一九二三年春
出動機、Tur系列六機。
偵察、二機。
無線中継、一機。
医療搬送、二機。
物資投下、一機。
総飛行回数、十九回。
発砲、零。
爆弾投下、零。
投下物資のうち、医薬品箱二個は指定地点から二十六メートル以内へ到達。
毛布一梱は樹木へ懸吊。
パン樽一個は斜面を六十七メートル転動した後、臨時診療所入口前で停止した。
操縦士は、
「目標へ命中」
と報告した。
観測員は、
「地形の協力による偶然」
と訂正した。
臨時診療所は、
「届いたのでどちらでもよい」
と回答した。
雨は三日続いていた。
春の雨。
雪解け。
上流からの水。
川は膨らみ、堤防を越えた。
橋が一つ落ちた。
道路が二本消えた。
低地の村が孤立した。
電信線も切れた。
その朝、WILKへ届いた電報は短かった。
地方航空隊、災害出動。
Tur全機を使用。
補修部品および技術員の緊急派遣を求む。
ポーランド軍将校は電報を読み終えると、椅子から立った。
「行くぞ」
元ドイツ帝国軍技師は、既に工具箱を閉じていた。
「何機」
「現地に六機」
「A.1とA.2の内訳は」
「A.1四、A.2二」
「任務は」
「全部だ」
「全部とは」
軍将校は次の紙を見た。
「偵察、通信中継、負傷者搬送、医薬品輸送、食料投下」
実業家が顔を上げる。
「食料」
軍将校が彼を指した。
「今日は喜んでよい」
「正式な輸送任務ですね」
「そうだ」
「試験品ではなく?」
「人命救助だ!」
「飛行食品試験部を動かします」
「動くのが早い!」
◇
元独立運動家は、工房の食堂へ入った。
「パンを全部出す」
料理人が驚く。
「全部?」
「今日焼いた分。保存用も」
「工房の夕食は」
「また焼く」
「小麦粉は」
「倉庫にある」
「バターは」
「塩を少し強くした物を」
実業家が帳簿を持ってくる。
「災害救援分として記録します」
軍将校が言った。
「今日は値段を付けるな」
「付けません」
「本当に?」
「後日、軍または地方行政へ請求する可能性はあります」
「やはり付けるのか!」
元独立運動家はパンを袋へ詰めながら言った。
「今は先に送れ」
実業家も頷いた。
「請求書は後です」
「会社としては正しいが、何か腹立たしい!」
◇
派遣人員。
元ドイツ技師。
元白軍将校。
若い整備員四名。
縫製班二名。
食品部三名。
軍将校。
「縫製班?」
軍将校が尋ねる。
「投下袋と担架帯」
技師が答えた。
「現地で破れた場合に直す」
「食品部三名は」
「配給と包装」
実業家が答える。
「一人は乳製品担当、一人はパン、一人は記録」
「記録?」
「何がどの状態で届いたか」
「人命救助だぞ」
「次にもっと確実に届けるためです」
元白軍将校が言った。
「失敗を持って帰る」
「パンまで技術報告になるのか」
「届かなければ失敗だ」
◇
道路は途中で水に切られていた。
鉄道も、地方駅より先は不通。
WILKの一行は、荷車と徒歩で迂回する。
工具荷車。
部品箱。
投下袋。
パン樽。
医療箱。
毛布。
「飛行機を直しに行くのに、飛行機では行けない」
軍将校が泥を踏みながら言った。
「現地の飛行場は濡れている」
技師が答える。
「空から増援を送れば、着陸できない可能性」
「荷車なら」
「泥に沈む」
元白軍将校が車輪を見る。
「もっと広くする」
「今ここで改造するな」
「次回用だ」
「災害の最中に次回を考えるな!」
独立運動家が後ろから言う。
「次回は来る」
誰も反論しなかった。
◇
地方航空隊の飛行場は、半分が池になっていた。
格納庫前。
泥。
草地の中央に水溜まり。
使用可能な離着陸帯は、斜めに一本だけ。
「六機全部飛べるか」
軍将校が尋ねる。
基地指揮官が答えた。
「五機」
「一機は」
「A.1二号機。右発動機が不調」
技師が即座に言う。
「見る」
「もう一機、A.2一号機の右主脚が泥を噛んでいる」
「清掃口は」
「使ったが、奥に小石が入った」
「飛行停止?」
「脚は下ろしたまま固定できる」
軍将校が言う。
「半引込式だ。下ろしたままでも飛べる」
「速度は落ちる」
「今日は速度より着陸だ」
技師は少しだけ彼を見た。
「正しい」
「褒めろ」
「正しい」
「それだけか!」
◇
基地指揮官が地図を広げた。
川。
支流。
村。
落ちた橋。
水没した道路。
高台。
教会。
学校。
臨時診療所。
「孤立しているのは三か所」
「一つ目」
「北の村。住民百八十。食料は二日分」
「二つ目」
「西の丘陵集落。負傷者がいる可能性」
「可能性?」
「電信が切れた」
「三つ目」
「南の工場町。堤防決壊。正確な被害不明」
「無線は」
「工場町の警察署に一台あるが、通信が届かない」
「見通し外か」
「丘がある」
軍将校が言った。
「一機を無線中継へ上げる」
「四時間?」
「交代で」
「それだけで機体一機を使う」
「地上が見えなければ、六機いても何もできん」
◇
任務割当。
A.1一機。
北の村を偵察。
A.2一機。
南の工場町を偵察。
A.1一機。
上空無線中継。
残る二機。
C型への換装準備。
不調機。
修理。
物資投下機は偵察結果を待つ。
「同時に全部はできない」
若い大尉が言った。
基地指揮官が答える。
「だから順番を決める」
軍将校は回収演習の太い線を思い出した。
人間。
情報。
重要物。
機体。
災害でも順番が要る。
「まず情報」
「その次に負傷者」
「食料は」
「今夜までに」
元独立運動家が言った。
「空腹も負傷になる」
「分かっている」
◇
最初の二機が離陸した。
草地は柔らかい。
大車輪が泥を跳ねる。
A.1。
A.2。
ほとんど同じ姿。
だがA.2は後席が広い。
写真機。
無線機。
地図。
観測員は複数の仕事を同時に行う。
「北村へ向かう」
「高度五百」
「川幅が広がっている」
「橋は」
「見えない」
「水の下か」
「流された」
◇
南の工場町。
A.2の後席から見る。
堤防が切れている。
線路が水に沈む。
工場の煙突。
屋根へ避難した人。
警察署の前に白布。
「信号」
「何と書いてある」
大きな黒文字。
負傷者 十二
医師 一
水 少
「水?」
観測員が驚く。
「洪水なのに飲み水がない」
地上の水は濁っている。
井戸も浸水。
「無線中継機へ送る」
南町、負傷者十二。医師一名。飲料水不足。屋根上避難者多数。着陸地点なし。
上空のA.1が受信。
基地へ中継。
雑音。
途切れる。
だが届く。
◇
北の村。
教会の裏に高い草地。
水は来ていない。
牛が三頭いる。
人々が白布を振る。
地面へ大きな印。
着陸可
病人 三
薬 なし
「着陸できる」
「地面の長さは」
「約四百メートル」
「短い」
「Turなら」
「軽くすれば」
「C型一機」
「燃料は最小」
写真を撮る。
着陸地点の方向。
障害物。
木。
柵。
牛。
「牛をどけろと伝える」
「どうやって」
「紙を落とす」
重り付き通信袋。
牛を飛行場予定地から移動せよ。
白布を東西へ置け。
投下。
袋は教会の屋根へ当たり、滑り落ちた。
神父らしき男が拾う。
読み上げる。
村人たちが牛を追い始めた。
「通じた」
「一頭動かない」
「次の便までに頼む」
◇
基地。
情報が集まる。
「南は着陸不能」
軍将校が地図へ印。
「物資投下」
「負傷者は」
「舟が来るまで動かせない」
「医師を増やす?」
「落下傘で人間を落とすな」
「分かっている!」
基地指揮官が言う。
「医薬品、飲料水、毛布を投下」
「北村は」
「C型一機を着陸させる」
「病人三名」
「一度で二名」
「二往復」
「もう一機C型を」
「西の丘陵集落へ回す」
「まだ状況不明だ」
「偵察機を向ける」
六機でも足りない。
どれも撃たない。
だが全部必要だった。
◇
不調のA.1二号機。
右発動機。
点火はある。
燃料も来る。
回転が不安定。
元ドイツ技師が音を聞く。
「気化器」
元白軍将校が外す。
「泥?」
「飛行場の泥は入らない」
「燃料の水分」
確認瓶。
底に水。
「洪水で燃料樽へ入った?」
整備兵が言う。
「保管庫の床が浸水した」
「全部確認」
軍将校が叫ぶ。
「他の機体も?」
「当然だ!」
◇
燃料を透明瓶へ抜く。
一号機。
問題なし。
三号機。
わずかな水。
A.2一号機。
なし。
A.2二号機。
なし。
C型待機機。
問題なし。
「三号機も飛行停止」
「無線中継中だぞ」
軍将校が言う。
「帰還後に燃料を入れ替える」
「今飛んでいる分は」
「水が燃料槽底にある可能性」
「すぐ降ろす?」
技師が考える。
「油圧、回転、燃料圧は正常?」
「正常」
「任務継続。ただし三十分ごとに交代予定だった」
「次機を早く上げる」
「二号機を直す」
◇
燃料樽を一本ずつ確認。
水分あり。
なし。
赤札。
緑札。
「飲料水より先に燃料の水を抜くとは」
軍将校が言う。
元独立運動家が答えた。
「飛行機が飛ばなければ、飲み水も届かない」
食品部の職人が燃料瓶を見た。
「沈殿時間が足りません」
「分かるのか」
「乳脂肪の分離も、混ぜた後は待ちます」
技師が彼女を見る。
「燃料と乳製品は同じではない」
「重い物が沈む点は同じです」
「温度も影響する」
「はい」
「使える」
軍将校が叫んだ。
「また食品部が燃料整備へ入った!」
◇
南町への物資投下。
A.1一機。
B型の爆弾架を外し、物資架へ。
爆撃観測窓を使う。
投下物。
医薬品箱。
飲料水缶。
毛布。
パン。
バター。
「バターは溶けないか」
軍将校が尋ねる。
「春です」
食品職人が答える。
「衝撃は」
「木箱へ藁」
「水に落ちたら」
「防油布で包みます」
「落下傘は」
「医薬品と水へ優先」
「パンは」
「樽で落とす」
全員が樽を見る。
「転がるぞ」
元白軍将校が言う。
「低い所へ行く」
「洪水地だぞ!」
◇
投下地点。
警察署横の広場。
水は膝ほど。
屋根の上から人々が白布を振る。
「一回目、医薬品」
「風、南西」
「投下!」
箱が落ちる。
落下傘。
流れる。
広場端。
水へ。
だが地上の男たちが綱を持って走る。
「回収された」
「次、水缶」
二個。
一個は広場。
一個は屋根へ当たり、滑って水へ落ちた。
「壊れた?」
「缶は無事!」
「毛布!」
投下。
風。
木へ引っかかる。
「高い」
「乾いたままだ」
「梯子で取れる」
「パン樽!」
◇
樽は落下傘を使わなかった。
低高度。
低速。
爆弾投下と同じ照準。
「目標、診療所前」
「投下!」
樽が落ちる。
泥へ当たる。
一度跳ねる。
斜面へ。
転がる。
「右へ行く!」
「止まらない!」
六十メートル。
水溜まりを越える。
倒れた柵へ当たり、向きを変える。
さらに七メートル。
臨時診療所の入口前で止まった。
地上の医師が扉を開ける。
樽を見る。
空を見上げる。
親指を立てた。
「命中」
操縦士が言った。
「地形の協力だ」
観測員が答えた。
「目標前に着いた」
「狙っていない経路で」
「結果は命中」
◇
北村へのC型着陸。
Tur A.2。
担架二床。
医薬品。
軍医。
燃料最小。
飛行場予定地。
教会裏。
白布。
東西。
牛は二頭どかされた。
一頭だけ端で草を食べている。
「まだいる」
軍将校が前席で言う。
「滑走路外」
「動くかもしれない」
「牛次第で着陸中止?」
「命は大事だ」
「人間の?」
「両方だ!」
低速進入。
大きな翼。
大車輪。
接地。
草地は柔らかい。
機体が跳ねる。
右へ。
修正。
牛が顔を上げる。
動かない。
「よし、そのまま!」
「牛へ言っているのか、機体へ言っているのか!」
Turは三百二十メートルで止まった。
◇
村人が集まる。
軍医。
薬。
水。
病人三名。
一人は高熱。
一人は脚の傷が化膿。
一人は老人。
「二人だけ運ぶ」
軍医が言う。
「誰を」
「高熱と傷」
「老人は」
「今すぐの搬送は不要」
家族が不安そうに見る。
軍医は説明する。
薬を残す。
次便で必要なら迎えに来る。
全員を一度に救えない。
ここでも順番を決める。
◇
担架二床。
高熱の少女。
脚を負傷した農夫。
後席。
軍医。
離陸。
滑走路端。
牛はまだいる。
「動くなよ」
軍将校が呟く。
牛は尾を振った。
Turは浮いた。
村人が手を振る。
教会の鐘が鳴る。
軍将校は前を見たまま言った。
「撃たなくても出撃だな」
軍医が後ろから答える。
「撃たない方が忙しいこともあります」
◇
基地へ戻る。
患者を降ろす。
停止から救護所まで、三分四十一秒。
床埋込金具。
広い後席。
A.2の改良がそのまま働く。
「次便」
軍将校が言う。
「燃料」
「すぐ」
「操縦士交代」
「必要ない」
「四時間飛ぶ気か」
「まだ二時間」
元独立運動家が割って入る。
「水を飲め。食べろ」
「次便が」
「十分で食べろ」
黒パン。
バター。
蜂蜜塩水。
操縦士は黙って食べた。
◇
西の丘陵集落。
偵察機から報告。
道路崩落。
家屋二棟損壊。
負傷者少なくとも五。
着陸可能地、丘上牧草地。
長さ約二百八十メートル。
傾斜あり。
「短い」
基地指揮官が言う。
「C型では危険」
「医師と薬だけ降ろせないか」
「降りたら離陸できない可能性」
「機体を置いてくる?」
「帰れない」
軍将校が地図を見る。
「小型機は」
「別任務中」
「物資投下」
「医師は」
「地上から徒歩」
「道が崩れている」
元白軍将校が言った。
「片道着陸」
全員が彼を見る。
「機体を降ろす。離陸は後で考える」
「回収するのか」
「人を先に送る」
元ドイツ技師が言う。
「着陸できるか、写真を詳しく見る」
◇
写真。
丘上。
牧草地。
傾斜。
低い石垣。
端に林。
「着陸は上り坂方向」
「止まりやすい」
「離陸は下り坂」
「風は」
「横風」
「危険だ」
「だが不可能ではない」
軍将校が軍医を見る。
「行くか」
軍医は答えた。
「行きます」
「戻れないかもしれない」
「負傷者は今いる」
「分かった」
C型A.1。
最軽量。
軍医。
衛生兵。
薬。
担架は一床だけ。
燃料は往路と短い帰路分。
「帰路分?」
「離陸できれば」
「できなければ」
「機体と一緒に残る」
◇
A.1は丘へ向かった。
上空で一周。
二周。
白布がある。
村人が石をどけている。
「進入」
「上り坂」
「横風強い」
「一回で決める」
接地。
跳ねる。
二度目。
上り坂で速度が落ちる。
右車輪が窪みへ。
機体が傾く。
主翼端が草を擦る。
止まった。
「乗員は」
「無事」
「脚は」
「右主脚、少し曲がり」
軍将校は基地で無線を聞いていた。
「飛べるか」
現時点、不明。医療活動を優先する。
「その順番でよい」
◇
日が傾く。
六機のうち。
一機は丘上へ残った。
一機は無線中継を交代。
二機は患者搬送。
一機は物資投下。
一機は修理中。
使える機体が減る。
だが任務は続く。
不調のA.1二号機。
燃料系統清掃。
気化器分解。
水抜き。
再組立。
地上運転。
「回転安定」
技師が言う。
「飛べる」
軍将校がすぐに命令する。
「丘へ工具と整備員を投下」
「整備員を?」
「着陸はさせない」
「工具だけ?」
「脚点検用金具、支持材、牽引索」
元白軍将校が答える。
「人間は徒歩で向かう」
「どれくらい」
「最短で三時間」
「夜になる」
「行く」
◇
丘上のA.1。
右主脚。
脚柱がわずかに曲がっている。
完全破断ではない。
着陸はできた。
離陸荷重に耐えるか。
判断できない。
上空から工具袋が落ちる。
一つ目。
牧草地中央。
二つ目。
石垣外。
「外れた!」
地上の村人が走る。
拾う。
三つ目。
牽引索。
木へ引っかかる。
「今日は木が物資を取る日だな」
◇
夜。
丘上では軍医が負傷者を診ている。
骨折。
切創。
打撲。
重傷者一名。
翌朝、機体が飛べれば搬送。
飛べなければ担架で山を下りる。
整備班は徒歩で向かう。
基地では残る機体を点検。
燃料。
油。
脚。
無線。
「今日は何回飛んだ」
軍将校が尋ねる。
「合計十四出撃」
「明日も」
「夜明けから」
元独立運動家が鍋を置く。
「食べろ」
「まだ報告が」
「食べながら聞け」
全員がスープを持った。
◇
夜半。
上空無線中継機が最後の報告を送る。
南町、水位低下せず。
医薬品到達。飲料水配給開始。
北村、搬送患者二名、基地着。
丘陵集落、軍医到着。重傷者一名。
A.1一機、右主脚損傷。現地残置。
基地指揮官が言った。
「機体を一機失った」
軍将校は答える。
「まだ失っていない」
「飛べない」
「人も機体も、そこにいる」
「回収する?」
「明日決める」
元白軍将校が言う。
「戻れる可能性がある物を、先に壊すな」
技師は何も言わなかった。
自分の言葉だった。
◇
翌朝。
雨は止んだ。
雲は低い。
丘へ着いた整備班から報告。
右主脚、脚柱上部に軽度変形。
取付部異常なし。
車輪回転正常。
応急補強により低荷重離陸可能と判断。
ただし患者一名搭載時、余裕少。
軍将校が尋ねる。
「飛ばすか」
技師が答える。
「滑走方向は下り坂」
「風は」
「弱い向かい風」
「患者は」
「一名」
「軍医と衛生兵」
「衛生兵を地上へ残す」
「誰が操縦」
「昨日の操縦士」
「本人は」
無線。
飛べるなら飛ばす。
元白軍将校が笑った。
「回収要領を読んだな」
◇
丘上。
応急補強。
脚柱へ二枚の鋼板。
締付帯。
牽引索。
不要装備を降ろす。
後方機銃。
弾薬。
予備工具。
燃料も最小。
「医師は」
「乗る」
「衛生兵は」
「村に残る」
「後で迎えに来る」
「約束できるか」
「道が開けば」
「開かなければ」
「また飛ぶ」
◇
重傷者を担架へ。
A.1の旧式床金具。
一度引っかかる。
整備員が持ち上げ直す。
「A.2改修が要るな」
軍医が言う。
「帰ったら報告」
「帰れば」
「帰る」
◇
離陸。
下り坂。
右主脚は応急補強。
出力。
機体が走る。
最初は遅い。
坂で速度が乗る。
車輪が窪みを越える。
右脚が揺れる。
「持て!」
操縦士が叫ぶ。
誰に言ったのか分からない。
機体か。
脚か。
自分か。
牧草地端。
石垣。
Turは浮いた。
「離陸!」
地上から歓声。
右脚は下ろしたまま。
引き込まない。
速度は落ちる。
だが飛べる。
◇
基地。
A.1が見える。
脚は下りたまま。
ゆっくり。
「帰ってきた」
軍将校が言う。
「まだ着陸」
技師が答える。
「今だけは先に言わせろ」
着陸帯。
泥。
右脚を庇う。
左主脚から接地。
右。
軽く。
機体が傾く。
右脚がさらに曲がる。
翼端が草へ。
だが止まる。
発動機停止。
「乗員!」
「無事!」
「患者!」
「搬送!」
人が走る。
担架。
救護所。
停止から四分二秒。
◇
技師は、患者が運ばれるまで脚を見なかった。
軍将校がそれに気づいた。
「変わったな」
「何が」
「先に人を見た」
「報告書に書いてある」
「誰が書いた」
「お前だ」
右主脚は、もう交換が必要だった。
だが機体は帰った。
◇
災害出動二日目。
水位が少し下がる。
軍の舟橋隊が進む。
道路復旧班。
医療隊。
食料車。
航空機の役目は、少しずつ減る。
最終便。
北村へ薬。
南町へ水。
丘陵集落へ衛生兵交代と食料。
帰りに、負傷者二名。
郵便袋も載っていた。
「災害時でも?」
軍将校が尋ねる。
観測員が答える。
「家族へ無事を知らせる手紙です」
「それは運べ」
誰も笑わなかった。
◇
総出撃。
十九回。
搬送患者。
七名。
医師と衛生兵輸送。
三名。
投下した飲料水。
六百リットル。
医薬品。
十一箱。
毛布。
四十枚。
パン。
三百二十食分。
バター。
七十二包。
飛行不能機。
一機。
応急修理後帰還。
一機。
発砲。
零。
「戦果は」
基地指揮官が尋ねた。
軍将校は一覧を見る。
「死者を増やさなかった」
「数字には」
軍医が答える。
「搬送しなければ危険だった患者、三名」
「なら三名を救った?」
「医学で断言はできない」
元独立運動家が言う。
「次の日も生きていたなら、それでよい」
◇
災害が収まった後。
WILKへ、使われた物が戻ってきた。
曲がった右主脚。
泥の詰まった車輪。
破れた投下袋。
木へ引っかかった毛布の綱。
へこんだ水缶。
空のパン樽。
燃料水分確認瓶。
そして十九回分の報告書。
元ドイツ技師は、曲がった脚を測る。
「応急補強板は有効」
元白軍将校が言う。
「正式装備にする」
「重量は」
軍将校が尋ねる。
「回収用荷車へ積む。機体には載せない」
「よし」
「ただし前進基地へ一組」
「よし」
縫製班は投下袋を開く。
「縫い目が裂けた」
「落下衝撃」
「二重に」
「重くなる」
食品職人が言う。
「パンなら問題ありません」
軍将校が尋ねる。
「薬なら」
「問題です」
「用途別に分ける?」
実業家が答える。
「物資投下袋、軽量品用と重要品用」
「また種類が増える」
「中身が違います」
「機体は共通化したのに袋は増えるのか」
「必要な違いだけを装備で変える、です」
軍将校は言い返せなかった。
◇
航空部から正式な評価書が届いた。
Tur系列機は、災害時における広域偵察、通信中継、短距離輸送、救急搬送および物資投下に有効。
特に、不整地離着陸能力、装備換装性、後席作業性および現地修理能力を高く評価する。
一方、以下の改善を求める。
一、泥濘地用工具荷車の車輪拡幅。
二、C型担架金具のA.1既存機への改修。
三、物資投下容器の用途別標準化。
四、飲料水輸送用容器の増備。
五、上空無線中継任務時の乗員交代手順整備。
六、応急主脚補強具の配備。
軍将校が読み上げる。
「注文は?」
実業家が次の紙を出す。
災害救援装備一式、六組。
A.1救急輸送改修、四機。
物資投下訓練用器材、一式。
「機体の注文ではないな」
「仕事です」
「工房は回る?」
「十分に」
元独立運動家が言う。
「人を減らさずに済む」
◇
さらに地方行政から、別の依頼が来た。
洪水時に供給された飛行輸送パンおよび乳製品について、平時の遠隔地輸送契約を協議したい。
軍将校は紙を見た。
「災害が食品契約になった」
実業家が答える。
「必要性が確認されました」
「人助けを宣伝へ使うなよ」
「宣伝文句にはしません」
「本当に?」
「“洪水で実証済み”とは書きません」
「考えてはいたな!」
◇
元独立運動家は、空になったパン樽を洗っていた。
側面には泥。
底に傷。
診療所の者が書いた文字。
届いた。ありがとう。
軍将校がそれを見つける。
「これは残すのか」
「残す」
「また壁へ掛ける?」
「食堂に置く」
「なぜ」
「パンを焼く者が見る」
「操縦士ではなく?」
「飛ばした者は、届いたところを見た」
「焼いた者は見ていない」
軍将校は頷いた。
「正しいな」
◇
作業棟の壁には、撃ち抜かれた部品はなかった。
今回は弾痕もない。
撃墜記録もない。
敵役からの恐怖評価もない。
あるのは。
泥の付いた主脚。
破れた袋。
へこんだ缶。
燃料の水を見つけた小瓶。
そして、診療所まで転がったパン樽。
元白軍将校が樽を見る。
「命中した」
軍将校が答える。
「地形の協力だ」
「届いた」
「なら、どちらでもよい」
◇
元ドイツ技師は、災害報告の最後へ一行を書き足した。
Tur A.2の後席延長、救急輸送設備、燃料増加および不整地性能は、非戦闘任務においても有効であった。
軍将校が読んだ。
「非戦闘任務でも?」
「設計時から想定していた」
「軍用機だぞ」
「軍が撃つだけだと思ったことはない」
「最初の郵便機から?」
「最初から、人と物を帰す機体だった」
◇
その日の夕食。
工房の全員へ、黒パンとバターが配られた。
「最初の一匙は」
若い職人が尋ねる。
元独立運動家は答えた。
「今回は決められない」
「操縦士?」
「整備員?」
「医師?」
「パンを焼いた人?」
「水を詰めた人?」
「白布を振った村人?」
誰か一人ではなかった。
飛んだ者。
直した者。
運んだ者。
包んだ者。
受け取った者。
全員がつながって、ようやく届いた。
「では皆が最初だ」
大きなバター塊が切り分けられた。
◇
翌朝。
ポーランド軍将校は、泥の固まった工具荷車の車輪を一つ外し、元ドイツ技師の机へ置いた。
「何だ」
「見れば分かる」
「泥で沈んだ」
「そうだ」
「拡幅する」
「注文は?」
「今から書く」
技師は顔を上げた。
軍将校は、災害出動報告と新しい要求書を机へ置く。
「図面を広げろ」
「何の」
「災害救援装備と、A.1改修。それから――」
彼は少しだけ間を置いた。
「次に作るTurだ」
「注文は一機か」
「まだ数は決まっていない」
「要求は」
「今度は現場から集める」
元ドイツ技師は、ゆっくり図面筒を開いた。
以前は、注文もないのに改良図を広げ、軍将校に怒鳴られた。
今度は軍将校自身が、泥の付いた部品を持ってきた。
「後席はもう広い」
「分かっている」
「脚も強い」
「それでも曲がった」
「無線整備口もある」
「中継任務では四時間以上飛ぶ」
「燃料は増やした」
「水も運ぶ」
「何を求める」
軍将校は答えた。
「撃たずに一日働いても、次の日また飛べる機体だ」
技師は新しい紙を一枚出した。
白紙。
その中央へ、最初の線を引く。
WILKの次の野牛は、戦場ではなく、洪水の泥から始まった。