WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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【WILK米州食品流通部・地方集荷網整備記録 一九四〇年】

中南米からの食品原料調達開始後。

WILKは、契約量と実際の入荷量の間に差があることを確認した。

原因の多くは。

生産量ではなかった。

道だった。

集荷場だった。

車両だった。

橋だった。

雨だった。

燃料だった。

修理部品だった。

農家が商品を作ることと。

その商品が港へ届くことは。

同じではない。

特に傷みやすい果物については。

収穫後の数時間。

一日。

二日。

その違いが。

商品と廃棄物を分けた。

そこでWILKは。

農地そのものの取得ではなく。

集荷場。

簡易倉庫。

秤量設備。

道路補修。

排水溝。

小橋。

車両。

修理設備。

現地運送業者への融資。

これらへの投資を開始した。

後年。

WILK米州事業史では。

この方針について。

次の一文が記されている。

「果物は港まで歩かない」

――WILK米州物流史より


第226話 果物は港まで歩かない

 

アメリカでは。

 

Wolf Packが売れていた。

 

最初に売れたのは。

 

アイスクリームだった。

 

当然だった。

 

元々。

 

そのために作った。

 

バニラ。

 

チョコレート。

 

果物。

 

コーヒー。

 

柔らかい外皮。

 

硬い内皿。

 

載せる。

 

巻く。

 

食べる。

 

広告には。

 

大きく。

 

WOLF PACK

 

その下。

 

Hold it.

 

Fill it.

 

Eat it.

 

小さな店の主人が。

 

箱から一つ取り出した。

 

「最近、子供が名前で頼むんだ」

 

食品部門の調査員が聞いた。

 

「Wolf Packを?」

 

「ああ」

 

「中身ではなく?」

 

「中身も言う」

 

店主は笑った。

 

「チョコのWolf Packとか、果物のWolf Packとか」

 

そこへ。

 

少年が入ってきた。

 

「Wolf Pack一つ」

 

店主が聞く。

 

「何を入れる?」

 

「チョコ」

 

調査員が手帳へ書いた。

 

商品名が。

 

容器そのものの名前になり始めていた。

 

---

 

別の店では。

 

事情が違った。

 

工場労働者が昼休みに来る。

 

注文。

 

「卵と肉」

 

Wolf Packへ入れる。

 

巻く。

 

紙を一枚。

 

渡す。

 

座らずに食う。

 

別の男。

 

豆。

 

肉。

 

チーズ。

 

別。

 

昨日の煮込み。

 

「煮込み?」

 

調査員が聞いた。

 

店主が平然と答えた。

 

「汁を減らしてある」

 

「漏れません?」

 

「硬い皿が受ける」

 

食べ方を。

 

店の方が進化させていた。

 

店主は言った。

 

「皿を洗わなくていいのが楽だ」

 

調査員が書く。

 

洗い物減少。

 

さらに。

 

「割れ物も減った」

 

書く。

 

食器補充減少。

 

「持ち帰れる」

 

書く。

 

「残ったら?」

 

店主が笑った。

 

「包みまで食う」

 

書いた。

 

---

 

喫茶店では。

 

Wolf Packは巻かれていなかった。

 

皿の上に。

 

柔らかい外皮。

 

その上に硬い内皿。

 

さらに。

 

アイス。

 

果物。

 

ソース。

 

客はナイフとフォークで食べていた。

 

食品部門の調査員が呟く。

 

「巻かないんですか」

 

店主が答えた。

 

「客が服を汚したくない時はこっちがいい」

 

「それなら普通の皿で」

 

「最後に食べられる」

 

「なるほど」

 

「子供が喜ぶ」

 

隣の席で。

 

硬い内皿だけを最後に齧っている子供がいた。

 

ぱり。

 

良い音がした。

 

母親が言う。

 

「それが一番好きなのよ」

 

調査員は。

 

また書いた。

 

---

 

食品部門へ。

 

感想が集まった。

 

「もう少し大きいのが欲しい」

 

「小さいのも」

 

「甘い生地が欲しい」

 

「甘くない方をもっと」

 

「硬い皿を厚く」

 

「薄く」

 

「四角は?」

 

食品部門が。

 

全部を作ろうとした。

 

元ドイツ軍技術者が止めた。

 

「やめろ」

 

「なぜです」

 

「種類を増やしすぎるな」

 

「でも客が」

 

「全部聞くな」

 

食品部門が止まった。

 

技術者は言った。

 

「同じ仕事ができる範囲でまとめろ」

 

柔らかい外皮。

 

標準。

 

小型。

 

硬い内皿。

 

標準。

 

少し深いもの。

 

「これくらいにしろ」

 

食品部門が頷く。

 

「航空機と同じですね」

 

「食品の話だ」

 

元税務官が横から言った。

 

「あなたが言うんですか」

 

---

 

売れている。

 

だから。

 

原料が要る。

 

原料が要る。

 

だから。

 

中南米から買う。

 

簡単だった。

 

書類の上では。

 

---

 

中米。

 

集積場。

 

まだ。

 

集積場と呼ぶには小さかった。

 

屋根。

 

床。

 

秤。

 

木箱。

 

机。

 

それだけ。

 

周囲から農家が荷を持ってくる。

 

果物。

 

運ぶ。

 

馬。

 

荷車。

 

小型トラック。

 

人。

 

WILK現地担当者が。

 

一つの木箱を見た。

 

半分。

 

傷んでいた。

 

農家が言う。

 

「昨日採った」

 

「昨日?」

 

「ああ」

 

「どうして今日に?」

 

農家は道を指した。

 

道。

 

と言っていいのか。

 

ぬかるみ。

 

轍。

 

水。

 

昨日。

 

車輪が埋まった。

 

抜けない。

 

夜までかかった。

 

担当者は。

 

果物を見る。

 

農家が言った。

 

「木にはもっとある」

 

「持って来られない?」

 

「持って来る前に腐る」

 

そこで。

 

初めて。

 

契約書の数字の意味が変わった。

 

供給不能。

 

ではない。

 

生産不能。

 

でもない。

 

輸送不能。

 

だった。

 

---

 

現地運送業者が呼ばれた。

 

小さな会社だった。

 

会社。

 

と言っても。

 

トラック三台。

 

運転手四人。

 

修理をする男が一人。

 

事務をする妻。

 

それだけ。

 

主人が聞いた。

 

「もっと運べと言われても無理だ」

 

WILK担当者が言う。

 

「車両を増やせば?」

 

「金がない」

 

「貸す」

 

「銀行みたいなことをするな」

 

「銀行から借りられる?」

 

主人は笑った。

 

答えだった。

 

「ではWILKから」

 

「担保は?」

 

担当者は答えず。

 

元税務官から届いていた書類を見る。

 

そこには。

 

細かく。

 

細かく。

 

細かく。

 

条件が書かれていた。

 

車両は。

 

最初から相手の所有にはしない。

 

WILKが購入。

 

現地運送業者へ長期貸与。

 

一定期間の運送実績。

 

返済。

 

整備。

 

事故。

 

保険。

 

契約終了時。

 

条件を満たせば。

 

残価で買い取れる。

 

運ぶ荷は。

 

WILKだけに限定しない。

 

主人がそこを見た。

 

「他の荷も運んでいいのか」

 

「空いている時は」

 

「なぜ」

 

「空荷で走るよりいい」

 

主人は。

 

もう一度読む。

 

「お前ら専属にしないのか」

 

「しません」

 

「囲わない?」

 

「囲って、こちらの荷がない時に会社が潰れたら困ります」

 

主人は。

 

しばらく黙った。

 

「変な会社だな」

 

WILK担当者は答えた。

 

「よく言われます」

 

---

 

問題は。

 

トラックだけではなかった。

 

新しい車両を入れても。

 

道が悪ければ。

 

埋まる。

 

元金持ちへ報告。

 

「道路?」

 

「はい」

 

「国道でも作る気か」

 

「違います」

 

地図。

 

農村。

 

集荷場。

 

既存道路。

 

数キロ。

 

特に酷い区間。

 

雨季に水が溜まる場所。

 

小川。

 

橋。

 

「ここだけです」

 

「ここだけ?」

 

「ここを直せば、複数の農家が集積場まで来られます」

 

老農夫が地図を見る。

 

「やれ」

 

元金持ちが聞く。

 

「また簡単に」

 

老人が指す。

 

「畑を買うより安いじゃろ」

 

止まった。

 

「……確かに」

 

---

 

ただし。

 

WILKが勝手に道を作るわけにはいかなかった。

 

土地所有者。

 

自治体。

 

村。

 

農家。

 

既存の運送業者。

 

水路。

 

元税務官が。

 

遠く離れた机で。

 

頭を抱えた。

 

「道路まで?」

 

法務部員が答える。

 

「道路です」

 

「私は道路屋ではありません」

 

「通行権契約です」

 

「なお悪い!」

 

土地を買わない。

 

必要区間について。

 

通行権。

 

補修許可。

 

排水。

 

橋。

 

利用条件。

 

維持費。

 

誰が直すか。

 

誰でも通れるのか。

 

商用車は。

 

農家は。

 

村民は。

 

WILK車両だけか。

 

元税務官が言った。

 

「専用道路にはしないでください」

 

「なぜ?」

 

「後で地域全部と揉めるからです」

 

少し考え。

 

「それに」

 

書類へ書く。

 

「道は使われた方が維持する理由が増えます」

 

---

 

現地で。

 

工事が始まった。

 

大規模ではない。

 

泥を除く。

 

水路を掘る。

 

石を入れる。

 

砂利。

 

路肩。

 

小さな橋。

 

木材。

 

石。

 

場所によっては簡単な暗渠。

 

地元の人間を雇う。

 

運送業者。

 

農家の次男。

 

町の大工。

 

修理屋。

 

荷役。

 

仕事が増えた。

 

WILKは。

 

建設会社を丸ごと持ち込まなかった。

 

現地の業者へ。

 

仕事を出した。

 

足りない機械は貸した。

 

資材購入には前金を出した。

 

作業が終わったら。

 

次の区間。

 

ただし。

 

元税務官の書類が。

 

毎回付いてきた。

 

---

 

数か月後。

 

同じ農家。

 

果物を持って来た。

 

今度は。

 

傷みが少ない。

 

集荷場へ。

 

午前中に着いた。

 

秤。

 

重量。

 

等級。

 

価格。

 

その場で記録。

 

農家は数字を見た。

 

「去年より多い」

 

集荷担当が答える。

 

「運べた量が多いので」

 

「値段を上げたんじゃなく?」

 

「一箱当たりは契約通りです」

 

農家は笑った。

 

「前は畑で腐ってた分まで金になった」

 

そこだった。

 

生産量は。

 

ほとんど変わっていない。

 

売れる量が。

 

増えた。

 

---

 

別の農家は。

 

最初。

 

WILKを信用していなかった。

 

「外国人は土地を欲しがる」

 

そう言った。

 

WILK担当者は答えた。

 

「作物が欲しいです」

 

「土地はいらんのか」

 

「あなたが作ってくれるなら」

 

「来年値段を下げるだろ」

 

「契約を見てください」

 

「文字が多い」

 

「私もそう思います」

 

少し笑った。

 

そして。

 

農家は署名した。

 

翌年分の。

 

最低購入量。

 

品質基準。

 

価格改定条件。

 

天候不順時の扱い。

 

集荷場。

 

運賃。

 

WILKだけに売る必要はない。

 

そこを見て。

 

農家が聞いた。

 

「他にも売っていい?」

 

「もちろん」

 

「なぜ」

 

担当者は言った。

 

「うちだけに売って、うちが死んだらあなたも死ぬでしょう」

 

農家は。

 

少し考えた。

 

「変な会社だ」

 

また言われた。

 

---

 

現地運送会社では。

 

五台目のトラックが来た。

 

主人が。

 

新しい運転手を雇った。

 

さらに。

 

整備士を一人。

 

事務員も。

 

妻一人では足りなくなった。

 

集積場の周辺には。

 

木箱を作る仕事ができた。

 

修理。

 

燃料。

 

食事。

 

宿。

 

荷役。

 

小さな商売が増える。

 

老農夫へ。

 

写真が届いた。

 

老人は。

 

集積場の写真より。

 

道路脇の小さな食堂を見た。

 

「これ誰じゃ」

 

担当者が答える。

 

「運転手相手に飯を売り始めた家です」

 

老人が笑った。

 

「ええじゃないか」

 

「WILKとは契約してません」

 

「もっとええ」

 

---

 

アメリカ。

 

売り場。

 

果物味のアイス。

 

コーヒーアイス。

 

チョコレート。

 

ジャム。

 

ジュース。

 

Wolf Pack。

 

客の声も増えた。

 

「毎週買えるのがいい」

 

「子供が欲しがる」

 

「高級店ほど高くない」

 

「前より果物味が増えた」

 

「コーヒー味は朝でも食える」

 

それには。

 

食品部門が首を傾げた。

 

「朝からアイス?」

 

店主が答える。

 

「売れる」

 

「ならいいか」

 

売れれば。

 

また注文。

 

注文が来れば。

 

また加工。

 

加工すれば。

 

原料が減る。

 

原料が減れば。

 

また買う。

 

遠く離れた中南米の集積場に。

 

次の発注が届く。

 

農家が。

 

翌年も作る。

 

運送屋が。

 

また走る。

 

---

 

そして。

 

後世。

 

二〇二六年。

 

WILK企業史研究会。

 

若い研究者が。

 

古い帳簿を見ていた。

 

「おかしくないですか?」

 

隣の研究者が聞く。

 

「何が」

 

「食品会社の帳簿なのに」

 

ページをめくる。

 

「橋」

 

次。

 

「排水路」

 

次。

 

「砂利」

 

次。

 

「トラック」

 

次。

 

「修理工具」

 

次。

 

「木箱製造設備」

 

さらに。

 

「なぜこんなものに金を出してるんです?」

 

年配の研究者が答えた。

 

「果物を買うためだよ」

 

若者が止まった。

 

「果物を?」

 

「果物を」

 

「橋まで?」

 

「果物は港まで歩かないからな」

 

若者は。

 

もう一度帳簿を見る。

 

その後。

 

道路沿いに。

 

集荷場。

 

修理工場。

 

運送会社。

 

小売店。

 

食堂。

 

倉庫。

 

小さな町。

 

それらが増えている記録があった。

 

「これ」

 

若者が言った。

 

「インフラ投資ですよね」

 

「当時のWILKはそう呼んでない」

 

「では?」

 

年配の研究者は。

 

古い社内資料を指した。

 

そこには。

 

こう書かれていた。

 

『集荷損失低減費』

 

若者は。

 

しばらく黙った。

 

「道路ですよね」

 

「道路だな」

 

「橋ですよね」

 

「橋だ」

 

「インフラですよね」

 

「本人たちは果物代の一部だと思っていた」

 

若者は笑った。

 

「WILKですね」

 

「WILKだな」

 

---

 

同じ頃。

 

一九四〇年。

 

元税務官は。

 

新しく作られた法務部を見回していた。

 

机が増えた。

 

人が増えた。

 

米国法担当。

 

英国関係。

 

フランス関係。

 

特許。

 

商標。

 

税務。

 

輸出入。

 

外部弁護士との連絡。

 

多言語事務。

 

素晴らしかった。

 

一人ではない。

 

元税務官は。

 

久しぶりに。

 

少し安心した。

 

「これで」

 

部下が顔を上げる。

 

「はい?」

 

「楽になる」

 

その瞬間。

 

扉が開いた。

 

書類が来た。

 

中南米集荷場。

 

土地使用契約。

 

道路通行権。

 

橋梁補修協定。

 

自治体との覚書。

 

車両貸与契約。

 

車両保険。

 

現地運送会社融資。

 

雇用契約。

 

倉庫契約。

 

輸出契約。

 

輸送中の腐敗損失負担。

 

港湾荷役。

 

為替。

 

税。

 

関税。

 

別の部下が来た。

 

「英国から追加です」

 

さらに。

 

「Wolf Packのライセンス更新です」

 

さらに。

 

「ブラジル支部からコーヒー契約です」

 

さらに。

 

「砂糖の輸出枠について照会が」

 

さらに。

 

「道路予定地の地主が三人増えました」

 

元税務官は。

 

目を閉じた。

 

元金持ちが。

 

入口から覗いた。

 

「楽になったか?」

 

元税務官は。

 

ゆっくり顔を上げた。

 

「人数が増えました」

 

「うん」

 

「処理できる仕事が増えました」

 

「うん」

 

「だから」

 

机に積まれた書類を見る。

 

「仕事も増えました」

 

元金持ちが笑った。

 

「良かったな」

 

「どこがですか!」

 

隣の部下が。

 

恐る恐る聞いた。

 

「部長」

 

元税務官が止まった。

 

「今、何と?」

 

「部長……ですが」

 

しばらく。

 

沈黙。

 

元金持ちが。

 

さらに笑った。

 

元税務官は。

 

机へ突っ伏した。

 

WILK法務部。

 

発足直後。

 

人員増加。

 

業務量。

 

それ以上に増加。

 

後年の法務部史には。

 

この時期について。

 

簡潔な一文が残されている。

 

「組織化により処理能力は大幅に向上した」

 

そして。

 

当時の元税務官の日記には。

 

別の一文が残されていた。

 

「処理できると思われたら、全部こちらへ来るようになった」

 

どちらも。

 

正しかった。

 

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