WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

38 / 113
――ポーランド陸軍航空部・Tur用追加前方武装試験報告
一九二三年

試験目的。

機体前部構造および中央観測窓を変更せず、前方火力を増強すること。

試験機は、既存の胴体側面固定機銃二挺に加え、左右主翼下面へ二連装着脱式機銃架を各一基装着した。

前方射撃火器、合計六挺。

試験結果。

歩兵、砲兵および非装甲車両に対する面制圧能力は良好。

軽車両の機関部、石積み陣地および鉄道設備に対する破壊力は、軍側要求を下回った。

軍監督官は、

「数は足りた。次は一発を重くせよ」

と要求した。

製造側は、大口径航空機銃の購入調査を開始した。

三か月後、WILKは重機関銃八挺ではなく、機関銃工場一棟を取得した。


第38話 銃を吊ったら工場が来た

「火力が欲しい」

 

 ポーランド軍将校が言った。

 

 Tur A.3の実物大模型。

 

 その前で、元ドイツ帝国軍技師は図面を見ていた。

 

「側面固定機銃は二挺ある」

 

「残せ」

 

「後方機銃もある」

 

「後ろ向きだ」

 

「爆弾も積める」

 

「落とした後だ」

 

「もう一度積んで飛ぶ」

 

「敵は帰投を待たん!」

 

 軍将校は図面の前方へ指を置いた。

 

「あと二挺」

 

「どこへ」

 

「機首」

 

「中央観測窓が塞がる」

 

「横へ」

 

「既存固定銃がある」

 

「その外側へ」

 

「操縦席から整備できない」

 

「主翼へ」

 

「構造変更になる」

 

「発動機の上へ」

 

「熱と振動」

 

「なら、どこなら付く!」

 

 元白軍将校が答えた。

 

「爆弾のように吊ればよい」

 

 会議室が静かになった。

 

 軍将校がゆっくり振り返る。

 

「機関銃を落とすのか」

 

「吊るす」

 

「説明を半分省くな!」

 

     ◇

 

 爆弾架。

 

 機体下面や主翼下面へ、必要な時だけ重量物を取り付ける。

 

 任務が終われば外す。

 

「機関銃も同じ」

 

 元白軍将校が言う。

 

「銃を箱へ入れる」

 

「箱?」

 

「二挺ずつ」

 

「弾薬も」

 

「入れる」

 

「発射は」

 

「操縦席から索を引く」

 

「薬莢は」

 

「下へ落とす」

 

 元ドイツ技師が図面へ線を引いた。

 

「発動機より内側。プロペラ円の外。主桁取付部へ近い位置」

 

「左右へ一基ずつ」

 

 軍将校が数える。

 

「固定二挺。吊下げ四挺。合計六挺」

 

「そうだ」

 

「観測窓も残る」

 

「爆弾架とは別位置」

 

「爆弾も積める?」

 

 技師が顔を上げる。

 

「積めることと、積んでよいことは違う」

 

「またそれか」

 

「ガンポッド二基、弾薬、爆弾満載では離陸距離が伸びる」

 

「どれか減らす?」

 

「任務に合わせて」

 

 軍将校は少し考えた。

 

「作れ」

 

「注文書は」

 

「試験用二基」

 

「予備は」

 

「まだ要らん」

 

 元白軍将校が言う。

 

「四基作る」

 

「二基だ!」

 

     ◇

 

 正式名称。

 

Tur用二連装着脱式翼下機銃架

 

 工房では早くも別名が付いた。

 

「機銃箱」

 

 薄板職人が呼んだ。

 

「牙箱」

 

 若い整備員が言った。

 

「二本角」

 

 操縦士が言った。

 

「箱でよい」

 

 技師が答えた。

 

「正式名称が長い」

 

「技術文書だ」

 

 軍将校は試作図面を見る。

 

「形は」

 

「これから」

 

「丸くしろ」

 

「なぜ」

 

「空気抵抗」

 

「珍しく正しい」

 

「私を何だと思っている!」

 

     ◇

 

 初号機銃架は、丸くならなかった。

 

 鋼管の骨組み。

 

 薄い鋼板。

 

 前面だけ少し丸い。

 

 側面には大きな点検蓋。

 

 下面には薬莢排出口。

 

 後部には弾薬箱。

 

 内部へ7.92ミリ機銃二挺。

 

 銃身は前方へ突き出す。

 

 全体としては、短く太い箱だった。

 

「丸くない」

 

 軍将校が言った。

 

「製造時間を優先した」

 

 技師が答える。

 

「試験品だ」

 

「空気抵抗は」

 

「飛ばして測る」

 

「見ただけでありそうだ」

 

「ある」

 

「認めるのか!」

 

     ◇

 

 二挺の機銃は、一つの箱へ入れた。

 

 だが完全な一体ではない。

 

 片方を外して整備できる。

 

 弾薬箱も別。

 

 給弾方向は左右で反対。

 

「左右ポッドを同じにできないか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「機銃の給弾方向が違う」

 

「銃を逆さに」

 

「撃てなくなる」

 

「左右共通銃に改造」

 

「銃工場へ言え」

 

「うちで」

 

「まだ機関銃工場ではない!」

 

 実業家が記録した。

 

 軍将校が気づく。

 

「何を書いた」

 

「将来検討事項です」

 

「消せ!」

 

     ◇

 

 発射方式。

 

 操縦席の引き金から機械索。

 

 中央分配器。

 

 左右ポッドへ。

 

 各ポッド内で二挺へ分かれる。

 

「一本引けば六挺?」

 

「固定二挺を含めれば」

 

「別々にも撃てる?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「固定銃のみ」

 

「ポッドのみ」

 

「全部」

 

「三段階」

 

「よい」

 

 元白軍将校が言う。

 

「全部だけでよい」

 

「弾を無駄にするな」

 

「敵も多い」

 

「毎回最大で撃つな!」

 

     ◇

 

 地上試射。

 

 試験架へ左右ポッドを並べる。

 

 機体へ付ける前に、箱そのものを見る。

 

 弾薬。

 

 給弾。

 

 発射索。

 

 薬莢排出。

 

 背後に土盛り。

 

 前方に標的板。

 

「二挺ずつから」

 

 技師が言う。

 

「最初から四挺」

 

 元白軍将校が答える。

 

「一基ずつだ」

 

「時間がかかる」

 

「壊れた時に原因が分からなくなる」

 

 軍将校が白軍将校を見る。

 

「今日は技師が正しい」

 

「いつもだ」

 

「そこまでは言っていない!」

 

     ◇

 

 左ポッド。

 

 二挺。

 

 発射。

 

 激しい音。

 

 薄板覆いが震える。

 

 薬莢が下面から落ちる。

 

 最初の一秒。

 

 順調。

 

 二秒。

 

 右側の一挺が止まる。

 

「停止!」

 

 弾帯が給弾案内の角でねじれていた。

 

「角を丸く」

 

 技師が言う。

 

「布帯が湿っている」

 

 整備員が答える。

 

「保管条件も」

 

「軍の弾帯だ」

 

「飛行場では湿る」

 

「なら湿った状態で通るように」

 

 軍将校が言う。

 

「要求へ追加」

 

「撃った後に増える」

 

「試験とはそういうものだ!」

 

     ◇

 

 右ポッド。

 

 二挺。

 

 発射。

 

 今度は両方動く。

 

 だが十数発で点検蓋の留め金が跳ねた。

 

 蓋が半分開く。

 

 発射停止。

 

「敵へ中身を見せる構造か」

 

 軍将校が言う。

 

「留め金が振動で外れた」

 

 技師が答える。

 

「二重に」

 

「重量」

 

「数十グラム」

 

「付けろ」

 

 元白軍将校が蓋を見る。

 

「紐で縛る」

 

「正式装備を紐で閉じるな」

 

「革帯」

 

「言い換えるな」

 

     ◇

 

 二回目。

 

 給弾案内を丸める。

 

 留め金を二重化。

 

 薬莢排出口を少し広げる。

 

 発射索の張りを調整。

 

 左右二基。

 

 四挺同時。

 

「撃て!」

 

 四挺が吠えた。

 

 最初の数発。

 

 完全には同時ではない。

 

 左外側。

 

 右内側。

 

 少し遅れて残り。

 

 だがすぐ連続した音へ混ざる。

 

 試験架全体が震える。

 

 薬莢が雨のように落ちる。

 

 標的板へ穴が増える。

 

 土煙。

 

「停止!」

 

 発射索を戻す。

 

 一挺だけ、さらに二発撃った。

 

 全員がその銃を見る。

 

「戻りが遅い」

 

 技師が言う。

 

「遊びがある」

 

「空中で続いたら」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「二発多く撃つ」

 

「味方の前で起きれば?」

 

「危険だ」

 

「直せ」

 

     ◇

 

 中央分配器へ戻しばね。

 

 各ポッドにも独立戻しばね。

 

 索が一本切れても、銃側が発射位置へ残らない。

 

「二重です」

 

 若い整備員が言った。

 

「一つで足りない?」

 

 元白軍将校が尋ねる。

 

「一つが切れた場合」

 

「二つ目」

 

「三つ目は」

 

 軍将校が止める。

 

「増やすな」

 

     ◇

 

 地上試射、三回目。

 

 四挺。

 

 正常。

 

 次に固定銃二挺を加える。

 

 六挺同時。

 

「近くで聞く音ではないな」

 

 軍将校が耳当てを押さえる。

 

「言っただろう」

 

 白軍将校が答える。

 

「聞こえない!」

 

 六本の銃身。

 

 火炎。

 

 薬莢。

 

 弾帯。

 

 標的板は、中央だけでなく広く穴が開いた。

 

 技師が測る。

 

「散布界が広い」

 

 軍将校は標的板を見る。

 

「敵も広くいる」

 

「収束距離を合わせる必要がある」

 

「二百五十メートル」

 

「飛行中の翼のたわみもある」

 

「さらに散る?」

 

「可能性」

 

 白軍将校が満足そうに言う。

 

「よい」

 

「命中率を下げるな!」

 

「面制圧だ」

 

「便利な言葉を覚えたな!」

 

     ◇

 

 飛行試験。

 

 A.2試作機を使用。

 

 A.3はまだ図面と模型。

 

 左右翼下へ機銃ポッド。

 

 一基あたり、機銃二挺、弾薬、架台、覆いを含めて百キロに少し届かない。

 

 二基で約百八十キロ。

 

「重い」

 

 軍将校が言う。

 

「爆弾搭載量を減らした」

 

「燃料は」

 

「通常試験量」

 

「速度は」

 

「落ちる」

 

「どれくらい」

 

「飛ばして測る」

 

「その答えが増えたな」

 

     ◇

 

 操縦士が機体を一周する。

 

 左右ポッド。

 

 固定具。

 

 弾帯。

 

 発射索。

 

「外れませんか」

 

 技師が答える。

 

「六点固定」

 

「爆弾架より多い」

 

「落とさないからだ」

 

「緊急投棄は」

 

「ない」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「片方だけ壊れた時は」

 

「そのまま帰る」

 

「空中で外す?」

 

「できない」

 

「作らないのか」

 

「機関銃箱を味方の上へ落としたいか」

 

「作るな」

 

     ◇

 

 離陸。

 

 加速は鈍い。

 

 翼下の箱が風を受ける。

 

 速度が上がる。

 

 尾が浮く。

 

 滑走距離はA.2標準より明らかに長い。

 

「まだ」

 

「まだ」

 

「上がれ」

 

 軍将校が滑走路端を見る。

 

 Turは草地の終わり近くで浮いた。

 

「離陸」

 

 技師が時計を見る。

 

「標準より百十メートル増」

 

「使えるか」

 

「地面が短ければ弾薬を減らす」

 

「また選ぶのか」

 

「全部積むな」

 

「分かっている!」

 

     ◇

 

 上空。

 

 速度試験。

 

 巡航速度。

 

 標準より約十七キロ低下。

 

 最大速度。

 

 さらに差。

 

 旋回。

 

 少し重い。

 

 片側だけ弾を撃つ模擬。

 

 左右重量差。

 

「許容範囲」

 

 操縦士が無線で送る。

 

「片側だけ空になれば」

 

「補助翼で押さえられる」

 

「疲労は」

 

「長距離では増える」

 

「左右同時に撃て」

 

 軍将校が言う。

 

「戦場では片方が詰まる」

 

 技師が答える。

 

「その時は固定銃と残りを使う」

 

     ◇

 

 地上標的。

 

 古い砲架。

 

 土嚢。

 

 木製の車両模型。

 

 敵役砲兵班。

 

 もちろん実弾の射線外に退避壕がある。

 

「第一進入」

 

 固定二挺のみ。

 

 射撃。

 

 標的周辺へ土煙。

 

「第二進入」

 

 ポッド四挺。

 

 射撃。

 

 音が重なる。

 

 広い範囲へ弾着。

 

「第三進入」

 

 六挺。

 

 操縦士が引き金を握る。

 

 Turの前方から、六本分の火線が伸びた。

 

 翼下が震える。

 

 機首がわずかに沈む。

 

 砲架の周囲が、一度に砂煙へ沈んだ。

 

 敵役砲兵班は、開始から三秒で全員退避壕へ入った。

 

     ◇

 

 着陸後。

 

 標的検査。

 

 総射撃弾数。

 

 数百発。

 

 砲架本体への命中。

 

 三発。

 

 車両模型。

 

 十七発。

 

 土嚢。

 

 多数。

 

「砲へ三発」

 

 技師が言う。

 

「少ない」

 

 軍将校が答える。

 

「砲兵は四分四十七秒、射撃不能判定」

 

「砲が壊れたのではない」

 

「人間が伏せた」

 

「戻れば撃つ」

 

「その四分で味方歩兵が進む」

 

 敵役砲兵長が加わった。

 

「実際なら、機体が去った後もしばらく頭を上げません」

 

「なぜ」

 

「また来るかもしれない」

 

 軍将校は満足そうに頷いた。

 

「採用試験としては良好」

 

 技師がポッド取付部を見る。

 

「外側金具に軽い変形」

 

「良好ではない!」

 

     ◇

 

 取付金具。

 

 ひびではない。

 

 だが繰り返し射撃で、ボルト穴周辺へわずかな伸び。

 

「補強」

 

 軍将校が言う。

 

「機体側ではなくポッド架側を」

 

「重量は」

 

「一基三・八キロ増」

 

「必要な重さ」

 

 軍将校が先に答えた。

 

「最近、本当に早いな」

 

     ◇

 

 操縦士たちは、六挺仕様へ名前を付けた。

 

「六本角」

 

「野牛に角が六本」

 

「二本は銃身では」

 

「全部前を向いている」

 

 技師が言う。

 

「正式名称を使え」

 

「長い」

 

「Tur用二連装着脱式翼下機銃架二基装備状態」

 

「六本角」

 

 軍将校も言った。

 

「六本角でよい」

 

「お前まで」

 

     ◇

 

 試験報告会。

 

 航空部。

 

 砲兵。

 

 騎兵。

 

 補給。

 

 会計。

 

 六本角の写真。

 

 標的板。

 

 速度低下。

 

 離陸距離。

 

 弾薬消費。

 

「歩兵制圧には有効」

 

「砲兵にも」

 

「非装甲車両にも」

 

「だが」

 

 軍将校が木製車両模型の写真を示す。

 

「車両は穴が開いただけだ」

 

「運転手は伏せる」

 

 元白軍将校が言う。

 

「発動機を壊したい」

 

「爆弾を使え」

 

「小さな車両一台へ爆弾は重い」

 

「では機銃を増やす?」

 

「数ではない」

 

 軍将校は弾丸を一つ、机へ置いた。

 

 7.92ミリ。

 

「一発を重くしたい」

 

 技師が言う。

 

「大口径航空機銃」

 

「あるか」

 

 実業家が答えた。

 

「探します」

 

「買える物を」

 

「はい」

 

「工場は買うな」

 

 実業家は少しだけ間を置いた。

 

「銃を探します」

 

「今、言い換えたな」

 

     ◇

 

 照会先。

 

 フランス。

 

 英国。

 

 ベルギー。

 

 アメリカ。

 

 戦時余剰品。

 

 旧軍需倉庫。

 

 閉鎖工場。

 

 民間商社。

 

 実業家は手紙を出した。

 

 返事は早かった。

 

「十一ミリ級航空機銃、八挺」

 

 軍将校が顔を上げる。

 

「見つかったか」

 

「はい」

 

「状態は」

 

「未使用二挺。整備済み四挺。部品取り二挺」

 

「使えるのは六挺?」

 

「部品を組み替えれば八挺」

 

「予備銃身」

 

「二十四本」

 

「弾薬」

 

「在庫あり」

 

「買え」

 

「少し問題があります」

 

 軍将校の表情が険しくなる。

 

「値段か」

 

「部品供給です」

 

「在庫があるだろう」

 

「有限です」

 

「製造元は」

 

「戦時下請け工場。現在、閉鎖手続き中」

 

「銃だけ買え」

 

「整備職人も解雇予定です」

 

「必要なら数人雇え」

 

「工作機械は競売に出ます」

 

「買うな」

 

「図面と検査器具も別売却です」

 

「買うな」

 

「弾帯製造機は屑鉄価格です」

 

「……現地を見る」

 

     ◇

 

 買付団。

 

 実業家。

 

 元ドイツ技師。

 

 元白軍将校。

 

 ポーランド軍将校。

 

 元独立運動家も同行した。

 

「なぜ来る」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「職人がいる」

 

「銃を買うだけだ」

 

「なら、すぐ帰る」

 

「その言葉を覚えておけ」

 

     ◇

 

 工場はフランス北部の小さな町にあった。

 

 戦争中は活気があった。

 

 いまは門の塗装が剥げている。

 

 煙突から煙は出ていない。

 

 窓のいくつかは板で塞がれていた。

 

 中へ入る。

 

 旋盤。

 

 フライス盤。

 

 銃身加工機。

 

 熱処理炉。

 

 検査台。

 

 弾帯製造機。

 

 部品棚。

 

 木箱。

 

 油の匂いだけが残っている。

 

「銃は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 工場主が奥を指した。

 

 八挺。

 

 油紙。

 

 木箱。

 

 予備銃身。

 

 弾帯。

 

「これを買う」

 

 軍将校が言う。

 

 元ドイツ技師は、既に検査台を見ていた。

 

「このゲージは」

 

「銃身内径」

 

「摩耗限界も測れる?」

 

「三種類ある」

 

 元白軍将校は部品棚。

 

「撃針」

 

「百十二本」

 

「ばね」

 

「三百以上」

 

「給弾部品」

 

「棚二列」

 

 実業家は帳簿。

 

「設備の所有者は」

 

「工場会社です」

 

「土地は」

 

「別会社」

 

「機械は担保に?」

 

「一部」

 

「職人への未払い賃金は」

 

 工場主の顔が曇る。

 

「二か月分」

 

 軍将校が振り返った。

 

「なぜそこを聞く」

 

「買収価格へ影響します」

 

「買収ではない!」

 

     ◇

 

 工場主は言った。

 

「銃だけでも売る」

 

「では」

 

「ただし部品棚は競売だ」

 

 技師が顔を上げる。

 

「検査器具も?」

 

「別の買い手がいる」

 

「何に使う」

 

「金属加工工場」

 

「銃身ゲージを?」

 

「鋼材として」

 

 元白軍将校が不満そうに言う。

 

「もったいない」

 

「弾帯機は」

 

「解体業者」

 

「職人は」

 

「来月末で解雇」

 

「何人」

 

 元独立運動家が尋ねた。

 

「七十三名」

 

「家族は」

 

 軍将校が遮る。

 

「そこまで聞くな」

 

「二百人ほど」

 

 実業家は帳簿を閉じた。

 

「工場全体の価格を」

 

 軍将校が彼の肩を掴んだ。

 

「聞くな!」

 

     ◇

 

「銃八挺を買う」

 

「はい」

 

「工場は買わない」

 

「はい」

 

「今、何を聞いた」

 

「比較です」

 

「何と何の」

 

「銃だけ買った場合と、供給能力を維持した場合」

 

「供給能力という言葉で工場を包むな!」

 

 技師が静かに言った。

 

「銃だけでは、数年後に部品が尽きる」

 

「部品を多く買う」

 

「検査器具がなければ、使えるか判断できない」

 

「職人を数人雇う」

 

「設備がなければ作れない」

 

「ポーランドの設備で」

 

「銃身加工と熱処理は、すぐには無理」

 

 白軍将校が続けた。

 

「弾帯機も必要」

 

「弾薬工場へ頼む」

 

「十一ミリ弾帯を作っていない」

 

「作らせる」

 

「機械がここにある」

 

 軍将校は全員を見た。

 

「お前たち、最初から買う気ではないか」

 

 実業家が答えた。

 

「私は価格を見てから決めます」

 

「一番怖い答えだ!」

 

     ◇

 

 工場主が提示した価格は、意外に低かった。

 

 建物は古い。

 

 受注はない。

 

 設備も一部は摩耗。

 

 土地は別契約。

 

 未払い賃金。

 

 税金。

 

 借入金。

 

 整理費用。

 

「銃八挺と部品を個別に買う場合」

 

 実業家が数字を置く。

 

「工場設備込みとの差は」

 

 軍将校が見る。

 

「これだけ?」

 

「解体費用を売り手が避けたい」

 

「安い」

 

 元白軍将校が言う。

 

「安い理由がある」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「設備精度を確認する」

 

「使えない機械も?」

 

「ある」

 

「何台」

 

「見てから」

 

「職人は」

 

 元独立運動家が言った。

 

「まだ使える」

 

 軍将校が額を押さえた。

 

「機械と同じ言い方をするな」

 

     ◇

 

 三日間、調査した。

 

 旋盤三台。

 

 二台は良好。

 

 一台は主軸に摩耗。

 

 フライス盤二台。

 

 一台は調整で使用可能。

 

 銃身加工機。

 

 精度良好。

 

 熱処理炉。

 

 炉壁修理が必要。

 

 弾帯製造機二基。

 

 一基正常。

 

 一基は歯車交換。

 

 検査器具。

 

 大半使用可能。

 

 図面。

 

 完全ではない。

 

 だが整備資料と工程表は残る。

 

「買える」

 

 技師が言った。

 

「機械を?」

 

「工場を」

 

 軍将校が椅子へ沈んだ。

 

「お前が言うのか」

 

「銃を使い続けるなら」

 

「航空機工場へ運ぶ?」

 

「別棟が必要」

 

「建てる?」

 

 実業家が答える。

 

「既存倉庫を改修します」

 

「もう場所まで決めたのか!」

 

     ◇

 

 職人との面談。

 

 七十三名全員が移住を希望したわけではない。

 

 故郷を離れたくない者。

 

 老いた親がいる者。

 

 別の仕事が決まった者。

 

 ポーランドを知らない者。

 

 戦争で東欧へ悪い印象を持つ者。

 

 元独立運動家は、一人ずつ話を聞いた。

 

「移住を強制しない」

 

「家族は」

 

「希望するなら一緒に」

 

「住居は」

 

「用意する」

 

「学校は」

 

「ある。増やす」

 

「給料は」

 

 実業家が契約書を出す。

 

「職種と技能試験による。最低額はここ」

 

「未払いは」

 

「ありません」

 

「本当に?」

 

「遅れた場合の補償も書きます」

 

 軍将校が小声で言う。

 

「そこまで約束して大丈夫か」

 

「払えない人数は雇いません」

 

「全員ではない?」

 

「全員を雇うと、半年後に全員を困らせます」

 

 元独立運動家も頷いた。

 

「払えない約束はしない」

 

     ◇

 

 移住希望。

 

 職人五十八名。

 

 後発希望九名。

 

 残留六名。

 

 そのうち二名は、現地で設備撤去を手伝う契約。

 

 同伴家族。

 

 百八十六名。

 

 軍将校は名簿を見た。

 

「職人より家族が三倍以上いる」

 

「普通です」

 

 実業家が答える。

 

「航空部門の採用ではないのか」

 

「人を採用します」

 

「腕だけ来れば」

 

「腕は夜に帰る場所が必要です」

 

「家族全員を会社が抱える?」

 

「会社が養うのではありません。働く者が養える環境を作ります」

 

 軍将校は反論しようとして、やめた。

 

     ◇

 

 設備搬出。

 

 最初の問題。

 

 最大の旋盤が工場の扉を通らない。

 

「搬入時はどうした」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 古参職人が答えた。

 

「壁を作る前に入れました」

 

「では出せない?」

 

「壁を外せば」

 

 軍将校が実業家を見る。

 

「建物は買ったのか」

 

「はい」

 

「なら壊してよい?」

 

「煉瓦は再利用します」

 

「壊す前から売るな!」

 

     ◇

 

 壁を外す。

 

 煉瓦を一つずつ積む。

 

 元白軍将校は大きな槌を持っていた。

 

 古参職人が止める。

 

「乱暴に崩すと機械へ粉塵が入る」

 

「布を掛ける」

 

「煉瓦も割れる」

 

「早い」

 

「新しい工場の基礎に使うのでしょう」

 

 実業家が頷く。

 

「可能なら」

 

 白軍将校は槌を置いた。

 

「一個ずつ」

 

 軍将校が驚く。

 

「素直だな」

 

「煉瓦も部品だ」

 

「急に丁寧になった!」

 

     ◇

 

 旋盤を動かす。

 

 機械の脚。

 

 基礎ボルト。

 

 油を抜く。

 

 可動部を固定。

 

 木枠。

 

 滑車。

 

 丸太。

 

「分解しない?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 古参職人が答えた。

 

「主軸台を外すと、再調整に時間がかかります」

 

「重いぞ」

 

「分かっています」

 

「貨車へ載る?」

 

「補強が必要」

 

 元白軍将校が言う。

 

「砲を運ぶ貨車を」

 

 実業家が答える。

 

「手配しました」

 

「いつ」

 

「昨日」

 

「なぜ砲運搬貨車をすぐ借りられる!」

 

「以前の取引先です」

 

「またそれか!」

 

     ◇

 

 個人工具。

 

 職人たちは会社支給品より、自分の工具箱を気にした。

 

 鑢。

 

 定規。

 

 測定具。

 

 自作の当て金。

 

 形の違う木槌。

 

 柄を削ったドライバー。

 

 三十年使った万力。

 

「新しい物を支給する」

 

 軍将校が言う。

 

 年配の銃身工が首を振った。

 

「これは私の手に合わせてある」

 

「工具に手が合うのでは」

 

「長く使えば、両方が合う」

 

「精度は」

 

 技師が尋ねる。

 

 銃身工は小さな測定具を渡した。

 

 技師が確認する。

 

「よい」

 

「持っていけ」

 

「当然です」

 

 軍将校は名簿へ付記した。

 

個人工具箱、本人と同じ貨車へ。

 

 実業家が見た。

 

「会社負担で運びます」

 

「それくらいは最初からそうしろ」

 

     ◇

 

 資材棚。

 

 銃身鋼。

 

 ばね材。

 

 小ねじ。

 

 未完成の撃針。

 

 弾帯用布。

 

 油。

 

 木箱。

 

 古い図面。

 

「これは屑鉄」

 

 現地の整理係が言う。

 

 技師が止める。

 

「待て」

 

 短い鋼材。

 

 穴の開いた試験片。

 

 割れたばね。

 

 摩耗した撃針。

 

「失敗品です」

 

「なぜ失敗したか記録は」

 

「棚札に」

 

「持っていく」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「壊れた部品まで?」

 

「同じ失敗をしないため」

 

「WILKらしいな」

 

     ◇

 

 図面箱。

 

 工場主は言った。

 

「正式図面は二箱」

 

 古参検査員が首を振る。

 

「四箱です」

 

「残りは?」

 

「修正図と現場用控え」

 

 工場主が驚く。

 

「廃棄したはずでは」

 

「捨てていません」

 

「なぜ」

 

「正式図面が間違っていた時期がある」

 

 元ドイツ技師が即答した。

 

「四箱全部」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「間違った図面も?」

 

「どこが間違っていたか分かる」

 

「正しい図面だけでは駄目?」

 

「また同じ変更をしようとする者が出る」

 

 白軍将校が笑った。

 

「失敗も移住する」

 

     ◇

 

 家具。

 

 寝具。

 

 食器。

 

 子供の玩具。

 

 家族の荷物。

 

 最初の輸送計画には入っていなかった。

 

「私物は一世帯二箱」

 

 実業家が説明する。

 

「大型家具は?」

 

「原則、現地売却」

 

 職人の妻が言った。

 

「この食器棚は母の物です」

 

 実業家は棚を見る。

 

 大きい。

 

 重い。

 

 古い。

 

 軍将校が小声で言う。

 

「例外を作ると増えるぞ」

 

「分かっています」

 

 実業家は尋ねた。

 

「分解できますか」

 

 職人の妻が答える。

 

「夫が作りました」

 

「再組立は」

 

「できます」

 

「なら部品として運びます」

 

 軍将校が目を閉じた。

 

「家具まで交換式にするな」

 

     ◇

 

 子供の木馬。

 

 輸送箱へ入らない。

 

 脚が長い。

 

 元白軍将校が言う。

 

「切る」

 

 子供が木馬へ抱きついた。

 

「切らない」

 

 白軍将校はすぐに答えた。

 

「分解する」

 

 木工職人が木馬を見る。

 

「脚は差し込み式です」

 

「外れる?」

 

「作った者が分かれば」

 

「誰が作った」

 

 年配のプロペラ職人が手を挙げた。

 

「孫へ」

 

「航空機職人?」

 

「戦争中はプロペラを削った」

 

 技師が木馬の脚を見る。

 

「精度がよい」

 

「玩具だぞ」

 

 軍将校が言う。

 

「差し込みが緩くない」

 

「評価するな!」

 

     ◇

 

 一つの部品箱から、鶏が出た。

 

 弾帯製造機の歯車を入れた箱。

 

 荷造り中、隙間へ入り込んだらしい。

 

 蓋を開ける。

 

 鶏が鳴く。

 

 全員が黙る。

 

「誰のだ」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 職人の娘が手を挙げた。

 

「連れていくの?」

 

「家族です」

 

 軍将校は実業家を見る。

 

「鶏も雇うのか」

 

「卵を産みます」

 

 元独立運動家が答えた。

 

「食品部門?」

 

「勝手に配属するな!」

 

 鶏は、家族用貨車へ移された。

 

     ◇

 

 税関。

 

 軍需品。

 

 工作機械。

 

 弾薬関連設備。

 

 銃本体。

 

 家具。

 

 生活用品。

 

 私物工具。

 

 書類が山になった。

 

 税関官吏が食器箱を見る。

 

「これは」

 

「食器」

 

「機関銃工場の所有物?」

 

「職人家族の物」

 

「軍需品に付随する生活設備?」

 

 軍将校が言う。

 

「ただの皿だ!」

 

「輸出分類が」

 

「皿は皿だ!」

 

 実業家が書類を差し出す。

 

「家庭用品として別申告しています」

 

「もう?」

 

「昨日」

 

 軍将校が彼を見る。

 

「お前は何でも昨日に済ませているな」

 

     ◇

 

 輸送契約。

 

 工場から駅。

 

 鉄道で港。

 

 海路。

 

 再び鉄道。

 

 ポーランドへ。

 

 軍将校は計画を見る。

 

「船まで使うのか」

 

「線路だけより安い区間があります」

 

「船会社は」

 

「以前の取引先です」

 

「港湾倉庫は」

 

「一週間、無料です」

 

「なぜ」

 

「空いていました」

 

「貨車は」

 

「特別枠」

 

「外貨決済は」

 

「知人の銀行です」

 

 軍将校は書類を置いた。

 

「お前の知人は、船と港と線路と銀行を持っているのか」

 

 実業家は少し考えた。

 

「それぞれ別の知人です」

 

「安心できる要素がない!」

 

     ◇

 

 出発の日。

 

 職人と家族が駅へ集まる。

 

 泣く者。

 

 笑う者。

 

 黙っている者。

 

 親族へ別れを告げる者。

 

 残る家族へ送金先を渡す者。

 

 老いた父親を残す職人がいた。

 

「後から呼べるか」

 

 実業家が答える。

 

「診療記録と移動許可がそろえば」

 

「費用は」

 

「契約に含めます」

 

「本当に?」

 

「期限は一年」

 

「一年後は」

 

「再協議」

 

「約束できない?」

 

「できないことは書きません」

 

 職人は頷いた。

 

「それでよい」

 

     ◇

 

 機械より先に、人が動いた。

 

 先発家族列車。

 

 子供。

 

 老人。

 

 荷物。

 

 簡易厨房。

 

 軍医一名。

 

 通訳。

 

 元独立運動家が同行する。

 

「設備を置いていくのか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「技師と白軍将校が残る」

 

「実業家は」

 

「両方を行き来します」

 

「なぜできる」

 

「列車があります」

 

「そういう意味ではない!」

 

     ◇

 

 途中駅。

 

 寝具を積んだ貨車が、別方向へ送られた。

 

「どこへ」

 

「同じ名前の町です」

 

「国が違う!」

 

「荷札が薄れていました」

 

 軍将校は頭を抱える。

 

 実業家が電報を打つ。

 

「戻せる?」

 

「二日遅れます」

 

「今夜は」

 

 元独立運動家が答えた。

 

「食堂の毛布を使う」

 

「足りるか」

 

「機体覆いも」

 

 技師が無線で聞いて言う。

 

「機体用を人間へ使うな」

 

「人間を最初に」

 

「……返却時に検査しろ」

 

     ◇

 

 工作機械貨車。

 

 最大旋盤の下で、床板が軋んだ。

 

「止めろ!」

 

 白軍将校が叫ぶ。

 

 貨車を点検。

 

 床補強材の一本がずれている。

 

「見積もり違い?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「旋盤に付属品が増えた」

 

「何を載せた」

 

「予備歯車と工具」

 

「別貨車へ!」

 

「同じ機械の物は一緒に」

 

「床が抜けたら全部失う!」

 

 結局、予備品の半分を別貨車へ移した。

 

 部品札。

 

 元の旋盤番号。

 

「離しても戻せる」

 

 技師が言う。

 

「番号を記録したから」

 

「前にも聞いたな」

 

     ◇

 

 港。

 

 荷役人夫とWILK職人で、工具名が通じない。

 

 フランス語。

 

 ポーランド語。

 

 ドイツ語。

 

 ロシア語。

 

 身振り。

 

「大きい鉤」

 

「どれだ」

 

「曲がった方」

 

「全部曲がっている!」

 

 元白軍将校が現物を持ってくる。

 

「これ」

 

「最初からそうしろ!」

 

 元ドイツ技師は、図面へ絵を描いた。

 

 工具一覧。

 

 名称を四言語。

 

 形の図。

 

 番号。

 

「今作る?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「次の荷下ろしでも使う」

 

「次がある前提か」

 

 実業家が言った。

 

「市場拡大のチャンスです」

 

「今は輸送事故を減らす話だ!」

 

     ◇

 

 海上。

 

 大きな機械は船倉。

 

 銃は乾燥区画。

 

 図面箱は客室近く。

 

 個人工具も別保管。

 

 家族の荷物。

 

 鶏。

 

「鶏は」

 

「甲板下の家畜区画」

 

「家畜まで乗せられる船をどう見つけた」

 

「以前の取引先です」

 

「もう聞かん」

 

     ◇

 

 ポーランド側の駅へ、最初の貨車が入った。

 

 一両目。

 

 旋盤。

 

 二両目。

 

 フライス盤と銃身加工機。

 

 三両目。

 

 弾帯製造機と検査器具。

 

 四両目。

 

 銃身鋼、ばね材、部品棚。

 

 五両目。

 

 家具、寝具、食器、工具箱。

 

 六両目。

 

 職人。

 

 七両目。

 

 家族。

 

 八両目。

 

 重機関銃と予備銃身。

 

 軍将校は、列車の端まで歩いた。

 

「銃が最後ではないか!」

 

 実業家が答える。

 

「湿気と衝撃を避ける位置です」

 

「最初に欲しかった物だぞ!」

 

「置く棚がまだ完成していません」

 

「棚より先に銃を買ったのでは!」

 

「工場から棚も来ています」

 

「五両目か!」

 

     ◇

 

 荷下ろし。

 

 日が暮れる。

 

 仮設照明。

 

 人。

 

 荷車。

 

 馬。

 

 子供。

 

 木箱。

 

 言葉の違う職人たち。

 

 WILK古参木工班は、移住してきたプロペラ職人の工具を見る。

 

「この鉋は」

 

「翼用」

 

「刃角が違う」

 

「硬い木へ」

 

「こちらは主翼桁用」

 

 言葉は完全には通じない。

 

 だが刃を見る。

 

 木片を削る。

 

 薄い削り屑が落ちる。

 

 それだけで、だいたい分かった。

 

     ◇

 

 銃身工は、自分の旋盤へ触れた。

 

 無事に着いた。

 

 だが水準器を置く。

 

「傾いている」

 

「貨車床だからな」

 

 技師が答える。

 

「新工場で据え直す」

 

「基礎は」

 

「これから」

 

 軍将校が聞いた。

 

「まだないのか」

 

「倉庫床を補強する」

 

「いつ稼働する」

 

「最短六週間」

 

「銃は」

 

「先に整備できる」

 

「火力はいつ増える」

 

「工場が動いてから安定する」

 

 軍将校は長い列車を見る。

 

「八挺を買っただけなのに」

 

     ◇

 

 元独立運動家は、家族を仮設食堂へ案内した。

 

 スープ。

 

 黒パン。

 

 バター。

 

 温かい飲み物。

 

 子供たちは木箱の間を走る。

 

 鶏は、箱の上から降りようとしない。

 

「食堂へ入れるな」

 

 軍将校が言う。

 

「卵を産む」

 

「まだ産んでいない!」

 

     ◇

 

 住宅割当。

 

 家族数が予定より多い。

 

 途中で同行を決めた老親。

 

 甥。

 

 姪。

 

 未亡人となった妹一家。

 

「名簿と違う」

 

 実業家が言う。

 

 職人が不安そうに答える。

 

「置いてこられなかった」

 

「住宅が足りません」

 

「やはり駄目か」

 

 実業家は表をめくる。

 

「北宿舎を家族用へ。独身者は旧学校棟へ移します」

 

「入れる?」

 

「詰めれば」

 

 軍将校が言う。

 

「人間を部品のように詰めるな」

 

「一時的です」

 

 元独立運動家が答える。

 

「今夜、外で寝かせるよりよい」

 

 実業家は新しい住宅建設欄へ数字を足した。

 

     ◇

 

 元白軍将校は、貨車の下でボルトを探していた。

 

「何をしている」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「弾帯機の固定ボルトが一本足りない」

 

「予備は」

 

「ある」

 

「なら」

 

「元の一本を探す」

 

「なぜ」

 

「どこで落ちたか分からない」

 

「危険?」

 

「次の貨車が踏む」

 

 軍将校も探した。

 

 二人で泥の中を見る。

 

 しばらくして、子供が持ってきた。

 

「これ?」

 

 ボルト。

 

「どこに」

 

「木馬の箱」

 

 白軍将校が受け取る。

 

「よく見つけた」

 

 軍将校が言う。

 

「なぜ木馬の箱へ」

 

「鶏よりはよい」

 

     ◇

 

 夜。

 

 機関銃箱は、まだ開けられていなかった。

 

 その上へ軍将校が座っている。

 

 隣では、実業家が輸送費と住宅費を整理していた。

 

「私は火力が欲しいと言った」

 

「はい」

 

「六挺仕様を作った」

 

「はい」

 

「威力が欲しいと言った」

 

「はい」

 

「重機関銃を買った」

 

「はい」

 

「なぜ人口が増えた」

 

「銃を作る者が来ました」

 

「その家族まで」

 

「夜に帰る場所が必要です」

 

「工場も」

 

「銃を使い続けるためです」

 

「家具も」

 

「家族が暮らすためです」

 

「鶏も」

 

 実業家は少し考えた。

 

「予定外です」

 

「そこだけか!」

 

     ◇

 

 軍将校は帳簿の一欄を指した。

 

「この輸送費」

 

「はい」

 

「当初見積もりより安い」

 

「船会社と鉄道会社が条件を調整しました」

 

「なぜ」

 

「以前の取引先です」

 

「外貨は」

 

「知人の銀行です」

 

「港湾倉庫は」

 

「一週間無料」

 

「税関書類は」

 

「現地代理人が」

 

「お前の以前の取引先と知人は、どれほどいる」

 

 実業家は帳簿を閉じた。

 

「市場拡大のチャンスです」

 

「答えになっていない」

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 新しい職人たちは、まだ正式な作業場を持っていなかった。

 

 それでも始めた。

 

 銃を開ける者。

 

 部品を数える者。

 

 機械の輸送傷を調べる者。

 

 工具を研ぐ者。

 

 仮設棚を作る者。

 

 木箱をばらして作業台にする者。

 

 家族は食堂、学校、診療所の場所を確認する。

 

 子供たちは、空になった銃身箱へ翼の絵を描いた。

 

 WILK古参の職人が尋ねる。

 

「飛行機か」

 

 子供は答えた。

 

「まだ箱」

 

「翼を付ければ?」

 

「飛ぶ」

 

 職人は笑った。

 

「ここでは、だいたいそうなる」

 

     ◇

 

 社内記録。

 

WILKは、Tur用重火力装備研究のため、十一ミリ級航空機銃八挺を取得した。

 

同時に、機関銃整備・部品製造設備一式、検査器具、弾帯製造機、図面、工程資料および材料在庫を取得した。

 

移籍職工、五十八名。

後発予定、九名。

同伴家族、百八十六名。

 

輸送貨車、八両。

 

輸送中の重大損傷、なし。

寝具貨車の誤送、一件。

工作機械貨車床補強、一件。

税関分類上の紛争、三件。

鶏の混入、一羽。

 

鶏は無事到着した。

 

 軍将校は最後の一行を見た。

 

「記録へ残すな」

 

 実業家が答える。

 

「輸送対象数と到着数が一致しました」

 

「家畜台帳ではない!」

 

     ◇

 

 WILKが求めたのは、より重い一発だった。

 

 七・九二ミリを六挺並べても壊しきれない物を、撃ち抜くための一発。

 

 そのために八挺の重機関銃を探した。

 

 だが国境を越えてきたのは、銃だけではなかった。

 

 銃身を削る旋盤。

 

 ばねを作る鋼。

 

 寸法を測るゲージ。

 

 弾帯を織る機械。

 

 間違った図面。

 

 壊れた試験部品。

 

 三十年使われた工具。

 

 食器棚。

 

 木馬。

 

 一羽の鶏。

 

 それらを扱う手。

 

 その手を待つ家族。

 

 重機関銃は、まだ一発も撃っていない。

 

 機関銃工場も、まだ煙を上げていない。

 

 それでもWILKの火力は、八両の貨車と、二百人を超える暮らしの分だけ増えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。