 

当たることになる。

 

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