WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・Tur A.2長時間飛行試験要領
一九二二年

本試験は、Tur A.2の増加燃料搭載時における航続性能、乗員疲労、後席作業性、無線通信および写真偵察能力を確認するものである。

予定飛行時間、四時間。

後席搭乗員は、飛行中に以下を実施する。

地図照合。
写真撮影。
無線送受信。
後方警戒。
模擬爆撃照準。
担架搭載時を想定した機内移動確認。

爆撃部門代表は、

「二十センチの延長が四時間の任務へ影響するとは考えにくい」

と意見した。

製造側は同代表へ、試験全時間の後席搭乗を求めた。

同代表は公務多忙を理由に辞退した。

製造側は、

「では三時間でよい」

と譲歩した。

同代表は、譲歩の意味が違うと抗議した。


第29話 三時間座ってから言え

「四時間飛ぶ」

 

 ポーランド軍将校が言った。

 

 作業場の空気が少し重くなった。

 

 元独立運動家がパン切り包丁を止める。

 

 元白軍将校は燃料槽を見た。

 

 実業家は費用表を開く。

 

 元ドイツ帝国軍技師だけが、当然のように答えた。

 

「必要だ」

 

「今までより長い」

 

「増加燃料を積んだ」

 

「だから試す」

 

「その通りだ」

 

 軍将校は少し苛立った。

 

「お前は反対しないのか」

 

「私が設計した」

 

「だからこそ慎重になるかと」

 

「慎重に四時間飛ばす」

 

「言葉の意味が違う!」

 

     ◇

 

 Tur A.2の主な改良点。

 

 胴体後部、二十センチ延長。

 

 後席改善。

 

 燃料搭載量増加。

 

 尾翼拡大。

 

 無線整備性向上。

 

 初飛行では、基本性能しか見ていない。

 

 四十二分。

 

 飛んだ。

 

 曲がった。

 

 片発でも維持した。

 

 帰った。

 

 だが、それだけでは改良の価値を証明できない。

 

「長く飛べる機体へした」

 

 技師が図面を指した。

 

「なら長く飛ばす」

 

「四時間で足りるか」

 

 元白軍将校が尋ねる。

 

「試験としては」

 

「六時間」

 

「燃料はある」

 

「では六時間」

 

「乗員が先に疲れる」

 

「そこを見る試験だろう」

 

 軍将校が顔を上げた。

 

「六時間はやめろ」

 

「なぜ」

 

「私が乗るからだ!」

 

     ◇

 

 搭乗者。

 

 前席、軍将校。

 

 後席、量産三号機を片発で帰還させた操縦士。

 

 さらに、地上試験担当として爆撃部門代表。

 

「なぜ私まで」

 

 爆撃代表が尋ねた。

 

「後席延長へ疑問を出した」

 

 軍将校が答える。

 

「会議では既に認めた」

 

「膝をぶつけてな」

 

「あれは私の脚が」

 

「平均以下だ」

 

「誰が測った!」

 

 実業家が帳簿から顔を上げる。

 

「会議出席者名簿の身体検査記録です」

 

「なぜ持っている!」

 

「軍提出資料にありました」

 

「使うな!」

 

     ◇

 

 最終的に、爆撃代表は後席へ乗らないことになった。

 

 その代わり、A.1後席模型で三時間の地上作業試験を行う。

 

 同じ時間。

 

 同じ姿勢変化。

 

 地図。

 

 無線。

 

 写真機。

 

 機銃操作。

 

「地上なら意味がない」

 

 爆撃代表が言った。

 

「振動がない」

 

 技師が答える。

 

「だからA.1に有利だ」

 

「何が」

 

「実機より楽だ」

 

「それでも三時間座れと?」

 

「疑問があるなら」

 

 爆撃代表は旧型後席模型を見た。

 

 狭い。

 

 無線機が膝の横。

 

 写真機架が前。

 

 後方機銃架が肩の上。

 

「二時間では」

 

 軍将校が言う。

 

「任務は四時間だ」

 

「三時間へ譲歩した」

 

「それを譲歩と呼ぶな!」

 

     ◇

 

 長時間飛行試験の飛行経路。

 

 WILK工房。

 

 東へ。

 

 川沿い。

 

 国境監視線を模した巡回経路。

 

 北へ。

 

 軍演習場。

 

 西へ。

 

 鉄道線。

 

 南へ。

 

 工房へ帰還。

 

 途中で三か所の写真撮影。

 

 二回の無線報告。

 

 一回の片発模擬。

 

 一回の低速飛行。

 

「模擬爆撃は」

 

 大尉が尋ねる。

 

「観測窓から照準だけ」

 

 軍将校が答える。

 

「爆弾は積まない」

 

「なぜ」

 

「四時間も爆弾を抱えて飛びたくない」

 

 元白軍将校が言う。

 

「実戦では抱える」

 

「今日は航続試験だ!」

 

「重量条件が違う」

 

 技師が答える。

 

「砂袋を積む」

 

 軍将校は額を押さえた。

 

「結局、同じ重さにするのか」

 

「試験だからな」

 

     ◇

 

 搭載物。

 

 増加燃料。

 

 模擬弾薬重量。

 

 模擬爆弾重量。

 

 写真機。

 

 無線機。

 

 地図。

 

 工具。

 

 乗員二名。

 

 緊急糧食。

 

 飲料水。

 

「食品試験品は」

 

 実業家が尋ねた。

 

「積まない」

 

 軍将校が答える。

 

「長時間飛行なら、保存性比較が」

 

「積まない」

 

「少量でも」

 

「積まない!」

 

 元独立運動家が包みを二つ持ってきた。

 

「これは乗員用」

 

「中身は」

 

「黒パン、塩漬け肉、飛行バター」

 

「飛行バターは試験品では」

 

「食事だ」

 

 軍将校は少し考えた。

 

「それならよい」

 

 実業家が小声で言う。

 

「搭載実績には残ります」

 

「記録するな!」

 

     ◇

 

 飛行前。

 

 燃料を入れる。

 

 A.1より多い。

 

 主槽。

 

 補助槽。

 

 左右。

 

 量を測る。

 

 漏れ。

 

 弁。

 

 配管。

 

 元ドイツ技師は、給油口から目を離さない。

 

「満載に近い」

 

「重いな」

 

 軍将校が答える。

 

「離陸距離が伸びる」

 

「滑走路は足りるか」

 

「乾いている」

 

 全員が地面を見る。

 

 前日、雨はない。

 

 牛もいない。

 

 柵も外されている。

 

「珍しく条件がよい」

 

 元白軍将校が言った。

 

「言うな」

 

「何が」

 

「悪くなる気がする」

 

     ◇

 

 離陸滑走。

 

 長い。

 

 A.2は重い。

 

 発動機は二基とも安定。

 

 大きな翼が速度を待つ。

 

「まだか」

 

 軍将校が言う。

 

「速度不足」

 

 後席の操縦士が計器を見る。

 

「あと少し」

 

 滑走路端。

 

 畑。

 

 低い生け垣。

 

「今!」

 

 操縦桿を引く。

 

 A.2はゆっくり浮いた。

 

 大車輪が生け垣の上を越える。

 

「重い」

 

「燃料だ」

 

「二十センチではない?」

 

「人間は重さを感じ分けられん!」

 

     ◇

 

 高度を取る。

 

 五百メートル。

 

 七百。

 

 巡航出力。

 

 燃料切替。

 

 まず主槽。

 

「補助槽は後」

 

「記録開始」

 

 後席の操縦士は地図を開く。

 

 A.1と違い、膝へ当たらない。

 

 無線機へ手を伸ばす。

 

 写真機架を展開する。

 

「どうだ」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「動ける」

 

「まだ十五分だ」

 

「三時間後に聞け」

 

「爆撃代表にも聞こう」

 

     ◇

 

 地上。

 

 爆撃代表はA.1後席模型へ座っていた。

 

 前には大尉。

 

 横には通信将校。

 

 実業家は時間を記録。

 

「地図を開いてください」

 

 大尉が言う。

 

「地上の地図?」

 

「飛行経路と同じものです」

 

「写真機を準備」

 

「模擬操作でよいだろう」

 

「実機と同じ手順です」

 

「無線報告」

 

「無線機は動かない」

 

「送信文を読み上げてください」

 

 爆撃代表は地図を開く。

 

 膝が無線機へ触れる。

 

「まだ問題ない」

 

 実業家が記録した。

 

開始十五分。本人、問題なしと発言。

 

「そこまで書くな」

 

     ◇

 

 飛行一時間。

 

 第一撮影地点。

 

 川と鉄道の交差部。

 

「右へ五度」

 

 後席から指示。

 

「五度?」

 

「少し右」

 

「数字で言えと言っただろう」

 

「今言った!」

 

 A.2が傾く。

 

 写真機。

 

 一枚。

 

 二枚。

 

 乾板交換。

 

 無線。

 

「第一地点撮影完了」

 

 雑音。

 

……第一……撮影……了解。

 

「聞こえた」

 

「A.1より雑音が少ない」

 

「配線位置を変えた」

 

「整備口だけではなかった?」

 

「配線も短くした」

 

「改良書へ書いてある」

 

「全部は覚えられん!」

 

     ◇

 

 地上、一時間。

 

 爆撃代表は座席を後ろへ回していた。

 

 右膝が無線機へ当たる。

 

 少し姿勢を変える。

 

 機銃架へ肩。

 

「問題ないですか」

 

 実業家が尋ねる。

 

「問題ない」

 

「姿勢を変えました」

 

「人間は姿勢を変える」

 

「変更理由は」

 

「自然な動作だ」

 

 通信将校が言う。

 

「無線操作へ戻ってください」

 

「後方警戒中だ」

 

「敵機通過後を想定」

 

「今すぐ?」

 

「実戦では待ってくれません」

 

 爆撃代表は座席を戻す。

 

 地図が床へ落ちた。

 

 会議室が静かになる。

 

「留め具が悪い」

 

 大尉が答える。

 

「A.1標準留め具です」

 

「今日は古い物を使っている?」

 

「比較試験です」

 

 実業家が記録した。

 

一時間七分。地図落下。

 

「嬉しそうに書くな!」

 

     ◇

 

 飛行一時間半。

 

 片発模擬。

 

 左発動機を絞る。

 

 右だけで維持。

 

 燃料満載に近い。

 

 高度は少しずつ落ちる。

 

「方向維持は」

 

「A.1より楽」

 

「尾翼効果」

 

「ただし重い」

 

「当然だ」

 

「片発で長く飛ぶのは嫌だな」

 

「帰れる場所を探す」

 

「最寄りの草地は」

 

「地図上、北西に二か所」

 

「後席が仕事をしている」

 

「誰が乗っていると思っている」

 

     ◇

 

 二時間。

 

 乗員は、まだ余裕がある。

 

 軍将校は肩を回す。

 

 後席の操縦士は、地図台を畳んで食事を取った。

 

「食べられるか」

 

「前より楽」

 

「A.1では」

 

「膝の上だった」

 

「今は」

 

「地図台を半分畳める」

 

「パン屑を無線へ落とすな」

 

「設計者みたいなことを言うな」

 

 黒パン。

 

 塩漬け肉。

 

 バター。

 

 機体は巡航を続ける。

 

「飛行中に飛行バターを食う」

 

 軍将校が言った。

 

「二度飛んだことになる?」

 

「数えるな」

 

     ◇

 

 地上、二時間。

 

 爆撃代表は目に見えて不機嫌になっていた。

 

「まだ一時間あるのか」

 

「三時間の試験です」

 

 実業家が答える。

 

「飛行は四時間だろう」

 

「譲歩しました」

 

「譲歩の顔をするな」

 

 大尉が次の指示を出す。

 

「写真機操作」

 

「また?」

 

「第二撮影地点です」

 

「地上なのに」

 

「手順試験です」

 

 爆撃代表は前へ屈む。

 

 写真機架を開く。

 

 帽子が機銃架へ当たる。

 

「外せばよい」

 

「飛行帽は外せません」

 

「今は帽子だ」

 

「条件を揃えています」

 

「誰がこんな試験を考えた!」

 

 会議室の全員がWILK側を見る。

 

     ◇

 

 飛行二時間半。

 

 第二撮影地点。

 

 演習場。

 

 模擬陣地。

 

 写真撮影。

 

 次に観測窓。

 

 模擬爆撃照準。

 

「目標確認」

 

「速度一定」

 

「左へ少し」

 

「何度」

 

「三度」

 

「細かいな」

 

「照準だからだ!」

 

 観測員は前方下部を見る。

 

 座席を少しずらす。

 

 膝が当たらない。

 

 体を戻す。

 

「どうだ」

 

「まだ動ける」

 

「A.1なら」

 

「二時間半で腰が固まる」

 

「二十センチは」

 

「必要だ」

 

「二人目の証言だ」

 

     ◇

 

 地上、二時間半。

 

 爆撃代表はA.1模型の中で、完全に動きが遅くなっていた。

 

「後方警戒」

 

 大尉が言う。

 

「今?」

 

「敵機想定」

 

 座席を回す。

 

 膝が無線機へ。

 

 肩が機銃架へ。

 

 腰をひねる。

 

「痛っ」

 

 実業家が筆を動かす。

 

「今のは記録するな」

 

「試験中の発言です」

 

「筋肉が固まっただけだ」

 

 通信将校が答える。

 

「飛行中も固まります」

 

「振動があれば逆にほぐれるかもしれない」

 

「その理屈で実機へ乗りますか」

 

 爆撃代表は黙った。

 

     ◇

 

 三時間。

 

 A.2は予定経路の北端を回った。

 

 燃料残量。

 

 十分。

 

 主槽から補助槽へ。

 

 大きな切替弁。

 

 手袋越しでも分かる。

 

「補助槽」

 

「四角」

 

「切替」

 

「圧力安定」

 

「流量」

 

「正常」

 

 後席の操縦士は、片手で無線を送りながら地図を押さえた。

 

「第三地点へ向かう」

 

……第三……了解。

 

「まだ声は出るか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「蜂蜜水がある」

 

「食品部の?」

 

「乗員用だ」

 

「喉に効くな」

 

「認めた?」

 

「軍用飲料としては」

 

「実業家には言うな」

 

 無線は地上へ全部流れていた。

 

     ◇

 

 工房の受信室。

 

 実業家が蜂蜜水の話を聞いた。

 

「記録しました」

 

 軍将校の声。

 

記録するな。

 

 受信室が笑いに包まれた。

 

     ◇

 

 地上、三時間。

 

 爆撃代表は試験終了を告げられた。

 

 模型から出ようとする。

 

 足がしびれている。

 

 立つ。

 

 少しよろける。

 

 大尉が支える。

 

「問題ありませんか」

 

「問題ない」

 

「歩けますか」

 

「歩ける」

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 膝を伸ばす。

 

「A.2模型にも座りますか」

 

 実業家が尋ねる。

 

「今から?」

 

「比較のため十五分」

 

「もう十分だ!」

 

「では従来後席三時間の所見を」

 

 爆撃代表は旧型模型を見た。

 

「任務は可能だ」

 

「はい」

 

「だが連続使用では疲労が大きい」

 

「はい」

 

「二十センチは……」

 

 全員が待つ。

 

「有用だ」

 

 実業家が大きく書いた。

 

「そんなに大きく書くな!」

 

     ◇

 

 飛行三時間半。

 

 帰路。

 

 軍将校にも疲れが出ていた。

 

 操縦桿。

 

 計器。

 

 発動機音。

 

 同じ姿勢。

 

「前席も広げるか」

 

 後席から声。

 

「次の改良を増やすな」

 

「疲れている」

 

「操縦士は動けないのが普通だ」

 

「普通を改善しては」

 

「機体が大きくなる」

 

「二十センチ」

 

「どこへ入れる!」

 

「前へ」

 

「重心が変わる!」

 

 後席から笑い声。

 

 まだ余裕はある。

 

     ◇

 

 最後の試験。

 

 無線機の一部を飛行中に点検する。

 

 もちろん分解はしない。

 

 整備口を開く。

 

 端子確認。

 

 配線。

 

 振動。

 

「見える」

 

「手は届くか」

 

「届く」

 

「A.1では」

 

「腕を奥まで入れる」

 

「飛行中は無理だな」

 

「A.2でも修理は無理」

 

「確認だけ?」

 

「それでよい。接触不良なら押さえられる」

 

 直後、無線に雑音。

 

 操縦士が端子を押さえる。

 

 雑音が減る。

 

「本当に役に立った」

 

「偶然だ」

 

「設計したのは技師だ」

 

「なら必然か」

 

「帰って報告しよう」

 

     ◇

 

 飛行四時間十二分。

 

 WILK工房が見えた。

 

 煙突。

 

 北側作業棟。

 

 草地。

 

 待つ人々。

 

「帰った」

 

 後席の操縦士が言う。

 

「まだ着陸していない」

 

「見えたからな」

 

「油断するな」

 

 脚を下ろす。

 

 左右固定。

 

 燃料。

 

 発動機。

 

 風。

 

 着陸進入。

 

 A.2は重い。

 

 だが燃料を使った分、離陸時より軽い。

 

 大きな尾翼が低速で効く。

 

 接地。

 

 一度。

 

 少し跳ねる。

 

 二度目。

 

 車輪が草地を掴む。

 

 直進。

 

 停止。

 

     ◇

 

 発動機が止まる。

 

 作業員たちが近づく。

 

 元ドイツ技師は、機体より先に乗員を見る。

 

「異常は」

 

「腰」

 

 軍将校が答える。

 

「機体は」

 

「後でよい」

 

 技師が一瞬黙った。

 

 元独立運動家が笑う。

 

「覚えたな」

 

「乗員報告を先に聞くと書いた」

 

「技術文書に?」

 

「軍将校が書いた」

 

 軍将校は操縦席から降りる。

 

 足が少し固い。

 

「四時間は長い」

 

「後席は」

 

 技師が尋ねる。

 

 担当操縦士が降りる。

 

 肩を回す。

 

「疲れた」

 

「A.1と比べて」

 

「かなり楽だ」

 

「作業は」

 

「全部できた」

 

「膝は」

 

「当たらない」

 

「二十センチは」

 

「必要だ」

 

     ◇

 

 元独立運動家がパンを渡す。

 

「最初の一口」

 

 軍将校が受け取る。

 

「今日は長かった」

 

「その分、大きく切った」

 

「規則が雑だな」

 

「腹が減っている」

 

 後席の操縦士にも。

 

 黒パン。

 

 バター。

 

 蜂蜜水。

 

「高度不足は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「今日はなし」

 

「なぜ」

 

「疲れている時に飲ませるなと軍医が」

 

「まともだ」

 

「代わりに温かいスープ」

 

 作業場の外には鍋がある。

 

 四時間飛んだ者。

 

 三時間座った者。

 

 待っていた者。

 

 皆に配られる。

 

     ◇

 

 爆撃代表も工房へ来ていた。

 

 歩き方が少し硬い。

 

 軍将校が見つける。

 

「三時間どうだった」

 

「地上試験としては不完全だ」

 

「所見は」

 

「A.1でも任務はできる」

 

「それは知っている」

 

「だがA.2の方がよい」

 

「二十センチは」

 

 爆撃代表は軍将校を睨んだ。

 

「必要だ」

 

 周囲から小さな拍手。

 

「拍手するな!」

 

     ◇

 

 飛行後点検。

 

 燃料消費。

 

 計算値以内。

 

 発動機。

 

 正常。

 

 油管。

 

 接触なし。

 

 後席床。

 

 異常なし。

 

 写真乾板。

 

 破損なし。

 

 無線機。

 

 一時的な端子緩み。

 

「飛行中に押さえて改善」

 

 技師が記録する。

 

「整備口拡大が役立った」

 

 通信将校が答える。

 

「恒久対策は」

 

「端子留めへばね座金」

 

「重量は」

 

 軍将校が反射的に聞く。

 

「全体で百グラム未満」

 

「なら付けろ」

 

「即決だな」

 

「四時間飛んだ後に無線が切れる方が困る!」

 

     ◇

 

 写真。

 

 第一地点。

 

 良好。

 

 第二地点。

 

 わずかに傾き。

 

 第三地点。

 

 良好。

 

 地図記録。

 

 無線記録。

 

 燃料切替。

 

 片発模擬。

 

 すべて合格。

 

 唯一、操縦士から出た新しい不満。

 

前席座席の腰当てが硬い。

 

 元ドイツ技師が軍将校を見る。

 

「いつから」

 

「二時間半くらい」

 

「なぜ飛行中に言わなかった」

 

「後席の試験だったからだ」

 

「前席も人間が座る」

 

「今気づいた」

 

 元独立運動家が言う。

 

「詰め物を入れる」

 

「重量は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「そこまで気にするか」

 

「習慣だ!」

 

     ◇

 

 翌日。

 

 航空部へ試験報告が送られた。

 

Tur A.2試作一号機、長時間飛行四時間十二分。

 

増加燃料系統、異常なし。

 

後席における地図、写真、無線、後方警戒および照準作業、継続可能。

 

A.1比、搭乗員疲労は明確に低減。

 

無線端子固定部に軽微な緩み。改修予定。

 

前席腰当て改善要求あり。

 

 その下に、比較試験結果。

 

A.1後席模型三時間着席者、一名。

 

地図落下、一回。

機銃架接触、二回。

無線機接触、四回。

脚部しびれ、試験終了時に確認。

 

本人所見、

「A.2の二十センチ延長は有用」

 

 軍将校が報告を読んだ。

 

「本人所見をそのまま入れたのか」

 

 実業家が答える。

 

「重要な証言です」

 

「脚部しびれまで?」

 

「客観的結果です」

 

 爆撃代表から電報が届いた。

 

脚部しびれは一時的。

過大評価するな。

 

 技師はその電報も報告書へ添付した。

 

     ◇

 

 三日後。

 

 航空部から返信。

 

長時間飛行試験結果、概ね良好。

 

Tur A.2試作機を正式購入する。

 

追加三機について、予算審査を開始する。

 

後席延長効果は認める。

 

ただし重量増加抑制を継続せよ。

 

爆撃部門より、比較試験方法に心理的圧力があったとの異議あり。

 

 軍将校は最後の一行を読む。

 

「心理的圧力?」

 

 元白軍将校が答える。

 

「三時間座らせた」

 

「自分で疑問を出したのだろう」

 

 元独立運動家が言う。

 

「座れば分かる」

 

 実業家は追加三機の見積書を開いた。

 

「予算審査です」

 

「まだ注文ではないぞ」

 

「準備は必要です」

 

「前金は」

 

「まだです」

 

「なら動くな」

 

 元ドイツ技師は既に図面を修正していた。

 

「端子留め。腰当て。後席換気」

 

「換気?」

 

 軍将校が聞く。

 

「四時間では空気がこもる」

 

「また改良が増えた」

 

「戻ってきた報告だ」

 

 誰も止められなかった。

 

     ◇

 

 北側作業棟の壁に、説明用の木箱が掛けられた。

 

二百ミリメートル

 

 その横に、新しい札。

 

四時間飛ぶ者へ、二十センチを惜しむな。

 

 元ドイツ技師が見つけた。

 

「誰が書いた」

 

 爆撃代表ではない。

 

 軍将校でもない。

 

 若い観測員たちだった。

 

「消すか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 技師は札を見た。

 

 少し考える。

 

「測定値を付け足せ」

 

「何を」

 

「疲労低減率」

 

「数値化できるか」

 

「今後の試験で」

 

 軍将校は笑った。

 

「消す気はないのだな」

 

     ◇

 

 性能表の二十センチは、小さな数字だった。

 

 全長の中では、見落とすほど。

 

 重量表では、むしろ余計な二十四キロを生んだ変更。

 

 だが三時間座った者には分かった。

 

 四時間飛んだ者には、もっと分かった。

 

 地図を落とさずに済む。

 

 無線機へ膝をぶつけない。

 

 写真を撮った後、そのまま後ろを向ける。

 

 腰を曲げたまま任務を終えずに済む。

 

 帰ってきた時、自分の足で機体から降りられる。

 

 速さではない。

 

 爆弾の数でもない。

 

 機体の中にいる人間が、最後まで仕事を続けられる空間。

 

 Tur A.2は、四時間の飛行でそれを証明した。

 

 そしてWILKは、次の試験計画書を開いた。

 

不整地連続運用試験。

 

期間、七日間。

 

 軍将校は紙を読んだ。

 

「今度は七日?」

 

 元白軍将校が答える。

 

「三時間座るより長い」

 

「単位が違う!」

 

 元独立運動家は食料一覧を作り始める。

 

 実業家は試験場使用料を計算する。

 

 元ドイツ技師は予備主脚を確認する。

 

 軍将校だけが、まだ計画書の一行目を見ていた。

 

「七日間、どこで寝る気だ」

 

 実業家が答える。

 

「機体の隣です」

 

「嫌な予感しかしない!」

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