WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍地方航空隊・Tur A.1初期運用報告
一九二二年

配備後三か月間の任務実績。

写真偵察、四十一回。
砲兵観測、二十七回。
人員および命令書輸送、六十八回。
負傷者および病人輸送、十九回。
補給物資投下、十三回。

任務中止、七回。
発動機不調による引き返し、四回。
不整地着陸による主脚損傷、二回。
無線機故障、一回。

機体全損、なし。
死者、なし。

部隊からは、航続距離、後席居住性、無線機整備性の改善を要求する。

なお、発動機一基を停止して帰還した機体について、製造側は詳細な損傷記録と交換部品一覧を要求した。

部隊側は、先に操縦士の無事を報告した。

製造側は、

「それが最初でよい」

と回答した。


第26話 改良するなら、戻ってきてから

「帰ってきた」

 

 ポーランド軍将校が言った。

 

 WILKの作業場。

 

 朝。

 

 元ドイツ帝国軍技師は、新しいTur改良案の図面を広げていた。

 

 元白軍将校は、例の別型発動機を分解している。

 

 元独立運動家は、作業員の朝食を配っている。

 

 実業家は、飛行食品試験部の帳簿を正式な棚へ移そうとしていた。

 

「何が」

 

 技師が尋ねる。

 

「Tur三号機」

 

「どの三号機だ」

 

「量産三号機だ!」

 

「機体番号を言え」

 

「軍では三号機で通じる!」

 

「ここでは試作三号案もある」

 

「まだ作っていないだろう!」

 

「図面上にはある」

 

 軍将校は一枚の報告書を机へ置いた。

 

「左発動機停止。国境監視任務から帰還。着陸成功。乗員無事」

 

 元白軍将校が顔を上げる。

 

「右だけで?」

 

「そうだ」

 

「風は」

 

「向かい風」

 

「搭載物」

 

「写真機、無線、燃料半量」

 

「着陸地」

 

「草地」

 

「脚は」

 

「右主脚を少し曲げた」

 

 技師は報告書を取った。

 

「なぜ停止した」

 

「油圧低下」

 

「警告は」

 

「圧力計が振れた」

 

「どこで」

 

「基地から七十キロ」

 

「火は」

 

「出ていない」

 

「停止後のプロペラは」

 

「風車状態」

 

「完全に止めなかったのか」

 

「操縦士は止めようとしたが、固定機構が利かなかった」

 

 技師の眉が動いた。

 

「それは直す」

 

「先に喜べ」

 

「何を」

 

「帰ってきたのだぞ」

 

「だから原因を調べる」

 

「喜んでから調べろ!」

 

     ◇

 

 報告書には、操縦士の証言も付いていた。

 

左発動機の油圧低下を確認。

 

出力を絞った後、異音が増加したため停止。

 

機体は左へ取られたが、方向舵により維持可能。

 

高度を徐々に失ったため、最寄りの草地を選定。

 

半引込式主脚を完全に下ろし、低速で進入。

 

接地後、地面の窪みにより右主脚を損傷。

 

乗員二名に負傷なし。

写真乾板、一部破損。

郵便袋、全数無事。

 

 軍将校は最後を指した。

 

「郵便袋」

 

 元独立運動家が答える。

 

「国境部隊からの手紙だろう」

 

「偵察任務だぞ」

 

「帰りに預かった」

 

「やはり郵便機ではないか」

 

「軍用郵便だ」

 

「言い方で押し通すな!」

 

 実業家が別の紙を見る。

 

「写真乾板が一部破損しています」

 

「そこか」

 

「情報は商品ではありませんが、価値があります」

 

「軍の機密だ!」

 

「だから守る必要があります」

 

 技師が言った。

 

「乾板箱の緩衝材を増やす」

 

「重量は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「少し」

 

「言うと思った!」

 

     ◇

 

 量産三号機は、その日の午後にWILKへ戻された。

 

 飛んでではない。

 

 分解され、鉄道と荷車で。

 

 主翼。

 

 胴体。

 

 発動機。

 

 曲がった右主脚。

 

 写真機。

 

 無線機。

 

 郵便袋だけは、既に宛先へ届けられていた。

 

「機体より先に届いたか」

 

 元白軍将校が言う。

 

「手紙は歩いてでも届く」

 

 元独立運動家が答える。

 

「機体は歩けない」

 

「大車輪なら引ける」

 

「主脚が曲がっている!」

 

     ◇

 

 左発動機を開ける。

 

 油。

 

 金属粉。

 

 焦げた匂い。

 

 軸受。

 

 油管。

 

 油圧弁。

 

 元ドイツ技師は、作業員たちへ手を出させなかった。

 

「まず記録」

 

「写真は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「撮る」

 

「図面も」

 

「描く」

 

「いつ直す」

 

「原因を特定してから」

 

 元白軍将校が油管を指した。

 

「ここだ」

 

「触るな」

 

「潰れている」

 

 見れば、確かに一本の油管がわずかに変形している。

 

 外部からの衝撃ではない。

 

 固定金具の角。

 

 振動。

 

 長時間。

 

 少しずつ擦れた。

 

 管壁が薄くなる。

 

 漏れる。

 

 油圧が落ちる。

 

「固定金具の位置が悪い」

 

 技師が言った。

 

「量産機全部同じでは」

 

 軍将校が聞く。

 

「同じだ」

 

「なら十二機全部に起きる?」

 

「可能性がある」

 

 作業場が静かになった。

 

 実業家が帳簿を閉じる。

 

「全機改修ですか」

 

「全機点検」

 

 技師が答える。

 

「必要なら改修」

 

「費用は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「設計不良ならWILKが持つ」

 

 実業家の顔がわずかに固まった。

 

「全部?」

 

「全部だ」

 

「軍の使用環境も」

 

「通常任務で起きた」

 

「では保証対象です」

 

 軍将校は実業家を見る。

 

「そこは争わないのか」

 

「信用を失う方が高くつきます」

 

     ◇

 

 航空部へ緊急通報。

 

Tur A.1全機について、左・右発動機油管固定部の点検を求む。

 

固定金具角部との接触痕がある場合、飛行停止。

 

改修部品到着まで該当管を交換し、仮保護材を装着すること。

 

 軍将校が文面を読む。

 

「全機飛行停止?」

 

「接触痕がある機体だけだ」

 

 技師が答える。

 

「点検が終わるまでは」

 

「飛ばさない」

 

「部隊は困るぞ」

 

「落ちるよりよい」

 

 元白軍将校が言う。

 

「現地で金具を削れば」

 

「削るな!」

 

「角を丸めるだけだ」

 

「削り屑が入る」

 

「外してから」

 

「勝手な改修をさせるな!」

 

「だが届くまで何日」

 

 実業家が輸送時間を確認する。

 

「最も遠い基地まで四日」

 

「四日間止まる」

 

 軍将校が言った。

 

「戦争中なら待てない」

 

 技師は図面を見た。

 

「仮改修手順を作る」

 

「現地でできる形に?」

 

「金具を外す。角へ薄い保護板を付ける。油管との間隔を測る」

 

「削らない?」

 

「削らせない」

 

 白軍将校が不満そうに言う。

 

「削る方が早い」

 

「規格が消える!」

 

     ◇

 

 改修部品は、その日のうちに設計された。

 

 固定金具の角を丸く。

 

 油管との間隔を広げる。

 

 薄い摩耗確認板を追加。

 

 擦れれば、塗装が剥がれて見える。

 

「板を一枚増やす」

 

 軍将校が言う。

 

「軽い」

 

「何グラム」

 

「百八十」

 

「十二機、左右で」

 

「四・三二キロ」

 

「全機合計を言うな! 一機ごとかと思った!」

 

 実業家が製造数を計算する。

 

「予備込みで三十組」

 

「今夜から作る」

 

 元独立運動家が止めた。

 

「二交代までだ」

 

「急ぐ」

 

 技師が答える。

 

「人を壊すな」

 

「部隊が止まる」

 

「手を震わせた職人が作れば、また不具合が出る」

 

 技師は少し黙った。

 

「二交代」

 

「食事も出す」

 

 実業家が言った。

 

「保証改修費から?」

 

「会社負担です」

 

「食品部から回せる」

 

 軍将校が驚いた。

 

「バターの金で軍用機を直すのか」

 

「会社の収入ですから」

 

「軍の不具合を乳脂肪が救うとは」

 

 白軍将校が言う。

 

「予備の肺だな」

 

「食品を臓器に例えるな!」

 

     ◇

 

 全十二機の点検結果。

 

 接触痕あり、四機。

 

 軽微な擦れ、三機。

 

 異常なし、五機。

 

「多いな」

 

 軍将校が言った。

 

「発見が早かった」

 

 技師が答える。

 

「三号機が帰ったから分かった」

 

「墜落していたら」

 

「原因が燃えたかもしれない」

 

 元独立運動家が言う。

 

「帰ってきた機体が、他の機体を助けた」

 

 実業家は改修通知の冒頭へ書こうとした。

 

 軍将校が紙を押さえる。

 

「格好よくするな」

 

「事実です」

 

「軍の技術文書だ」

 

「では末尾に」

 

「入れるな!」

 

     ◇

 

 三号機の右主脚も調べられた。

 

 着陸時、窪みに落ちた。

 

 脚柱が曲がった。

 

 だが折れてはいない。

 

 主翼取付部も無事。

 

 胴体も。

 

「丈夫だ」

 

 元白軍将校が満足そうに言う。

 

「重かった理由だ」

 

 軍将校が答えた。

 

「必要な重さ」

 

「それを言うようになったな」

 

「何度目だ!」

 

 元ドイツ技師は脚を測定する。

 

「脚柱交換」

 

「曲げ戻せないか」

 

「材料が疲労している」

 

「予備主脚がある」

 

「量産時に作った四組」

 

 実業家が記録を見る。

 

「残り三組になります」

 

「また作る」

 

「軍へ販売?」

 

「今回は事故修理だ」

 

「着陸地の窪みは設計責任ではありません」

 

「脚は軍負担」

 

 軍将校が言う。

 

「油管はWILK負担」

 

「分けるのか」

 

「当然だ」

 

 実業家が少し笑った。

 

「軍も帳簿が上手になりましたね」

 

「誰のせいだ!」

 

     ◇

 

 三号機の修理には十日かかった。

 

 左発動機。

 

 油管。

 

 軸受。

 

 主脚。

 

 写真機固定具。

 

 無線機配線。

 

 さらに部隊から届いた改善要望も確認する。

 

 後席が狭い。

 

 冬は寒い。

 

 無線機が整備しにくい。

 

 燃料切替弁が手袋では扱いにくい。

 

 担架を載せる時、後席の一部金具が邪魔。

 

「改良型へ入れる」

 

 技師が言った。

 

「三号機も直す?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「可能な物だけ」

 

「全部入れたら」

 

「別の機体になる」

 

「なら改良型は必要か」

 

「必要だ」

 

「注文がない」

 

 実業家が答える。

 

「見本機を一機作れば」

 

「発動機は一基しかない」

 

「別型が」

 

「出力不足だ!」

 

 元白軍将校が言う。

 

「地上模型に使う」

 

「それならよい」

 

「片側だけ付ける」

 

「また片肺か!」

 

     ◇

 

 改良型の試作は、飛行機として始まらなかった。

 

 後席模型から始まった。

 

 九号機で使った訓練模型。

 

 その胴体枠を少し延ばす。

 

 座席を後ろへ。

 

 無線機を側面へ。

 

 写真機架を折り畳み式に。

 

 担架用金具を床へ埋め込む。

 

 燃料切替弁を大きくし、手袋でも回せる。

 

「後席を二十センチ延長」

 

 技師が言う。

 

「重量は」

 

 軍将校が聞く。

 

「胴体構造で増える」

 

「どれほど」

 

「計算中」

 

「最初に重さを聞く癖が付いたな」

 

「お前たちのせいだ」

 

 元独立運動家が模型へ座る。

 

 前を向く。

 

 地図を開く。

 

 無線機へ手。

 

 後ろを向く。

 

 機銃架。

 

「前より楽だ」

 

「膝は」

 

「当たらない」

 

「担架は」

 

 床金具へ固定。

 

 二床。

 

 衛生兵席。

 

 通路。

 

「入る」

 

 軍将校が言った。

 

「また少し大きくなったな」

 

「必要な長さだ」

 

「必要な重さの親戚が増えた」

 

     ◇

 

 部隊から、操縦士と観測員が呼ばれた。

 

 実際に使った者へ模型へ座らせる。

 

「無線機が近い」

 

「よい」

 

「写真乾板箱は」

 

「ここ」

 

「冬手袋で蓋が開かない」

 

「留め具を大きく」

 

「地図灯が眩しい」

 

「覆いを付ける」

 

「後方機銃へ向くと、肩が当たる」

 

「胴体上縁を少し外へ」

 

 技師が次々と直す。

 

 軍将校は見ていた。

 

「図面だけでは分からないか」

 

「分かることもある」

 

「人を乗せると」

 

「別の問題が出る」

 

 元白軍将校が言う。

 

「なら最初から人に合わせて叩く」

 

「叩くな!」

 

     ◇

 

 軍医も来た。

 

 担架を入れる。

 

 患者役を載せる。

 

 衛生兵が座る。

 

「頭側へ手が届かない」

 

「座席を移す」

 

「すると後席機銃が」

 

「C型では外す」

 

「なら専用座席を」

 

 実業家が言う。

 

「交換式装備ですね」

 

「何でも別売りにするな」

 

 軍将校が止める。

 

 軍医は患者役の顔を見る。

 

「飛行中に吐いた場合は」

 

 全員が黙った。

 

 元独立運動家が答える。

 

「容器を付ける」

 

「どこに」

 

「頭側」

 

「固定できるか」

 

 技師が模型を見る。

 

「小型金具を追加」

 

 軍将校が顔を覆った。

 

「改良型の最初の新装備が吐物容器か」

 

「実用上必要だ」

 

「格好が付かんな」

 

「患者に格好は関係ない」

 

     ◇

 

 改良型案には、仮の名称が付けられた。

 

Tur A.2

 

 胴体、わずかに延長。

 

 後席改善。

 

 燃料搭載量増加。

 

 無線整備口拡大。

 

 油管固定部変更。

 

 写真機固定改善。

 

 脚作動表示の信頼性向上。

 

「発動機は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「同系統」

 

「手に入るか」

 

「それが問題だ」

 

 実業家が言った。

 

「民間在庫は減っています」

 

「国産化は」

 

「まだ難しい」

 

 元白軍将校が分解中の別型発動機を見る。

 

「これを二基揃える」

 

「どこで」

 

「探す」

 

「出力不足では」

 

「機体を軽く」

 

 技師が即答した。

 

「装甲を外せば飛ぶ」

 

「軍用改良型の試験なのに?」

 

「空力と操縦だけを見る試験機なら」

 

 軍将校が目を細める。

 

「本気か」

 

「一基しかないなら、同型を探す」

 

「見つからなければ」

 

「地上模型のまま、軍へ提案する」

 

 実業家が言った。

 

「先に注文を取る?」

 

「注文があれば発動機調達費も入る」

 

「実物なしで?」

 

「実物大後席模型と、A.1の運用記録があります」

 

 軍将校は感心しかけた。

 

「営業らしくなったな」

 

「会社ですので」

 

     ◇

 

 その日の夕方。

 

 三号機の左発動機が再び回った。

 

 新しい油管。

 

 新しい固定金具。

 

 摩耗確認板。

 

 油圧は安定。

 

「異常なし」

 

 技師が言う。

 

「今度こそ帰れるか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「帰れる可能性は上がった」

 

「断言しないな」

 

「空へ絶対はない」

 

 元白軍将校が発動機音を聞く。

 

「よい」

 

「何が」

 

「音が戻った」

 

 機体は、壊れた場所を直されただけではなかった。

 

 他の十一機を守る改修を持って帰る。

 

 後席には新しい乾板箱。

 

 無線配線も整理。

 

 主脚は予備部品へ交換済み。

 

 小さな故障と不便が、次の機体へつながっている。

 

     ◇

 

 再飛行試験。

 

 軍将校が前席。

 

 三号機を帰還させた操縦士が後席に座った。

 

「本来は逆では」

 

 操縦士が尋ねる。

 

「最初は検査だ」

 

「私の機体です」

 

「軍の機体だ」

 

「部隊では私が担当です」

 

「なら後ろから異常を聞け」

 

 元独立運動家が二人分の包みを渡す。

 

「またパンか」

 

 操縦士が笑う。

 

「帰った者へ」

 

「前回は何もなかった」

 

「不時着地で軍用糧食を食べた」

 

「冷たかった」

 

「今日はバターがある」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「高度不足は」

 

「修理後の初飛行だぞ」

 

「酒は後だな」

 

     ◇

 

 三号機は離陸した。

 

 左右の発動機。

 

 油圧正常。

 

 油温正常。

 

 振動正常。

 

 脚作動。

 

 旋回。

 

 片発模擬。

 

 左を絞る。

 

 右だけで維持。

 

「前回と同じだ」

 

 後席の操縦士が言う。

 

「何が」

 

「左が止まった時」

 

「怖かったか」

 

「忙しかった」

 

「今は」

 

「止まると分かっている」

 

「本番は分からない」

 

「だから手順を覚えた」

 

 左発動機を戻す。

 

 二つの音がそろう。

 

     ◇

 

 着陸。

 

 主脚は真っすぐ。

 

 停止。

 

 元ドイツ技師がすぐ油管を見る。

 

 接触なし。

 

 漏れなし。

 

 摩耗確認板も無傷。

 

「合格」

 

 軍将校が機体から降りる。

 

「喜べ」

 

「十一機分の改修確認が残っている」

 

「今だけ!」

 

 技師は少しだけ三号機を見上げた。

 

「帰ってきたな」

 

「前にも帰った」

 

 担当操縦士が答える。

 

「今度は壊れずに」

 

「それが普通であってほしい」

 

     ◇

 

 二人は、主翼の下でパンを食べた。

 

 飛行バター。

 

 黒パン。

 

 小さな杯には、高度不足。

 

「勤務中だぞ」

 

 軍将校が言う。

 

「試験終了後です」

 

 実業家が答える。

 

「誰が持ってきた」

 

「部隊からの要望です」

 

「軍で流行っているのか」

 

 担当操縦士が笑った。

 

「Turが帰ってくると、皆が聞きます」

 

「何を」

 

「機体は無事か。乗員は無事か。それから、今日は何を持ってきたか」

 

「順番は正しいのか」

 

「最初は人です」

 

 元独立運動家が頷いた。

 

「それでよい」

 

     ◇

 

 翌週。

 

 改修済み固定金具は全機へ届いた。

 

 飛行停止していた機体も、順に任務へ戻る。

 

 一号機。

 

 二号機。

 

 四号機。

 

 五号機。

 

 残りも。

 

 部隊から短い電報が届いた。

 

改修完了。

全機運用復帰。

追加異常なし。

三号機帰隊を待つ。

 

 軍将校が読む。

 

「待たれているな」

 

 実業家が答える。

 

「部隊の機体ですから」

 

 元白軍将校が言う。

 

「WILKへ帰ってきて、直して、また部隊へ帰る」

 

「帰る場所が二つある」

 

 元独立運動家が続けた。

 

「悪くない」

 

     ◇

 

 三号機の帰隊日。

 

 貨物室には、改修部品の予備。

 

 技術手順書。

 

 新しい乾板箱。

 

 郵便袋。

 

 そして、小さな木箱。

 

 軍将校が木箱を開ける。

 

 パン。

 

 バター。

 

 高度不足。

 

「また食品か」

 

「部隊全員分ではありません」

 

 実業家が答える。

 

「少ないな」

 

「最初は整備班へ」

 

「なぜ」

 

「機体を待っていた者です」

 

 元独立運動家が言う。

 

「飛ばす者だけでは帰れない」

 

「直す者にも?」

 

「当然だ」

 

 元ドイツ技師は木箱へ一枚の紙を入れた。

 

左右発動機油管固定部、飛行十時間ごとに確認。

 

異常がなくとも記録すること。

 

 軍将校がその下へ書き足す。

 

帰還後、乗員の報告を先に聞くこと。

 

 技師は一瞬見た。

 

「必要か」

 

「必要だ」

 

「技術文書に?」

 

「機体を持ち帰るのは人間だ」

 

 技師は消さなかった。

 

     ◇

 

 三号機は、再び基地へ飛び立った。

 

 修理された発動機。

 

 新しい主脚。

 

 改良された油管固定部。

 

 他の十一機を守った故障記録。

 

 部隊へ戻れば、また偵察へ飛ぶ。

 

 砲兵を導く。

 

 命令書を運ぶ。

 

 病人を載せる。

 

 郵便袋も持ち帰るだろう。

 

 そしてそのたび、機体は少しずつ問題を教える。

 

 WILKは、それを失敗とは呼ばなかった。

 

 戻ってきた失敗は、改良に使える。

 

 戻ってきた機体は、次の機体を守れる。

 

 戻ってきた人間は、次に飛ぶ者へ話せる。

 

     ◇

 

 作業場では、Tur A.2の後席模型が完成していた。

 

 広くなった。

 

 手袋でも扱える。

 

 担架を入れやすい。

 

 無線機へ手が届く。

 

 写真乾板も壊れにくい。

 

 実業家が軍将校へ尋ねる。

 

「航空部へ持ち込みますか」

 

「まだ飛んでいない」

 

「使用者評価はあります」

 

「発動機は」

 

「探索中です」

 

「注文は」

 

「ありません」

 

「では何を売る」

 

「戻ってきた十二機が教えた改良です」

 

 軍将校は模型を見る。

 

「説得できるか」

 

 元独立運動家が答える。

 

「現場の者を座らせればよい」

 

 元白軍将校が続ける。

 

「会計官も」

 

「膝をぶつけさせる気か」

 

「効果があった」

 

 元ドイツ技師は図面を丸めた。

 

「持っていく」

 

「注文がなくても?」

 

「必要な改良だ」

 

 実業家が微笑む。

 

「では営業費として」

 

「技術提案だ!」

 

「旅費の帳簿項目が違うだけです」

 

 軍将校はため息をついた。

 

「相変わらず五つの命令系統だな」

 

「動いている」

 

 白軍将校が言う。

 

「なぜかな」

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 後席模型は荷車へ載せられた。

 

 図面。

 

 運用報告。

 

 故障部品。

 

 擦れた油管。

 

 曲がった主脚。

 

 壊れた写真乾板。

 

 そして飛行バターの小箱。

 

 軍将校が最後を指した。

 

「なぜ持っていく」

 

 実業家が答える。

 

「会議が長引く可能性があります」

 

「食事なら軍にもある」

 

「最初の一匙の説明にも使えます」

 

「改良型の提案会議だぞ!」

 

 元独立運動家が荷車の覆いを閉じた。

 

「戻ってきた物を全部見せればよい」

 

「故障も?」

 

「食べ物も?」

 

「全部だ」

 

 WILKは、完璧な機体を持っていかなかった。

 

 傷ついた部品を持っていった。

 

 現場の苦情を持っていった。

 

 帰還した乗員の言葉を持っていった。

 

 そして、そのすべてから作った次の形を持っていった。

 

 改良とは、机の上で新しくすることではない。

 

 帰ってきた物を、次に帰れる形へ直すことだった。

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