WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・Tur A.2冬季雪上運用試験指示
一九二三年

前回の不整地連続運用試験において、Tur A.2は泥濘地からの運用能力を示した。

次段階として、積雪地における離着陸、夜間駐機、発動機始動、燃料および潤滑油管理、乗員・整備員の作業継続能力を確認する。

製造側は、主車輪へ着脱式橇を装着する案を提出した。

航空部整備課は、

「車輪があるのに、なぜ橇を付けるのか」

と照会した。

製造側は、

「車輪が沈むから」

と回答した。

整備課は、より技術的な説明を要求した。

製造側は、

「接地圧を下げるため」

と回答した。

整備課は最初からそう書くよう求めた。

製造側内部では、最初の回答の方が分かりやすいとの意見が多数を占めた。


第31話 車輪が沈むなら橇を履け

「橇を付ける」

 

 元白軍将校が言った。

 

 ポーランド軍将校は、予想していた。

 

 予想していたが、聞きたくはなかった。

 

「どこへ」

 

「車輪へ」

 

「車輪を外してではなく?」

 

「車輪へ付ける」

 

「なぜ二つとも使う」

 

「雪が薄い場所では車輪が要る」

 

「雪が深い場所では橇?」

 

「そうだ」

 

「では切り替えるのか」

 

「地上で」

 

「飛行中に変形するのではないな」

 

 元白軍将校は少し考えた。

 

「面白い」

 

「考えるな!」

 

     ◇

 

 Tur A.2の大車輪は、不整地に強い。

 

 泥。

 

 草地。

 

 浅い窪み。

 

 多少の石。

 

 それらなら、太い脚と大きな径で越えられる。

 

 だが雪は違う。

 

 深ければ沈む。

 

 柔らかければ、車輪の前へ雪が盛り上がる。

 

 抵抗が増える。

 

 速度が出ない。

 

「幅を広げる」

 

 元ドイツ帝国軍技師が言った。

 

「車輪を太く?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「新しい車輪を作れば重い」

 

「では橇」

 

「着脱式」

 

「重量は」

 

「まだ計算中」

 

「先に言っておく。必要な重さは禁止だ」

 

 技師は彼を見た。

 

「必要なら必要だ」

 

「禁止しても言うのか!」

 

     ◇

 

 橇案は三つ出た。

 

 一つ目。

 

 主車輪を外し、脚柱へ直接橇を付ける。

 

「軽い」

 

 技師が言う。

 

「雪専用になる」

 

 軍将校が答える。

 

「路面が露出したら」

 

「壊れる」

 

「却下」

 

 二つ目。

 

 車輪の左右へ細い橇を追加。

 

「雪上では三点支持」

 

 元白軍将校が説明する。

 

「横へ広い」

 

「安定する」

 

「格納できない」

 

「もともと車輪も半分出ている」

 

「空気抵抗がひどい!」

 

 三つ目。

 

 車輪の下へ舟形の橇を抱かせる。

 

 車輪は内部で回る。

 

 橇前部が雪面を滑る。

 

 硬い地面では、車輪が少し下へ出る。

 

「これだ」

 

 元独立運動家が言った。

 

「なぜ」

 

「道具を二つ持たずに済む」

 

 技師は図面を見る。

 

「雪が浅ければ車輪。深ければ橇面」

 

「自動で使い分ける?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「地面が決める」

 

「珍しく機械が何もしないな」

 

「何もしない機構は壊れにくい」

 

 元白軍将校が満足そうに頷いた。

 

     ◇

 

 試作橇。

 

 木製芯材。

 

 薄い鋼板底。

 

 前端は大きく反る。

 

 車輪を左右から金属枠で囲む。

 

 下端だけ車輪が少し出る。

 

 橇全体は、脚柱へ革帯と金具で固定。

 

「革帯?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「寒さで金属が縮む」

 

 技師が答える。

 

「革なら馴染む」

 

「凍るぞ」

 

「油を入れる」

 

「緩まないか」

 

「二重留め」

 

 元白軍将校が橇を持ち上げた。

 

「軽い」

 

「何キロ」

 

「一基十三・八」

 

「左右で二十七・六!」

 

 軍将校が技師を見る。

 

「言うなよ」

 

「必要な――」

 

「言うな!」

 

     ◇

 

 大尉が試作橇を見た。

 

「爆弾に見える」

 

「何でも爆弾に見えるな」

 

 元独立運動家が答える。

 

「主翼下ではなく脚だぞ」

 

「遠目には魚にも見える」

 

 実業家が言った。

 

「魚の意匠を入れれば民間向けにも」

 

「橇を売る話へ行くな」

 

「雪国の郵便機には需要があります」

 

「まだ軍用試験前だ!」

 

 元白軍将校が橇の前へ狼の歯を描こうとした。

 

 技師が筆を取り上げる。

 

「表面が荒れる」

 

「塗装だ」

 

「試験後だ」

 

 軍将校が驚いた。

 

「試験後ならよいのか」

 

「識別標識としてなら」

 

「この会社は、止めるところが少しずれている!」

 

     ◇

 

 雪上試験地は、東部の平原だった。

 

 積雪。

 

 風。

 

 林。

 

 小さな駅。

 

 軍の仮設飛行場。

 

 既に別の軽飛行機が数機、雪上用橇で運用されている。

 

「双発機は初めてだ」

 

 現地指揮官がTur A.2を見る。

 

「重いな」

 

「必要な」

 

 軍将校が技師の口を手で塞いだ。

 

「言わせない」

 

 指揮官は少し引いた。

 

「何をしている」

 

「社内規則です」

 

「軍人が技師の口を塞ぐ会社なのか」

 

「軍の会社ではない!」

 

     ◇

 

 現地の軽飛行機は、車輪を外して完全な橇を付けていた。

 

 長い木製橇。

 

 細い脚。

 

 機体も軽い。

 

 Tur A.2は違う。

 

 大車輪。

 

 太い脚。

 

 半引込式。

 

 さらに橇。

 

 現地整備兵が下から覗く。

 

「複雑だ」

 

 元白軍将校が答える。

 

「見た目だけ」

 

「外すには」

 

「金具八か所」

 

「時間は」

 

「初回なら一時間」

 

「飛行場で変えられる?」

 

「できる」

 

 技師が付け加えた。

 

「ただし雪上で部品を落とすな」

 

 元独立運動家が白い敷布を広げる。

 

 軍将校が言う。

 

「雪の上に白い布?」

 

「部品が見えない」

 

「黒い布にしろ!」

 

     ◇

 

 黒い帆布が用意された。

 

 工具。

 

 金具。

 

 留め具。

 

 雪へ落ちても見つかる。

 

 元独立運動家が感心したように言う。

 

「色も道具だな」

 

「当たり前だ」

 

 技師が答える。

 

「今後は寒冷地工具荷車も黒くする」

 

 実業家が記録した。

 

「製品化するなよ」

 

「標準仕様候補です」

 

 軍将校は諦めた。

 

     ◇

 

 一日目。

 

 雪は浅い。

 

 表面は固い。

 

 気温、氷点下十度。

 

 Tur A.2は橇付きで地上走行を始める。

 

 発動機。

 

 低出力。

 

 車輪が雪面へ少し食い込む。

 

 硬い部分では車輪が回る。

 

 柔らかい部分では橇面が乗る。

 

「真っすぐ」

 

 軍将校が言う。

 

「抵抗は」

 

 後席の技師が答える。

 

「通常より大きい」

 

「操向は」

 

「尾輪が効きにくい」

 

「ブレーキは」

 

「車輪が雪へ浮くと弱い」

 

「曲がれない?」

 

「出力差を使う」

 

 左発動機を少し上げる。

 

 機体が右へ向く。

 

「双発の利点」

 

「地上で?」

 

「左右別々に押せる」

 

 軍将校は少し嬉しくなった。

 

「これは便利だ」

 

「燃料を食う」

 

「すぐ欠点を言うな!」

 

     ◇

 

 離陸試験。

 

 積載は軽い。

 

 燃料半量。

 

 乗員二名。

 

 工具。

 

 砂袋。

 

 食品なし。

 

 軍将校は自分で貨物室を確認した。

 

「本当にないな」

 

 実業家が地上から答える。

 

「今日はありません」

 

「今日は?」

 

「低温保存試験には適しています」

 

「聞かなかったことにする!」

 

     ◇

 

 出力を上げる。

 

 橇が雪を押す。

 

 前端が浮く。

 

 速度が上がるにつれ、抵抗が減る。

 

 機体は少し左右へ揺れる。

 

「方向維持」

 

「右へ取られる」

 

「雪面が柔らかい」

 

「出力差!」

 

 左を少し強く。

 

 真っすぐ。

 

 尾が上がる。

 

 橇が雪から離れる。

 

 A.2は空へ出た。

 

「上がった」

 

「橇付きで」

 

「当然だ」

 

「今くらい喜べ!」

 

     ◇

 

 飛行中。

 

 橇は脚の下に残る。

 

 半分露出した車輪を囲む。

 

 空気抵抗は増える。

 

 速度は落ちる。

 

「巡航速度、A.1通常脚より十三キロ低下」

 

 技師が記録する。

 

「大きいな」

 

「雪上装備だ」

 

「飛べればよい?」

 

「任務次第」

 

「偵察には」

 

「不利」

 

「救急輸送なら」

 

「着陸できる場所が増える」

 

「何でも交換条件だな」

 

「航空機は全部そうだ」

 

     ◇

 

 着陸。

 

 雪面。

 

 白い平原。

 

 距離感が分かりにくい。

 

「高い?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「まだ二十メートル」

 

「地面が見えない」

 

「影を見ろ」

 

「雲がある」

 

「棒を立てるべきだったな」

 

 現地側は、滑走路両端へ黒い枝束を置いている。

 

 それを目印にする。

 

「左端確認」

 

「右端」

 

「降ろす」

 

 接地。

 

 橇前端が雪へ触れる。

 

 少し跳ねる。

 

 二度目。

 

 滑る。

 

 制動は弱い。

 

 長く走る。

 

「止まらん!」

 

「出力を落とせ!」

 

「落としている!」

 

「方向を保て!」

 

 最後は雪の深い場所へ入り、抵抗が増えて止まった。

 

     ◇

 

 地上班が走ってくる。

 

「橇!」

 

「左、異常なし!」

 

「右、前端に雪詰まり!」

 

「車輪は」

 

「回る!」

 

 技師が右橇を見る。

 

 前端内側へ雪が固まっている。

 

「排雪口が必要」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「穴を開ける?」

 

「前部側面に」

 

「雪が入るのでは」

 

「入った雪を逃がす」

 

「泥清掃口の次は雪排出口か」

 

「地面は機体の敵だな」

 

 元白軍将校が言った。

 

「空も敵だ」

 

「では味方は?」

 

 元独立運動家が答える。

 

「帰る場所」

 

 一瞬だけ、全員が静かになった。

 

 軍将校が咳払いした。

 

「よし、穴を開けろ」

 

     ◇

 

 雪排出口。

 

 左右二か所。

 

 小さな開口。

 

 前向きには塞ぎ、後ろへ抜ける。

 

 雪が入っても、圧力で外へ出る。

 

「魚の鰓だ」

 

 元白軍将校が言う。

 

「橇だ」

 

「形は似ている」

 

 実業家が記録する。

 

「鰓式排雪口」

 

「書くな!」

 

「社内呼称です」

 

「正式名称は」

 

 技師が答える。

 

「後向き排雪開口」

 

「つまらん」

 

「技術文書だ!」

 

     ◇

 

 二日目。

 

 気温、氷点下十八度。

 

 発動機始動。

 

 これが本命だった。

 

 油が固い。

 

 金属が冷たい。

 

 燃料気化が悪い。

 

 手が動かない。

 

「予熱」

 

 技師が言う。

 

「どうする」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 元白軍将校が小型炉を持ってくる。

 

「発動機下へ」

 

「火を近づけるな!」

 

「鉄板箱に入っている」

 

「排気は」

 

「管で外へ」

 

 元独立運動家が答える。

 

「パン窯の温風方式だ」

 

 軍将校は頭を抱えた。

 

「また食品部の技術か」

 

「火を直接当てない」

 

 技師は装置を見る。

 

「温度計を付ける」

 

「採用?」

 

「使える」

 

     ◇

 

 温風予熱箱。

 

 発動機覆いの下へ温風を送る。

 

 油槽。

 

 気化器周辺。

 

 配管。

 

 全体をゆっくり温める。

 

「何分」

 

「四十分」

 

「長い」

 

「壊すより短い」

 

 元白軍将校が言う。

 

「火を強く」

 

「局所加熱になる」

 

「早い」

 

「金属が歪む!」

 

 軍将校が止める。

 

「四十分待て!」

 

 自分で言ってから、彼は少し驚いた。

 

「私は待つ側になったな」

 

 実業家が答える。

 

「発動機を何年も待ちましたので」

 

「そこまでではない!」

 

     ◇

 

 右発動機。

 

 始動。

 

 一度目、失敗。

 

 二度目。

 

 咳き込む。

 

 白煙。

 

 回転。

 

 左。

 

 三度目で始動。

 

「油圧」

 

「上昇遅い」

 

「温度」

 

「まだ低い」

 

「回転を上げるな」

 

「待つ」

 

 五分。

 

 十分。

 

 油圧安定。

 

「これで飛べる」

 

 軍将校が言う。

 

「機体は」

 

「霜がある」

 

「またか!」

 

     ◇

 

 主翼上面には薄い氷。

 

 前回の保温袋を使う。

 

 ただし面積が足りない。

 

「もっと大きく」

 

 元独立運動家が言う。

 

「毛布を温める」

 

「濡れないように」

 

「乾いた袋へ入れる」

 

 実業家が答える。

 

「食品運搬用断熱覆いがあります」

 

「何でもあるな、食品部!」

 

「低温管理が仕事です」

 

 技師が毛布袋を翼へ置く。

 

「使える」

 

 軍将校が笑った。

 

「軍用冬季装備が、パンとバターから生えてきた」

 

     ◇

 

 その日の任務は、寒冷地救急輸送。

 

 C型。

 

 担架二床。

 

 患者役。

 

 今回は本物の患者ではない。

 

 だが軍医は厳しい。

 

「毛布」

 

「二枚」

 

「足元保温」

 

「湯たんぽ」

 

「漏れ確認」

 

「機内温度」

 

「測定」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「機内暖房は」

 

 技師が答える。

 

「発動機から温風を取る案はある」

 

「今は」

 

「湯たんぽ」

 

「原始的だな」

 

「壊れにくい」

 

 元白軍将校が言った。

 

「飲める」

 

「患者用の湯を飲むな!」

 

     ◇

 

 離陸。

 

 雪は深くなっている。

 

 橇が役立つ。

 

 機体は長く滑り、浮く。

 

 上空。

 

 外気はさらに低い。

 

 後席の軍医が患者役へ声をかける。

 

「寒いですか」

 

「足は暖かい」

 

「顔は」

 

「冷たい」

 

「覆いを」

 

 A.2の広い後席。

 

 患者の頭側へ手が届く。

 

 毛布を直す。

 

 呼吸確認。

 

「機内温度、氷点下三度」

 

「まだ低い」

 

「風は入る?」

 

「後席機銃開口から」

 

「覆いを改善」

 

「射撃時は外す」

 

「C型では機銃を外している」

 

「専用覆いを」

 

 実業家なら別売りと言う。

 

 軍将校は無線で先回りした。

 

「標準装備にしろ!」

 

     ◇

 

 着陸後。

 

 患者役を降ろす。

 

 顔は冷たい。

 

 足は温かい。

 

 湯たんぽはまだ使える。

 

 軍医が言う。

 

「一時間なら耐えられる」

 

「二時間は」

 

「暖房が要る」

 

 技師が図面へ書く。

 

「排気熱交換器」

 

 軍将校が嫌な顔をする。

 

「排気が入らないように」

 

「二重壁」

 

「漏れたら」

 

「機内へ排気が入る」

 

「危険だ」

 

「だから試験する」

 

「危険を作って試験するな!」

 

 元白軍将校が提案した。

 

「温めた石を積む」

 

「重い」

 

「必要な」

 

「今日は言わせん!」

 

     ◇

 

 三日目。

 

 吹雪。

 

 飛行不能。

 

 機体は雪に埋まり始める。

 

 主翼上。

 

 尾翼。

 

 橇。

 

 発動機覆い。

 

「雪を落とす」

 

 軍将校が言う。

 

「何時間ごと」

 

 技師が尋ねる。

 

「積もる前に」

 

「基準が曖昧だ」

 

「主翼上二センチ」

 

「測る」

 

 元独立運動家が細い棒へ目盛りを刻む。

 

「積雪計」

 

 実業家が名前を記録する。

 

「売らないぞ」

 

「軍用冬季整備具です」

 

「ただの棒だ!」

 

「目盛り付きです」

 

     ◇

 

 雪下ろし。

 

 柔らかい箒。

 

 翼布を傷つけない。

 

 前から後ろ。

 

 押し付けない。

 

 機体上へ乗らない。

 

「箒の柄を長く」

 

「届かない」

 

「二本をつなぐ」

 

「接合部が外れる」

 

「金具を作る」

 

 元白軍将校が言う。

 

「槍のようだ」

 

「刺すなよ」

 

「雪を払う」

 

「翼布を突くな!」

 

 冬季用長柄箒が完成した。

 

 軍将校は見上げる。

 

「また航空装備が増えた」

 

「百五十グラム」

 

 技師が答える。

 

「軽いな」

 

「二本で三百」

 

「いちいち合計するな!」

 

     ◇

 

 吹雪の夜。

 

 発動機覆いの隙間から雪が入った。

 

 翌朝。

 

 気化器周辺。

 

 点火線。

 

 雪。

 

「覆いが足りない」

 

 技師が言う。

 

「完全に包む」

 

 元独立運動家が答える。

 

「通気は」

 

「上へ抜く」

 

「風でめくれる」

 

「裾へ重り」

 

「重りは」

 

「砂袋」

 

 実業家が言う。

 

「小麦袋なら」

 

 軍将校が振り返る。

 

「食料を重しにするな」

 

「凍りません」

 

「そこではない!」

 

     ◇

 

 四日目。

 

 吹雪後の晴天。

 

 積雪はさらに深い。

 

 橇試験の本番。

 

 燃料半量。

 

 A型装備。

 

 写真機。

 

 無線。

 

「離陸できるか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 技師は雪面を見る。

 

「試す」

 

「駄目なら」

 

「出力を落として中止」

 

「前へ進まなければ?」

 

「引く」

 

「何で」

 

 元白軍将校が馬を見る。

 

「馬で」

 

「双発機を馬で引くのか」

 

「郵便馬車へ戻る」

 

「嫌な原点回帰だな!」

 

     ◇

 

 滑走。

 

 橇が深い雪へ乗る。

 

 前回より抵抗は大きい。

 

 二基の発動機が全力。

 

 雪煙。

 

 機体はゆっくり加速する。

 

「速度!」

 

「足りない!」

 

「まだ半分!」

 

「出力正常!」

 

 滑走路端。

 

 さらに先も雪原。

 

「続ける!」

 

「橇前端、安定!」

 

「速度上昇!」

 

 尾が浮く。

 

 雪の抵抗が減る。

 

 A.2は長く雪を蹴り、ようやく空へ出た。

 

「上がった!」

 

「滑走距離、通常の一・七倍」

 

「長いな」

 

「だが飛べる」

 

「飛行場を選ぶ」

 

「何でもできるわけではない」

 

 軍将校が笑った。

 

「その言葉、軍へ先に言ってくれ」

 

     ◇

 

 写真偵察。

 

 白い地面。

 

 道路も川も雪に隠れる。

 

 だが人の動いた跡は見える。

 

 橇。

 

 車輪。

 

 足跡。

 

 煙。

 

 雪上では、隠れた物より動いた物が目立つ。

 

「道がない」

 

 観測員が言う。

 

「跡を撮れ」

 

「部隊移動が分かる」

 

「雪は地図になるな」

 

 軍将校が答えた。

 

 偵察写真には、黒い線が何本も写った。

 

 軍事評価は高かった。

 

     ◇

 

 帰還。

 

 着陸。

 

 今度は排雪口が効く。

 

 橇内部へ雪は入る。

 

 だが後方へ抜ける。

 

「詰まりなし」

 

「成功」

 

「車輪は」

 

「回転正常」

 

 元白軍将校が橇を叩く。

 

「魚の鰓だ」

 

 技師は黙った。

 

「認めろ」

 

「排雪口は有効だ」

 

「鰓は」

 

「違う!」

 

     ◇

 

 五日目。

 

 低温下での燃料問題。

 

 朝。

 

 右発動機が始動しない。

 

「点火」

 

「正常」

 

「燃料」

 

「来ている」

 

「気化器」

 

「凍結?」

 

 温風予熱。

 

 再始動。

 

 咳き込む。

 

 止まる。

 

 元白軍将校が燃料を少量抜く。

 

「水」

 

 底に小さな氷粒。

 

 軍将校が顔をしかめる。

 

「どこから」

 

「燃料缶の結露」

 

 技師が答える。

 

「夜間保管で冷えた」

 

「濾過したはず」

 

「氷が小さかった」

 

「対策は」

 

「給油前に沈殿。布濾し。水抜き」

 

 元独立運動家が言う。

 

「温かい場所へ缶を置く」

 

「火気は避ける」

 

「食品倉庫なら」

 

 軍将校が先に遮った。

 

「使わないぞ」

 

 実業家が答える。

 

「燃料臭が付くので、こちらも困ります」

 

「初めて食品部が拒否した!」

 

     ◇

 

 燃料水分確認器。

 

 透明な小瓶。

 

 底へ燃料を取る。

 

 水や氷があれば見える。

 

「簡単だ」

 

 軍将校が言う。

 

「簡単な物ほど必要」

 

 技師が答える。

 

「今までなかった?」

 

「暖かい時期は問題が少なかった」

 

 元白軍将校が小瓶を見る。

 

「飲料試験にも使える」

 

「使うな!」

 

「透明だ」

 

「燃料用だ!」

 

     ◇

 

 六日目。

 

 夜間始動と緊急発進。

 

 日没後。

 

 機体は覆いの下。

 

 発動機は冷えている。

 

 命令を受けてから離陸までの時間を測る。

 

「開始!」

 

 覆いを外す。

 

 主翼の雪を払う。

 

 燃料確認。

 

 油予熱。

 

 発動機予熱。

 

 橇確認。

 

 乗員装備。

 

 無線。

 

 照明。

 

「遅い!」

 

 軍将校が時計を見る。

 

「予熱が必要」

 

 技師が答える。

 

「三十五分」

 

「戦場なら」

 

「冷えたまま回して壊すか」

 

「予熱器を増やす」

 

「二基同時?」

 

「左右別」

 

 元白軍将校が炉をもう一つ持ってくる。

 

「どこから」

 

「現地鍛冶場」

 

「勝手に作ったのか」

 

「借りた」

 

「返せる形か」

 

「少し改造した」

 

「それを返せると言わない!」

 

     ◇

 

 二基同時予熱。

 

 時間短縮。

 

 始動。

 

 右、一回。

 

 左、二回。

 

 油圧。

 

 暖機。

 

 離陸準備完了。

 

「開始から二十八分」

 

「目標は」

 

「三十分以内」

 

「合格」

 

 軍将校が言う。

 

「ただし予熱器二基」

 

「標準装備へ」

 

 実業家が記録する。

 

「価格は」

 

「軍へ言うな!」

 

「見積書に必要です」

 

     ◇

 

 夜間離陸。

 

 雪面は月明かりを反射する。

 

 昼より明るい。

 

 だが影が薄い。

 

 距離感が違う。

 

 黒い枝束。

 

 灯火。

 

 滑走路端。

 

 A.2は雪煙を上げて浮く。

 

 上空。

 

 町の灯り。

 

 白い平原。

 

 無線。

 

 短い巡回。

 

「夜の雪は怖いな」

 

 軍将校が言う。

 

「地面が空に見える」

 

 後席の観測員が答える。

 

「境目がない」

 

「計器を見ろ」

 

「分かっている」

 

 着陸は慎重だった。

 

 黒い枝束と灯火だけを頼りにする。

 

 一度目で接地。

 

 長く滑る。

 

 停止。

 

     ◇

 

 七日目。

 

 最終試験。

 

 最大実用積載に近い状態。

 

 B型装備。

 

 模擬弾薬。

 

 模擬爆弾。

 

 増加燃料。

 

 橇。

 

「重い」

 

 軍将校が言う。

 

「限界確認」

 

 技師が答える。

 

「雪は深い」

 

「滑走路を踏み固めた」

 

「誰が」

 

「兵士と馬」

 

 元白軍将校が言う。

 

「野牛のために馬が道を作る」

 

「動物の話にするな」

 

     ◇

 

 離陸。

 

 長い。

 

 前回よりさらに長い。

 

 雪煙。

 

 発動機全開。

 

 機体は走る。

 

「速度不足!」

 

「続ける!」

 

「端まで二百!」

 

「まだ上がらない!」

 

「百!」

 

「中止するか!」

 

 軍将校は操縦桿を感じる。

 

 翼に力が来ている。

 

「続ける!」

 

 尾が上がる。

 

 橇が雪面を離れる。

 

 主車輪。

 

 最後に尾輪。

 

 Tur A.2は、滑走路端を越えて浮いた。

 

 低い。

 

 すぐ前に林。

 

「上げろ!」

 

「上がっている!」

 

 樹冠。

 

 数メートル。

 

 越える。

 

 後席から息を吐く音。

 

「余裕が少ない」

 

「分かっている」

 

「最大積載で深雪は危険」

 

「報告へ大きく書け」

 

「採用に不利だぞ」

 

「落ちるよりよい!」

 

     ◇

 

 飛行自体は問題なかった。

 

 速度低下。

 

 上昇性能低下。

 

 橇抵抗。

 

 だが操縦性は安定。

 

 模擬攻撃。

 

 低空。

 

 雪原では目標が見つけやすい。

 

 木製陣地。

 

 黒い布。

 

 白い背景。

 

「隠れていない」

 

「冬季偽装が必要だな」

 

「機体側も」

 

「白く塗る?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「全面ではない」

 

「狼印は」

 

「残す」

 

 元白軍将校が地上で聞けば喜ぶだろう。

 

     ◇

 

 着陸後。

 

 最終点検。

 

 橇。

 

 前端摩耗。

 

 鋼板底に傷。

 

 金具緩みなし。

 

 脚柱異常なし。

 

 車輪。

 

 正常。

 

 発動機。

 

 正常。

 

 燃料系統。

 

 水分なし。

 

 無線。

 

 冬季用拡張つまみ、良好。

 

 C型機内覆い。

 

 改善必要。

 

「総合評価」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 元ドイツ技師が記録を読む。

 

「雪上運用可能」

 

「条件は」

 

「積雪状態を確認。最大積載時は十分な滑走距離を確保。発動機予熱必須。燃料水分管理。橇装着時は速度低下」

 

「多いな」

 

「冬だからだ」

 

「合格か」

 

「合格」

 

     ◇

 

 試験終了後。

 

 現地指揮官が橇を見る。

 

「欲しい」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「何組」

 

「配備機分」

 

「Tur A.1にも付くか」

 

 技師が答える。

 

「脚寸法は共通。小改修で付く」

 

「では十二機分?」

 

 実業家が計算を始めた。

 

「予備込み十四組」

 

「待て」

 

 軍将校が止める。

 

「まだ発注では」

 

 現地指揮官が言う。

 

「要求書は出す」

 

 実業家は笑った。

 

「準備します」

 

「だから早い!」

 

     ◇

 

 橇には正式名称が付いた。

 

Tur用着脱式雪上主脚補助滑走具

 

 軍将校が書類を見る。

 

「長い」

 

 元独立運動家が答える。

 

「雪橇でよい」

 

 元白軍将校が言う。

 

「狼の足」

 

 実業家が別紙へ書いた。

 

民間名称候補

狼の足

 

「軍用品を勝手に民間販売するな」

 

「郵便機、医療機向けです」

 

「まだ一組しかない!」

 

「注文が来れば作れます」

 

 元ドイツ技師は、橇側面へ小さな狼印を描くことだけは許可した。

 

     ◇

 

 帰り支度。

 

 橇を外すか。

 

 付けたまま飛ぶか。

 

 工房側飛行場には雪が少ない。

 

「途中で路面状態は変わる」

 

 軍将校が言う。

 

「付けたまま」

 

 技師が答える。

 

「遅いぞ」

 

「外した橇を積めば重い」

 

「置いていく?」

 

「試作品だ」

 

「持ち帰る」

 

 元白軍将校が言った。

 

「車輪に履かせて帰る」

 

「靴みたいに言うな」

 

     ◇

 

 出発前。

 

 元独立運動家が食料を配る。

 

 黒パン。

 

 バター。

 

 温かいスープ。

 

 高度不足はなし。

 

「雪上試験成功祝いでは」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「帰ってから」

 

「最近、まともだな」

 

「寒い時に酒を飲ませると、温かく感じても体は冷える」

 

 軍医が答えた。

 

「医学的判断だ」

 

 元白軍将校が不満そうに杯をしまう。

 

「帰る理由が増えた」

 

「それでよい」

 

     ◇

 

 Tur A.2は、橇を履いたまま飛び立った。

 

 白い平原。

 

 黒い森。

 

 雪上に長い滑走跡。

 

 その跡は途中で消え、空へ続く。

 

 車輪だけでは沈んだ。

 

 橇だけでは地面が変わった時に困った。

 

 だから両方を残した。

 

 速さを失った。

 

 重さも増えた。

 

 だが、降りられる場所が増えた。

 

 救える人間の住む場所も増えた。

 

     ◇

 

 WILK工房へ帰ると、新しい電報が待っていた。

 

Tur A.2追加三機、正式発注。

 

うち一機は冬季運用仕様とする。

 

着脱式雪上滑走具十四組について、別途見積もりを提出せよ。

 

併せて、A.1既存機への寒冷地改修要領を作成されたい。

 

 軍将校は最後まで読んだ。

 

「十四組」

 

 実業家が答える。

 

「予備込みです」

 

「もう把握しているのか」

 

「想定していました」

 

「寒冷地改修は」

 

 技師が図面を広げる。

 

「予熱器、燃料水分確認器、発動機覆い、長柄箒、無線つまみ、C型機内覆い」

 

「食料荷車は」

 

 元白軍将校が言う。

 

「強風固定用」

 

「軍用品へ入れるな!」

 

 元独立運動家が笑った。

 

「じゃがいもを標準装備にすれば重しになる」

 

「食べたら軽くなるだろう!」

 

     ◇

 

 北側作業棟には、三機分の新しい治具位置が引かれた。

 

 Tur A.2二機。

 

 冬季型一機。

 

 その隣に、橇十四組。

 

 さらに予熱器。

 

 覆い。

 

 工具。

 

 部品。

 

 仕事は一機から三機へ増えた。

 

 人も増える。

 

 食堂の鍋も大きくなる。

 

 実業家は新しい雇用表を開いた。

 

「追加で木工職人六名、金工四名、縫製三名」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「縫製?」

 

「機体覆いと機内防寒覆いです」

 

「航空機工房に裁縫班まで」

 

「布張り機体です」

 

「元から必要だったか」

 

「今までは外注でした」

 

「社内化?」

 

「仕事が継続しますので」

 

     ◇

 

 元ドイツ技師は、試作橇の摩耗した鋼板を壁へ掛けた。

 

 擦り傷。

 

 曲がり。

 

 雪と氷の跡。

 

 その下へ札。

 

車輪が沈むなら、橇を履け。

 

ただし、橇を履けば速くなるとは限らない。

 

 軍将校が見つけた。

 

「珍しく分かりやすいな」

 

「技術的にも正しい」

 

「誰が書いた」

 

「私だ」

 

「お前が?」

 

「最初の回答の方が分かりやすかった」

 

 軍将校はしばらく札を見た。

 

「少しずつ丸くなったな」

 

「何が」

 

「お前が」

 

「橇の前端は丸い方が雪へ刺さらない」

 

「そういうところだぞ!」

 

 工房の外では、雪が降り始めていた。

 

 今度は誰も、車輪だけで走ろうとはしなかった。

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