一九二三年
本演習では、敵支配地域に不時着したTur A.1一機を想定し、回収班による乗員救出、重要装備撤去、機体分解および後送を実施した。
敵役部隊には、回収班の接近阻止および作業妨害が命じられた。
演習開始後、回収班は機体へ到達したものの、敵騎兵の接近により完全回収を断念。
乗員、負傷者、暗号表、写真乾板、無線機、点火装置、機銃および主要工具を撤収した。
機体は現地に残置されたが、発動機始動不能、操縦系統分断、燃料排出済みであり、敵による即時再使用は不可能と判定された。
製造側は、
「機体を失った」
と報告した。
回収班指揮官は、
「人員と重要部品は帰った」
と報告した。
航空部は両者の報告を併記し、総合判定を、
「不完全な成功」
とした。
WILK社内記録では、
「帰る順番を間違えなかった」
と記載されている。
「敵は回収班を狙う」
ポーランド軍将校が言った。
元白軍将校は頷いた。
「正しい」
「毎回、敵の意見を褒めるな」
「敵が馬鹿なら楽だ」
「演習の敵役だぞ」
「戦争では選べない」
机の上には、新しい演習命令書。
損傷機回収班を発見し、作業を妨害せよ。
機体を奪取、または再使用不能化前に確保せよ。
元ドイツ帝国軍技師は、二行目を指で叩いた。
「時間がない」
「前回は六時間で分解した」
軍将校が答える。
「今回は六時間も作業させてもらえない」
「何時間」
「敵次第だ」
「嫌な単位だな」
◇
演習想定。
Tur A.1一機が敵支配地域の縁へ不時着。
乗員二名。
観測員は脚を負傷。
機体は右主脚損傷。
左発動機停止。
無線機は生きている。
味方前線まで十二キロ。
回収班は荷車三台、馬八頭、兵士二十四名。
敵役は騎兵小隊。
「二十四名で飛行機一機を取りに行く」
実業家が人数表を見る。
「多いですね」
軍将校が答える。
「敵も来る」
「護衛は」
「歩兵十二名」
「作業員は」
「整備兵八名」
「御者四名」
「軍医は」
「一名」
「二十五名です」
「細かい!」
「食料が変わります」
元独立運動家が言った。
「三十人分持たせる」
「増えたぞ」
「途中で負傷者が出るかもしれない」
「食べる人数が?」
「護衛も働く」
「そういう増え方か!」
◇
今回の目標は、機体の完全回収ではなかった。
優先順位を決めること。
一番。
乗員。
二番。
暗号表、命令書、写真乾板。
三番。
無線機。
四番。
点火装置、照準器、機銃。
五番。
交換可能部品。
六番。
発動機。
七番。
主翼、胴体。
「機体が最後?」
軍将校が尋ねる。
元ドイツ技師が答えた。
「人間と情報を失ってまで、胴体を運ぶ意味はない」
「お前が言うのか」
「何が」
「機体を一番にしそうだった」
「機体は作り直せる」
「人間は?」
技師は少し黙った。
「同じ者は作れない」
元独立運動家は何も言わず、食料箱の蓋を閉じた。
◇
元白軍将校は、優先順位表へ一項を加えた。
離陸可能な場合は、順番を無視して飛ばす。
軍将校が読む。
「当然だな」
「当然ほど書く」
「片発なら」
「飛べるなら飛ばす」
「脚が壊れていたら」
「離陸できない」
「滑走できれば」
「飛ばす」
元ドイツ技師が止めた。
「損傷状態を確認してからだ」
「敵が来る」
「空中で主翼が外れれば乗員を失う」
「なら地上で判断を早く」
「そのための点検表を作る」
軍将校が額を押さえた。
「敵が来るまでに書類が増える」
◇
緊急飛行可否点検。
一分以内。
主翼取付部。
操縦索。
燃料漏れ。
発動機火災。
脚状態。
操縦面。
「一分で見られるか」
軍将校が尋ねる。
「二人で分担」
技師が答える。
「右側、左側」
「胴体は」
「操縦士」
「発動機は」
「整備兵」
「敵を見張る者は」
「護衛」
元白軍将校が言った。
「撃ちながら見る」
「整備兵へ撃たせるな」
「銃くらい持たせる」
「工具と銃を同時に?」
「置く場所を決める」
「工具荷車に銃架を付けるなよ」
実業家が記録しかけていた。
軍将校が紙を伏せた。
◇
回収装備も変わった。
前回は、全部持ち帰るための道具。
今回は、必要な物だけ素早く外す道具。
無線機用担架。
写真乾板箱。
暗号書類袋。
点火装置収納箱。
機銃運搬棒。
発動機を完全に外せない場合の補機回収工具。
「無線機に担架?」
軍将校が尋ねる。
「重い」
元独立運動家が答える。
「二人で運ぶ」
「患者と間違えないか」
「患者用は白帯」
「無線用は?」
「青帯」
「暗号書類は」
「赤袋」
「点火装置は」
「黄箱」
元ドイツ技師が言う。
「色だけでなく形も変える」
「なぜ」
「夜は色が見えにくい」
「無線担架は長方形」
「患者担架も長方形だ!」
「取っ手数を変える」
「無線機は四つ。患者は二つ」
「持つ者が混乱しないか」
元白軍将校が言った。
「患者が四人で運ばれれば楽だ」
「そういう問題ではない!」
◇
演習地。
森と畑。
低い丘。
不時着地点は、敵味方の中間。
Tur A.1量産五号機が使われる。
もちろん本当に墜落させない。
右主脚を外し、支持台へ。
左発動機の点火装置を抜く。
観測員役は脚へ包帯。
「また借り物を分解するのか」
軍将校が尋ねる。
「教育訓練を兼ねる」
実業家が答える。
「航空部が貸した?」
「はい」
「条件は」
「無傷で返却」
元白軍将校が不満そうな顔をする。
「演習なのに」
「壊すな!」
◇
乗員は不時着地点で待つ。
回収班は六キロ離れた林から出発。
敵騎兵は別方向、十キロ先。
どちらが先に着くか。
「回収班が有利では」
軍将校が地図を見る。
「荷車がある」
元白軍将校が答える。
「道は悪い」
「敵は馬だけ」
「速い」
「護衛歩兵は」
「歩く」
「回収班全体は歩兵速度」
「敵の方が早いな」
軍将校は演習統裁官を見る。
「最初から全部回収させる気がないだろう」
統裁官は笑った。
「優先順位を見る演習です」
◇
開始。
回収班が動く。
荷車。
馬。
歩兵。
整備兵。
軍医。
小道。
ぬかるみ。
「速度を上げろ」
元白軍将校が先頭で言う。
「護衛が遅れる」
軍将校が答える。
「機体へ早く」
「敵に先に見つかるぞ」
「見つかる前に作業を始める」
「護衛なしで?」
「半分を先行」
「分けるのか」
回収班を二つに分ける。
先行班。
整備兵四名。
軍医。
護衛六名。
軽い荷車一台。
後続班。
大型荷車。
分解装備。
残りの護衛。
「完全回収用の道具は後」
軍将校が言う。
「乗員と情報が先」
元白軍将校が答えた。
「優先順位通りだ」
◇
先行班が五号機へ到着。
操縦士が手を振る。
「観測員、右脚負傷!」
軍医が走る。
整備兵は機体へ。
「燃料漏れなし!」
「主翼取付、外観正常!」
「右脚不能!」
「左発動機始動不能!」
「右発動機は」
「正常想定!」
操縦士が言う。
「右脚がない。滑走できない!」
「飛ばせない」
軍将校が判定する。
「乗員を出す!」
◇
観測員役を担架へ。
白帯。
暗号表を赤袋へ。
写真乾板箱。
命令書。
拳銃。
地図。
「郵便袋は」
軍将校が尋ねた。
操縦士が貨物室を指す。
「あります」
「なぜ!」
「前線から預かった想定です」
「今回は置いていけ!」
元独立運動家がいれば反対したかもしれない。
だが元白軍将校は言った。
「書類と一緒に持つ」
「優先順位は」
「兵士の手紙も情報だ」
「暗号ほどではない」
「赤袋に余裕がある」
軍将校は一瞬迷った。
「入れろ!」
◇
無線機。
固定具を外す。
四本。
配線。
アンテナ線。
担架へ。
「時間」
「到着から七分!」
「早い」
「訓練した」
点火装置。
右発動機から正常品を外す。
「なぜ正常な方を」
軍将校が尋ねる。
「敵に使わせない」
「左は既に外れている」
「左の点火装置は模擬故障品。持ち帰っても使えない」
「右を持つ?」
「交換部品になる」
黄色い箱へ。
◇
前方警戒。
護衛兵が丘へ上がる。
「敵騎兵!」
「距離三キロ!」
軍将校が時計を見る。
「後続班は」
伝令が答える。
「あと十五分!」
「間に合わない」
元白軍将校が言った。
「完全回収は捨てる」
「決断が早いな」
「敵が速い」
「何を持つ」
「機銃。照準器。写真機。点火装置。工具」
「発動機は」
「時間がない」
「プロペラは」
「置く」
元ドイツ技師がいれば、もっと持とうとしたかもしれない。
だが今日、現地指揮を執るのは軍将校だった。
「機体回収を中止!」
「重要物撤去!」
「十二分で撤収する!」
◇
前方固定機銃。
左右胴体側。
固定具。
弾薬は模擬。
機銃本体だけ外す。
後方機銃。
旋回架から。
照準器。
写真機。
「重い」
整備兵が言う。
「荷車へ」
「無線担架が先に載っています」
「機銃は運搬棒」
二人で担ぐ。
元白軍将校が機体内部へ入る。
「操縦索を切る」
軍将校が振り返る。
「もう?」
「敵へ残す」
「再使用不能化か」
「時間がない」
「切断位置は」
「交換可能な場所」
「なぜ」
「後で取り返した時に直せる」
「敵に使わせず、自分たちは直せるように?」
「そうだ」
軍将校が笑った。
「欲張りだな」
◇
操縦索。
方向舵。
昇降舵。
補助翼。
ただ切るのではない。
接続部を外す。
ピンを抜く。
重要なピンは持ち帰る。
「切らないのか」
「時間が同じなら外す」
「再組立できる」
「敵は予備ピンがなければ動かせない」
「針金で代用されたら」
「操縦中に切れる」
「敵も馬鹿では」
「なら時間を使わせる」
◇
燃料。
全部抜く時間はない。
抜き取り弁を開く。
容器へ。
持てる分だけ荷車。
残りは地面へ流さない。
「火災になる」
軍将校が言う。
「どうする」
技師が事前に用意した折り畳み燃料袋。
厚い防油布。
残存燃料を受ける。
「こんな物まで」
「環境保護ではない」
元白軍将校が答える。
「敵へ残さない」
「持って帰る?」
「燃料は使える」
「袋は漏れないか」
「試験済み」
「食品部ではないだろうな」
「油脂輸送容器の技術は使った」
「やはり混ざっている!」
◇
敵騎兵、二キロ。
護衛歩兵が模擬射撃を始める。
空砲。
旗。
判定官。
「敵、速度低下!」
「あと八分!」
後続班がようやく見える。
大型荷車。
分解装備。
完全回収には遅い。
「後続班へ伝令!」
「引き返させる!」
軍将校が叫ぶ。
「大型荷車を敵へ渡すな!」
後続班は途中で方向転換。
護衛の一部が合流。
「来たのに帰るのか」
若い整備兵が悔しそうに言う。
隊長が答えた。
「空荷で帰る方が、敵の荷物になるよりよい」
◇
撤収開始。
最初。
負傷者担架。
二番。
赤袋と写真乾板。
三番。
無線機担架。
四番。
機銃。
五番。
点火装置、照準器、工具。
六番。
燃料袋。
軍将校が機体を振り返る。
「他に」
元白軍将校が操縦席へ手を伸ばす。
「計器を外す」
「時間がない」
「油圧計だけ」
「なぜ」
「不足している」
「一個だけ!」
三十秒で外す。
「次!」
◇
元白軍将校は最後に、発動機覆いを開いた。
「何をする」
軍将校が尋ねる。
「点火配線を外す」
「装置は持った」
「燃料管も」
「敵が直せないように?」
「すぐには」
「壊す?」
「外して持つ」
「また部品が増える!」
「軽い」
燃料管。
点火線。
気化器の小さな重要部品。
袋へ。
「これで発動機は回らない」
「左は最初から止まっている」
「右も止まる」
◇
敵騎兵、一キロ。
撤収。
回収班は林へ向かう。
負傷者担架が先。
無線機担架。
荷車。
護衛。
元白軍将校は最後尾。
「走れ!」
軍将校が叫ぶ。
「荷車は走れん!」
「速歩!」
馬。
車輪。
泥。
機銃運搬棒を担ぐ兵士。
赤袋を抱える操縦士。
敵役騎兵が不時着機へ到達する。
判定官の旗。
「機体確保!」
◇
敵騎兵隊長がTur五号機を見る。
主脚はない。
無線機なし。
機銃なし。
照準器なし。
写真機なし。
点火装置なし。
燃料管の一部なし。
操縦索接続ピンなし。
燃料はほぼ抜かれている。
「飛ぶか」
敵整備役が答える。
「すぐには無理です」
「何時間」
「部品があれば一日以上」
「部品がなければ」
「別の機体から」
「ない」
「工場へ送る」
「輸送は」
「主脚がありません」
騎兵隊長は、遠ざかる回収班を見る。
「機体は取った」
「はい」
「中身はほとんど持っていかれたな」
◇
回収班は林へ入った。
敵の模擬射撃。
護衛が応戦。
判定。
歩兵二名が軽傷扱い。
荷車一台、車輪損傷判定。
「動けるか」
「遅くなります」
「無線機を別へ」
「患者担架を優先」
「機銃を捨てる?」
軍将校が迷う。
元白軍将校が答える。
「機銃は歩兵が担ぐ」
「疲れている」
「交代」
「燃料袋は」
「荷車へ残す」
「車輪が壊れたら」
「捨てる」
「燃料を?」
「人間より先にはしない」
決断。
無線機を無事な荷車へ。
燃料袋は損傷荷車から外し、道脇へ隠す。
位置を地図へ記録。
「後で取りに戻る」
「敵が先かもしれない」
「その時は仕方ない」
◇
味方線まで三キロ。
回収班は遅い。
敵騎兵は機体確保後、追撃へ移る。
「来るぞ」
護衛隊長が言う。
「荷物を減らす」
軍将校が答えた。
持ち物一覧。
無線機。
写真乾板。
暗号書類。
負傷者。
点火装置。
照準器。
機銃三挺。
工具。
油圧計。
郵便袋。
「郵便袋を」
軍将校が言いかける。
観測員役が担架から答えた。
「軽いです」
「だが優先順位は低い」
「負傷者の腹へ置けます」
「私を荷台にするな」
「手紙だけだ」
軍将校は袋を見た。
「持っていけ」
◇
機銃一挺を隠す案が出た。
元白軍将校が首を振る。
「敵に拾われる」
「埋める?」
「時間がない」
「分解して主要部だけ」
機関部を外す。
銃身は残す。
機関部を二人で持つ。
「銃身は敵に使われるか」
「機関部がなければ棒だ」
「後で回収できる?」
「位置を記録」
WILKの回収思想は、全部かゼロかではなかった。
持てないなら、使える部分だけ。
それも無理なら、敵がすぐ使えない形へ。
◇
味方歩兵の援護が到着。
敵騎兵は追撃を中止。
判定官が旗を上げる。
「回収班、味方線へ到達!」
全員が立ち止まった。
息。
泥。
汗。
担架。
荷車。
機銃部品。
赤袋。
無線機。
機体そのものはない。
軍将校は人数を数える。
「全員いるか!」
「負傷判定二名!」
「実負傷は」
「一名、足首をひねりました!」
「軍医!」
「見ています!」
「馬は」
「八頭!」
「荷車」
「一台損傷!」
「重要物」
「暗号、乾板、無線、点火装置、照準器、機銃機関部!」
「郵便袋」
「あります!」
「そこだけ元気よく言うな!」
◇
講評。
統裁官。
敵役騎兵隊長。
回収班。
航空部。
WILK。
「機体は敵に渡った」
統裁官が言う。
「失敗か」
軍将校は答えなかった。
元ドイツ技師が機体確保後の敵側評価を読む。
即時飛行不能。
操縦系統復旧に専用部品必要。
発動機始動に点火装置、配管部品必要。
武装、通信、偵察装備なし。
道路輸送には主脚または大型運搬具が必要。
「敵も使えない」
技師が言う。
「だが機体構造は調べられる」
敵役隊長が答えた。
「装甲位置。燃料槽。取付部。弱点」
「それは損失だ」
「そうだ」
「なら失敗?」
軍将校が尋ねた。
統裁官は少し考えた。
「不完全な成功だ」
「便利な言葉だな」
「乗員と情報は帰った。重要部品も。機体は失った」
「優先順位は守った」
「だから成功の部分がある」
◇
敵役隊長は回収班を見た。
「完全回収を続けていたら、全員捕獲できた」
「分かっている」
軍将校が答える。
「大型荷車も取れた」
「途中で返した」
「判断が早かった」
元白軍将校が言う。
「敵が近かった」
「機体を諦めるのは難しい」
「人を残す方が難しい」
敵役隊長は頷いた。
「戦場なら、その判断が遅れる」
◇
元ドイツ技師は、撤去できなかった部品一覧を見ていた。
主翼。
胴体。
発動機二基。
脚。
プロペラ。
計器の大半。
「発動機を持ち帰れなかった」
軍将校が言う。
「時間がなかった」
「悔しいか」
「当然だ」
「だが乗員は帰った」
「分かっている」
「重要物も」
「分かっている」
技師は一覧を閉じた。
「次は、もっと短時間で外す」
「そこへ行くのか」
「発動機全部は無理でも、補機を増やせる」
「機体を諦めやすくするのではなく?」
「諦めるまでに持てる物を増やす」
軍将校は笑った。
「やはり欲張りだ」
◇
改善点。
無線機固定具。
四本から二本の掛け金へ。
写真機架。
工具なしで外せる安全ピン。
点火装置。
共通収納箱。
照準器。
引き抜き式。
操縦索接続ピン。
回収時に抜きやすく、通常運用では二重固定。
「敵も抜けるのでは」
軍将校が尋ねる。
「機体を確保された後なら同じだ」
「飛行中に抜けない?」
「二重固定」
「重量は」
「全体で一・七キロ増」
「必要な重さ」
技師が言う前に、軍将校が答えた。
「今回は認める」
◇
回収班の装備にも変更。
軽量荷車を二台。
大型荷車は後続。
先行班用救急箱。
負傷者担架。
無線担架。
赤袋。
部品収納袋。
小型折り畳み燃料袋。
護衛用弾薬。
煙幕筒。
「煙幕?」
実業家が尋ねる。
「敵から隠す」
軍将校が答える。
「航空機用では」
「回収班用だ」
「製造は」
「軍需工場から」
実業家は少し残念そうだった。
「うちで作るな!」
◇
元独立運動家は、回収班の食料袋を作り直した。
全員分を一台へ積まない。
三袋へ分散。
「なぜ」
軍将校が尋ねる。
「荷車を一台失った」
「食料も全部失うところだった?」
「そうだ」
「パンまで冗長化するのか」
「腹も一つ壊れたら困る」
「人間の腹は一つだ!」
「だから食料を分ける」
実業家が言う。
「食品部でも、輸送分散を採用します」
「軍演習がバター輸送を改良した!」
◇
借りた五号機は、演習後に元へ戻された。
敵役が確保した状態から、WILKと軍整備兵が復旧する。
操縦索接続。
点火装置。
燃料管。
無線機。
機銃。
照準器。
右主脚。
「再組立時間」
「九時間二十分」
「意外に短い」
「主翼は外していない」
「敵が本物なら、部品を持ち去る」
「その場合はもっとかかる」
地上運転。
二基始動。
飛行試験。
五号機は再び飛んだ。
演習では敵へ渡った。
現実では、まだ戻せた。
◇
飛行後。
操縦士が降りる。
「前と同じです」
元ドイツ技師が頷く。
「よい」
元独立運動家がパンを渡す。
「最初の一口」
軍将校が尋ねる。
「誰が最初だ」
「不時着乗員」
「飛ばして帰った操縦士では」
「両方」
「また増えたな」
「今回は回収班も」
大きなバター塊が切り分けられる。
操縦士。
観測員。
回収班。
護衛。
軍医。
御者。
敵役の判定官にまで一切れ回った。
「敵にも?」
「演習だ」
「本物の敵には渡すなよ」
「帰ってきたら考える」
◇
壁には、前回の札が残っていた。
人間を最初に。
その下へ、新しい札が加わった。
機体を持ち帰れない時は、帰る順番を間違えるな。
軍将校が読む。
「機体を諦める規則か」
元白軍将校が答える。
「人間を諦めない規則だ」
「全部は救えない?」
「戦場なら」
「嫌な答えだな」
「だから先に決める」
◇
WILKは、何でも持ち帰ろうとした。
曲がった脚。
焼けた発動機。
擦れた油管。
壊れた写真乾板。
残った乳清まで。
持ち帰れば、直せる。
調べられる。
次へ使える。
だが持ち帰るために人間を失えば、何のための回収か分からなくなる。
機体は最後ではない。
だが最初でもない。
空を飛ばした者。
中にいた者。
直し方を知る者。
待っている者。
それらが帰って初めて、失った一機をもう一度作れる。
◇
演習報告の最後に、航空部は新しい指示を書いた。
回収班は、完全回収を目的として全滅してはならない。
指揮官は、機体放棄の時機を事前に定めること。
軍将校はその文章を読んだ。
「放棄する時刻を先に決める?」
元ドイツ技師が答える。
「敵との距離で決める」
「三キロ?」
「地形と速度による」
「また敵次第か」
元白軍将校が地図へ線を引いた。
「ここを越えたら、胴体を捨てる」
「ここでは」
「発動機を諦める」
「ここまで来たら」
「人間だけで走る」
元独立運動家が、その最後の線を太くした。
「ここは迷うな」
実業家は、回収装備の見積書を閉じた。
元ドイツ技師は、無線機の新しい掛け金を描いた。
元白軍将校は、持ち運べる部品の重さを測った。
軍将校は、地図の太い線をしばらく見ていた。
野牛を置いて帰る。
それは敗北ではなかった。
次の野牛を作る者たちが帰るための、最も苦い整備手順だった。