WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・Tur A.1量産後期分納期照会
一九二二年

契約残数、五機。

完成済み機体、五機。

搭載可能発動機、三基。

必要発動機、十基。

不足、七基。

製造側は、発動機以外の全工程が完了していると報告した。

軍側は、機体だけを納入できないか問い合わせた。

製造側は、

「飛行機として注文された物を、建物として納めることはできない」

と回答した。

軍側は、片側のみ発動機を搭載した八号機についても受領を提案した。

製造側は、

「双発機を片肺で受領しようとするな」

と回答した。

なお、同八号機は地上訓練用として軍関係者に多数利用されており、既に量産機中最多の搭乗者数を記録している。


第24話 片肺では納められない

「今日は来たぞ」

 

 ポーランド軍将校が言った。

 

 作業場の全員が振り返る。

 

 元ドイツ帝国軍技師は工具を置いた。

 

 元白軍将校は八号機の片側発動機覆いから顔を出した。

 

 元独立運動家は半凍結果汁の杯を机へ置く。

 

 実業家は帳簿を開いた。

 

「何基です」

 

「先に喜べ」

 

「数量が分からなければ喜べません」

 

「発動機だぞ」

 

「何基です」

 

 軍将校は少し黙った。

 

「三基」

 

 全員が動きを止めた。

 

 実業家が確認する。

 

「三基」

 

「そうだ」

 

「三機分ではなく」

 

「三基だ」

 

「一機半」

 

 元白軍将校が言った。

 

「半分の機体は飛ばない!」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「知っている!」

 

     ◇

 

 到着した三基は、輸送箱に入っていた。

 

 軍の倉庫から送られた支給品。

 

 書類上は同型。

 

 箱には同じ型式名。

 

 だがWILKの全員は、もう書類を信用していなかった。

 

「開ける」

 

 元ドイツ技師が言う。

 

「先に受領印を」

 

 軍の輸送兵が答えた。

 

「検査後だ」

 

「受け取らなければ開けられない」

 

「開けなければ受け取れない」

 

「規則では」

 

 実業家が契約書の写しを取り出す。

 

「外観および型式確認後、仮受領。分解検査後、正式受領です」

 

 輸送兵は紙を見る。

 

「こんな条件があるのか」

 

 軍将校が答えた。

 

「この会社へ物を送る時は、ある」

 

「軍用品だぞ」

 

「前に油漏れした物が来た」

 

「曲がった物も」

 

 元白軍将校が付け加えた。

 

「点火装置が違う物も」

 

 元独立運動家が続ける。

 

「それで増えました」

 

 実業家が微笑んだ。

 

 輸送兵は諦めた。

 

     ◇

 

 一基目。

 

 箱を開ける。

 

 防錆油。

 

 木屑。

 

 油紙。

 

 発動機本体。

 

 見た目はよい。

 

 軸を回す。

 

 圧縮。

 

 点火装置。

 

 補機。

 

「使用可能」

 

 技師が言った。

 

 軍将校が小さく拳を握る。

 

 二基目。

 

 箱を開ける。

 

 同じ型式。

 

 だが補機の位置が違う。

 

「またか」

 

 軍将校が言う。

 

「初期型だ」

 

 技師が答える。

 

「付くか」

 

「変換金具が必要」

 

「作れるか」

 

「作れる」

 

「飛べるか」

 

「飛べる」

 

「ならよい」

 

「配管も変える」

 

「よくない!」

 

 三基目。

 

 箱を開けた瞬間、元白軍将校が言った。

 

「落としたな」

 

 発動機下部の木枠が割れている。

 

 固定金具が一つ曲がっていた。

 

 技師が詳しく見る。

 

「本体は」

 

「外観だけでは分からん」

 

「回るか」

 

「無理に回すな」

 

「使える可能性は」

 

「分解する」

 

 軍将校は輸送兵を見る。

 

「どこで落とした」

 

「知らない」

 

「列車か」

 

「知らない」

 

「荷車?」

 

「知らない」

 

「誰かは知っているだろう!」

 

「私は受け取って運んだだけだ」

 

 元独立運動家が言った。

 

「荷物は、途中で誰の物でもなくなるな」

 

 実業家はすぐに記録した。

 

輸送責任区分、要契約追加。

 

「また契約書が厚くなる!」

 

     ◇

 

 結論。

 

 一基目、使用可能。

 

 二基目、変換部品製作後に使用可能。

 

 三基目、分解検査。

 

「八号機へ二基載せる」

 

 軍将校が言った。

 

「一基は既に付いている」

 

 技師が答える。

 

「なら到着した一基を反対へ」

 

「既存の一基は初期型だ」

 

「今日来た二基目も初期型では」

 

「補機位置が違う」

 

「初期型の中でも違うのか!」

 

「製造工場が別だ」

 

 軍将校は天井を見た。

 

「同型とは何だ」

 

 元白軍将校が答える。

 

「同じように使える」

 

「量産二十話で聞いたぞ、その言葉!」

 

     ◇

 

 八号機は、長く片肺の姿で置かれていた。

 

 左主翼に発動機。

 

 右主翼は空。

 

 飛べない。

 

 だが地上訓練には使える。

 

 操縦席手順。

 

 後席操作。

 

 装備換装。

 

 脚操作。

 

 燃料切替。

 

 緊急脱出。

 

 軍の新人たちが何度も乗り降りした。

 

 元白軍将校は機体側面へ小さく書いた。

 

飛ばないが働いている

 

 元ドイツ技師が見つけた。

 

「消せ」

 

「事実だ」

 

「軍用機へ落書きするな」

 

「まだ軍へ納めていない」

 

「会社の機体だ!」

 

 軍将校が八号機を見る。

 

「飛んだ機体より搭乗者が多いな」

 

「百四十三名」

 

 実業家が答える。

 

「数えていたのか」

 

「訓練費用請求のためです」

 

「乗っただけで金を取るのか」

 

「設備使用料です」

 

「飛ばない飛行機が稼いでいる!」

 

     ◇

 

 八号機へ新しい右発動機を載せる作業が始まった。

 

 まず発動機架。

 

 寸法確認。

 

 変換金具。

 

 配管。

 

 操作索。

 

 計器線。

 

 元ドイツ技師は、左右を見比べる。

 

「完全に揃っていない」

 

「同じ出力だろう」

 

 軍将校が言う。

 

「公称は」

 

「実測は」

 

「回してみるまで分からん」

 

「また左右差か」

 

「調整する」

 

 元白軍将校が言う。

 

「最初の郵便機と同じだ」

 

「今回は同型だ!」

 

「同型の違う型」

 

「言葉がおかしい!」

 

 元独立運動家が笑った。

 

「WILKへ来る発動機は、皆、少しずつ違う」

 

「笑い事ではない」

 

「だが飛ばしてきた」

 

 技師は答えなかった。

 

 否定できなかった。

 

     ◇

 

 右発動機搭載完了。

 

 地上運転。

 

 左始動。

 

 次に右。

 

 二基の音が重なる。

 

 だが少し違う。

 

 左は低い。

 

 右は高い。

 

「回転数差」

 

 技師が言う。

 

「右が高い」

 

「調整」

 

「油圧は」

 

「左右正常」

 

「温度」

 

「右が上がるのが早い」

 

 軍将校が操縦席から叫ぶ。

 

「飛べるか!」

 

「まだ回している!」

 

「音が違うぞ!」

 

「耳で分かる!」

 

 元白軍将校が地上で言った。

 

「右を少し絞れ」

 

「勝手に触るな!」

 

「聞けば分かる」

 

「計器を見ろ!」

 

「耳も計器だ」

 

「校正されていない!」

 

     ◇

 

 発動機調整は一日かかった。

 

 燃料混合。

 

 点火時期。

 

 プロペラ。

 

 出力索。

 

 左右を近づける。

 

 完全には同じにならない。

 

「許容範囲内」

 

 技師が言った。

 

 軍将校が尋ねる。

 

「真っすぐ飛ぶか」

 

「方向舵で補える」

 

「操縦士が疲れる」

 

「補助板を調整する」

 

「左右同じ発動機なら不要だった?」

 

「完全に同じ発動機などない」

 

「量産とは」

 

「差を許容範囲へ収めることだ」

 

 軍将校は少し黙った。

 

「昔なら、飛べばよいと言っただろう」

 

「今も飛ばす」

 

「違いは」

 

「次の機体でも同じように飛ばす」

 

     ◇

 

 八号機の初飛行。

 

 操縦士は軍将校。

 

 後席は元ドイツ技師。

 

 装備は最小限。

 

 武装なし。

 

 燃料半量。

 

 工具。

 

 砂袋。

 

 試験計器。

 

「食品は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「積んでいない」

 

 技師が答える。

 

「本当に?」

 

「軍用納入試験だ」

 

「果汁缶も」

 

「ない」

 

「バターも」

 

「ない」

 

 軍将校は貨物室を自分で確認した。

 

「信用がないな」

 

「前科が多い」

 

「誰の」

 

「会社全体だ!」

 

     ◇

 

 八号機が滑走する。

 

 長く地上に置かれていた機体。

 

 百四十三名が訓練で乗った。

 

 初めて自分の翼で走る。

 

 左右の発動機音は、少し違う。

 

 だが推力は十分。

 

 尾が上がる。

 

 大車輪が草を離れる。

 

「上がった」

 

 軍将校が言う。

 

「当然だ」

 

 技師が答える。

 

「片肺で長く置かれていた機体だぞ」

 

「今は二基ある」

 

「少しは感慨を」

 

「右へ取られる」

 

「もうか!」

 

     ◇

 

 高度二百メートル。

 

 水平飛行。

 

 右の推力がやや強い。

 

 方向舵補助板を地上で調整したが、まだ足りない。

 

「操縦力、大」

 

「右を少し絞る」

 

「速度が落ちる」

 

「左を上げる」

 

「温度が高い」

 

「では舵で」

 

「疲れる!」

 

 技師が記録する。

 

「着陸後、補助板再調整」

 

「それで済むか」

 

「済ませる」

 

「左右を入れ替える?」

 

「配管を全部やり直す」

 

「やめよう」

 

 片発模擬。

 

 右を絞る。

 

 左だけで飛ぶ。

 

「左一基、維持可能」

 

 次に左を絞る。

 

 右だけ。

 

「右一基、維持可能」

 

「どちらも帰れる」

 

「軽量状態なら」

 

「また条件付きか」

 

「空には必ず条件がある」

 

     ◇

 

 脚作動。

 

 正常。

 

 旋回。

 

 正常。

 

 低速。

 

 問題なし。

 

 着陸。

 

 少し右へ流れる。

 

 修正。

 

 接地。

 

 停止。

 

 八号機は初めて飛び、初めて帰った。

 

 地上では、訓練でこの機体へ乗った若い兵たちが拍手していた。

 

 一人が言う。

 

「ようやく飛んだ」

 

 別の者が答える。

 

「俺たちより先に操縦席へ座った者は百人以上いるぞ」

 

「それでも最初に飛ばした者は二人だ」

 

「最初の一匙は」

 

「今日はないらしい」

 

「残念だな」

 

 軍将校が機体から降りながら聞いた。

 

「なぜ軍の新人まで匙を知っている!」

 

     ◇

 

 八号機は調整後、納入可能となった。

 

 残る機体。

 

 九号機。

 

 十号機。

 

 十一号機。

 

 十二号機。

 

 必要発動機、八基。

 

 使用可能発動機、予備一基。

 

 損傷疑い一基。

 

 不足、六基以上。

 

「一機だけ納めるのか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 実業家が答える。

 

「七号機と八号機をまとめて二機納入できます」

 

「七号機はもう納めた」

 

「では八号機単独です」

 

「輸送費が高い」

 

「軍の受領操縦士を呼べば」

 

「一機のために?」

 

「発動機が来ないのは軍側です」

 

 軍将校は反論できなかった。

 

     ◇

 

 その日の午後。

 

 航空部から新しい提案が届いた。

 

未完成機体四機について、発動機未搭載状態で先行受領する。

 

軍施設にて発動機到着後、搭載作業を行う。

 

 元ドイツ技師は、一行目で首を振った。

 

「駄目だ」

 

 軍将校が聞く。

 

「なぜ」

 

「軍施設に専用治具がない」

 

「送れば」

 

「工具も必要」

 

「送る」

 

「熟練工も」

 

「軍整備兵がいる」

 

「この型を組んだことがない」

 

「訓練する」

 

「発動機仕様が不明だ」

 

「届いてから合わせる」

 

 元白軍将校が頷く。

 

「できる」

 

 技師が振り返る。

 

「お前は黙っていろ」

 

「現場なら合わせる」

 

「量産機を現場合わせへ戻すな!」

 

 実業家が提案書を見る。

 

「先行受領なら残金を」

 

「金の話は後だ!」

 

「重要です」

 

     ◇

 

 軍側との会議。

 

 航空部会計官。

 

 整備部門。

 

 地方部隊。

 

 WILK側五人。

 

「機体は完成している」

 

 会計官が言った。

 

「発動機だけがない」

 

「発動機がなければ飛行機ではない」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「財産として受け取る」

 

「倉庫に置くのか」

 

「軍格納庫へ」

 

「湿度管理は」

 

「行う」

 

「木部点検は」

 

「行う」

 

「操縦索張力は」

 

「整備兵が」

 

「誰が教育する」

 

「WILKに頼む」

 

「その費用は」

 

 実業家が尋ねた。

 

 会計官の顔が曇った。

 

「別か」

 

「当然です」

 

 軍将校が小声で言う。

 

「やはりそこへ行くな」

 

     ◇

 

 整備部門の将校が言った。

 

「機体を先に受け取れば、発動機到着後すぐ搭載できる」

 

「すぐではない」

 

 技師が答える。

 

「なぜ」

 

「発動機架、補機、配管、計器、プロペラ、重心確認、地上運転、飛行検査」

 

「軍施設でもできる」

 

「試験飛行は誰が」

 

「軍操縦士」

 

「不具合が出たら」

 

「軍整備兵」

 

「図面変更が必要なら」

 

「WILKへ連絡」

 

「機体を戻すのか」

 

「必要なら」

 

「最初からここで完成させた方が早い!」

 

 地方部隊の指揮官が言った。

 

「だが機体だけでも先に欲しい」

 

「何に使う」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「地上訓練」

 

 全員が八号機を見るような顔になった。

 

「飛ばない機体でも役に立つ」

 

 指揮官は続けた。

 

「操縦手順、装備換装、燃料系統、救急搭載。飛ぶ前に人を育てられる」

 

 元独立運動家が頷く。

 

「八号機でやった」

 

 元白軍将校も言う。

 

「百四十三名」

 

 実業家が訂正した。

 

「現在百五十一名です」

 

「増えている!」

 

     ◇

 

 結論。

 

 九号機だけを、地上訓練機として軍が仮受領する。

 

 所有権は軍へ。

 

 完成責任は発動機搭載までWILK。

 

 機体はWILK工房に置く。

 

 軍人が訓練に使用。

 

 使用料は軍が支払う。

 

 軍将校は契約書を読んだ。

 

「機体は軍の物」

 

「はい」

 

 実業家が答える。

 

「置き場所はWILK」

 

「はい」

 

「整備もWILK」

 

「はい」

 

「軍が使用料を払う」

 

「はい」

 

「自分の物を使うのに?」

 

「施設、指導、保守の費用です」

 

「うまくやったな」

 

「双方に利益があります」

 

 元ドイツ技師が言う。

 

「勝手に穴を開けない条件も入れろ」

 

「既にあります」

 

「塗装は」

 

「禁止」

 

 白軍将校が不満そうにする。

 

「名前も?」

 

「付けるだけなら」

 

 軍将校が止めた。

 

「許すな。絶対に機体へ書く」

 

     ◇

 

 九号機は、飛ばないまま軍籍に入った。

 

 操縦席には若い操縦士候補。

 

 後席には観測員候補。

 

 地上で手順を繰り返す。

 

「右発動機始動」

 

「発動機はない」

 

「手順を言え」

 

「燃料弁、開」

 

「点火、切」

 

「始動員へ合図」

 

「次」

 

「左発動機」

 

 元白軍将校が横から言う。

 

「左右同時に回せば早い」

 

「訓練を壊すな!」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「実際には同時に回さない」

 

 技師が説明する。

 

「一基ずつ状態を確認する」

 

「火が出たら」

 

「燃料遮断」

 

「消火」

 

「反対側は」

 

「状況により始動中止」

 

「飛ばない機体で火災手順を覚える」

 

 独立運動家が言った。

 

「安全だな」

 

「火は出すなよ」

 

     ◇

 

 C型換装訓練。

 

 担架二床。

 

 医薬品箱。

 

 衛生兵席。

 

 負傷者役が運び込まれる。

 

「飛ばないのに担架へ載るのか」

 

 兵士役が尋ねる。

 

 軍医が答える。

 

「乗せ方を覚える」

 

「降ろすだけでは」

 

「狭い機内で固定する訓練だ」

 

 元独立運動家が見ている。

 

「頭を先に」

 

「足からでは」

 

「降ろす時に回せない」

 

「担架金具へ当たる」

 

「少し上げろ」

 

 何度か繰り返す。

 

 最初は十分。

 

 次は七分。

 

 最後には四分台。

 

 元ドイツ技師が記録した。

 

「飛行前から訓練できる」

 

 軍将校が言う。

 

「軍の提案も悪くなかったな」

 

「限定的には」

 

「素直に認めろ」

 

「発動機搭載はここで行う」

 

「そこは譲らんか」

 

     ◇

 

 B型換装訓練。

 

 模擬爆弾。

 

 弾薬箱。

 

 機銃整備。

 

 爆弾投下装置。

 

 若い整備兵が、安全装置を確認する。

 

「一番、固定」

 

「二番、固定」

 

「投下索」

 

「接続」

 

「誤投下防止」

 

「確認」

 

 元白軍将校が小声で言う。

 

「中身をクリームにすれば失敗しても食える」

 

 軍将校が振り返る。

 

「訓練中だぞ!」

 

「模擬爆弾より重さが近い」

 

「砂を使え!」

 

「砂は食えない」

 

「食う必要がない!」

 

     ◇

 

 九号機は、飛ばないまま役に立った。

 

 搭乗訓練。

 

 換装訓練。

 

 救急訓練。

 

 火災手順。

 

 燃料切替。

 

 緊急脱出。

 

 夜間整備。

 

 雨天時の覆い方。

 

 雪の落とし方。

 

 飛ぶ前に、壊さない方法を覚える。

 

 飛ぶ前に、壊れた時の方法も覚える。

 

 元独立運動家は、訓練を終えた若者たちへパンを配った。

 

「これも訓練か」

 

 一人が尋ねる。

 

「食べる訓練だ」

 

「必要ですか」

 

「必要だ」

 

 白軍将校が即答した。

 

「帰った後に食えなければ困る」

 

     ◇

 

 八号機の納入日。

 

 若い受領操縦士が来た。

 

 機体を一周。

 

 発動機。

 

 脚。

 

 装甲。

 

 操縦面。

 

 貨物室。

 

「左右の発動機音が少し違うと聞きました」

 

「許容範囲へ調整済み」

 

 技師が答える。

 

「飛行中は」

 

「右へ取られない」

 

「片発では」

 

「両方試験済み」

 

「燃料消費差は」

 

「右がわずかに多い」

 

「記録は」

 

 技師が分厚い冊子を渡す。

 

 操縦士が重さに驚く。

 

「全部?」

 

「全部だ」

 

「飛行機より記録が重くなりそうですね」

 

 軍将校が笑った。

 

「その冗談は技師の前で言うな」

 

「記録は機体を軽くする」

 

 技師が答える。

 

「なぜ」

 

「同じ失敗を積まなくて済む」

 

 誰も笑えなくなった。

 

 少し格好よかったからである。

 

     ◇

 

 離陸前。

 

 独立運動家が操縦士へ小さな包みを渡した。

 

「パンとバターですか」

 

「今回は高度不足もある」

 

「酒では」

 

「着陸後に飲め」

 

「飛行前には?」

 

「水だ」

 

 軍将校が感心する。

 

「そこはまともだな」

 

「帰還前に飲ませるわけがない」

 

 実業家が小さな札を付けた。

 

八号機納入便

到着後開封

 

「食品まで封印するのか」

 

「誤使用防止です」

 

「部品管理が完全に移ったな」

 

     ◇

 

 八号機は飛び立った。

 

 二基の発動機。

 

 わずかに違う音。

 

 だが真っすぐ飛ぶ。

 

 訓練で何度も回された座席。

 

 百人以上が触った操縦桿。

 

 初めて工房を離れ、軍の基地へ向かう。

 

 軍将校は見送った。

 

「片肺だった期間の方が長かったな」

 

 元白軍将校が答える。

 

「だが二つ揃った」

 

「次は九号機」

 

「発動機がない」

 

「訓練で働いている」

 

「十号機は」

 

「空いている」

 

 実業家が言った。

 

「民間訓練用として貸し出せるかもしれません」

 

 軍将校が振り返る。

 

「軍籍へ入っていない機体を?」

 

「地上教育です」

 

「誰に」

 

「郵便飛行士、整備士、救急要員」

 

「また稼ぐ気だな」

 

「止めておくよりは」

 

     ◇

 

 その夕方。

 

 損傷疑いの三基目が分解された。

 

 曲がっていたのは外部固定部だけ。

 

 内部軸。

 

 歯車。

 

 気筒。

 

 重大な損傷なし。

 

「使える」

 

 技師が言った。

 

「本当か」

 

 軍将校が聞く。

 

「部品交換後に」

 

「何が必要」

 

「固定金具、油管、補機台」

 

「作れるか」

 

「作れる」

 

「何日」

 

「四日」

 

 元白軍将校が言う。

 

「三日」

 

「検査込みで四日!」

 

「夜もやれば」

 

「人を壊すな」

 

 元独立運動家が止めた。

 

 実業家が帳簿を見る。

 

「四日後、一基」

 

「一基か」

 

 軍将校が言う。

 

「九号機の片側へ」

 

 全員が九号機を見る。

 

 また片肺が一機。

 

「納められないぞ」

 

 軍将校が言った。

 

「訓練には使える」

 

 元白軍将校が答える。

 

「既に使っている」

 

「発動機始動訓練が片側だけできる」

 

 技師は少し考えた。

 

「実機手順には役立つ」

 

 軍将校が頭を抱える。

 

「片肺状態の価値を見つけるな」

 

     ◇

 

 発動機不足は解決していなかった。

 

 契約も終わっていない。

 

 完成機は足りない。

 

 軍は待っている。

 

 WILKも待っている。

 

 だが片肺の八号機は、飛ぶ前に百人以上を教えた。

 

 発動機のない九号機も、救急兵と整備兵を育てている。

 

 飛べなければ飛べないなりに、できる仕事があった。

 

 元ドイツ技師は、修理する発動機の部品表を作る。

 

 元白軍将校は、使える金具を選り分ける。

 

 元独立運動家は、夜勤を増やさないよう交代表を組む。

 

 実業家は、地上訓練費を軍へ請求する。

 

 軍将校は、その全部へ署名する。

 

「飛行機を納める話だったはずだ」

 

 実業家が答えた。

 

「飛ばすための人も必要です」

 

「それは軍が育てる」

 

「今、ここで育っています」

 

「軍の機体で」

 

「WILKの施設を使って」

 

「だから使用料か」

 

「はい」

 

 軍将校は署名した。

 

「うまくできているな」

 

「機体も契約も、壊れにくい方がよいので」

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 軍将校は、いつものように工房へ入った。

 

「発動機は」

 

 実業家が答える。

 

「新規到着はありません」

 

「修理中の一基は」

 

「三日後」

 

「高度不足の次便は」

 

「午後です」

 

「そちらは順調だな!」

 

 作業場の奥。

 

 九号機の左主翼へ、修理予定の発動機を載せるための治具が置かれている。

 

 右側は空。

 

 また片肺になる。

 

 だが今度は、誰もそれを未完成とだけは呼ばなかった。

 

 飛べなくとも教えられる。

 

 一基あれば始動を覚えられる。

 

 二基揃えば飛べる。

 

 飛べば帰る。

 

 帰れば、最初の一匙が待っている。

 

 野牛は、肺が片方しかない間にも、次に空へ上がる者を育てていた。

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