【WILKフランス戦役記録 一九四〇年五月中旬】
一九四〇年五月十日。
ドイツ軍の西方攻勢開始後。
連合軍主力はベルギー方面へ進出した。
しかし。
主攻勢は。
そこだけではなかった。
アルデンヌ。
ムーズ川。
セダン。
ドイツ装甲部隊は。
連合軍が大規模な機甲攻勢には適さないと考えていた地域を通過し。
ムーズ川を突破。
その後。
西へ向かった。
目的は。
単にフランス軍を南へ押し下げることではない。
ベルギーへ進出した連合軍主力と。
フランス本土側を。
切り離すことであった。
フランス軍は。
各地で反撃した。
橋頭堡へ。
進撃する装甲部隊へ。
道路へ。
側面へ。
しかし。
情報。
通信。
部隊配置。
移動時間。
そして。
敵の進撃速度。
それらが。
噛み合わなかった。
後年。
フランス戦役は。
しばしば。
一方的な崩壊として語られる。
現場に残された記録は。
もう少し複雑であった。
戦っていた。
後退していた。
また戦った。
さらに。
後ろへ進んだ。
――WILK戦時記録集より
「セダンが抜かれた」
その言葉だけでは。
まだ。
意味が分からなかった。
WILKフランス支部。
壁。
地図。
フランス政府役人。
ポーランド軍将校。
元白軍将校。
フランス軍から届く。
断片的な情報。
ムーズ川。
渡河。
橋頭堡。
装甲部隊。
航空攻撃。
部隊移動。
元金持ちが聞いた。
「止められる?」
フランス政府役人は。
すぐには答えなかった。
「反撃はしています」
「それは分かった」
「予備も動いています」
「それも」
元白軍将校が。
地図を見る。
「問題はそこじゃない」
指。
セダン。
そこから。
西。
「こいつら」
さらに。
西。
「どこへ行く気だ」
誰も。
すぐには答えなかった。
ポーランド軍将校が。
言った。
「海」
部屋が。
静かになる。
---
フランス軍は。
戦っていた。
町。
森。
道路。
橋。
畑。
砲兵。
歩兵。
戦車。
それぞれの場所で。
止めようとしていた。
一部では。
ドイツ軍の前進を。
実際に止めた。
別の場所では。
押し返した。
しかし。
その横を。
別の部隊が。
抜けていく。
ある部隊が。
戦線を維持していても。
隣が下がれば。
下がらなければならない。
そうでなければ。
包囲される。
撤退命令。
後退。
次の線。
展開。
砲を置く。
撃つ。
敵が来る。
また。
撤退。
兵士の一人が。
言った。
「後ろへ行ってばかりだ」
下士官が答えた。
「違う」
「何が」
「後ろへ進んでる」
兵士が。
見る。
「同じじゃないですか」
「歩けるうちは違う」
---
道路。
軍用車列。
砲。
負傷者。
民間人。
WILK契約馬車。
もう。
道を分けるだけでは。
足りなくなり始めていた。
昨日。
使えた道。
今日。
軍用。
昨日。
使えた村。
今日。
部隊が通過。
昨日。
使えた橋。
今日。
破壊準備。
馬車業者から。
報告。
『旧道使用可。
ただし午後から軍使用予定』
別。
『橋通行可能。
大型車不可』
別。
『東側道路使用不能』
別。
『避難民増加』
別。
『給油所燃料不足』
元白軍将校は。
赤鉛筆で。
線を消す。
一本。
また一本。
別の線を引く。
「ここ」
担当者が言う。
「遠回りです」
「通れる?」
「今は」
「なら使え」
---
空。
Taureau。
また。
飛ぶ。
前線飛行場が。
前線に近くなりすぎた。
昨日まで。
安全だった場所。
今朝。
遠くに。
砲声。
整備員が。
工具を片付けながら。
空を見る。
フランス人整備長が。
言った。
「移るぞ」
「いつ」
ポーランド人整備員が聞く。
「今日」
「どこへ」
「西」
「どの飛行場?」
整備長は。
少し黙った。
「着いてから聞け」
---
Taureau。
出撃。
目標。
道路。
装甲部隊そのものではない。
その後ろ。
燃料。
弾薬。
牽引砲。
通信車。
道路交差点。
ポーランド人搭乗員が。
無線で言う。
「戦車ばかり見るな」
フランス人。
「見えるから撃ちたくなる」
「後ろを撃て」
「燃料?」
「そうだ」
「地味だな」
「燃料車は撃たれると派手だ」
数秒後。
実証された。
二十ミリ。
短い連射。
トラック。
火。
次。
別の車。
列が。
散る。
対空射撃。
上がる。
Taureau。
抜ける。
---
敵戦闘機。
上。
一機。
二機。
降りてくる。
フランス人搭乗員が。
叫ぶ。
「来た!」
ポーランド人。
「見えてる」
Taureau。
旋回。
だが。
戦闘旋回ではない。
逃げ道を作るため。
一度。
正面が合う。
二十ミリ。
発射。
敵機。
避ける。
Taureau。
そのまま。
低空。
「追うぞ」
「追わせろ」
「何?」
「こいつらが俺たちを追ってる間」
前を見る。
「別の誰かを撃たん」
フランス人が。
笑った。
「ずいぶん高い囮だ」
「帰れば無料だ」
---
帰投先。
変わっていた。
出発した飛行場へ。
戻れない。
無線。
新しい座標。
西。
さらに。
西。
燃料。
減る。
一機。
被弾。
エンジン。
不調。
片方。
止まる。
高度。
落ちる。
ポーランド人が。
言う。
「選べ」
フランス人搭乗員。
「何を」
「飛行場か畑」
「飛行場」
「なら降ろせ」
片発。
高度を維持できない。
だが。
操縦できる。
進路を。
選べる。
Taureauは。
低く。
西へ。
進んだ。
---
新しい飛行場。
着陸。
整備員が。
走る。
「どこをやられた!」
搭乗員が。
降りる。
「右」
「右の何!」
「全部」
整備員が。
罵った。
工具。
開ける。
「次はいつ飛べる」
搭乗員が聞く。
整備員が。
振り向く。
「お前は寝ろ!」
「いつだ」
「直ったらだ!」
その横。
別の機体。
給油。
弾薬。
爆弾。
休む暇は。
ない。
---
亡命ポーランド人搭乗員にとって。
これは。
初めてではなかった。
飛行場が。
後ろへ移る。
地図が。
変わる。
朝。
味方だった場所。
夕方。
危険になる。
去年。
見た。
フランス人搭乗員が。
ポーランド人へ聞いた。
「慣れるのか?」
「何に」
「後退」
ポーランド人は。
少し考えた。
「慣れない」
「でも落ち着いてる」
「二度目だから」
それ以上。
言わなかった。
---
ドイツ側。
道路脇。
航空部隊の報告。
地上部隊から。
苦情に近い連絡が。
上がっていた。
『双発機による低空攻撃』
『正面火力強』
『車列後方を優先して攻撃』
『同一方向からの反復進入少なし』
『滞空時間短』
『追撃時、低空離脱』
最初。
大きな問題ではないとされた。
フランス空軍。
戦役開始前。
ドイツ側の評価は。
高くなかった。
数。
機種。
運用。
そして。
長い静かな戦争の間に。
観察した印象。
だが。
現場では。
印象が。
少しずつ。
変わった。
ドイツ軍航空将校が。
報告書を読む。
「またこれか」
部下が。
答える。
「同じ型と思われます」
「フランス製?」
「フランスで生産」
「設計は?」
「ポーランド系との情報があります」
将校の手が。
止まる。
「ポーランド?」
「搭乗員にもポーランド人がいるとの報告」
将校は。
紙を置いた。
「なるほど」
去年。
知っていた。
彼らは。
国が負けても。
飛ぶのをやめなかった。
---
別のドイツ軍部隊。
車列。
兵士が。
空を見上げる。
「双発!」
全員。
反応する。
道路から。
散る。
まだ。
攻撃機かどうか。
分からない。
それでも。
散る。
将校が。
怒鳴る。
「道路を空けろ!」
車両。
草地。
木陰。
間隔を取る。
結局。
飛んできたのは。
別の機体だった。
攻撃は。
なかった。
それでも。
五分。
失った。
下士官が。
呟く。
「いるだけで面倒だ」
それが。
評価だった。
撃墜数ではない。
敵を。
空を見させる。
道路から。
降ろす。
間隔を。
空けさせる。
進撃中の部隊から。
時間を。
少しずつ。
取る。
---
フランス軍。
反撃。
戦車。
歩兵。
砲兵。
ある場所では。
前へ出る。
別の場所では。
成功する。
さらに。
別の場所では。
通信が。
届かない。
命令。
遅れる。
部隊。
見つからない。
敵が。
想定より。
先にいる。
フランス政府役人が。
WILK支部へ。
疲れた顔で来た。
元金持ちが聞く。
「どうなってる」
役人は。
椅子へ座った。
「戦ってます」
「それは分かってる」
「本当に戦っているんです」
少し。
苛立った声だった。
「新聞や噂では、何もせず逃げているように言う者までいる」
地図を叩く。
「反撃している!」
一つ。
「守っている!」
二つ。
「でも」
三つ。
止まる。
「追いつかない」
誰も。
笑わなかった。
---
五月十九日。
指揮。
変わる。
フランス軍最高指揮部。
ガムランから。
ウェイガンへ。
だが。
指揮官を替えれば。
道路の距離が。
短くなるわけではない。
部隊が。
瞬間移動するわけでもない。
通信が。
全部直るわけでもない。
そして。
ドイツ装甲部隊は。
待たなかった。
元白軍将校が。
地図を見る。
「時間がないな」
フランス政府役人。
「分かっています」
「どれくらい」
「分かりません」
元白軍将校は。
頷いた。
「それが一番まずい」
---
五月二十一日。
北。
アラス方面。
英仏軍による反撃。
報告が。
入る。
「敵戦車部隊へ打撃」
「押し戻した?」
「一部」
「突破?」
「そこまでは」
しかし。
ドイツ側にも。
衝撃はあった。
前進する。
側面。
安全ではない。
敵は。
まだ。
噛みつく。
ドイツ側。
司令部。
報告。
『英仏戦車部隊反撃』
『局地的混乱』
『対戦車能力不足部隊あり』
さらに。
航空攻撃。
Taureau。
また。
道路へ。
ドイツ軍将校が。
双眼鏡を下ろす。
「フランス軍は死んだと誰が言った」
誰も。
答えなかった。
---
その日の夕方。
Taureau隊。
残存機。
減っていた。
撃墜。
不時着。
故障。
部品不足。
飛行場移転。
搭乗員疲労。
それでも。
飛べる機体を。
数える。
フランス人整備長。
「九」
ポーランド人搭乗員。
「昨日は?」
「十一」
「明日は?」
整備長が。
怒る。
「今からそれを作るんだよ!」
「分かった」
「寝ろ!」
「分かった」
動かない。
整備長が。
工具を投げるふりをした。
やっと。
行った。
---
夜。
WILK支部。
航空報告。
陸上輸送報告。
避難報告。
同じ机に。
並ぶ。
Taureau。
出撃。
帰還。
損失。
不時着。
修理。
道路。
使用不能。
馬車可。
小型車可。
避難民。
宿泊。
給油。
港。
元白軍将校が。
それを。
順番に見る。
ポーランド軍将校が。
言った。
「空も下がっています」
「知ってる」
「陸も」
「知ってる」
「販路も」
元金持ちが。
言った。
「東側から順に死んでる」
元白軍将校は。
地図を見る。
昨日まで。
売り場だった町。
今日。
通過点。
明日。
使えないかもしれない。
「なら」
指。
西。
「次を生かせ」
---
同じ頃。
あるフランス兵。
道路脇。
休憩。
空。
双発機。
西へ飛ぶ。
Taureau。
片方のエンジンから。
薄い煙。
兵士が。
隣へ言う。
「また帰ってる」
隣の兵士が。
答える。
「こっちも帰るぞ」
「逃げる?」
「違う」
荷物を。
持つ。
「後ろへ進むんだ」
二人。
立つ。
西へ。
歩く。
---
後年。
ドイツ側戦闘報告の中には。
Taureauを。
戦局を左右した機体として記したものは。
存在しない。
当然だった。
数が。
少なすぎた。
フランスを救うことも。
装甲部隊の進撃を。
止めることも。
できなかった。
しかし。
複数の地上部隊記録に。
似た記述が。
残った。
低空。
双発。
重武装。
短時間攻撃。
車列後方。
補給車両。
異方向進入。
そして。
「執拗」
後世のWILK社史は。
それについて。
一文だけ。
記している。
「高い評価ではなかった。
嫌な評価だった。
それで十分だった」
フランス軍も。
Taureauも。
負けながら。
戦っていた。
勝つためだけではない。
次の場所まで。
帰るために。
そして。
誰かが。
もう少しだけ。
後ろへ進む時間を。
作るために。