WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK航空製作所・Tur A.2試作一号機製造開始記録
一九二二年

Tur A.2は、Tur A.1の改良型として設計された。

主な変更は、胴体後部延長、後席区画再配置、尾翼面積拡大、無線機整備口追加、燃料搭載量増加、および救急輸送設備改善である。

製造開始にあたり、現場からは、

「二十センチ伸ばすだけなら、既存胴体の途中へ二十センチ分を足せばよい」

との提案が出された。

設計責任者は、

「航空機の胴体を腸詰めのようにつなぐな」

と回答した。

現場側は、補強すれば強度上問題ない可能性を主張した。

設計責任者は、可能性の問題ではなく、量産規格と荷重伝達の問題であると説明した。

説明には二時間を要した。

翌朝、既存胴体治具の中央には、誰かが二十センチ幅の木箱を挟んでいた。


第28話 二十センチを作れ

「誰がやった」

 

 元ドイツ帝国軍技師が尋ねた。

 

 作業場の中央。

 

 Tur A.1用胴体治具。

 

 その途中へ、木箱が一つ挟まれている。

 

 幅は二十センチ。

 

 側面には大きく、

 

延長部

 

 と書かれていた。

 

 ポーランド軍将校は、木箱を見た。

 

 次に元白軍将校を見た。

 

「お前か」

 

「違う」

 

「本当に?」

 

「私はもっと丈夫に作る」

 

「お前だな!」

 

「箱だけでは弱い」

 

 元独立運動家が木箱の中を覗いた。

 

「空だ」

 

「何か入れるか」

 

 軍将校が即座に答える。

 

「入れない!」

 

 実業家は寸法を測っている。

 

「正確に二十センチです」

 

 元ドイツ技師がゆっくり振り返った。

 

「評価するな」

 

「製作者の測定技術は確かです」

 

「誰が作ったか調べろ!」

 

     ◇

 

 犯人は若い木工職人だった。

 

 量産時に主翼肋骨を作っていた男。

 

「説明を聞いて、分かりやすくしようと」

 

「何を」

 

 技師が尋ねる。

 

「どれくらい伸びるか」

 

「図面に書いてある」

 

「皆、二十センチと言われても想像しにくいので」

 

 作業員たちが小さく頷いた。

 

 軍将校は周囲を見る。

 

「分かりにくかったのか」

 

「機体全体の中の二十センチですから」

 

「模型では分かっただろう」

 

「後席模型だけです」

 

 元独立運動家が木箱を胴体治具から外した。

 

「ここが広がる」

 

 作業員たちが眺める。

 

「なるほど」

 

「これだけか」

 

「意外に短い」

 

「だが人が座ると大きい」

 

 元ドイツ技師は木箱を取り上げた。

 

「説明用に使う」

 

 軍将校が笑う。

 

「採用するのか」

 

「治具には使わない」

 

「木工職人へ報奨は」

 

 実業家が尋ねる。

 

 技師は少し黙った。

 

「説明器具製作として」

 

 若い職人の顔が明るくなった。

 

「勝手に治具へ挟んだ件は?」

 

「減点だ」

 

 報奨金は半分になった。

 

     ◇

 

 Tur A.2は、A.1をただ長くするだけではない。

 

 前部胴体。

 

 操縦席。

 

 主翼取付部。

 

 発動機架。

 

 脚。

 

 そこまでは可能な限り共通。

 

 変更は主翼後方から始まる。

 

 後席。

 

 無線区画。

 

 貨物室。

 

 尾部。

 

 二十センチ延びることで、胴体にかかる力の流れも変わる。

 

 尾翼までの距離が伸びる。

 

 後方重量も増える。

 

 重心が移る。

 

「後ろが重くなる」

 

 軍将校が図面を見る。

 

「燃料を前へ」

 

 元白軍将校が言う。

 

「簡単に移せない」

 

 技師が答える。

 

「装甲を前へ増やす」

 

「重くなる」

 

「機銃弾薬を前へ」

 

「任務で量が変わる」

 

「操縦士を太らせる」

 

「人間で重心調整するな!」

 

 元独立運動家が言った。

 

「前部貨物床へ予備工具を置く」

 

「必要な物なら」

 

 技師が答える。

 

「常に同じ重量?」

 

「変わる」

 

「では固定錘」

 

 軍将校が嫌そうな顔をする。

 

「飛ぶためだけに重りを積むのか」

 

「それは避ける」

 

 技師は図面へ線を引いた。

 

「主燃料槽の一部を前寄りにする」

 

「配管は」

 

「短くできる」

 

「整備は」

 

「少し楽になる」

 

「では最初からそうすれば」

 

「A.1では後席配置が違った!」

 

     ◇

 

 新しい胴体治具が必要だった。

 

 A.1用を壊すわけにはいかない。

 

 軍は今後もA.1の修理部品を求める。

 

 だからA.2用を別に作る。

 

「場所が足りない」

 

 実業家が工房図を見る。

 

「西側倉庫を空ける」

 

 元独立運動家が答える。

 

「食品試験部が使っている」

 

 軍将校が言った。

 

「移せ」

 

「低温保管場所が」

 

「航空機が先だ!」

 

 実業家は帳簿を見た。

 

「飛行バターと高度不足の売上は、現在、軍用整備部門の赤字を補っています」

 

 軍将校が黙った。

 

「どれくらい」

 

「先月は食品側が上です」

 

「航空製作所なのに?」

 

「発動機を待っている期間が長かったので」

 

 元白軍将校が言う。

 

「食品を外へ移せばよい」

 

「どこへ」

 

「新しい建物を作る」

 

 軍将校が嫌な予感を覚える。

 

「誰の金で」

 

 実業家が答える。

 

「利益剰余金と融資です」

 

「もう建てる気だな」

 

     ◇

 

 決定。

 

 西側倉庫は食品試験部が継続使用。

 

 航空部門は北側へ簡易作業棟を増設。

 

 木造。

 

 大扉。

 

 天井走行梁。

 

 胴体治具二基分。

 

「簡易にしては大きい」

 

 軍将校が設計図を見る。

 

「A.2の後も使えます」

 

 実業家が答える。

 

「後も?」

 

「改良型、民間型、修理機」

 

「試作一機のためでは」

 

「建物は一機で償却できません」

 

「また会社らしい話だ」

 

 元独立運動家が言う。

 

「冬前に屋根を付けろ」

 

「職人は」

 

「航空機班から出さない」

 

「町の大工を雇う」

 

「家を失った者もいる」

 

「宿舎も必要だな」

 

 軍将校は図面の端を見る。

 

「なぜ食堂がある」

 

「作業員用です」

 

「隣にパン焼き窯も」

 

「食品試験部と共用です」

 

「航空工場を建てる話だったよな?」

 

     ◇

 

 Tur A.2の製造は、建物を待たずに始まった。

 

 前部胴体は既存工房。

 

 主翼もA.1用治具。

 

 脚も同じ。

 

 新しい後部胴体だけ、仮設天幕の下。

 

「雨が降るぞ」

 

 軍将校が空を見る。

 

「覆いを二重にする」

 

 技師が答える。

 

「木材が湿る」

 

「含水率を測る」

 

「冬だぞ」

 

「暖房を入れる」

 

 元白軍将校が火鉢を持ってくる。

 

「近づけるな」

 

「暖かい」

 

「木と布と塗料がある!」

 

「距離を取る」

 

「火鉢を航空機製造へ持ち込むな!」

 

 元独立運動家が言った。

 

「では温風を管で送る」

 

 技師が考える。

 

「直接火が見えないならよい」

 

 軍将校は驚いた。

 

「採用?」

 

「温度管理ができる」

 

「火鉢から設備が生えたぞ」

 

     ◇

 

 後部胴体枠は、一つずつ形が違う。

 

 前寄りは太い。

 

 後ろへ細くなる。

 

 A.2では、その間隔が少し変わる。

 

 延長分を一か所へ集めず、複数の区間へ分配する。

 

「二十センチを四か所へ分ける」

 

 技師が説明した。

 

「五センチずつ?」

 

 木工職人が尋ねる。

 

「均等ではない」

 

「なぜ」

 

「後席へ多く。尾部へ少なく」

 

「例の箱は」

 

「使わない」

 

「分かりやすかったのに」

 

「胴体は箱ではない!」

 

 元白軍将校が枠を並べる。

 

「全部の間へ少しずつ木片を挟む」

 

「言い方を変えても同じだ!」

 

     ◇

 

 最初の後部胴体仮組み。

 

 枠。

 

 縦通材。

 

 鋼線。

 

 床。

 

 座席支持部。

 

 無線機架。

 

 組み上げる。

 

 元独立運動家が後席へ座った。

 

「広い」

 

「模型と同じ寸法だ」

 

 技師が答える。

 

「実物の方が感じる」

 

 座席を回す。

 

 膝は当たらない。

 

 無線機へ手が届く。

 

 後方機銃架。

 

 写真機。

 

「よい」

 

 軍将校も座る。

 

「確かに広い」

 

「会議で座っただろう」

 

「模型だった」

 

「寸法は同じだ」

 

「木の匂いが違う」

 

「評価項目ではない!」

 

     ◇

 

 軍医も呼ばれた。

 

 担架を入れる。

 

 患者役は元白軍将校。

 

「なぜ私だ」

 

「言っただろう」

 

 軍医が答える。

 

「前に余計なことを言ったら、担架へ載せると」

 

「覚えていたのか」

 

「患者役は健康な方がよい」

 

 白軍将校が担架へ横になる。

 

「狭い」

 

「患者は動かない」

 

「動けないのと動かないのは違う」

 

「よい意見だ」

 

 軍医が記録する。

 

 担架を上段へ。

 

 下段へ。

 

 衛生兵席。

 

 頭側への手。

 

 吐物容器。

 

「届く」

 

「容器も」

 

「固定できる」

 

 白軍将校が尋ねる。

 

「飲み物は」

 

「患者用水筒」

 

「酒は」

 

「患者役を交代するぞ」

 

 彼は黙った。

 

     ◇

 

 問題は後方機銃だった。

 

 胴体が延び、座席位置が変わる。

 

 旋回架も後ろへ。

 

 射界が少し変わる。

 

 尾翼も大きくなる。

 

「死角が増える」

 

 大尉が模型機銃を動かした。

 

「尾翼方向」

 

「左右上方は」

 

「前よりよい」

 

「発動機とプロペラ方向は」

 

「変わらない」

 

「尾翼を小さく」

 

 軍将校が言う。

 

「安定性が落ちる」

 

 技師が答える。

 

「機銃架を上げる」

 

「空気抵抗と重量」

 

「後席床を上げる」

 

「重心が上がる」

 

「観測員を立たせる」

 

「疲れる」

 

 元白軍将校が担架から言った。

 

「尾翼を撃たないよう訓練する」

 

「制限具は付ける!」

 

「ならよい」

 

「寝たまま会議へ入るな!」

 

     ◇

 

 新しい機銃制限具。

 

 尾翼方向へ入る前に、機械的に止まる。

 

 ただし従来より滑らか。

 

 急に止まると照準が乱れる。

 

 段階的に抵抗が増える。

 

「ばねを使う」

 

 若い金工職人が提案した。

 

「射界端へ近づくと重くなる」

 

 技師が試す。

 

「よい」

 

「完全停止は」

 

「最後に別の爪」

 

「二段階?」

 

「操作者へ先に知らせる」

 

 大尉が動かす。

 

「分かりやすい」

 

 実業家が職人の名前を記録する。

 

「報奨ですか」

 

「改善採用」

 

 若者が笑った。

 

 軍将校は言う。

 

「金を出すと案が出るな」

 

「案に金を出すからです」

 

「軍も」

 

 大尉が言いかける。

 

 全員が彼を見る。

 

「何でもない」

 

     ◇

 

 主翼はA.1と基本共通。

 

 だが燃料槽配置が変わる。

 

 前寄りの小型補助槽。

 

 左右主槽。

 

 切替弁。

 

 配管。

 

「燃料系統が複雑になる」

 

 軍将校が言う。

 

「選べるようにする」

 

 技師が答える。

 

「通常は主槽」

 

「長距離時に補助槽」

 

「片方が漏れたら」

 

「遮断」

 

「左右独立は維持?」

 

「当然だ」

 

 元白軍将校が配管図を見る。

 

「補助槽から両方へ送れるように」

 

「一か所が壊れれば両方失う」

 

「なら左右二つ」

 

「重量が増える」

 

「必要な重さ」

 

 軍将校が先に言った。

 

 技師が彼を見る。

 

「今回は言うと思った」

 

     ◇

 

 燃料切替弁は、大きくなった。

 

 冬手袋でも握れる。

 

 形も変える。

 

 左主槽。

 

 右主槽。

 

 補助槽。

 

 閉。

 

 位置ごとに手触りが違う。

 

「見なくても分かる」

 

 元独立運動家が触る。

 

「左は丸」

 

「右は三角」

 

「補助は四角」

 

「閉は」

 

「十字」

 

 軍将校が感心する。

 

「工具札と同じ考えか」

 

「文字が見えなくても使える」

 

 技師が答える。

 

「夜間や煙の中でも」

 

 元白軍将校が言う。

 

「目を閉じて試す」

 

「よい」

 

 軍将校が驚く。

 

「今日は意見が通るな」

 

「合理的だからだ」

 

「いつも合理的だと思って言っているぞ、こいつは」

 

     ◇

 

 発動機は、まだ届いていなかった。

 

 民間在庫の二基。

 

 一基は完全品。

 

 一基は分解保管。

 

 購入契約は済んだ。

 

 だが輸送が遅れている。

 

「列車が止まった」

 

 実業家が報告する。

 

「雪か」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「貨車不足です」

 

「いつ来る」

 

「一週間後の予定」

 

「予定は信用できるか」

 

「できません」

 

「即答するな!」

 

 元白軍将校が別型発動機を指す。

 

「これで地上試験」

 

「出力不足」

 

「回すだけなら」

 

 技師が考える。

 

「発動機架と操作系の確認には使える」

 

 軍将校が嫌そうな顔をする。

 

「また片側だけ?」

 

「一基しかない」

 

「A.2も片肺から始まるのか」

 

 元独立運動家が笑う。

 

「伝統だな」

 

「伝統にするな!」

 

     ◇

 

 別型発動機は、試験用の仮架台へ載せられた。

 

 A.2の左発動機位置。

 

 出力は低い。

 

 重量も違う。

 

 飛行には使わない。

 

 配管。

 

 操作索。

 

 計器。

 

 整備口。

 

 それらの確認だけ。

 

「始動する」

 

 技師が言う。

 

「機体は固定したか」

 

「前後左右」

 

「右に発動機はない」

 

「分かっている」

 

「曲がらないか」

 

「地面へ杭を打った」

 

 元白軍将校が杭を叩く。

 

「もっと深く」

 

「十分だ」

 

「私は深い方が好きだ」

 

「好みで試験基準を変えるな!」

 

     ◇

 

 始動。

 

 別型発動機が回る。

 

 低い音。

 

 A.2の前部胴体が震える。

 

 後席。

 

 無線機架。

 

 写真機架。

 

 担架金具。

 

 すべてに振動が伝わる。

 

 元ドイツ技師は各部へ手を当てる。

 

「後席床、振動大」

 

「補強する?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「補強ではなく支持位置を変える」

 

「無線機架は」

 

「良好」

 

「写真機は」

 

「留め具が鳴る」

 

 かたかた。

 

「確かに」

 

 元独立運動家が言う。

 

「飛行中なら乾板へ影響する」

 

「薄い革を挟む」

 

 技師が答える。

 

「消耗品になる」

 

「交換できる」

 

「食品缶は」

 

 実業家が尋ねた。

 

 軍将校が振り返る。

 

「積んでいないな?」

 

「今回はありません」

 

「今回は?」

 

「本発動機での振動比較時には候補があります」

 

「また候補が!」

 

     ◇

 

 試験後。

 

 写真機留め具。

 

 後席床支持。

 

 無線配線。

 

 燃料弁。

 

 細かな修正が入る。

 

 技師は言った。

 

「本物の発動機が来る前に分かってよかった」

 

「出力が違うのに?」

 

 軍将校が聞く。

 

「共振位置は変わる。だが緩みやすい所は見つかる」

 

「仮の肺にも役目がある」

 

 元白軍将校が言う。

 

「飛ばさないならな」

 

「飛ばせない」

 

「翼はある」

 

「片側だけで、出力も不足だ!」

 

     ◇

 

 北側作業棟の骨組みが立った。

 

 木柱。

 

 梁。

 

 大扉。

 

 屋根。

 

 町の大工。

 

 航空機職人。

 

 難民の労働者。

 

 軍の整備兵まで手伝っている。

 

「軍人が建物を作ってよいのか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「訓練扱いです」

 

 実業家が答える。

 

「何の」

 

「仮設格納庫設営」

 

「実際に役立つな」

 

 元独立運動家が作業員へスープを配る。

 

「食堂は先にできた」

 

「なぜだ」

 

「腹が減るから」

 

 軍将校は建物を見る。

 

 屋根より先に、パン窯から煙が出ている。

 

「優先順位がおかしい」

 

「働く人間が先です」

 

     ◇

 

 一週間後。

 

 発動機を積んだ貨車が到着した。

 

 今度は二基。

 

 本当に二基。

 

 同じ型式。

 

 製造番号も近い。

 

 輸送箱も無傷。

 

 軍将校は箱の前で言った。

 

「喜んでよいか」

 

 技師が答える。

 

「開けてから」

 

「今日だけは先に喜ばせろ」

 

「一基目を開ける」

 

 実業家が仮受領書を用意する。

 

 元白軍将校が釘抜きを持つ。

 

 元独立運動家は、祝いのパンを持っている。

 

「もう用意したのか」

 

「使えなければ、慰めに食べる」

 

「どちらでも食うのだな」

 

     ◇

 

 一基目。

 

 完全品。

 

 防錆状態良好。

 

 圧縮良好。

 

 補機も同じ。

 

 二基目。

 

 分解保管品。

 

 部品は木箱ごとに分かれている。

 

 気筒。

 

 軸。

 

 補機。

 

 点火。

 

 ボルト。

 

「全部あるか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 技師と整備班が照合する。

 

 一時間。

 

 二時間。

 

 三時間。

 

「足りない」

 

 技師が言った。

 

 軍将校の顔が固まる。

 

「何が」

 

「点火装置固定金具、二個」

 

「それだけ?」

 

「それだけだ」

 

 白軍将校が別型発動機を見る。

 

「外せる」

 

「規格が違う」

 

「削れば」

 

「削らない!」

 

 実業家が倉庫へ電報を打つ。

 

「部品番号は」

 

 技師が伝える。

 

「なければ」

 

「作る」

 

 軍将校は少し安心した。

 

「作れるのか」

 

「小さな金具だ」

 

「では問題ない」

 

「材料と熱処理が必要」

 

「簡単ではない?」

 

「作れることと、簡単なことは違う」

 

     ◇

 

 完全品一基は、右主翼へ載せられた。

 

 分解品は工房内で組み上げる。

 

 また片肺。

 

 だが今回は、長くはない。

 

「右から先?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「完全品だからだ」

 

「普通は左では」

 

「どちらでもよい」

 

 元白軍将校が言う。

 

「片肺訓練なら右も必要」

 

「試作機を訓練機にするな」

 

「飛ぶ前から部隊を作る」

 

「前話の教訓を勝手に使うな!」

 

     ◇

 

 A.2の右発動機が始動した。

 

 新しい機体。

 

 少し長い胴体。

 

 大きな尾翼。

 

 広い後席。

 

 右側だけの鼓動。

 

 機体は杭と綱で固定されている。

 

 回転。

 

 油圧。

 

 温度。

 

 振動。

 

「後席床」

 

「良好」

 

「写真機架」

 

「鳴らない」

 

「無線架」

 

「良好」

 

「尾翼」

 

「振動小」

 

「燃料弁」

 

「右主槽から供給正常」

 

 技師が記録する。

 

 軍将校は操縦席から後ろを見る。

 

「二十センチ広いだけで、後ろが遠く感じる」

 

「必要な距離だ」

 

「その言い方も増えたな」

 

     ◇

 

 分解発動機の組立には五日かかった。

 

 不足金具は倉庫から見つからなかった。

 

 WILKで作った。

 

 元ドイツ技師が寸法を決める。

 

 金工職人が削る。

 

 熱処理。

 

 測定。

 

 再測定。

 

 元白軍将校が金具を持ち上げる。

 

「小さい」

 

「重要だ」

 

「二個なくても、他で留まる」

 

「点火装置がずれれば発動機が止まる」

 

「なら重要だ」

 

「最初からそう言っている!」

 

     ◇

 

 二基目搭載。

 

 左右がそろう。

 

 Tur A.2試作一号機。

 

 初めて、完全な双発機の姿になった。

 

 作業員たちが少し離れて見る。

 

 A.1より長い。

 

 だが大きくは変わらない。

 

 尾翼が少し広い。

 

 後席周辺の線が滑らか。

 

「普通だな」

 

 若い職人が言った。

 

 技師が答える。

 

「普通に見えるよう作った」

 

「二十センチ伸びたのに」

 

「必要な場所へ分けた」

 

 例の木工職人が、説明用の二十センチ箱を横に置く。

 

「これだけ入っています」

 

 全員が笑った。

 

 技師だけは笑わなかった。

 

 だが箱を捨てろとも言わなかった。

 

     ◇

 

 初飛行前の重量測定。

 

 空虚重量。

 

 燃料。

 

 乗員。

 

 試験機材。

 

 工具。

 

 予備品。

 

「A.1より三十一キロ重い」

 

 軍将校が言った。

 

「予想より二キロ多い」

 

 技師が答える。

 

「どこだ」

 

「後席床支持、機銃制限具、燃料弁」

 

「必要?」

 

「必要だ」

 

「削れる物は」

 

「説明用の箱」

 

「積まないだろう!」

 

 元白軍将校が言う。

 

「操縦士の昼食を減らす」

 

「人間から削るな!」

 

 実業家が重量表を見る。

 

「食品試験品は何キロまで」

 

 軍将校が紙を奪った。

 

「積まない!」

 

「振動比較用に、小型容器なら」

 

「初飛行だぞ!」

 

 元独立運動家が言う。

 

「最初の便は、人だけで帰れ」

 

 実業家も頷いた。

 

「では二回目に」

 

「諦めていない!」

 

     ◇

 

 初飛行の操縦士。

 

 軍将校。

 

 後席。

 

 Tur三号機を片発で帰した操縦士。

 

 元ドイツ技師は地上に残る。

 

「乗らないのか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「地上で記録する」

 

「自分で設計した機体だぞ」

 

「外から見る必要がある」

 

「怖い?」

 

「馬鹿を言うな」

 

 元白軍将校が言った。

 

「怖いなら正しい」

 

 全員が彼を見る。

 

「何だ」

 

「珍しくまともだ」

 

「空へ上げる前は、誰でも怖い」

 

 元独立運動家が二人へ包みを渡す。

 

「着陸後に」

 

「パンとバター?」

 

「今日はそれだけだ」

 

「高度不足は」

 

「合格後」

 

 軍将校が笑った。

 

「順番は正しい」

 

     ◇

 

 二基の発動機が回る。

 

 音は近い。

 

 完全に同じではない。

 

 だが調整済み。

 

 Tur A.2がゆっくり動き出す。

 

 大車輪。

 

 草地。

 

 新しい胴体。

 

 大きな尾翼。

 

「方向舵、軽い」

 

「応答は」

 

「よい」

 

「後席は」

 

 操縦士が座席を回す。

 

「広い」

 

「飛行中に回るな!」

 

「確認だ!」

 

 速度が上がる。

 

 尾が浮く。

 

 軍将校は操縦桿を少し引いた。

 

 A.2が地面を離れる。

 

     ◇

 

「離陸!」

 

 地上の大尉が叫ぶ。

 

 元ドイツ技師は双眼鏡を上げる。

 

「姿勢、正常」

 

「尾が大きく見える」

 

 実業家が言う。

 

「必要な面積だ」

 

「今日は先に言いましたね」

 

「黙れ」

 

 A.2はゆっくり上昇する。

 

 A.1より重い。

 

 だが発動機は状態がよい。

 

 上昇率は予想内。

 

 高度百。

 

 二百。

 

 三百。

 

     ◇

 

 操縦席。

 

「安定している」

 

 軍将校が言う。

 

「A.1より尾が利く」

 

 後席の操縦士が答える。

 

「重いか」

 

「操縦はむしろ軽い」

 

「後席は」

 

「膝が当たらない」

 

「無線機は」

 

「手が届く」

 

「写真機架」

 

「折り畳める」

 

「二十センチは」

 

「必要だ」

 

 軍将校が笑った。

 

「会計官へ言え」

 

     ◇

 

 旋回。

 

 左右。

 

 低速。

 

 脚作動。

 

 燃料切替。

 

 補助槽。

 

 左右主槽。

 

 弁の形を手袋越しに確認。

 

「見なくても分かる」

 

「夜でも使える」

 

「閉は十字」

 

「間違えにくい」

 

 片発模擬。

 

 左を絞る。

 

 右だけ。

 

 尾翼拡大の効果。

 

 方向維持がA.1より少し楽。

 

「よい」

 

「反対も」

 

 右を戻す。

 

 左だけ。

 

「維持可能」

 

「高度低下」

 

「予想内」

 

 軍将校は二基を戻した。

 

「帰れる」

 

「条件次第で」

 

「今日は言わせろ」

 

「帰れる」

 

     ◇

 

 着陸進入。

 

 低速安定。

 

 大きな尾翼。

 

 操縦しやすい。

 

 接地。

 

 少し跳ねる。

 

 二度目の接地。

 

 大車輪が草を踏む。

 

 真っすぐ走る。

 

 停止。

 

 一瞬の静けさ。

 

 次に、作業場から歓声が上がった。

 

 元ドイツ技師は時計を止める。

 

「飛行時間、四十二分」

 

 軍将校が機体から降りる。

 

「合格か」

 

「点検後だ」

 

「今くらい!」

 

 技師はA.2を見上げた。

 

 少し長い胴体。

 

 二つの発動機。

 

 戻ってきた乗員。

 

「初飛行は合格だ」

 

     ◇

 

 元独立運動家が包みを開いた。

 

 黒パン。

 

 飛行バター。

 

 二人分。

 

「最初の一匙」

 

 軍将校が言う。

 

「今日は一口だ」

 

 後席の操縦士が答える。

 

「規則はいつも曖昧ですね」

 

「帰ればよい」

 

 二人が食べる。

 

 作業員たちへもパンが回る。

 

 実業家は飛行記録へ書いた。

 

Tur A.2試作一号機。

 

初飛行成功。

 

乗員二名、異常なし。

 

後席区画、運用性良好。

 

初回試食、完了。

 

 軍将校が覗く。

 

「最後は必要か」

 

「慣習です」

 

「軍へ出す報告書からは消せ」

 

「社内記録には残します」

 

     ◇

 

 飛行後点検。

 

 油漏れなし。

 

 燃料弁異常なし。

 

 脚正常。

 

 後席床。

 

 固定具。

 

 無線架。

 

 機銃制限具。

 

 一つだけ問題。

 

 左尾翼根元の布に、小さなしわ。

 

「張力差」

 

 技師が言う。

 

「飛行へ影響は」

 

「今はない」

 

「直す」

 

「当然だ」

 

 元白軍将校が布を触る。

 

「湿気だな」

 

「仮設天幕で作った部分だ」

 

「北棟が先にできていれば」

 

 実業家が答える。

 

「来週完成です」

 

 軍将校が言った。

 

「飛行機の方が先に飛んだな」

 

「WILKらしい」

 

 元独立運動家が笑った。

 

     ◇

 

 翌日。

 

 航空部へ電報。

 

Tur A.2試作一号機、初飛行成功。

 

基本操縦性良好。

 

片発時方向維持、A.1比改善。

 

後席区画評価、良好。

 

詳細試験継続。

 

 返信。

 

了解。

 

重量増加分の性能低下を詳細に報告せよ。

 

会計課より、二十センチ延長効果を数値化せよとの要求あり。

 

 軍将校は電報を読んだ。

 

「二十センチの効果を数字に?」

 

 技師が答える。

 

「作業時間、搭乗員疲労、整備時間」

 

「膝をぶつけた回数も」

 

 実業家が言う。

 

「比較できます」

 

「本当に数えているのか」

 

「A.1模型試験では十二名中七名」

 

「そんな記録まで!」

 

 元白軍将校が説明用木箱を持ち上げた。

 

「これを送る」

 

「会計課へ?」

 

「二十センチだ」

 

 軍将校は少し考えた。

 

「模型より安いな」

 

 技師が答える。

 

「説明用としては有効だ」

 

「最初に怒っていたのは誰だ」

 

「治具へ挟んだからだ!」

 

     ◇

 

 Tur A.2は、まだ採用されていない。

 

 試験は始まったばかり。

 

 速度。

 

 航続距離。

 

 爆撃。

 

 偵察。

 

 救急輸送。

 

 不整地。

 

 無線。

 

 長時間飛行。

 

 確かめることは多い。

 

 だが最初の四十二分で、一つだけは分かった。

 

 二十センチは、ただの長さではなかった。

 

 観測員の膝が動く。

 

 無線機へ手が届く。

 

 患者の顔を見られる。

 

 写真乾板を守れる。

 

 座席を回せる。

 

 疲れた人間が、少しだけ長く仕事を続けられる。

 

 性能表には、胴体全長としてしか書かれない。

 

 だが機体の中では、その二十センチが人間の仕事を支えていた。

 

     ◇

 

 夕方。

 

 説明用の木箱へ、正式な札が付けられた。

 

Tur A.2後部胴体延長量説明器具

二百ミリメートル

 

 その下に、誰かが小さく書いた。

 

会議官着席前に提示すること

 

 元ドイツ技師は見つけた。

 

「誰だ」

 

 誰も答えない。

 

 軍将校が言った。

 

「消すか」

 

 技師は箱を見た。

 

 少し考えた。

 

「そのままでよい」

 

 工房中が笑った。

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