WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・Tur A.1教育運用報告
一九二二年

九号機は発動機未搭載状態で地上教育に使用され、のち左発動機一基を搭載した。

同機により以下の訓練を実施した。

操縦席手順。
発動機始動および停止。
片側火災時の燃料遮断。
発動機交換作業。
装備換装。
救急搬送。
夜間整備。

飛行不能期間中の搭乗者は二百七名。
整備教育参加者は八十三名。

同機はまだ一度も離陸していないが、配属予定部隊からは、

「既に一機分以上働いている」

との評価が提出された。

航空部会計課は、飛行していない航空機の稼働時間をどの項目へ計上すべきか判断できず、回答を保留した。


第25話 飛ぶ前から部隊である

「九号機へ発動機を載せる」

 

 ポーランド軍将校が言った。

 

「一基だけです」

 

 実業家が答えた。

 

「知っている」

 

「片側だけです」

 

「知っている!」

 

「飛べません」

 

「それも知っている!」

 

 作業場の中央。

 

 Tur A.1量産九号機。

 

 左右の発動機架は長く空だった。

 

 その左側へ、修理を終えた一基が吊られている。

 

 輸送中に落とされた疑いのある発動機。

 

 外部固定部。

 

 油管。

 

 補機台。

 

 交換済み。

 

 内部の点検も終わった。

 

「載せる意味はあるのか」

 

 元独立運動家が尋ねた。

 

 元ドイツ帝国軍技師は即答した。

 

「ある」

 

「飛べないぞ」

 

「始動訓練ができる」

 

「片側だけ」

 

「片側の火災訓練も」

 

 元白軍将校が続ける。

 

「交換訓練にも使える」

 

「せっかく載せるのに、もう外す話をするな」

 

 軍将校が言った。

 

「外し方を知らなければ、壊れた時に困る」

 

「まず壊すな」

 

「壊れる」

 

 元ドイツ技師も頷く。

 

「必ずではない。だが壊れる可能性はある」

 

「この工房では、壊れる前提が常識になったな」

 

「壊れても戻すためだ」

 

     ◇

 

 発動機搭載作業には、軍の整備兵も参加した。

 

 九号機は既に軍籍へ入っている。

 

 機体は軍の物。

 

 工房はWILK。

 

 工具もWILK。

 

 指導もWILK。

 

 作業費もWILKが請求する。

 

 軍将校は契約書を見た。

 

「自分の機体へ自分の発動機を載せるのに、軍が金を払う」

 

 実業家が答える。

 

「作業を行うのは弊社です」

 

「整備兵も軍だぞ」

 

「教育を受けながら作業しています」

 

「教育費も?」

 

「別です」

 

「分けるな!」

 

「帳簿上必要です」

 

 若い整備兵たちは、二人の会話を聞かないふりで治具を押していた。

 

 聞いてしまうと、自分たちの作業一つ一つへ値札が付いているような気がする。

 

     ◇

 

「上げるぞ」

 

 元白軍将校が合図する。

 

 吊り具。

 

 滑車。

 

 人力。

 

 発動機がゆっくり上がる。

 

 主翼下。

 

 左発動機架の前。

 

「少し右」

 

 元ドイツ技師が言う。

 

「右」

 

「上」

 

「上」

 

「前へ」

 

「前」

 

「止めろ」

 

 発動機が揺れる。

 

「揺らすな!」

 

「風だ」

 

「工房内だぞ」

 

「人が多い」

 

「人を風に数えるな!」

 

 若い整備兵が固定穴を合わせる。

 

「入りません」

 

「どこが」

 

「上側二本」

 

 軍将校が嫌な顔をした。

 

「また穴か」

 

「今回は穴ではない」

 

 技師が測る。

 

「輸送中に発動機側の固定耳がわずかに変形した」

 

「修理したのでは」

 

「外から見える部分は」

 

「内側が残った?」

 

「〇・八ミリ」

 

 元白軍将校が金槌を取った。

 

 技師が腕を掴む。

 

「叩くな」

 

「〇・八ミリだ」

 

「測って修正する」

 

「叩いて測る」

 

「順番が違う!」

 

     ◇

 

 発動機は、夕方までに搭載された。

 

 配管。

 

 操作索。

 

 計器線。

 

 燃料。

 

 油。

 

 点火。

 

 プロペラ。

 

 すべて左側だけ。

 

 九号機を正面から見ると、いよいよ不均衡だった。

 

 左には発動機。

 

 右には空の架台。

 

 元独立運動家が言った。

 

「片方だけ角が生えた牛だな」

 

「発動機だ」

 

 技師が答える。

 

「片角の野牛」

 

「名前を付けるな」

 

 元白軍将校は、機体側面へ書こうとしていた。

 

 軍将校が筆を奪う。

 

「書くな!」

 

「まだ何も」

 

「顔に書いてある!」

 

     ◇

 

 始動訓練。

 

 軍の若い操縦士候補が操縦席へ座る。

 

 地上始動員。

 

 消火担当。

 

 整備兵。

 

 監督する技師。

 

「燃料弁」

 

「左、開」

 

「右は」

 

「閉」

 

「なぜ」

 

「発動機がないからです」

 

「当然だ。だが声に出せ」

 

「右、閉」

 

「点火」

 

「左、切」

 

「始動員へ合図」

 

 若い操縦士が手を上げる。

 

 外でプロペラを回す。

 

「接触!」

 

 発動機が数度咳き込む。

 

 止まる。

 

「もう一度」

 

 二回目。

 

 低い爆発音。

 

 白煙。

 

 回転。

 

 左発動機が動き始めた。

 

 九号機の胴体が片側から震える。

 

「回った」

 

 若い操縦士が言う。

 

「計器を見ろ」

 

 技師が答える。

 

「油圧」

 

「上昇」

 

「回転」

 

「安定」

 

「温度」

 

「上昇中」

 

「振動」

 

「大きい」

 

「片側だけだからだ」

 

 軍将校が機体正面を見る。

 

「これで右へ走らないのか」

 

「車輪止めがある」

 

 白軍将校が答える。

 

「外せば旋回する」

 

「外すな!」

 

     ◇

 

 発動機停止。

 

 燃料遮断。

 

 点火切。

 

 回転が落ちる。

 

 プロペラが止まる。

 

「もう一度」

 

 技師が言った。

 

 若い操縦士が驚く。

 

「今終わったのでは」

 

「一回では手順にならない」

 

「何回」

 

「考えずにできるまで」

 

「何回です」

 

「人による」

 

 元白軍将校が答えた。

 

「戦場なら一回で覚える」

 

「失敗すれば死ぬからだろう!」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「ここで何度もやれ!」

 

     ◇

 

 昼までに十回。

 

 午後に十五回。

 

 翌日も。

 

 燃料弁。

 

 点火。

 

 合図。

 

 始動。

 

 計器。

 

 停止。

 

 異常時。

 

 燃料漏れ想定。

 

 油圧低下想定。

 

 火災想定。

 

「火!」

 

 教官が叫ぶ。

 

「燃料遮断!」

 

「点火切!」

 

「消火担当!」

 

 若い整備兵が消火器を持って走る。

 

「右側へ行くな!」

 

「発動機は左だ!」

 

「分かっています!」

 

「ならなぜ右へ!」

 

「出口がこちらでした!」

 

「本番なら間に合わん!」

 

 元独立運動家が言った。

 

「消火器を左右両方へ置く」

 

「増やすのか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「人が走る距離を減らせる」

 

 元ドイツ技師は配置図を書き直した。

 

「一理ある」

 

「また地上装備が増えた」

 

 実業家が答える。

 

「消火器二本分です」

 

「請求書へ入れるなよ」

 

「安全設備です」

 

「入れる気だな!」

 

     ◇

 

 発動機交換訓練も始まった。

 

「外すのか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「載せたばかりだぞ」

 

「だから今、手順を覚える」

 

 技師が答える。

 

「壊れていない」

 

「壊れてから初めて外すよりよい」

 

 元白軍将校は既に工具を揃えている。

 

「時間を測る」

 

「急がせるな」

 

「今は訓練だ」

 

「手順を守って速くする」

 

「初回目標は」

 

「一日」

 

「長い」

 

「初めてだぞ」

 

「戦場なら半日」

 

「夜通し働かせる気か!」

 

 元独立運動家が交代表を持ってきた。

 

「二班に分ける」

 

「また人が増える」

 

 実業家が帳簿へ書く。

 

「教育参加人数も増えます」

 

「嬉しそうに言うな!」

 

     ◇

 

 若い整備兵たちは、発動機を外した。

 

 配管へ札。

 

 操作索へ札。

 

 計器線へ札。

 

 ボルトは位置ごとに箱へ。

 

 右用は丸札。

 

 左用は三角札。

 

 今回の発動機は左。

 

「この管は」

 

「油戻り」

 

「こちらは」

 

「燃料」

 

「間違えたら」

 

「燃える」

 

 若い兵の手が止まった。

 

 元白軍将校が言う。

 

「覚えやすい」

 

「怖がらせるな」

 

 技師が止める。

 

「だが間違えるな」

 

「結局怖い!」

 

 軍将校が叫んだ。

 

     ◇

 

 初回交換時間。

 

 十一時間四十八分。

 

「一日以内」

 

 技師が記録する。

 

「遅い」

 

 白軍将校が言う。

 

「初回だ」

 

「二回目は六時間」

 

「手順を省くな」

 

「省かずに」

 

「本当に?」

 

「多少」

 

「省くな!」

 

 若い整備兵の一人が、作業台の配置を変えた。

 

 外した順に並べる。

 

 戻す時は逆順。

 

 ボルト箱も工程ごと。

 

「よい」

 

 技師が言った。

 

「記録しろ」

 

「はい」

 

「誰の提案だ」

 

「私です」

 

 実業家が名前を聞く。

 

「何のために」

 

 兵が尋ねる。

 

「改善報奨の記録です」

 

 周囲の整備兵が一斉に作業台を見始めた。

 

 軍将校が言う。

 

「急に全員が改善を考え始めたぞ」

 

「報奨は有効です」

 

「軍も見習うべきでは」

 

 大尉が呟いた。

 

 軍将校と実業家が同時に彼を見る。

 

「今の発言は記録しないでくれ」

 

     ◇

 

 二回目。

 

 七時間二十二分。

 

 三回目。

 

 五時間五十一分。

 

 四回目。

 

 四時間四十分。

 

「まだ縮む」

 

 白軍将校が言う。

 

「ここからは危険だ」

 

 技師が答える。

 

「なぜ」

 

「確認時間を削り始める」

 

「手が慣れた」

 

「目も慣れて、異常を見逃す」

 

 軍将校が頷いた。

 

「最短時間を競わせるな」

 

「基準時間を決める」

 

「何時間」

 

「六時間以内。完了後に別班が検査」

 

 白軍将校は不満そうだった。

 

「四時間でできる」

 

「六時間で確実にやれ」

 

「戦場では」

 

「戦場でも、飛んだ後に落ちたら意味がない!」

 

 若い整備兵たちは、軍将校を見た。

 

「何だ」

 

「WILKの人みたいになっています」

 

「私は軍だ!」

 

     ◇

 

 九号機は、片発機として飛ぶことはできない。

 

 正確には、一基だけでも推力は出る。

 

 地上を動くこともできる。

 

 だが左右非対称が大きすぎる。

 

 離陸してしまえば危険。

 

 軍将校は、機体が左発動機だけで低速走行するのを見た。

 

「タキシング訓練くらいは」

 

 技師が答える。

 

「低出力なら」

 

「実際に動かす?」

 

「広い場所で」

 

 元白軍将校が嬉しそうに車輪止めを外す。

 

「ようやく走れる」

 

「飛ばすなよ!」

 

「片方では上がらん」

 

「お前が言うと上げそうで怖い!」

 

     ◇

 

 九号機は、左発動機だけでゆっくり動いた。

 

 機体は左へ曲がろうとする。

 

 操縦士候補が右方向舵。

 

 右車輪のブレーキ。

 

 慎重に進む。

 

「真っすぐ!」

 

「踏みすぎ!」

 

「戻せ!」

 

「出力を落とせ!」

 

 地上から教官の声。

 

 九号機は蛇のように曲がりながら草地を進んだ。

 

 途中で左へ大きく旋回。

 

 止まる。

 

「難しい」

 

 操縦士候補が言った。

 

「両方あれば楽だ」

 

 軍将校が答える。

 

「片発着陸後の地上走行は、こうなる場合がある」

 

 技師が付け加えた。

 

「つまり訓練になる」

 

「片肺にも仕事があるな」

 

 元白軍将校が言う。

 

「価値を見つけるなと言っただろう」

 

「もう見つかった」

 

     ◇

 

 地上走行訓練は人気になった。

 

 飛行訓練へ進む前の操縦士候補。

 

 片発時の方向舵操作。

 

 左右ブレーキ。

 

 低速制御。

 

 一基でも大きな双発機を動かす感覚。

 

 ただし問題も出た。

 

「燃料を使いすぎる」

 

 軍将校が記録を見る。

 

「飛ばないのに」

 

「発動機は回している」

 

 実業家が答える。

 

「訓練費用へ」

 

「軍に請求する気だな」

 

「軍の訓練です」

 

「機体も軍だ」

 

「燃料も軍支給です」

 

「では何を請求する」

 

「指導員、整備、施設使用」

 

「抜け目がないな!」

 

     ◇

 

 九号機へ乗った者は、二百人を超えた。

 

 操縦士候補。

 

 観測員。

 

 整備兵。

 

 衛生兵。

 

 軍医。

 

 通信兵。

 

 装備担当。

 

 会計官まで一度乗った。

 

「なぜ会計官が」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「装備換装費の確認です」

 

 実業家が答える。

 

「乗る必要は」

 

「狭さを理解してもらいました」

 

「効果は」

 

「後席配置改善費が承認されました」

 

「実地説明が強い!」

 

 会計官は後席から降りた時、膝を押さえていた。

 

「無線機を少し上へ移せ」

 

 技師が答える。

 

「機銃架に当たる」

 

「では前へ」

 

「操縦士席に当たる」

 

「もっと機体を大きく」

 

 軍将校が笑った。

 

「乗ると皆、同じことを言うな」

 

     ◇

 

 その頃。

 

 ようやく発動機輸送に動きがあった。

 

 軍の倉庫ではない。

 

 民間の倉庫。

 

 戦後処分品。

 

 同系統の発動機が八基あるとの情報。

 

 実業家が書類を持ってきた。

 

「購入できます」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「状態は」

 

「未確認」

 

「値段は」

 

「軍支給品より高い」

 

「軍用機へ民間購入品を載せるのか」

 

「航空部の承認があれば」

 

「誰が金を出す」

 

「軍かWILKです」

 

「WILKが出す場合は」

 

「機体代へ加算します」

 

「当然と言う顔をするな」

 

 元ドイツ技師は在庫資料を読んだ。

 

「製造番号が連続している」

 

「同じ工場か」

 

「おそらく」

 

「同じ仕様?」

 

「確認するまで分からん」

 

 全員が頷いた。

 

 経験が人を疑い深くしていた。

 

     ◇

 

 現物確認へ向かったのは、技師、白軍将校、実業家、軍将校。

 

 元独立運動家は工房に残る。

 

「人を見ておく」

 

「何か起きるか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「皆、働きすぎる」

 

「発動機が来るかもしれんのだぞ」

 

「だからだ」

 

「急ぐだろう」

 

「急いで人を壊せば、発動機が来ても機体を作れない」

 

 実業家が頷いた。

 

「交代表を守らせてください」

 

「任せろ」

 

 軍将校は少しだけ安心した。

 

 この会社では、機体だけでなく人間にも予備が要る。

 

 だが人間は部品のように交換できない。

 

     ◇

 

 民間倉庫は、元鉄道工場の一角だった。

 

 八基の発動機。

 

 油紙。

 

 木箱。

 

 埃。

 

 長く動かされていない。

 

 元ドイツ技師は一基ずつ製造番号を確認した。

 

「連続している」

 

「仕様も?」

 

 軍将校が聞く。

 

「外観は同じ」

 

 白軍将校が軸を回す。

 

「重い」

 

「油が固まっている」

 

「圧縮は」

 

「ある」

 

「点火装置は」

 

「同型」

 

「補機位置も」

 

「同じ」

 

 軍将校の顔が明るくなる。

 

「八基全部か」

 

 技師は最後の箱を開けた。

 

 中身を見る。

 

 黙る。

 

「何だ」

 

「一基だけ別の発動機だ」

 

「なぜ!」

 

「箱を間違えたらしい」

 

 倉庫番が答える。

 

「昔からそうだった」

 

「直せ!」

 

「どの箱が正しいか分からん」

 

 白軍将校が別型発動機を見る。

 

「これはこれで使える」

 

「Turには出力が足りない」

 

「小型機へ」

 

 実業家が価格表を確認する。

 

「まとめて買えば安くなるかもしれません」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「要らない物まで買うな!」

 

     ◇

 

 使用可能候補は七基。

 

 必要なのは、残る四機分で八基。

 

 九号機には既に一基ある。

 

 つまり七基あれば、九号機から十二号機まで揃う。

 

「ぴったりだ」

 

 軍将校が言った。

 

 技師は首を振る。

 

「予備がない」

 

「またか」

 

「一基故障すれば、完成が止まる」

 

 白軍将校が言う。

 

「別型を改造する」

 

「出力不足だ」

 

「予備として地上運転だけ」

 

「飛べなければ予備ではない」

 

 実業家が倉庫番へ尋ねた。

 

「他に同型は」

 

「別倉庫に二基あるかもしれない」

 

「かもしれない?」

 

「記録では」

 

「現物は」

 

「見ていない」

 

 軍将校は深く息を吸った。

 

「見に行くぞ」

 

     ◇

 

 別倉庫にあったのは、二基ではなかった。

 

 三基。

 

 一基は分解済み。

 

 一基は完全品。

 

 一基は焼損品。

 

「使えるのは」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 技師が答える。

 

「完全品一基」

 

「分解品は」

 

「部品が揃えば」

 

「焼損品は」

 

「一部部品取り」

 

 白軍将校が嬉しそうに言う。

 

「全部買う」

 

「全部?」

 

「完全品一基。分解品を予備。焼損品を部品取り」

 

「共食い前提では」

 

「予備部品化だ」

 

 技師は焼損品を詳しく見る。

 

「気筒の一部、補機台、固定耳は使える」

 

 軍将校は二人を見る。

 

「止める者がいない」

 

 実業家が価格交渉を始めていた。

 

 既に買うことは決まっていた。

 

     ◇

 

 合計。

 

 完全品八基。

 

 分解品一基。

 

 部品取り一基。

 

 別型一基。

 

「最後の別型も買ったのか!」

 

 軍将校が言った。

 

 実業家は答える。

 

「まとめ買い条件です」

 

「何に使う」

 

「小型試験機、発電機、教育用」

 

 白軍将校が言う。

 

「船にも載る」

 

「船を作るな!」

 

 技師は購入契約書へ条件を追加する。

 

「分解検査後に最終価格調整」

 

 倉庫番が嫌な顔をした。

 

「そこまで見るのか」

 

「飛行機へ載せる」

 

「昔はそのまま使った」

 

「だから今、倉庫にあるのでは」

 

 倉庫番は黙った。

 

     ◇

 

 発動機が工房へ届いた日。

 

 町の人々まで見に来た。

 

 長く待った。

 

 軍も。

 

 職人も。

 

 未完成のTurも。

 

 木箱が並ぶ。

 

 八基。

 

 さらに分解品と部品取り。

 

 軍将校は、思わず言った。

 

「揃った」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「検査前だ」

 

「今くらい喜べ」

 

「一基目を開ける」

 

「先に喜べ!」

 

 作業員たちは笑った。

 

     ◇

 

 検査には六日かかった。

 

 一基目。

 

 良好。

 

 二基目。

 

 点火線交換。

 

 三基目。

 

 油圧弁固着。

 

 修理。

 

 四基目。

 

 圧縮差大。

 

 気筒点検。

 

 五基目。

 

 良好。

 

 六基目。

 

 補機軸摩耗。

 

 分解品から交換。

 

 七基目。

 

 良好。

 

 八基目。

 

 輸送中の水分侵入。

 

 乾燥、洗浄。

 

「八基全部使えるか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「使える」

 

 技師が答えた。

 

 工房が静かになった。

 

「本当に?」

 

「修理後なら」

 

「また条件付きか」

 

「だが全部使える」

 

 元独立運動家がパンを持ってきた。

 

「祝いだ」

 

「まだ載せていない」

 

「食ってから載せる」

 

「今日は認める」

 

 軍将校は黒パンを受け取った。

 

     ◇

 

 九号機へ右発動機。

 

 十号機へ二基。

 

 十一号機へ二基。

 

 十二号機へ二基。

 

 残る一基は予備。

 

「今度こそ揃った」

 

 軍将校が言う。

 

「予備もある」

 

 技師が答える。

 

「満足か」

 

「分解品も組めれば二基目の予備になる」

 

「欲が出たな」

 

「必要だ」

 

 白軍将校が言う。

 

「別型もある」

 

「それは数えるな!」

 

     ◇

 

 四機同時の組立。

 

 工房は戦場のようになった。

 

 ただし、誰も怒鳴りながら走らない。

 

 工程表。

 

 交代制。

 

 部品札。

 

 工具荷車。

 

 検査班。

 

 組立班。

 

 発動機班。

 

 配管班。

 

 電装班。

 

 元独立運動家が食事を回す。

 

 実業家が賃金と材料を管理する。

 

 白軍将校が現場を見て回る。

 

 ドイツ技師が図面と検査を握る。

 

 軍将校が軍との連絡を引き受ける。

 

 若い整備兵が言った。

 

「会社が一つの部隊みたいですね」

 

 軍将校が答える。

 

「部隊より口が多い」

 

「命令系統は」

 

「五つある」

 

「それで動くのですか」

 

「なぜか動く」

 

     ◇

 

 九号機。

 

 両発動機始動。

 

 長く片肺だった機体。

 

 二つの音。

 

 操縦士候補たちが集まる。

 

「ようやくだ」

 

「俺はこの機体で緊急脱出を四十回やった」

 

「私は担架を三十回」

 

「私は火災訓練で消火器を落とした」

 

「それは言うな」

 

 軍将校が操縦席へ乗る。

 

「初飛行は私だ」

 

 若い操縦士候補が残念そうな顔をした。

 

「なぜ」

 

「初飛行検査は経験者が行う」

 

「私たちも訓練しました」

 

「地上でな」

 

「この機体には私たちの方が長く乗っています」

 

 軍将校は少し考えた。

 

 大尉を見る。

 

 技師を見る。

 

「後席に一人乗せるか」

 

 技師が答える。

 

「観測記録を取れる者なら」

 

 候補者たちが一斉に背筋を伸ばした。

 

     ◇

 

 選ばれたのは、九号機で最初に始動訓練をした若者だった。

 

「なぜ私です」

 

 軍将校が答える。

 

「手順を間違えなかった」

 

「一度、消火器の場所を」

 

「それは整備兵だ」

 

「ああ」

 

「自信を持て」

 

「はい」

 

 独立運動家が小さな包みを渡す。

 

「着陸後に」

 

「パンですか」

 

「バターも」

 

「高度不足は」

 

「初飛行だ。酒は後」

 

「最初の一匙は」

 

「二人分ある」

 

 元ドイツ技師が言う。

 

「試験に食品規定を混ぜるな」

 

 軍将校が笑った。

 

「もう遅い」

 

     ◇

 

 九号機が滑走する。

 

 何百人も乗った。

 

 一度も飛ばなかった。

 

 片側発動機だけで蛇のように地上を走った。

 

 発動機を何度も外され、載せられた。

 

 救急訓練。

 

 換装訓練。

 

 火災訓練。

 

 夜間整備。

 

 そのすべてを終えた機体。

 

 二基の発動機が同じ方向へ引く。

 

 大車輪が草を離れる。

 

 九号機は空へ上がった。

 

 地上から歓声。

 

 若い観測員が後席から工房を見る。

 

「小さい」

 

「飛べば何でも小さく見える」

 

 軍将校が答える。

 

「この機体も?」

 

「地上では大きかった」

 

「ずっと動かなかったから」

 

「今は動く」

 

     ◇

 

 飛行は順調だった。

 

 脚。

 

 旋回。

 

 低速。

 

 片発模擬。

 

 無線。

 

 操縦力。

 

 九号機は、試作一号機より完成度が高い。

 

 量産初期六機より、さらに揃っている。

 

 訓練で何度も触られたため、留め具も操作器も既に馴染んでいた。

 

「座席が軽い」

 

 若い観測員が言う。

 

「二百人が回したからな」

 

「新品では」

 

「ないようなものだ」

 

「軍は新品として受け取るのでしょうか」

 

 軍将校は少し黙った。

 

「飛行時間は新品だ」

 

     ◇

 

 着陸。

 

 真っすぐ。

 

 停止。

 

 地上へ降りると、操縦士候補、観測員候補、整備兵、衛生兵が機体を囲んだ。

 

「どうだった」

 

「飛んだ」

 

 若い観測員が答える。

 

「それだけ?」

 

「地上と違った」

 

「何が」

 

「全部だ」

 

 軍将校は包みを開いた。

 

 黒パン。

 

 飛行バター。

 

 二つに分ける。

 

「最初の一匙」

 

 若者が言う。

 

「今日は一口だ」

 

「また規則が曖昧ですね」

 

「帰った者が食べればよい」

 

 二人で食べた。

 

 周囲の者たちにも、すぐパンが配られた。

 

 九号機は、飛ぶ前から皆の機体だった。

 

 だから最初の味も、すぐ皆へ回った。

 

     ◇

 

 十号機。

 

 初飛行合格。

 

 十一号機。

 

 無線雑音で再調整。

 

 十二号機。

 

 右主脚固定表示が遅れ、検査延長。

 

「最後まで何かあるな」

 

 軍将校が言う。

 

「試験で見つかるならよい」

 

 技師が答える。

 

「戦場で見つかるより」

 

「そうだ」

 

 白軍将校が十二号機の脚を叩く。

 

「固定爪のばねだ」

 

「叩くな」

 

「音が違う」

 

「測定する」

 

「耳で」

 

「校正されていない!」

 

 調べる。

 

 ばねの強さが規格外。

 

 本当に白軍将校の言う通りだった。

 

 軍将校は技師を見る。

 

「耳も計器では」

 

「記録できない」

 

「認めたくないのだな」

 

     ◇

 

 二週間後。

 

 九号機から十二号機。

 

 四機すべてが完成した。

 

 検査済み。

 

 記録済み。

 

 装備済み。

 

 発動機予備一基。

 

 分解品も組み上がり、二基目の予備となった。

 

「十二機」

 

 実業家が帳簿を見る。

 

「契約完了です」

 

 軍将校は工房内を見回した。

 

 最初の六機はもういない。

 

 七号機。

 

 八号機。

 

 そして九号機から十二号機。

 

 すべて軍へ渡る。

 

「終わったな」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「納入が残っている」

 

「今くらい終わったと言え」

 

「次の整備契約もある」

 

 実業家が付け加えた。

 

「予備部品契約も」

 

「訓練契約も」

 

 元独立運動家が続ける。

 

「食品便も」

 

 軍将校が頭を抱えた。

 

「何も終わっていない!」

 

     ◇

 

 最後の四機は、編隊で納入された。

 

 九号機。

 

 十号機。

 

 十一号機。

 

 十二号機。

 

 操縦士四名。

 

 観測員四名。

 

 その多くが、発動機のない機体で先に訓練した者たちだった。

 

 離陸前。

 

 元独立運動家が小さな包みを配る。

 

「到着後に開けろ」

 

「全機分?」

 

「全員分だ」

 

 実業家が飛行記録札を付ける。

 

 元白軍将校が脚を見て回る。

 

 元ドイツ技師が発動機音を聞く。

 

 軍将校は編隊先頭機へ乗る。

 

「十二機目まで、ようやくだ」

 

 大尉が言う。

 

「長かった」

 

「最初は一機だった」

 

「郵便機だ」

 

「今は軍用機十二機」

 

「食品部もある」

 

「それは数えるな」

 

     ◇

 

 四機が飛び立った。

 

 同じ翼。

 

 同じ脚。

 

 同じ狼の印。

 

 同じ型式。

 

 同じ部品。

 

 同じ手順。

 

 だが中にいる人間は、飛ぶ前から機体を知っていた。

 

 発動機のない操縦席で手順を覚えた。

 

 動かない後席で地図を落とした。

 

 担架を何度も入れ直した。

 

 火災を想定して燃料弁を閉じた。

 

 片側だけの発動機で、曲がる機体を真っすぐ走らせた。

 

 飛行機が飛ばない間に、人間の方が先に部隊になっていた。

 

     ◇

 

 納入先の地方基地。

 

 格納庫は小さい。

 

 滑走路は草地。

 

 予備部品庫。

 

 工具荷車。

 

 訓練模型。

 

 A型、B型、C型装備。

 

 すべてが既に届いている。

 

 基地指揮官は四機を迎えた。

 

「待ったぞ」

 

 軍将校が答える。

 

「発動機が来なかった」

 

「知っている」

 

「途中で別型も混ざった」

 

「それも聞いた」

 

「一機は片肺のまま二百人を訓練した」

 

「それも聞いた」

 

「何でも報告されているな」

 

「現場では、飛行機より先に噂が飛ぶ」

 

     ◇

 

 基地指揮官は九号機を見た。

 

「これが地上訓練機だった機体か」

 

「今は飛ぶ」

 

 若い操縦士が答える。

 

「愛称は」

 

 軍将校が素早く言った。

 

「付けていない」

 

 基地の整備兵が機体側面を見る。

 

 薄く消された跡がある。

 

飛ばないが働いている

 

「何か書いてあったようだが」

 

「汚れだ」

 

 元白軍将校はポーランドの工房にいる。

 

 それでも彼の痕跡は消えきっていなかった。

 

「なら、うちで付けよう」

 

 軍将校が止める。

 

「機体へ勝手に書くな」

 

「軍の機体だぞ」

 

「書くなら記録して、重量と塗料を」

 

 自分で言ってから、軍将校は黙った。

 

 基地指揮官が笑った。

 

「WILKに染まったな」

 

「違う!」

 

     ◇

 

 四機の受領が終わった。

 

 契約十二機。

 

 すべて納入。

 

 工具。

 

 装備。

 

 予備発動機。

 

 予備部品。

 

 訓練設備。

 

 飛ばす人間。

 

 直す人間。

 

 患者を載せる人間。

 

 無線を使う人間。

 

 全部がそろって、初めて一つの部隊になった。

 

 軍将校は帰りの古い連絡機へ乗る前に、基地を振り返った。

 

 Turが並んでいる。

 

 整備兵が主翼下へ集まる。

 

 操縦士が次の訓練予定を確認する。

 

 衛生兵がC型装備を開く。

 

 砲兵観測員が無線機を試す。

 

 もうWILKの工房ではない。

 

 だが、工房で覚えた手順がそのまま動いている。

 

     ◇

 

 WILKへ戻った夜。

 

 実業家は大きな帳簿を閉じた。

 

 表紙。

 

Tur A.1先行量産十二機契約

 

 その横に、新しい帳簿を置く。

 

Tur部品供給・整備契約

 

 さらにもう一冊。

 

軍用乗員・整備員教育契約

 

 そして、少し離れたところに、

 

飛行食品試験部

仮設

 

 軍将校が最後の一冊を指した。

 

「まだ仮設か」

 

「はい」

 

「既に定期便がある」

 

「試験期間中です」

 

「商品も売っている」

 

「試験販売です」

 

「職人も雇った」

 

「試験要員です」

 

「いつ正式になる」

 

 実業家は答えた。

 

「継続して利益が出れば」

 

「もう出ているだろう!」

 

     ◇

 

 元独立運動家が、作業員たちへ夕食を配った。

 

 十二機分の仕事が終わった。

 

 だが解雇される者はいない。

 

 予備部品。

 

 整備。

 

 改修。

 

 民間輸送。

 

 食品試験。

 

 次の注文。

 

 仕事は既に次へつながっていた。

 

「十二機を作るために雇った者たちだ」

 

 軍将校が言った。

 

「仕事が終われば人数を減らす会社もある」

 

 実業家が答える。

 

「教育した者を手放す方が高くつきます」

 

「商売の理由か」

 

 独立運動家が言う。

 

「家族ごと来た者もいる」

 

「住む場所も作った」

 

「学校へ行き始めた子供も」

 

 元白軍将校がパンをちぎる。

 

「次の機体を作ればよい」

 

 元ドイツ技師は図面を見ていた。

 

「改良点はある」

 

 軍将校が嫌な顔をする。

 

「もう次か」

 

「十二機で問題が出た」

 

「どこに」

 

「無線。発動機整備性。後席。装甲。航続距離」

 

「全部ではないか」

 

「直せる」

 

     ◇

 

 Turは、飛んでから部隊を作ったのではなかった。

 

 飛べない九号機の周りに、人が集まった。

 

 操縦士が学んだ。

 

 整備兵が手を汚した。

 

 衛生兵が担架を運んだ。

 

 会計官が後席へ膝をぶつけた。

 

 発動機が一つ付けば、始動と火災を覚えた。

 

 二つそろえば、ようやく飛んだ。

 

 その時にはもう、機体を飛ばす者も、直す者も、待つ者もそろっていた。

 

 軍将校は、空になった作業場を見る。

 

「広くなったな」

 

 元独立運動家が答える。

 

「また埋まる」

 

「何で」

 

 元ドイツ技師が新しい図面を机へ広げた。

 

 Turの輪郭。

 

 少し長い胴体。

 

 改良された後席。

 

 増えた燃料。

 

 簡略化された脚機構。

 

「改良型だ」

 

 軍将校は図面を見る。

 

「軍の注文は」

 

 実業家が答える。

 

「まだありません」

 

「では作るな」

 

 元白軍将校が言った。

 

「試作なら一機」

 

「発動機は」

 

「別型が一基ある」

 

「一基しかないだろう!」

 

「まず片肺で訓練できる」

 

 軍将校は天井を見上げた。

 

「一周回って同じ場所へ戻ってきたぞ!」

 

 誰も否定しなかった。

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