WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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【英国空軍・大陸派遣軍航空支援記録 一九四〇年五月下旬】

一九四〇年五月二十日前後。

ドイツ装甲部隊は英仏海峡方面へ到達した。

ベルギーへ進出していた英国大陸派遣軍。

フランス軍北方部隊。

ベルギー軍。

これらと。

フランス中南部との陸上連絡は。

急速に脅かされた。

五月二十一日。

アラス周辺では英仏軍による反撃も行われた。

ドイツ軍に局地的な混乱を与えたものの。

戦役全体の流れを。

逆転させるには至らなかった。

英国側では。

一つの問題が。

次第に大きくなっていた。

陸軍を助けなければならない。

しかし。

航空戦力を。

フランスで全て失うわけにもいかない。

後に英国本土を守ることになる戦闘機まで。

際限なく大陸へ送り込むことはできなかった。

その状況下で。

試験と初期配備を終えつつあった。

Bizon系列英国型。

BULL。

その最初の実戦任務は。

敵を追い回すことではなかった。

英国大陸派遣軍が。

後ろへ進むための空を。

できるだけ。

空けておくことだった。

――WILK英国航空事業史より


第232話 雄牛は空を空けない

 

「任務は?」

 

英国人搭乗員が聞いた。

 

作戦将校が。

 

地図を指す。

 

道路。

 

橋。

 

集結地。

 

英国大陸派遣軍の部隊が。

 

移動している。

 

「この上」

 

「地上攻撃?」

 

「違う」

 

別の搭乗員が聞く。

 

「爆撃機迎撃?」

 

「来れば」

 

「敵戦闘機は?」

 

「邪魔なら相手をしろ」

 

少し間。

 

「追うな」

 

搭乗員が。

 

顔を上げた。

 

「撃てそうでも?」

 

「追うな」

 

「理由は?」

 

作戦将校は。

 

道路を指した。

 

「お前たちがいなくなった後に爆撃機が来たら、誰が追う」

 

簡単だった。

 

---

 

飛行場。

 

BULL。

 

フランス製Taureauと。

 

似ている。

 

だが。

 

近づけば。

 

違う。

 

英国製エンジン。

 

英国式計器。

 

無線。

 

電装。

 

車輪。

 

ブレーキ。

 

酸素設備。

 

爆弾架。

 

ボルト。

 

工具。

 

機首。

 

二十ミリ二門。

 

翼。

 

七・七ミリ級機銃四門。

 

後方。

 

英国標準の可動機銃。

 

整備員が。

 

最後の点検をしている。

 

搭乗員が。

 

機首を見た。

 

「フランス型より豆鉄砲が増えたな」

 

整備員が。

 

顔を上げる。

 

「それを機関銃員の前で言ってみろ」

 

「二十ミリがあるだろ」

 

「六門全部使え」

 

「欲張りだな」

 

「英国製だ」

 

答えになっていなかった。

 

だが。

 

妙に納得した。

 

---

 

エンジン。

 

始動。

 

Bull。

 

滑走。

 

浮く。

 

英国人搭乗員にとって。

 

初めての実戦。

 

機体にとっても。

 

初めてだった。

 

海峡を越える。

 

大陸。

 

下。

 

道路。

 

車列。

 

軍。

 

民間人。

 

馬車。

 

ところどころ。

 

放棄された車。

 

煙。

 

「随分混んでるな」

 

後席。

 

「下を見るな」

 

「何で」

 

「嫌になる」

 

前を見る。

 

雲。

 

さらに。

 

その向こう。

 

黒い点。

 

---

 

「敵機」

 

爆撃機。

 

複数。

 

護衛。

 

英国人搭乗員が。

 

無線。

 

「見えた」

 

僚機。

 

応答。

 

高度。

 

位置。

 

太陽。

 

近づく。

 

Bullは。

 

単発戦闘機ほど。

 

軽快ではない。

 

そのことは。

 

全員。

 

知っている。

 

だから。

 

同じことを。

 

やろうとしない。

 

「爆撃機を狙う」

 

「了解」

 

敵戦闘機が。

 

上から。

 

降りてくる。

 

「護衛が来るぞ」

 

「見えてる」

 

「どうする」

 

「通り抜ける」

 

---

 

正面。

 

敵爆撃機。

 

距離。

 

縮む。

 

機首。

 

二十ミリ。

 

翼。

 

四挺。

 

射撃。

 

音が。

 

重なる。

 

Bullそのものが。

 

震える。

 

敵爆撃機の。

 

機首。

 

翼根。

 

胴体。

 

破片。

 

編隊が。

 

割れる。

 

Bull。

 

そのまま。

 

通過。

 

旋回。

 

だが。

 

逃げる敵爆撃機を。

 

追わない。

 

敵戦闘機が。

 

食いつく。

 

後方銃座。

 

撃つ。

 

曳光弾。

 

Bull。

 

降下。

 

速度。

 

増す。

 

低空へ。

 

「一機傷ついてる!」

 

僚機から。

 

声。

 

「追える!」

 

隊長機。

 

返答。

 

「戻れ」

 

「落とせるぞ!」

 

「道路へ戻れ」

 

一瞬。

 

沈黙。

 

「……了解」

 

---

 

下。

 

英国軍車列。

 

砲。

 

トラック。

 

兵士。

 

その頭上を。

 

Bullが戻る。

 

兵士の一人が。

 

空を見る。

 

「味方?」

 

隣。

 

「丸印見えた」

 

「双発だぞ」

 

「知らん」

 

さらに。

 

別の兵士。

 

「Bullじゃないか?」

 

「何だそれ」

 

「新しいやつ」

 

「強いのか?」

 

少し間。

 

「今上にいる」

 

それで。

 

十分だった。

 

---

 

敵機。

 

また。

 

今度は。

 

低い。

 

急降下爆撃機。

 

その下。

 

橋。

 

英国軍車両。

 

Bull隊。

 

向きを変える。

 

「来るぞ」

 

「分かってる!」

 

一機。

 

急降下。

 

Bull。

 

横から。

 

進入。

 

二十ミリ。

 

七・七ミリ。

 

弾。

 

敵機。

 

降下を。

 

中止。

 

別。

 

そのまま。

 

爆弾投下。

 

外れる。

 

橋脇。

 

土煙。

 

Bull。

 

次。

 

「追うな」

 

「分かってる!」

 

少し。

 

苛立った返答だった。

 

学んでいた。

 

---

 

敵戦闘機。

 

その後ろ。

 

Bull。

 

振り向く。

 

追えば。

 

戦える。

 

勝てるかもしれない。

 

だが。

 

下には。

 

まだ。

 

道路がある。

 

車列。

 

歩兵。

 

負傷者。

 

橋。

 

「放っておく?」

 

後席。

 

「向こうが来たら撃て」

 

「来なかったら」

 

「もっといい」

 

Bullは。

 

敵戦闘機から。

 

離れた。

 

---

 

英国側の戦い方は。

 

Taureau隊と。

 

少し違った。

 

フランス側Taureauは。

 

道路へ。

 

敵補給へ。

 

砲兵へ。

 

叩きつけるように使われていた。

 

Bullは。

 

まず。

 

味方の上にいた。

 

敵爆撃機。

 

敵偵察機。

 

低空攻撃機。

 

それらを。

 

追い払う。

 

必要なら。

 

落とす。

 

機会があれば。

 

地上も撃つ。

 

しかし。

 

任務空域を。

 

勝手に空けない。

 

英国人隊長は。

 

帰投後。

 

報告書へ。

 

書いた。

 

『敵爆撃隊一群を分散。

 

撃墜確実一。

 

不確実一。

 

護衛戦闘機との交戦短時間。

 

陸軍移動区域へ復帰。

 

再度敵低空攻撃を妨害。』

 

整備員が。

 

それを見る。

 

「地味だな」

 

搭乗員。

 

「何が」

 

「初陣だぞ」

 

「だから?」

 

「もう少しこう」

 

手を広げる。

 

「華々しく」

 

搭乗員は。

 

機体を見た。

 

「道路が残ってた」

 

「うん」

 

「ならいい」

 

---

 

午後。

 

再出撃。

 

今度は。

 

爆弾あり。

 

二百五十ポンド級。

 

英国式爆弾架。

 

任務。

 

上空支援。

 

そして。

 

帰路。

 

余裕があれば。

 

敵道路輸送を攻撃。

 

作戦将校が。

 

念を押した。

 

「順番を間違えるな」

 

搭乗員。

 

「一番目」

 

「陸軍」

 

「二番目」

 

「敵航空機」

 

「三番目」

 

「帰れるなら地上」

 

「よろしい」

 

「四番目」

 

「帰る」

 

作戦将校が。

 

一瞬。

 

止まった。

 

「それは一番目でもいい」

 

---

 

離陸。

 

上空。

 

今度は。

 

味方戦闘機もいる。

 

Hurricane。

 

遠く。

 

交戦。

 

Bullは。

 

そこへ。

 

突っ込まない。

 

味方戦闘機が。

 

敵戦闘機を引き受ける。

 

Bull。

 

その下。

 

爆撃機へ。

 

「役割分担」

 

後席。

 

「楽でいい」

 

「戦闘機乗りに聞かせるな」

 

正面。

 

射撃。

 

編隊。

 

崩れる。

 

爆撃機が。

 

投弾前に。

 

散る。

 

全部を落とす必要はない。

 

狙えなくすればいい。

 

陸軍側から見れば。

 

爆弾が。

 

自分たちの道路へ落ちなければ。

 

それで。

 

勝ちだった。

 

---

 

帰路。

 

燃料。

 

余裕。

 

弾薬。

 

残り。

 

下。

 

敵車列。

 

軽車両。

 

トラック。

 

搭乗員が聞く。

 

「三番目?」

 

後席。

 

「三番目」

 

Bull。

 

降下。

 

爆弾。

 

投下。

 

道路。

 

爆発。

 

続いて。

 

機首。

 

二十ミリ。

 

翼。

 

七・七ミリ。

 

一撃。

 

抜ける。

 

「もう一回?」

 

後席。

 

「帰る」

 

「正解」

 

そのまま。

 

西。

 

---

 

ドイツ側。

 

地上部隊。

 

報告。

 

『英国双発機による攻撃』

 

『フランス軍使用双発型に類似』

 

『正面火力強』

 

『機首大口径火器及び複数機銃』

 

『爆撃能力あり』

 

さらに。

 

航空部隊。

 

『爆撃隊迎撃に使用』

 

『長時間格闘戦を避ける傾向』

 

『護衛区域へ復帰』

 

ドイツ航空将校が。

 

以前の報告を。

 

並べた。

 

Taureau。

 

次。

 

Bull。

 

似ている。

 

だが。

 

同じではない。

 

「同じ機体か?」

 

情報担当。

 

「系列は同じ可能性があります」

 

「フランスと英国?」

 

「装備は異なります」

 

「使い方も」

 

「はい」

 

将校が。

 

少し嫌そうに。

 

笑った。

 

「設計を売っただけじゃないな」

 

「何がです?」

 

「使う国に合わせてる」

 

さらに。

 

書類を見る。

 

「面倒だ」

 

---

 

英国側。

 

夕方。

 

大陸派遣軍司令部。

 

航空支援報告。

 

敵爆撃機。

 

撃退。

 

一部撃墜。

 

橋。

 

使用可能。

 

道路。

 

移動継続。

 

損害。

 

あり。

 

しかし。

 

車列。

 

動いた。

 

陸軍将校が。

 

報告を読む。

 

「Bull?」

 

RAF連絡将校。

 

「新しい双発です」

 

「もっと寄越せる?」

 

少し。

 

間。

 

「多くはありません」

 

「なぜ」

 

「まだ多くないからです」

 

「作れ」

 

「作っています」

 

「早く」

 

RAF将校は。

 

答えなかった。

 

皆。

 

同じことを。

 

言っていた。

 

---

 

英国本土。

 

別の会議。

 

戦闘機。

 

何機。

 

大陸へ送る。

 

何機。

 

英国へ残す。

 

フランスで。

 

まだ。

 

戦いは続いている。

 

英国軍も。

 

まだ。

 

大陸にいる。

 

しかし。

 

もし。

 

フランスが。

 

持たなかったら。

 

次。

 

敵航空軍が。

 

向く場所は。

 

英国だった。

 

だから。

 

全部は。

 

送れない。

 

それは。

 

大陸で戦っている兵士には。

 

残酷な計算だった。

 

だが。

 

しなければならない。

 

Bullについても。

 

同じだった。

 

「全部大陸へ?」

 

「駄目だ」

 

「陸軍が必要としている」

 

「英国でも必要になる」

 

「いつ?」

 

「分からん」

 

それが。

 

一番。

 

怖かった。

 

---

 

その夜。

 

英国大陸派遣軍。

 

道路。

 

少し。

 

静かになる。

 

兵士。

 

道路脇。

 

座る。

 

空。

 

Bull。

 

帰っていく。

 

一人が。

 

言った。

 

「今日はよく見たな」

 

別。

 

「もっといてくれればいい」

 

古参兵。

 

煙草。

 

火。

 

「飛行機だって燃料食うんだ」

 

「知ってる」

 

「弾も」

 

「知ってる」

 

「操縦士も疲れる」

 

「それも知ってる」

 

少し。

 

沈黙。

 

若い兵士が。

 

言った。

 

「でも明日も来てほしい」

 

古参兵。

 

空を見る。

 

「それは俺も知ってる」

 

---

 

同じ頃。

 

WILKフランス支部。

 

英国政府役人から。

 

短い連絡。

 

『BULL実戦使用。

 

評価概ね良好。

 

大陸派遣軍支援継続を希望。』

 

ユダヤ人実業家が。

 

読む。

 

元ドイツ軍技術者。

 

隣。

 

「壊れた機体は?」

 

「報告待ち」

 

「そっちが先だ」

 

英国役人が。

 

嫌そうな顔。

 

「初陣の評価ですよ?」

 

技術者。

 

「壊れ方が評価だ」

 

元白軍将校が。

 

横から。

 

言った。

 

「何機帰った」

 

英国役人。

 

「そこも確認中です」

 

「帰った機体を直せ」

 

「分かっています」

 

「帰らなかった搭乗員は」

 

少し。

 

間。

 

「捜索確認中」

 

元白軍将校は。

 

それ以上。

 

言わなかった。

 

---

 

翌朝。

 

Bull。

 

また。

 

飛行場に並ぶ。

 

数は。

 

多くない。

 

昨日。

 

飛んだ機体。

 

被弾痕。

 

板金。

 

塞ぐ。

 

配線。

 

交換。

 

二十ミリ。

 

清掃。

 

七・七ミリ。

 

弾薬。

 

補充。

 

燃料。

 

入る。

 

搭乗員。

 

地図。

 

道路。

 

橋。

 

BEF。

 

任務区域。

 

作戦将校が。

 

言った。

 

「敵機を見つけても」

 

搭乗員たち。

 

ほぼ同時に。

 

「追いすぎるな」

 

「敵を落としても」

 

「道路へ戻れ」

 

「任務は」

 

一人が。

 

言った。

 

「空を空けない」

 

作戦将校が。

 

頷いた。

 

「行け」

 

エンジン。

 

始動。

 

英国の雄牛は。

 

敵を追って。

 

どこまでも走るために。

 

作られたのではなかった。

 

守る場所へ。

 

何度でも。

 

戻ってくるために。

 

飛んだ。

 

 

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