WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

37 / 37
――ポーランド陸軍航空部・次期Tur改良型要求事項第一回整理表
一九二三年

地方航空隊、衛生部、通信部、工兵部、補給部および災害救援関係者から提出された要求は、合計百八十三項目に達した。

主な要求は以下の通り。

航続時間延長。
無線中継設備増強。
担架三床以上。
飲料水輸送能力。
物資投下精度向上。
泥濘地離着陸能力向上。
夜間飛行設備。
防寒・防雨性能向上。
前方火力増強。
爆弾搭載量増加。
速度向上。
上昇力向上。
装甲増加。
乗員疲労軽減。

製造側は、すべてを同時に満たした場合の試算を提出した。

推定重量はTur A.2を大幅に上回り、既存発動機では離陸困難と判定された。

軍監督官は、

「要求を減らせ」

と各部門へ通達した。

各部門は、他部門の要求から減らすよう回答した。


第37話 全部積むな、全部載せられるようにしろ

「百八十三」

 

 ポーランド軍将校が言った。

 

 WILKの会議室。

 

 机の上には、紙の山。

 

 地方航空隊。

 

 衛生部。

 

 通信部。

 

 工兵部。

 

 砲兵。

 

 補給部。

 

 会計課。

 

 災害救援に参加した行政官。

 

 医師。

 

 操縦士。

 

 観測員。

 

 整備兵。

 

 パンを受け取った診療所からまで、意見が届いていた。

 

「多いな」

 

 元独立運動家が言う。

 

「多すぎる!」

 

 軍将校は一番上の紙を取った。

 

「担架四床」

 

 次。

 

「無線員二名」

 

 次。

 

「飲料水一トン」

 

 次。

 

「爆弾搭載量増加」

 

 次。

 

「前方機銃四挺」

 

 次。

 

「装甲強化」

 

 次。

 

「短距離離陸」

 

 次。

 

「速度向上」

 

 次。

 

「航続時間六時間」

 

 次。

 

「後席に温かい飲み物を置く棚」

 

 彼は紙を止めた。

 

「最後は誰だ」

 

 実業家が提出者欄を見る。

 

「地方航空隊観測員一同」

 

「気持ちは分かる!」

 

     ◇

 

 元ドイツ帝国軍技師は、要求一覧を壁へ貼った。

 

 戦闘。

 

 偵察。

 

 通信。

 

 救急。

 

 輸送。

 

 投下。

 

 整備。

 

 寒冷地。

 

 泥濘地。

 

 乗員。

 

 分類する。

 

「全部入れる」

 

 元白軍将校が言った。

 

「入らない」

 

 技師が答えた。

 

「胴体を大きく」

 

「重くなる」

 

「翼を大きく」

 

「抵抗が増える」

 

「発動機を強く」

 

「ない」

 

「探す」

 

「まだ注文も確定していない!」

 

 軍将校が叫んだ。

 

 元白軍将校は首を傾げる。

 

「注文を取ってから探す?」

 

「普通はそうだ!」

 

「見つからなければ」

 

「だから先に要求を整理する!」

 

     ◇

 

 技師は黒板へ数字を書いた。

 

Tur A.2標準空虚重量

 

現行発動機出力

 

実用搭載量

 

離陸距離

 

片発時性能

 

「要求を全部積んだ場合」

 

 数字を足す。

 

 装甲。

 

 機銃。

 

 弾薬。

 

 爆弾。

 

 無線。

 

 発電機。

 

 燃料。

 

 担架。

 

 水。

 

 毛布。

 

 医療品。

 

 投下器材。

 

 夜間照明。

 

 防寒覆い。

 

 追加乗員。

 

「推定増加、九百四十キロ」

 

 会議室が静かになった。

 

 軍将校が尋ねる。

 

「飛ぶか」

 

「滑走路が長く、地面が固く、風がよく、積載を一部減らせば」

 

「それは飛ぶと言わない」

 

「降りる時は」

 

「燃料を使って軽くなる」

 

 元白軍将校が答えた。

 

「出発できなければ帰れん!」

 

     ◇

 

 実業家が要求書をめくる。

 

「この飲料水一トンは、誰の要求ですか」

 

「災害救援側だ」

 

「一機で運ぶ必要は」

 

「道路が切れた時、早く多く」

 

「水は重い」

 

 元独立運動家が言う。

 

「一リットルで一キロだ」

 

 軍将校が彼を見る。

 

「知っている」

 

「パンより重い」

 

「比較が食品だな」

 

「人は水がなければ死ぬ」

 

 技師が図面へ線を引く。

 

「胴体内へ大きな水槽を固定する案は却下」

 

「なぜ」

 

「任務が水輸送専用になる」

 

「交換式容器」

 

 実業家が言った。

 

「小型缶を複数」

 

「重量を分散できる」

 

「荷下ろしも人力で可能」

 

「一缶何リットル」

 

「二十から三十」

 

 元白軍将校が言う。

 

「樽でよい」

 

 全員がパン樽を思い出した。

 

「転がるぞ」

 

 軍将校が答える。

 

「届いた」

 

「地形の協力だ!」

 

     ◇

 

 まず、要求を三つに分けた。

 

 機体へ最初から必要な物。

 

 交換装備で対応する物。

 

 地上設備へ任せる物。

 

「装甲は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「機体」

 

 技師が答える。

 

「増やす?」

 

「増やさない」

 

「要求がある」

 

「増やせば搭載量と航続距離が減る」

 

「前席正面と下面は」

 

「A.2と同程度」

 

「救援任務では不要では」

 

「同じ機体が戦場でも使われる」

 

「では残す」

 

 元独立運動家が言った。

 

「防ぐ場所は変えない」

 

「双発も」

 

 元白軍将校が続ける。

 

「失っても帰るため」

 

「それも変えない」

 

     ◇

 

「前方機銃四挺」

 

 軍将校が次を読む。

 

「却下」

 

 技師が即答する。

 

「早いな」

 

「二挺で十分」

 

「攻撃部門は火力不足と」

 

「弾薬重量が増える」

 

「四挺なら当たりやすい」

 

 元白軍将校が言う。

 

「同じ照準なら、弾が増える」

 

「発動機の内側、プロペラ円外へ四挺を置く空間がない」

 

「上下に」

 

「整備性が悪い」

 

「翼へ」

 

「構造変更になる」

 

「同期装置」

 

「使わない!」

 

 軍将校が叫んだ。

 

「この機体は双発だ! 胴体側面二挺を維持する!」

 

 技師が頷く。

 

「正しい」

 

「私はお前たちに鍛えられすぎた!」

 

     ◇

 

「爆弾搭載量増加」

 

「交換装備」

 

「どれくらい」

 

「現行より少し」

 

 軍将校が目を細める。

 

「少しは禁止した」

 

「機体強度上は増やせる」

 

「発動機性能が足りない?」

 

「離陸距離が伸びる」

 

「では最大搭載量と標準搭載量を分ける」

 

 実業家が言った。

 

「契約書上も」

 

「最大を常用させるな」

 

 技師が答える。

 

「現場は積めるだけ積む」

 

 元白軍将校が頷く。

 

「積めるなら積む」

 

「だから標準搭載量を大きく書く!」

 

     ◇

 

 無線中継。

 

 通信部の要求は重かった。

 

 大型無線機。

 

 発電機。

 

 予備電池。

 

 無線員。

 

 長時間飛行用燃料。

 

「専用機にする気か」

 

 軍将校が言う。

 

 通信将校は会議へ呼ばれていた。

 

「洪水時、上空中継が切れれば全体が止まりました」

 

「分かっている」

 

「現行無線機は中継任務で出力不足」

 

「大型機を積むと」

 

 技師が答える。

 

「重量百十キロ増。発電設備込み百五十」

 

「後席へ入る?」

 

「入る」

 

「担架は」

 

「同時には無理」

 

 通信将校が言う。

 

「中継機が患者を運ぶ必要はありません」

 

 軍将校が彼を見る。

 

「正しい」

 

 元独立運動家が続けた。

 

「なら交換式だ」

 

     ◇

 

 通信中継装備。

 

 無線機。

 

 発電機。

 

 電池。

 

 操作机。

 

 無線員席。

 

 巻取式アンテナ。

 

 全部を一つの架台へ載せる。

 

「箱ごと入れる?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「後部装備架へ固定」

 

 技師が答える。

 

「A型写真機と交換」

 

「何分」

 

「目標、一時間半」

 

「現行の換装より早いな」

 

「配線接続を一か所へまとめる」

 

「一か所が壊れたら全部止まる」

 

 元白軍将校が言う。

 

「二系統」

 

「重量が増える」

 

「一系統は非常用の簡易線」

 

「それならよい」

 

 技師は図面へ書いた。

 

「主接続箱と非常配線口」

 

 軍将校がぼやく。

 

「要求を減らしているはずなのに、穴が増えていく」

 

     ◇

 

 衛生部。

 

「担架四床」

 

 軍医が言った。

 

「無理だ」

 

 軍将校が答える。

 

「A.2は二床」

 

「四人の患者を運びたい」

 

「胴体を広げる必要がある」

 

「二段二列」

 

 元白軍将校が言う。

 

「衛生兵が通れない」

 

 軍医が即答した。

 

「患者へ手が届かない機体は、ただの棺桶です」

 

 会議室が静かになる。

 

 技師が尋ねた。

 

「三床なら」

 

「配置は」

 

「左側二段。右側一段。右後部に衛生兵席」

 

「全員の頭へ届く?」

 

「模型を作る」

 

「また座らせるのか」

 

 軍将校が言う。

 

 軍医は答えた。

 

「今度は寝かせます」

 

     ◇

 

 実物大後部胴体模型。

 

 WILKでは、もはや珍しくない。

 

 木枠。

 

 床。

 

 担架。

 

 座席。

 

 無線架台。

 

 貨物固定具。

 

 今度の模型は、A.2より少し長い。

 

「また伸びた」

 

 軍将校が言った。

 

「十五センチ」

 

 技師が答える。

 

「二十センチの次は十五センチ」

 

「必要な場所が違う」

 

「会計官へ箱を送る?」

 

 例の木工職人が、もう十五センチ幅の箱を作っていた。

 

 技師が見つける。

 

「早い」

 

「説明用です」

 

「治具へ挟むな」

 

「学びました」

 

     ◇

 

 三床配置。

 

 患者役三人。

 

 上段。

 

 下段。

 

 右側。

 

 衛生兵。

 

 軍医。

 

「上段患者の頭」

 

「届く」

 

「下段」

 

「少し屈む」

 

「右側」

 

「届く」

 

「吐物容器」

 

「各床」

 

「水筒」

 

「固定」

 

「医薬品箱」

 

「足元」

 

「通路」

 

「狭いが通れる」

 

 軍将校も模型へ入る。

 

「私は患者では」

 

「今日は衛生兵役です」

 

「なぜ」

 

「体格が平均的」

 

「爆撃代表より高いぞ」

 

「比較対象がおかしい」

 

     ◇

 

 軍将校が三人の間を移動する。

 

 肩。

 

 膝。

 

 医薬品箱。

 

「通れる」

 

「冬服なら」

 

「きつい」

 

「後部外板を少し外へ」

 

 技師が言う。

 

「幅を広げる?」

 

「最大六センチ」

 

「空気抵抗」

 

「少し増える」

 

「少しは禁止」

 

「計算する」

 

 軍医が言った。

 

「六センチで手が届くなら必要です」

 

 軍将校は患者役の顔を見る。

 

「三床は認める」

 

「四床は」

 

「認めない」

 

「理由は」

 

「医者が動けない」

 

 軍医は頷いた。

 

「それでよいです」

 

     ◇

 

 補給部の要求。

 

「投下精度向上」

 

 軍将校が紙を読む。

 

「機体でどうする」

 

「低速安定性」

 

 技師が答える。

 

「投下窓を少し拡大」

 

「観測員の視界」

 

「投下架の操作を後席へ」

 

「現在は」

 

「一部を地上で設定し、飛行中は簡易解放」

 

「個別に落とせるように」

 

「重量が増える」

 

「何個」

 

「四か所」

 

 元白軍将校が言う。

 

「パン樽専用架」

 

「作らない!」

 

 実業家が静かに尋ねる。

 

「円筒容器対応架なら」

 

「言い換えるな!」

 

     ◇

 

 投下容器は、用途別に三種。

 

 重要品。

 

 医薬品、無線部品、壊れやすい物。

 

 落下傘。

 

 緩衝材。

 

 防水。

 

 一般品。

 

 パン、毛布、衣類。

 

 布袋または軽量箱。

 

 液体。

 

 水缶。

 

 燃料缶。

 

 容器ごとの固定帯。

 

「液体容器は落下傘必須」

 

 食品職人が言う。

 

「低高度なら?」

 

 元白軍将校が尋ねる。

 

「缶が割れます」

 

「雪へ落とす」

 

「今回は洪水です」

 

「状況ごとに」

 

「だから標準を作ります」

 

 軍将校が笑った。

 

「食品部が軍人へ規格を教えている」

 

     ◇

 

 工兵部。

 

「泥濘地性能向上」

 

「主車輪を大きく?」

 

「既に大きい」

 

「幅を広げる」

 

「空気抵抗」

 

「半引込式格納部へ入らない」

 

「格納を諦める」

 

 元白軍将校が言う。

 

「速度が落ちる」

 

「災害用なら」

 

「軍用でも使う」

 

 技師が図面を見つめる。

 

「車輪交換式」

 

「標準大車輪と、泥濘地用幅広車輪?」

 

「脚軸は共通」

 

「現地で交換」

 

「時間は」

 

「一時間以内」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「雪橇と同じ取付?」

 

「橇金具は流用できる」

 

「また装備で変える」

 

「機体は同じ」

 

     ◇

 

 泥濘地用車輪の模型。

 

 直径はほぼ同じ。

 

 幅が広い。

 

 低い圧力。

 

 接地面が増える。

 

「太い」

 

 軍将校が言う。

 

「格好が悪い」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「沈まない方が重要」

 

「お前が格好を諦めた?」

 

「機能する形は美しい」

 

 元白軍将校が車輪を叩く。

 

「樽のようだ」

 

「パンを入れるなよ」

 

「中は空だ」

 

「当然だ!」

 

     ◇

 

 問題は、幅広車輪をどこへ運ぶか。

 

 一組で大きい。

 

 機内へ積むと貨物を圧迫する。

 

「地上部隊へ配備」

 

 技師が言う。

 

「前進飛行場ごとに一組」

 

「災害地へ最初に入る機体には?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「標準車輪で着陸」

 

「沈んだら」

 

「二機目が幅広車輪を投下」

 

 全員が黙った。

 

 元白軍将校が言う。

 

「車輪を空から落とす」

 

「壊れないか」

 

「丈夫だ」

 

「転がるぞ」

 

「樽と同じ」

 

「診療所へ命中させる気か!」

 

     ◇

 

 結論。

 

 泥濘地用車輪は、飛行場設営隊と回収班へ配備。

 

 機体へ常時搭載しない。

 

 災害出動時は、最初の偵察で地面を確認。

 

 必要なら地上輸送、または低高度投下。

 

「投下試験は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 技師が答える。

 

「必要だ」

 

「車輪を落とす試験?」

 

「緩衝枠へ入れる」

 

「また妙な絵になるな」

 

     ◇

 

 夜間飛行要求。

 

 着陸灯。

 

 計器灯。

 

 地上灯火との連携。

 

 照明弾。

 

「着陸灯は発電負荷が大きい」

 

 技師が言う。

 

「無線中継機では発電機がある」

 

「標準機は」

 

「小型発電機」

 

「現行より大きく」

 

「重量増」

 

「電池式は」

 

「短時間」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「必要か」

 

 洪水時、日没後も患者はいた。

 

 誰もすぐ答えなかった。

 

 軍医が言う。

 

「必要です」

 

「常時?」

 

「着陸時だけでも」

 

 技師は図面へ書く。

 

「交換式着陸灯。発電機または電池箱から給電」

 

「また交換式」

 

「全部載せないためだ」

 

     ◇

 

 会議は三日続いた。

 

 要求百八十三。

 

 削る。

 

 まとめる。

 

 交換装備へ移す。

 

 地上設備へ任せる。

 

 同じ意味の要求を統合。

 

 結果。

 

 機体必須変更、二十三項目。

 

 交換装備、九種類。

 

 地上支援装備、六種類。

 

「まだ多い」

 

 軍将校が言う。

 

「百八十三より少ない」

 

 実業家が答える。

 

「九種類の交換装備は」

 

 一覧。

 

 A型偵察。

 

 B型攻撃。

 

 C型救急三床。

 

 D型無線中継。

 

 E型物資投下。

 

 F型軽貨物・飲料水輸送。

 

 冬季装備。

 

 泥濘地装備。

 

 夜間装備。

 

「型が増えすぎだ!」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

 技師が答える。

 

「機体は一型」

 

「書類上は九型だ!」

 

「装備名だ」

 

「AからFまで進んだぞ!」

 

 実業家が言う。

 

「契約管理上、名称は必要です」

 

「全部載せるな、全部載せられるようにしろとは言ったが!」

 

「その通りになりました」

 

     ◇

 

 新しい改良案。

 

Tur A.3

 

 胴体後部、A.2より十五センチ延長。

 

 後部最大幅、六センチ増加。

 

 床荷重強化。

 

 後部装備取付点共通化。

 

 主接続箱と非常配線口。

 

 投下窓拡大。

 

 換気改善。

 

 前席腰当て改良。

 

 脚軸の交換装備対応。

 

 燃料系統、水抜き弁標準化。

 

 着陸灯取付点。

 

 回収時の迅速撤去掛け金。

 

 装甲と前方機銃二挺は維持。

 

 尾翼、わずかに拡大。

 

「また長くなった」

 

 軍将校が図面を見る。

 

「A.1から合計三十五センチ」

 

「長い野牛」

 

 元白軍将校が言う。

 

「その名前は却下した」

 

「もっと長い野牛」

 

「悪化させるな!」

 

     ◇

 

 重量計算。

 

 空虚重量。

 

 A.2より増加。

 

 六十八キロ。

 

「多い」

 

 軍将校が言う。

 

「床強化、装備取付点、配線、胴体延長」

 

「削れる?」

 

「着陸灯は装備側」

 

「泥車輪も」

 

「無線も」

 

「三床担架も」

 

「機体だけで六十八?」

 

「回収掛け金を省けば五キロ減る」

 

「省かない」

 

「なぜ」

 

 軍将校は回収演習を思い出す。

 

「帰る順番を早くする」

 

 技師は頷いた。

 

「では残す」

 

     ◇

 

 実業家が尋ねる。

 

「発動機は現行のままですか」

 

 会議室が静かになる。

 

 そこが最大の問題だった。

 

「A.2より重い」

 

 軍将校が言う。

 

「交換装備によっては、さらに重い」

 

「現行発動機で飛べる?」

 

 技師が答える。

 

「標準装備なら」

 

「最大搭載では」

 

「離陸距離が長い」

 

「泥では」

 

「厳しい」

 

「強い発動機が要る」

 

 元白軍将校が言う。

 

「探す」

 

 軍将校は今度は止めなかった。

 

「候補はあるか」

 

 実業家が資料を出す。

 

「あります」

 

「もう?」

 

「航空部が次期機を検討すると聞いた業者から、売り込みが来ています」

 

「何社」

 

「四社」

 

「国内?」

 

「二社は国外」

 

 元ドイツ技師の表情が険しくなる。

 

「仕様は」

 

「一社は高出力だが重い。一社は軽いが耐久実績が少ない。一社は旧式だが供給量がある。最後の一社は――」

 

「何だ」

 

「まだ完成していません」

 

 軍将校が机を叩いた。

 

「未完成品を売り込むな!」

 

     ◇

 

 発動機候補一覧。

 

 一号。

 

 現行型の改良版。

 

 出力増加は小さい。

 

 部品共通性が高い。

 

 二号。

 

 新型高出力。

 

 重い。

 

 燃料消費大。

 

 三号。

 

 軽量高回転。

 

 耐久性未知。

 

 四号。

 

 開発中。

 

 紙の上では最高。

 

「四号は消せ」

 

 軍将校が言う。

 

「比較資料として」

 

 実業家が答える。

 

「飛ばない発動機は発動機ではない」

 

 元白軍将校が頷いた。

 

「図面なら軽い」

 

「重さゼロで出力だけあるな!」

 

     ◇

 

 技師は一号を指した。

 

「現行改良版」

 

「性能は足りるか」

 

「劇的ではない」

 

「片発時は」

 

「少し改善」

 

「整備は」

 

「現行訓練を流用できる」

 

「部品は」

 

「大半共通」

 

 元白軍将校が二号を指す。

 

「高出力」

 

「速い」

 

「重い」

 

「水一トンを」

 

「積むな」

 

「爆弾を」

 

「標準量を守れ」

 

「余裕がある」

 

「供給数は」

 

 実業家が答える。

 

「現時点で二基のみ。追加は不明」

 

 軍将校が即座に言う。

 

「駄目だ」

 

「性能は高い」

 

「一機しか作れない発動機は、部隊を作れない」

 

 元ドイツ技師が彼を見た。

 

「正しい」

 

「もっと褒めろ!」

 

     ◇

 

 三号。

 

 軽い。

 

 出力も高い。

 

 だが連続運転試験が短い。

 

「試験機向け」

 

 技師が言う。

 

「量産には早い」

 

「一号を標準」

 

 軍将校が答える。

 

「三号を一基だけ買って地上試験?」

 

 実業家が尋ねる。

 

「価格次第」

 

「また片肺模型に付ける」

 

 元白軍将校が嬉しそうに言う。

 

「伝統だな」

 

「伝統ではない!」

 

     ◇

 

 試算の結果。

 

 Tur A.3試作機には、現行改良型発動機を二基。

 

 ただし正式調達前に耐久試験。

 

 A.2へ片側だけ装着し、左右差を確認。

 

「飛ぶのか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「左右出力が違う」

 

「調整すれば」

 

「試験飛行は可能」

 

 元白軍将校が言う。

 

「強い肺と普通の肺」

 

「人間のように言うな」

 

「片方が元気」

 

「操縦士は疲れる」

 

「だから見る」

 

 技師が答えた。

 

「新型二基をA.3へ積む前に、問題を出す」

 

     ◇

 

 軍将校は要求書をまとめた。

 

次期Tur改良型試作機、一機。

 

目的は、長時間複合任務、災害救援、通信中継、救急輸送および既存戦闘任務への適応性確認。

 

機体は装備交換式とし、任務ごとの専用機化を避ける。

 

最大搭載能力ではなく、継続出撃能力を重視する。

 

現場整備および回収時の迅速性を改善する。

 

既存Tur系列との部品・工具・教育共通性を可能な限り維持する。

 

 実業家が読む。

 

「よくまとまっています」

 

「百八十三項目を減らした」

 

「何項目に」

 

「数えたくない」

 

 技師が答える。

 

「機体必須二十三、装備九、地上六」

 

「覚えているではないか!」

 

     ◇

 

 航空部での予算会議。

 

 会計官がA.3図面を見る。

 

「A.2をさらに重くするのか」

 

 軍将校が答えた。

 

「全部は積まない」

 

「搭載できるようにはする?」

 

「そうだ」

 

「装備が九種類」

 

「同時には一つか二つ」

 

「二つ?」

 

「夜間装備とC型など」

 

「では組合せは何通り」

 

 実業家が口を開こうとする。

 

 軍将校が止める。

 

「数えるな」

 

「予算上必要です」

 

「機体一機と試験装備だけ先に認めろ」

 

 会計官は図面をめくる。

 

「軍用機なのか、救援機なのか」

 

 軍将校は答えた。

 

「必要な時に必要な方だ」

 

「曖昧だ」

 

「洪水は戦争の都合を聞かない」

 

「敵も救急任務を待たない」

 

「だから同じ機体を使う」

 

     ◇

 

 会計官は、災害報告書を開いた。

 

 十九出撃。

 

 患者七名。

 

 飲料水六百リットル。

 

 医薬品十一箱。

 

 応急修理機一機。

 

「これを専門輸送機で行えば」

 

「専門機が基地にあればな」

 

 軍将校が答える。

 

「専用救急機は」

 

「地方へ来なかった」

 

「大型輸送機は」

 

「着陸できなかった」

 

「通信機は」

 

「一機を中継へ固定した」

 

「Turは全部が中途半端では」

 

「中途半端な六機が、全部そこにいた」

 

 会計官は黙った。

 

     ◇

 

 しばらくして。

 

「試作一機」

 

 会計官が言った。

 

「発動機二基」

 

「改良型を」

 

「試験装備は」

 

「C型三床、D型無線中継、E型物資投下を各一式」

 

「A型とB型は」

 

「既存装備を改修転用」

 

「F型水輸送は」

 

「容器だけ先に試作」

 

「泥濘地用車輪」

 

「一組」

 

「夜間装備」

 

「一式」

 

 軍将校は数えた。

 

「結局、ほとんど認めた?」

 

「試作だからだ」

 

「予算は」

 

「WILKも負担」

 

 実業家が身を乗り出す。

 

「比率を」

 

「始まったな」

 

     ◇

 

 交渉は二時間続いた。

 

 試作機。

 

 軍六割。

 

 WILK四割。

 

 試験に合格した場合、軍が買い取る。

 

 不合格の場合、改修して再試験。

 

 災害救援装備については地方行政も一部負担。

 

「地方行政?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 実業家が答えた。

 

「洪水被災地域から共同出資の申し出があります」

 

「金があるのか」

 

「多くはありません」

 

「なぜ出す」

 

「次も来てほしいからです」

 

 会議室が少し静かになった。

 

     ◇

 

 WILKへ戻る。

 

 作業棟。

 

 白紙だった図面台に、A.3の線が増えている。

 

 少し長い胴体。

 

 わずかに広い後部。

 

 共通取付点。

 

 大きな投下窓。

 

 二基の発動機。

 

 見た目は、やはりTurだった。

 

「変わらないな」

 

 若い職人が言った。

 

 技師が答える。

 

「変えない所を決めた」

 

「変えた所は」

 

「中だ」

 

「また二十センチ箱を」

 

「今回は十五センチだ」

 

 例の木工職人が箱を持ち上げる。

 

Tur A.3延長説明器具

百五十ミリメートル

 

 その隣に、六センチ幅の細い板。

 

後部最大幅増加量

六十ミリメートル

 

 軍将校が言う。

 

「説明器具が増えたな」

 

 技師は少し考えた。

 

「会計官用に送る」

 

「認めた!」

 

     ◇

 

 その夜。

 

 作業員向けの説明会。

 

 元ドイツ技師が、A.3の目的を語る。

 

「速さを一番にしない」

 

「爆弾を一番多くしない」

 

「装甲を一番厚くしない」

 

「担架も四床積まない」

 

「水一トンも積まない」

 

 元白軍将校が残念そうに言った。

 

「全部減った」

 

「全部を一度に積まないだけだ」

 

「必要な時は」

 

「装備を換える」

 

「何でもできる?」

 

「何でもではない」

 

 軍将校が口を挟む。

 

「できることを増やす。だが一度に全部やらせない」

 

 若い職人が尋ねた。

 

「なぜですか」

 

 軍将校は、洪水の地図を壁へ掛けた。

 

「一機に全部積めば、一機が壊れた時に全部止まる」

 

 次に、合同演習の部品融通記録。

 

「機体を同じにすれば、残った機体へ仕事を渡せる」

 

 回収班の優先順位表。

 

「人間が先に帰れば、次の機体を飛ばせる」

 

 最後に、泥の付いた工具荷車の車輪。

 

「そして地面は、こちらの要求書を読まない」

 

     ◇

 

 元独立運動家が、大鍋を運んできた。

 

「夕食だ」

 

「説明会中だぞ」

 

「長い」

 

「あと少し」

 

「腹が減って聞けなくなる」

 

 技師は時計を見る。

 

「休憩」

 

 黒パン。

 

 豆の煮込み。

 

 飛行バター。

 

 洪水時に使った水缶の改良試作品もある。

 

「飲める?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「中身は普通の水です」

 

 実業家が答える。

 

「飛ばした?」

 

「地上振動試験だけ」

 

「ならただの水だな」

 

「記録上は試験水です」

 

「水にまで肩書を付けるな!」

 

     ◇

 

 壁へ、新しい札が掛けられた。

 

全部積むな。

 

全部載せられるようにしろ。

 

そして、載せなかった物まで持っているつもりになるな。

 

 軍将校が最後の一行を読む。

 

「これは誰だ」

 

 元ドイツ技師が答えた。

 

「私だ」

 

「珍しく軍人の失敗を理解しているな」

 

「何が」

 

「載せられると分かると、全部積みたがる」

 

 元白軍将校が頷く。

 

「積めるだけ積む」

 

「お前のための一行だ!」

 

     ◇

 

 Tur A.3は、まだ木材にも鋼管にもなっていなかった。

 

 発動機も届いていない。

 

 装備も図面だけ。

 

 あるのは要求書と、洪水の泥と、持ち帰った失敗。

 

 だが方向は決まった。

 

 強い一機を作るのではない。

 

 何にでも変われる一機を作る。

 

 そして一機が変わっている間も、別の一機が飛べるようにする。

 

 戦場で撃つ。

 

 上空で話をつなぐ。

 

 負傷者を運ぶ。

 

 水を届ける。

 

 パンを落とす。

 

 壊れた機体から部品を持ち帰る。

 

 そのすべてを一度に背負わせず、必要な仕事だけを選ばせる。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 発動機会社から、最初の改良型一基が届いた。

 

 一基だけ。

 

 軍将校は輸送箱を見た。

 

「また片方だけか」

 

 実業家が答える。

 

「二基目は耐久試験中です」

 

「いつ来る」

 

「未定」

 

 元白軍将校が嬉しそうに、A.2試作機を見た。

 

「強い肺を片方へ」

 

「左右差試験だ」

 

 元ドイツ技師が工具を取る。

 

「どちらへ付ける」

 

「右」

 

 軍将校が尋ねた。

 

「なぜ右」

 

「災害時に不調を起こしたのが右だった」

 

「関係あるか」

 

「ない」

 

「ではなぜ!」

 

 技師は改良型発動機の箱を叩いた。

 

「右側の作業場所が空いている」

 

 軍将校はしばらく黙った。

 

「理由が現場すぎる!」

 

 作業棟の扉が開く。

 

 新しい発動機が運び込まれる。

 

 Tur A.3はまだ形になっていない。

 

 だが、その心臓の片方だけが、先に工房へ帰ってきた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。